裁判年月日 昭和29年 5月31日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 昭29(行ナ)9号
事件名 商標登録願拒絶査定審決取消請求事件
原告 阪上慶太郎
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
第一 請求の趣旨
原告訴訟代理人は、昭和二十八年抗告審判第一〇四号事件について、特許庁が昭和二十九年一月八日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。との判決を求めると申し立てた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一、原告は、昭和二十七年三月八日別紙記載のように、「王」の文字を、菱形の各辺の中央部が切れ目のあるもので囲み、その輪廓の上部左に「王」、右に「菱」の文字を書いて構成されている原告の商標について、第五十類紙及び他類に属しないその製品を指定商品として、登録を出願したところ、(昭和二十七年商標登録願第五一六〇号事件)拒絶査定を受けたので、昭和二十八年一月十九日抗告審判を請求したが、(昭和二十八年抗告審判第一〇四号事件)特許庁は、昭和二十九年一月八日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年一月三十一日原告に送達せられた。
二、審決は、登録第三三一九七二号商標を引用し、原告の前記商標は、外観及び観念上では類似しないが、称呼の点において類似し、かつ、指定商品も互にてい触しているから、原告の商標は、結局商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないとしている。
審決が引用した右登録第三三一九七二号商標は、別紙記載のように、外輪廓を肉太にし、内輪廓を細線とした二重の菱形輪廓内に、「大」の文字を書き、菱形の輪廓の下部左に「大」、右に「菱」の文字を書いて構成されており、第五十類日本紙その他本類に属する商品を指定商品として、昭和十四年十二月十八日登録出願、昭和十五年六月十八日登録されたものであるが、審決は、右商標は、出願当時の出願人たる大野栄義の氏名から推して、「オービシ」又は「ヒシオー」と称呼されることも不自然ではないから、原告の商標から自然に生ずる「オービシ」又は「ヒシオー」の称呼と、共通すると説示している。
三、しかしながら、審決は、次の理由によつて違法である。
(一) 引用商標の自然的称呼は、「ダイビシ」又は「ヒシダイ」であつて、これを審決のいうように、「ヒシオオ」又は「オオビシ」と呼ぶべきものでないことは、社会的通念である。(例えば、document image、document image、document imageの各商標は、何れも「ヤマダイ」、「カクダイ」、「ダイマル」と称呼して取引せられる。)
(二) 審決は、前述のように、出願当時の出願人の氏名から推して、引用商標の称呼を判断しているが、出願人の氏名と商標の称呼とは、必ずしも関連性を有するものではなく、その反対の場合が存在することは、決して稀有な事実ではない。
また「大」の文字が「菱」の文字と結合する場合、常に「オー」と称呼されるもののように認定したのは甚だしい不自然なものであり、これを「ダイビシ」又は「ヒシダイ」と称呼することは絶無であるように解したことは、不公正な判断である。これは原告の商標の登録を拒絶せんがための先入主的意図、すなわち拒絶的結論を先に構成し、後にその理由をしいて附加したものであつて、商標類否の審理としては、偏頗不合理なものである。
第三 被告の答弁
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように答えた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。
二、同三の主張は、これを否認する。引用商標は、原告のいうように、「ダイビシ」又は「ヒシダイ」の称呼も生ずるであろうが、又一面「オービシ」又は「ヒシオー」の称呼をも生ずることは、その構成上からみて、決して不自然ではない。「大」の文字が、一字である場合においては、これを「ダイ」と音読するけれども、これが二字以上連結せられた場合には、「オー」と訓読される。これは、日常吾人が経験するところである。(例えば「大野」は、「オーノ」と呼ばれる。)従つて引用商標を、訓読して、「オービシ」又は「ヒシオー」と称呼するは、何等不自然のことではない。
第四 立証〈省略〉
三、理 由
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。
二、原告の登録出願にかかる商標が、別紙記載のように、「王」の文字を、菱形の各辺の中央部が切れ目のあるもので囲み、その輪廓の上部左に「王」右に「菱」の文字を書いて構成せられていることは、右に述べたように、当事者間に争のないところであり、これから「ヒシオオ」又は「オオビシ」の称呼の生ずることも、当事者間に、あえて争のないところである。
三、次いで審決の引用した登録第三三一九七二号商標が、別紙記載のように、外輪廓を肉太にし、内輪廓を細線とした二重の菱形輪廓内に、「大」の文字を書き、菱形の輪廓の下部左に「大」、右に「菱」の文字を書いて構成されていることも、また、当事者間に争がない。
よつて右引用登録商標の称呼が、果して審決のいうように、原告の商標の前述の称呼に類似するかどうかについて判断するに、右引用商標から、「ダイビシ」又は「ヒシダイ」の称呼の生ずることは、その構成から解して、疑のないところである。原告は、審決が、右商標からは、「ダイビシ」又は「ヒシダイ」の称呼が生ずることは、絶無であるように解したことは、不公正な判断であると非難しているが、審決は、右商標から「オオビシ」又は「ヒシオオ」の称呼が生ずることを認定してはいるが、これから「ダイビシ」又は「ヒシダイ」の称呼が生ずることを絶無であると判断したものとは解されないから、右の非難は当らない。
商標の選択の動機は、千差万別であつて、これを一様に解することは、到底不可能であるが、商人が、その氏名又は商号の一部をとつて、商標構成の一要素とすることは、わが国における商取引の実情に徴して、決して稀な事例ではない。そのような商標にあつては、その称呼も、ひとり原告のいわゆる自然的の称呼ばかりでなく、これを使用する商人の氏名又は商号との関連においても、考察せられなければならないものと解せられる。
これを本件について見るに、その成立に争のない乙第一号証(商標出願公告公報)及び甲第二号証(商標原簿謄本)によれば、右引用登録商標は、訴外大野栄義の登録出願にかかり、現に同人が商標原簿上商標権者として登録せられていることが認められるから、これが使用者である大野栄義の氏名の「大」の文字をとり、これに菱形の輪廓を施して構成したものと推定せられ、従つてこれが称呼も、大野の「オオ」と関連せしめて、「ヒシオオ」又は「オオビシ」と指称せられることも、当に考慮しなければならないところである。その成立に争のない甲第三号証の一、二によれば、右大野栄義は、十年前死亡したものであることを認めることができるが、右の事実は、未だ前述の判断を左右するには足りない。
して見れば、原告の商標は、引用の登録商標と、その称呼を同一にし、この点において、両商標は類似するものといわなければならない。
四、最後に両商標の商標の指定商品が、互にてい触することは、先に述べた当事者間に争のない事実から、明白であるから、審決が、原告の商標は、商標法第二条第一項第九号に該当するものとしたのは、相当であつて、原告主張のような違法はない。
よつて原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)
(別紙商標省略)