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裁判年月日 昭和48年12月19日 

事件番号 昭和47年(ネ)第20号

事件名 実用新案権侵害差止等請求控訴事件 〔蹄鉄事件〕

 

主文

 原判決を取消す。

 被控訴人の請求はいずれもこれを棄却する。

 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

 

事実

 控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

 当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

 (被控訴代理人の主張)

 一、(一) 控訴人と訴外前田宏との関係は、請負契約的要素を含むいわゆる製作物供給契約ということができ、控訴人の本件蹄鉄製造は訴外前田のかなり綿密な指示のもとに行なわれているとはいえ、控訴人が製造のための機械設備等を所有し、自己の計算において材料を調達し利潤をあげている以上、単に訴外前田のためにその機関として、同意を得て製造しているに過ぎないものとは認め難く、控訴人は自己のため独立の事業として製造しているのであるから、控訴人の抗弁は失当である。

  (二) 控訴人は、旧意匠法(大正一〇年法律九八号)第九条の先使用権の存否についての判例を引用し、控訴人は訴外前田の機関として実施したに過ぎないと主張するが、右判例は、他人の意匠出願日前より先使用権者を保護すべき立法趣旨に基づいて先使用権者の立場からみて、「意匠実施」の範囲を広義に解したのであって、共有者相互の立場からみた本件とは事案を異にするものである。実用新案権の共有の場合は、共有者の一人が実施しても他の共有者も実施できるわけであって、他の共有者の投下資本、技術能力の如何によって、他の共有者の持分の経済的価値に変動を生じ、引いては、一方の共有者の経済的価値に影響を生じることとなるので、共有者間においては共有者が誰であるかは重大な利害関係を伴い相互の信頼関係も必要である。したがって、共有者以外の者には、共有者全員の同意なき限り、その実用新案権の実施に関与させずに、本来の共有者のみの経済的秩序を維持させんとするのが、実用新案法第二六条により準用される特許法第七三条第一項第三項の立法趣旨である。

  (三) 控訴人は、控訴人においては訴外前田に対して実施料を支払っていないし他に販売もしていないので訴外前田の機関である旨主張するが、通常実施権あるいは専用実施権の設定に当っても実施料徴収の有無は自由であり、機関でなくても実施料を徴収しないことは一般に行なわれており、他に販売しないことも商取引上一般に行なわれていることに徴し、控訴人の右主張は失当である。

 二、控訴人は、本件実施料相当額は一・六パーセント程度であって五パーセントではないと主張するが、右主張も失当である。すなわち、控訴人が実施料算定の基礎として引用した「国有特許の実施料算定法」は、国有特許権を民間に有用に利用させるために特に実施料を低額にするよう配慮されたものであって、これを根拠として民間の営利企業の特許権、実用新案権の実施料の多少を論ずることは不当である。本件においては、利益三分説によるべきである。

 (控訴代理人の主張)

 一、(一) 控訴人が本件蹄鉄製造のための機械設備等を所有し、自己の計算において材料を調達し利潤をあげているとしても、本件実用新案権の共有者である訴外前田の注文により専ら同人のために製造している以上、控訴人の該所為は同訴外人の実用新案権実施の範囲内の行為というべきである。

  (二) 実用新案法第二六条により準用される特許法第七三条第二項にいわゆる実用新案権の「実施」とは、共有者が自己の有する事業設備を使用し、自ら直接に物品の製造販売等の事業をする場合だけを指すものではなく、さらにその者が事業設備を有する他人に注文して自己のためにのみ物品を製造させ、その引渡を受けてこれを他に販売する場合等を含むものと解すべきである(昭和四四年一〇月一七日最高裁第二小法廷判決、その第一審たる昭和三六年一二月二三日東京地裁判決、第二審たる昭和四一年九月二九日東京高裁判決、参照)。

  (三) 控訴人は、あくまで訴外前田の共有権の範囲内で機関的関係において製造にあたり、これを全部同訴外人に納入しているのであり、実施料を支払ったこともない。以上の如く、本件においては、(1)訴外前田から工賃を得て製作しているものといえること、(2)製作について材料の購入、製品の販売、品質等についての同訴外人の指揮監督が行なわれていること、(3)製品は全て同訴外人に納入され、他に売渡されたことのないこと、の要件を具備しているから、控訴人の製造は、権利者たる訴外前田の実施行為とみるべきものである(昭和一三年一二月二二日大審院判決)。

 二、本件実用新案権の実施に対して通常受けるべき実施料相当額は一・六パーセント程度であって、五パーセントではあり得ない。すなわち、国有特許の実施料算定方法によれば、本件においては

 実施料率

 =基準率×利用率×増減率×開拓率

 =4%×100/100×50/100×80/100

 =1.6%

 となる。

 (証拠関係)≪省略≫

 

理由

 一、被控訴人が本件登録実用新案権を訴外前田宏と共有し、その実施品である蹄鉄を製造していること、控訴人が構造および作用効果上の特徴が右実用新案権の技術範囲と全く一致する本件蹄鉄を製造していることについては、当事者間に争いがない。

 二、そこで、控訴人の本件蹄鉄製造行為が訴外前田の実用新案権の正当な実施の範囲に属するか否かについて判断する。

 ≪証拠省略≫によれば、控訴人は馬具等を中心とする機械工具の製造販売を業とする株式会社であるが、昭和四二年初め頃被控訴人あるいは被控訴人の経営する泉蹄鉄株式会社の生産量では、対米輸出の需要をまかない切れないため訴外前田宏から本件実用新案権の実施品である本件蹄鉄製造の依頼を受けて、爾来蹄鉄を製造していること、一面において、控訴人は、訴外前田あるいは専ら同訴外人の経営する有限会社日本マルティプロダクツ商会との間に資本的連繋はなく、また、何らの資金的援助も受けていないこと、控訴人は本件蹄鉄製造のための金型を所有し、その他の機械設備は従来所有していたもののほか自己の負担において新たに購入して設置したものであること、材料も控訴人の負担において調達していたこと、しかも控訴人の本件蹄鉄製造による利益は、帳簿上「売上」として処理されていることが認められるが、前掲証拠によれば、他面において、控訴人の本件蹄鉄製造に当り、同訴外人が自ら蹄鉄の金型の原型を作成し、蹄鉄の釘穴、溝等の構造に関する詳細な技術指導を行ない、材料の品質ならびに購入先についても具体的に指定し、製品については綿密な検査を行ない、製造量および出荷時期は同訴外人の発注によって決定され、材料価格が大幅に変動した場合には、材料購入につき材料製造者と控訴人と訴外前田の三者で協議して材料価格を決定しており、製品の単価の決定権も同訴外人にあり、同訴外人の指示により製品には所定の符号が記され、製品の包装には「マルティプロダクツ」の商標が記され、控訴人の製品であることを示すような記載は製品にも包装にも存しないこと、しかも、製品は全て前記日本マルティプロダクツ商会に納入されており、他に販売されたり納入されたことはなく、ましてや控訴人は同訴外人に実施料を支払ったことはないことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

 ところで、有体物の使用、収益が有限であるのに反し、無体財産権の使用(実施)は観念的には無限であるが故に、無体財産権である実用新案権の共有者の一人は、他の共有者の実施の態様、持分の如何に拘わりなく、これを実施して収益をあげることができるのであって、自ら実施しないで他人に実施させることも、共有者の計算においてその支配・管理の下に行なわれるものである限りにおいては、共有者による実施というべきである。

 本件においては、前記認定事実によれば、訴外前田と控訴人との関係は、請負契約的要素の強い製作物供給契約と認めるのが相当であり、控訴人は製造のための機械設備等を所有し、自己の負担において材料を調達していたとはいえ、製品の代金は実質的には売買代金とみるべきではなく、材料費・設備償却費の要素と工賃の要素とを含むものと認められ、また、原料の購入、製品の販売、品質等については同訴外人が綿密な指揮監督を行なっておりしかも製品は全て同訴外人の指示により専ら同人の経営する前記日本マルティプロダクツ商会に納入され、他に売渡されたことは全くないこと等の諸事実に徴すれば、控訴人は登録実用新案権の共有者の一人である訴外前田の一機関として本件蹄鉄を製造していたものであって、同訴外人が自己の計算において、その支配管理の下に本件登録実用新案権の実施をしたものと解すべきであり控訴人が右実用新案権を独立の事業として実施したものとは認められない。

 三、以上のとおりであるから、控訴人の本件蹄鉄の製造ならびに納入行為は適法なものであって、何ら被控訴人らの権利を侵害するものとはいえないものであり、その侵害を前提とする被控訴人の本訴請求は、爾余の争点について判断するまでもなく、いずれも失当である。

 よって、以上と異なる見解のもとに被控訴人の本訴請求を認容した原判決は、不当であるから、民事訴訟法第三八六条に則り、これを取消したうえ、被控訴人の本訴請求はいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 松岡登 裁判官 篠田省二 板垣範之)

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