裁判年月日 昭和28年12月26日 裁判所名 東京高裁
事件番号 昭28(行ナ)11号
事件名 商標登録願拒絶査定審決取消請求事件
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
第一、請求の趣旨
原告訴訟代理人は、昭和二十七年抗告審判第一三〇七号事件について、特許庁が昭和二十八年五月二十七日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とするとの判決を求めると申し立てた。
第二、請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のように述べた。
一、原告は、昭和二十七年五月二十三日登録第四一〇九八八号商標及び昭和二十六年商標登録願第一三六八七号(後に登録第四二〇〇九九号となる。)の聯合商標として、「矢富士」の文字を左横書にし、その上方に「ヤフジ」の片仮名を左横書にして構成されている原告の商標につき、第十八類理化学、医術、測定、写真、教育用の器械、器具、眼鏡及び算数器の類並びにその各部を指定商品として登録を出願し、(昭和二十七年商標登録願第一三二二〇号事件)次いで昭和二十七年九月八日指定商品を、第十八類化学用器械器具、医術用器械器具及び測定用器械器具但し測量器械を除くと訂正した。しかし昭和二十七年十一月十日拒絶査定を受けたので、これに対し、同年十二月八日抗告審判を請求したが、(昭和二十七年抗告審判第一三〇七号事件)特許庁は、昭和二十八年五月二十七日「審判請求は成り立たない。」との審決をなし、その謄本は、同年六月二日原告に送達された。
二、審決の要旨は、原告の商標は、その構成から見ると、「矢」と「富士」の両観念の結合からなるが、その中心となる観念は、「富士」である。して見れば、原告の商標は、同じ第十八類の商品を取り扱う訴外富士写真フイルム株式会社の著名商標「富士」、「フジ」、「ふじ」、「Fuji」と観念上類似し、これをその指定商品に使用するときは、世人をしてその商品の出所について誤認を生ぜしめるおそれがあるから、商標法第二条第一項第十一号の規定によつて、その登録を拒否しなければならない。というのである。
三、しかしながら、右審決は、次に掲げる理由によつて違法であり、取り消されなければならない。
(一) 原告の商標は、前述のような構成を有するものであるから、その称呼は、当然「ヤフジ」であり、観念もまた「矢」と「富士」の不可分的な結合からなるものである。従つて、「矢」または「富士」のそれぞれ独立した観念を生じるものではなく、またその表現態様においても、その文字の何れにも軽重の差がないから、これから「富士」の文字を抽出して、観念の中心を「富士」のみにあると断定した審決は、一般の商標の通念に違背したもので重大なる錯誤を犯している。しかも「矢富士」の文字を均等に表現する原告の商標を、「富士」の文字のみが中心であるとなすためには、然るべき理由を明らかにしなければならないのに、何等これを示していない。従つて原告の商標から「富士」の文字のみを分離して、富士写真フイルム株式会社の前記著名商標と類似するものとなすことは、幾多の実験則に違背し、原告は、その理由の判断に苦しむものである。(昭和十七年抗告審判第三〇号審決参照)
(二) 前記富士写真フイルム株式会社の取り扱う商品は、世人周知の如く、写真機、フイルム及びその附属品であるから、仮りに同会社の商標が、周知の商標であるとしても、それは右写真機その他について著名なるに止まり、同じ第十八類に属する商品であつても、他の商品については、周知の商標なりとは、何人も認めない。原告の指定商品は、前述のように、化学用器械器具、医術用器械器具及び測定用機械器具であつて、更に測量器械を除くものであるから、その商品の関係においても、富士写真フイルム株式会社の商標と、原告の商標との間には、何等の関係もない。
富士写真フイルム株式会社の商品は、写真機店において、商品として取り扱われるものであるのに対し、原告の商標の指定商品は、写真機店等において、販売若しくは取り扱われた事実もなく、また商品の用途も全然相違するから、非類似の商品であつて、その出所においても、誤認混同せられる虞は全くない。(従来の類似商品例集及び現行の商品類否基準参照)
以上いずれの点よりしても、原告の商標について、商標法第二条第一項第十一号の規定を適用した審決は違法である。
(三) 原告が本件商標を、(イ)登録第四一〇九八八号商標及び(ロ)同第四二〇〇九九号商標の聯合商標として、その登録を出願したものであることは、前述するところであるが、右(イ)の登録商標は、「ヤフジ」なる片仮名を左横書して構成され、第十八類理化学、医術、測定、写真、教育用の器械器具、眼鏡及び算数器の類並びにその各部を指定商品としており、また、右(ロ)の登録商標は、富士を斜めに矢が貫いた図形で構成され、第十八類化学用器械器具、医術用器械器具及び測定用器械器具(但し測量機械を除く。)を指定商品としている。そしてこれら登録商標は原告が現に、これをその指定商品につき、使用中であるにかかわらず、いまだ曾て、これらの商品が、富士写真フイルム株式会社の商品なるかの如く誤認混同せられたことはない。して見れば、これら登録商標と、全く同一性を有する本件の商標が、たとえ現実に使用されることがあつたとしても、決して混同誤認せられる虞のないことを実証するもので、審決がこれについて前記第十一号を適用したのは、全くき憂に出でるものである。
第三、被告の答弁
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張事実に対し、次のように述べた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。
二、同三の主張を否認する。
(一) 原告は、本件の商標は、「矢」と「富士」との不可分な結合であるといつているが、不可分な結合というには、その結合の結果生じたものが、結合前の部分に較べて、全然別個な新らしい観念を有するものでなければならない。しかるに本件の場合、「矢富士」という特別な観念は、一般社会通念上存在しないから、到底「不可分な結合」ということはできない。して見れば、原告の本件商標は、観念上、その中心が「富士」にあるといつて何等の差支はない。
(二) 富士写真フイルム株式会社は、登録第二一八八一七号商標権を有し、その指定商品は、第十八類写真用器械その他本類に属する商品一切で、原告の本件商標の指定商品と、その範囲が互に牴触しているから、商品関係において、原告の商標と前記会社との商標の間において、何等の関係もないという原告の主張は、誤つている。また前記会社の商標が、写真機その他において、著名なることは、原告自身も認めているところであるから、第十八類に属する、写真機その他以外の商品に対しても、若しこの著名商標またはその類似の商標を使用する者があれば、世人はその商品の出所が同会社であるように誤認するおそれが十分あるものといわなければならない。
(三) 原告は更に既登録の例として、本件商標の連合商標と審決例とを挙げているが、登録査定及び審決は、事件ごとにその商標の具体的態様と、指定商品の取引業界の具体的実情とを勘案して判断すべきものであつて、前述の例を、本件の場合にそのままにあてはめて、判断の基準とすべきものではない。
第四、(証拠省略)
三、理 由
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。
二、右争のない事実によれば、審決は、原告の登録出願にかかる商標は、訴外富士写真フイルム株式会社の著名商標と観念を同じくするものであると認定したものであるから、先ずその当否から判断する。
成立に争のない甲第六号証、乙第二号証の一ないし八によれば、富士写真フイルム株式会社は、その製造販売にかかる商品に、富士、フジ、ふじ、FUJI等の文字若しくは図案化した富士山の図形又はこれらのものの組み合せからなる幾多の登録商標を使用していることが認められ、これらの商標からは、富士または富士山の観念が生ずることは疑を入れない。次にその成立に争のない甲第一号証によれば、原告の登録出願商標は、「矢富士」の文字を左横書にし、その上方に「ヤフジ」の片仮名をやはり左横書にして構成されているものであることが認められる。原告は、右商標は、「矢」と「富士」とが不可分的に結合されたものであるから、これからは、審決のいうように、「矢」または「富士」のそれぞれ独立した観念を生ずるものではないと主張するが、社会生活上極めてありふれた「矢」と「富士」の二個の観念を構成要素とする「矢富士」の商標が、取引の実情において一体をなし、これを構成要素の各別に分離して観察することが、甚だしく不自然と考えられるほどに、右両者が不可分的に結合しているものであるとの事実は、これを認めるに足りる証拠がないばかりでなく、却つて原告会社の商号が有限会社富士産業社である事実に鑑れば、右の商標「矢富士」は、原告の商号の主要部分である「富士」とこれに加えた「矢」の、それぞれ独立した観念を包含し、しかも取引の実際においては、右両者のうち「富士」が特に強く印象せられ、右商標からは、富士又は富士山の観念を生ずるものと解するのが相当である。すなわち原告の右商標と、富士写真フイルム株式会社の前記商標とは、その観念を同じくするものであるといわなければならない。
三、次に審決は、原告の商標をその指定商品に使用するときは、商品の出所について、同じ第十八類の商品を取り扱う富士写真フイルム株式会社の商品と誤認を生ぜしめるおそれがあると認定しているので、その当否を判断する。
原告の商標は、前記認定にかかるように、第十八類化学用器械器具、医術用器械器具及び測定用器械器具(但し測量器械を除く。)を指定商品としているものであり、また、その成立に争のない甲第五号証、前記甲第六号証によれば、富士写真フイルム株式会社は、写真感光材料、光学硝子、光学製品、写真諸薬品、写真諸原料、紙その他写真用品の製造及び販売を営み、これらの分野においては、全国有数の会社であつて、前記商標も、これらの商品に使用される商標として、いわゆる著名商標であることが認められる。原告は、原告の商標の前記指定商品と、右著名商標によつて富士写真フイルム株式会社が取り扱う商品との間には、何等の関係もないと主張するが、前者の測定用器械器具(但し測量器械を除く。)のうちには、後者に属する写真用光学製品、たとえば距離計のような商品をも包含するものと解するのを相当とするから、両商標の商品は、その範囲を互に牴触し、原告がその製造販売する測定用器械器具(測量器械を除く。)に、前記商標を使用するときは、世人は、これが富士写真フイルム株式会社の製造販売にかかる光学製品とその出所の誤認を生ずるおそれが多分にあるものといわなければならない。
四、最後に原告は、本件商標の聯合商標として既に登録を許されている登録第四一〇九八八号及び同第四二〇〇九九号商標の例を引いて、本件商標をその指定商品について使用するも、富士写真フイルム株式会社の商品と混同誤認されるおそれはないと主張し、その成立に争のない甲第三、四号証によれば、右両登録商標が、それぞれ原告主張のような構成よりなり、またその主張のような商品を指定商品としていることを認めることができるが、右両登録商標による前記著名商標との類似の判断が、本件商標の場合と必ずしも同一であるものとはいい切れないばかりでなく、これら二個の登録商標が現存するにより、前記三に判示したような商品の誤認を生ずるおそれが、原告のいうように、全くき憂だと断ずることはできない。
五、以上の理由により、審決が原告の商標について、商標法第二条第一項第十一号を適用し、登録すべきでないとしたのは相当であつて、原告の本訴請求はその理由なく、棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。
(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)