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裁判年月日 平成15年 4月 8日

事件番号 平成13年(行ケ)第470号

事件名 特許取消決定取消請求事件

 

主文

 原告の請求を棄却する。

 訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1 原告の求めた裁判

 特許庁が異議2001-70048号事件について平成13年9月4日にした決定中,請求項1,2に関する部分を取り消す。

第2 事案の概要

 本件は,後記本件特許の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許庁により,本件特許のうち請求項1,2に係る特許を取り消す旨の異議の決定がされたため,決定の当該部分の取消しを求めたものである。

 1 前提となる事実等

  (1) 特許庁における手続の経緯

   (1-1) 本件特許

 特許権者     旭栄研磨加工株式会社(原告)

 発明の名称    「ドーナツ状基板の円孔研削工具」

 特許出願日    平成6年8月22日(同日出願の特願平6-219521号の一部を平成10年4月28日に新たな出願としたもの)

 特許設定登録日  平成12年4月28日

 特許番号     特許第3061605号

   (1-2) 本件手続

 特許異議事件番号 異議2001-70048号

 異議の決定日   平成13年9月4日

 決定の結論    「特許第3061605号の請求項1,2に係る特許を取り消す。同請求項3に係る特許を維持する。」

 決定謄本送達日  平成13年9月21日(原告に対し)

  (2) 本件発明の要旨(請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」,請求項3に係る発明を「本件発明3」という。)

 【請求項1】 コアー部材をドーナツ状基板の円孔に挿入して,該ドーナツ状基板を前記コアー部材の所定高さに位置する環状凹部に位置させ,回転状態の前記コアー部材とドーナツ状基板との間に相対的水平運動を与え,前記所定高さの環状凹部でドーナツ状基板の円孔の内周の粗仕上げ研削を行い,続いて前記コアー部材の中心軸とドーナツ状基板の中心軸とを接近させ,前記コアー部材とドーナツ状基板とを上下方向に相対移動して,ドーナツ状基板を前記使用した環状凹部と異なる高さに位置する別の環状凹部に位置させ,再度,前記コアー部材とドーナツ状基板との間に相対的水平運動を与えてドーナツ状基板の円孔の内周の仕上げ研削を行う研削工具であり,前記コアー部材の外周部には上下位置に複数の環状凹部が形成されており,この一の環状凹部は,他の異なる高さの環状凹部に対して粒度の異なるダイヤモンドを使用したダイヤモンド砥石面であることを特徴とするドーナツ状基板の円孔研削工具。

 【請求項2】 コアー部材をドーナツ状基板の円孔に挿入して,該ドーナツ状基板を前記コアー部材の所定高さに位置する環状凹部に位置させ,回転状態の前記コアー部材とドーナツ状基板との間に相対的水平運動を与え,前記所定高さの環状凹部でドーナツ状基板の円孔の内周の粗仕上げ研削を行い,続いて前記コアー部材の中心軸とドーナツ状基板の中心軸とを接近させ,前記コアー部材とドーナツ状基板とを上下方向に相対移動して,ドーナツ状基板を前記使用した環状凹部と異なる高さに位置する別の環状凹部に位置させ,再度,前記コアー部材とドーナツ状基板との間に相対的水平運動を与えてドーナツ状基板の円孔の内周の仕上げ研削を行う研削工具であり,前記コアー部材の外周部には上下位置に複数の環状凹部が形成されており,この一の環状凹部は,他の異なる高さの環状凹部に対して環状凹部の開放角が相異なるように形成されたダイヤモンド砥石面であることを特徴とするドーナツ状基板の円孔研削工具。

 【請求項3】 一の環状凹部は,他の異なる高さの環状凹部に対して粒度の異なるダイヤモンドを使用したダイヤモンド砥石面である請求項2に記載のドーナツ状基板の円孔研削工具。

  (3) 決定の理由

 本件決定の理由は,【別紙】の「異議の決定の理由」に記載のとおりである。要するに,本件発明1は,刊行物1(特開昭58-160050号公報,甲3)及び同2(実願昭61-159433号(実開昭63-64460号)のマイクロフィルム,甲4)に基づいて,本件発明2は,刊行物2及び5(特開平5-243196号公報,甲5)に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであり,請求項1及び2に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,一方,本件発明3は,刊行物1ないし5に基づいても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない,というものである。

 2 争点(決定取消事由)

  a 本件発明1に関する進歩性の判断の誤り

  b 本件発明2に関する進歩性の判断の誤り

 (なお,①刊行物1では「ウエハー」,刊行物5では「ウエーハ」,甲6では「ウェハ」と,②本件明細書(甲2)及び甲7では「ディスク」,刊行物1では「デイスク」,刊行物2では「デスク」と,③本件明細書では「ドーナツ状」,刊行物2では「ドーナツ形」と,それぞれ表記が異なり,決定中ではこれが混在しているが,これらの表記は,①~③の各グループごとに同一のものを指すものと認められるので,以下,引用する場合を含め,①のものを「ウエハー」,②のものを「ディスク」,③のものを「ドーナツ状」と統一して記載する。)

   (1) 原告の主張の要点

 (1-1) 取消事由1(本件発明1に関する進歩性の判断の誤り)

 (1-1-1) 本件発明1に関する相違点1についての決定の判断には根拠がなく,この判断に基づく相違点2についての決定の判断は意味のないものであって,決定は,本件発明1の進歩性を誤って否定したものである。

 (1-1-2) 決定は,「刊行物1…記載の発明は,…硬脆材料を用いて製造されるドーナツ状基板の研削を行うためのものである」と認定した。しかし,刊行物1に記載の被研削体はウエハーという円柱を切り出した円盤であって,中心に円孔があるドーナツ状のものではない。決定は,刊行物1に記載のウエハーについての認定を誤り,その誤った認定に基づいて容易性の判断をしたものであり,このことだけでも取消しを免れない。この誤りは,結論に影響を及ぼすものである。

 (1-1-3) 刊行物1記載の発明は,ディスク状ウエハー(以下,単に「ウエハー」という。)の外周面の面取り加工に関するものであり,内外面の双方が研削されるドーナツ状基板の研削技術が記載されている刊行物2記載の発明に刊行物1記載の発明を適用する場合は,刊行物2記載のドーナツ状基板の外周面の研削に代えて刊行物1記載の外周面の面取り加工を適用するのが当業者の予測の範囲であって,ウエハーの外周面の面取り加工技術をドーナツ状基板の円孔の内面の研削に適用することは当業者の予測の範囲を超えている。決定では,いかなる理由によって,ドーナツ状ディスクの外側へ適用することなく,ドーナツ状基板の内周面に適用することが当然であるのか合理的な説明がない。

 しかも,このような適用をした後に,さらに請求項1に記載されているように,ドーナツ状基板の円孔の内周の粗仕上げ研削,コアー部材とドーナツ状基板との上下方向への相対移動,上記円孔内周の仕上げ研削などということを技術的構成要件として付加しなければ,本件発明1とならない。このような技術的構成要件の開示がない刊行物1及び2の記載に基づいて,本件発明1を当業者が容易に発明をすることができたと判断することは,論理に飛躍があり,何ら合理的な根拠がない。

 (1-1-4) 決定は,ドーナツ状基板の円孔研削の特殊性(垂直方向の制約,水平方向の制約)を考慮することなく,刊行物1及び2に基づいて当業者が容易に発明することができたとするものであって,違法というべきである。

 すなわち,従来,研削工具を垂直方向に長く移動して使用するような発想はなく,本件発明1のように,一本のコアに研削部を上下2段(複数段)に分けて,上下に(垂直方向に)位置移動させながら2種類(複数類)の加工を行う技術思想はどこにも存在していない斬新な発想である。それゆえ,円板の外面研削に用いることができる研削工具に上下2段の研削部を有するものが,刊行物1に記載されているように公知であったとしても,直ちにドーナツ状基板の円孔研削に適用可能であるとする認定は,承服できない。

 また,本件発明1は,コアー部材がドーナツ状基板の円孔の範囲内でしか水平方向に移動できないために,高さの異なる環状凹部を円孔に適用する場合には,請求項1に記載の特異な移動手段を採用して,研削作業切り替え時に,コアー部材とドーナツ状基板とを確実に分離させて次の研削工程に移行していくものである。この点,刊行物2に記載の発明は,一つの加工(面取り加工)が終了したときに工具を上昇させて停止する方法を述べているだけであって,研削作業切り替え時における移動手段までは開示するものでない。よって,刊行物2に記載の工具停止方法を研削作業切り替え手段に適用することで,本件発明1の特異な移動手段となるのであって,相違点2に関しては,刊行物1に記載の発明を刊行物2記載の発明に適用を行った場合に,刊行物2に記載の工具停止方法から容易に発明することができたとするのが相当である。そうすると,相違点1において,「刊行物1に記載の発明を刊行物2記載の発明に適用することは,当業者が容易に想到し得たものである」とされることを前提として,さらに刊行物2から容易に発明することで本件発明1が導かれるものであるから,結局,相違点2における判断は,容易の容易になるものである。本件発明1は,刊行物1及び2に基づいて当業者が容易に発明することができたものにはならない。

 (1-2) 取消事由2(本件発明2に関する進歩性の判断の誤り)

 (1-2-1) 本件発明2に関する相違点1についての決定の判断には根拠がなく,この判断に基づく相違点2についての決定の判断は意味のないものであって,決定は,本件発明1の進歩性を誤って否定したものである。

 (1-2-2) 刊行物5は,「ウエハー面取部の鏡面研磨方法及び装置」に関する発明,すなわち,ウエハーの外周面の加工に関するものであり,ドーナツ状基板の円孔の内周の研削に関する技術は何ら開示されない。

 (1-2-3) 本件発明2の研削は,粗仕上げ研削で,最終の仕上げ形状に近いところまで削り落とし,その後仕上げ研削で,粗仕上げ研削で研削された面を平滑にしながら最終寸法まで仕上げるものである。これに対して,刊行物5に記載の鏡面研磨は,表面が鏡のようにつるつるになるまで研磨するものであり,最終の仕上げ研削に属し,未研磨部分がないように多数の加工溝が設けられている。

 したがって,①研削方式が,本件発明2の研削が粗仕上げ研削と仕上げ研削の2段階研削であるのに対して,刊行物5に記載の鏡面研磨は仕上げ研削であって,粗仕上げ研削は行っていない点,②本件発明2の開放角は粗仕上げ研削用と仕上げ研削用で開放角度が異なっているのに対して,刊行物5に記載の鏡面研磨に用いる加工溝の挟角は,すべての部分が研磨されるように(未研磨部分が残らないように)角度を異ならしている点で相異している。

 それゆえ,本件発明2と刊行物5記載の発明とは,研削方式が異なるだけでなく,加工のために傾斜角度(本件発明2の開放角,刊行物5に記載の加工溝の挟角に相当する。)を異ならせる目的が根本的に相違するものであり,刊行物5記載の発明は,「粗仕上げから仕上げまでを短時間に行え,かつ,ダイヤモンド砥石の寿命を大幅に延ばせる高精度のドーナツ状基板の円孔研削工具の提供」といった本件発明2の技術的課題は何も有していない。

 (1-2-4) 本件発明2の環状凹部の外形的特徴のみ取り出し,刊行物5に記載の加工溝と対比するのは,本件発明2の環状凹部の研削手順や操作方法を含めた使用形態を無視するものである。

 本件発明2は,ドーナツ状基板の円孔の内周を仕上げるのに,粗仕上げから仕上げまでを短時間に行え,かつ,ダイヤモンド砥石の寿命を大幅に延ばせるように,コアー部材上で粗仕上げ研削用のダイヤモンド砥石面を有する環状凹部と仕上げ研削用のダイヤモンド砥石面を有する環状凹部とを分けて設けたところに特徴があり,その具体化した一つの手段として,粗仕上げ研削用の環状凹部と仕上げ研削用の環状凹部の開放角が相異なるように形成したものであり,開放角を異ならした理由は,粗仕上げで研削した後の荒れている表面を更に削り取って平滑にする簡便な方法として採用したものである。

 これに対して,刊行物5に記載のバフは,開放角が異なる加工溝はあるが,これらすべてが鏡面仕上げ用であり,個々の加工溝が受け持つ研磨部分はそれぞれ異なっており,一つの加工溝がある部分を鏡面仕上げした場合,他の加工溝はその鏡面仕上げした部分は研磨することなく,他の箇所を鏡面仕上げして未研磨部分が残らないようにしたものである。

 したがって,本件発明2の研削手順は,必ず粗仕上げ研削を先に行い仕上げ研削をその後に行う手順を踏まなければならないのに対して,刊行物5記載の発明は,どの加工溝から研削を始めてもよく,すべての加工溝を使うことにより未研磨部分が残らないようすることが重要であり,段階的に研削する手順に差異があるというべきである。

 ところで,最初から細かい粒度の砥石を用いれば,平滑な表面性状は確保されるものの最終仕上げ寸法まで仕上げるのに時間が掛かるので,平滑な表面性状は犠牲にしても途中まで短時間で粗仕上げ研削して(単位時間当たりの研削量が多いこと),その後は細かい粒度の砥石を用いて最終仕上げ寸法に仕上げれば,短時間で平滑な表面性状のものが得られることは従来から当業者間においてよく知られた研削技術である。そして,粗仕上げ研削として粒度の荒い砥石を用いることは当然のことであり,本件発明2でいう粗仕上げ研削とは,格別な研削手法を意味するのでなく,粒度の荒い砥石を用いることを含め平滑な表面性状は犠牲にしても単位時間当たりの研削量を多くすることができる従来の研削手法を意味している。

 本件発明2の複数の環状凹部の砥石面の粒度が異なるものであることが請求項に記載がないからといって,鏡面仕上げしか行わない刊行物5記載の加工溝と本件発明2の複数の環状凹部とを同一視することは,ある環状凹部で粗仕上げ研削を行い,別の環状凹部で仕上げ研削を行う本件発明2の構成要件を無視する認定である。

 請求項2に記載の環状凹部による粗仕上げ研削と,そのあとに続いて行う別の環状凹部による仕上げ研削は,重要な技術上の構成要件であって,粗仕上げと仕上げでは上述のごとく研削作用は異なるし,研削順序も仕上げ研削が先で粗仕上げ研削が後では無意味な研削であることは当業者間における技術常識である。それにもかかわらず,「研削順序を変えることに格別な技術的意味はない」とする被告の主張は,本件発明2の上記した粗仕上げ研削と仕上げ研削に関する構成要件を見落とすか,あるいは誤って解釈したものといわざるを得ない。

 (1-2-5) 決定は,相違点1の検討において,「該適用により,1つの加工溝に係る研削負担が小さくなることは,刊行物2記載の発明に刊行物5記載の発明を適用した際に,必然的に生じる効果に過ぎない。」とするが,誤っている。

 本件発明2の研削は,最初から最後まで仕上げ研削で行うと仕上げ面は平滑に仕上げられるが,研削時間と研削負担が大きいので,前もって所定開放角の砥石面で粗研削を行って仕上げ寸法に近い形状にしておき,その後仕上げに適した開放角の砥石面で仕上げ研削を行えば,後者の砥石面にかかる研削負荷は少なくなるという意味である。これに対して,刊行物5に記載の発明は,すべての加工溝を使用して未研磨部分が残らないような研磨を実現するようにしたものであって,多数の加工溝が同じ部分を研削するものではないから,ある加工溝が研削に多くの負荷を費やしたからといって,そのことが他の加工溝の研削負担を小さくできるものではない。

   (2) 被告の主張の要点

 (2-1) 取消事由1(本件発明1に関する進歩性の判断の誤り)に対して

 (2-1-1) 原告が主張するように,刊行物1に記載の発明に関する決定の認定に必ずしも正確でない点があったとしても,刊行物1,2記載の発明が極めて近接した技術分野であるとした点に誤りはなく,刊行物1記載の発明を刊行物2記載の発明に適用することは,当業者であれば容易に想到したことであるので,決定の結論に影響を及ぼすものではない。

 (2-1-2) 刊行物1には,被研削体であるウエハーの形状がドーナツ状であることは記載されていないものの,円板状のウエハーを面取りするための研削技術に関して記載されており,研削対象のウエハーの材質はシリコンという硬脆材料である。そして,刊行物2記載の発明も,硬脆材料からなるドーナツ状ディスクを面取りするための研削技術に関するものである。すなわち,刊行物1,2記載の発明は,いずれも,硬脆材料からなる円板状部材を面取りするための研削を行うものである点で同一であり,極めて近接した技術分野に属するものである。また,刊行物1,2のいずれにも,両者の発明を組み合わせることを妨げる記載はない。したがって,刊行物1記載の発明がウエハーの周縁部の面取りに関するものであるとしても,刊行物1記載の発明を刊行物2記載の発明に適用し,コアー部に上下複数の凹溝を設け,一の凹溝を他方の凹溝に対してダイヤモンド砥粒の目の細かさが異なるようにすることは,当業者が通常行う創作能力の発揮であり,当業者であれば容易に想到したことである。

 なお,刊行物1記載の発明を刊行物2記載の発明に適用する場合に,刊行物2記載の発明はドーナツ状ディスクの内側の研削に関するものであるから,ドーナツ状ディスクの外側へ適用することだけではなく,内側へ適用することも想到するのが当然である。

 仮に,ドーナツ状基板の円孔研削において,一本のコアに研削部を上下2段(複数段)に分けて,上下に(垂直方向に)位置移動させながら2種類(複数類)の加工を行う技術思想が存在しなかったとしても,硬脆材料からなる円板状部材を面取りするための研削技術において,研削部を上下2段(複数段)に分けて,上下に(垂直方向に)位置移動させながら2種類(複数類)の加工を行うことが刊行物1に記載されており,当該技術を極めて近接した技術分野に属する刊行物2記載の発明に適用することを妨げる事情も存在しないのであるから,刊行物1記載の発明を刊行物2記載の発明に適用することは,当業者であれば容易に想到したことである。

 また,刊行物1記載の発明を刊行物2記載の発明に適用した際に,研削工具の上下に位置する複数の凹溝と被研削体の相対的移動を本件発明1のそれと同様に行わなければ,研削工具と被研削体に干渉が生じ相対移動が不可能となることは,当業者に自明の技術事項である。したがって,刊行物2記載の発明に刊行物1記載の発明を適用した際に,研削工具と被研削体であるドーナツ状ディスクの相対的移動を本件発明1のそれと同様のものとすることは,当業者が当然行うことにすぎず,容易の容易というものではない。

 以上のとおり,本件発明1は,刊行物1及び2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,決定に誤りはない。

 (2-2) 取消事由2(本件発明2に関する進歩性の判断の誤り)に対して

 (2-2-1) 刊行物2,5記載の発明は,いずれも,硬脆材料からなる円板状部材の研削に関するものであり,極めて近接した技術分野に属するものである。しかも,刊行物2記載の発明は,ドーナツ状ディスクの内径部を仕上げるための工具に関するものである。また,刊行物2,5のいずれにも,両者の発明を組み合わせることを妨げる記載はない。したがって,刊行物5記載の発明が,ウエハーの外周部の加工に関するものであるとしても,刊行物5記載の発明を,刊行物2記載の発明に適用し,コアー部に上下複数の凹溝を設け,一の凹溝を他方の凹溝に対して溝の開放角が相異なるようにすることは,当業者が通常行う創作能力の発揮であり,当業者であれば容易に想到したことである。

 (2-2-2) 確かに,刊行物5には,粗仕上げ研削された箇所を次に仕上げ研削するとは明記されていないが,本件発明2は工具の発明であって,請求項2には,工具の構成として,「前記コアー部材の外周部には上下位置に複数の環状凹部が形成されており,この一の環状凹部は,他の異なる高さの環状凹部に対して環状凹部の開放角が相異なるように形成された」と記載されているのみであって,この構成は,刊行物5に記載された構成と異なるところはない。構成が同一であれば,必然的にその作用効果も同一となるものである。

 請求項2の記載には,複数の環状凹部の開放角を相異ならせ,粗仕上げ研削,仕上げ研削を行う旨の記載はあるが,複数の環状凹部の面を粒度の異なるものにより構成することについては記載がない。本件発明2に対応する本件明細書の段落【0024】前段においても,粗仕上げ用及び仕上げ用の砥石面について,上部傾斜面と下部傾斜面とのなす開放角が異なること以外,研削能力の異なる砥石面,又は,異なる性状の砥石面とすることについては,何ら記載されていない。なお,段落【0024】最終文において,開放角の小さい砥石面を滑らかな研削能力を有する砥石面表面とすることの記載があるが,これは,本件発明3に対応する記載である。

 被研削面の平滑度を決定するものは,砥石面の粒度であるから,それに違いがない以上,本件発明2の複数の環状凹部の作用は,砥石面の加工能力,加工精度が同じである。すなわち,本件発明2の環状凹部によって行う粗仕上げ研削,仕上げ研削は単に複数の開放角の異なる環状凹部で行う研削にすぎず,その作用は,複数の開放角のみが異なる加工溝で順次加工するものである刊行物5記載の発明の円形総形バフの複数の加工溝と異なることはない。

 このように,本件発明2の粗仕上げ研削を行う環状凹部と仕上げ研削を行う環状凹部は,請求項2に記載されているとおり,開放角が相異なるのみで,その砥石面の粒度については同じものを含むものである。砥石面の粒度が同じである以上,個々の環状凹部の適用順序が異なるとしても,最終的な表面の性状は同じである。また,個々の環状凹部による研削量が増減するだけで,研削の全工程を粒度の同じ砥石で研削し,研削量の総量には変わりがないので,研削時間が短縮されたり,砥石への負担が少なくなり砥石の寿命が延びるということはない。

 原告は,「粗仕上げ研削」と「仕上げ研削」が重要な技術上の構成要件である旨の主張をしているが,粒度の同じ砥石で研削を行っている以上,「粗仕上げ研削」と「仕上げ研削」という表現の違いに技術的意味はない。

 また,本件発明2と刊行物5記載の発明における研削は,開放角の異なる複数の環状凹部の適用順序が異なっているにすぎない。環状凹部による研削の順序を変えることに格別な技術的意味はなく,当業者が適宜決めるべき設計事項である。

 なお,本件発明2と刊行物5記載の発明とで,複数の環状凹部の開放角を異ならせる目的に違いがあるとしても,両発明はいずれも,複数の環状凹部により研削を行うものであり,結局,その使用形態に違いはない。

 研削負担の点についても,本件発明2の効果と,刊行物5記載の発明を刊行物2記載の発明に適用した際に必然的に生じる効果との間に差はない。

第3 当裁判所の判断

 1 取消事由1(本件発明1に関する進歩性の判断の誤り)について

  (1) 決定中には,「刊行物1及び2記載の発明は,どちらも,硬脆材料を用いて製造されるドーナツ状基板の研削を行うためのものであるから」と説示した部分がある。

 確かに,刊行物2がドーナツ状基板の研削を行うためのものであるのに対し,刊行物1は,ウエハーを被研削体とするもので,しかも,ウエハー「周縁」の研削に関するものであり,この限りにおいて,決定中の上記説示部分は正確ではない。

 しかしながら,決定が刊行物1記載の発明の被研削体について説示したその余の部分からすれば,決定の上記説示部分は誤記のたぐいであることが明らかであって,しかも,決定の上記説示部分の趣旨は,刊行物1及び2記載の発明は,ウエハー及びドーナツ状基板に共通するものであることを前提として,硬脆材料に精密な研削をすることを必要とする技術であるから,精密な研削を行う技術として近接する技術分野と位置付けられるものであって,同様に円板形態の対象物を研削する工具形態である以上,その適用を容易に想起し得る旨を説示しているものと解することができる。

 検討するに,ウエハー及びドーナツ状基板は,いずれも板ガラス等の硬脆材料を用いるものである点で共通するとともに,高密度な回路作成あるいは高密度な記憶領域作成を行うものであって,精密な加工を要するものであることで共通するものである。よって,ウエハー及びドーナツ状基板の加工,研削を行う工具は,精密な加工,研削を行うための工具として,同様の精度を要する技術分野として認識されるものといえる。したがって,ウエハーを研削する工具とドーナツ状基板を研削する工具とは,両者間で工具構成の適用が,容易に想到あるいは考慮される近接した技術分野であると理解し,この趣旨を説示した決定の上記説示部分は,誤りとはいえない。

  (2) 原告は,刊行物2記載の発明に刊行物1記載の発明を適用する場合には,刊行物2記載のドーナツ状基板の外周面の研削に代えて刊行物1記載の外周面の面取り加工を適用するのが当業者の予測の範囲であって,ウエハーの外周面の面取り加工技術をドーナツ状基板の円孔の内周面の研削に適用することは当業者の予測の範囲を超えている旨主張する。

 しかし,刊行物2記載の発明において,一つの工具に複数の研削部位を与えることが提起されていることを理解した場合に,当業者であれば,各種のものを想定し得るとしても,各種の適用パターンは並列的に想起されるものであって,これらのうちのいずれかしか想起し得ず,残りのパターンを想起することが困難とすることは不自然である。また,もともと同時に使用される研削部位の周縁部分あるいは内周部分のうちの一方のみを複数として,残る他方を単一の研削部位とすること自体が不自然といえる。

 したがって,刊行物1,2記載の発明から,本件発明1のものを予測し得ない旨をいう原告の主張は,採用することができない。

  (3) 原告は,決定が,本件発明1のドーナツ状基板の円孔研削の特殊性(垂直方向の制約,水平方向の制約)を考慮することなく,刊行物1及び2に基づいて当業者が容易に発明することができたとするものであって,違法である旨主張する。

   (3-1) 検討するに,決定は,本件出願の分割の適否に対する判断において,次のように説示し,原告もこの点は認めて争わない。

 「本件発明1ないし3は,ドーナツ状基板の円孔研削工具として,コアー部材の構成のみを特定し,ドーナツ状基板の周縁部を研削する工具部分をその構成要件としないものである。

 これに対し,原特許出願の出願当初の明細書には,上記のとおりドーナツ状基板の内周部と周縁部を同時に研削する工具に関する課題が記載されており,明細書及び図面のその余の記載を見ても,ドーナツ状基板の内周部と周縁部を同時に研削する研削工具の種々の態様が記載されているのみであって,コアー部材のみで構成される発明を示唆する記載はない。

 しかし,本件発明1ないし3の目的及び作用効果は,原特許出願の出願当初の明細書に記載された目的及び作用効果と同一であって,その目的及び作用効果は,ドーナツ状基板の内周部と周縁部を同時に研削する研削工具特有の問題とは認められない。そしてこの点は,当業者が原出願の明細書及び図面の記載をみることにより認識し得るものである。したがって,本件発明1ないし3は,原特許出願の出願当初の明細書及び図面の記載から,自明な発明であると認める。」

   (3-2) 上記説示は,要するに,「本件発明1ないし3は,ドーナツ状基板の円孔研削工具として,コアー部材の構成のみを特定し,ドーナツ状基板の周縁部を研削する工具部分をその構成要件としないものである」ものの,ドーナツ状基板の内周部と周縁部を同時に研削する研削工具の種々の態様を当業者が参照すれば,コアー部材のみで構成される発明を認識することは容易であって自明なものといえるとし,これら本件発明1ないし3の目的及び作用効果は,「ドーナツ状基板の内周部と周縁部を同時に研削する研削工具特有の問題」とは認められない(結果として,本件発明1ないし3の内周部を研削する工具にも共通する問題として扱われていることとなる。)というものである。

 そして,具体的には,次のことを指すものと解される。すなわち,ドーナツ状基板内周部を研削する場合に,砥石面からなる環状凹部をドーナツ状基板内周部に研削させるべく接触させるには,ドーナツ状基板内周部の円孔が,環状凹部を構成していないコアー部材(環状凹部よりも必然的に大径となっている)を通過する段階が必要となる。一方,ドーナツ状基板周縁部を研削する場合には,本件明細書及び図面に記載される種々の態様のうち【図9】に示されるもの以外は,研削工具の天板2からコアー部材4を包囲するように垂設されたフレアー部材5の内面側に環状凹部8が設けられているので,砥石面からなる環状凹部がドーナツ状基板周縁部を研削できるように接触させるには,ドーナツ状基板周縁部が,環状凹部を構成していないフレアー部材5の内面部(環状凹部よりも必然的に小径となっている。)を通過する段階が必要となる。いずれの場合にも,ドーナツ状基板と研削工具の軸心を合わせて両者の軸方向への移動を行う段階が必然的に見込まれる。

   (3-3) そこで,刊行物2(甲4)をみると,工具Tのコア部の砥石面5と外周リブの砥石面6等の寸法関係をr1+r2=r3+r4となるように構成した上,テーブル10を水平送りして,切り出しディスク20の中心と工具Tの軸線とを合うようにし,その後に工具Tを上下させて研削を開始,終了する作業が行われる。

 その作業において,工具T及びテーブル10を送り操作させることによって,工具Tとテーブル10との相対移動関係が行われている。この刊行物2の相対移動関係と,本件発明1ないし3における研削工具1とドーナツ状基板6との相対移動関係とは,工具とそれにより加工されるワークとを離間させるべく移動させる点において,実質的に同じものであるというべきである。

   (3-4) 原告は,刊行物2に記載の発明は,一つの加工(面取り加工)が終了したときに工具を上昇させて停止する方法を述べているだけであって,研削作業切り替え時における移動手段までは開示するものでない旨主張する。

 しかし,前記のように,両者間には工具とそれにより加工されるワークとを離間させるべく移動させる点において,実質的な差異があるものとはいえないのであるから,原告の主張は,採用することができない。

  (4) 以上のとおり,決定には,刊行物1記載の発明の研削対象に関し,前記のような正確でない点はあるものの,誤りであるとはいえず,決定における本件発明1と刊行物1,2記載の発明との対比判断は,妥当なものであって,取り消すべき瑕疵があるものとはいえない。

 2 取消事由2(本件発明2に関する進歩性の判断の誤り)について

  (1) 原告は,刊行物2と刊行物5記載の発明についても,構成適用が可能な近接した技術分野とはいえない旨主張する。

 しかし,既に,刊行物1記載の発明と刊行物2記載の発明との関係について検討したように,中心孔を有していないディスク様のウエハーの研削とドーナツ状基板の研削とは,近接する技術分野として認識し得るものである。そして,刊行物5記載の発明は,ウエハー面取りに係るもので,刊行物1と等しい技術分野に属するものであるから,前記と同様に,刊行物2と刊行物5記載の発明は,構成適用が可能な近接した技術分野であるといえる。

  (2) 原告は,本件発明2と刊行物5記載の発明とでは,研削方式のみならず,傾斜角度を変えた目的が根本的に相違するものであり,本件発明2の複数の環状凹部の砥石面の粒度が異なるものであることが請求項に記載がないからといって,鏡面仕上げしか行わない刊行物5記載の加工溝と本件発明2の複数の環状凹部とを同一視することは,本件発明2の構成要件を無視するものであるなどと主張し,本件発明2が刊行物2及び刊行物5に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする決定の認定判断は誤りである旨主張する。

   (2-1) 本件発明2に関する本件明細書の特許請求の範囲請求項2の記載によれば,(a)コアー部材の外周部に上下位置に複数の環状凹部が形成され,(b)その複数の環状凹部は,開放角が相異なるように形成されたダイヤモンド砥石面であり,(c)所定高さに位置する環状凹部でドーナツ状基板の円孔内周の粗仕上げ研削を行い,続いて異なる高さに位置する別の環状凹部で上記円孔内周の仕上げ研削を行う研削工具であることなどが記載されていることが認められる。

 ところで,「粗仕上げ研削」と「仕上げ研削」とでは,表面性状の平滑性など異なる研削仕上げ状態を得ようとするものであると解されるが,本件明細書の特許請求の範囲請求項2においては,単に,複数の環状凹部の「開放角」を異ならせることが記載されているのみで,複数の環状凹部でダイヤモンドの「粒度」を異ならせることは,構成要件とされていない。異なる「開放角」を備える環状凹部を用いた研削を行ったとしても,それらの砥石面のダイヤモンドの「粒度」が異なるなどの構成がない限りは,研削仕上げ状態自体に差異は生じないこととなることは,自明である。結局,本件発明2においては,「粗仕上げ研削」,「仕上げ研削」と環状凹部の「開放角」との関係が特定されてはおらず(ダイヤモンド「粒度」の点は記載すらない。),「粗仕上げ研削」,「仕上げ研削」に関連して環状凹部の「開放角」を異ならせているものとは理解し得ない(前掲原告の主張でも「平滑な表面性状は犠牲にしても途中まで短時間で粗仕上げ研削して…その後は細かい粒度の砥石を用いて最終仕上げ寸法に仕上げれば,短時間で平滑な表面性状のものが得られることは従来から当業者間においてよく知られた研削技術である。そして,粗仕上げ研削として粒度の荒い砥石を用いることは当然のことであり,本件発明2でいう粗仕上げ研削とは,格別な研削手法を意味するのでなく,粒度の荒い砥石を用いることを含め平滑な表面性状は犠牲にしても単位時間当たりの研削量を多くすることができる従来の研削手法を意味している。」とされている。このように,ダイヤモンド「粒度」を異ならせるなど単位時間当たりの研削量を多くすることと,「粗仕上げ研削」,「仕上げ研削」との関係をいうが,ダイヤモンド「粒度」の構成がない状況下で,環状凹部の「開放角」を異ならせることと,「粗仕上げ研削」,「仕上げ研削」との関係は,明らかにされていない。本件明細書の記載からも不明である。)。

   (2-2) この点に関連して,原告は,粗仕上げ研削として「粒度」の荒い砥石を用いることは当然のことであり,本件発明2でいう粗仕上げ研削とは,格別な研削手法を意味するのでなく,粒度の荒い砥石を用いることを含め平滑な表面性状は犠牲にしても単位時間当たりの研削量を多くすることができる従来の研削手法を意味している旨主張する。

 確かに,一般に,ドーナツ状基板の円孔研削にあたっては,所望の研削仕上げ状態を得るべく,環状凹部に構成する砥石面のダイヤモンド「粒度」,環状凹部の「開放角」などの要素の種々の組み合わせが考慮されるであろうことが推察される。しかし,本件明細書の特許請求の範囲請求項2に砥石面の「粒度」に関する記載がないことは前記のとおりであり,しかも,「開放角」が異なる構成に加えて,「粒度」の異なるダイヤモンドを使用した砥石面とする構成を付加したものは,請求項3には明記されている。ダイヤモンドの「粒度」を異ならせることが記載されていないにもかかわらず,本件発明2についてのみ,当然にその構成を有するものと理解することは困難である(その他,開放角以外の要素について,単位時間当たりの研削量を多くすべき構成が特定されて記載されていることも認められない。)。原告の上記主張は,採用することができない。

 念のため,本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載を精査しても,以上の解釈を覆すべき事情をうかがわせる記載は見当たらない。

   (2-3) 以上によれば,本件発明2は,「粗仕上げ研削」,「仕上げ研削」と関連せず,かつ,砥石面のダイヤモンド粒度が異なるとの構成も有しない,開放角のみが異なる構成による研削が行われるものであると解するほかないのであって,刊行物5(甲5)に異なる開放角度を用意しておく技術思想が既に存在している以上,これを刊行物2記載の発明に適用し,当業者がこれらに基づいて本件発明2を想起することに,困難性はないものといわざるを得ず,本件発明2の容易推考性に関する決定の判断に誤りがあるとはいえない。

  (3) 原告は,決定の研削負担に関する作用効果の認定は誤っているなどとも主張する。

 しかしながら,前記のとおり,本件発明2は,異なる高さに環状凹部を複数有するものであって,これらがすべて異なる開放角のものであるとしても,粗仕上げ研削と仕上げ研削とで,開放角の点以外に,砥石面のダイヤモンド粒度を異ならせることなどを構成要件として特定しているわけではない。原告の主張は,本件発明2に関する明細書の記載に基づかないものであるから,採用の限りではない。

  (4) 以上のとおり,決定における本件発明2と刊行物2,5記載の発明との対比判断は,妥当なものであって,取り消すべき瑕疵があるものとはいえない。

 3 結論

 以上のとおり,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。

 (裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 塩月秀平 裁判官 田中昌利) 

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