平14(行ケ)539号「人工乳首」事件
裁判年月日 平成15年10月 8日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平14(行ケ)539号
事件名 審決取消請求事件 〔人工乳首事件〕
裁判結果 請求棄却 文献番号 2003WLJPCA10080004
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2001-20120号事件について平成14年9月12日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成10年10月20日の出願(特願平10-316899号、以下「先の出願」という。)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に記載された発明に基づき、特許法41条による優先権を主張して、平成11年10月8日、名称を「人工乳首」とする発明につき特許出願(特願平11-288535号、以下「本件出願」という。)をしたが、拒絶の査定がされ、平成13年10月12日にその謄本の送達を受けたので、同年11月8日、これに対する不服の審判の請求をし、不服2001-20120号事件として特許庁に係属した。
特許庁は、同事件について審理した結果、平成14年9月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月25日、原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 先の出願の当初明細書等(甲3添付)に記載のもの
【請求項1】乳首胴部と、この乳首胴部から突出して形成されている乳頭部とを有する人工乳首であって、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっていることを特徴とする人工乳首。
【請求項2】上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられていることを特徴とする請求項1に記載の人工乳首。
【請求項3】上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されていることを特徴とする請求項2に記載の人工乳首。
【請求項4】上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚いことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の人工乳首。
(2) 平成13年8月7日付け手続補正書(甲4添付)により補正された本件出願の明細書に記載のもの
【請求項1】乳幼児の哺乳窩に当接可能な先端部を有する乳頭部と、乳幼児が舌により蠕動運動を行う際に舌を波うつように移動させることができる表面を有する乳頭部及び乳首胴部と、哺乳瓶と接続するためのベース部と、を有する人工乳首であって、前記乳頭部及び乳首胴部のシリコンゴムから成る壁面の内側に、この壁面より肉厚の薄い伸長部が形成され、この伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されていることを特徴とする人工乳首。
【請求項2】前記伸長部は、前記剛性部より、蠕動運動で伸び易く形成されていると共に、この剛性部は、この伸長部より潰れ難く形成されていることを特徴とする請求項1に記載の人工乳首。
【請求項3】前記乳頭部の先端部の断面が円弧状に形成され、前記乳首胴部が略お椀状に形成されていることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の人工乳首。
【請求項4】前記乳頭部と前記乳首胴部が曲面で連なって一体的に形成されていることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の人工乳首。
(以下、上記(2)の【請求項1】に係る発明を「本願発明1」という。)
3 審決の理由
審決は、別添審決謄本写し記載のとおり、本願発明1は、先の出願の当初明細書等に記載されていない、本件出願の当初明細書等(甲2添付)に記載の【図11】の実施例(以下「図11実施例」という。)に係る発明(以下「図11実施例発明」という。)を包含するから、図11実施例発明の出願については、特許法41条2項により先の出願の時にされたものとみなすことはできず、本件出願の現実の出願日がその出願日になるとした上、図11実施例発明は、本件出願日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願平11-85326号の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書等」という)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であり、かつ、本願発明1の発明者が先願発明の発明者と同一であるとも、また、本件出願時にその出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、図11実施例発明を含む本願発明1は特許法29条の2により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
1 審決は、本件出願について特許法41条2項の適用による優先権主張の効果を誤って否定した(取消事由)結果、本願発明1は特許法29条の2により特許を受けることができないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(特許法41条2項の適用の誤り)
(1) 特許法41条2項の適用の有無は、優先権の主張を伴う特許出願に係る発明が先の出願の請求項についての補正として提出されたと仮定した場合に、先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内の補正と認められるか否かを判断して決すべきところ、本願発明1の構成要件はすべて先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内の補正と認められることは明らかであり、また、図11実施例発明は、先の出願の【図1】等の実施例で十分に実証されているから、上記の点を検討することなく、本件出願について優先権主張の効果を否定した審決は、判断手法を誤っている。国内優先権制度の実施例補充型といわれるもののうち、先の出願の請求項の発明が先の出願の実施例で十分実証されている場合には、後の出願で実質的に同一の発明が実施例で補充されても、この実施例によって影響を受けず、後の出願の請求項の発明が、先の出願と後の出願との重複範囲であれば、優先権主張の効果は肯定される。
(2) 後の出願において追加された実施例が後の出願の請求項に係る発明の実施例であれば、後の出願の請求項に係る発明は、追加された実施例を含んだものとする審決の判断方法は、実施例に基づいて請求項に記載された発明の要旨認定をしていることにほかならない。被告の主張によれば、一つの請求項に記載された発明が、「環状」と「螺旋形状」という、異なる構成と異なる作用効果を有する二つの発明であることになり、現実に記載されていない、二つの異なる構成を具体的に請求項に意図的に加えるものとなるから、請求項に記載の発明の要旨を発明の詳細な説明の記載に基づいて認定するものであり、最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁の判示に反する。また、審決の判断手法によれば、請求項に係る発明の要旨が、実施例の記載によって拡大することになるほか、先の出願と全く無関係の実施例を追加する場合以外は国内優先権の制度を利用できないという不合理な結果を招く。
(3) 審決は、特許法36条6項1号を根拠に、先の出願の当初明細書等に記載された発明は、図11実施例に係る「伸長部」が螺旋形状のものをも含んでいるといえない(審決謄本3頁28行目~末行)と判断するが、誤りである。上記規定は、発明の詳細な説明の記載により特許請求の範囲の記載を限定解釈することを許容する趣旨の規定ではないから、先の出願の当初明細書等に記載された発明に図11実施例に係る「伸長部」が螺旋形状のものを含んでいるか否かという点とは無関係である。また、乳首に螺旋状を適用することは、登録実用新案第43957号(大正6年9月14日登録)の公報(甲8)に示されているように、人工乳首の当業者にとって周知であるから、本願発明1の特許請求の範囲の「肉厚の薄い伸長部が形成され、この伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されている」との文言にかんがみ、先の出願の当初明細書等に記載された【図1】の「環状」の肉薄部の実施形態に接したときは、周知の形状である、図11実施例に係る「螺旋状」の肉薄部をも同時に包含していると認識することは明らかである。
第4 被告の反論
1 審決の認定判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(特許法41条2項の適用の誤り)について
(1) 特許法41条2項の適用に当たっては、後の出願において追加された実施例が後の出願の請求項に係る発明の実施例であれば、後の出願の請求項に係る発明は、追加された実施例を含んだものとして認定し、また、先の出願の当初明細書等に記載された事項から客観的に定まる「先の発明」を認定した上で、後の出願の請求項に係る発明のいずれの部分が「先の発明」に該当するかを対比検討することが必要である。原告主張の判断手法は、法定の唯一のものではないから、それと異なる判断手法を採用したことは取消事由にはなり得ないばかりでなく、原告主張の判断手法によっても、審決の結論に誤りはない。すなわち、図11実施例に限定した発明は、先の出願の当初明細書等に全く記載がない発明であるから、これを先の出願の請求項の補正として提出する補正が認められないのは明らかであるところ、後の出願である本願発明1は、図11実施例に限定した発明を含んでいるものであるから、それが先の出願の請求項の補正として提出されても補正が認められないのは当然である。また、本願発明1に含まれる、後の出願において追加された実施例によって裏付けられるものについてまで、先の出願の当初明細書等によって十分に明確になっているものではないから、先の出願の当初明細書等に記載された事項のみでは、十分実証されたものとはいえない。
(2) 原告は、特許法36条6項1号の解釈の誤りを主張するが、失当である。審決は、後の出願に係る本願発明1のうち「先の発明」に該当する部分の認定は、先の出願の当初明細書等に記載された事項の全体から実質的にとらえるべきであり、こうした判断手法の妥当性は、上記規定によっても裏付けられることを説示したものにほかならない。図11実施例発明に係る螺旋状のものは、本件出願の当初明細書等(甲2添付)の発明の詳細な説明中の段落【0042】の記載に照らせば、先の出願の当初明細書等に記載された環状のものが備えていない機能及び効果を備えたものと解され、螺旋状のものが環状のものから自明なものということはできない。また、螺旋状の形状が周知であったとしても、それは先の出願の当初明細書等(甲3添付)の【発明が解決しようとする課題】欄に記載された「伸長を可能とする」(段落【0004】)という技術的課題とは異なる課題を解決するための手段として周知であるというにとどまる。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(特許法41条2項の適用の誤り)について
(1) 特許法41条2項は、同法29条の2の適用に係る優先権主張の効果について、「・・・優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち、当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面・・・に記載された発明・・・についての・・・第29条の2本文、・・・の規定の適用については、当該特許出願は、当該先の出願の時にされたものとみなす」と規定し、後の出願に係る発明のうち、先の出願の当初明細書等に記載された発明に限り、その出願時を同法29条の2の適用につき限定的に遡及させることを定めている。後の出願に係る発明が先の出願の当初明細書等に記載された事項の範囲のものといえるか否かは、単に後の出願の特許請求の範囲の文言と先の出願の当初明細書等に記載された文言とを対比するのではなく、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項と先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項との対比によって決定すべきであるから、後の出願の特許請求の範囲の文言が、先の出願の当初明細書等に記載されたものといえる場合であっても、後の出願の明細書の発明の詳細な説明に、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項を記載することにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになる場合には、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。
(2) 本件において、後の出願に係る本願発明1の当初明細書等(甲2添付)の記載と先の出願の当初明細書等(甲3添付)の記載とを対比すると、後者の図面には、「本発明(注、先願発明)の実施の形態にかかる人工乳首」(段落【0015】)として【図1】が記載されているだけであったところ、前者の図面には、「本発明(注、本願発明1)の第4の実施の形態に係る人工乳首」(段落【0042】)として先の出願の図面には記載されていなかった【図11】(図11実施例)が加えられるとともに、当該図面に関する説明の記載(段落【0042】)が明細書の発明の詳細な説明中に加えられたことは明らかである。そこで、図11実施例及びこれに関する説明の記載が後の出願に係る本願発明1の当初明細書等に加えられることによって、後の出願である本願発明1の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになるか否かについて検討する。
ア 先の出願の当初明細書等(甲3添付)の発明の詳細な説明中には、「・・・乳幼児20が、人工乳首10付き哺乳瓶中のミルク又は母親の母乳を飲む際に、・・・その舌23を蠕動運動させることで、母親の乳首のうち、人工乳首10(注、「20」とあるのは誤記と認める。)の乳頭部12に相当する乳頭部及び乳輪部が伸長することがわかった。・・・従来の人工乳首10は、母親の乳首に近似していないという問題があった」(段落【0004】)、「本発明は、以上の点に鑑み、母親の乳首により近似している人工乳首を提供することを目的としている」(段落【0005】)、「上記目的は、本発明によれば、乳首胴部と、この乳首胴部から突出して形成されている乳頭部とを有する人工乳首であって、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっている人工乳首により、達成される」(段落【0006】)、「上記構成によれば、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっているため、乳幼児の口腔内で上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部が伸長し、この口腔内に、より効果的に圧力が高い部分を形成することができる」(段落【0007】)、「また、好ましくは、上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられている人工乳首により、達成される」(段落【0008】)、「上記構成によれば、上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられているため、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部が伸長しても、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部全体の剛性が低下することがない」(段落【0009】)、「さらに、好ましくは、上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されている人工乳首により、達成される」(段落【0010】)、「上記構成によれば、上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されているため、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部が伸長しても、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部全体の剛性が低下することをより防止することができる」(段落【0011】)、「そして、好ましくは、上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚い人工乳首により、達成される」(段落【0012】)、「上記構成によれば、上記シリコンゴムが比較的薄い上記伸長部が伸長し、このシリコンゴムが比較的厚い上記剛性部において剛性が高まるため、剛性が低下することなく、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部全体が伸長することになる」(段落【0013】)と記載されている。
イ 上記アの記載によれば、先の出願の当初明細書等には、先願発明が、母親の乳首により近似している人工乳首を提供することを目的とした発明であって、人工乳首の乳頭部及び又は乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっていることにより、乳幼児の口腔内により効果的に圧力が高い部分を形成することができ、好ましくは、伸長部に隣接して伸長部より剛性のある剛性部が設けられていること、更に好ましくは、伸長部と剛性部が交互に配置されていることにより、乳頭部及び乳首胴部が伸長しても全体の剛性が低下することを防止でき、また、好ましくは、人工乳首がシリコンゴムで形成されているとともに、シリコンゴムの厚みが伸長部では比較的薄く、剛性部では比較的厚く構成されることにより、剛性が低下することなく全体が伸長するとの効果を達成する発明が記載されているものと認められる。また、「本発明(注、先願発明)の実施の形態にかかる人工乳首」(段落【0015】)として、先の出願の図面には、唯一、伸長部である肉薄部が環状に形成されたものが【図1】に記載されている。
ウ 他方、後の出願に係る本願発明1の当初明細書等(甲2添付)には、伸長部である肉薄部が螺旋形状に形成されたものが【図11】(図11実施例)として記載され、また、発明の詳細な説明中には、図11実施例発明について、「図11は、本発明(注、本願発明1)の第4の実施の形態に係る人工乳首500を示す概略断面図である。本実施の形態に係る人工乳首500の構成は、上述の第1の実施の形態に係る人工乳首100と略同様であるため、相違点を中心に、以下説明し、同様の構成は符号を付す等して、説明を省略する。図11において、人工乳首500は、上述の第1の実施の形態と同様に、乳首胴部110、乳頭部120及び鍔部112を有している。しかし、本実施の形態においては、図11に示すように、伸長部である肉薄部522が人工乳首500の乳頭部120及び乳首胴部110にかけて螺旋形状に形成されている点で、第1の実施の形態と異なる。このように肉薄部522を螺旋形状に形成することで、乳幼児200の哺乳運動の際、人工乳首500がより伸び易くなる。また、この哺乳運動の際、図11の縦方向に、圧力が加わっても、人工乳首500の縦方向において、肉薄部522に対応する位置には必ず剛性部である肉厚部523が配置されているため、人工乳首500が潰れて、乳幼児200の哺乳運動が困難になることはない。また、本実施の形態においては、図11に示すように、肉薄部522が螺旋形状に形成されているため、シリコンゴムにより形成されている人工乳首500の製造に当たり金型から抜き易くなり、製造し易くなる」(段落【0042】)と記載されている。
エ 上記ウの記載によれば、図11実施例に係る人工乳首は、「乳頭部」、「乳首胴部」「鍔部」(=ベース部)を有し、シリコンゴムから成り、伸長部である肉薄部が乳頭部及び乳首胴部の内壁にかけて形成され、肉薄部に隣接して剛性部である肉厚部が配置されている構成から成るものである。また、図11実施例の人工乳首と構成がほぼ同一であるとされる第1の実施の形態である【図1】についての説明として、後の出願に係る本願発明1の当初明細書等(甲2添付)には、「哺乳瓶本体と接続するための鍔部であるベース部112」(段落【0031】)、「人工乳首100の乳頭部120の先端部は、乳幼児200の哺乳窩220の先端に当接され」(段落【0033】)、「図4(b)(c)に示すように、舌230の前方が盛り上がって、乳首を舌から押し、この動きは図5(a)乃至(c)に示すように、次第に舌230の後方へ波うつように移動していくことになる。この過程で、舌230は前方から後方にかけて波うつように蠕動運動を行い」(段落【0034】)と記載されているから、これらを併せ考えると、結局、図11実施例発明は、後の出願の本願発明1の発明の要旨となる技術的事項のすべてを満足するものであって、本願発明1の実施例に相当するものであると認められる。そして、図11実施例に係る人工乳首は、伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成することにより、哺乳運動の際、人工乳首がより伸びやすくなり、また、その際、縦方向に圧力が加わっても、人工乳首がつぶれて乳幼児の哺乳運動が困難になることがなく、製造に当たり金型から抜きやすくなり、製造しやすくなるという螺旋形状特有の効果を奏するものであることが認められる。
オ そうすると、後の出願の当初明細書等に本願発明1の実施例として記載された、伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した図11実施例に係る人工乳首は、先の出願の当初明細書等に明記されていなかったばかりでなく、先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた、伸長部である肉薄部を環状に形成した【図1】の実施例に係る人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の効果を奏するものである。したがって、当該伸長部である肉薄部を螺旋形状にした人工乳首の実施例(図11実施例)を後の出願の明細書に加えることによって、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになることは明らかであるから、その超えた部分については優先権主張の効果は認められないというべきである。
(3) 原告は、特許法41条2項の適用については、後の出願に係る発明が先の出願の請求項についての補正として提出されたと仮定した場合に、先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内の補正と認められるか否かを判断して決すべきであると主張する。
確かに、願書に添付した明細書又は図面の補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしなければならない(特許法17条の2の第3項)から、先の出願の特許請求の範囲にある事項を加える場合に、これを補正として行えば、当初明細書等に記載した事項の範囲を超えており、出願時の遡及を認めることが不適法とされるのに、先の出願の特許請求の範囲に同じ事項を加えた明細書をもって、先の出願に基づく優先権を主張をして出願すれば、後の出願の発明のうち、当該加えられた事項について、特定の規定の適用という限定的な場面ではあるにせよ、出願時が先の出願の時に遡及するというのでは、先願主義の原則に反することになる。そうすると、特許法41条2項の適用については、後の出願に係る発明が先の出願の請求項についての補正として提出されたと仮定した場合に、先の出願の当初明細書等に記載した事項の範囲内の補正と認められるか否かを判断して決すべきであるという原告の主張は、それ自体としては、首肯するに足りる。しかしながら、本件において、図11実施例発明を加えることは、上記のとおり、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになるから、これを先の出願の請求項の補正として提出する補正が認められず、後の出願である本願発明1は、図11実施例発明を含んでいるものである以上、それが先の出願の請求項の補正として提出されても補正が認められないことは明らかであって、原告の主張するような判断手法があるからといって、そのことから直ちに審決の判断に誤りがあるということはできない。
(4) 原告は、また、国内優先権制度の実施例補充型といわれるもののうち、先の出願の請求項の発明が先の出願の実施例で十分実証されている場合には、後の出願で実質的に同一の発明が実施例で補充されても、この実施例によって影響を受けず、後の出願の請求項の発明が、先の出願と後の出願との重複範囲であれば、優先権主張の効果は肯定されるとした上、図11実施例発明は、先の出願の【図1】等の実施例で十分に実証されているから、本件出願について優先権主張の効果を否定した審決の判断は誤りであると主張する。
しかしながら、後の出願の明細書及び図面に新たな実施例を加えることにより、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨とする技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることとなる場合には、その超えた部分について優先権主張の効果が認められないところ、本件において、図11実施例を後の出願である本件出願の明細書に加えることにより、後の出願である本願発明1の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項が、先の出願の当初明細書等に記載された技術的事項の範囲を超えることになり、その超えた部分については優先権主張の効果が認められないことは、上記のとおりであって、本願発明1が先の出願の【図1】等の実施例で十分実証されていたか否かは、この判断を左右するものではない。したがって、審決に原告主張の誤りがあるとはいえない。
(5) 原告は、後の出願において追加された実施例が後の出願の請求項に係る発明の実施例であれば、後の出願の請求項に係る発明は、追加された実施例を含んだものとする審決の判断方法は、実施例に基づいて請求項に記載された発明の要旨認定をしているものであり、請求項に記載の発明の要旨を発明の詳細な説明の記載に基づいて認定するものであって、最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁の判示に反し、請求項に係る発明の要旨が実施例の記載によって拡大することになり、また、先の出願と全く無関係の実施例を追加する場合以外は国内優先権の制度を利用できないという不合理な結果を招くと主張する。
しかしながら、審決が、後の出願に係る本願発明1の発明の要旨となる技術的事項の確定を、特許請求の範囲の記載を超えて、発明の詳細な説明に記載された図11実施例の構成要素に限定して行ったものではなく、図11実施例を踏まえて特許請求の範囲に記載されたとおり認定したものであることは、上記説示によって明らかであるから、原告引用の最高裁判決の判示に反するものではなく、また、原告主張のような不合理な結果を招くものでもない。原告の主張は、審決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用の限りではない。
(6) 原告は、さらに、審決が、特許法36条6項1号を根拠に、先の出願の当初明細書等に記載された発明は、図11実施例に係る「伸長部」が螺旋形状のものをも含んでいるとはいえないと判断したことは、同規定の解釈を誤るものであり、また、乳首に螺旋状を適用することは、人工乳首の当業者にとって周知であるから、本願発明1の特許請求の範囲の「肉厚の薄い伸長部が形成され、この伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されている」との文言にかんがみ、先の出願の当初明細書等に記載された【図1】の「環状」の肉薄部の実施形態に接したときは、周知の形状である、図11実施例に係る「螺旋状」の肉薄部をも同時に包含していると認識すると主張する。
しかしながら、図11実施例に係る人工乳首は、伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成することにより、哺乳運動の際、人工乳首がより伸びやすくなり、また、その際、縦方向に圧力が加わっても、人工乳首がつぶれて乳幼児の哺乳運動が困難になることがなく、製造に当たり金型から抜きやすくなり、製造しやすくなるとの、螺旋形状特有の効果を奏するものであることは上記のとおりである。しかも、原告が「螺旋状」が周知の形状であったとして引用する登録実用新案第43957号(大正6年9月14日登録)の公報(甲8)は、実用新案登録請求の範囲に「乳首(イ)ノ内側ニ螺旋状ノ隆起部(ロ)ヲ付設シタル木村式螺旋付乳首ノ構造」と、考案の詳細な説明に「・・・内側ニ(ロ)ヲ設ケタル為メ哺乳中先端ヲ圧迫スルモ在来ノ乳首ノ如ク相接着スルコトナク・・・」と記載されているように、螺旋状の肉薄部ではなく隆起部を設けることにより、哺乳中に乳首の内壁同士が接着することを防止することについて開示したものにすぎない。そうすると、伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成することにより、先の出願の当初明細書等に現実に記載されていた人工乳首の奏する効果とは異なる螺旋形状特有の作用効果を奏する図11実施例に係る人工乳首の発明が、先の出願の当初明細書等に同時に記載されていたと認めるべき理由はない。さらに、上記の理由で、伸長部である肉薄部を螺旋形状に形成した人工乳首が、先の出願の当初明細書等に記載されているとはいえない以上、原告主張の特許法36条6項1号の解釈につき検討するまでもなく、先の出願の当初明細書等に記載された発明において「伸長部」が螺旋形状のものをも含んでいるとはいえず、この趣旨をいう審決の判断が誤りということはできない。
2 以上のとおり、原告の取消事由の主張は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 岡本岳 裁判官 長沢幸男)
審 決
不服2001-20120
請求人 ピジョン株式会社
代理人弁理士 岡崎信太郎
代理人弁理士 新井全
平成11年特許願第288535号「人工乳首」拒絶査定に対する審判事件[平成12年7月11日出願公開、特開2000-189496]について、次のとおり審決する。
結 論
本件審判の請求は、成り立たない。
理 由
1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成10年10月20日の出願(特願平10-316899号。以下、「先の出願」という。)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明に基づき、特許法第41条の規定による優先権を主張して平成11年10月8日に出願したもの(以下、「後の出願」という。)であって、その請求項1~4に係る発明は、平成11年12月16日付け手続補正書、平成12年6月12日付け手続補正書及び平成13年8月7日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1~4に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という)は、次のとおりである。
「幼児の哺乳窩に当接可能な先端部を有する乳頭部と、
乳幼児が舌により蠕動運動を行う際に舌を波うつように移動させることができる表面を有する乳頭部及び乳首胴部と、
哺乳瓶と接続するためのベース部と、を有する人工乳首であって、
前記乳頭部及び乳首胴部のシリコンゴムから成る壁面の内側に、この壁面より肉厚の薄い伸長部が形成され、
この伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されていることを特徴とする人工乳首。」
ところで、出願人は審判請求書において「出願人は平成13年8月7日付けの意見書において述べているように、同日付けの手続補正書で、特許請求の範囲の発明を、上述の先の出願の出願当初の明細書等に記載された発明に限定するよう補正した。したがって、この補正後の特許請求の範囲の発明に関しては、特許法41条2項の規定により、特許法第29条の2の適用については、先の出願の出願日に出願されたものとみなされる。このため、補正後の特許請求の範囲の発明については、引用例1は特許法29条の2の規定による「他の特許出願」に該当しないことは明らかである。」と記載し、本願発明は、先の出願の最初に添付した明細書又は図面に記載された発明のみであるから、その全体について優先権の効果が認められるべき旨の主張をしている。
特許法第41条第2項は、「前項の規定による優先権の主張を伴う特許出願に係る発明のうち、当該優先権の主張の基礎とされた先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面(当該先の出願が外国語書面出願である場合にあつては、外国語書面)に記載された発明(……)についての第二十九条、第二十九条の二本文、第三十条第一項から第三項まで、第三十九条第一項から第四項まで、第六十九条第二項第二号、第七十二条、第七十九条、第八十一条、第八十二条第一項、第百四条(……)及び第百二十六条第四項(……)……の規定の適用については、当該特許出願は、当該先の出願の時にされたものとみなす。」と規定しているので、本願発明が、先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明であるかどうかについて、以下検討する。
後の出願の際に補充された「本発明の第4の実施の形態に係る人工乳首」(以下、「第11図に係る実施例」という。)は、明細書(特に、段落【0042】)の記載及び第11図の記載からみて、「乳首胴部、乳頭部及び鍔部(ベース部)を有する人工乳首において、伸長部である肉薄部が人工乳首の乳頭部及び乳首胴部の壁面の内側にかけて螺旋形状に形成され、この伸長部の螺旋形状により、伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されている」構造を有するものと認められる。
そして、第11図に係る実施例の人工乳首の「乳首胴部、乳頭部及び鍔部(ベース部)」の具体的構成についても、本願の他の実施例と同様に、「幼児の哺乳窩に当接可能な先端部を有する乳頭部と、乳幼児が舌により蠕動運動を行う際に舌を波うつように移動させることができる表面を有する乳頭部及び乳首胴部と、哺乳瓶と接続するためのベース部と、を有するシリコンゴムから成る人工乳首」となし得るものである。
そうしてみると、第11図に係る実施例は、本願発明に包含されるものと認められる。
一方、先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面には、上記第11図に係る実施例について、何らの記載も見当たらない。
なるほど、先の出願の願書に最初に添付した明細書の特許請求の範囲には、
「【請求項1】 乳首胴部と、この乳首胴部から突出して形成されている乳頭部とを有する人工乳首であって、上記乳頭部及び/又は上記乳首胴部の少なくとも一部に伸長する伸長部が備わっていることを特徴とする人工乳首。
【請求項2】 上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられていることを特徴とする請求項1に記載の人工乳首。
【請求項3】 上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されていることを特徴とする請求項2に記載の人工乳首。
【請求項4】 上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚いことを特徴とする請求項2又は請求項3に記載の人工乳首。」
と記載されており、「上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられていること」、「上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されていること」、「上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚いこと」という記載は、本願発明の発明特定事項である「前記乳頭部及び乳首胴部のシリコンゴムから成る壁面の内側に、この壁面より肉厚の薄い伸長部が形成され、この伸長部に隣接して、この伸長部より肉厚が厚い剛性部が交互に形成されていることを特徴とする人工乳首」における個々の要素に係る記載と表現上共通するものであるが、そもそも、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものであること、に適合するものでなければならないから(特許法第36条第6項)、先の出願において、「上記伸長部に隣接して、この伸長部より剛性のある剛性部が設けられていること」、「上記伸長部と上記剛性部が交互に配置されていること」、「上記人工乳首がシリコンゴムにより形成されていると共に、このシリコンゴムの厚みが、上記伸長部では比較的薄く、上記剛性部では比較的厚いこと」という記載は、先の出願において当初より開示されている範囲に限定して解釈されるべきであり、先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明において、「伸長部」が螺旋形状のものをも含んでいるとは到底いうことができない。
よって、第11図に係る実施例は、本願発明に包含されるものであるが、先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されておらず、後の出願の願書に添付した明細書又は図面において初めて記載されたものというべきである。
してみると、本願発明は、先の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された実施例に相当する部分のみならず、本願発明の第11図に係る実施例に相当する部分(以下、「後の発明」という。)をも包含するものであるから、上記の後の発明については、先の出願の時にされたものとみなすことはできず、優先権の効果を認めることはできない。
以上の検討によれば、出願人の上記主張は、上記の後の発明についてまで正当な理由なく先の出願の時にしたものとみなすよう主張するものであるから、これを採用することはできない。
2.先願明細書に記載された発明
上記の後の発明についての特許法第29条の2の適用については、本願出願は先の出願の時にされたものとみなすことができないから、上記の後の発明についての出願は、本願出願の現実の出願日である平成11年10月8日となる。
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願平11-85326号(特開2000-271193号公報参照)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「先願明細書」という。)には、以下の(イ)~(リ)が記載されている。
(イ)「乳首4は上部11、胴部12および下部13に成形されている。上部11の頭頂部には吸乳口15が成形されている。」点(公報第3欄第17~19行参照)、
(ロ)「胴部12は略円錐形に成形されており、該胴部12の内側面にはスパイラル溝16が形成されている。該スパイラル溝16は一本の連続した溝により螺旋状に形成されている。該スパイラル溝16は乳首4の胴部12の下位置より、該胴部12の内側面に沿って、上方に向かってつるまき状に形成されている。該スパイラル溝16は胴部12の全域に設けられている。・・・乳首4の胴部12のスパイラル溝16が形成されている部分は、肉薄に成形されている。すなわち、凹形状に形成されている。このため、該胴部12において、肉厚の部分(凸部)が螺旋構造となる。」点(公報第3欄第23~33行参照)、
(ハ)「図6に示すごとく、スパイラル溝16が形成された範囲において、縦方向の引っ張りに対して有効な部分は一点鎖線Sより外側部分となる。このため、スパイラル溝16により形成される凹部は伸びやすくなる。」点(公報第3欄第38~41行参照)、
(ニ)「胴部12のスパイラル溝16が形成された部分において、肉厚が厚く形成された凸部は、つるまきバネ状になる。これにより、一定範囲内において、胴部12が先端方向に伸び易くなる。このため、縦方向の引っ張りに対して、乳首4は伸び易くなる。すなわち、乳児が吸啜時に乳首4の胴部12が伸び、変形する。」点(公報第3欄第42~48行参照)、
(ホ)「肉厚の部分がつるまきバネ状に形成されるので、乳首4が一定量以上引っ張られた場合には、肉厚の部分(凸部)により強度が保たれる構造になっている。さらに、肉厚部分は側方の力に対しては有効に機能するため、らせん溝を有する乳首4は側面よりかかる力には十分な復元力を維持できる。これにより、哺乳びん1内の減圧による乳首4のつぶれを抑制できる。」点(公報第4欄第1~7行参照)、
(ヘ)「スパイラル溝16の幅は特に限定されるものではなく、必要に応じて調節することができる。また、スパイラル溝16により形成される凹部と凸部の幅は、必要に応じて、凹部の幅を凸部より広く、等しく、もしくは狭く形成することができ、所望の伸び特性をえることができる。」点(公報第4欄第28~33行参照)、
(ト)「本発明の乳首に使用されるシリコーンゴムの特性について説明する。・・・本発明の乳首に用いるシリコーンは従来乳首に用いられていたものよりも延びやすい性質を持つものである。」点(公報第4欄第34~48行参照)、
(チ)「スパイラル溝16を設けることにより、乳首の先端方向への伸びは向上する。しかし、乳首の側面部の肉厚部分がヘリックス状に成形されるため、側方への支持力は減少しにくい。このため、授乳の途中で乳首が陰圧でつぶれ難くなる。また、乳首が陰圧でつぶれた際にも、スパイラル溝16により、ミルクを乳首4の上部に供給することを助成することもできる。このため、乳児が乳首をくわえ、歯茎で口腔内に固定し、舌で乳首を上顎に押しつけてしごくことによって、ミルクを飲むことができる。即ち、母乳を飲む場合に近い状態で、ミルクを飲むことができる。」点(公報第5欄第24~34行参照)、が記載されている。また、第2、5、6、9~11図には、
(リ)「乳首の内周面に肉薄の凹溝が形成され、この凹溝に隣接して、この凹溝より肉厚の部分(凸部)が交互に形成されている」点が記載されている。
これらの記載及び図面の記載を総合すると、先願明細書には、
「乳児の上顎に当接可能な先端部を有する乳首と、乳児が舌でしごくことができる表面を有する乳首の上部及び胴部と、哺乳びんと接続するための下部と、を有する哺乳びん用乳首であって、前記上部及び胴部のシリコンゴムから成る壁面の内側に、この壁面より肉厚の薄い凹溝が形成され、この凹溝に隣接して、この凹溝より肉厚の肉厚の部分(凸部)が交互に形成されていることを特徴とする哺乳びん用乳首」の発明(以下、「先願発明」という。)が記載されていると認められる。
3.対比・判断
上記の後の発明と先願発明とを対比する。
先願発明の「乳児の上顎に当接可能な先端部を有する乳首」、「乳児が舌でしごくことができる表面を有する乳首の上部及び胴部」、「哺乳びんと接続するための下部」、「哺乳びん用乳首」は、それぞれ、その構造や乳幼児の哺乳動作からみて、上記の後の発明の「幼児の哺乳窩に当接可能な先端部を有する乳頭部」、「乳幼児が舌により蠕動運動を行う際に舌を波うつように移動させることができる表面を有する乳頭部及び乳首胴部」、「哺乳瓶と接続するためのベース部」、「人工乳首」に、相当するものである。
また、先願発明の「凹溝」は、その溝により伸びやすくなる構造であること(上記2.(ハ)の記載参照)、「肉厚の部分(凸部)」は、乳首が一定量以上引っ張られた場合には、その肉厚の部分(凸部)により強度が保たれる構造であって、肉厚部分は側方の力に対して有効に機能するために、乳首4は側面よりかかる力には十分な復元力を維持ですることができ、哺乳びん内の減圧による乳首のつぶれを抑制できる(上記2.(ホ)の記載参照)という機能・構造のものであるから、上記の後の発明の「伸長部」、「剛性部」に、それぞれ相当するものである。
そうしてみると、両者は、構成の全てにおいて一致しており、相違点は見当たらない。
4.むすび
したがって、上記の後の発明は、上記先願明細書に記載された発明と同一であり、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また、本願の出願時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、上記の後の発明は特許法第29条の2の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成14年9月12日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)