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裁判年月日 平成21年 2月17日 

事件番号 平20(行ケ)10026号

事件名 審決取消請求事件

 

主文

 特許庁が不服2005-21460号事件について平成19年9月11日にした審決を取り消す。

 訴訟費用は被告の負担とする。 

 

事実及び理由

第1 請求

 主文と同旨

第2 事案の概要

 本件は,原告が特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,請求が成り立たないとの審決がされたので同審決の取消しを求める事案である。

 1 特許庁における手続の経緯(争いのない事実)

 原告は,発明の名称を「動的な乗物」とする発明について,平成6年7月29日(パリ条約による優先権主張:1993(平成5)年8月19日,米国)に日本国を指定国に含む国際特許出願(以下「本件出願」という。)をし,平成17年7月28日付けの拒絶査定を受けたので,同年11月7日,同拒絶査定に対する不服審判を請求した。

 特許庁は,上記請求を不服2005-21460号事件として審理し,平成19年9月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年9月25日,原告に送達された。

 2 発明の要旨

 審決が対象とした発明は,平成17年2月3日付けの手続補正書による補正(甲7。以下「本件補正」という。)後の特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載されたものであり,その要旨は次のとおりである(以下,この発明を請求項の順に「本願発明1」,「本願発明2」などという。なお,請求項の数は8個である。)

 「1. 乗客を乗せ,乗物の外側の環境を通る軌道に沿って動く動的な乗物において,

   (a) 前記環境に対して軌道に沿って動くシャーシと,

   (b) 乗客を乗せることができる車体と,

   (c) 車体をシャーシに接続し,シャーシと独立した車体の調整された運動を行なわせる運動装置と,を有し,

 車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる,乗物。

  2. 乗客を乗せ,乗物の外側の環境を通る軌道に沿って動く動的な乗物において,

   (a) 前記環境に対して軌道に沿って動くシャーシと,

   (b) 乗客を乗せることができる車体と,

   (c) 車体をシャーシに接続し,シャーシと独立した車体の調整された運動を行なわせる運動装置と,を有し,

 車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる,乗物。

  3. 乗客を乗せ,乗物の外側の環境を通る軌道に沿って動く動的な乗物において,

   (a) 前記環境に対して軌道に沿って動くシャーシと,

   (b) 乗客を乗せることができる車体と,

   (c) 車体をシャーシに接続し,シャーシと独立した車体の調整された運動を行なわせるアクチュエーターと,を有し,車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる,乗物。

  4. 乗客を乗せ,乗物の外側の環境を通る軌道に沿って動く動的な乗物において,

   (a) 前記環境に対して軌道に沿って動くシャーシと,

   (b) 乗客を乗せることができる車体と,

   (c) 車体をシャーシに接続し,シャーシと独立した車体の調整された運動を行なわせるアクチュエーターと,を有し,

 車体が減速段階にある時,アクチュエーターが,車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる,乗物。」

 3 審決の理由の要旨

 審決は,本願発明1~4は,特開平5-161762号公報(甲1。以下「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「刊行物記載発明」という。)及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

 審決が上記結論に至った理由は,以下のとおりである。なお,本訴の書証番号を付記する。

  (1) 刊行物記載発明の内容

 引用刊行物には次の発明が記載されている。

 「周回軌道と,

 この周回軌道に沿って進行する台板およびこの台板に搭載されて外界から遮蔽されるとともに内部に座席を設けたカプセルを備えた車両と,

 上記カプセルに設けられたスクリーンに映像を映す映像演出手段と,

 この車両に設けられ周回軌道の途中でカプセルの向きを変える方向変換装置と,

 上記方向変換装置の作動によりカプセルの向きを変更した場合に上記スクリーンを透明にしてこのスクリーンを通して外部を透視することができるスクリーン切換手段と,

 上記周回軌道の途中に位置して車両の外部に設けられ上記スクリーンを通してカプセル内の乗客から見ることができる外部演出手段と,

 上記映像演出手段に同調して,上記台板とは独立して前後,左右に揺動や振動が与えられる上記カプセルを動かすカプセル駆動手段と,

 を備えた軌道走行型観覧装置。」

  (2) 本願発明1~4と刊行物記載発明との対比

   ア 本願発明1~4において共通する特定について

 「本願発明1~4は,以下の特定を概ね共通するものとして備えたものといえるので,当該特定について,刊行物記載発明と対比する。

 《本願発明1~4において概ね共通する特定》

 「乗客を乗せ,乗物の外側の環境を通る軌道に沿って動く動的な乗物において,

  (a) 前記環境に対して軌道に沿って動くシャーシと,

  (b) 乗客を乗せることができる車体と,

  (c) 車体をシャーシに接続し,シャーシと独立した車体の調整された運動を行なわせる運動装置(アクチュエーター)と,を有し,」

 ・・・

 してみると,刊行物記載発明は,《本願発明1~4において概ね共通する特定》を備えた「乗物」であるといえる。」

   イ 本願発明3について

 (ア) 一致点と相違点

 「本願発明3と刊行物記載発明とを対比すると,

 両者は,前記《本願発明1~4において概ね共通する特定》を備えた「乗物」である点で一致するものの,以下の点で相違している。

 <相違点1> 本願発明3においては,「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」と特定されるのに対して,

 刊行物記載発明においては,この特定を備えるか定かでない点。」

 (イ) 相違点1についての判断

 「当該本願発明3の特定は,「車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」ことで,通常,乗物に乗車した際に体感される加速感をシミュレートしているものと解される。

 ここで,乗物に乗車した人間が,発進時の加速により座席に沈み込む感覚を受けることは,日常的に感じられることであるから,これと同様な感覚を与えられつつ,乗物の発進状態を表示画面にみれば,発進時の感覚を生むであろうことは,当業者ならずとも容易に理解できることである。

 そこで,乗物に乗車した体感を与える,いわゆるシミュレーション装置技術において,通常,乗物が前進加速をする状況をどのように体感させているかについて検討するに,特開平5-88604号公報(本訴甲2),実願平3-20556号(実開平4-116872号)のマイクロフィルム(本訴甲3),特開平4-51078号公報(本訴甲4)あるいは特開平4-51076号公報(本訴甲5)等には,車体を模した装置の前方側を後方側より持ち上げることで,発進状態をシミュレートしていることが記載されている。

 よって,当該本願発明3の特定は,車体の前進加速段階をシミュレートする通常の手法でしかなく,当業者ならば必要に応じて従来も行っていることであって,格別なものとはいえない。

 したがって,本願発明3は,刊行物記載発明において車両の発進状態を体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものである。」

   ウ 本願発明4について

 (ア) 一致点と相違点

 「本願発明4と刊行物記載発明とを対比すると,

 両者は,前記《本願発明1~4において概ね共通する特定》を備えた「乗物」である点で一致するものの,以下の点で相違している。

 <相違点2> 本願発明4においては,「車体が減速段階にある時,アクチュエーターが,車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」と特定されるのに対して,

 刊行物記載発明においては,この特定を備えるか定かでない点。」

 (イ) 相違点2についての判断

 「当該本願発明4の特定は,「車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」ことで,通常,乗物に乗車した際に体感される際の減速感をシミュレートしているものと解される。

 ここで,乗物に乗車した人間が,停車する時には前方へ身体が加速され,車体前方が沈み込む感覚を受けることは,日常的に感じられることであるから,これと同様な感覚を与えられつつ,乗物の停車状態を表示画面にみれば,停車する時の感覚を生むであろうことは,当業者ならずとも容易に理解できることである。

 そこで,乗物に乗車した体感を与える,いわゆるシミュレーション装置技術において,通常,乗物が停車の際に減速する状況をどのように体感させているかについて検討するに,前記特開平5-88604号公報(本訴甲2),実願平3-20556号(実開平4-116872号)のマイクロフィルム(本訴甲3),特開平4-51078号公報(本訴甲4)あるいは特開平4-51076号公報(本訴甲5)等には,車体を模した装置の後方側を前方側より持ち上げることで,停車時の減速状態をシミュレートしていることも記載されている。

 よって,当該本願発明4の特定は,車体の停車時の減速段階をシミュレートする通常の手法でしかなく,当業者ならば必要に応じて従来も行っていることであって,格別なものとはいえない。

 したがって,本願発明4は,刊行物記載発明において車両の停車時の減速状態を体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものである。」

   エ 本願発明1について

 (ア) 一致点と相違点

 「本願発明1と刊行物記載発明とを対比すると,

 両者は,前記《本願発明1~4において概ね共通する特定》を備えた「乗物」である点で一致するものの,以下の点で相違している。

 <相違点3> 本願発明1においては,「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」と特定されるのに対して,

 刊行物記載発明においては,この特定を備えるか定かでない点。」

 (イ) 相違点3についての判断

 「当該本願発明1の特定は,「車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」ことで,通常,乗物に乗車した際に体感される際のコーナーでの速度及び曲がりの感覚をシミュレートしているものと解される。

 しかし,乗物に乗車した人間が,コーナーを曲がる際には,コーナー外側へ身体が振られる感覚を受けることは,日常的に感じられることであるから,これと同様な感覚を与えられつつ,乗物がコーナーを曲がる状況を表示画面にみれば,同様の感覚を生むであろうことは,当業者ならずとも容易に理解できることである。

 ここで,乗物に乗車した体感を与える,いわゆるシミュレーション装置技術において,通常,乗物がコーナーを曲がる状況をどのように体感させているかについて検討するに,前記特開平5-88604号公報(本訴甲2),実願平3-20556号(実開平4-116872号)のマイクロフィルム(本訴甲3),特開平4-51078号公報(本訴甲4)あるいは特開平4-51076号公報(本訴甲5)等には,乗物がコーナーを曲がる際に体感される遠心力等を,どのようにシミュレートするかについて記載されている。

 よって,当該本願発明1の特定は,車体のコーナーでの速度及び曲がりの感覚をシミュレートする通常の手法でしかなく,当業者ならば必要に応じて従来も行っていることであって,格別なものとはいえない。

 したがって,本願発明1は,刊行物記載発明において車両のコーナーでの速度及び曲がりを体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものである。」

   オ 本願発明2について

 (ア) 一致点と相違点

 「本願発明2と刊行物記載発明とを対比すると,

 両者は,前記《本願発明1~4において概ね共通する特定》を備えた「乗物」である点で一致するものの,以下の点で相違している。

 <相違点4> 本願発明2においては,「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる」と特定されるのに対して,刊行物記載発明においては,この特定を備えるか定かでない点。」

 (イ) 相違点4についての判断

 「本願明細書中には,当該本願発明2の特定に相当する構成の実施例記載はないものの,前記「四輪かじ取り」により与えられる運動を,「運動装置」により車体に与えることから類推される,当該本願発明2の特定により,通常,乗物に乗車した際に体感される際のコーナーでの速度及び曲がりの感覚をシミュレートしているものと解することが妥当といえる。

 しかしながら,前記「・・・本願発明1について」で検討したと同様の理由により,当該本願発明2の特定は,車体のコーナーでの速度及び曲がりの感覚をシミュレートする通常の手法でしかなく,当業者ならば必要に応じて従来も行っていることであって,格別なものとはいえない。

 したがって,本願発明2は,刊行物記載発明において車両のコーナーでの速度及び曲がりを体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものといわざるを得ない。」

第3 審決取消事由の要点

 審決は,相違点1ないし4についての各判断を誤り,これらの誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。

 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)

 審決は,「本願発明3は,刊行物記載発明において車両の発進状態を体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものである」と判断したが,誤りである。

  (1) 本願発明3において「車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」のは,軌道に沿って動く車体が前進加速段階にある時であり,本願発明3は,車体が実際に前進加速段階にある時に,通常体感される加速感に加えてさらに車体の前方側を車体の後方側に対して持ち上げるという構成を採用したことにより,実際の車体の動きにより体感される感覚に加えて,シミュレートした車体の動きにより乗物に乗車した際の感覚を著しく向上させ,通常体感される以上の乗車感覚を経験することを可能とし,また,実際の乗物の速度を,通常それらの感覚を体感させるのに必要とされる速度まで急速に加速する必要がなくなるため,乗客の安全性を最大限に確保しつつ遊戯性を高めるという顕著な作用効果を奏するものである。

 これに対し,刊行物記載発明においては,カプセル内に設けられたスクリーンに映し出される映像又はスクリーンを通してカプセル内の乗客から見ることができる外部演出手段に同調して,周回軌道に沿って進行する台板とは独立にカプセルを前後,左右に揺動及び振動するだけであり,引用刊行物には,相違点1に係る「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」との本願発明3の構成は全く記載も示唆もされていない。

 このように,引用刊行物は,本願発明3の「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」という構成の技術的意義を記載も示唆もしておらず,本願発明3を想到する動機付けとなり得る記載を有するものではないから,当業者が引用刊行物に基づいて「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」との本願発明3の構成を容易に想到し得たとはいえない。

  (2) 審決は,乗物に乗車した体感を与える,いわゆるシミュレーション装置技術において,通常,乗物が前進加速をする状況を体感させる方法を示すものとして,特開平5-88604号公報(甲2。以下「周知例甲2」という。),実願平3-20556号のマイクロフィルム(甲3。以下「周知例甲3」という。),特開平4-51078号公報(甲4。以下「周知例甲4」という。)及び特開平4-51076号公報(甲5。以下「周知例甲5」という。)等には,車体を模した装置の前方側を後方側より持ち上げることで,発進状態をシミュレートしていることが記載されている,と判断している。

 しかしながら,周知例甲1は展示実車の試乗者が走行時の擬似運転感覚を体験できる自動車展示装置に関するものであり,周知例甲2は空中飛行の体感が得られる高精度の飛行操縦シミュレータに関するものであり,周知例甲4,5は共に二輪車のライディングシミュレーション装置に関するものであって,これらの各周知例は,いずれも乗物を実際には移動させることなく,前後動揺動,遠心力,又は車体のピッチ角の調整により,自動車,飛行機又は二輪車等の乗物を実際に運転する際に感じる運転感覚や体感を忠実に再現することを目的とするものである。すなわち,周知例甲2ないし5においては,乗物に与えられる動きは,いずれも刊行物記載発明と同様にスクリーンやディスプレイ装置の映像又はコンピュータ画像シミュレーションによる画面のみと連動して調整され,乗物の実際の前進加速,減速及びコーナーの曲がり等の移動とは全く無関係に行われるのであって,本願発明3の特徴とする「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」構成及びそれにより得られる効果に関しては,全く記載も示唆もされていない。

 このように,周知例甲2ないし5は,本願発明3とは構成上明らかに相違するものであるから,当業者が刊行物記載発明において周知例甲2ないし5の記載を参照したとしても,本願発明3を容易に想到し得たとはいえない。

 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)

 審決は,「本願発明4は,刊行物記載発明において車両の停車時の減速状態を体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものである」と判断したが,誤りである。

  (1) 本願発明4において「車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」のは,軌道に沿って動く車体が減速段階にある時であり,本願発明4は,車体が実際に減速段階にある時に,通常体感される減速感に加えてさらに車体の後方側を車体の前方側に対して持ち上げるという構成を採用したことにより,実際の車体の動きにより体感される感覚に加えて,シミュレートした車体の動きにより乗物に乗車した際の感覚を著しく向上させ,通常体感される以上の乗車感覚を経験することを可能とし,また,実際の乗物の速度を,通常それらの感覚を体感させるのに必要とされる速度まで急速に減速する必要がなくなるため,乗客の安全性を最大限に確保しつつ遊戯性を高めるという顕著な作用効果を奏するものである。

 これに対し,刊行物記載発明は,前記1(1)で述べたとおりのものであり,引用刊行物には,相違点2に係る「車体が減速段階にある時,アクチュエーターが,車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」との本願発明4の構成は全く記載も示唆もされていない。

 このように,引用刊行物は,本願発明4の「車体が減速段階にある時,アクチュエーターが,車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」という構成の技術的意義を記載も示唆もしておらず,本願発明4を想到する動機付けとなり得る記載を有するものではないから,当業者が引用刊行物に基づいて「車体が減速段階にある時,アクチュエーターが,車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」との本願発明4の構成を容易に想到することができたとはいえない。

  (2) また,前記1(2)で述べたとおり,周知例甲2ないし5は,本願発明4とは構成上明らかに相違するものであるから,当業者が刊行物記載発明において周知例甲2ないし5の記載を参照したとしても,本願発明4を容易に想到し得たとはいえない。

 3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)

 審決は,「本願発明1は,刊行物記載発明において車両のコーナーでの速度及び曲がりを体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものである」と判断したが,誤りである。

  (1) 本願発明1において「運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」のは,軌道に沿って動く車体がコーナーを曲がっている時であり,本願発明1は,車体が実際にコーナーを曲がっている時に,通常体感されるコーナーでの速度及び曲がりの感覚に加えてさらに車体の半径方向内側を車体の半径方向外側に対して持ち上げるという構成を採用したことにより,実際の車体の動きにより体感される感覚に加えて,シミュレートした車体の動きにより乗物に乗車した際の感覚を著しく向上させ,通常体感される以上の乗車感覚を経験することを可能とし,また,実際の乗物の速度は,通常それらの感覚を体感させるのに必要とされる速度で急速にコーナーを曲がらせる必要がなくなるため,乗客の安全性を最大限に確保しつつ遊戯性を高めるという顕著な作用効果を奏するものである。

 これに対し,刊行物記載発明は,前記1(1)で述べたとおりのものであり,引用刊行物には,相違点3に係る「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」との本願発明1の構成は全く記載も示唆もされていない。

 このように,引用刊行物は,本願発明1の「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」という構成の技術的意義を記載も示唆もしておらず,本願発明1を想到する動機付けとなり得る記載を有するものではないから,当業者が引用刊行物に基づいて「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」との相違点3の構成を容易に想到することができたとはいえない。

  (2) また,前記1(2)で述べたとおり,周知例甲2ないし5は,本願発明1とは構成上明らかに相違するものであるから,当業者が刊行物記載発明において周知例甲2ないし5の記載を参照したとしても,本願発明1を容易に想到し得たとはいえない。

 4 取消事由4(相違点4についての判断の誤り)

 審決は,「本願発明2は,刊行物記載発明において車両のコーナーでの速度及び曲がりを体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものといわざるを得ない」と判断したが,誤りである。

 本願発明2において「運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる」のは,軌道に沿って動く車体がコーナーを曲がっている時であり,本願発明2は,車体が実際にコーナーを曲がっている時に,通常体感されるコーナーでの速度及び曲がりの感覚に加えてさらに車体の前方側を車体の後方側に対して半径方向内方に旋回させるという構成を採用したことにより,実際の車体の動きにより体感される感覚に加えて,シミュレートした車体の動きにより乗物に乗車した際の感覚を著しく向上させ,通常体感される以上の乗車感覚を経験することを可能とし,また,実際の乗物の速度を,通常それらの感覚を体感させるのに必要とされる速度で急速にコーナーで曲がらせる必要がなくなるため,乗客の安全性を最大限に確保しつつ遊戯性を高めるという顕著な作用効果を奏するものである。

 これに対し,刊行物記載発明は,前記1(1)で述べたとおりのものであり,引用刊行物には,相違点4に係る「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる」との本願発明2の構成は全く記載も示唆もされていない。

 このように,引用刊行物は,本願発明2の「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる」という構成の技術的意義を記載も示唆もしておらず,本願発明2を想到する動機付けとなり得る記載を有するものではないから,当業者が引用刊行物に基づいて「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる」との本願発明2の構成を容易に想到することができたといはいえない。

第4 被告の反論の要点

 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)に対して

  (1) 原告は,引用刊行物は,本願発明3の「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」という構成の技術的意義を記載も示唆もしておらず,本願発明3を想到する動機付けとなり得る記載を有するものではないから,当業者が引用刊行物に基づいて「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」との本願発明3の構成を容易に想到し得たとはいえないと主張する。

 しかしながら,審決は,引用刊行物に相違点1に係る本願発明3の構成の技術的意義が記載されていることを理由として当業者が本願発明3を容易に想到し得たと判断したのではないから,原告の主張は失当である。

  (2) 本願発明1~4の「概ね共通する特定」以外の特定部分は,実際の車両の動きにシミュレーションを加えることにより,乗物経験を高めることにその技術的意義があるものであり,審決は,周知例甲2ないし5を援用して車両の動きをシミュレートすることが周知であることを認定している。

 また,引用刊行物には,乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与えることがもともと示唆されており(段落【0034】~【0035】),車体が前進加速段階を有することも想定されている(段落【0045】)。

 そして,審決は,相違点において「車体が前進加速段階にある時」を明示的に取り上げた上で,車体が実際に前進加速する段階において前進加速を体感させるシミュレートを行うことで,体感される前進加速の感覚がより強いものとなることが,当業者にとって技術常識であるとの前提から,容易想到性の判断を行ったのであって,ことさらに「車体が前進加速段階にある時」を相違点から除外していない。

 さらに,乗物に乗車した者の安全に配慮して興趣感と安全とのバランスを勘案することは当然であるから,原告の主張する「乗客の安全性を最大限に確保しつつ遊戯性を高める」との作用効果が格別なものとはいえない。そして,乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与え,乗物に乗車した者にそれらの動きが組み合わさった動きを体感させて興趣感を高めることは,従来から当業者にとって技術常識(乙1~3)であり,乗物の走行のみを行う場合と同程度の感覚を体感させるに当たり,シミュレートを加えることで走行に係る加速の度合いを低減できることは,当業者が予測し得た程度のことにすぎない。

 したがって,本願発明3は,刊行物記載発明及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,審決の判断に誤りはない。

 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)に対して

  (1) 原告は,引用刊行物は,本願発明4の「車体が減速段階にある時,アクチュエーターが,車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」という構成の技術的意義を記載も示唆もしておらず,本願発明4を想到する動機付けとなり得る記載を有するものではないから,当業者が引用刊行物に基づいて「車体が減速段階にある時,アクチュエーターが,車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」との本願発明4の構成を容易に想到し得たとはいえないと主張する。

 しかしながら,審決は,引用刊行物に相違点2に係る本願発明4の構成の技術的意義が記載されていることを理由として当業者が本願発明4を容易に想到し得たと判断したのではないから,原告の主張は失当である。

  (2) 前記1(2)で述べたことは本願発明4についても同様に当てはまるから,本願発明4は,刊行物記載発明及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,審決の判断に誤りはない。

 3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)に対して

  (1) 原告は,引用刊行物は,本願発明1の「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」という構成の技術的意義を記載も示唆もしておらず,本願発明1を想到する動機付けとなり得る記載を有するものではないから,当業者が引用刊行物に基づいて「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」との本願発明1の構成を容易に想到し得たとはいえないと主張する。

 しかしながら,審決は,引用刊行物に相違点3に係る本願発明1の構成の技術的意義が記載されていることを理由として当業者が本願発明1を容易に想到し得たと判断したのではないから,原告の主張は失当である。

  (2) 前記1(2)で述べたことは本願発明1についても同様に当てはまるから,本願発明1は,刊行物記載発明及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,審決の判断に誤りはない。

 4 取消事由4(相違点4についての判断の誤り)に対して

  (1) 原告は,引用刊行物は,本願発明2の「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる」という構成の技術的意義を記載も示唆もしておらず,本願発明2を想到する動機付けとなり得る記載を有するものではないから,当業者が引用刊行物に基づいて「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる」との本願発明2の構成を容易に想到し得たとはいえないと主張する。

 しかしながら,審決は,引用刊行物に相違点4に係る本願発明2の構成の技術的意義が記載されていることを理由として当業者が本願発明2を容易に想到し得たと判断したのではないから,原告の主張は失当である。

  (2) 前記1(2)で述べたことは本願発明2についても同様に当てはまるから,本願発明2は,刊行物記載発明及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,審決の判断に誤りはない。

第5 当裁判所の判断

 1 本願発明1~4の技術的意義について

  (1) 本願発明に係る請求項及び本件補正後の明細書(以下「本願明細書」という。)の記載

   ア 本願発明1~4についての請求項の記載は,前記第2の2のとおりである。

   イ 本願明細書には,次の記載がある(甲6,7)。

 (ア) 「本発明は車両の動きの感覚と,車両内で乗客が経験する旅行感を高めるための動的な乗物に関する。特に,本発明は遊園地環境において用いることのできる動的な乗物に関する。」(1頁6行~8行)

 (イ) 「遊園地での乗物の進歩に伴い,愛好者は大型で,より優れたローラコースタや遊園地の乗物によって提供される益々大きなスリルを求め,かつ取得してきた。・・・しかしながら,遊園地は生き残るためには乗車経験が,益々大衆化してきた自動車のような新規な発明にも対抗しうることを強調する必要がでてきた。」(1頁9行~17行)

 (ウ) 「乗客に対して急速な加速や,極めて高速での急カーブでの曲がりの感覚を提供するためには,車両は実際に急速に加速したり,極めて高速で急なカーブで曲がる必要がある。しかしながら,急速な加速や急速度での急カーブの曲がりを提供できる可能性は設計技術上および乗客が許容しえない安全性の危機に直面するのを阻止したいという願望とにより制限されている。」(1頁22行~27行)

 (エ) 「今日,以前以上に,テーマパークの客はテレビや映画で見るのと同じスリルを自身で経験したいと思う。・・・

 従って,乗物自体が物理的に実際のアトラクションを通して移動するにつれて乗物の乗客が経験する乗物の動きと旅行感を向上させる娯楽用乗物に対する明確な要求があった。」(4頁18行~25行)

 (オ) 「動的乗物は実際の車両の動きの感覚並びにシミュレーションした乗物経験を高めるための一連の動作パターンを実行することができる。動的乗物は特にその実際の動きを高めたり,あるいは低下させたりできる。例えば,動的乗物がコーナを曲がる場合,本体部はコーナの速度と急な角度に対する乗客の感覚を強調し,高めるためにシャーシから外方へ転ばすことができる。」(8頁20行~24行)

 (カ) 「動的乗物の乗客が享受する乗車経験は動的乗物が実際に乗客を軌道に沿って運び,一方シャーシのどの運動とからも独立した多数の自由度で本体部に運動を加えるので独特のものである。このため動的乗物の感覚を著しく向上させ,ある場合には,実際には発生していない,動いている乗物の乗車経験を提供する。その結果,実際にはそれらの感覚を発生させるのに通常必要とされる速度で動的乗物を加速したり,回転させたりする必要はないので,乗車経験の安全性が最大とでき,一方望ましい運動感覚や全体的な乗車経験を提供することができる。」(9頁3行~9行)

 (キ) 「本発明によれば,娯楽用の乗物10は,実際に行われている乗物の動き感を高め,かつ乗客に対して実際には起こっていない,現実的な動いている乗物の乗車経験を提供することができる。・・・本発明の内容において,運動パターンは車体22をシャーシ12に対して繰返し可能の軌道において運動させる運動装置24と対応するアクチュエータ50,52,54,126および(または)135による一連の運動で,シャーシ12が静止しているか,あるいは軌道18に沿って動いているときに発生しうる運動と定義される。その結果の運動パターンは乗客48に,乗物10が方向性のある運動あるいは実際に存在するか,あるいは存在していない路面状態を経験しているような感覚を与える。」(29頁16行~29行)

 (ク) 「第23図は乗物10がコーナ144を曲がるときの種々の段階にある運動パターンを示す。コーナ144を曲がるときの感覚はシャーシ12に対する車体の外方への転回によって強調して示されている。このことは乗物10の転回軸心の周りでのシャーシ12に対する車体22の回転加速によって達成される。転回を始める前に,乗物10が車体22をシャーシ12に対して概ね水平位置において軌道18に沿って前進する。車輪14または16が湾曲した軌道18を追従する方向に転回するにつれて,車体22が運動方向の矢印146によって示すように湾曲した軌道18に対して外方向で転回軸心の周りで同時に加速される。車体の外方への転回度は,乗物が湾曲した軌道の頂点に概ね位置する点において最大値に達するまで増加する。これはコーナでの速度と急な曲がりに対する乗客の感覚を強調し,かつ高めることにより,車体が外方に転回せずにコーナを回るとき乗客が経験する通常の感覚を補完する効果を有している。乗物10が曲がりから出始めるにつれて,車体は曲がりの終りにおいてシャーシ12に対して概ね水平の位置に達するまで内方に転回し直す。」(30頁2行~15行)

 (ケ) 「第25図は車両10がコーナ144を曲がる種々の段階にあるときの別の運動パターンを示す。しかしながら,この運動パターンにおいては,乗客が経験する曲がり感覚は第23図の運動パターンで示すように車体が外方へ転回するよりも四輪かじ取りによって誇大とされている。従って,乗物10は軌道18に沿って前進し,車体22は,転回の間ずっとシャーシ12に対して概ね面一の位置に保たれている。乗物10が転回に対応して湾曲した軌道18に入ろうとするにつれて,乗物10の後輪16は転回方向から離れる方向にかじ取りされる。このため乗物10の後端を加速させ,運動を示す矢印150が指示するように曲がりの間外方に旋回し滑りをシミュレートした効果を提供する。この運動パターンを通して,前輪14はコーナ144の曲率を概ね追従する。乗物10がコーナ144の頂部を通るにつれて,後輪16はコーナの中へ内方にかじ取り戻される。このため乗物10の後端を加速させ,かつ運動を示す矢印152が指示するように内方へ旋回させ,乗車がコーナ144から出てくるにつれて乗車10の滑り効果をシミュレーションする。コーナ144の終りにおいて,車輪14および16は次の運動パターンの準備として真直ぐにかじ取りすることができる。」(31頁22行~32頁7行)

 (コ) 「第26図は後方の車体の縦揺れを用いて加速の間の速度感を強調する,前進加速の種々の段階における乗物10を示す。これは乗物10の縦揺れ軸心の周りでのシャーシ12に対する乗物の回転加速によって達成される。この運動パターンにおいて,乗物10は軌道18に沿って前方向に急速に加速される。乗物10が加速を始めると直ちに,車体22は縦揺れ軸心の周りで前端を加速し,かつ持ち上げることにより急速に後方へ縦揺れする。この車体の運動は,そのような車体の縦揺れ運動が無い場合に経験される通常の加速以上に乗物10の加速に対する乗客の感覚を強調し,かつ高める効果を有する。車両10がその前方向加速を概ね終了すると,車体22はシャーシ12に対して概ね水平位置に達するまで前端を低下させることにより前方へ徐々に縦揺れする。乗物10の前方加速は停止開始から,あるいは乗物が既に運動している間に起ることが理解される。

 第27図は前方への縦揺れによって強調されている,減速あるいは制動の種々段階において乗物10を示す。この運動パターンにおいては,乗物が軌道18に沿って前方に動くにつれて,乗物は急速に減速される。乗物10が減速を始めると直ちに,車体22は縦揺れ軸心の周りで後端を加速し,かつ持ち上げることによってシャーシに対して前方に急速に縦揺れされる。乗物10が停止するか,あるいは減速を終了すると,車体22は後端をシャーシに対して概ね面一の位置まで降下させることによりシャーシ12に対して後方へ急速に縦揺れする。乗物10のこの運動は車体22の前方への縦揺れによって高められ,乗物の制動に対する乗客の感覚を著しく強調し,高める。」(32頁8行~27行)

 (サ) 第23図には,外方に本体部を転ばせてコーナを回る種々の段階における乗物を示す斜視図が描かれている。

 第25図には,4輪をかじ取りしてコーナを回る種々の段階における乗物を示す斜視図が描かれている。

 第26図には,後方に本体部を縦揺れさせて前方に加速する種々の段階における乗物を示す斜視図が描かれている。

 第27図には,本体部を前方に縦揺れさせて減速すなわちブレーキをかける種々の段階における乗物を示す斜視図が描かれている。

   ウ 上記ア,イの記載によれば,本願発明1~4について,次のことが認められる。

 (ア) 本願発明1~4は,特に遊園地における動的な乗物の乗客が,乗物によって提供される乗車経験に,より生々しい臨場感や大きなスリル感などを求めることに応えるため,乗客に対して急激な加速や減速,高速での急カーブの曲がりの感覚を提供することを目的とするものである。

 (イ) 本願発明1~4は,設計技術上及び安全性の問題から乗物の急激な加速や減速及び急速度での急カーブの曲がりなどの実際の動きが制限されるという事情の下で,上記(ア)の目的を達成するため,乗物が軌道に沿って移動する間に乗客が経験する,乗物の加速時の速度感,減速時の制動感及びコーナでの転回時の曲がりに対する感覚といった乗車時の諸々の動きの感覚に更に同様の動きのシミュレーションを加えることにより,動的乗物がもたらす上記の各感覚を著しく強化し,実際には発生していない乗車経験を提供することができるようにした発明であり,現実には,上記の増強された感覚を発生させるために通常必要とされる速度で乗物を加減速したり,転回したりする必要がないため,安全性を十分に確保することができる,というものである。

 (ウ) 本願発明3は,乗物の前進加速時の加速感を強調するために,乗物10が加速しているときに,アクチュエータが車体22を縦揺れ軸心の周りで前端を加速し,かつ持ち上げることにより急速に後方へ縦揺れさせ,これによって,乗客に,このような車体の縦揺れ運動が無い場合に経験される通常の加速感以上に乗物10の加速感を更に強調し,かつ高めようとする発明である。

 (エ) 本願発明4は,乗物の減速時の減速感ないし制動感を強調するために,乗物10が減速しているときに,アクチュエータが車体22の後端を持ち上げることにより急速に前方へ縦揺れさせ,これによって,乗客に,減速(制動)感を更に強調し,高めようとする発明である。

 (オ) 本願発明1は,乗物がコーナ(カーブ)を曲がる時の感覚を強調するために,乗物10がコーナを曲っているときに,シャーシ12に対して概ね水平位置にあった車体22が湾曲した軌道18に対して外方向に転回軸心の周りで転回することにより,乗客に,車体が外方向に転回せずにコーナを回るときに経験する通常の曲がりに対する感覚を更に強調し,高めようとする発明である。

 (カ) 本願発明2は,乗物がコーナ(カーブ)を曲がる時の四輪かじ取りによる滑りの感覚を強調するために,乗物10がコーナを曲がっているときに,乗物10の後輪16が転回方向から離れる方向にかじ取りされることにより,相対的に乗物10の前方側をコーナ内方に旋回して,乗物10の後端が,曲がりの間,外方に旋回して滑る感覚をシミュレートし,これによって,乗客に,乗物がコーナを曲がる時の四輪かじ取りにより与えられる感覚を更に強調し,高めようとする発明である。

 2 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について

 審決は,相違点1について「本願発明3は,刊行物記載発明において車両の発進状態を体感させようとすれば,これの備えている運動装置を使用して周知のシミュレートを行うことで,当業者が容易に発明をすることができたものである」と判断したのに対し,原告は,引用刊行物には,相違点1に係る「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」との本願発明3の構成の技術的意義に関する記載も示唆もなく,本願発明3を想到する動機付けとなり得る記載がないのであって,周知例甲2ないし5においても同様であるから,当業者が刊行物記載発明において周知例甲2ないし5の記載を参照したとしても,本願発明3を容易に想到し得たとはいえないと主張するので,以下,検討する。

  (1) 本願発明3について

 前記1ウに説示したところによれば,本願発明3は,「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」との構成を有することにより,車体が前進加速しながら動くことによる実際の前進加速感に加えて,アクチュエーター動作のシミュレーションによる擬似的な前進加速感を乗物の乗客に付与することにより,実際の乗物の動きがもたらす通常の加速感以上に乗物の加速に対する乗客の感覚を強調することができ,これによって,この増強された加速感覚を発生させるために通常必要とされる速度で乗物を実際に加速する必要をなくして安全性を十分に確保することができる,という点に技術的意義があるものと認められる。

  (2) 刊行物記載発明について

   ア 引用刊行物に,審決認定に係る刊行物記載発明が記載されていることは,当事者間に争いがない。

   イ 引用刊行物には,次の記載がある(甲1)。

 (ア) 「【0001】

     【産業上の利用分野】 本発明は,遊園地等に設置され,周回軌道を進行する過程でカプセル型車両の内部に演出される映像や音響を楽しむとともに,外部に演出される映像や造型などを楽しむことができるようにした軌道走行型観覧装置に関する。」

 (イ) 「【0005】 ・・・外界から遮断されたカプセル状の乗物本体に座席およびこの座席の前方にスクリーンを設け,この乗物本体に搭載した映像装置により上記スクリーンに映像を映し出し,この映像の変化に合わせて座席または乗物本体を前後左右に揺動させるようにした,いわゆるシミュレーション式遊戯装置が知られている。このものは外界から遮断されたカプセル内部の雰囲気を,例えば映像や音響,風などで演出し,しかもジェットコースタに乗っているのと同様に座席を揺動運動させることにより,実際には走行していないにも拘らずジェットコースタに乗っているような錯覚を乗客に与えることができ,これによりジェットコースタを擬似体験することができる。したがって,このようなシミュレーション式遊戯装置は広大な敷地や構築設備が不要であり,設備費用が安くなるなどの利点がある。さらに,この種のシミュレーション式遊戯装置は,宇宙空間や空想空間などのような非現実的な雰囲気を演出することもでき,このような幻想的,空想的雰囲気を擬似体験して楽しむこともできるなどの利点がある。

     【0006】

     【発明が解決しようとする課題】 しかし,上記のシミュレーション式遊戯装置は,スクリーンに表現される環境の範囲でしか遊べない不具合があり,遊びの種類や質が単調になる傾向にある。本発明はこのような事情にもとづきなされたもので,外界から遮断されたカプセル内でスクリーンに映し出された映像による遊びに加えて,外部に演出される映像や情景または造型などを楽しむことができ,遊びの種類や質が増大して変化に富んだ楽しみが味わえる軌道走行型観覧装置を提供しようとするものである。」

 (ウ) 「【0022】 ・・・座席41…の正面に位置するカプセル40の壁にはスクリーン42が設けられており,このスクリーン42には,座席41…の後方から,例えばオーバプロジェクタ式映写装置43などのような映像演出手段により映像が映し出されるようになっている。この映像は擬似体験するのに適するプログラムが設定されたものとし,例えば空中遊泳,宇宙飛行,海底探査,あるいはジェットコースタ等の遊戯であってもよい。・・・」

 (エ) 「【0026】 ・・・本実施例の座席41…は上記スクリーン42に映される映像,およびまたは前記ステージ5~8の情景に応じて前後,左右に揺動および振動をするようになっている。このような揺動および振動は各座席が1つづつ独自に運動するようにしてもよいが,本実施例の場合は,カプセル40全体が揺動および振動するようになっている。」

 (オ) 「【0030】 ・・・全部の座席41が前後,左右に揺動や振動をする。よって,座席41…は映像に応じたローリングおよびピッチング運動をしてシミュレーション装置となる。・・・

     【0031】 扉が閉まってカプセル40内を外界から遮断し,スクリーン42にオーバプロジェクタ映写装置43から映像を映し出し,同時に音響による演出が始まる。この映像のプログラムに応じて,ピッチング用油圧シリンダ54およびローリング用油圧シリンダ55が伸縮作動し,カプセル40がローリングやピッチング運動を始める。すなわち,乗客は外界から隔離され,カプセル40内に演出された擬似空間に居るような環境に置かれ,擬似体験をする。

     【0032】 このような状況のもとで走行駆動モータ16の始動により駆動輪としての後輪15が回転され,車両10はプラットホ-ム4を離れ,軌道1に沿って走行する。」

 (カ) 「【0034】 ステージ5の情景が動きを伴う映像の場合は,引き続きピッチング用油圧シリンダ54およびローリング用油圧シリンダ55を伸縮作動させて,カプセル40をローリングやピッチング運動をさせる。・・・

     【0035】 このような外部ステージ5に展開される情景を見ている時は車両10をその位置に停止させておいてもよいが,低速走行や通常の速度で連続して走行させるようにしてもよい。」

   ウ 上記アのとおり,刊行物記載発明は,「周回軌道と,この周回軌道に沿って進行する台板およびこの台板に搭載されて外界から遮蔽されるとともに内部に座席を設けたカプセルを備えた車両と,上記カプセルに設けられたスクリーンに映像を映す映像演出手段と,この車両に設けられ周回軌道の途中でカプセルの向きを変える方向変換装置と,上記方向変換装置の作動によりカプセルの向きを変更した場合に上記スクリーンを透明にしてこのスクリーンを通して外部を透視することができるスクリーン切換手段と,上記周回軌道の途中に位置して車両の外部に設けられ上記スクリーンを通してカプセル内の乗客から見ることができる外部演出手段と,上記映像演出手段に同調して,上記台板とは独立して前後,左右に揺動や振動が与えられる上記カプセルを動かすカプセル駆動手段と,を備えた軌道走行型観覧装置。」と特定されるところ,上記イの記載によれば,刊行物記載発明について,次のことが認められる。

 (ア) 外界から遮断されたカプセル状の乗物内部に座席及び座席前方のスクリーンを設け,同スクリーンに映像を映し出し,この映像の変化に合わせて座席又は乗物本体(以下「座席等」という。)を前後左右に揺動させるようにした,いわゆるシミュレーション式遊戯装置が従来から知られていたが,この従来のシミュレーション式遊戯装置には,スクリーンに表現される環境の範囲でしか遊べないという不具合や遊びの種類・質が単調になる傾向があるという課題があった。

 (イ) 上記課題を解決するため,刊行物記載発明は,外界から遮断されたカプセル内でスクリーンに映し出された映像による遊びに加えて,外部に演出される映像や情景又は造型などを楽しむことができ,遊びの種類や質が増大して変化に富んだ楽しみが味わえる軌道走行型観覧装置を提供するものである。

 (ウ) 刊行物記載発明においては,スクリーンに映し出される映像に応じて車両がローリングやピッチング運動することによって,乗客は車両内に演出された擬似空間に居るような擬似体験をすることができる。

   エ 以上によれば,刊行物記載発明におけるシミュレーションは,カプセル内部のスクリーンに映し出される映像に応じて座席等に動きを与え,乗客に映像上の出来事を擬似的に体感させるというものであり,シミュレーションの点に着目すれば,外界とは無関係に行われる点で引用刊行物に記載された従来のシミュレーション式遊戯装置におけるシミュレーションと同様の技術的思想であるということができる。

  (3) 検討

   ア 上記(1)によれば,相違点1に係る本願発明3の構成は,乗物の実際の前進加速により乗客が経験する加速度の感覚を強調するために,乗物を更に加速することに代えて,前進中の乗物に加速度感を生起させる動きを加え,それによるシミュレーション効果により擬似的に実際の加速以上の加速度感を乗客に体験させるとともに,安全性を十分に確保するという点に技術的意義があるものと認められる。

 これに対し,上記(2)のとおり,刊行物記載発明は,カプセル内部のスクリーン上の映像に対応して座席等に動きを与え,乗客に映像上の出来事を擬似的に体感させるというものであり,同発明におけるシミュレーション効果は,乗物の実際の動きがもたらす乗客の感覚とは無関係である。また,引用刊行物には,設計技術上及び安全性の問題から乗物の急激な加・減速や急速度での急カーブの曲がりなどの実際の動きが制限されるという事情の下で,動的な乗物に臨場感や大きなスリルなどを求める乗客に対して急激な加速や減速,高速での急カーブの曲がりの感覚を提供するという本願発明3の課題についての記載も示唆もなく,シミュレーション効果の利用という点においては,引用刊行物が従来技術として記載している「従来のシミュレーション式遊戯装置」と同一の技術的思想であるといえる。

 したがって,刊行物記載発明は,動的な乗物においてシミュレーション効果を利用するという点では本願発明3と共通するものの,シミュレーション効果の利用状況についての着想及びそれにより実現される効果の点で本願発明3とは技術的思想を異にするものというべきであって,刊行物記載発明と本願発明3とでは,シミュレーションを利用することの技術的意義が相違するものと認められる。そして,本願発明3におけるシミュレーションの利用の技術的意義については,引用刊行物に記載も示唆も認め難いところ,本願発明3におけるシミュレーションの利用の点が,相違点1に係る構成に当たるから,結局,引用刊行物には,相違点1に係る構成の技術的意義について,記載及び示唆があるものと認めることはできない。

 以上によれば,引用刊行物には,相違点1に係る本願発明3の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載や示唆があるものと認めることはできない。

   イ 審決は,ないし5を援用し,車体を模した装置の前方側を後方側より持ち上げること周知例甲2で乗物の前進加速段階をシミュレートする手法は周知であり,本願発明3は,刊行物記載発明において周知のシミュレーションを行うことで当業者が容易に発明をすることができたものであると判断するので,この点を検討する。

 (ア) 周知例甲2

 同周知例には,自動車ショールーム等における展示実車の試乗者が走行時の擬似運転感覚を体験できる自動車展示装置が記載され,「本発明は,ローリング,ピッチング,前後動の3揺動要素を有す揺動テーブル上に実車をそのまま設置し,スクリーン映像に合せて複合揺動運動を起こすことで,発進停止(加減速)時の持続加速感並びに旋回時の持続加速感を重力の代用で再現し視覚と体感のズレを少なくし,よりリアルな体験が出来る様にすることを目的とした。」(段落【0004】),「【作用】 そして本発明は上記の手段によりローリング,ピッチング,前後動の3揺動要素を組み合わすことで発進停止時(加減速時)の持続加速度感並びにカーブ等の旋回時の遠心力を重力の代用で再現出来る。例えば,加速時は前後動揺動により,揺動台を前方に動かして初期の加速度感を搭乗者に与え,その間にピッチング揺動により揺動台の前方を持ち上げることで揺動台を斜めにして重力の水平成分を発生させ,加速時のシートに押しつけられる感覚(持続加速度感)を重力の水平成分で代用させることが出来る。尚,傾ける速度及び程度は,映像にマッチする様に制御装置で制御を行なう。また旋回時は映像に合せてローリング揺動を行ない,加速時と同様に発生した重力の水平成分を遠心力として代用させることが出来る。」(段落【0007】)との記載がある。

 (イ) 周知例甲3

 同周知例には,空中飛行の体感が得られる高精度の飛行操縦シミュレータが記載され,「・・・模擬操縦室が上部に設けられたリニアモータ走行装置がリニアモータ用環状レール上を走行し,模擬操縦室に遠心力が作用すると,遠心力補正制御装置が遠心力と模擬操縦室の傾斜角を検知し,必要な傾斜角の補正量を演算して制御信号を出力する。この制御信号は遠心力補正機構部に入力され,同機構部は模擬操縦室の傾斜角を補正し遠心力による横方向力が生じないように制御する。」(段落【0006】),「・・・模擬操縦室1を搭載したリニアモータ走行装置3は,リニアモータ用環状レール2上を実際の飛行と同様に速度変化しながら走行する。この環状レール3〔判決注:「環状レール2」の誤記と認める。〕上を走行することにより,模擬操縦室1には遠心力が作用するが,・・・遠心力補正制御部4及び遠心力補正機構部5が作用し,・・・模擬操縦室1を傾斜させて遠心力による横方向力が生じないように制御する。」(段落【0009】),「・・・コンピュータ画像シミュレーションは従来の装置と同様に行われる。・・・」(段落【0011】との記載がある。

 (ウ) 周知例甲4及び同5

 上記各周知例にはいずれも二輪車のライディングシミュレーション装置に関する発明が記載されており,周知例甲4には,「該模型二輪車の加減速度に応じて車体のピッチ角を可変すると共に,その際に該車体のピッチ角に対応して該ディスプレイ装置に表示される映像を変化させる。・・・模型二輪車の加速時には車体を後傾させ,減速時には前傾させるようピッチ角の変動を行うことにより,実際の二輪車における加減速感をリアルに再現できる。また,同時に映像も上下動させることにより,映像と車体のピッチ動とのずれが生じない。」(2頁左下欄5行~16行)との記載がある。

 また,周知例甲5には,「該模型二輪車のロール動の回転中心を車速の上昇に対応して高くなるよう制御している。・・・本シュミレータでは,ロール運動をする際,搭乗者の頭部に加わるG(加速度)が発生する。このGは,ロールレイト(ロール角速度)に比例して発生し,このために実際とは異なる現象(走行フィーリング)が発生するが,上記の如く,ロールセンタを可変とすることにより,ロールレイトに比例しないG制御が可能となり,以って,より実走に近いフィーリングの頭部Gを発生させることが可能となる。」(2頁左上欄19行~右上欄11行)との記載がある。

 (エ) 上記(ア)ないし(ウ)によれば,乗物を実際には移動させることなく(上記(ア),(ウ)),あるいは乗物の実際の動きとは異なる態様で(上記(イ)),乗物を運転する際に感じる運転感覚や体感を擬似的に体験させるシミュレーション装置はよく知られた技術であると認められる。

 しかしながら,周知例甲2ないし5には,乗物が実際に前進加速している時に,乗客が経験する加速度感を更に強調するために,当該乗物に加速度感を生起させる実際の動きを加え,乗客の前進加速感を擬似的に強調し高めるシミュレーションを行うとの技術的事項が記載されているとは認められないし,これを示唆する記載も見い出すことがことができない。

 そうすると,周知例甲2ないし5によって,擬似的な前進加速感を乗客に与えるシミュレーションを行うことが周知技術であることは認められるものの,前記アに認定した本願発明3におけるシミュレーション利用の技術的意義についてまで周知であったと認めることはできず,また,これが当業者にとって技術常識であったことを認めるに足りる証拠もない。さらに,前記アに説示したところに照らせば,上記周知のシミュレーション技術は,本願発明3におけるシミュレーション利用の技術的意義を示唆するものとは認め難いから,相違点1に係る本願発明3の構成を示唆するものとも認められない。

 (オ) 以上のとおり,引用刊行物には,相違点1に係る本願発明3の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載も示唆もないこと,また,周知例甲2ないし5によっては,単に擬似的な前進加速感を乗客に与えるシミュレーションを行うことが周知技術であったと認められるにすぎず,同シミュレーション技術は相違点1に係る構成を示唆するものでもないこと等に照らすならば,刊行物記載発明において上記周知技術を考慮したとしても,当業者において,本願発明3におけるシミュレーション利用の技術的意義を容易に着想し,また,それによる効果を容易に想到し得たとは認められないから,当業者が相違点1に係る本願発明3の構成を容易に想到し得たとは認められない。

  (4) 被告の反論について

   ア 被告は,引用刊行物には,乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与えることがもともと示唆されており(段落【0034】~【0035】),車体が前進加速段階を有することも想定されている(段落【0045】)と主張する。

 そこで,検討するに,引用刊行物(甲1)には,「ステージ5の情景が動きを伴う映像の場合は,引き続きピッチング用油圧シリンダ54およびローリング用油圧シリンダ55を伸縮作動させて,カプセル40をローリングやピッチング運動をさせる。そして,走行中のスクリーン42に映されていた映像と,上記ステージ5の情景とを連続する環境雰囲気や連続するストーリに設定しておくこともできる。」(段落【0034】),「このような外部ステージ5に展開される情景を見ている時は車両10をその位置に停止させておいてもよいが,低速走行や通常の速度で連続して走行させるようにしてもよい。」(段落【0035】),「スクリーンに映し出される映像は,従来においては屋外に設置されたジェットコースタなどのような,各種の擬似体験遊戯とすることもでき」(段落【0045】)との記載がある。

 上記記載によれば,引用刊行物には,「乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与えること」との技術事項が示唆されていると認められ,また,スクリーンの映像上において「車体が前進加速段階を有すること」も想定されているといえる。

 しかしながら,引用刊行物の前記(2)イの記載に照らすならば,当業者であっても,「乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与えること」との技術事項における「前記動き以外の動きを与える」ことを,乗物の前進加速により乗客が経験する乗物の加速度の感覚を強調し高めるシミュレーションを意味するものと理解することは困難であると認められ,また,スクリーンの映像上において「車体が前進加速段階を有すること」についても,これが上記シミュレーションを意味するものと理解することは困難であると認められる。このことは,被告が審決において,刊行物記載発明を前記第2の3(1)のとおり認定した上,本願発明3との相違点として「車体が前進加速段階にある時,アクチュエーターが,車体の前方側を,車体の後方側に対して,持ち上げる」との点を挙げていることからも明らかというべきである。

 そうすると,被告の上記主張を考慮しても,引用刊行物に相違点1に係る本願発明3の構成の技術的意義が示唆されているとはいえないから,被告の上記主張は,前記(3)の判断を左右するものではない。

   イ また,被告は,乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与え,乗物に乗車した者にそれらの動きが組み合わさった動きを体感させて興趣感を高めることは,従来から当業者にとって技術常識(乙1~3)であり,乗物の走行のみを行う場合と同程度の感覚を体感させるに当たり,シミュレートを加えることで要する走行に係る加速の度合いを低減できることは,当業者が予測し得る程度のことにすぎないと主張するところ,現段階においてかかる立証活動が許されるかは検討を要する問題ではあるが,この点はさて置きその内容について,検討する。

 (ア) 乙第1号証は,名称を「軌道走行型模擬乗物装置」とする発明の公開特許公報(特開平5-186号)であり,これには,周回軌道を走行するカプセル型車両の内部にスクリーンを設け,このスクリーンに車両の走行速度に関係のない映像を映し出し,映像に応じて座席又は車両をローリング運動やピッチング運動させて,映像とこれに応じたシミュレーション運動により宇宙遊泳,海中遊覧,ジェットコースタなどの疑似体験させる遊戯乗物装置が記載されている。

 (イ) 乙第2号証は,名称を「遊戯用乗り物装置」とする発明の公開特許公報(特開平4-164479号)であり,これには,走行レールに沿って走行するゴンドラにバランスウエイトを設け,ゴンドラの乗客による操作に応じて,あるいは,走行するゴンドラがカーブする際の遠心力によって,バランスウエイトを移動させ,これによって,ゴンドラにさまざまな動きを行わせる遊戯用乗り物装置が記載されている。

 (ウ) 乙第3号証は,名称を「疑似体験車両装置」とする発明の公開特許公報(特開昭59-32481号)であり,これには,カプセル型車両が走行する周回軌道に加減速部やカーブを設け,加減速部では,実際には車両の走行速度を変化させず,車両の内部に設けられた映像音響装置から出力される映像や音響を加減速部と同調させて視覚,聴覚と同時に加速感や減速感を増幅して感受させるとともに,乗員に加速感覚を付与するように車両の後方を沈み込ませたり,減速感覚を付与するように車両の前方を沈み込ませたりする疑似体験車両装置が記載されている。

 (エ) 上記(ア)ないし(ウ)の記載によれば,乙第1ないし3号証には,被告主張の「乗物を走行させている最中に,実際の走行に起因する動きに加えて,乗物上に設けられた手段をもって前記動き以外の動きを与え,乗物に乗車した者にそれらの動きが組み合わさった動きを体感させ」る技術事項が記載されていると認められる。

 しかしながら,上記各乙号証には,当業者が,上記技術事項における「前記動き以外の動きを与え,乗物に乗車した者にそれらの動きが組み合わさった動きを体感させ」ることが,乗物の前進加速により乗客が経験する乗物の加速度の感覚を強調し高めるシミュレーションを意味するものと理解し得るような記載は存在しないから,上記各乙号証により相違点1に係る本願発明3の構成の技術的意義が当業者にとって技術常識であったとは認められない。

 したがって,被告の上記主張は,その前提とする技術常識が認められないのであるから,採用することはできない。

   ウ さらに,被告は,「審決は,相違点において「車体が前進加速段階にある時」を明示的に取り上げた上で,車体が実際に前進加速する段階において前進加速を体感させるシミュレートを行うことで,体感される前進加速の感覚がより強いものとなることが,当業者にとって技術常識であるとの前提から,容易想到性の判断を行っているのであって,ことさらに「車体が前進加速段階にある時」を相違点から除外していない」と主張する。

 しかしながら,上記イに説示したとおり,前進加速を体感させるシミュレートを,車体が実際に前進加速する段階において行うことが当業者にとって技術常識であったとは認められないから,被告の上記主張はその前提を欠き,失当である。

   エ 加えて,被告は,「乗物に乗車した者の安全に配慮して興趣感と安全とのバランスを勘案することは当然であるから,原告の主張する「乗客の安全性を最大限に確保しつつ遊戯性を高める」との作用効果が格別なものとはいえない。」と主張する。

 しかしながら,「乗物に乗車した者の安全に配慮して興趣感と安全とのバランスを勘案することは当然である」ことはそのとおりであるとしても,本願発明3に想到し得ないのであれば,「乗客の安全性を最大限に確保しつつ遊戯性を高める」との本願発明3の作用効果を実現することはできないのであって,上記のとおり,当業者であっても,刊行物記載発明及び周知技術に基づいて相違点1に係る本願発明3の構成を容易に想到し得たとはいえないのであるから,それによる作用効果を当業者が予測し得た程度のことにすぎないとはいうことはできない。

 したがって,被告の上記主張は採用することができない。

  (5) 小括

 以上のとおりであるから,取消事由1は理由がある。

 3 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について

  (1) 本願発明4について

 前記1に説示したところによれば,本願発明4は,「車体が減速段階にある時,アクチュエーターが,車体の後方側を,車体の前方側に対して,持ち上げる」という構成を有することにより,車体が減速しながら動くことによる実際の減速(制動)感に加えて,アクチュエーター動作のシミュレーションによる擬似的な減速(制動)感を乗物の乗客に付与することにより,実際の乗物の動きがもたらす通常の減速感以上に乗物の減速に対する乗客の感覚を強調することができ,これによって,この増強された減速感覚を発生させるために通常必要とされる速度で乗物を実際に減速する必要をなくして安全性を十分に確保することができる,という点に技術的意義があるものと認められる。

  (2) 検討

   ア 本願発明3と本願発明4とでは,「前進加速」と「減速」という点で相違するものの,乗物の実際の動きにより乗客が経験する感覚にシミュレーション効果を加えることによって上記感覚を擬似的に更に強調し高めるとともに,十分な安全性を確保するという基本的な技術的思想は同一であるといえ,前記2(3)で説示したのと同様の理由から,引用刊行物には,相違点2に係る本願発明4の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載や示唆があるものと認めることはできない。

   イ そして,審決は,周知例甲2ないし5を援用し,車体を模した装置の後方側を前方側より持ち上げることで乗物の停車時の減速状態をシミュレートする手法は周知であり,本願発明4は,刊行物記載発明において周知のシミュレーションを行うことで当業者が容易に発明をすることができたものである旨判断するが,前記2(3)イで説示したのと同様の理由から,周知例甲2ないし5によって,擬似的な減速感を乗客に与えるシミュレーションを行うことが周知技術であることは認められるものの,前記(1)認定の本願発明4におけるシミュレーション利用の技術的意義についてまで周知であったと認めることはできず,また,これが当業者にとって技術常識であったことを認めるに足りる証拠もない。さらに,前記アに説示したところに照らせば,上記周知のシミュレーション技術は,相違点2に係る本願発明4の構成を示唆するものとも認められない。

   ウ 以上のとおり,引用刊行物には,相違点2に係る本願発明4の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載も示唆もないこと,また,周知例甲2ないし5によっては,単に擬似的な減速感を乗客に与えるシミュレーションを行うことが周知技術であると認められるにすぎず,同シミュレーション技術は相違点2に係る構成を示唆するものでもないこと等に照らすならば,刊行物記載発明において上記周知技術を考慮したとしても,当業者において,本願発明4におけるシミュレーション利用の技術的意義を容易に着想し,また,それによる効果を容易に想到し得たとは認められないから,当業者が相違点2に係る本願発明4の構成を容易に想到し得たとは認められない。

 そして,これに対する被告の反論は,前記2(4)に説示したのと同様の理由により,採用することができない。

 したがって,取消事由2は理由がある。

 4 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について

  (1) 本願発明1について

 前記1に説示したところによれば,本願発明1は,「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の半径方向内側は,車体の半径方向外側に対して持ち上げられる」という構成を有することにより,車体がコーナーを曲がりながら動くことによる実際の感覚に加えて,運動装置の動作によるシミュレーションで擬似的な曲がり感覚を乗客に付与することにより,実際の乗物の動きがもたらす通常の速度感あるいはコーナーの急激さ感以上に,コーナーを曲がっている時に受ける乗客の曲がりの感覚を強調することができ,これによって,この増強された感覚を発生させるために通常必要とされる速度や軌道設定で実際に乗物を動かす必要をなくして安全性を十分に確保することができる,という点に技術的意義があるものと認められる。

  (2) 検討

   ア 本願発明3と本願発明1とでは,「前進加速」と「コーナーでの曲がり」という点で相違するものの,乗物の実際の動きにより乗客が経験する感覚にシミュレーション効果を加えることによって上記感覚を擬似的に更に強調し高めるとともに,十分な安全性を確保するという基本的な技術的思想は同一であるといえ,前記2(3)で説示したのと同様の理由から,引用刊行物には,相違点3に係る本願発明1の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載や示唆があるものと認めることはできない。

   イ そして,審決は,周知例甲2ないし5を援用し,乗物がコーナーを曲がる時に体感される遠心力等をシミュレートする手法は周知であり,本願発明1は,刊行物記載発明において周知のシミュレーションを行うことで当業者が容易に発明をすることができたものである旨判断するが,前記2(3)イで説示したのと同様の理由から,周知例甲2ないし5によって,擬似的な遠心力等の感覚を乗客に与えるシミュレーションを行うことが周知技術であることは認められるものの,前記(1)認定の本願発明1におけるシミュレーション利用の技術的意義についてまで周知であったと認めることはできず,また,これが当業者にとって技術常識であったことを認めるに足りる証拠もない。さらに,前記アに説示したところに照らせば,上記周知のシミュレーション技術は,相違点3に係る本願発明1の構成を示唆するものとも認められない。

   ウ 以上のとおり,引用刊行物には,相違点3に係る本願発明1の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載も示唆もないこと,また,周知例甲2ないし5によっては,単に擬似的な遠心力等の感覚を乗客に与えるシミュレーションを行うことが周知技術であると認められるにすぎず,同シミュレーション技術は相違点3に係る構成を示唆するものでもないこと等に照らすならば,刊行物記載発明において上記周知技術を考慮したとしても,当業者において,本願発明1におけるシミュレーション利用の技術的意義を容易に着想し,また,それによる効果を容易に想到し得たとは認められないから,当業者が相違点3に係る本願発明1の構成を容易に想到し得たとは認められない。

 そして,これに対する被告の反論は,前記2(4)に説示したのと同様の理由により,採用することができない。

 したがって,取消事由3は理由がある。

 5 取消事由4(相違点4についての判断の誤り)について

  (1) 本願発明2について

 前記1に説示したところによれば,本願発明2は,「車体がコーナーを曲がっている時,運動装置により,車体の前方側は,車体の後方側に対して,半径方向内方に旋回させられる」という構成を有することにより,車体が四輪かじ取りでコーナーを曲がりながら実際に動くことによる感覚に加えて,運動装置の動作によるシミュレーションで擬似的な曲がり感覚を乗客に付与することにより,実際の乗物の動きがもたらす通常の速度感あるいはコーナーの急激さ感以上に,コーナーを曲がっている時に受ける乗客の曲がり感覚を強調することができ,これによって,この増強された感覚を発生させるために通常必要とされる速度や軌道設定で実際に乗物を動かす必要をなくして安全性を十分に確保することができる,という点に技術的意義があるものと認められる。

  (2) 検討

   ア 本願発明3と本願発明2とでは,「前進加速」と「コーナーでの曲がり」という点で相違するものの,乗物の実際の動きにより乗客が経験する感覚にシミュレーション効果を加えることによって上記感覚を擬似的に更に強調し高めるとともに,十分な安全性を確保するという基本的な技術的思想は同一であるといえ,前記2(3)で説示したのと同様の理由から,引用刊行物には,相違点4に係る本願発明2の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載や示唆があるものと認めることはできない。

   イ そして,審決は,周知例甲2ないし5を援用し,乗物がコーナーを曲がる時に体感される速度及び曲がりの感覚をシミュレートする手法は周知であり,本願発明2は,刊行物記載発明において周知のシミュレーションを行うことで当業者が容易に発明をすることができたものである旨判断するが,前記2(3)イで説示したのと同様の理由から,周知例甲2ないし5によって,擬似的なコーナーでの速度及び曲がりの感覚を乗客に与えるシミュレーションを行うことが周知技術であるとことは認められるものの,前記(1)認定の本願発明2におけるシミュレーション利用の技術的意義についてまで周知であったと認めることはできず,また,これが当業者にとって技術常識であったことを認めるに足りる証拠もない。さらに,前記アに説示したところに照らせば,上記周知のシミュレーション技術は,相違点4に係る本願発明2の構成を示唆するものとも認められない。

   ウ 以上のとおり,引用刊行物には,相違点4に係る本願発明2の構成を想到する契機ないしは動機付けとなる記載も示唆もないこと,また,周知例甲2ないし5によっては,単に擬似的なコーナーでの速度及び曲がりの感覚を乗客に与えるシミュレーションを行うことが周知技術であると認められるにすぎず,同シミュレーション技術は相違点4に係る構成を示唆するものでもないこと等に照らすならば,刊行物記載発明において上記周知技術を考慮したとしても,当業者において,本願発明2におけるシミュレーション利用の技術的意義を容易に着想し,また,これによる効果を容易に想到し得たとは認められないから,当業者が相違点4に係る本願発明2の構成を容易に想到し得たとは認められない。

 そして,これに対する被告の反論は,前記2(4)に説示したのと同様の理由により,採用することができない。

 したがって,取消事由4は理由がある。

 6 以上の次第で,審決取消事由は全て理由があるから,審決は違法であり,本件請求は理由がある。

第6 結論

 よって,本件請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 田中信義 裁判官 榎戸道也 裁判官 浅井憲) 

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