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平14(ワ)12752号「階段構造」事件

裁判年月日 平成15年11月 6日 裁判所名 大阪地裁 裁判区分 判決

事件番号 平14(ワ)12752号

事件名 特許権侵害差止等請求事件 〔階段構造事件・第一審〕

裁判結果 請求棄却 文献番号 2003WLJPCA11060006

 

 

 

 

 

主  文

 1 原告の請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

 

   事実及び理由

第1 請求
 1 被告らは、原告に対し、連帯して金273万6409円及びこれに対する平成14年12月19日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告株式会社タジマは、原告に対し、金235万7317円及びこれに対する平成13年12月1日(不法行為のあった日の後)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、「階段構造」の特許発明について特許権を有する原告が、別紙物件目録1、2記載の階段構造の工事の施工が同特許権を侵害するものであり、被告らは、その共同不法行為者か、又はこれを教唆幇助したものであるとして、被告らに対し、損害賠償を請求した事案である。
 (基本的事実)
 1(1) 原告は、合成樹脂製品の製造販売等を主たる業務とする株式会社である。
  (2) 被告田島ルーフィング株式会社(以下「被告田島ルーフィング」という。)は、屋根葺材及び防水材料の製造販売、防水工事、内装工事等を業務とする株式会社である。
  (3) 被告株式会社タジマ(以下「被告タジマ」という。)は、床材料及びこれらの施工に要する附属材料の製造・販売並びに工事請負等を業務とする株式会社である。
 2 原告は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許請求の範囲請求項1記載の発明を「本件発明」、本件特許出願に係る明細書を「本件明細書」という。)を有している。
 特許番号    第3191143号
 発明の名称   階段構造
 出願年月日   平成7年10月31日(特願平7-308365)
 登録年月日   平成13年5月25日
 特許請求の範囲 別紙特許公報(以下「本件公報」という。)該当欄記載のとおり。
 3 本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである。
  A 踏み面が平面でなる階段下地において、その踏み面と、その踏み面に連接するコーナー部及び蹴上げとに亘って合成樹脂製の階段用床シートが重ね合わされた階段構造において、
  B 階段用床シートと踏み面との重なり部分は接着剤により、
  C 階段用床シートとコーナー部との重なり部分はシーリング剤により、
  D それぞれ接合されていることを特徴とする階段構造。
 4(1) 被告タジマは、階段工事の材料・副資材である「アクサンスかいだんST(又はLT)」と「セメントTH」を製造し、施工手順を記載したカタログとともに、被告田島ルーフィングにこれを販売している。
  (2) 被告田島ルーフィングは、後記(3)の工事の施工業者に対し、その材料と関連副資材(セメントTH)を販売した。
  (3) 株式会社興永テクノスは、平成14年12月(弁論の全趣旨)、別紙物件目録1記載の階段構造(以下「イ号構造」という。)を、南海工業株式会社、株式会社太平エンジニアリング及び日本リフォーム株式会社は、平成13年11月、別紙物件目録2記載の階段構造(以下「ロ号構造」という)を、それぞれ構築してこれを生産した(以下、イ号構造とロ号構造を一括して「被告構造」という。)。
 5 被告構造は、本件発明の構成要件A及びBをいずれも充足する。
 (争点)
 1 本件発明の構成要件C「シーリング剤」の充足性等
 (原告の主張)
 被告構造のcに用いられるセメントTH(ウレタン樹脂系溶剤タイプ、500gパック入り)は本件発明の構成要件Cの「シーリング剤」に該当し、被告構造は上記構成要件を充足するというべきである。
  (1) 本件明細書の記載等
   ア 「接着剤」と「シーリング剤」とは材料・成分等の差異により区別されるものではなく、その目的・用途により区別されるものである。すなわち、「接着剤」が物体の間に介在することによって物体を結合することができる物質(面接着用)であり、「シーリング剤」が構造体の目地・間隙部分に充填して防水性・気密性などの機能を発揮させる材料(封又は充填用)であることは、技術的意義として確立している。このような区別を裏付けるものとして、株式会社日本実業出版社発行「接着技術のはなし」(甲19の1、2)、住友スリーエム株式会社のHP「接着・接合テクノロジー」(甲23)、岩波書店発行「広辞苑(第5版)」1133頁(甲25の1、2)があり、材料物質により区別される概念とはされていない。原告が本件発明を実施した階段構造のカタログ等(甲11、甲12~18の各1~3)においても、シーリング剤の用途としての「タキボンド#650」を、「カートリッジ入り接着剤」、「段鼻隙間充填用接着剤」、「段鼻充填用接着剤」と、(床材の面接着剤とは)用途により区別して記載している。
   イ 本件明細書の発明の詳細な説明欄【0010】によれば、「接着剤」とは床シートと階段下地の踏み面との重なり部分を強固に接合する機能を有するものであり、「シーリング剤」とは床シートと階段下地のコーナー部との重なり部分に生じる隙間を塞ぐように接合する機能を有するものをいうことが明らかである。被告らの主張する同【0019】の記載は、単なる実施例の記載であり、本件発明の「シーリング剤」として、接着剤より固形分が多く粘性が高いウレタン樹脂系材料が好適であるとしているにすぎず、これに限定する趣旨ではない(むしろ被告構造に用いられるセメントTHと同じウレタン樹脂系材料を「シーリング剤」の1つとして示唆するものである。)。本件特許請求の範囲において「接着剤」と「シーリング剤」という異なる用語を用いていることも、両者が異なる成分の材料を用いることを意味することにはならない。このことは、他の多くの特許出願において、同じ成分からなる組成物を「接着剤」及び「シーリング剤」の各用途に用いることが記載されている(甲34の1~6)ことからも明らかである。
   ウ したがって、「接着剤」と「シーリング剤」とは、目的・用途により区別されるものであり、上記の機能を有する(作用を奏する)ものである限り、その材料・成分等について何ら限定されるものではない。
   エ 「接合」と「接着」の区別に関する被告らの主張について反論すれば、「接合」は「接着」を包含するより広い概念であり(セメダインのHP「接着基礎知識」(甲24)による。岩波書店発行「広辞苑(第4版)」1446頁でも、「接着剤」は「接合剤」ともいうとされている。)、互いに相容れないというものではないから、「接合」の用語をもって「接着剤」と「シーリング剤」とは材料・成分等を異にすると主張するのは誤りである。
  (2) 公知技術の参酌
 被告らの主張する公知技術(原告の平成13年1月31日付け「早期審査に関する事情説明書」(乙7の1)に記載された先行技術文献〈1〉、〈2〉)には、段鼻部と床材表面角部との間に生じる隙間を充填するという技術思想は明示されていないから、これをもって、本件発明の構成要件Cの「シーリング剤」を限定解釈することはできない。
  (3) 出願経過の参酌
 被告らの主張する原告の平成13年1月31日付け「早期審査に関する事情説明書」(乙7の1)の記載は、先行技術と比較してその特徴を強調し明確にするものにすぎないのであって、権利範囲についての限定的記載ではない。すなわち、早期審査に関する事情説明で公知技術の開示と対比説明が求められているのは、本来、審査請求順に審査する通常の出願への影響を配慮し、審査処理能力の一定部分を早期審査に振り向けるためのものであるから、早期審査請求の対象出願が拒絶すべき理由のないことの確度の高いものであることを説明すべく、公知技術の開示と対比説明を要することとしたにすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。
 原告の上記事情説明書は、そこに記載された先行技術文献〈1〉(実開昭59-78432号のマイクロフィルム、乙7の2)、〈2〉(特開昭61-113952号公開特許公報、乙7の3)には、いずれも段鼻部と床材裏面角部との間に生じる隙間を充填するという技術思想が開示されていない(つまり、上記先行技術文献〈1〉、〈2〉は、いずれも床シートと階段下地の踏み面との重なり部分を強固に接合する機能を有する「接着剤」の適用については記載されているが、床シートと階段下地のコーナー部との重なり部分に生じる隙間を塞ぐように接合する機能を有する「シーリング剤」については何ら記載されていない)点において本件特許権と相違することを説明したものにすぎず、本件発明の特許請求の範囲を限定しようとしたものではない。
 したがって、被告構造が本件発明の技術的範囲に属すると原告が本件訴訟において主張することは、何ら信義則に反するものではない。
  (4) 被告構造へのあてはめ
   ア 朝倉書店発行「接着大百科」(甲5の1、2)によれば、「シーリング材」は、使用対象や使用目的に照らし、チューブ又はカートリッジを容器とすることが適当であるところ、被告構造の構成cにおける「セメントTH」は500gパック詰めにしたチューブ状容器に入っており、被告タジマの技術資料(甲3の2)25頁、27頁記載の施工手順6の説明文及び絵でも、段鼻部にセメントTHを塗布するのに、チューブ状容器からノズルを介して、8~10mmφの太さでビード状に充填せしめることが示されている。これに対し、被告タジマの「アクサンスかいだん施工要領書」(甲6)6枚目には、階段「折り曲げ部」(段鼻部)に塗布する材料物質を「接着剤」と記載しているが、被告タジマがユーザー説明用の用語としてことさら採用したことによるにすぎない。
   イ 被告タジマの技術資料(甲3の2)25頁、27頁記載の施工手順6の説明文及び絵によれば、階段「折り曲げ部」(段鼻部)にシートを貼り付ける作業に、20~50分のオープンタイムを設けることが指示されている。このような長時間のオープンタイムの設定は、階段構造を実際に施工する作業者にとって不便であるにもかかわらず、これを行う技術的意味は、ダレ落ちを防止するために、オープンタイムの間にセメントTHの成分の一つである溶剤分を飛ばして粘度を高めることにある。これにより、階段段鼻部にシートを貼り付ける時点では、セメントTHが段鼻部に滞留して本件明細書【0019】にいう粘度の高いウレタン樹脂系材料である「シーリング剤」として好適な所期の機能を果たすことになる。日本規格協会発行「JISハンドブック 接着(1996年版)」(甲4の1、2)でも、「ポリウレタンを主成分とするシーリング材」が「建築用シーリング材」の一つとされている。
   ウ セメントTHの500gパック入りと9kg缶入りの用途が同一である旨の被告らの主張について反論すれば、その単価(500gパック入りは5本7500円で1g当たり3円、9kg缶入りは1万3900円で1g当たり1.5円)の差に照らすと、1本で1~1.5m2しか使用できない500gパック入りのものを面接着に使用することは経済的に合理性がない。セメントTHの500gパック入りのラベル(乙2の1、2)には、9kg缶入りのラベル(乙1)と同じく、「待ち時間15分」が記載されているが、その技術資料の施工手順(甲3の2)にはオープンタイムが20~50分であることが明記されている(面接着用のセメントTH9kg缶入りと区別された、充填接着用に供するものとして指示されている)のであるから、上記ラベルの表示は、被告タジマが故意に本件特許権の技術的範囲を潜脱しようとしたにすぎない。被告田島ルーフィングの説明会資料(甲21)においても、セメントTHが増粘タイプであることや、段鼻部へ充填することで、段鼻部を痛めにくく段鼻部でアクサンスかいだんのずれが生じにくくなるという本件発明の作用効果を奏することを認めている。
   エ セメントTHはダレにくい性質とともにチクソトロピー性を有する旨の被告らの主張について反論すれば、確かに、セメントTHにはチクソトロピー剤成分としてシリカが配合されているが、日刊工業新聞社発行「接着ハンドブック(第2版)」(乙18)456頁によれば、シリカには増粘の機能もあり、補強及びチクソトロピー性を付与し、増粘するために、「シーリング剤」でもシリカが成分となっているから、チクソトロピー性があるからといって、「シーリング剤」でないということはない。レオロジー等に関するHP(甲31、32)によれば、チクソトロピー性とは粘度の時間依存性があり、せん断をかけ続ければ粘度が減少し続け、静置しておくと長時間粘度が回復していく性質をいうところ、被告らはこの性質を利用し、セメントTH500gパック入りの方は、ビード状に絞り出し、そのままオープンタイムを取って階段の段鼻部と床材の隙間を充填接着をするのに対し、面接着用の接着剤セメントTH9kg缶入りの方は、床面にクシ目ゴテで塗布する、すなわち、せん断をかけ続けることで粘度が減少し、多数段の床面を塗布する上での作業性に支障がないようにしている。このように、被告らはセメントTHの適用方法を用途により使い分け、段鼻部には充填接着剤として用い、床面にはクシ目ゴテでせん断をかけて粘度を減少させて面接着剤として使用している。
   オ したがって、被告構造のcに用いられるセメントTH(ウレタン樹脂系溶剤タイプ、500gパック入り)は「シーリング剤」に該当するから、構成要件Cを充足する(同時に、構成要件Dの「接合」も充足する。)。
 (被告らの主張)
 被告構造のc’に用いられるセメントTH(ウレタン樹脂系溶剤タイプ、500gパック入り)は、「接着剤」であって、本件発明の構成要件C「シーリング剤」には該当しないから、被告構造は上記構成要件を充足しないというべきである。すなわち、
  (1) 本件明細書の記載等
   ア 日本規格協会発行「高分子系張り床材用接着剤 JIS A 5536」(乙4)2頁によれば、高分子系張り床材用接着剤には、その主成分により、また、用途(平場用・垂直面用)等により種々のものがある一方、日本規格協会発行「JISハンドブック 接着(1998年版)」(乙5)490頁によれば、「建築用シーリング材」にも、主成分により、また、特性、製品形態、耐久性により種々のものがあり、各用語自体から直ちに本件発明に用いられる「接着剤」、「シーリング剤」を一義的に確定することはできない。
   イ そこで、本件明細書の特許請求の範囲の記載(本件発明の構成要件B、C)のほか、発明の詳細な説明欄【0001】~【0007】及び【0010】の記載によれば、本件発明は、階段用床シートと踏み面との重なり部分は「接着剤」により、階段用床シートとコーナー部との重なり部分は「シーリング剤」により、それぞれ接合されている階段構造を特徴とするものである。そして、本件発明の構成要件Bの「接着剤」及び同Cの「シーリング剤」とは、本件明細書の発明の詳細な説明欄【0010】及び【0019】によれば、両者は性能を異にし、別個の目的で使用されるものであり、具体的には、ウレタン樹脂系一液型接着剤は「接着剤」としては好適に用いられるが、「シーリング剤」はこのウレタン樹脂系一液型接着剤より固形分が多く粘性が高いものが用いられることが明らかである。一般的にも、「接着剤」が低粘度又は高粘度であるのに対し、「シーリング剤」が高粘度又は超高粘度であり、その塗布方法も用いる器具を異にするものである(日本接着剤工業会発行「接着剤読本」(乙13))から、当業者であれば、特許請求の範囲に「接着剤」と「シーリング剤」とを区別して記載していれば、両者は異なる成分のものと認識するのが通常であり、本件明細書の発明の詳細な説明の上記記載も、このことを説明するものである(目的・用途の別により「接着剤」と「シーリング剤」が区別されるという原告の主張は、本件明細書の記載に基づかないばかりか、物の発明である本件発明を用途発明であることを前提として主張するものであり、本件発明の本質を根本的に誤解している。)。
   ウ 本件発明の構成要件Dにおいても、本件発明上、階段用床シートと踏み面との重なり部分は「接着剤」、階段用床シートとコーナー部との重なり部分は「シーリング剤」という異なる材料により両部材を継ぎ合わせていることから、「接着」(日刊工業新聞社発行「特許技術用語集」(乙6)によれば、接着とは接着剤を媒介にして2面を化学的、物理的な力などによって接合することをいう。)ではなく「接合」と表現されており、「接着」と「接合」とが区別して用いられていることは明らかである(日本接着剤工業会発行「接着剤読本」(乙13)も両者を区別する。)。原告も、本件特許出願手続において、平成13年1月31日付け「早期審査に関する事情説明書」(乙7の1)2頁で、「先行技術文献〈1〉(実開昭59-78432号のマイクロフィルム、乙7の2)、〈2〉(特開昭61-113952号公開特許公報、乙7の3)はいずれも階段用すべり止めシートと階段下地の踏み面、コーナー部、蹴上げとの重なり部分をすべて接着剤で接着するのに対し、本願請求項1の発明は、階段用床シートと踏み面との重なり部分を接着剤により、階段用床シートとコーナー部との重なり部分をシーリング剤により、それぞれ区別して接合する点において構成が相違する。」として、「接着」と「接合」を区別して表現していた。このように、本件発明の構成要件Dで「接着」ではなく「接合」という用語が用いられているのは、「接着剤」と「シーリング剤」とが異なる成分のものと区別されているからにほかならない。
  (2) 公知技術の参酌
 本件特許出願前の公知文献である〈1〉実開昭59-78432号のマイクロフィルム(乙7の2)、〈2〉特開昭61-113952号公開特許公報(乙7の3)及び〈3〉実開平6-20705号のCD-ROM(乙10の1、2)によれば、階段用床シートと踏み面との重なり部分、階段用床シートとコーナー部との重なり部分のいずれにも「接着剤」を用いるものは、本件特許出願時に既に公知の技術であった。したがって、この公知技術を参酌すれば、本件発明の構成要件Cの「シーリング剤」が同Bの「接着剤」と同一のものであるとは解されない。
  (3) 出願経過の参酌
 原告も、本件特許出願手続において、本件発明が上記(2)〈1〉、〈2〉の公知技術を含まないことを認めていた。すなわち、原告は、平成13年1月31日付け「早期審査に関する事情説明書」(乙7の1)1~2頁で、本件発明と上記(2)〈1〉、〈2〉の公知技術とを対比した上、合成樹脂製の階段用床シート(階段用すべり止めシート)を、階段下地の踏み面とコーナー部と蹴上げとにわたって重ね合わせる点で、両者は共通する、しかし、上記(2)〈1〉、〈2〉の公知技術は、いずれも階段用すべり止めシートと階段下地の踏み面、コーナー部、蹴上げとの重なり部分をすべて接着剤で接着するのに対し、本件発明は、階段用床シートと踏み面との重なり部分を接着剤により、階段用床シートとコーナー部との重なり部分をシーリング剤により、それぞれ区別して接合する点で相違することを認めていた。さらに、原告は、本件発明が接着剤とシーリング剤と粘着剤とを使い分け、階段用床シートと踏み面、コーナー部、蹴上げとのそれぞれの重なり部分を区別して接合したため、本件明細書の【0010】、【0011】記載の作用効果が得られたものであり、このような技術的思想を開示する先行技術文献は全く見出すことができなかった旨を説明していた。特許庁審査官は、原告のこのような説明を相当と認め、本件特許出願について特許査定したものである。つまり、原告は、本件特許出願手続において、階段用床シートと踏み面との重なり部分にも、階段用床シートとコーナー部との重なり部分にも接着剤を用いるものは本件発明と異なることを主張した結果、本件特許発明について、特許査定を受けることができたものであるから、本件訴訟において、階段用床シートと踏み面との重なり部分、階段用床シートとコーナー部との重なり部分のいずれにも「接着剤」を用いる被告構造が本件発明の技術的範囲に属すると主張することは、信義誠実の原則に反し、包袋禁反言の適用により許されない。
  (4) 被告構造へのあてはめ
   ア セメントTH500gパック入りとセメントTH9kg缶入りの適用床材、適用下地、使い方及び用途に関する表示(乙1、乙2の1、2、甲3の2)が同一であることに照らし、両者の中身が同一であることは明らかである(原告主張の両者の単価の差につき反論すれば、階段の補修等で数段のみの施工をする等、9kg缶入りのセメントTHを使用すると余りすぎてしまうような場合、9kg缶入りはいったん開封するとセメントTHを長期間保存できないため、500gパック入りのものが使用される。)。
   イ 被告構造は、階段用床シートと踏み面との重なり部分も、階段用床シートとコーナー部との重なり部分も、共にウレタン樹脂系一液型接着剤である商品名セメントTHという同一の「接着剤」(粘度も同じ)を用いて接着するものにすぎない(同一の接着剤を用いて二面をつけているものであり、文字通り「接着」であるから、本件発明の構成要件Dの「接合」も充足しない。)。
   ウ チューブ状容器の使用に関する原告の主張について反論すれば、被告構造において階段用床シートとコーナー部との重なり部分にセメントTHを適用するに当り、チューブ状容器を使用するのは、被告タジマの技術資料(甲3の2)25、27頁に図示されたとおり、折り曲げ部に接着剤を適用するのに便利だからにすぎない(これに対し、階段用床シートと踏み面との重なり部分に接着剤を使用するのにクシ目ゴテを使用するのは、この方が塗布作業性がよく、能率的で仕上りもよいからである。)。チューブ状容器に充填された接着剤は、文房具店などで一般に市販されており、接着剤を入れるためのチューブ状容器は実開昭54-21049号のマイクロフィルム(乙12の1、2)にも既にみられるところである。したがって、セメントTH500gパック入りがチューブ状容器に充填されていることをもって、これが「シーリング剤」に該当するということはできない。
   エ オープンタイムに関する原告の主張について反論すれば、溶剤等の揮発分を含有する接着剤の場合は、オープンタイムを必要とするのが常識である(日本規格協会発行「高分子張り床材用接着剤」(乙4)7頁、日装連発行「床仕上げ施工科テキスト プラスチック床材編」96頁(乙11)による。)のに対し、シーリング剤の場合に、このようなオープンタイムを必要とすることはない。そして、セメントTH9kg缶入りと500gパック入りは同じ接着剤であり、粘度の差はない。仮に原告の主張するように、「接着剤」と「シーリング剤」の差異がほとんど粘度の差に帰するとしても、被告タジマの技術資料(甲3の2)には、セメントTHを「階段用床シートと踏み面」に適用する場合にも「階段用床シートとコーナー部」に適用する場合にも、共に20~50分程度のオープンタイムをとる旨が指示され、実際の施工もこの指示どおりに行われており、同じ粘度であることは明らかであるから、実際の施工の際の粘度の差もない。なお、原告主張のダレ性、すなわち流動特性は、粘度のみに依存するものではない。粘度が高くてもダレやすい接着剤もあるし、その反対に、粘度が低くてもダレにくい性質のものもある。セメントTHは、ダレるおそれが実質的になくなる程度の流動特性に最初から設定されており、被告タジマの技術資料(甲3の2)25頁にも、蹴上げ面(垂直面)にセメントTHが使用されることが記載されている。
   オ したがって、被告構造のc’に用いられるセメントTH500gパック入りは本件発明の構成要件Cの「シーリング剤」に該当しないから、上記構成要件を充足しない(同時に、構成要件Dの「接合」も充足しない。)。
 2 被告らの共同不法行為
 (原告の主張)
  (1) イ号構造の工事につき、被告田島ルーフィングは、その材料や関連副資材を施工業者に販売するにとどまらず、工事受注を斡旋する等、主体的に行動しているから、株式会社興永テクノスとの共同不法行為が成立するというべきである。
 その材料や関連副資材の製造業者である被告タジマも、被告田島ルーフィング(被告タジマと代表者が同一であり、株式を持ち合う等、両者は密接な関連を有する。)や株式会社興永テクノスの本件特許権侵害行為を容認し利用するものであるから、被告田島ルーフィングと同様に共同不法行為が成立するというべきである。仮にそうでないとしても、被告タジマは、被告田島ルーフィングの本件特許権侵害行為を教唆又は幇助するものである。
  (2) ロ号構造の工事についても、同工事は被告タジマの指示どおりに施工されたものであるから、被告タジマにはその施工業者との共同不法行為が成立するというべきである。仮にそうでないとしても、被告タジマは、同施工業者の本件特許権侵害行為を教唆又は幇助するものである。
 (被告らの主張)
 原告の主張(1)、(2)はいずれも争う。
 3 本件特許の明白な無効理由(仮定抗弁)
 (被告らの主張)
 仮に本件発明の構成要件Cにいう「シーリング剤」が同Bにいう「接着剤」と同じ成分の接着剤からなるものを含むとすれば、本件特許には次の各無効理由が存することが明らかであるから、本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用であって許されないというべきである。
  (1) 本件発明は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭61-113952号公開特許公報(乙7の3)、実開平6-20705号のCD-ROM(乙10の1、2)及び特公昭55-14223号特許公報(乙17)に記載された発明と実質的に同一であり、特許法29条1項3号の規定に該当する。
  (2) 本件発明は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である前掲特開昭61-113952号公開特許公報(乙7の3)に記載された発明と日刊工業新聞社発行「接着ハンドブック(第2版)」(乙18。特に447~449頁)のシーラントに関する記載に基づき、当業者であれば容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定に該当する。
  (3) 本件発明は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である前掲実開平6-20705号のCD-ROM(乙10の1、2)に記載された発明と前掲「接着ハンドブック(第2版)」(乙18)の記載に基づき、当業者であれば容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定に該当する。
  (4) 本件発明は、本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である前掲実開昭59-78432号のマイクロフィルム(乙7の2)に記載された発明と前掲「接着ハンドブック(第2版)」(乙18)の記載に基づき、当業者であれば容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定に該当する。
 (原告の主張)
 本件特許に無効理由は何ら存しないから、被告らの主張(1)ないし(4)の各無効理由はいずれも争う。
 4 原告の損害
 (原告の主張)
  (1) イ号構造の工事に関し、被告田島ルーフィングによる材料と関連副資材の販売額は、合計776万1160円であり、このうち同被告の得た利益額は、273万6409円である。特許法102条2項により、上記金額が原告の受けた損害の額と推定される。
  (2) ロ号構造の工事に関し、被告タジマによる材料と関連副資材の販売額は、合計439万3990円であり、このうち同被告の得た利益額は、235万7317円である。特許法102条2項により、上記金額が原告の受けた損害の額と推定される。
 (被告らの主張)
 原告の主張(1)及び(2)はいずれも否認する。
第3 争点1(本件発明の構成要件C「シーリング剤」の充足性等)に対する当裁判所の判断
 1 本件発明の構成要件Cにいう「シーリング剤」の意義を検討するに当たっては、同Bにいう「接着剤」の意義と対比しつつ、その内容を検討する必要があるが、本件特許請求の範囲の記載上、両者の意味は必ずしも一義的ではないから、本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載や図面を考慮する必要がある。
 証拠(甲2)によれば、本件明細書には次の記載があることが認められる(以下、括弧内の記載は本件明細書の発明の詳細な説明欄の該当段落番号を指す。)。
  (1) 本件発明は、階段構造、特に階段の踏み面から蹴上げにわたって階段用床シートを設けて防滑性や遮音性を高めるようにした階段構造に関するものである(0001)。従来より、平面の踏み面から蹴上げの一部に、昇降時の騒音を軽減したり防滑性を高めたりするために、合成ゴム製の床シートを貼り付けることがあった(0002)。しかし、合成ゴム製の階段用床シートは、表面が平滑な階段下地の踏み面に対する接合強度をそれほど高くすることができないため、剥離したり位置ずれしたりするという心配や、剥離したり位置ずれしたりした床シートに歩行者がつまずくといった危険があった。また、合成ゴム製の階段用床シートは耐候性に乏しいので、屋外に設けた階段に使用すると、比較的短期間のうちに劣化してしまうという問題があった(0003)。そこで、本件特許出願人は、先に、軟質塩化ビニル樹脂製シートの裏面全体にブチルゴム系粘着剤を積層した構造の階段用床シートを提案した。この階段用床シートを鉄骨製階段の踏み面に貼り付けた階段は、上述した合成ゴム製の階段用床シートを貼り付けた階段に比べて耐剥離性や耐候性が向上し、同時に合成ゴム製の階段用シートを貼り付けた階段に比べて遜色のない防滑性や遮音性が得られた(0004)。しかし、上記の軟質塩化ビニル樹脂製シートの裏面全体にブチルゴム系粘着剤を積層した構造の階段用床シートを踏み面に貼り付けた階段にあっても、踏み面に貼り付いているブチルゴム系粘着剤が軟化すると位置ずれの起こる可能性を否定できないことが判明した。特に、気温の高い夏場の屋外では、踏板に使われている鋼板の温度が上がってブチルゴム系粘着剤が軟化しやすい状況になるため、歩行が頻繁に行われると当該床シートが位置ずれする可能性を否定できないことが判明した(0005)。そこで、本件発明は、従来の合成ゴム製床シートを貼り付けた階段構造や、裏面全体にブチルゴム系粘着剤を積層した合成樹脂製の床シートを貼り付けた階段構造に比べて、遜色のない防滑性や防音性を発揮しつつ、位置ずれの危険性の少ない階段構造を提供するとの目的を達成するため、本件特許請求の範囲所定の構成としたものである(0006、0007)。本件発明によれば、床シートと階段下地の踏み面との重なり部分が全体的に接着剤により強固に接合されているので、踏圧による床シートのズレは皆無に近くなる。また、床シートと階段下地のコーナー部との重なり部分はシーリング剤で接合され、コーナー部に生じる隙間が該シーリング剤で塞がれていることから、昇降時の踏圧による床シートのコーナー部でのヘコミやズレも激減するという作用効果を奏する(0010、0026)。
  (2) 本件発明の実施例として、「図1及び図2に示すように、この階段用床シート2は階段下地1の踏み面11から蹴上げ13の上部に亘って重ねられ、床シート2の踏み面被覆部22と階段下地1の踏み面11との重なり部分が接着剤3によって全体的に強固に接合されている。そのため、昇降時の踏圧による床シート2のズレを生じる心配は皆無に等しい。そして、図1、図2、図4に示すように、床シート2のアールを付けたコーナー被覆部23と階段下地1のコーナー部12との重なり部分はシーリング剤4によって隙間なく接合され、(中略)踏圧により床シート2のコーナー被覆部23にヘコミやズレが生じることは殆どなく、」(0017)、「前記の接着剤3としては、例えばウレタン樹脂系一液型接着剤やエポキシ樹脂系二液型接着剤が好適に使用される。また、前記のシーリング剤4としては、接着剤より固形分が多く粘性が高いシリコン樹脂系シーリング剤、ウレタン樹脂系シーリング剤、ポリサルファイド系シーリング剤等が好適に使用される。」(0019)、「階段下地1の踏み面11のほぼ全面に接着剤3を付着し、コーナー部12に垂れにくいシーリング剤4を付着する。」(0022)、「接着剤3、シーリング剤4、粘着剤5等の接合剤は、貼り合わせ前に階段下地1又は床シート2のどちらかに付着させればよく、更に、これらの接合剤の粘度、接着力、粘着力などは、階段下地1と床シート2との接合強度や貼り合わせ作業等を考慮して適宜選択すればよい。」(0025)ことがそれぞれ記載されている。
 2(1) 上記1認定の事実によれば、本件発明における「接着剤」、「シーリング剤」とは、いずれも2つの材料をつなぎ合わせるものである点で「接合剤」という上位概念に包摂されるものではある(日刊工業新聞社発行「特許技術用語集」(乙6)89、90頁に、「接合」とは「二つの部材を継ぎ合わせること」をいい、「接着」とは「接着剤を媒介にして2面を化学的、物理的な力などによって接合すること」をいうとされていることとも整合する。)。しかし、本件明細書の特許請求の範囲の記載上、わざわざ「接着剤」と「シーリング剤」を区別して用いているほか、その実施例中にも両者を対比した記載がある(0019、0022、0025)ことに照らせば、本件発明において、「接着剤」と「シーリング剤」が全く同一成分の接合剤であることは予定されていないというべきである。そして、本件明細書の記載によれば、「接着剤」は、床シートと階段下地の踏み面との重なり部分を全体的により強固に接合することにより、踏圧による床シートのズレをなくすという点で、結合力の強さが要求されるものである。これに対し、「シーリング剤」は、床シートと階段下地のコーナー部との重なり部分の接合に際し、コーナー部に生じる隙間を塞ぎ、昇降時の踏圧による床シートのコーナー部でのヘコミやズレも激減させるという点で、密閉性や弾性力の高さが要求されるものである。この点で、「シーリング剤」は「接着剤」とは内容的に相違するというべきである(なお、原告は、他の多くの特許出願において、同じ成分からなる組成物を「接着剤」及び「シーリング剤」の各用途に用いることが記載されている旨を主張するが、本件明細書の記載に基づくものではなく、失当である。)。
  (2) 「接着剤」と「シーリング剤」の意義をこのように解することは、当業界の技術用語の通常の意味とも合致する。すなわち、
   ア 日本接着剤工業会発行「接着剤読本」(乙13)1頁「1.接着、接着剤とは」によれば、「広辞苑で、接合と引いてみた。つなぎ合わせることと書いてあった。すなわち物と物とをつなぎ合わせることを接合という。接合の方法には、釘止め、ねじ止め、溶接、縫い合わせ、はめ込みなど、多くの方法がある。接着剤を使用してつなぎ合わせることを接着という。接着も接合の一方法である。ここで、接着および接着剤の定義づけをしておく。国際標準化機構であるISO(The International Organization for Standardizationの略称)の接着用語説明を引用するならば、接着(Adhesion)とは、二つの面が化学的なあるいは物理的な力から、あるいはその両者によって一体化された状態であり、接着剤(Adhesive, Bond Agent)とは、接着によって2個以上の材料を一体化することができる物質、ということができる。」と記載されている。さらに、上記文献(乙13)122頁「表5‐1 接着剤の塗布方法」には、接着剤が低粘度又は高粘度であるのに対し、シーリング剤は高粘度又は超高粘度であることや、その塗布方法も、塗布する形状が同じ場合でも、接着剤とは用いる器具を異にする(接着剤の塗布に用いられる器具のうち「はけ、注射器、タンク付きローラ、ロールコーター、加圧タンク式のフローブラシ及びスプレーガン」等は、シーリング剤の塗布に用いることができない)ことが記載されている。
   イ 日本実業出版社発行「接着技術のはなし」(甲19の1、2)41頁によれば、「接着剤もシーリング材も、二つの材料をつなぎ合わせるものということには違いありません。両者とも、あるレベルの結合力は必要とされるのですが、JISの定義では接着剤を『物体の間に介在することによって物体を結合することのできる物質』としています。一方のシーリング材については、『構造体の目地・間隙部分に充てんして、防水性・気密性などの機能を発揮させる材料』としています。接着剤では、一般に接着強さ(結合力)の大小と耐久性の良否が問題となり、接合部に変形が生じることは好ましくありません。このため、(中略)凝集力の大きなポリマーを接着剤として用い、接着層の厚さも薄くするようにします。(中略)シーリング材では、間隙の大小があっても特性に変動があってはならないので、柔軟性があり硬化時の体積収縮の少ない材料が主に用いられています。(中略)使用時の『ダレ』を防止するために、接着剤よりもシーリング材のほうが高粘度であるのが一般的です。」と記載されている。実際、日本規格協会発行「JISハンドブック29接着(2003年版)」(甲35の1、2)19頁、20頁には、これに沿う定義の記載がある。
   ウ 日刊工業新聞社発行「接着ハンドブック(第2版)」(乙18)447頁によれば、「シーラント(Sealant)は接着剤と機能的にオーバーラップすることが往々にしてある。しかし、シーラントは物体間を結合するという接着剤としての機能を持つが、一般には接合構造体の構造強度にかかわることは必要としない。すなわち、接着剤の第一の機能は、一方の被着物体から他方に接合継手を介してロードを伝達するように二つ以上の物体を結合させることにあるが、シーラントの基本的な機能は物体間を結合すると同時に、その結合継手部分で各被結合物体間のストレスや熱、振動などの伝達を遮断または減少すると共に、被結合物体が形成する内外部の空間とを、熱、音、液体、気体、ほこりなどをいずれかの空間に封じ込めて絶縁することである。また、物体間の継手だけではなく、穴やすき間などの空間をふさいで上記のような絶縁を行うものである。」と記載されている。
   エ 朝倉書店発行「接着大百科」(甲5の1、2)445、446頁によれば、「シーリング材とコーキング材(同446頁によれば、特に高性能のシーリング材をいう。)は、同種または異種の被着材が取り合う目地、隙間、空隙を埋めるために使われる。」、「シーリング材は接着性能をもつ弾性材料である。シーリング材/接着剤とは接着性能をもつ弾性材料で、接着したときに構造強さを発揮できるものをいう。」と記載されている。日本規格協会発行「JISハンドブック 接着(1998年版)」(乙5)によれば、その目次上、「粘着テープ類」や「主要被着材」と同レベルで、「接着剤」と「シーリング材・コーキング材」とが相違するものとして体系づけられているほか、同485~489頁でも、シーリング材(sealant)とは「不定形の状態で用い、目地の適切な面に接着させることによってシールする材料」と定義され、特に建築用シーリング材については、その性能の試験項目の一つに弾性復元性が挙げられている。
  (3) これに対し、原告は、「接着剤」と「シーリング剤」とは、目的・用途により区別される旨を主張する。
 確かに、セメダインのHPの「接着基礎知識」(甲24)によれば、「接着剤をどのような目的、用途で使用するのか。強力な構造接着か、一時的な仮止め接着か、充填接着か、あるいはコーティング材として使用するのかで選ぶ接着剤の種類も変わってきます。」という記載があることが認められる。しかし、同HPは「接着剤は本来、物と物とを接合するのが基本機能です。しかし最近では(中略)いろいろな働きがもとめられるようになりました。(中略)接着機能以外の特性を強調した接着剤を総称して機能性接着剤と呼びます。」と定義づけるものであることや、本件明細書上は「接着剤」及び「シーリング剤」とは別概念であることが明らかな「粘着剤」(本件明細書の特許請求の範囲請求項2及び発明の詳細な説明0025)まで「感圧形接着剤」と呼称していること等に照らすと、本件発明における「接合剤」に相当するものを同HP上では接着剤と総称したにすぎないとも解される。Chem-StationのHP(甲26の1~3)にも、「シール材」として「物をくっつけるというもの以外の用途にも接着剤は使われている。それがシール材(シーリング材)としての接着剤の利用である。」という記載はあるが、同HPにおける「接着」の意味の一つとして「2つの表面が何らかの界面力により結合している状態」が挙げられ、「私たちが使っているもの以外にもたくさん接着剤はある。しかしどれも身近な製品の中で接合という不可欠な部分でこれらは大いに役に立っている。」とも記載されているから、セメダインのHPと同様に、本件発明における「接合剤」に相当するものを接着剤と総称したにすぎないとも解される(むしろ、シーリング材については「もちろん接着としての意味もあるのだが、それ以上に気密性を上げるという効果がある。」(甲26の3)と記載されており、接着よりも気密性を重視した部材である趣旨が窺われる。)。面接着用が「接着剤」、充填用が「シーリング剤」である旨のシーリング剤関係会社従業員の陳述書(甲22)もあるが、同陳述書も、両者の相違が粘度の差にあること自体は認めるものであり、「ウレタン樹脂系シーリング剤の場合、接着剤としてのウレタンポリマーにフィラー(充填剤・ダレ防止剤)をその用途に応じ付加する」ことに言及していることに照らせば、成分による相違を否定し去る趣旨のものとはいえない。
 したがって、この点に関する原告の主張は採用することができない。
 3(1) さらに、本件発明における「接着剤」と「シーリング剤」とを上記2のように相違するものと解することは、本件特許出願の経過とも合致する。すなわち、本件特許出願手続における原告の平成13年1月31日付け早期審査に関する事情説明書(乙7の1)の「2.先行技術の開示及び対比説明」には、次の記載があることが認められる。
 「発見された先行技術文献は以下の通りである。
  〈1〉 実開昭59-78432号(実願昭57-172966号マイクロフイルム)(乙7の2)
 この文献には、先端部をL字状に折曲した合成樹脂製シート本体の該L字状先端部にすべり止め部を形成した階段用すべり止めシートを使用し、この階段用すべり止めシートを階段の隅角部、踏み面、蹴上げ部に亘って全体を接着剤で接着して被覆した階段の構造が記載されている。
  〈2〉 特開昭61-113952号公報(乙7の3)
 この文献には、階段の踏み面を覆うすべり止め本体の前端から、階段の蹴込み面を覆う前方固定舌を下方へ延設した合成樹脂製又はゴム製の階段用すべり止めシートを使用し、すべり止め本体の下面及び前方固定舌の裏面に接着剤を塗布し、すべり止め本体を階段の踏み面に、前方固定舌を階段の蹴込み面に貼付けて被覆した階段の構造が記載されている。」
 「本願の請求項1、2の発明と先行技術文献〈1〉、〈2〉を対比すれば、合成樹脂製の階段用床シート(階段用すべり止めシート)を、階段下地の踏み面とコーナー部と蹴上げとに亘って重ね合わせる点で、両者は共通する。
 しかしながら、先行技術文献〈1〉、〈2〉はいずれも、階段用すべり止めシートと階段下地の踏み面、コーナー部、蹴上げとの重なり部分をすべて接着剤で接着するのに対し、本願請求項1の発明は、階段用床シートと踏み面との重なり部分を接着剤により、階段用床シートとコーナー部との重なり部分をシーリング剤により、それぞれ区別して接合する点において構成が相違する。(中略)
 上記のように、本願請求項1、2の発明は、接着剤とシーリング剤と粘着剤とを使い分け、階段用床シートと踏み面、コーナー部、蹴上げとのそれぞれの重なり部分を区別して接合したため、本願明細書(中略)の段落番号[0010]、[0011]に記載の如き作用効果が得られたものであり、このような技術的思想を開示する先行技術文献は全く見出すことができなかった。」
  (2) 原告の上記事情説明書(乙7の1)では、階段用床シートと踏み面との重なり部分も階段用床シートとコーナー部との重なり部分も、同じ成分の接着剤を用いるものは本件発明とは異なること、階段用床シートとコーナー部との重なり部分に従来技術で使用されていた接着剤に代えてシーリング剤を使用した点が本件発明の特徴である旨が主張されているのであって、本件特許出願を担当した特許庁審査官が、原告のこの主張を相当と認めて早期審査の対象とし(乙8)、本件特許査定(乙9)に至ったことは明らかである。このように、特許出願手続において、特許出願人が早期審査に関する事情説明書を提出し、その中で先行技術文献と対比して当該発明との相違点や当該発明の特徴を説明するなどし、これが特許庁審査官に受け入れられて早期審査の対象とされ特許査定に至った場合には、特許出願人が同事情説明書で述べた内容は、当該特許発明の技術的範囲の確定に当たって参酌されるべきであり、また、侵害訴訟において同事情説明書で述べた内容と異なる主張をすることは、信義誠実の原則ないし禁反言の法理に照らして許されないものというべきである。
 これに対し、原告は、上記事情説明書では、上記先行技術文献〈1〉、〈2〉には、いずれも段鼻部と床材裏面角部との間に生じる隙間を充填するという技術思想が開示されていない点で本件特許権と相違することを説明したものにすぎず、本件発明の特許請求の範囲を限定したものではない旨を主張し、上記事情説明書の作成を担当したという原告補佐人弁理士の陳述書(甲28)にも同様の認識であった旨が記載されている。しかし、上記事情説明書(乙7の1)の記載からは、原告主張のような内容の説明にとどまるものと解することはできないから、原告の上記主張は採用することができない。
 4 以上の本件発明の構成要件の解釈を基に、被告構造のbに用いられるセメントTH9kg缶入りが本件発明の構成要件Bにいう「接着剤」に該当する(当事者間に争いがない。)ことを前提としつつ、被告構造のcに用いられるセメントTH500gパック入りが本件発明の構成要件Cにいう「シーリング剤」に該当するかを検討する(被告主張の被告構造c’は、図面4の説明を斟酌すれば、原告主張の被告構造cと同一であり、表現上の相違にとどまるから、以下では、単に被告構造のcのみを記載するにとどめる。なお、イ号構造とロ号構造とは、シート部分がけこみシート(蹴上げ用床材)と踏面シート(階段用床シート)とに分かれているか、両シートが一体となっているかの差にすぎず(当事者間に争いがない。)、この構成の相違が上記争点に対する判断に影響するものではないから、イ号構造及びロ号構造を区別することなく、一括して検討すれば足りる。)。
  (1)ア セメントTH500gパック入りのラベル(乙2の1、2)には、ウレタン樹脂系溶剤タイプであり、その特長として、一液性の反応硬化型接着剤(湿気硬化タイプ)であり、ウレタン下地への接着性が良好である旨が、適用床材として、アクサンスかいだん、蹴込みシート、踊り場シートなどが、塗布後の経過時間(室温20℃)として最初の0~15分が待ち時間、次の15~50分が張付け可能時間である旨がそれぞれ表示されている。標準塗布面積の点を別とすれば、その余の記載についても、セメントTH9kg缶入りのラベル表示(乙1)と異なるところはない。
   イ 被告タジマの技術資料(甲3の2)25、27頁の関連副資材の説明において、セメントTH500gパック入りは、同9kg缶入りのものと区別することなく、いずれもウレタン樹脂系溶剤形のタイプであり、踏み面、アクサンスかいだん裏面折り曲げ部、踊り場、蹴上げ用接着剤の用途がある旨が記載されており、内容量の点を別とすれば、両者の間に相違があるものとは記載されていない。被告タジマの「アクサンスかいだん施工要領書」(甲6)の使用材料一覧表には、踏み面を使用部位とする際に使用されるセメントTHとして、9kg缶入りのもののほか、500gパック入りのものも記載されている。
   ウ 被告タジマの技術資料(甲3の2)25~28頁のアクサンスかいだんの施工手順の説明において、セメントTH500gパック入りにつき、「アクサンスかいだんST(又はLT)の裏面の折り曲げ部に、セメントTH(500gパックを使用して)を8~10mmφ(タバコの太さ)の太さでビード状に両端より約20mm内側に塗布してください。アクサンスかいだんST(又はLT)を貼り付けた時、アクサンスかいだんST(又はLT)の折り曲げ部から蹴上げ部に接着剤がゆき渡り強固に接着出来ます。※貼り付けまでのオープンタイムは20~50分程度とします。」との指示がある一方、セメントTH9kg缶入りについても、「セメントTH(9kg缶)を踏み面部全面に、クシ目ゴテで塗布してください。※貼り付けまでのオープンタイムは20~50分程度とします。」という同様の記載があるほか、蹴上げ部(垂直部)への接着剤の塗布に際し、セメントTH9kg缶入りを使用することも指示されている。接着面全面に広がるようにクシ目ゴテを用いるか、折り曲げ部にビード状に塗布するかという点を別とすれば、両者の間に相違があるものとは記載されていない。
   エ セメントTHを用いた経験のある施工業者作成の陳述書(乙15の1~7)によれば、実際の施工に当たり、500gパック入りを用いる場合も9kg缶入りを用いる場合も、上記ウの施工手順で指示された範囲内のオープンタイムをとっており、500gパック入りのものだけ特別に長いオープンタイムを設けることはしていないことが認められる。
  (2) 上記(1)認定の事実によれば、セメントTH500gパック入りは、セメントTH9kg缶入りのものと同一成分のものということができる。
 これに対し、原告は、〈1〉セメントTH500gパック入りが「シーリング剤」の使用対象や使用目的に適したチューブ状容器に入れられている、〈2〉単価の高いセメントTH500gパック入りを9kg缶入りと同一の用途である面接着に使用することは経済的に合理性がない、〈3〉被告タジマの施工手順に長時間のオープンタイムを設けることが指示されているのは、オープンタイムの間に、ダレ落ち防止のために、セメントTHの成分の一つである溶剤分を飛ばして粘度を高めることにある、〈4〉被告田島ルーフィングの説明会資料(甲21)においても、セメントTHが増粘タイプであることや、段鼻部へ充填することで、段鼻部を痛めにくく、段鼻部でアクサンスかいだんのずれが生じにくくなるという本件発明の作用効果を奏することが記載されている、〈5〉セメントTHはウレタン樹脂系溶剤形であり、ポリウレタンを主成分とするシーリング材は建築用シーリング材の一つとされているなどと主張する。
 しかし、〈1〉に対しては、チューブ状容器それ自体は接着剤の容器としても用いられることは公知の事実であるほか、セメントTH500gパック入りに使用されるチューブ状容器(甲3の2)が専らシーリング材に用いられるような特殊な形状を有しているとも認められないから、チューブ状容器の使用をもって「シーリング剤」に該当するということはできない。〈2〉に対しては、被告らの主張するように、階段の補修等の数段のみの施工をする等、若干量のセメントTHを使用すれば足りる場合にも、いったん開封すれば長期間の保存が利かない9kg缶入りを使用すれば、残量(たとえば、セメントTHの必要な使用量が1kgのみにとどまれば、残8kg)を廃棄せざるを得ないことになるから、500gパック入りのものを使用することに経済的合理性がないとはいえない。〈3〉に対しては、そもそもオープンタイムとは、日本規格協会発行「JISハンドブック29接着(2003年版)」(甲35の1、2)16頁によれば「接着剤を被着材に塗布して張り合わせるまでの張り合せ可能時間」と、日装連発行「床仕上げ施工科テキスト プラスチック床材編」(乙11)96頁によれば「接着剤を塗布してから床材を張り付けるまで解放しておく時間のことを言うが、接着剤を塗布後最適の粘着性を示すようになるまでの経過時間をオープンタイムと呼ぶ。」とされているとおり、接着剤に関する概念であり、シーリング剤(シーリング材)に関する概念ではない。また、被告タジマの技術資料(甲3の2)26、28頁では、セメントTHは、500gパック入りのものだけではなく、9kg缶入りのものについても、オープンタイムを設けることが指示されているから、仮に原告主張のようにオープンタイムを設けたことによりセメントTHが「シーリング剤」に該当するとすれば、9kg缶入りのものも「シーリング剤」となり、本件発明の構成要件Bにいう「接着剤」に該当しないことになってしまう。さらに、被告タジマの開発部員が作成した実験報告書(乙14)によれば、セメントTHは垂直な壁面に塗布しても、ダレるおそれのない程度の流動特性を最初から有していることが認められる(これに対し、原告の技術課員作成の実験報告書(甲29)によれば、被告タジマのセメントTHについてダレを確認する実験を行ったところ、セメントTH9kg缶入りの一部(Lot番号011217)にダレが生ずる結果になったことは認められるが、同時に実験対象にした入手時期の新しいセメントTH9kg缶入り(Lot番号03.04.04-N1)にはダレがみられないという結果になっているから、前者は改良前の製品ではないかという疑問(甲21によれば、被告タジマは、アクサンスかいだんに使用するセメントTHは増粘タイプのものであるとしており、改良されていることが窺われる。)があるほか、被告タジマの技術資料(甲3の2)には、階段蹴上げ部という垂直面に9kg缶入りのものを塗布する旨が指示されている点でも、被告タジマの実験報告書(乙14)の実験結果を覆すには足りない。)から、原告主張のダレ落ち防止という目的があるとはいえない。なお、原告は、セメントTHの粘度の時間依存性(チクソトロピー性。せん断をかけ続ければ粘度が減少し続け、静置しておくと長時間粘度が回復していく性質をいう(甲31、32)。)があることを利用して、被告らがセメントTHの適用方法を用途により使い分け、段鼻部には充填接着剤として用い、床面にはクシ目ゴテでせん断をかけて粘度を減少させて面接着剤として使用するにすぎない旨を反論する。しかし、セメントTHは、500gパック入りのものも9kg缶入りのものもオープンタイムを設けることとされているのであるから、この間に粘度が回復すると考える余地がある(原告主張のように、オープンタイムの間にせん断をかけ続けることは、被告タジマの技術資料(甲3の2)上も、全く予定されていない。)ほか、クシ目ゴテで塗り拡げられることにより、その表面積がより広くなる9kg缶入りの方が、ビード状に塗布されるにとどまる500gパック入りのものより、溶剤の揮発性が促進される(原告の主張を前提とすれば、かえって9kg缶入りの方が粘度が高くなる。)というべきである。〈4〉に対しては、その説明会資料(甲21)の記載内容を全体的に考察すれば、増粘タイプというのも、従来のアクサンスかいだんと比較したものであって、セメントTH500gパック入りのものが同9kg缶入りのものと比較してより増粘性を有することを自認する趣旨でないことは明らかである。また、本件発明の作用効果と同一の作用効果を奏することが記載されているとしても、直ちに本件発明の構成要件をすべて充足することにはならないことも明らかである。〈5〉に対しても、セメントTHはウレタン樹脂系溶剤形であり(甲3の2)、ポリウレタンを主成分とするシーリング材が建築用シーリング材の一つとされている(甲4の1、2)ことは認められるが、ポリウレタンを主成分とするものは、建築用シーリング材に限られず、接着剤にも存する(乙11)から、その主成分を根拠として、セメントTHが建築用シーリング材に該当するということはできない。この点に関する原告の主張はいずれも採用することができない(原告は、セメントTH500gパック入りが本件発明の構成要件Cにいう「シーリング剤」に該当する旨の見解を述べる意見書(甲20)を提出するが、既に判示した点に照らし、採用の限りではない。)。
  (3) したがって、被告構造のcに用いられるセメントTH500gパック入りは本件発明の構成要件Cにいう「シーリング剤」に該当しないというべきである。
 よって、被告構造は、本件発明の技術的範囲に属さない。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
 (裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 田中秀幸 裁判官 守山修生)

 

 

 (別紙)
 物件目録1図面1ウエストコート5番街「階段配置図」〈省略〉
 図面2イ号構造断面図〈省略〉
 図面3使用状態を示す斜視図〈省略〉
 図面4イ号構造断面図〈省略〉
 物件目録2〈省略〉
 図面1板橋前野町ハイツ「階段配置図」〈省略〉
 図面2ロ号構造断面図〈省略〉
 図面3使用状態を示す斜視図〈省略〉
 図面4ロ号構造断面図〈省略〉
 

 

 

 

 

裁判年月日 平成16年 7月30日 裁判所名 大阪高裁 裁判区分 判決

事件番号 平15(ネ)3657号

事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件 〔階段構造事件・控訴審〕

裁判結果 控訴棄却 文献番号 2004WLJPCA07309005

 

 

主文

 1 本件控訴をいずれも棄却する。
 2 控訴費用は、控訴人の負担とする。 

 

事実及び理由

第1 控訴の趣旨等
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して273万6409円及びこれに対する平成14年12月19日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 3 被控訴人株式会社タジマは、控訴人に対し、235万7317円及びこれに対する平成13年12月1日(不法行為の日の後)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 4 訴訟費用は、1、2審とも被控訴人らの負担とする。
 5 仮執行宣言
 (以下、控訴人を「原告」、被控訴人田島ルーフィング株式会社を「被告田島ルーフィング」、被控訴人株式会社タジマを「被告タジマ」という。また、原判決引用部分に「別紙」とあるのを、いずれも「原判決別紙」と読み替える。)
第2 事案の概要
 1 本件は、発明の名称を「階段構造」とする特許権(特許番号第3191143号)を有する原告が、施工業者らによる原判決別紙物件目録1、2記載の各階段構造の構築工事は上記特許権を侵害するものであり、被告らは、その共同不法行為者又は教唆者もしくは幇助者であるとして、被告らに対し、民法709条719条1、2項、特許法102条2項に基づく損害賠償を請求した事案である。
 原審は、上記各階段構造は上記特許発明の技術的範囲に属しないとして、原告の請求をいずれも棄却したので、原告が控訴を提起した。
 2 本件の基本的事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり付加、訂正等するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」のうち2頁11行目から16頁15行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
  (1) 2頁13行目の「被告田島ルーフィング株式会社(以下「被告田島ルーフィング」という。)」を「被告田島ルーフィング」と、同16行目の「被告株式会社タジマ(以下「被告タジマ」という。)」を「被告タジマ」と、3頁11行目の「被告田島ルーフィング」を「被告田島ルーフィングら」と、同12行目の「後記(3)の工事」を「後記(3)のイ号構造に係る工事」と各改める。
  (2) 3頁24行目の「被告構造のc」の次に「(原判決別紙物件目録1、2記載の各(原告の主張)、(階段構造の構成)c)」を、5頁16行目の「先行技術文献①」の次に「〔実開昭59-78432号のマイクロフィルム、乙7の2〕」を、同行目の「②」の次に「〔特開昭61-113952号公開特許公報、乙7の3〕」を、6頁4行目の「先行技術文献」の前に「前記の」を各加え、同行目の「(実開」から同5行目の「乙7の2)」まで及び同行目の「(特開」から同6行目の「乙7の3)」までをいずれも削る。
  (3) 8頁2行目の「痛めにくく」を「傷めにくく、」と改め、9頁1行目の「被告構造のc’」の次に「(原判決別紙物件目録1、2記載の各(被告らの主張)、(階段構造の構成)c’)」を加え、10頁24行目の「相違する。」として」を「相違する」旨述べて」と改める。
  (4) 13頁25行目の「セメントTHは、」の次に「チクソトロピー性を高め、平場への塗布性を高めるとともにダレ性を改善して垂直面やコーナー部にも使用可能な接着剤としたものであり、」を加え、14頁18行目の「本件特許権侵害行為」を「本件特許権侵害行為に係る共同不法行為」と改める。
  (5) 16頁3行目末尾に「被告らが引用する文献等には、本件発明におけるような階段下地のコーナー部と床シート裏面との間に生じる隙間を充填するという技術思想は全く開示されておらず、これらと本件発明とが実質的に同一であるとか、これらから本件発明が容易に推考し得たということはできない。」を加える。
  (6) 16頁15行目末尾の次に改行の上、次のとおり加える。
 「5 争点1に係る当審における付加主張
 (原告の主張)
  (1)ア 本件発明の「接着剤」は、階段用床シートの踏み面の位置ずれを完全に防止するが、もともと合成樹脂製の階段用床シートは柔軟性がかなり低いため、階段下地のコーナー部に対して階段用床シートを隙間なく完全密着させることが困難であるとともに、本件発明のように、階段用床シートを階段下地の踏み面に接着剤で接着するときは、コーナー部との間の完全密着が一層困難となる。階段のコーナー部は、階段の昇降に際して、正逆双方向の頻繁かつ最も過酷な圧力・衝撃力を受ける部分であり、同部分において階段用床シートが階段下地から浮いて階段下地との間に隙間を残置しているということは致命的な欠陥となる。
 本件発明は、階段用床シートと階段下地との間に不可避的に生じるこのコーナー部の隙間を除去解消するために、この部分に「シーリング剤」を用い、もって、階段用床シートとコーナー部との間の隙間を塞ぎつつ床シートと階段下地を接合するという技術を確立したものである。
 したがって、本件発明の「接着剤」と「シーリング剤」とは、その果たすべき技術的役割とこれに求められる性質・機能が異なるのはもちろんであるが、そのことから直ちに、両者が別成分の物質でなければならないということにはならない。たまたま同一の物質が、両者の性質と機能を併有していれば、それは、本件発明の「接着剤」であると同時に本件発明の「シーリング剤」でもあるということになるだけである。
   イ そして、本件明細書には、「接着剤」と「シーリング剤」の目的・用途及び機能について言及がされているが、本件明細書においても、早期審査に関する事情説明書(乙7の1)においても、両者の成分の違いについては何ら言及されていない。
  (2)ア 原告は、平成16年3月に市場より入手した被告タジマのセメントTHの500gパック入り及び9kg缶入りについて、その粘度と固形分(「不揮発分」とも呼ばれる。以下「固形分」という。)について実験(甲40)をしたが、その結果は、次のとおりである。
 (ア) 粘度については、500gパック入りは3万6500mPa・sであり、9kg缶入りは2万4000mPa・sであった。その差は1万2500mPa・sにもなり、500gパック入りは、9kg缶入りに比べて約52%も粘度が高い。
 (イ) 固形分については、500gパック入りが72.5%であり、9kg缶入りは67.5%であった。500gパック入りの方が5.0%も固形分が多い。
 このように粘度・固形分が異なれば、両者が同一のものであるとは到底いえず、また、上記結果は、本件明細書の【0019】欄に記載された好ましい「シーリング剤」の態様である「接着剤よりも固形分が多く粘度が高い」との記載と合致する。
   イ また、セメントTHに関する被告タジマのカタログ等の内容(甲39参照)、殊に、被告タジマの技術資料(甲3の2)は、カタログに添付されるため、形式的に踏み面も折り曲げ部もオープンタイムについては同一の記載がなされているが、実際に業者が施工において従うところの「アクサンスかいだん施工要領書」(甲6)では、施工上の問題発生の可能性からオープンタイムを同一の記載とすることはできず、折り曲げ部には20~60分のオープンタイムを要し、踏み面部では指触で指につかない程度と記載して、これら二つの部位で異なるオープンタイムを指示していることは、ことさら名称を同じくしているセメントTHには異なるグレードのセメントTHが存在することを疑わさせるものである。
  (3) 「オープンタイム」とは、その用語のとおり、容器に収納されている被収納物を容器から出して空気にさらしておく(オープン)時間の意である。接着剤などには、時に、接着最適の濃度よりも多量の揮発性溶剤が用いられていることがあるところ、接着施工後には、接着剤は2以上の被着物質間に閉鎖される状態になるため、このような接着剤接着にあたっては、予め余分な溶剤を放出させることが適当である。したがって、接着剤には、オープンタイムということが頻繁に登場する(甲35の1)が、シーリング剤(材)についても、2以上の物質間の隙間を塞ぐ結果、シーリング剤(材)の溶剤の放出が困難となるような事情や、その他にもシーリング剤(材)中の溶剤を予め放出させた後に本来の作業をすることが便宜であるような事情があれば、オープンタイムという概念が生じ得ることは当然の事理である(JISなどで、シーリング剤〔材〕については、ことさらにオープンタイムが論じられないのは、シーリング剤〔材〕の場合は、例えば目地を塞ぐ等、2以上の物質間に閉ざされないオープンな状態で使用される場合も多いことによると思われる。)。
 (被告らの主張)
  (1)ア 原告は、本件発明の「シーリング剤」に代えて接着剤を用いた場合でも、それが本件発明の「シーリング剤」としての性質・機能を有していれば、その接着剤は本件発明の「シーリング剤」にも該当する旨の主張をしているが、かかる主張は、本件明細書の記載及び本件特許出願の経過に明らかに反し、失当である。当業者が、本件明細書の記載から原告主張のように理解することはあり得ない。
   イ また、原告は、本件明細書等には「接着剤」と「シーリング剤」との成分の違いについては言及されていない旨主張しているが、実際には、接着剤とシーリング剤(材)とでは、その粘度は桁違いに異なる。例えば、原告のシーリング剤(材)である「タキボンド♯650」の粘度は、25℃かつ1rpmの条件において2500~7000Pa・s、25℃かつ100rpmの条件において70~200Pa・sであるが(乙19の2)、シーリング剤(材)における粘度の単位(Pa・s)は、接着剤における粘度の単位(mPa・s)と比べて1000倍大きいので、これを接着剤における粘度の単位(mPa・s)に換算すると250万~700万mPa・s及び7万~20万mPa・sとなり、いずれの測定条件においても、原告の接着剤である「タキボンド♯607」の粘度(乙19の1)より桁違いに大きい。被告タジマのシーリング剤(材)である「EKシール」においても、接着剤の単位に換算すると90万~130万mPa・s(乙20)と、同様である。
 また、シーリング剤(材)は、ほとんど固形分から成っており、例えば、上記原告のシーリング剤(材)における固形分の含有量は「95±2」%、上記被告タジマのシーリング剤(材)においても99%以上(乙20)と、その固形分の含有量は、原告及び被告タジマの接着剤の固形分(乙19の1、27)を大きく上回る。
  (2) 原告による実験結果(甲40)における被告タジマのセメントTHの500gパック入り及び9kg缶入りの粘度は、いずれも被告タジマの「セメントTH 性状性能表」(乙3の1。「使用時の粘度」として「2万~6万mPa・s(20℃)」なる記載がある。)の範囲内である。
 また、粘度や固形分については、同一の接着剤においても、原料の計測誤差や製造時の温度及び湿度等の影響により、ある範囲内でばらつきが生じることは周知の事項であって、原告の実験結果における粘度及び固形分の差異も、製造年月日が異なるために多少ばらつきが生じたにすぎないと考えられるから、上記実験結果程度のばらつきは、接着剤としての同一性に影響を及ぼすものではない。
 以上のことは、被告タジマの依頼に係る株式会社島津総合分析試験センターの平成15年3月31日付け分析結果報告(乙26)によれば、イ号構造に使用したセメントTHと同一ロット(乙25)の製品の固形分は、セメントTHの500gパック入りについては71.6%、9kg缶入りについては75.0%(いずれも、上記報告書の「表1」から固形分である「ウレタン樹脂分」及び「無機充填剤」を合計した数値)と、9kg缶入りの方が500gパック入りよりも固形分が3.4%多いという原告による実験結果とは逆の結果を示していることや、被告タジマにおいて、製造年月日(平成16年1月23日)が同一であるセメントTHの500gパック入りと9kg缶入りについて粘度及び固形分を測定したところ(乙27)、粘度は、500gパック入りが3万5600mPa・s(20℃・10rpm)、9kg缶入りが3万9000mPa・s(20℃・10rpm。その差は9.6%)、固形分は、500gパック入りが67.3%、9kg缶入りが66.9%(その差は0.4%)と、ほぼ同一の値を示したことによっても裏付けられる。
  (3) 原告は、シーリング剤(材)についても、オープンタイムという概念があり得る旨主張するが、本件発明が、接合材料として、階段用床シートと踏み面との重なり部分を「接着剤」、階段用床シートとコーナー部との重なり部分を「シーリング剤」とそれぞれ特定した階段構造という「物の発明」であることからすると、その技術的範囲は、オープンタイムというような接着剤の塗布方法に関する概念とは何の関係もないというべきであるし、オープンタイムが不可欠であるものでもシーリング剤(材)たり得る旨の原告の主張は、原告自身の製品でも、接着剤である「タキボンド♯607」の品質証明書には、オープンタイムを10分~60分設けることを前提とした記載がある(乙19の1)が、シーリング剤(材)である「タキボンド♯650」の品質証明書には、その点の記載がない(乙19の2)事実とも矛盾し、原告自身を含む当業者の技術的常識に反する。」
第3 争点に対する判断
 1 当裁判所も、被告構造は本件発明の技術的範囲に属しないものであり、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないものと判断する。
 その理由は、次のとおり付加、訂正等するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第3 争点1(本件発明の構成要件C「シーリング剤」の充足性等)に対する当裁判所の判断」1ないし4に記載のとおりであるから、これを引用する。
  (1) 19頁8行目の「しかし、」から同20行目の「相違するというべきである」までを、改行の上、次のとおり改める。
 「 しかし、本件明細書の特許請求の範囲の記載においては、「接着剤」なる用語と「シーリング剤」なる用語が、わざわざ区別して用いられており、これに接した当業者は、明細書中の他の部分に、両者が同一のものであってもよいなどの格別の記載や示唆がない限り、両者を異なるものと認識するのが通常であると解されるし、また、そのような理解が、後記する当業界の技術用語の通常の意味とも合致するものといい得る。
 ところが、本件明細書中の発明の詳細な説明等においても、上記格別の記載や示唆は何ら見出せないばかりか、かえって、実施例に係るが、「接着剤」と「シーリング剤」を対比しての記載の中には、「シーリング剤4としては、接着剤より固形分が多く粘性が高いシリコン樹脂系シーリング剤、ウレタン樹脂系シーリング剤、ポリサルファイド系シーリング剤等が好適に使用される。」(0019。ただし、下線は当裁判所が付したものである、以下同じ。)、「コーナー部12に垂れにくいシーリング剤4を付着する。」(0022)、「接着剤3、シーリング剤4、粘着剤5等の…接合剤の粘度、接着力、粘着力などは、階段下地1と床シート2との接合強度や貼り合わせ作業等を考慮して適宜選択すればよい。」(0025)等の、両者の物性が異なるものであることを示唆する記載がみられるし、また、本件明細書の全体の記載に徴し、本件発明の「接着剤」は、床シートと階段下地の踏み面との重なり部分を全体的により強固に接合することにより、踏圧による床シートのズレをなくすという点で、結合力の強さが要求されるものであるのに対し、本件発明の「シーリング剤」は、床シートと階段下地のコーナー部との重なり部分の接合に際し、コーナー部に生じる隙間を塞ぎ、昇降時の踏圧による床シートのコーナー部でのヘコミやズレも激減させるという点で、密閉性や弾性力の高さが要求されるものであることが明らかである。
 そうである以上、これらの記載に接した当業者としては、両者の成分等も異なるものと認識するのが自然であるということができる(なお、原告は、前記1(2)の(0019)の記載をもって単なる実施例の記載にすぎない旨主張しているが、「接着剤」におけるウレタン樹脂系一液型接着剤やエポキシ樹脂系二液型接着剤、「シーリング剤」におけるシリコン樹脂系シーリング剤、ウレタン樹脂系シーリング剤等が例示として掲げられていることは明らかとしても、「接着剤より固形分が多く粘性が高い」なる部分は、単なる例示というより、両者の物性の違いを示唆するものと理解することができるから、原告の上記主張は採用することができない。)。
 そうすると、本件発明の「接着剤」と「シーリング剤」とは、成分を異にする異なる物質であると解するのが相当であり、また、このことは、証拠(乙19の1、2、20、27)及び弁論の全趣旨から、実際の接着剤とシーリング剤(材)では、その粘度や固形分に大差があることがうかがわれること(例えば、原告のシーリング剤〔材〕である「タキボンド♯650」の粘度は、250万~700万mPa・s〔25℃・1rpm〕及び7万~20万mPa・s〔25℃・100rpm〕であり〔乙19の2。ただし、mPa・sに換算〕、原告の接着剤である「タキボンド♯607」の粘度1万~3万mPa・s〔25℃・20rpm。乙19の1〕よりはるかに大きいし、固形分の点でも、例えば、上記原告のシーリング剤〔材〕の固形分の含有量「95±2」%〔乙19の2〕は、上記原告の接着剤の66~76%〔乙19の1〕を大きく上回っている。)からも裏付けられるところである」
  (2) 19頁24行目及び22頁9行目の各「「接着剤」」の前にいずれも「本件発明における」を加える。
  (3) 23頁14行目末尾の次に改行の上、次のとおり加える。
 「 また、原告は、たまたま同一の物質が、本件発明の「シーリング剤」と「接着剤」の性質・機能を併有する場合は、そのいずれにも該当するというだけであって、本件発明の「シーリング剤」と「接着剤」とが別成分の物質でなければならないとする理由はない旨主張する(原告の付加主張(1)ア)が、原告主張のようにいうことができないことは、既にみたところから明らかというべきであり、さらに、原告は、本件明細書においては、「接着剤」と「シーリング剤」の目的・用途及び機能についての言及がされているだけで、両者の成分の違いには何ら言及されていないとも主張している(原告の付加主張(1)イ)が、本件明細書(甲2)において「接着剤」と「シーリング剤」なる用語を格別の注記もなく用いているものである以上、既にみた当業界における技術用語の通常の意味に照らしても、原告主張のように、これらの用語を、目的・用途及び機能によって区別される単なる機能的表現としてのみ用いるものと解することはできない。」
  (4) 24頁22行目の「同じ成分の」を削り、25頁17行目末尾の次に改行の上、次のとおり加える。
 「 また、原告は、上記事情説明書には、本件発明の「接着剤」と「シーリング剤」との成分の違いには何ら言及されていないとも主張しているが(原告の付加主張(1)イ)、前記(1)の事情説明書の記載(殊に、「本願請求項1の発明は、階段用床シートと踏み面との重なり部分を接着剤により、階段用床シートとコーナー部の重なり部分をシーリング剤により、それぞれ区別して接合する点において構成が相違する。」、「上記のように、本願請求項1、2の発明は、接着剤とシーリング剤と粘着剤とを使い分け、階段用床シートと踏み面、コーナー部、蹴上げとのそれぞれの重なり部分を区別して接合した」)に照らし、原告自身が、本件発明の「接着剤」と「シーリング剤」とを、構成自体において相違する異なる物質として認識していたことは明らかというべきである。」
  (5) 25頁18行目の「被告構造のb」の次に「(原判決別紙物件目録1、2記載の各(原告の主張)、(階段構造の構成)b)、b’(上記各目録記載の各(被告らの主張)、(階段構造の構成)b’)」を、同20行目の「被告構造のc」の次に「、c’」を、同23行目の「表現上の相違にとどまる」の次に「〔なお、この点では、被告構造のb、b’も同様である。〕」を各加える。
  (6) 27頁17行目末尾の次に改行の上、次のとおり加える。
 「 これに対し、原告は、セメントTHの500gパック入りと9kg缶入りについてした実験結果(甲40)に基づき、粘度については、500gパック入り(3万6500mPa・s)が9kg缶入り(2万4000mPa・s)よりも約52%も粘度が高く、固形分についても、500gパック入り(72.5%)が9kg缶入り(67.5%)よりも5%も固形分が多く、このように粘度・固形分が異なれば、両者が同一のものであるとは到底いえないなどと主張する(原告の付加主張(2)(ア))。
 しかし、原告による実験結果(甲40)における被告タジマのセメントTH(500gパック入り及び9kg缶入り)の粘度は、いずれも被告タジマの「セメントTH 性状性能表」の範囲内であること(乙3の1)、粘度や固形分については、計測誤差や製造時の温度及び湿度等の影響により、同一の接着剤でも、ある範囲内でばらつきが生じること(乙21~23、24の1、2)、甲40の実験で用いられた製品(セメントTHの500gパック入り及び9kg缶入り)のロット番号は異なっており、実験結果の粘度及び固形分の差異も、製造年月日が異なるために生じたばらつきとも考えられること、他方、株式会社島津総合分析試験センターの平成15年3月31日付け分析結果報告によれば、イ号構造に使用したセメントTHと同一ロット(乙25)の製品の固形分は、セメントTHの500gパック入りについては71.6%、9kg缶入りについては75.0%(いずれも、上記報告書の「表1」から固形分である「ウレタン樹脂分」及び「無機充填剤」を合計した数値)と、上記原告の実験結果とは逆に、9kg缶入りの方が500gパック入りよりも固形分が多い結果を示していること(乙26)、被告タジマにおいて、製造年月日(平成16年1月23日)及びロット番号が同一であるセメントTHの500gパック入りと9kg缶入りについて粘度及び固形分を測定したところ、粘度は、500gパック入りが3万5600mPa・s(20℃・10rpm)、9kg缶入りが3万9000mPa・s(20℃・10rpm。その差は9.6%)、固形分は、500gパック入りが67.3%、9kg缶入りが66.9%(その差は0.4%)と、ほぼ同一の値を示したこと(乙27)に照らすと、むしろ、原告主張の程度の差異をもって、セメントTHの500gパック入りと9kg缶入りとの同一性を否定することはできないものというべきであるから、上記原告の主張は採用することができない。
 また、原告は、セメントTHに関する被告タジマのカタログ等の内容の検討(甲39参照)を基に、セメントTHには異なるグレードのものが存在することを疑わさせる旨主張する(原告の付加主張(2)イ)が、憶測の域を出ないものといわざるを得ず、採用の限りでない。」
  (7) 27頁18行目の「これに対し」を「さらに」と、同末行の「痛めにくく」を「傷めにくく」と、28頁17行目の「塗布して」を「塗布してから」と各改める。
  (8) 30頁9行目の「明らかである。」の次に「なお、原告は、シーリング剤(材)についても、2以上の物質間の隙間を塞ぐ結果、シーリング剤の溶剤の放出が困難となるような事情があれば、オープンタイムという概念が生じ得る旨主張する(原告の付加主張(3))が、上記原告の主張は、純理論的にはともかく、実際には、原告自身の製品でも、接着剤である「タキボンド♯607」の品質証明書には、オープンタイムを10分~60分設けることを前提とした記載がある(乙19の1)が、シーリング剤(材)である「タキボンド♯650」の品質証明書には、その点の記載がない(乙19の2)ことや、既にみたオープンタイムに関する技術的常識等にもそぐわないものといわざるを得ず、にわかに賛成できない。」を加え、同22行目の「属さない」を「属しないものである」と改める。
 2 その他、原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、引用に係る原判決を含め、当審の認定、判断を左右するほどのものはない。
第4 結論
 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、原告の請求をいずれも棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。
 よって、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 竹原俊一 裁判官 小野洋一 裁判官 中村心) 

 

 

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