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《全 文》

 

東京高等裁判所昭和51年(行ケ)第19号

昭和53年3月30日第6民事部判決

原告 チバ・ガイギー・アクチエンゲゼルシヤフト

被告 特許庁長官

 

       主   文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日とする。

 

       事実および理由

 

第1.当事者の求めた裁判

 原告訴訟代理人は「特許庁が昭和50年9月5日同庁昭和46年審判第8175号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文1、2項同旨の判決を求めた。

第2.争いのない事実

1.特許庁における手続の経緯

 原告は、昭和41年9月22日特許庁に対し、名称を「光学的明色化剤及びその製造方法」(後に「光学的明色化剤」と変更)とする発明につき1965年(昭和40年)9月23日スイス国にした特許出願に基づき優先権を主張して特許出願をしたが、昭和46年6月29日拒絶査定を受けた。そこで原告は同年11月4日審判の請求をし、昭和46年審判第8175号事件として審理されたが、昭和50年9月5日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、出訴期間として3ケ月を附加する旨の決定とともに同年10月20日原告に送達された。

2.本願発明の要旨

一般式

(別図1)

(但し、Xは原子番号17以下のハロゲンを表わす)にて示される化合物を有効成分とすることを特徴とする光学的明色化剤

3.審決理由の要点

 本願発明の要旨は前項のとおりである。ところで特許出願公告昭和31年第3536号公報(以下「引用例」という。)には一般式

(別図2)

(式中Aは、1・2・3―トリアゾール核の窒素原子に対し、隣接せるα、β―位置に於て結合せるナフタリン基にして、Bはベンゾール系の基である。)で表わされる化合物を螢光漂白剤として使用したことが記載され、特に例7には式

(別図3)

が淡黄色の物質で、セルローズ繊維、粉石けん及び洗滌助剤に対する価値ある漂白剤であることが記載されており、本願発明との相違点は、使用する明色化剤が構造式において、スチルベンのベンゼン核に結合している塩素原子の結合位置が引用例では2―位又は4―位であるのに対して、本願発明では3―位である点である。

 そこで、この相違点について検討すると、引用例には「明色化剤(B)は発色団又は助色団のいづれをも含有せざるも所望によっては例えばハロゲン原子、アルキル基、スルフオン酸基、又はカルボキシル基によつて置換せられあることを得るベンゾール核を表わすものとする」「ベンゾール核Bにハロゲン原子,アルキル基、カルボキシル基又はスルフオン酸基の様な極僅かに活性化する置換基を含有する或いは含有せざる化合物が好し」と記載されており、該記載と前記例7のスチルベンに2―位及び4―位に塩素原子がある実例と合わせて考慮すれば、本願のスチルベンの3―位に塩素原子で置換された明色化剤の実例が引用例になくても該明色化剤を引用例の一般式から排除していないから、引用例に実例が記載されている(B)及び(C)と同様に製造せられ、また明色化剤として使用されるものと認められるので、引用例中の(B)及び(C)の化合物から本願明色化剤は当業者が容易に推考できるところである。

 また、明色化剤としての効果について検討してみると、染色見本では、本願明色化剤と引用例の(B)の化合物とは肉眼判定で同等程度の白度と認められる。

 さらにハリソン式螢光光度計の測定によると、数値でその差が大きくなつているが、肉眼測定で同程度のものを精密な測定機により、その差を大きく見せているにすぎない。

 さらに、本願の明色化剤を、塩素を含む漂白剤と共に貯蔵した場合、その保存安定性についての実験成績書によれば、本願の明色化剤の保存安定性が引用例の(B)化合物に比べてすぐれていることが示されているが、本願の明色化剤を使用する場合つねにジクロロイソシアヌレートと一緒に用いるわけでもなく、また本願の明色化剤の貯蔵をつねにジクロロイソシアヌレートと一緒にしておくわけでもないので、前記のような保存安定性のすぐれている実験結果をもつて本願明色化剤の効果であると直ちに受けとることができない。

 以上の検討から本願発明は引用例に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.引用例の記載内容と本願発明との異同について

 引用例には、審決引用の記載および後記(イ)から(ニ)までの記載があり、本願発明は引用例の一般式にふくまれ、特にそれから排除される旨の記載はない。しかし使用する明色化剤としての構造式において、スチルベンのベンゼン核(ベンゾール核B)に結合している塩素原子の結合位置が、引用例の実施例では2―位または4―位しか示されていないのに対し、本願発用では3―位である点に違いがある。

(イ)一般式(〈2〉)

(別図4)

に於けるXによって表わされるエチレン結合に対する共鳴位置の1個所又は殊に数個所にアルコキシル基、アシルアミノ基、1・3・5―トリアジニルアミノ基の様に之れを強力に活性化する置換基(以下、強力に活性化する置換基という)を含有せしむればそれ自体の色は増強せられ又其螢光性色調は好しくない緑の方に片寄る様になる。

(ロ)故に……

X(2―位・4―位・6―位)にはこれ等(強力に活性化する置換基)、は存在しないようにせねばならない。

(ハ)此等の基(強力に活性化する置換基)はベンゾール核Bのその他の位置(3―位・5―位)にある場合には光学的影響(螢光増白作用に及ぼす影響)を余り呈しない故斯る位置には所望によって存在せしめてもよい。

(ニ)ベンゾール核Bに置換基なき化合物は此等が工業的に容易に入手可能なることと光学的理由とによって特に好ましい。

第3.争点

1.原告の主張(審決取消事由)

 審決が、つぎのように本願発明の予測困難性と作用効果の顕著さをみすごし、その進歩性を否定したのは、判断を誤つており、違法であって取消されねばならない。

(1)予測困難性

 引用例は極めて広範な螢光性モノトリアゾール化合物の製造法であって、一般式として本願発明を包含するけれども、本願発明に類似する化合物としては、ベンゾール核BのXの置換ないもの(実施例5)、ベンゾール核BのXの2―位に置換するもの(実施例7)、ベンゾール核BのXの4―位に置換するもの(同前)の3種しか示されていない。

 そして引用例の記載内容を総合しても、次のことが推論されるに過ぎない。

〔1〕引用例ではベンゾール核Bの3―位および5―位にどのような置換基が存在しても余り光学的影響はないとされていた。

〔2〕ハロゲン原子などの極く僅かに活性化する置換基はベンゾール核Bの置換位置に関係なく好ましい。

〔3〕ベンゾール核Bに置換基のない化合物が最も好ましい。そうしてみると結局引用例から予測されることは、ベンゾール核Bの3―位にハロゲン原子が置換した本願発明化合物については、前掲2―位および4―位にハロゲンを置換した化合物同様、光学的明色化剤(螢光漂白剤)として使用できるとしても、ベンゾール核Bにそのような置換基のないものが最も好ましい、ということに過ぎなかつた。したがつて、本願発明が、前掲2―位および4―位にハロゲンを置換したものよりも、さらに最も好ましいとされた置換基のないものよりも螢光漂白剤として遙かに優れていることは到底予測できないところであつた。しかるに審決はこの点を看過して螢光漂白剤として優れた本願発明の進歩性を否定している。

(2)作用効果の顕著性

 本願発明はつぎのように光学的明色化(螢光漂白)作用として予想外の極めて優れた効果を達成しているのに、審決はこれをみすごしている。

〈1〉本願発明の明色化剤によって処理された繊維物質は、白色度において極めて優れており、洗浄を重ねるにつれて例えば綿繊維の白色度が増す(別表その1)など、赤味をおびた白色度を附与する性質を有し、洗濯の反覆により起きる繊維物質の黄変を極めて効果的に是正することができ、緑色になったり白色度を消失したりする従来の明色化剤の欠陥を克服することができた。

〈2〉現在市販される繊維用洗浄剤には通常、活性塩素を発生する漂白剤である場合が多いが、かかる漂白剤に対して良好な耐性と安定性をそなえているので、これらと混用しても貯蔵安定性が極めて優れており、螢光光度も別表その2のとおり、引用例のものに比し著しく良好であり、引用例の明色化剤では全く期待できない成績を示している。

2.被告の答弁

 原告の主張は否認する。審決に判断の誤りはなく、何ら違法のかどはない。

(1)予測困難性について

 本願発明は引用例の一般式にふくまれているばかりか、その記載内容を総合すると、つぎのように推論することができる。

〔1〕ハロゲン原子は置換位置に関係なく好ましい。

〔2〕そして強力に活性化する置換基でさえ存在させてよいのであるから、ハロゲン原子はXの位置(2―位・4―位・6―位)よりも3―位および5―位に存在する方が影響が少ないことが予測される。

〔3〕したがつて、3―位にハロゲン原子が置換している本願発明の化合物は、光学明色化剤として使用できることは当業者であれば、ただちに予測できるところである。

(2)作用効果について

〈1〉本願発明には置換基として弗素原子を有する場合も含まれるが、これについての具体的な引用例との比較が示されていない。また実施例〈1〉に示された白色度の数値も、明色化剤の使用濃度などを考慮すると、引用例に比して顕著なものとはいい難い。その他の実験結果は活性塩素を発する漂白剤であるジクロルイソアヌレートを併用したときの結果であり、その実験誤差を考慮に入れると、同じく顕著な結果を示しているものとはいえない。いずれにしても、白色度の附与に関する効果は引用例から予測できる範囲をでないものである。

〈2〉活性塩素を発する漂白剤との混用の効果も、引用例に「本発明方法によつて得られた新規物質(は)……

塩素に対して極めて良好な堅牢度を有する」という一般的記載および実施例5の化合物によって塩素に対して優れた堅牢度を有することの容認があること、そして本願発明が引用例の一般式に包含されることから別表1の実験結果の対比からみても、引用例から予測できる範囲のものというほかない。

第4.証拠

 原告は甲第1号証から同9号証、同10号証の1から3、同11号証から同18号証までを提出し、被告は甲号証の成立はすべて認めると述べた。

第5.裁判所の判断

1.予測困難性について

 本願発明が特徴とする光学的明色化剤の有効成分である化合物の構造式が引用例の一般式に包含されること、また引用例においてスチルベンのベンゼン核に結合している塩素原子の結合位置が本願発明においては3―位であるのに対し、2―位または4―位であるという差異しかない類似化合物が具体的な明色化剤として実施例7に示されていることは、当事者間に争いがない。

 そして成立に争いのない甲第7号証(引用例)によれば、引用例には、本願発明を包含する一般式を有する化合物について「ベンゾール核Bの置換基及びその置換位置は……螢光の色合に重大な影響を有する」ものであり、「ベンゾール核Bにハロゲン原子……の様な極僅かに活性化する置換基を含有する或は含有せざる化合物が好しとするもベンゾール核Bに置換基なき化合物は此等が工業的に容易に入手可能なることと光学的理由とによって特に好しく……最も価値あるものである。」旨記載されており、ベンゾール核Bにハロゲン原子を含有する場合におけるその置換位置についてはこれを特定の位置に限定する趣旨の記載がないことが認められる。

 これらの認定事実によれば、引用例においては、いずれの置換位置でハロゲン原子を含有する化合物であっても、これらは明色化剤として好ましい化合物に属するものとして、その一般式においてベンゾール核Bにハロゲン原子を含有する化合物のなかに含まれるとしていることが明らかである。

 しかも、本願発明の3―位ハロゲン体(具体的には3―位クロル体)が、引用例に実施例としてあげられた2―位クロル体および4―位クロル体と化学構造上置換位置しか相違しないことは前記認定のとおりであることを考慮すると、本願発明で使用する3―位ハロゲン体は、引用例に示唆されているものであつて、事業者であれば同じく明色化剤として使用価値あることが容易に予測できるものであるといわねばならない。

 そうすると、本願発明の予測困難性に関する原告の主張は採用することができない。

2.作用効果について

〈1〉甲第7号証によれば引用例には本願発明を包含する一般式を有する化合物が「青い螢光によって白い物体の黄味の色を消して一層純白する外観を呈する様になす」性質を有し、また「織布処理浴又は織布助剤例えば石鹸及合成洗剤等の如き物質の添加物として使用することも亦出来る。これ等は普通の濃度に於て斯る担体に対し快適な白色外観を附与する極めて好しい性質を有するからである。」また「本発明方法によって得られた新規物質を使用して得られたセルローズ繊維上の極めて純粋な白色色調は日光に対して良好なる堅牢度を有し又塩素に対して極めて良好なる堅牢度を有する」との一般的な記載があり、また例5について「之れを用いて得られた白色色調は良好なる堅牢度を有する青白色を呈し塩素に対して優れた堅牢度を有する。」、例8について「此化合物は洗濯及日光に対し良好なる堅牢度を有すると同時に塩素に対し極めて良好なる堅牢度を有するを特長とする。」との記載があることが認められ、引用例の一般式を有する化合物がすぐれた螢光増白作用を有し、洗剤と共用されてセルローズ繊維上に堅牢な白色を与えること及び活性塩素を発する漂白剤に対して堅牢性を有することが引用例に十分に開示されているということができる。

〈2〉ところで本願発明の化合物について、成立に争いのない甲第2号証(特許願書)によれば、本願発明の明細書に実施例として別表その1のような白色度の実験結果が開示されており、また成立に争いのない甲第4号証(意見書)、同第6号証(審判請求理由補充書)、同第8・9・11号証(いずれも宣誓供述書)を総合すれば、別表その2のような活性塩素を発する漂白剤を併用した場合の白色度の比較測定結果が提出されていることが認められる。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、明色化の作用効果に関する実験においては、その条件(試料、処法、実験方法、白色スケールなど)等の違いによって結果の数値が変るものであり、また実験に使用する綿布片の基質の違いによるだけで25ないし30ほどの差が生ずるものであること、そしてまた例えば甲第8号証および甲第11号証各添付の染色見本を肉眼で直接観察しても本願発明と引用例との場合における布上の白色度に多少の差異はあるが著しい差異とはいえないこと、などを考慮に入れると、前記測定結果からただちに本願発明が引用例に比較して作用効果が著しく優れているとはいうことができない。

〈3〉本件のようにいわゆる選択発明を主張する場合においては、その奏する作用効果は先行発明と異った種類のものであるかまたは同種のものでも際立って優れたものであって、それによって先行発明より独立して別箇の発明として保護されるに値する程度のものでなければならない。本願発明の化合物が先行発明である引用例の化合物に比してその作用効果が同種のものであり、効果が多少優れているとはいえても際立って優れているとはいえない以上、原告の主張は採用するわけにはいかない。

3.結び

 以上のとおり本件審決には原告主張の違法はないから、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を、上告のための附加期間につき民事訴訟法第158条第2項を適用して主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第6民事部

古関敏正 舟本信光 石井彦壽

 

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