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裁判年月日 平成18年10月11日 

事件番号 平成17年(ワ)第22834号

事件名 債務不存在確認等請求事件 〔地震時ロック方法事件〕

 

主文

 1 被告甲山が、原告に対し、「感知式耐震ラッチPFR-T」の製造、販売について、特許第3650955号の特許権に基づく差止請求権、損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を有しないことを確認する。

 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

 3 訴訟費用は、原告と被告甲山との間においては、原告に生じた費用の2分の1を被告甲山の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告乙川との間においては、原告の負担とする。

 

   事実及び理由

第1 請求

 1 主文第1項と同旨

 2 被告甲山は、第三者に対し、原告が「感知式耐震ラッチPFR-T」を製造、販売する行為が特許第3650955号の特許権を侵害する旨を告知又は流布してはならない。

 3 被告らは、原告に対し、連帯して500万円及びこれに対する平成17年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 本件は、後記原告製品を製造、販売している原告が、後記本件特許権の特許権者である被告甲山に対し、原告製品の製造販売行為について、同被告が同特許権に基づく差止請求権、損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を有しないことの確認を求めるとともに、被告甲山及び同被告から委任を受けた被告乙川が、原告の取引先に対し、原告製品が本件特許権を侵害する旨を記載した文書を送付した行為について、不正競争防止法2条1項14号の虚偽の事実の告知・流布に該当し、又は不法行為を構成すると主張して、被告甲山に対して不正競争防止法3条1項に基づく差止め、並びに被告らに対して同法4条又は民法709条に基づく損害金及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

 1 前提事実

  (1) 当事者

   ア 原告は、家具類に用いる金具等の製造、販売を業とする株式会社である。

   イ 被告甲山は、後記本件特許権の特許権者であるが、弁理士でもある。

   ウ 被告乙川は、弁護士である。

 (争いのない事実)

  (2) 本件特許権

 被告甲山は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、対象となる特許を「本件特許」といい、別紙1の「特許公報」の【特許請求の範囲】請求項1ないし4の発明を「本件特許発明1」ないし「本件特許発明4」といい、それらを総称して「本件特許発明」という。本件特許権に係る特許明細書及び図面(別紙1)を「本件特許明細書」という。)を有している。

 登録番号 特許第3650955号

 発明の名称 地震時ロック方法及び地震対策付き棚

 出願日 平成11年3月18日

 登録日 平成17年3月4日

 特許請求の範囲

 (請求項1)

 地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり、前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法

 (請求項2)

 請求項1の地震時ロック方法を用いた地震対策付き開き戸

 (請求項3)

 請求項1の地震時ロック方法を用いた地震対策付き引き出し

 (請求項4)

 請求項1の地震時ロック方法を用いた地震対策付き棚

 (争いのない事実)

  (3) 構成要件の分説

 本件特許発明1の構成要件は、次のとおり分説される(以下、各構成要件を「構成要件A」のように表記する。)。

 A 地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において

 B 棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり、

 C 前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、

 D 地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる

 E 扉等の地震時ロック方法

 (争いのない事実)

  (4) 原告の行為

   ア 原告は、「感知式耐震ラッチPFR-T」(以下「原告製品」という。)を製造し、これをシステムキッチン等の製造販売業者に販売している。

 (争いのない事実)

   イ 原告製品の構成及び動作は、別紙3「裁判所認定原告製品の構成」に記載のとおりである。

 (争いのない事実、甲9、弁論の全趣旨)

  (5) 一部の充足

 原告製品は、本件特許発明1の構成要件Eを充足する。

 (争いのない事実)

  (6) 被告らの行為

   ア No.1警告書等

 被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、平成14年6月13日ころ、別紙4「警告書送付先一覧表」1のとおり、株式会社ニットー(以下「ニットー」といい、他の会社についても、同様に略称する。)に対し、「(1) 甲山は耐震吊り戸棚またはそのロック方法について特開2000-262343号(注・本件特許発明)を所有しております。これは甲山が大和ハウス工業の研究所と平成11年の許諾先の金具販売前に共同開発し特許出願した耐震吊り戸棚またはそのロック方法であります。本件は許諾先であるシモダイラ及び松本金属にのみ許諾しその他の許諾先の契約には含まれておりません。貴社が希望される場合には現在の許諾先の金具メーカーでなく貴社に直接実施許諾する用意があります。(2) 甲山の実施許諾先ではない株式会社ムラコシ精工が『新発売及びPAT.P』と同社のカタログに記載するPFR-Tなるロック金具は甲山の該特許出願に抵触するものと考えます。従ってこの金具を現在または将来使用される場合以外はなんら問題になりませんが、特許法第65条の警告は出願事実の通知という性格がありますので警告させて頂きます。」と記載した「特許法第65条の警告書」と題する警告書(甲4。以下「No.1警告書」といい、他の警告書も、同一覧表の番号で特定する。No.1ないしNo.18警告書を「本件警告書」という。)を送付し、同日ころ、ヤマハリビングテックらに対し、同一覧表2ないし5のとおり、同旨の警告書を送付し、その後も、ニットーらに対し、同一覧表6ないし10のとおり、同趣旨の警告書を送付した。

 ニットーに対するNo.11警告書は、本件特許発明ではなく、その関連発明の侵害を理由として、送付されたものである。

   イ No.12警告書等

 被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、平成17年2月18日ころ、同一覧表12のとおり、クリナップに対し、「貴社は株式会社ムラコシ精工の地震時自動ロック装置を新たに採用される予定と聞いております。しかし甲山の特願平11-116988号(特開2000-262343号)(注・本件特許発明)が平成17年1月20日付で特許される旨審決されましたので抵触の危険がありますのでお知らせします。なお付言するならば株式会社ムラコシ精工の特許3386434号(注・判決の別紙2)の出願日は平成12年3月17日で甲山の前記特許出願日の平成11年3月18日より後願であり抵触問題になんら影響しません。またそれとは別にムラコシ精工が値引き価格を呈示するから甲山の実施許諾品であるシモダイラのロック装置を大幅に値引きせよと言われたとも聞いております。そのことに関しシモダイラから聞くところによれば甲山の実施料確保のためには最大に努力しても販売価格105円が限度とのこと(但しH型の改良品を検討中でその販売価格は別途決めるとのこと)であり、甲山としても特許侵害品の値引き価格によって甲山の実施料が影響を受けるのは全く不当と考えます。以上2つの問題について貴社のお考えを甲山またはシモダイラにお知らせ下さい。」と記載した「特許審決された件」と題する書面(甲5。No.12警告書)を送付し、同日ころ、ニットー及び積水化学に対し、同一覧表13及び14のとおり、同趣旨の警告書を送付した。

   ウ No.16警告書等

 被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、平成17年9月28日ころ、住建産業に対し、「甲山は、特許3650955号『地震時ロック方法及び地震対策付き棚』(注・本件特許権)を所有しておりますところ、株式会社システックキョーワの地震時ロック装置(商品名KSL-2、なおKSL-1ではありません。)ならびに株式会社ムラコシ精工の地震時ロック装置を装備した地震対策付き棚が、前記甲山の特許に抵触する旨、既に貴社あて警告させていただいております。当該特許に対しましては、平成17年4月12日付で株式会社システックキョーワより無効審判請求がなされましたが、同年9月12日付で『本件審判の請求は成り立たない』(すなわち、甲山の特許には無効理由がない)との審決がなされました。このように無効理由がないとの審決が出ましたので、もし貴社が株式会社システックキョーワもしくは株式会社ムラコシ精工のいずれかの地震時ロック装置を装備した棚を製造販売されているのであれば、甲山といたしましては現時点で貴社に対し、以下の請求をさせていただく所存です。1.過去の実施の清算 すなわち警告日から現在までの地震対策付き棚の販売価格5%(1個あたり500円)の実施料をお支払いいただきたい。2.将来の実施 甲山の実施許諾品に切り換えていただくか該特許に抵触しないロック装置に切り換えていただきたい。…なお、甲山の実施許諾品は既に市場に出ているシモダイラのロック装置以外に、本年12月に新たな金具会社から販売するダンパー付きロック装置…があります。また、もしも貴社が異なる見解をとられ、甲山と争われる場合には、甲山としては金具業者のみにとどまらず、直接貴社に対して法的手続をとる意思があります。」と記載した文書(甲6。No.16警告書)を送付し、同日ころ、ニットー、積水化学及び住友林業に対し、同一覧表15、17及び18のとおり、同趣旨の警告書を送付した。

 (争いのない事実、弁論の全趣旨)

 2 争点

  (1) 原告製品は、本件特許権の構成要件を充足するか。

  (2) 本件特許権には、特許法29条の2による無効理由が存在するか。

  (3) 本件特許権には、新規性欠如又は進歩性欠如の無効理由が存在するか。

  (4) 被告らの行為は、不正競争防止法2条1項14号に当たるか。

   ア 虚偽の事実

   イ 競争関係

   ウ 違法性

   エ 過失等

  (5) 被告らの行為は、不法行為を構成するか(予備的請求)。

  (6) 原告の損害額はいくらか。

 3 争点(1)(構成要件の充足)

  (1) 被告らの主張

   ア 構成要件Aの充足

   (ア) 構成要件Aの「ばたつくロック状態となるロック方法」とは、自らの理由でばたつきが停止されることのないロック方法のことをいう。

 自らの理由でばたつきが停止されることのない通常の場合、扉等は、地震のゆれの強さにかかわらず閉じられた位置とわずかに開かれて係止体に当たっている位置との間において「ばたつく」のであり、係止体においてその往復運動が停止され「ばたつかなくなる」ことがない。

 自らの理由とは、棚を構成するもの自体が理由となってという意味であり、「ばたつくロック状態となるロック方法」とは、収納物等の棚を構成しないものにより外側に付勢力が働いてばたつきが止められた場合を含む。

   (イ) 原告製品は、収納物等の外的な力が作用しなければばたつきが停止されることのないロック方法である。

   (ウ) よって、原告製品は、構成要件Aを充足する。

   イ 構成要件Bの充足

   (ア) 構成要件Bの「棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体」とは、通常使用時も地震時も、閉止状態を含めてそこからわずかに開かれるまでの間は扉等とは接触しないことである。

   (イ) 原告製品は、通常使用時も地震時も、わずかに開かれるまで、係合体6と当たらないラッチ体15を有している。

   (ウ) よって、原告製品は、構成要件Bを充足する。

   ウ 構成要件Cの充足

   (ア) 構成要件Cの「前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し」とは、本件特許明細書【0005】記載の実施例で説明すると、地震時に球がロック位置に移動し、扉等の戻る動きでは安定位置に戻らないから、係止体の動き不能状態が保持され、係止体の動き不能状態は扉等の戻る動きに左右されないという意味である。

   (イ) 原告製品は、地震時に、感震体12及び13が安定位置からロック位置に移動し、扉等の戻る動きでは安定位置に戻らないから、ラッチ体15の動き不能状態が保持される。

   (ウ) よって、原告製品は、構成要件Cを充足する。

   エ 構成要件Dの充足

   (ア)a 構成要件Dの「扉等の戻る動きと関係なく」とは、収納物等の棚を構成しないものにより扉等に外側への付勢力が動いて地震終了した場合には、扉等を手で内側に押すなどすることが必要であるが、そうでなければ、球がロック位置にあること等による動き不能状態の原因を除去するのに、扉等の戻る動きは必要ないことを意味する。

 b 原告が指摘する審判官に対する回答内容は、地震終了時に収納物がもたれかかっていない場合についての説明にすぎない。

   (イ) 原告製品は、収納物等により扉等に外側への付勢力が働かず地震終了した場合には、地震後に感震体12及び13がいずれも直立位置に戻ることにより、ラッチ保持具14の係止爪63とラッチ体15の爪係合部53との係合が解除され、ラッチ保持具14が水平位置に戻り、動き不能状態が解除される。

 原告製品は、扉等に外側への付勢力が働いて地震終了した場合には、手で扉等を戻して付勢力を解消することにより、ラッチ保持具14の係止爪63とラッチ体15の爪係合部53との係合が解除され、動き不能状態が解除される。

   (ウ) よって、原告製品は、構成要件Dを充足する。

   (エ) 機能的クレームに対する反論

 a 本件特許の出願当時、「地震検出体」として球等のいろいろな手段は慣用技術であった。そして、本件特許発明は、それらを用いることを当然の前提とした発明であるから、「独立または関係なく」状態が切り替わるという限定表現が具体的構成であり、それが発明全体を機能的に関連づけるものである。

 したがって、地震時の状態と通常使用時の状態を切り替える「球等の地震検出体」を特許請求の範囲に限定していないからといって、「機能的クレーム」であるとはいえない。

 b また、本件特許発明が機能的クレームであるとしても、当業者が明細書の記載を参酌することによって、実施例だけでなく、それと横並びの関係にある他の構成例を容易に想起できる場合は、それらも技術的範囲に含まれる。

 c(a) 本件特許発明は、地震時と通常使用時を、扉等の戻る動きと独立又は関係なく切り替えるというロック方法での改良であり、解除を容易にすることを目的として「わずかに開かれるまで当たらない」係止体によりこの目的を達成した発明であって、「地震検出体」の改良を目的とした発明ではないから、地震検出体については、様々な周知慣用技術を利用することができる。

 (b) 構成要件Dの「扉等の戻る動きと関係なく」は、本件特許明細書の実施例において地震のゆれで動く球により達成されているところ、従来から、地震検出手段として、球だけでなく、倒立分銅も周知である(乙1~4)。そして、球も倒立分銅も、ゆれを感じて動くものであり、技術思想は全く同じであり、地震検出の感度について比較しても、球については傾斜を緩くすれば、倒立分銅については重心を高くすれば、それぞれ感度を高くすることができるから、作用効果の程度も同じである。

 (c) また、原告製品では、倒立分銅(感震体12及び13)の動きが、中間体(ラッチ保持具14)が付加されることによって、横方向の動きから上下方向に変換されて、係止体(ラッチ体15)の動きに関与するようになっているが、このような中間体の付加は、動きを伝える慣用技術である。

 (d) したがって、当業者は、本件特許明細書の記載を参酌して、実施例と横並びの関係にある原告製品の構成例を容易に想起できたものである。

  (2) 原告の主張

   ア 構成要件Aの充足

   (ア) 被告らの主張ア(ア)は否認する。「ばたつくロック状態」の意義は不明である。

   (イ) 同ア(イ)は認める。

   (ウ) 同ア(ウ)は争う。

   イ 構成要件Bの充足

   (ア) 同イ(ア)は否認する。「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体」の意義は不明である。

   (イ) 同イ(イ)は認める。

   (ウ) 同イ(ウ)は争う。

   ウ 構成要件Cの充足

   (ア) 同ウ(ア)は否認する。

   (イ) 同ウ(イ)は認める。

   (ウ) 同ウ(ウ)は争う。

   エ 構成要件Dの充足

   (ア)a 同エ(ア)aは否認する。本件特許明細書には、収納物が寄りかかった状態で地震が終了した場合のことは何も記載されていないから、構成要件Dの「扉等の戻る動きと関係なく」は、収納物の状態とは無関係に、地震の終了によって係止体のロック状態が解除されることを意味する。

 b 被告甲山は、審判官に対する回答書(乙5)において、「地震終了時に係止体が解除された状態に確実に戻る」(4頁2行、3行)と記載しており、被告らの主張は、出願経過に照らしても許されない。

   (イ) 同エ(イ)は認める。

   (ウ) 同エ(ウ)は争う。

   (エ) 機能的クレーム

 a 我が国の特許法には、機能的クレームは実施例に即して解釈すべきであるという明文の規定(米国特許法112条6項)はない。しかし、我が国の特許法においても、特許請求の範囲が、機能的、抽象的な表現で記載されている場合には、発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて技術的範囲を確定すべきである。このように解しなければ、発明者が発明した範囲を超えて特許権による保護を与え、特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反する結果となる。

 b 原告製品の倒立分銅は、下端の位置が変わらずに上部が振動し、一定の位置において姿勢を変化させるものであり、球のように位置を変えるものではない。

 これに対し、本件特許発明の実施例における球は、対称形をしているから、向きが変わっても何の役にも立たず、動き回ることを利用するほかない。

 c また、被告らの主張によれば、収納物が扉に寄りかかったまま地震が終了すると、球が係止体に押さえられて動くことができないとされている。

 これに対し、原告製品の倒立分銅は、収納物が扉に寄りかかっていてもいなくても、地震が終了すれば、自然に直立位置に戻るが、わずかでも扉を開く向きに力がかかっていると、ラッチ体15がはねあげられようとするわずかな力でラッチ保持具14の爪63とラッチ体の溝53がかみ合って抜けないようになっている。そして、扉を閉じる方向にわずかでも押すと、かみ合いが解除される。

 d 以上のとおり、原告製品において、地震のゆれがなくなることにより「扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の動きを許容」という機能を実現するメカニズムは、本件特許発明の実施例におけるものと全く異なっており、本件特許発明の技術的範囲は、原告製品のようなものを含まない。

 4 争点(2)(特許法29条の2による無効理由)

  (1) 原告の主張

   ア(ア) 特願平11-53488号(特開2000-248812号。甲10。)は、本件特許の出願日よりも前である平成11年3月2日に出願され、本件特許の出願日よりも後である平成12年9月12日に出願公開された(以下、この公開公報を「甲10公報」という。)。

   (イ) 甲10公報に記載された発明(以下「甲10発明」という。)は、31は戸棚等の収容装置本体、32は開き戸、37は球体、38は係止体、38bは係止体鍔部、39は蓋、42は係止部、42aは係止部傾斜面、42bは係止部垂直面、43は弾性片、43aは弾性片傾斜面であり(【図1】)、以上の構成により、平常時には、係止体38が自由に上下するために斜面42a及び43aの作用により開き戸は自由に開閉できる。しかし、地震時には、球体37が係止体38の上方への動きを妨害するために係止体38が斜面43aに衝突し、さらに、垂直面42bに当接する。その結果、開き戸32の開放度が若干開く程度に規制される。そして、地震が終われば、球体37が移動して係止体38の上方への動きを許容するから、特別な解除動作を行わなくても平常時と同じ状態に復帰する(【0025】~【0027】)。

   (ウ) 以上の甲10発明の構成は、本件特許発明の構成要件AないしEをすべて充足する。

   イ よって、本件特許権は、特許法29条の2の規定に違反して付与されたものであるから、無効理由がある。

  (2) 被告らの主張

   ア 原告の主張のうち、ア(ア)は認め、その余は否認する。

   イ 甲10発明の開き戸32は、係止体38において弾性片43との間の上方への強い付勢力による摩擦力により、地震のゆれが摩擦力よりも強いゆれのままで地震終了すれば、最後まで扉等はばたつくが、該摩擦力よりも弱いゆれになれば、ばたつかなくなる。

 これに対し、本件特許発明の「ばたつくロック状態」は、収納物のもたれかかり等の外的な力がなければ、地震のゆれの強さにかかわらず、ばたつきが停止されることのないロック方法である。

 したがって、甲10発明の地震時のロック状態は、構成要件Aの「ばたつくロック状態」ではない。

 5 争点(3)(新規性又は進歩性の無効理由)

  (1) 原告の主張

   ア 特開平10-317772号公報(甲11。以下「甲11公報」という。)は、本件特許の出願日よりも前である平成10年12月2日に公開された。

   イ(ア) 甲11公報の【図5】によると、Bは凹部、Dは家具の上板、Eは開き戸又は引き出し、1は天板、5は球形ストッパー、6は水平フレーム、8は回転子であり、甲11公報に記載された発明(以下「甲11発明」という。)の動作原理は、平常時(【図5】)には、回転子8が水平フレーム6の傾斜を許す位置にあるのに対して、地震時(【図6】)には、水平フレーム6が傾斜せず、球形ストッパー5が凹部Bに入って自動施錠となる。地震終了時には、回転子8が後方の定位置に戻り、自動解錠となる。なお、【図6】に示されているとおり、施錠位置において、球形ストッパー5と凹部Bとの間には隙間がある。

   (イ) 以上のとおり、甲11発明は、構成要件CないしEを充足する。

   ウ(ア) 甲11発明においては、球体ストッパー5と凹部Bの隙間に相当する距離だけばたつく。

   (イ) よって、甲11発明は、構成要件Aを充足する。

   エ(ア) 甲11発明は、開き戸等が家具上板の下に入る形式であるため、球形ストッパー5と凹部Bの隙間の範囲で開き戸等が移動しても、扉等がわずかに開かれた状態にはならない点において、本件特許発明と異なるとしても、開き戸等が家具上板に突き当たるように構成されることがあることは、当業者に周知である(例えば、特開平10-266674号(甲12))。

   (イ) よって、扉が家具上板に突き当たる形式の家具に甲11発明の球形ストッパー5を利用しようと当業者が考えた場合に、甲11発明の開き戸等の上部に設けられた凹部Bに代えて、上記甲12のフック受け6のような部品を扉の裏側に設けることは、当業者が容易に思いつくことができたことである。

   (ウ) そして、その場合には、当然、球形ストッパーがフック受けに当たって停止するまで、扉がわずかに開くことが許容される結果となり、扉は、閉じられた位置と停止位置との間で「ばたつく」ことになる。

   (エ) よって、甲11発明は、構成要件Bを充足する。

   オ 以上のとおり、本件発明は、甲11発明と実質的に同一であるか、少なくとも甲11発明から当業者が容易に発明できたものであるから、本件特許権は、特許法29条1項3号又は同条2項の規定に違反して付与されたものであって、無効理由がある。

  (2) 被告らの主張

   ア 原告の主張のうち、アは認め、その余は否認する。

   イ 甲11発明は、甲11公報の【図6】に示されるとおり、扉が閉じられた閉止状態において、球形ストッパー5と水平フレーム6から成る係止体が扉等に接触する。

 本件特許発明は、閉止状態において係止体は扉等に全く接触しない構成において進歩性がある。

 6 争点(4)(不正競争防止法2条1項14号)

  (1) 原告の主張

   ア 虚偽の事実

 原告製品は、本件特許権の技術的範囲に属さず、又は本件特許権には無効理由が存在するから、原告製品が本件特許権を侵害するとの事実は、虚偽の事実である。

   イ 競争関係

   (ア)a 不正競争防止法2条1項14号が、「競争関係」を要求した趣旨は、競争関係にある場合には、相手方の信用を毀損させることは自己の営業をより有利にすることに直結するから、より信用毀損行為に対する誘惑が強く、その分差止請求が必要になるというところにある。

 したがって、同号の「競争関係」は、相手方の信用を毀損させることにより自己が利益を得るという関係にあり、信用毀損行為に対する誘惑が強いといえる場合には広く認められるべきである。

 b 被告甲山は、平成7年以降、地震時ロック装置につき、多数の特許出願及び実用新案出願をしており、公開された特許出願だけで29件にも及んでいる(甲18)。被告甲山は、耐震吊り戸棚又はそのロック方法についてシモダイラ及び松本金属と実施許諾契約を締結し、実施料収入を得るという事業を行っている。

 c よって、原告の信用毀損行為は、自己の実施許諾先の獲得又は実施許諾先の顧客獲得につながり、被告甲山は当該警告書を送付する誘惑が強いといえるのであるから、上記不正競争防止法の趣旨からすれば、被告甲山は原告と競争関係にある。

   (イ)a シモダイラは、地震時ロック装置を製造販売し、原告と不正競争防止法2条1項14号の競争関係にあった。

 b 後記cの事実によれば、被告甲山は、シモダイラと共謀して虚偽の事実の告知又は流布をした者に当たる。

 c No.1ないしNo.18警告書には、いずれも実施許諾先及びその製品の紹介が記載されている。No.12警告書では、シモダイラの販売価格にまで言及しており、全体の内容から、自己の実施許諾先であるシモダイラ製品の取扱いを止めないように要求している。No.16警告書は、自己の実施許諾先であるシモダイラ又は「新たな金具会社」の製品への切り替えを要求している内容である。また、被告甲山自身、陳述書(乙14)において、実施許諾品の販売について、シモダイラと情報交換をしていたことを認めており、販売についてシモダイラと協力関係にあったことは明らかである。

   (ウ) 被告乙川は、弁護士として被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として本件警告書を送付したものであり、被告甲山について競争関係が認められる以上、被告乙川についても、競争関係の要件は満たされる。

   ウ 違法性

   (ア) 違法

 特許侵害警告をした後に、特許侵害の存在が否定され、又は特許が無効になった場合、特許侵害警告が正当な権利行使を目的として行われたことを理由として違法性を阻却されるか否かは、警告の態様、警告の相手方、警告の行われた状況を総合的に判断すべきである。

 (イ)ないし(エ)の事実によれば、被告らの行為は、不正競争防止法2条1項14号に該当する違法な行為である。

   (イ) 警告行為の経緯

 a 被告らは、原告と事前に交渉することなく、平成14年6月13日、ニットーら5社に対し、前提事実(6)アのとおり、一斉にNo.1ないしNo.5警告書を送付した。

 b 同日ころ、被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、原告に対し、「甲山は耐震吊り戸棚またはそのロック方法について特開2000-262343号を所有しております。特許法第65条の警告をすると共に既に審査請求済みであることをお知らせします。なお貴社が希望される場合にはこの方式のロック方法について貴社と実施許諾契約する用意があります。」と記載された「特許法第65条の警告書」と題する書面を送付した(甲15資料2)。

 c これに対して、原告は、近藤惠嗣弁護士(以下「近藤弁護士」という。)を代理人として、被告らに対し、平成14年7月17日付けの回答書兼警告書(甲7)により、本件特許出願には明らかな拒絶理由があるとの見解を示し、被告らの行為は「弊社に対する営業妨害であると解釈せざるを得ません。」「万一、同様の行為を繰り返された場合には、弊社と致しましては、貴依頼者(注・被告甲山)のみならず、貴職(注・被告乙川)の責任も追及せざるを得ないことを警告しておきます。」などと警告した。

 d 被告らは、その後も、原告の取引先に対して、No.6ないしNo.11警告書の送付を繰り返した。

   (ウ) 警告の相手方

 a No.1ないしNo.5警告書が送付された当時、送付の相手方は、まだ原告製品を採用していなかった。

 特に、ニットー及びクリナップは、シモダイラの製品を採用しており、シモダイラとの契約期間が間もなく満了することもあって、原告が原告製品の売り込みをしていた会社である。

 b また、No.1ないしNo.5警告書の送付当時、本件特許発明は、まだ特許査定されていなかった。

 c さらに、ニットーは、その当時、知的財産を担当する専門部署を有していなかった。

   (エ) 警告書の内容

 a No.1警告書等

 特許法65条の警告の趣旨は、補償金の発生要件の1つとして、特許出願が公開された事実と発明内容を記載した書面を提示して警告することにより、その内容を知らしめることにあるから、相手方の製品が出願中の権利に抵触する旨の文言を記載する必要はない。

 ところが、No.1ないしNo.5警告書は、原告製品が被告甲山の「特許出願に抵触する」と記載しており、特許法65条の警告として必要な範囲を超えている。

 b No.12警告書等

 No.12ないしNo.14警告書は、連絡先にシモダイラも明記し、シモダイラ製品の販売価格にも言及し、シモダイラ製品の値引きはできない旨記載する等、明らかにシモダイラ製品の顧客確保を目的としている。

 c No.16警告書等

 No.15ないし18警告書に、「もし貴社が株式会社システックキョーワもしくは株式会社ムラコシ精工のいずれかの地震時ロック装置を装備した棚を製造販売されているのであれば、甲山といたしましては現時点で貴社に対し、以下の請求をさせていただく所存です。」と記載されているとおり、被告らは、各名宛人による特許侵害の事実を確認していたわけではなかったにもかかわらず、No.15ないしNo.18警告書は、権利侵害を前提とした請求をする旨記載している。

   エ 過失等

 以上の事実によれば、原告の営業上の利益の侵害、被告らの過失及び差止めの必要も認められる。

  (2) 被告らの主張

   ア 虚偽の事実

 原告の主張アは否認する。

   イ 競争関係

   (ア) 同イ(ア)aは争い、bは認め、cは否認する。被告甲山は、原告と同じような製造業者ではなく、競争関係にはない。

   (イ) 同イ(イ)aは認め、b及びcは否認する。警告が被告甲山が実施許諾している業者の利益保護に多少言及したり、本件特許を侵害しないものの1つとして実施許諾品を例示したとしても、競争関係を証明するものではない。

   (ウ) 同イ(ウ)は否認する。

   ウ 違法性

   (ア) 同ウ(ア)(違法)は争う。結果的に虚偽事実の流布に該当する場合であっても、正当な権利行使と信じてしたものと認められる事情があれば、その違法性は阻却される(東京高判平成14年8月29日判時1807号128頁参照)。

   (イ) 同ウ(イ)(警告行為の経緯)は認める。

 特許法65条による警告は、手続の補正がある都度行わなければならないところ、本件特許についても、同一相手方に補正に伴う警告をその都度したにすぎない。

   (ウ) 同ウ(ウ)(警告の相手方)のうち、a及びbは認め、cは不知。なお、クリナップは、東証一部上場会社であり、知的財産権を取り扱う部署を有している。

   (エ)a 同ウ(エ)(警告書の内容)のうち、aは否認する。

 No.1ないしNo.5警告書は、特許法65条の警告として、警告の対象となる地震対策付き棚が公開された特許請求の範囲に含まれることを知らしめるためのものであるから、「特許出願に抵触する」という言葉を用いても、何ら特許法65条の警告の範囲を超えるものではない。

 b 同bは否認する。

 No.12ないしNo.14警告書は、原告がクリナップに対して送付した平成16年12月1日付けの「耐震ラッチ『PFR-T』の件」と題する書面(乙9)に対する被告甲山の反論として送付したものであり、同警告書の後半は、実施許諾先の販売価格は実施料分高くなるという当然の主張にすぎない。

 また、特許権は、経済社会における各種利益に何らかの形で関係するものであり、被告甲山の警告が実施許諾先であるシモダイラの利益保護に多少言及することがあったとしても、それをもって違法ということはできない。

 c 同cは否認する。

 No.15ないしNo.18警告書は、特許権の正当な行使の一環として警告し、特許権の行使としての実施料の支払を要求した書面にすぎない。

   エ 過失等

 同エは否認する。

 7 争点(5)(不法行為-予備的主張)

  (1) 原告の主張

   ア 被告甲山

 仮に、被告甲山と原告との間に競争関係が認められないとしても、前記6(1)の事実によれば、同被告の行為は、民法709条の不法行為に該当する。

   イ 被告乙川

   (ア) 仮に、被告乙川と原告との間に競争関係が認められないとしても、前記6(1)の事実によれば、同被告の行為は、民法709条の不法行為に該当する。

   (イ) 被告乙川は、代理人弁護士として被告甲山の見解をそのまま伝えただけである旨主張するが、No.1ないしNo.18警告書は、代理人弁護士名で送付されたからこそ受領者により警告内容が理由があるのではないかとして受け取られたものであり、被告甲山は、そのような効果があるからこそ、自らが弁理士であるにもかかわらず、被告乙川をしてこれらの警告書を発送させたのであり、被告乙川もそのことを承知していたものであり、被告らは、共謀して弁護士名での警告書を利用したというべきであり、被告乙川の上記主張は理由がない。

  (2) 被告らの主張

   ア 原告の主張は否認する。

   イ 一般に、弁護士が依頼者の主張を理由があると認め、それを相当な内容の書面にして他に発送することは、通常の職分の範囲内である。後日その主張が公権的判断で認められなかったといって、そのことで信用毀損や名誉毀損などの責任を追及されることはない。

 本件の場合、被告甲山は地震時ロック方法の開発を原告よりも7年以上前から開始しており、当該技術の専門家であるのみならず、弁理士であるから、被告乙川よりもその面の知識ははるかに勝っており、被告乙川が被告甲山の説明を了とし、これを代弁したからといって、その行為に違法性はない。

 8 争点(6)(損害額)

  (1) 原告の主張

 原告は、被告らの不正競争行為又は不法行為により、以下の損害を被った。

   ア 逸失利益 420万円

   (ア) 原告は、クリナップに対し、平成14年5月から営業活動を開始し、原告製品の性能等を説明した上、平成16年5月及び11月には見積書の提出、同年12月には採用依頼書(乙9)を提出していた。

   (イ) したがって、採用依頼書を提出した時点で、クリナップによる原告製品の採用は確実だった。

   (ウ) しかし、被告らがクリナップあてにNo.12警告書を発したため、クリナップは採用を取り止めた。

   (エ) 原告製品1個の販売価格は98円であり、粗利率は少なくとも30%であり、クリナップの1か月当たりの感知式耐震ラッチの使用量は約1万個であるから、平成17年4月から平成18年5月までの14か月分の販売利益は、約420万円となる。

 98円×1万個×14か月×30%=約411万6000円

   イ 顧客に関する事情説明等に要した費用 59万1837円以上

   (ア) 原告は、本件警告書の送付行為に対応するため、そのたびに事実調査を行ってその内容を把握し、弁護士など専門家の意見を聞き、別紙5「事情説明の訪問先一覧表」のとおり取引先を訪問して事情説明を行い、原告製品の使用について第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じた場合にその一切の責任を負う旨の確認書を交付するなどの対応を行った。

   (イ) 原告は、従業員と雇用契約を結べば、その労働時間の間、原告の望む内容の労務の提供を受けることができるはずであったにもかかわらず、原告担当者が事実調査及び事情説明等の対応に追われ、原告の予定してない労務に従事しなければならなくなったため、本来当該担当者から受けるべき労務の提供が受けられないという損害を被った。

   (ウ) 事情説明のための取引先の訪問に要した人数・時間は、別紙5「事情説明の訪問先一覧表」のとおり、合計で23.0(人・日)である。

 その人件費は、1人・1日当たり2万円を下ることはない。

 2万(円)×23.0(人・日)=46万円

   (エ) また、原告担当者が、取引先に対する事情説明のために要した交通費、宿泊費及び日当は、以下のとおりである。

   〈1〉 平成14年7月24日 ニットー、永大産業 4万2320円

   〈2〉 平成17年3月3日 ニットー 4万2830円

   〈3〉 平成17年11月21日から22日 ニットー、永大産業

 2万8107円

 同日、原告担当者は、松下電工、ニットー、永大産業の三社を訪問したが、松下電工は本件警告書送付の件での訪問ではないため、同日の出張にかかる旅費交通費合計4万2830円に3分の2を乗じて計算した。

   〈4〉 平成18年2月9日 ヤマハリビングテック 1万8580円

   〈5〉 合計 13万1837円

   (オ) 原告は、事案の性質上、上記(ウ)及び(エ)以上に残業代や本来の業務以外に充てられた時間等を具体的に明確にすることはできないが、民訴法248条を適用して、妥当な損害額を認定すべきである。

   ウ 弁護士費用 540万円

   (ア) 原告は、近藤弁護士らに対し、被告の本件警告書への対応に関する相談及び法律事務、本件訴訟に関する事務を委任し、相当額の報酬を支払うことを約した。

   (イ) 本件特許権は、本件訴訟の提訴時における本件特許権の残存期間は13年4か月であることから、原告の事業の将来に多大な影響を及ぼすものである。さらに、被告らの警告書への対応及び本件訴訟は、専門的知識を有する弁護士に依頼しなければ解決できない性質のものである。

 したがって、このような弁護士費用は、被告らの行為と相当因果関係を有するものである。

   (ウ) 被告らが賠償すべき弁護士費用は、本件訴訟の訴訟物の価格の10%である540万円である。

   エ 一部請求

 原告は、本訴において、上記合計額のうち500万円を請求する。

  (2) 被告らの主張

   ア 逸失利益

 原告の主張アのうち、(ア)及び(エ)は不知、(イ)及び(ウ)は否認する。

   イ 顧客に関する事情説明等に要した費用

 同イのうち、(イ)及び(オ)は否認し、その余は不知。

 原告主張の損害は、通常の営業活動に伴う支出との区別が判然としない。

 また、民訴法248条は、損害の発生自体が明白な場合における金額算定についての救済規定であるところ、本件の場合、損害の発生自体が明確でなく、被告の警告との因果関係も明らかでないから、同条適用の余地はない。

第3 当裁判所の判断

 1 争点(1)(構成要件の充足)について

  (1)ア 前提事実(3)のとおり、本件特許発明の構成要件Dは、「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」というものである。

   イ また、本件特許明細書(甲2)の発明の詳細な説明中の【従来の技術】【発明が解決しようとする課題】【課題を解決するための手段】及び【発明の効果】の項には、以下のとおり記載されているが、いずれも本件特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成は明らかにされていない。

 【0002】【従来の技術】

 従来において地震時に扉等を自動ロックする地震時ロック装置においてはゆれによって球が動くことにより地震を検出する地震時ロック方法が用いられている。この場合において係止体は扉等の戻る動きにより解除されていたため解除機構が複雑になっていた。

 【0003】【発明が解決しようとする課題】

 本発明は以上の従来の課題を解決し地震時に係止体が扉等の戻る動きとは独立して動くことにより扉等の戻る動きで解除されず地震時にロック位置に到って振動し又はロック位置を保持する構成にすることにより解除機構を単純に出来る扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の提供を目的とする。

 更に本発明の他の目的は係止体が扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる構成にすることにより解除機構を単純に出来る扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の提供を目的とする。

 【0004】【課題を解決するための手段】

 本発明は、以上の目的達成のために:

 地震時に扉等がばたつくロック状態となるロック方法において棚本体側に取り付けられた装置本体の扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体が地震時に扉等の開く動きを許容しない状態になり、前記係止体は扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる扉等の地震時ロック方法等を提案するものである。

 【0006】【発明の効果】

 …本発明の地震時ロック方法は特に係止体が扉等の戻る動きとは独立し扉等の戻る動きで解除されず地震時に扉等の開く動きを許容しない状態を保持し、地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる構成にすることにより解除機構を単純に出来る。

   ウ 次に、【0005】【発明の実施の形態】及び図面を見ると、実施例として球体を地震検出体として用いるという構成しか記載されておらず、それ以外の構成についての具体的な開示はなく、これを示唆する表現もない。

  (2)ア 以上によれば、構成要件Dの「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる」との記載は、本件特許明細書(甲2)の【0003】【発明が解決しようとする課題】に記載された「地震のゆれがなくなることにより扉等の戻る動きと関係なく前記係止体は扉等の開く動きを許容して動き可能な状態になる構成にすることにより解除機構を単純に出来る扉等の地震時ロック方法及び該方法を用いた地震対策付き棚の提供を目的とする」という本件特許発明の目的そのものを記載し、「扉等の戻る動きと関係なく」という抽象的な文言によって本件特許発明の地震時ロック方法が果たすべき機能又は作用効果のみを表現しているものであって、本件特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものではないと認められる。

 これに反する被告らの主張は、採用することができない。

   イ このように、特許請求の範囲に記載された発明の構成が機能的、抽象的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成まで発明の技術的範囲に含まれ得ることになり、出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となりかねないが、このような結果が生ずることは、特許権に基づく発明者の独占権は当該発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるという特許法の理念に反することとなる。

 したがって、特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には、その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず、上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。具体的には、明細書及び図面に開示された構成及びそれらの記載から当業者が実施し得る構成が当該発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。

  (3)ア 原告製品の構成及び動作は、前提事実(4)イに説示のとおりであり、原告製品は、地震検出体として倒立分銅を用い、中間体を介在させる構成を採っている。

   イ このような原告製品の構成は、本件特許明細書に発明の実施の形態として開示された構成とは明らかに異なっている。

   ウ(ア) また、このような原告製品の構成が本件特許明細書の詳細な説明及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であると認めることもできない。

   (イ) 被告らは、本件特許は地震時と通常使用時を「扉等の戻る動きと独立または関係なく」切り替えるというロック方法での改良であり、「地震検出体」の改良を目的とした発明ではないから、地震検出体については様々な周知慣用技術を利用することができる、従来から地震検出手段として、球だけでなく倒立分銅も周知である(乙1~4)、中間体の付加も動きを伝える慣用技術であるから、当業者であれば、本件特許明細書の記載を参酌して、原告製品の構成例を容易に想起できた旨主張する。

 しかしながら、被告らが指摘する慣用技術及び証拠のみでは、原告製品の構成が本件特許明細書の詳細な説明及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であると認めることは、到底できない。

   エ 以上によれば、原告製品は、本件特許発明1の構成要件Dを充足せず、その技術的範囲に含まれるものではない。したがって、原告製品は、本件特許発明2ないし4の技術的範囲に含まれることもない。

 よって、被告甲山との間で、原告製品につき、本件特許権に基づく差止請求権等を有しないことの確認を求める原告の請求は、理由がある。

 2 争点(4)(不正競争防止法2条1項14号)について

  (1) 事実認定

 各項に掲記の証拠によれば、以下の事実が認められる。

   ア 当事者等

   (ア) 原告は、家具類に用いる金具等の製造販売を業とする株式会社であり、原告製品を製造し、これをシステムキッチン等の製造、販売業者に販売している。

   (イ) 被告甲山は、本件特許権の特許権者であるが、弁理士でもある。

 同被告は、本件特許権以外にも多数の特許出願、実用新案出願をしている。

 同被告は、シモダイラ及び松本金属との間で、本件特許発明等につき実施許諾契約を締結し、実施料収入を得ている。

   (ウ) 被告乙川は、弁護士である。

 (前提事実(1)及び(4)、甲4、18、弁論の全趣旨)

   イ 本件特許権

 被告甲山は、平成11年3月18日、本件特許の出願をした。

 同出願は、平成12年9月26日に公開され、平成14年3月22日に審査請求がされた。被告甲山は、同年10月26日及び平成15年2月7日に特許請求の範囲等を補正した。

 被告甲山は、平成15年10月8日、本件特許出願につき拒絶査定を受け、同月26日、拒絶査定不服審判請求をするとともに、特許請求の範囲等を補正した。

 特許庁は、平成17年1月20日、本件特許出願につき拒絶査定を取り消し、特許査定すべき旨の審決をし、被告甲山は、同年2月10日、特許料を納付し、本件特許権は、同年3月4日、登録された。

 (前提事実(2)、甲1、乙5、弁論の全趣旨)

   ウ 無効審判請求の経過

   (ア) 平成17年4月12日、システックキョーワは、本件特許について、〈1〉本件特許発明は特許請求の範囲の記載が不明確であり、特許法36条6項の規定に違反する、〈2〉本件特許発明は、甲11公報に記載された発明と同一であるから、特許法29条1項の規定に違反する、〈3〉本件特許発明は、特開平9-78925号公報の発明に、特開平10-115140号公報又は甲11公報に記載された発明を適用することにより、当業者が容易に発明することができたものであるから特許法29条2項の規定に違反することを理由として、無効審判請求をした。

 特許庁は、平成17年9月12日、同無効審判請求不成立の審決をした(乙12)。

   (イ) システックキョーワは、平成17年10月7日、本件特許について、甲10公報に記載された発明と同一であり、特許法29条の2の無効理由があるとして、無効審判請求をした。

 特許庁は、平成18年6月13日、本件特許を無効とする旨の審決をした(甲17)。

   (ウ) 原告は、平成17年12月8日、本件特許について、〈1〉特許請求の範囲に記載された「扉等がばたつくロック状態」及び「扉等が閉じられた状態からわずかに開かれるまで当たらない係止体」の意義が不明確であるから、特許請求の範囲又は明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項又は6項に違反する、〈2〉甲10公報に記載された発明と同一であり、特許法29条の2に違反する、〈3〉甲11公報に記載された発明と同一であるか、又は同発明及び特開平10-266674号公報に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条1項3号又は同条2項の規定に違反すると主張して、無効審判請求をした。

 特許庁は、平成18年6月13日、〈1〉特許請求の範囲の請求項1の記載は、そのほとんどが極めて抽象的な表現を用いて記載されたものであり、かつまた、当該記載された事項の意味がその記載された事項自体からは明確に理解できず、このことにより特許を受けようとする発明の構成がその記載された事項によって明確に把握できないので、特許法36条6項2号に違反する、〈2〉本件特許発明は甲10公報に記載された発明と同一であり、特許法29条の2の規定に違反することを理由として、本件特許を無効とする旨の審決をした(甲16)。

   (エ) 上記(ア)ないし(ウ)の審決に対して、それぞれ審決取消訴訟が係属中である。

 (甲16、17、乙12、15の1及び2、弁論の全趣旨)

   エ 被告らの行為

   (ア) No.1警告書等の送付

 a 原告は、平成14年5月ころ、原告製品の開発を完了し、当時、シモダイラの製品を採用していたニットーやクリナップを含むシステムキッチン等の製造販売業者への営業を開始した。

 被告乙川は、平成14年6月13日ころ、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、前提事実(6)アのとおり、当時はまだ原告製品を採用していなかったニットーほか4社に対し、No.1ないしNo.5警告書を送付した。

 b 同日ころ、被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、原告に対し、「甲山は耐震吊り戸棚またはそのロック方法について特開2000-262343号を所有しております。特許法第65条の警告をすると共に既に審査請求済みであることをお知らせします。なお貴社が希望される場合にはこの方式のロック方法について貴社と実施許諾契約する用意があります。」と記載された「特許法第65条の警告書」と題する書面(甲15資料2)を送付した。

 c そこで、原告は、近藤弁護士を代理人として、被告らに対し、平成14年7月17日付けの回答書兼警告書(甲7)により、本件特許出願には明らかな拒絶理由があるとの見解を示し、被告らの行為は「弊社に対する営業妨害であると解釈せざるを得ません。」「万一、同様の行為を繰り返された場合には、弊社と致しましては、貴依頼者(注・被告甲山)のみならず、貴職(注・被告乙川)の責任も追及せざるを得ないことを警告しておきます。」などと警告した。

 d 被告甲山は、平成14年10月26日、本件特許発明について、特許請求の範囲を変更する手続補正書を提出し、被告乙川は、同月28日、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、ニットーにNo.6警告書を送付した。また、被告甲山は、平成15年2月7日、本件特許発明について、再度特許請求の範囲等を変更する手続補正書を提出し、被告乙川は、同月13日、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、ニットーとTOTOにNo.7及びNo.8警告書を送付した。

 さらに、被告甲山は、平成15年10月8日、本件特許について拒絶査定を受け、同月26日、拒絶査定不服審判請求をするとともに、本件特許について特許請求の範囲等を変更する手続補正書を提出した。

 被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、平成16年1月14日、ニットー及び積水化学に対し、No.9及びNo.10警告書を送付した。

 e 被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、原告に対し、平成16年5月26日ころ、「先般ご通知申し上げたとおり、甲山は、貴社が製造販売されているロック装置は、甲山が有する複数の特許出願に関連していると考えています。しかしながら、もし貴社が現時点において希望されるのであれば、該特許出願を貴社に対し譲渡することによって全面的な円満解決をはかる用意があります。その場合の譲渡対象は、現在のシモダイラの製品に関する特許出願1件及び意匠権1件を除き特許権2件、意匠権7件及び平成10年以後の特許出願約8件の合計約17件(そのなかにはシステックキョーワ製品に関連するものも含まれる)を一括譲渡することが条件となります。・・・貴社にその点ご検討される意思がおありであれば、譲渡の価格及び支払い条件については後日面談のうえ話し合いたいと考えております。」との内容の書面(甲15資料3)を送付した。

 原告は、上記書面に対する返事をしなかった。

 f 被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、同年6月9日、ニットーに対し、本件特許からの分割出願に係る関連特許に基づいて、No.11警告書を送付した。なお、No.11警告書の基礎となった上記関連特許が原告製品をその技術的範囲に含まないこと又は無効であることを認めるに足りる証拠はない。(前提事実(6)ア、争いのない事実、甲14、15、弁論の全趣旨)

   (イ) No.12警告書等の送付

 a 前記イのとおり、特許庁は、平成17年1月20日、本件特許出願につき特許査定すべき旨の審決をし、被告甲山は、同年2月10日、特許料を納付した。そこで、被告乙川は、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、平成17年2月18日ころ、前提事実(6)イのとおり、クリナップ、ニットー及び積水化学に対し、No.12ないしNo.14警告書を送付した。

 b ニットーは、平成17年3月3日、被告乙川に対し、原告製品については、製造元である原告とニットーとの契約に基づき、第三者からの知的財産権侵害の主張に対しては、ニットー独自で対応することができないことになっており、今後は原告が対応することになったので、今後の連絡は原告あてにお願いしたい旨の返答(甲13)をした。

 c しかし、その後、被告らから原告に対する連絡はなかった。

 (前提事実(6)イ、甲1、13~15)

   (ウ) No.16警告書等の送付

 前記ウ(ア)のとおり、特許庁は、平成17年9月12日、システックキョーワの申立てに係る無効審判請求につき、請求不成立の審決をした。そこで、被告乙川は、同月28日ころ、被告甲山から委任を受け、同被告の代理人として、前提事実(6)ウのとおり、住建産業、ニットー、積水化学及び住友林業に対し、No.15ないしNo.18警告書を送付した。

 (前提事実(6)ウ)

   オ 原告の対応等

   (ア) 被告らがNo.1ないしNo.10及びNo.12ないしNo.18警告書を送付した相手方は、いずれも原告の取引先又は原告が取引開始を交渉中の会社であった。

   (イ) クリナップは、シモダイラ製の感知式耐震ラッチを採用していたが、原告担当者は、平成14年5月ころから、クリナップに対して原告製品の営業を開始し、平成16年5月と11月に見積書を提出し、同年12月1日には、専門家を交えて検討の結果、原告製品は第三者の権利を侵害することはないものと判断するに至ったこと、原告は原告製品につき2件の特許を取得していること(甲9を含む。)、したがって、原告製品の採用をご検討いただきたい旨の「耐震ラッチ「PFR-T」の件」と題する書面(乙9)を提出するなど交渉を進めていた。

 クリナップは、東証一部上場会社であり、知的財産権を取り扱う専門部署を有していた。

 同月17日ころ、シモダイラは、クリナップに対し、被告甲山が作成した原告製品が本件特許に抵触する旨の見解書(甲19)を提出した。

 原告担当者は、クリナップからの問い合わせを受け、平成17年1月21日ころ、クリナップを訪問して、原告製品について本件特許侵害の問題は生じないとの見解を説明し、特許権侵害の問題が生じた場合に一切の責任を負う旨の「知的財産権に関する確認書」(甲14資料1)を提出した。

 同年2月18日、No.12警告書がクリナップに送付された。

 原告担当者は、同年7月1日ころ、クリナップを再度訪問して、事情説明等を行ったが、結局、クリナップは、原告製品を採用するに至らなかった。

   (ウ) ニットーは、当初シモダイラ製の感知式耐震ラッチを採用していた。原告担当者は、平成14年5月ころから、ニットーに対して、原告製品の営業を開始した。

 ニットーには、当時、知的財産を専門に取り扱う部署は存在しなかった。

 同年6月13日にNo.1警告書がニットーに送付されたため、原告担当者は、事情説明及び技術説明のため、同年7月24日、ニットーを訪問した。

 また、原告は、ニットーに対し、同年11月1日付けで原告製品の使用について第三者から知的財産権の係争事件の問題が生じた場合に原告が一切の責任を負う旨の確認書を提出し、その後、ニットーは、原告製品を採用した。

 被告らは、上記原告の営業中及びその後も、ニットーに対し、No.6、No.7、No.9、No.11(ただし、本件特許発明の関連発明に基づくもの)、No.13及びNo.15警告書を送付した。

 そのため、原告は、その都度事実調査や事情説明を行い、平成17年3月3日、同年11月22日、別紙5「事情説明の訪問先一覧表」7及び14のとおり、事情説明のため、ニットーの大阪本社を訪問した。

   (エ) クリナップ及びニットー以外に警告書を送付された会社も、その多くはシステムキッチンの分野で日本を代表する大企業か、その関連会社である。

 原告は、クリナップ及びニットー以外の警告書の送付を受けた会社から問い合わせを受けたため、別紙5「事情説明の訪問先一覧表」記載のとおり、事実確認や事情説明のために各社を訪問し、知的財産権につき第三者との間で問題が生じた場合に原告が一切の責任を負う旨の確認書を提出した。

   (オ) 原告は、これらの対応に追われて、本来の営業等の業務に支障が生じた。

 (甲14、15、弁論の全趣旨)

  (2) 虚偽の事実

 前記1に説示のとおり、原告製品は本件特許発明の構成要件Dを充足しないので、上記警告書における原告製品が本件特許権を侵害する旨の記載は、虚偽の事実であると認められる。

  (3) 違法性

   ア 法律論

 競業者が特許権侵害を疑わせる製品を製造、販売している場合において、特許権者が競業者の取引先に対し、当該製品が自己の特許権を侵害する旨を告知する行為は、後日、当該製品が侵害ではないことが判明したときには、競業者との関係で、その取引先に対する虚偽事実の告知に該当することとなるが、特許権者によるその告知行為がその取引先自身に対する特許権の正当な権利行使の一環としてされたものであると認められる場合には、違法性が阻却されると解される。

 そして、特許権者が、事実的、法律的根拠を欠くことを知りながら、又は特許権者として特許権侵害訴訟を提起するために通常必要とされる事実調査及び法律的検討をすれば、事実的、法律的根拠を欠くことを容易に知り得たのに、あえて警告をした場合には、競業者の営業上の信用を害する虚偽事実の告知又は流布として違法となると解すべきである。しかし、そうでない場合には、このような警告行為は特許権者による特許権の正当な権利行使の一環としてされたものというべきであり、正当行為として違法性を阻却されるものと解される。

 競業者の取引先に対する上記告知行為が、特許権者の権利行使の一環としての外形を取りながらも、社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容、態様となっている場合、すなわち、その実質が競業者の取引先に対する信用を毀損し、当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものであると認められる場合には、もはやこれを正当行為と認めることはできない。当該警告が特許権の権利行使の一環としてされたものか、それとも社会通念上必要と認められる範囲を超えた内容、態様となっているかどうかについては、当該警告文書等の形式、文面、当該警告に至るまでの競業者との交渉の経緯、警告文書等の配布時期、期間、配布先の数、範囲、警告文書等の配布先である取引先の業種、事業内容、事業規模、競業者との関係、取引態様、当該侵害被疑製品への関与の態様、特許侵害訴訟への対応能力、警告文書等の配布への当該取引先の対応、その後の特許権者及び当該取引先の行動等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。

   イ 本件警告書送付行為の違法性

   (ア) 前記(1)に説示の事実によれば、No.1ないしNo.5警告書は、特許法65条の警告として行われたものである。

 No.6ないしNo.10警告書は、いずれも本件特許発明について特許請求の範囲等を変更する手続補正書を提出した際に、特許法65条の警告書として送付されたものである(No.9及びNo.10警告書については、手続補正日と警告日との間が2か月半程度あるが、手続補正を理由に警告書が発せられたものと認められる。)。手続補正が減縮にとどまる場合などには、再度の警告が不要な場合があるが、念のため再度の警告をしておくことは、実務上の知恵として許されるものと考えられる。

 さらに、No.12ないしNo.14警告書は、本件特許の登録が具体化した時期に、本件特許が特許される旨を知らせるとともに、原告製品が本件特許権に抵触する危険がある旨警告する内容となっている。No.15ないしNo.18警告書も、無効審判請求の不成立審決が出されたことを受けて、その結果を知らせた上で、過去の実施料等を請求する内容となっている。原告が従前本件特許には拒絶理由があると主張し(前記(1)エ(ア)c)、取引先にも同様の説明をしていたこと(前記(1)オ(イ))からすると、No.15ないしNo.18警告書をもって、必ずしも不合理な時期に不必要な内容の書面を送付したものと認めることはできない。

 最も回数の多いニットーに対する6回の警告(No.11警告書を除く。)も、3年以上の期間にわたりされたものである。

 なお、No.11警告書については、そもそも告知内容が虚偽の事実であることの立証がない。

   (イ) 本件警告書が送付された会社は、原告製品を組み込んだシステムキッチン等を販売するか、その採用を検討していた企業であり、本件特許権に基づく差止め及び損害賠償請求の被告となり得る企業である。しかも、その多くは、特許権侵害の点につき、独自に判断することを期待することができる大企業又はその関連会社である。

   (ウ) 被告らは、原告に対し、平成14年6月に警告書を送付しただけでなく(前記(1)エ(ア)b)、平成16年5月にも交渉のきっかけとなり得る書面を送付しており(前記(1)エ(ア)e)、原告との交渉をあえて避けていたものとまで認定することはできない。

   (エ) 本件警告書の内容は、被告甲山の実施許諾先であるシモダイラ製品の採用やその継続を求めたり、クリナップのシモダイラに対する値引交渉の内容に立ち入るなど、内容や表現に行き過ぎと感じられる点がないではないが、それなりに警告段階、登録段階、無効審判排斥段階に応じて強弱を付けた内容になっているし、被告甲山の実施許諾先の製品の採用等を求めることも、特許権の行使として侵害行為の差止めを求める際に、双方が受入可能な解決策を提案しているものと理解することができないではない。

   (オ) これらの事実によれば、原告は、事実確認や事情説明のために各社を訪問し、確認書を提出するなどの対応に追われて、本来の営業等の業務に支障が生じたこと、No.12警告書は、クリナップと原告との取引開始が見込まれる時期にシモダイラとの取引継続を目指して行われたものであって、クリナップの原告製品の不採用につきこの警告が影響した可能性があることなど原告に有利な事情を併せ考慮しても、本件警告書の送付行為をもって、特許権者の権利行使として社会通念上必要と認められる範囲を超えているとまで認めることはできない。

 よって、不正競争防止法に基づく請求は、その余について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

 3 争点(5)(不法行為)について

 前記2(1)に説示の事実によれば、被告らの本件警告書の送付行為は、不法行為の観点から検討しても、特許権者の権利行使として認められる範囲を超えているとまで認めることはできない。

 よって、不法行為に基づく請求も、その余について判断するまでもなく理由がない。

 4 結論

 以上によれば、原告の被告甲山に対する請求は、主文第1項の限度で理由があるが、その余は理由がない。被告乙川に対する請求は、理由がない。

 よって、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 市川正巳 裁判官 大竹優子 裁判官 杉浦正樹)

 

 (別紙1)

 特許公報(B2) 特許番号 特許第3650955号〈省略〉

 (別紙2)

 公開特許公報(A) 特許出願公開番号 特開2001-262914〈省略〉

 (別紙3)

 裁判所認定原告製品の構成

 1 原告製品は、別紙2「公開特許公報2001-262914」(甲9)の【発明の実施の形態】に記載された構成を有している。

 2 原告製品は、扉付きの戸棚等の本体側に取り付ける施錠機構5と扉側に取り付ける係合体6から成る。

 施錠機構5は、別紙2の【図1】の組立図に図示されているとおり、扉側の係合体6と係合するラッチ体15、地震時にラッチ体15を係合位置に保持するラッチ保持具14、地震時に揺動する感震体12及び13を含んでいる。

 ラッチ体15には、爪係合部53(V字形の溝)が形成されている。一方、ラッチ保持具14には、ラッチ体15の爪係合部53と係合する係止爪63が形成されるとともに、下面には、感震体12及び13とそれぞれ係合する係合突部64及び65が設けられている。

 感震体12及び13は、地震時の揺動周期等の感震動作が互いに異なるように形成されており、揺動時に係合突部64及び65を上方に押し上げる。

 3 別紙2の【図1】は、平常時の原告製品の状態を示している。

 ラッチ体15は下がっているが、ラッチ保持具14の係止爪63は上がっている。扉が開く時、ラッチ体15は、扉側の係合体6により容易に押し上げられるため、扉はロック状態にはならない。

 4 別紙2の【図6】は、地震時の原告製品の状態を示している。

 感震体12及び13の少なくともいずれか一方によってラッチ保持具14が押し上げられ、ラッチ保持具14の係止爪63とラッチ体15の爪係合部53が係合するため、ラッチ体15は、扉側の係合体6によって押し上げることができず、扉をロック状態にする。

 このロック状態は、地震が継続する間、扉の戻る動きにより解除されない。

 また、地震が継続する間、扉に地震の戻る力が働くため、扉は、係合体6の係合口75の長さの分だけ、ばたつく。

 5 地震後の原告製品の状態は、棚の収容物の状態によって異なる。

  (1) 扉が外方に付勢されていない場合には、地震後に感震体12及び13がいずれも直立位置に戻ることにより、ラッチ保持具14の係止爪63とラッチ体15の爪係合部53との係合が解除され、ラッチ保持具14が水平位置に戻り、別紙2の【図1】の状態に戻る。

  (2) 一方、収容物が扉に寄りかかるなどの理由により扉が外方に付勢されている場合には、ラッチ保持具14の係止爪63とラッチ体15の爪係合部53との係合は、地震の終了によって自動的に解除されることがなく、扉はロック状態に保持される。

 この場合、手で扉を戻して付勢力を解消することにより、ラッチ保持具14の係止爪63とラッチ体15の爪係合部53との係合が解除され、別紙2の【図1】の状態に戻る。

 以上

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