top of page

裁判年月日 平成28年2月17日 裁判所名 知財高裁

事件番号 平成27年(行ケ)第10120号

事件名 審決取消請求事件

裁判結果 棄却 上訴等 上告

 

主文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 特許庁が無効2014-800064号事件について平成27年6月4日にした審決を取り消す。

第2 事案の概要

 1 特許庁における手続の経緯等

  (1) 被告らは,平成3年9月10日,発明の名称を「モータ駆動双方向弁とそのシール構造」とする発明について特許出願(特願平3-230252号。以下「本件出願」という。)をし,平成12年3月31日,設定の登録(特許第3049251号)を受けた(請求項の数4。甲1。以下,この特許を「本件特許」という。)。

  (2) 原告は,平成26年4月25日,本件特許の請求項1に係る発明について特許無効審判を請求し,無効2014-800064号事件として係属した。

  (3) 被告らは,平成27年2月2日,本件特許に係る特許請求の範囲を訂正明細書のとおり訂正する旨の訂正請求をした(甲40。以下「本件訂正」という。)。

  (4) 特許庁は,平成27年6月4日,「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月13日,原告に送達された。

  (5) 原告は,平成27年6月19日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

 2 特許請求の範囲の記載

 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲40)。以下,請求項1に係る発明を「本件発明」という。また,本件発明に係る明細書(甲1)を「本件明細書」という。

 【請求項1】ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において,回転軸(28)の左端部にリードスクリュー(28a)を形成し,ロータ回転手段(34)のステータヨーク(37)の内周面に接するように配置され,Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし,当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ(38)を有する正逆回転可能なモータDと,このモータDの取付板(23)との間に装着されたスプリング(24)により付勢されて弁座(21)に密着する弁体(22)と,先端部(25a)がこの弁体(22)の保持板(22a)に固定され,前記リードスクリュー(28a)と螺合して,左右に移動する弁体移動手段25とからなることを特徴とするモータ駆動双方向弁。

 3 本件審決の理由の要旨

  (1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,①特許請求の範囲の請求項1の記載は,発明の詳細な説明において記載された範囲を超えた広い記載となっていて,平成6年改正前の特許法(以下「法」という。)36条5項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)に適合していないということはできない,②特許請求の範囲の請求項1の記載は,特許請求の範囲に特許を受けようとする発明の技術的特徴点を成す事項(発明特定事項)が記載されていると解されるから,本件発明が明確に把握できないとはいえず,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されたものではないということはできず,法36条5項2号に規定する要件を充足する,③本件発明は,ドイツ特許第512667号公報(甲16。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに本件出願前の慣用技術及び周知技術等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法29条2項に違反しない,というものである。

  (2) 本件審決が認定した引用発明は,次のとおりである。

 高圧蒸気の還流を遮断する装置に利用されるモータが遮断機構を駆動する高圧遮断弁において,シャフト9の下側端部のところでスピンドル12を構成し,モータのエアギャップに高圧の作用のもとでステータ体xに当接するように配置され,ロータがある空間がモータのステータから分離されて定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現され,相互に可動の部品でのシールを回避した両方の側で開いた中空体からなる弾力性あるシール体zを有するモータと,モータのハウジング3と,弁座に密着する弁部と,下側端部が弁部であり,スピンドル12を介して,回転するスピンドルナット13と結合されている遮断機構aとからなるモータが遮断機構を駆動する高圧遮断弁。

  (3) 本件発明と引用発明との対比

 本件審決が認定した本件発明と引用発明の一致点,相違点は次のとおりである。

   ア 一致点

 ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において,回転軸の左端部にリードスクリューを形成し,ステータの内周側に配置され,内部の気密を確保するシール構造をなし,静止部分となる中空状の部材を有する正逆回転可能なモータと,モータの取付板と,弁座に密着する弁体と,端部に弁体を有し,前記リードスクリューと螺合して,左右に移動する弁体移動手段とからなるモータ駆動双方向弁。

   イ 相違点

 (ア) 相違点1

 ステータの内周側に配置され,内部の気密を確保するシール構造をなし,静止部分となる中空状の部材を有する点について,本件発明では「ロータ回転手段のステータヨークの内周面に接するように配置され,Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし,当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプを有する」のに対し,引用発明では「モータのエアギャップに高圧の作用のもとでステータ体に当接するように配置され,ロータがある空間がモータのステータから分離されて定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現され,相互に可動の部品でのシールを回避した両方の側で開いた中空体からなる弾力性あるシール体を有する」点。

 (イ) 相違点2

 本件発明では,モータの取付板と弁体との間にスプリングが装着され,弁体がスプリングにより付勢されて弁座に密着する構成であるのに対し,引用発明では,モータのハウジングと弁部との間にスプリングが装着されておらず,弁体がスプリングにより付勢されて弁座に密着する構成になっていない点。

 (ウ) 相違点3

 弁体移動手段が端部に弁体を有する態様に関し,本件発明では,先端部が弁体の保持板に固定されるのに対し,引用発明では,下側端部が弁部である点。

 4 取消事由

  (1) サポート要件違反に係る認定判断の誤り(取消事由1)

  (2) 法36条5項2号の要件違反に係る認定判断の誤り(取消事由2)

  (3) 進歩性欠如に係る認定判断の誤り(取消事由3)

   ア 相違点1の認定の誤り(取消事由3-1)

   イ 相違点1の容易想到性の判断の誤り(取消事由3-2)

第3 当事者の主張

 1 取消事由1(サポート要件違反に係る認定判断の誤り)について

 〔原告の主張〕

  (1) 本件明細書の【0005】,【0010】,【0015】,【図1】は,いずれも,本件発明が,両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする構成を具備する発明であることを明確に示している。他方,【0007】,【0014】では,文言としては,形式上,薄板パイプの両端部でシールする構成であることまでは逐一記載されていない。

 しかし,【0014】の記載は,両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする構成が明示されている【図1】に基づく具体的な構成を記載したものである。また,【0007】は,直前の【0005】(発明の課題),【0006】(課題を解決するための手段)の各記載を受けて,これらの発明の課題や課題を解決するための手段で示された発明の作用を記載したものであるから,【0007】が,両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする発明の作用を記載したものであることは明らかである。

 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には,「両端が開放された薄板パイプ(38)の幅方向の両端部をOリング等のシール材でシールする発明」のみが開示されていて,これ以外の構成は,全く開示も示唆もされていない。ところが,本件発明の特許請求の範囲の記載は,「薄板パイプの幅方向の両端部をOリング等のシール材で装填し固定する」との発明に欠くことができない事項が特定されておらず,広く,「薄板パイプの幅方向の両端部がOリング等のシール材で装填・固定されていない発明」をも含む記載となっている。したがって,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合しておらず,これに適合するとした本件審決の判断は誤りである。

  (2) 被告らの主張について

 被告らは,薄板パイプの後端側の開放端を閉結して気密を保つためには,必ずしもOリングを介して他の部材と連結して閉結する必要はなく,溶接等により他の部材と連結して閉結した状態とすることや,一体成型により薄板パイプの開放端を覆う部分を設けることで閉結した状態とすることは,当業者であれば当然に導き得る設計事項である旨主張する。

 しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,両端が開放された「薄板パイプ」以外の構成部材を用いることについては,何らの記載も示唆もなく,多数の部品を有機的に組み合わせてガス漏出を防止するガス遮断弁の技術分野において,上記は,当業者が当然に導き得る設計事項ではなく,その立証もない。当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明を読めば,ガス遮断弁の製品目的,発明の課題及び作用効果から,本件発明は,当然に,両端が開放された「薄板パイプ(38)」の幅方向の両端部をOリング等のシール材でシールする発明」であると理解するのであって,それ以外の発明が開示されたものと理解する余地はない。したがって,被告らの上記主張は理由がない。

 〔被告らの主張〕

 本件明細書の【0004】~【0007】,【0014】,【0015】によれば,従来のガス遮断弁において,リードスクリュー(可動部分)とその貫通孔(静止部分)との間にOリングを設けてシールを行う構造では,リードスクリューが軸方向の左右に移動するため,この移動に伴う摩擦熱等によりシール材としてのOリングが経年変化を起こし,リードスクリューが粘着状態になってしまうなどの問題点があり,その解決手段として,本件発明は,①ステータヨークとの内周面に接するように薄板パイプを配設し,②Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造を成し,③薄板パイプを当該シール材が嵌装される静止部分とすることによって,可動部分と静止部分の間のシールに代えて,静止部分同士の間でシールを行うことで,Oリングの劣化(粘着状態)による負荷の増大を解消し,負荷の安定性を保持するとともに,高い信頼性を実現できるという作用効果を奏するものである。したがって,本件発明の「薄板パイプ」の技術的意義は,シール部材が装着される被シール部材としての静止部分を提供することであり,「何個」のシール部材が装着されていても,「薄板パイプ」の技術的意義は同じである。

 そして,本件発明の「薄板パイプ」は,リードスクリューの貫通孔からロータ内部にガスの漏入があっても,薄板パイプ内の気密を保つことにより,装置外へのガス漏洩を防止するという機能を果たすものである。したがって,薄板パイプにおいて,ガス通路側とは反対側(後端側)の開放端は,気密に閉じた閉結状態とする必要がある。ここで,薄板パイプの後端側の開放端を閉結して気密を保つためには,必ずしもOリングを介して他の部材と連結して閉結する必要はなく,溶接等により他の部材と連結して閉結した状態とすることや,一体成型により薄板パイプの開放端を覆う部分を設けることで閉結した状態とすることは,当業者であれば当然に導き得る設計事項である。

 上記の「薄板パイプ」の技術的意義と機能によれば,本件明細書には,薄板パイプの「両端部」でシールされることに限定されない発明が開示されており,本件発明がサポート要件を満たすことは明らかである。

 2 取消事由2(法36条5項2号の要件違反に係る認定判断の誤り)について

 〔原告の主張〕

  (1) 前記1の〔原告の主張〕のとおり,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載により,両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする発明としか解されない。仮にも,両端が開放された薄板パイプの一端にしかシール材が装着されなければ,ガス遮断弁として気密性を確保することは到底できない。両端が開放された薄板パイプにおいて,その両端部をシール材によりシールすることは,気密性確保のために必須の構成となる。そして,本件発明の具体的なシール構造は,「薄板パイプ(38)の両端部がステータヨーク内周面及び軸受保持盤の外周面に接するように配設され,パイプの両端において,パイプの両端部38a,38aと取付板23,33とステータヨーク37,37とで包囲される空隙をOリング等のシール材39により嵌装する」ものとして特定される。

 ところが,本件発明の特許請求の範囲の記載では,薄板パイプの幅方向の両端部をシールするシール材(39,39),取付板(33),軸受保持盤(32,32)の記載がなく,両端が開放された薄板パイプに対し,両端部をシールする構成であること及びその具体的なシール構造のいずれも特定されておらず,どのようにシール材を具体的に装着するのかを発明特定事項として明らかにしていない。

 したがって,本件発明の特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されたものとは認められず,上記要件に適合するとした本件審決の判断は誤りである。

  (2) 被告らの主張について

 被告らは,薄板パイプの一端にしかシール材が装着されないとしても,一体成型により薄板パイプの開放端を覆う部分を設けることで閉結した状態とすることもできるから,一つのシール材を用いて薄板パイプ内を気密に保つことができる旨主張する。

 しかし,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は,あくまで,両端が開放された薄板パイプに対し,両端部をシールする構成のものでしかない。「一体成型により薄板パイプの開放端を覆う部分を設けることで閉結した状態とする」構成は,本件明細書の発明の詳細な説明には,何らの記載も示唆もない。したがって,被告らの上記主張は理由がない。

 〔被告らの主張〕

 前記1の〔被告らの主張〕のとおり,薄板パイプの一端にしかシール材が装着されないとしても,ガス遮断弁としての気密性を確保することは可能である。薄板パイプの後端側の開放端は,必ずしもOリングを介して他の部材と連結する必要はなく,溶接等により他の部材と連結して閉結した状態とすることも,一体成型により薄板パイプの開放端を覆う部分を設けることで閉結した状態とすることもできるから,一つのシール部材を用いて薄板パイプ内を気密に保つことができる。

 また,薄板パイプと,薄板パイプに嵌装するシール材によってシール構造を成すことが構成要件として特定されていれば,その技術的意義に従って,具体的なシール構造は適宜設計できるものであり,シール構造に関わる具体的な各部品まで構成要件として特定する必要はない。

 以上のとおり,両端部をシール材によりシールすることは,気密性確保のために必須の構成ではなく,本件発明が法36条5項2号の要件を満たすことも明らかである。

 3 取消事由3(進歩性欠如に係る認定判断の誤り)について

 〔原告の主張〕

  (1) 相違点1の認定の誤り(取消事由3-1)

 仮に,本件発明につきサポート要件違反及び法36条5項2号の要件違反が認められないのであれば,本件発明は,具体的なシール構造(ガス漏れが生じやすい薄板パイプの両端部でシールする構成であることや,いかなる隙間をシールする構成であるか等)を何一つ特定しないまま,単に抽象的に,「リードスクリュー部でシールするのでなく,薄板パイプを静止部分としてシール材と共にシールする構造」を発明特定事項として定めたものでしかない。

 また,本件発明は,リードスクリューでシールする従来技術では負荷の安定や信頼性を確保することができなかったという問題に対し,これを解決する手段として,薄板パイプでシールするシール構造を提供した発明である(本件明細書の【0004】,【0005】等)。したがって,本件発明の技術的特徴点は,たかだか,「リードスクリュー部でシールするのでなく,薄板パイプを静止部分としてシールする構造」にしか認められず,「薄板パイプ」と「シール材」とが別個の部材から成るか一部材から成るかは,本件発明と引用発明との実質的な相違点ではない。

 このように,本件発明は,シール構造について発明特定事項として抽象的な特定しかしていないから,本件発明と引用発明との対比においても,具体的なシール構造を捨象した対比をすべきである。本件審決のように,引用発明の具体的なシール構造(「モータのエアギャップに高圧の作用のもとでステータ体に当接するように配置され,ロータがある空間がモータのステータから分離されて定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現される」)に着目した対比をすることは不相当である。

 したがって,本件審決が認定した相違点1は,本件発明と引用発明との相違点となるものではない。

  (2) 相違点1の容易想到性の判断の誤り(取消事由3-2)

   ア 前記(1)のとおり,仮に本件発明につきサポート要件違反及び法36条5項2号の要件違反が認められないのであれば,本件発明の技術的特徴点は,たかだか,「リードスクリュー部でシールするのでなく,薄板パイプを静止部分としてシールする構造」にしか認められない。したがって,「薄板パイプ」と「シール材」とが別個の部材から成るか一部材から成るかは,本件発明と引用発明との実質的な相違点ではなく,本件発明の相違点1に係る構成は,当業者において容易に想到することができたものでしかない。

 この点について,本件審決は,引用発明の弾力性あるシール体は,それ自体のみでシール構造を成すから,Oリング等のシール材をさらに用いることによってそれと共にシール構造を成す必要はない旨判断したが,これは,まさに,「薄板パイプ」と「シール材」とが別個の部材から成るか一部材から成るかの問題にすぎず,そもそも,実質的な相違点ではない。

   イ 本件審決は,引用発明において,Oリングを嵌装することにより弾力性あるシール体自体も変形するおそれがあることから,モータのエアギャップを成す狭い空間でロータとの干渉を避けるために相応の対処が必要となる旨判断したが,本件発明は「Oリング等のシール材」としか特定しておらず,Oリングを嵌装するという具体的構成に限定していないから,議論の前提を誤っている。

   ウ 本件審決は,引用発明において,弾力性あるシール体は,高圧の作用のもとでステータ体に当接し,定置の部品に密閉式に密着して高圧シールが実現される自動式の高圧シール体となるように,弾力性であることが必須であるから,Oリング等のシール材と共にシール構造を成すべく,Oリング等のシール材を嵌装してシール材にそのシール性能が充分に発揮できるような所期の圧縮をもたらせるように所定の硬度を備えるようにすることは,その厚さを薄くする必要性からしても技術的に相反することであって,阻害されるものである旨判断した。

 しかし,上記の程度のことは,当業者が適宜に硬度や厚さを選択すれば足りることであって,阻害要因となるものではない。また,本件発明は,抽象的に,「リードスクリュー部でシールするのでなく,薄板パイプを静止部分としてシール材と共にシールする構造」を定めたものでしかなく,パイプの硬度やシール材の弾力性等を何ら限定するものではないから,当業者が適宜に硬度や厚さを選択し得るのであって,具体的な硬度や厚さ等を勘案して阻害要因を論ずるのは不相当である。

   エ 以上によれば,相違点1の容易想到性を否定した本件審決の認定判断は誤りである。

 〔被告らの主張〕

  (1) 相違点1の認定について(取消事由3-1)

 本件発明では,特許請求の範囲において「当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ」と明記しているように,Oリング等のシール材が薄板パイプに嵌装されるという具体的構成が特定されている。これは,本件発明が単にシール材と薄板パイプで気密を保つだけの発明はなく,Oリング等のシール材を設けるに当たり,薄板パイプのパイプ部分を利用し,ここにシール材を嵌装することを技術的特徴とする発明だからである。これに対して,引用発明では,「弾力性あるシール体」が「薄板パイプ」に相当するとしても,「弾力性あるシール体」のパイプ部分に嵌装されるOリング等のシール材は存在しないし,シール材が嵌装されるためのパイプ部分を提供する「薄板パイプ」も存在しない。

 したがって,薄板パイプがシール材の嵌装される静止部分となるか否かは,本件発明と引用発明との明確な相違点であり,相違点1を認定した本件審決に誤りはない。

  (2) 相違点1の容易想到性の判断について(取消事由3-2)

   ア 原告の主張(2)アについて

 前記(1)のとおり,本件発明は,Oリング等のシール材を設けるに当たり,薄板パイプのパイプ部分を利用し,ここにシール材を嵌装することを技術的特徴とする発明である。

 これに対して,引用例には,「弾力性あるシール体」のパイプ部分を利用してOリング等のシール材をさらに嵌装することは,記載も示唆もない。そして,引用発明の「弾力性あるシール体」は,それ自体でもシール構造を成すから,Oリング等のシール材をさらに用いる必要はなく,むしろ,Oリング等のシール材を嵌装することによって,「弾力性あるシール体」が変形してロータと接触してしまうおそれがあるため,そのような構成を採用することには阻害要因が存在する。また,引用発明の「弾力性あるシール体」は,高圧の作用のもとでステータ体に密着してシールを実現するものであるため,十分な弾力性を持たせる必要があるが,「弾力性あるシール体」のパイプ部分にOリング等のシール材を嵌装してシールを可能にするためには,「弾力性あるシール体」に所定の硬度を持たせる必要があり,これは,「弾力性あるシール体」に弾力性を持たせることと相反する結果となるため,そのような構成を採用することには阻害要因が存在する。

 したがって,相違点1は,引用発明に基づいて,当業者が容易に想到することはできないから,本件審決の相違点1の容易想到性の判断に誤りはない。

   イ 原告の主張(2)イについて

 本件発明は,特許請求の範囲において,Oリング等のシール材が薄板パイプに嵌装されるという,シール構造の具体的構成を特定している。したがって,本件発明がOリングを嵌装するという具体的構成に限定していないとする原告の主張は理由がない。

   ウ 原告の主張(2)ウについて

 気密を保つシール材には,強い外力を加えて圧縮する必要があるから,引用発明の「弾力性あるシール体」にOリング等のシール材を嵌装する場合には,シール材を介して「弾力性あるシール体」にも強い外力が加わることとなる。この外力により「弾力性あるシール体」が少しでも変形すれば,気密性が失われることになり,また,ロータに接触するおそれも生じる。したがって,この外力に抗して「弾力性あるシール体」が変形しない硬度を備えるようにするには,薄くて剛性を備える金属等の部材を使用しなければないが,そうすると,「弾力性あるシール体」の弾力性が失われる結果となり,高圧の作用のもとでステータ体に密着するという「弾力性あるシール体」の機能が失われることになる。このように,シール部材と被シール部材の両方の機能を果たすことができるように,弾力性と硬度の両方を兼ね備えることは困難であり,当業者が適宜に硬度や厚さを選択することによって実現できるものではない。

 また,本件審決は,薄板パイプにシール材を嵌装するという本件発明の具体的なシール構造を,引用発明に採用する場合に生ずる問題を阻害要因として認定しているのであって,単なる具体的な硬度や厚さの問題を議論するものではないから,原告の主張は,本件審決を誤解するものである。

第4 当裁判所の判断

 1 取消事由1(サポート要件違反に係る認定判断の誤り)について

  (1) 本件発明について

 本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,次の記載がある(下記記載中に引用する図1ないし3は,別紙1を参照。)。

   ア 産業上の利用分野

 【0001】この発明は,正逆回転可能なモータによる回転運動を,弁体移動手段によって左右双方向の直線運動に変換し,弁体を弁座に密着又は弁座から離隔せしめるモータ駆動双方向弁における流体特にガス雰囲気に対するシール構造に関する。

   イ 従来の技術

 【0002】従来,この種の装置のシール構造としては図3に示される構成例のものがある。すなわち,図3はガス遮断時のガス遮断装置の要部断面を示すもので,1はガス供給管路中の弁座で,弁体2の保持板2aとゴム材等の弾性材で形成したシール弁2bから構成されている。そして,弁体2は,ガス通路の側壁の開口(図示していない)に外側から取り付けられたホルダ3に,スプリング4を介して取り付けられており,該スプリング4は弁2を弁座1に押し付ける方向に付勢されている。また,弁体2の中央部にはリードスクリュー5の先端部6が貫通した後,Eリング7,7で挟持するようにして連結されている。リードスクリュー5は前記ホルダ3の貫通孔8を貫通して流体通路外側に延設され,その中程にはスクリューねじ9が形成されている。10はロータで内周面の雌形スクリューねじ10aがスクリューねじ9と螺合する。11は永久磁石,12は電磁コイル,12aはボビン,13はステータヨーク,14は軸受で15はホルダ3にねじ等で固定されたモータの取付板である。また,15は弾性材で成形されたOリングで,シール板17と共に,ホルダ3に形成された貫通孔8とリードスクリュー5との隙間からのガスの漏出を防止するためのものである。

 【0003】上記のように構成されているため,ステータヨーク13とこれに内装されている電磁コイル12とを備えたロータ回転手段Aの制御により,ロータ10と永久磁石11とよりなる回転手段Bが正逆回転し,この回転手段Bと螺合しているリードスクリュー5と弁体2からなる弁体移動手段Cが左右にリニア移動する。これにより,弁体2は弁座1と密着又は弁座1から離隔する。

   ウ 発明が解決しようとする課題

 【0004】しかしながら,上記のように構成された貫通孔8とリードスクリュー5との間のシール構造では,シール材としてのOリング16は密着状態にあるリードスクリュー5が左右に移動するため,摩擦熱等による経年変化を起して,リードスクリュー5と粘着状態になってしまう。このため,流体遮断装置の負荷が増大し,緊急時におけるガス遮断に即応することができなくなるという問題点が生じる。

 【0005】本発明は,このような従来の技術の有していた問題点を解消するため,非磁性材の薄板パイプをステータヨーク内周面及び軸受保持板外周面に接するように配設し,このパイプとその幅方向の両端に嵌装したOリングと,モータの軸端部に設けたOリングとによるシール構造によって,負荷の安定と信頼性の向上を図ったモータ駆動双方向弁とそのシール構造を提供することを目的とする。

   エ 課題を解決するための手段

 【0006】上記目的を達成するため,第1の発明に係るモータ駆動双方向弁装置は,回転軸28の左端にリードスクリュー28aを形成した正逆回転可能なモータDと,このモータDの取付板23との間に装着されたスプリング24により弁座21に密着する弁体22と,先端部25aがこの弁体22の保持板22aに固定され,前記リードスクリュー28aと螺合して左右に移動する弁体移動手段25とより構成される。また,第2の発明に係る外部操作用円盤装置は,第1の発明に係るモータ駆動双方向弁装置を停電時等の緊急時に,外部から手動等の操作により,弁体22と弁座21に密着し又は弁座21から離隔させるために,この弁体移動手段25とは反対側にモータに外部操作手段40を付属させたものである。さらに,第3の発明は,第1又は第2の発明における弁体移動手段25の実施態様である。そして,第4の発明は,第1の発明のモータ駆動双方向弁装置におけるシール構造において,その両端縁が軸受保持盤22aの外周面に接するとともに,残りの部分はステータヨーク37の内周面に接するように,黄銅等の非磁性材の薄板パイプ38を配設し,この薄板パイプ38の両端縁においてモータの取付板23,33及びステータヨーク37,37とにより包囲される隙間にOリング等のシール材39,39を嵌装したものである。

   オ 作用

 【0007】上記構成の弁体移動手段25により,弁体22は弁座21に密着されてガス通路等を遮断してガス流を停止させるとともに,弁座21から離隔保持してガス通路を開放する。また,弁体移動手段25のみがガス通路隔壁内に配置され,他のモータ構成部分はガス通路隔壁外に配置されているから,このモータのステータヨーク37内周面及び軸受保持盤32の外周面に接する薄板パイプ38と,これらにより形成される隙間にOリング等のシール材39を嵌装するシール構造のため,シール材39は移動部分との接触がなくなるので,双安定弁の負荷が安定する。さらには,外部操作手段としての円盤40を備えたことにより,停電中の緊急時には,工具(ドライバ等)により,円盤40を押し込んで,その突起140aを回転軸28の先端溝28bに係合することにより,弁体22と弁座21の開閉を手動操作により行うことが可能になる。

   カ 実施例

 【0008】以下,本発明の実施例について図面を参照して説明する。図1は第1の発明及び第2の発明の実施例を示す要部断面図であって,開弁時を示している。弁体22は,略灰皿状で中央に透孔22bのある弁体保持板22aと,ゴム材等の弾性材で形成され,前記弁体保持板22aに嵌着されたシール板22Cとから構成されている。そして,弁体22は,流通路の側壁の開口(図示していない)に外側から取り付けられた取付板23に,スプリング24を介して取り付けられており,該スプリング24は弁体22を弁座21に押し付ける方向(図面上,左右)に付勢している。また,弁体22の保持板22aの中央孔22bには弁体移動手段25の先端部25aが貫通した後,Eリング26で連結されている。

 【0009】図2は弁体移動手段25の一実施例の要部断面及び上面を示しており,円筒状本体25bの先端部25aには段差部25Cが形成され,下端部(図面上,右端部)にはフランジ部25dが延設されている。そして,該フランジ部25dの凹部には環状盤25eが支持板25hによってねじ25iにて固定支持されている。なお,25fは雌形スクリューねじで,弁体移動手段25の中央貫通孔25gとの連通孔125e内周面に設けられている。

 【0010】また,図1において,27は取付板23に固定されている弁体移動手段25の回り止め棒であり,弁体移動手段25のフランジ部25dにおいて,ねじ25iの固定位置に対して直角をなす位置に設けられた透孔125dに遊嵌されている。28は丸棒状の回転軸で,取付板23を左側に貫通して,その先端部のリードスクリュー28aは弁体移動手段25の中央貫通孔25gに設けられている,環状盤25eの雌形スクリューねじ25f(図2参照)と螺合している。したがって,弁体移動手段25はリードスクリュー28aの回転に従動して左右に移動する。29は前記回転軸28と一体のロータで,30はロータ29外周面に配設された分極着磁された永久磁石である。そして,31は回転軸28のための軸受で,この軸受の環状保持盤32を介して取付板23,33に取り付けられている。ここで,取付板33は,第1の発明では一点鎖線にて閉結されており,図の実線部は第2の発明を示している。さらに,34は,環状の永久磁石30の外周面から僅かに離隔するように環装されているロータ回転手段である。該ロータ回転手段34は次のように構成されている。すなわち,コイルボビン35,35に巻回された電磁コイル36,36が前記永久磁石30に対向して環装するように配置され,各電磁コイル36,36はそれぞれステータヨーク37内に収納されている。なお,図示していないが,図3と同様に,ステータヨーク37は,内周縁に複数枚の磁極歯を有する環状内ヨーク板と,この磁極歯と交互に配設される磁極歯を内周縁に有する円筒状外ヨークが上下(図面上,左右)から接合され溶着されている。さらにまた,38は黄銅などの非磁性材の薄板パイプで,その幅方向の両端部38a,38aは前記軸受保持盤32,32の外周面に接し,かつ,その中央部38bがステータヨーク37と接するように嵌装されており,このパイプ38の両端部38a,38aと取付板23,33及びステータヨーク37,37とで包囲される空隙はOリング等のシール材39により嵌装シールされている。そして,取付板23,33をステータヨーク37,37に螺着することによって,軸受31,保持盤32,パイプ38,Oリング39,ステータヨーク37,取付板23,33は一体に固定されて組立てられる。

 【0011】ところで,40は,手などにより工具を使用して双方向弁を外部から操作するための外部操作手段であり,内面40aには突起140aが設けられており,また,外面40bには工具等との嵌合溝140bが設けられている。さらに,外周面40Cには溝140Cが設けられていて,Oリング等のシール材41が嵌装されて取付板33内面との気密を保持し,かつ,スプリング42を介して移動可動に取り付けられている。

 【0012】本発明に係る上記構成の実施例は次のように動作する。電磁コイル36に所定の制御パルス電圧を印加することにより磁束が発生し,ステータヨーク37,37内に導かれる。これにより発生する磁界とロータ29の外周に環装されている永久磁石30間の電磁作用により,ロータ29がステップ回転させられる。したがって,このロータ29と一体の回転軸28も同時にステップ回転し,そのリードスクリュー28aのスクリューねじと螺合している雌形スクリューねじのある弁体移動手段25がステップ移動する。このため,弁体移動手段25の先端部25aとEリング26により固定されている保持板22aと共に,弁体22が左方向に移動し,弁座21に密着する。また,逆に,上記と反対の制御パルスでリードスクリュー28aを右方向に移動させることにより,スプリング24の付勢力に対抗して弁体22を移動させ,ガス通路を開放して双方向弁を復帰させることができる。

 【0013】また,停電時などには,上述のように制御パルスを印加して双方向弁を作動させることができないから,外部操作手段40を,その溝140bにドライバ等の工具又は治具を当てて内部に押し込み,その突起140aを回転軸28の右端溝28bに係合し,回転軸28を回動することにより,弁体22を直接回転して双方向弁を作動させることができる。

 【0014】さらに,この双方向弁を開放したとき,ロータ内部にガスの漏入があっても,薄板パイプ38とOリング39及びOリング41によって,モータ駆動双方向弁装置は気密が確保され,装置を通して流通路以外の外部へのガス漏洩が防止される。外部操作手段40のない第1の発明の場合は取付板33が一点鎖線で示されるように閉結されているから,この場合には,薄板パイプ38とOリング39によって,装置外へのガス漏洩が防止されるのである。

   キ 発明の効果

 【0015】以上詳細に説明したように,本発明によれば,次に記載する効果を奏する。弁体移動手段はモータの外側に設け,モータのステータヨーク内周面を非磁性材の薄板パイプで覆うとともに,このパイプの幅方向の両端部をOリング等のシール材で装填し固定したので,静止部分でのシール構造が得られるようになり,弁体移動手段との摩擦を避けることが可能となったので,Oリングの劣化により負荷が増大するという従来シール構造の問題点が解消されるため,負荷の安定性を保持できるとともに,高い信頼性を実現できる。また,外部操作手段を設けることにより,停電時でも,工具等の使用により,手動で双方向弁の開閉が可能になる。

  (2) 前記(1)の記載によれば,本件明細書には,本件発明に関し,以下の点が開示されていることが認められる。

 従来のモータ駆動双方向弁において,貫通孔8とリードスクリュー5との間のシール構造では,シール材としてのOリング16は密着状態にあるリードスクリュー5が左右に移動するため,摩擦熱等による経年変化を起こして,リードスクリュー5と粘着状態になってしまい,流体遮断装置の負荷が増大し,緊急時におけるガス遮断に即応することができなくなるという問題点が生じていた(【0002】~【0004】)。

 本件発明は,このような従来の技術の有していた問題点を解消するため,非磁性材の薄板パイプをステータヨーク内周面及び軸受保持板外周面に接するように配設し,このパイプとその幅方向の両端に嵌装したOリングと,モータの軸端部に設けたOリングとによるシール構造によって,負荷の安定と信頼性の向上を図ったモータ駆動双方向弁とそのシール構造を提供することを目的とする(【0005】)。

 このため,ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において,回転軸(28)の左端部にリードスクリュー(28a)を形成し,ロータ回転手段(34)のステータヨーク(37)の内周面に接するように配置され,Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造を成し,当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ(38)を有する正逆回転可能なモータDと,このモータDの取付板(23)との間に装着されたスプリング(24)により付勢されて弁座(21)に密着する弁体(22)と,先端部(25a)がこの弁体(22)の保持板(22a)に固定され,前記リードスクリュー(28a)と螺合して,左右に移動する弁体移動手段25とから成ることを特徴とするものであり(【請求項1】),この弁体移動手段25のみがガス通路隔壁内に配置され,他のモータ構成部分はガス通路隔壁外に配置されているから,このモータのステータヨーク37内周面及び軸受保持盤32の外周面に接する薄板パイプ38と,これらにより形成される隙間にOリング等のシール材39を嵌装するシール構造のため,静止部分でのシール構造が得られるようになり,弁体移動手段との摩擦を避けることが可能となったので,Oリングの劣化により負荷が増大するという従来シール構造の問題点が解消されるため,負荷の安定性を保持できるとともに,高い信頼性を実現できるという作用効果を奏するものである(【0007】,【0015】)。

  (3) サポート要件について

 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には,「両端が開放された薄板パイプ(38)の幅方向の両端部をOリング等のシール材でシールする発明」のみが開示されていて,これ以外の構成は,全く開示も示唆もされていないところ,本件発明の特許請求の範囲の記載は,「薄板パイプの幅方向の両端部をOリング等のシール材で装填し固定する」との発明に欠くことができない事項が特定されておらず,広く,「薄板パイプの幅方向の両端部がOリング等のシール材で装填・固定されていない発明」をも含む記載となっているから,サポート要件に適合しない旨主張する。

 そこで検討するに,前記(2)のとおり,本件発明は,ガス遮断装置に用いられるモータ駆動双方向弁において,従来のリードスクリュー(可動部分)とその貫通孔(静止部分)との間のシール構造においては,シール材としてのOリングが経年変化を起こし,リードスクリューが粘着状態になってしまうなどの問題点があったことから,これを解決するために,①ステータヨークの内周面に接するように非磁性材の薄板パイプを配設し,②Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造を成し,③当該薄板パイプを当該シール材が嵌装される静止部分としたものである。このように,弁体側からモータを経て外部にガスが漏れないようにするために,薄板パイプをロータとステータヨークの間に配設して,シール材と協働してシール構造を形成すること,すなわち,従来技術における可動部分と静止部分との間のシールに代えて,弁体とモータの間の取付板(静止部分)と薄板パイプ(静止部分)との間のシールを行うことにより,静止部分でのシール構造を得る点に技術的意義があると認められる。

 かかる本件発明の技術的意義に鑑みれば,静止部分でのシール構造を得るためには,「Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし,当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ」であれば足り,シール材が薄板パイプの幅方向の両端部にあることは必須ではないというべきである。

 パイプは,一般に,「くだ。特に,水・ガスなどの輸送に使う管。導管」,「液体・気体などを通すくだ。管。」(甲30,31)の語義を有し,モータ駆動双方向弁の分野において,特有の意味で慣用されている語であるということはできない。そして,本件発明における「薄板パイプ」は,ロータ回転手段のステータヨーク(静止部材)の内周面に接するように配置されて,ステータヨーク(静止部分)とロータ(可動部分)とを隔てて,内部(ロータ側)の気密を確保するものと解され,取付板(静止部分)との間でシールを行うものである。したがって,シール材は,薄板パイプの幅方向の両端部にあることは必須ではなく,Oリング39が薄板パイプ38の幅方向の両端部にある構成は,あくまで発明の詳細な説明に記載された実施例にすぎないのであって,かつ,本件特許の特許請求の範囲の請求項4の発明に係るものであると認められる。

 このように,本件発明の技術的意義に鑑みれば,本件発明におけるシール材は,静止部分でのシール構造を得ることができるものであれば足り,例えば薄板パイプの全長にわたってシール材が配置されていてもよいこととなる。

 加えて,前記(1)オのとおり,本件明細書には,作用として,「このモータのステータヨーク37内周面及び軸受保持盤32の外周面に接する薄板パイプ38と,これらにより形成される隙間にOリング等のシール材39を嵌装するシール構造のため,シール材39は移動部分との接触がなくなるので,双安定弁の負荷が安定する。」と記載され(【0007】),必ずしもOリング等のシール材が薄板パイプの両端に装着されることを必須の構成とするものではない。

 以上検討したところによれば,本件明細書には,薄板パイプの幅方向の両端部でシールされることに限定されない発明が開示されているというべきであり,本件発明の特許請求の範囲の請求項1の記載は,発明の詳細な説明において記載された範囲を超えた広い記載であってサポート要件に適合しない,ということはできない。

  (4) 原告の主張について

 原告は,この点について,本件明細書の【0005】,【0010】,【0015】,【図1】は,いずれも,本件発明が,両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする構成を具備する発明であることを明確に示しており,【0007】は,直前の【0005】(発明の課題),【0006】(課題を解決するための手段)の各記載を受けて,これらの発明の課題や課題を解決するための手段で示された発明の作用を記載したものであるから,【0007】が,両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする発明の作用を記載したものであることは明らかである旨主張する。

 しかし,前記(1)エのとおり,本件明細書の課題を解決するための手段には,第1の発明ないし第4の発明の手段が記載されており,第1の発明は,モータ駆動双方向弁装置に関する基本となる本件発明についてであるが,第2の発明ないし第4の発明は,第1の発明に構成を付加した改良発明であり,このうち第4の発明は,第1の発明のモータ駆動双方向弁装置において,薄板パイプの両端縁にシール材を嵌装したものであって,本件特許の特許請求の範囲の請求項4の発明に係るものである(【0006】)。薄板パイプの両端にシール材を嵌装すると限定しているのは,この第4の発明だけであり,第1の発明(本件発明)においては,薄板パイプの両端にシール部材を嵌装するとは限定されておらず,【0006】には,一部の改良発明において薄板パイプの両端にシール部材を嵌装することが記載されているにすぎない。そして,前記(3)の本件発明の技術的意義をも勘案すれば,【0007】が,薄板パイプの両端にOリングを嵌装した発明のみについて,その「作用」を記載しているということはできない。

 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

  (5) 小括

 よって,取消事由1は理由がない。

 2 取消事由2(法36条5項2号の要件違反に係る認定判断の誤り)について

  (1) 原告は,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載により,両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする発明としか解されないところ,本件発明の特許請求の範囲の記載では,両端が開放された薄板パイプに対し,両端部をシールする構成であること及びその具体的なシール構造のいずれも特定されていないから,法36条5項2号の要件に適合しない旨主張する。

   ア そこで検討するに,法36条5項2号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区分してあることとの要件に適合するものでなければならないと規定している。これは,「請求項」を,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項」と定義し,発明の構成に欠くことができない事項のみを記載するとすることにより,一の請求項から必ず発明が把握されるように記載しなければならないこととし,請求項の構成要件的機能を担保したものであり,発明の要旨に不可欠かつ十分な構成要件のみを記載することを求めたものと解される。

 したがって,特許請求の範囲に,当該発明の技術的課題を解決するために必要不可欠な技術的手段(技術的事項),すなわち,当該発明の技術的特徴を成す発明の要旨(発明特定事項)が記載されていると解される場合には,特許請求の範囲に記載された事項に基づいて特許を受けようとする発明が明確に把握できるから,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」が記載されたものとして,法36条5項2号の要件を満たすというべきである。

   イ 前記1(3)のとおり,本件発明の技術的意義は,可動部分と静止部分の間のシールに代えて,静止部分と静止部分との間のシールを行うことにより,静止部分でのシール構造を得る点にある。かかる技術的意義に鑑みれば,静止部分でのシール構造を得るためには,「Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし,当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ」であれば足り,シール材が薄板パイプの幅方向の両端部にあることは必須ではない。

 そして,本件発明の特許請求の範囲には,「ロータ回転手段(34)のステータヨーク(37)の内周面に接するように配置され,Oリング等のシール材と共に内部の気密を確保するシール構造をなし,当該シール材が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ(38)を有する正逆回転可能なモータDと,このモータDの取付板(23)との間に装着されたスプリング(24)により付勢されて弁座(21)に密着する弁体(22)と,」と記載され,モータDの弁体側に取付板(23)があること,薄板パイプ(38)をロータ回転手段(34)のステータヨーク(37)の内周面に接するように配置していること,薄板パイプ(38)とOリング等のシール材とで内部の気密を確保するシール構造を成していること,薄板パイプ(38)はシール材が嵌装される静止部分となっていることを,いずれも把握することができる。これらの記載からすれば,ガスが弁体側からモータD側へ漏れることがないようにするために,ガスのシール構造について,モータの取付板(静止部分)と薄板パイプ(静止部分)との間にシールを行うことが把握でき,特許請求の範囲には,本件発明の技術的特徴を成す発明の要旨である「静止部分でのシール構造を得る」ための構成が記載されているということができる。

 したがって,本件発明の特許請求の範囲の記載は,法36条5項2号の要件を満たすというべきである。

  (2) 原告の主張について

 原告は,本件発明は,両端が開放された薄板パイプの幅方向の両端部でシールする発明としか解されないから,本件発明の具体的なシール構造は,「薄板パイプ(38)の両端部がステータヨーク内周面及び軸受保持盤の外周面に接するように配設され,パイプの両端において,パイプの両端部38a,38aと取付板23,33とステータヨーク37,37とで包囲される空隙をOリング等のシール材39により嵌装する」ものとして特定されるところ,本件発明の特許請求の範囲の記載では,薄板パイプの幅方向の両端部をシールするシール材(39,39),取付板(33),軸受保持盤(32,32)の記載がなく,両端が開放された薄板パイプに対し,両端部をシールする構成であること及びその具体的なシール構造のいずれも特定されておらず,どのようにシール材を具体的に装着するのかを発明特定事項として明らかにしていないから,法36条5項2号の要件に適合しない旨主張する。

 しかし,前記(1)のとおり,本件発明の技術的意義に鑑みれば,静止部分でのシール構造を得るために,シール材が薄板パイプの幅方向の両端部にあることは必須の構成ではない。シール材(39,39),取付板(33),軸受保持盤(32,32)等,薄板パイプの幅方向の両端部でOリングによりシールするための構成は必須ではなく,例えば薄板パイプ全長にわたってシール材が配置されていてもよく,薄板パイプの後端側の開放端は,必ずしもOリングを介して他の部材と連結する必要はない。また,薄板パイプの後端側の開放端は,適宜の方法で閉結されていればよく,必ずしも特許請求の範囲に,これらの部材がシール構造として記載されていなければならない理由はない。

 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

  (3) 小括

 よって,取消事由2は理由がない。

 3 取消事由3(進歩性欠如に係る認定判断の誤り)について

  (1) 引用発明について

   ア 引用例(甲16)には,おおむね,以下の記載がある(下記記載中に引用する図面は,別紙2を参照。)。

 (ア) あらゆる種類の高圧設備(高圧蒸気ボイラー,高圧蒸気タービンなど)の長期運転にとって,信頼度の高い高圧装備品の製作,特に高圧下にある媒体の貫流を遮断,制御する装置の製作は,非常に重要な問題である。

 (イ) 低圧又は中圧の液体,蒸気,気体のために従来知られている電気駆動式の遮断弁では,長手方向に可動の磁心が利用されるか,または,スピンドルとナットとを介しての操作が利用されており,このときスピンドルは電動モータ又は回転電磁石によって駆動される。しかし,これらの設計形態はいずれも,例えば現在蒸気タービンで処理されているような高圧蒸気のような高圧下にある媒体の貫流の遮断や制御には適していない。長手方向に可動の磁心による駆動は,いかなる力伝達部も有していないため,高圧時に弁体で発生する力を克服するにはもともと不向きであり,これまで知られている回転駆動部を備えた設計形態も,この点については考慮の対象とならない。そのような設計形態は全て,相互に可動の部品のシール体(スタッフィングボックス)を有しているが,このシール体は,高圧下にある媒体の場合,そのような弁の経済的な製作が可能ではない寸法を有するとともに,複雑な設計形態を有しているからである。

 (ウ) 本発明の対象物を構成する,高圧下にある媒体の貫流を遮断又は制御する装置では,それ自体公知の仕方で,スピンドルとナットを介して遮断機構を駆動するために電動モータが利用される。しかしながら,ここではモータは本来の遮断機構と新規の方式で組み合わされており,それにより,高圧の場合には非常に製作しにくく高価である相互に可動の部品のシール体(スタッフィングボックス)が全面的に回避されるようになっており,また,最大の材料節約を実現するために,モータのステータハウジングがそれ自体で高い内圧を受け止めるために利用される。このことは本発明によると,ロータは貫流室に対して密閉されていない空間の中にあり,該空間は弾力性あるシール体によってモータのステータから分離されており,該シール体は,これに負荷をかける高い内圧をモータの定置の部品へ伝達する目的のために,当該定置の部品に密閉式に密着することができ,それにより,シール体の少ない壁厚で,ないしはモータのロータとステータの間の小さい間隙幅で,自動的に作用する高圧シールが実現されることによって実現される。

 (エ) 図面には,高圧弁における本発明の実施例が図示されている。符号1は,高圧弁の通常のバルブハウジングである。これに接合されているのが2部分から成る別のハウジング3,4であり,この中に,遮断機構aを操作する駆動装置が配置されている。駆動装置は定置の部分xと可動の部分yとで成り立っており,後者は遮断機構と直接的に連結されている。定置の部品xはステータとして構成されており,可動の部分yは,かご形電機子を備える非同期モータのロータとして構成されている。符号6はステータの巻線であり,符号7はロータのかご形巻線である。ステータとロータは,両方の側で開いた中空体から成る,モータのエアギャップに配置された弾力性あるシール体zによって分離されている。シール体zとステータ体y(x原文誤記)との間には,電気及び場合により熱に対して絶縁性の層8が取り付けられていてもよい。ロータのシャフト9は,ハウジング3及び4で形成される軸受10及び11に支承されており,下側端部のところでスピンドル12として構成されている。遮断機構aは,スピンドル12の上で回転するスピンドルナット13と結合されている。案内部15は,シャフト9が回転したときに遮断機構が連行されるのを防止する。

 (オ) 作動中には,弁の貫流室16が高圧蒸気で満たされる。高圧蒸気は,特別なシール体が設けられていないことにより,空間17へも侵入する。ロータとステータの間に配置された弾力性あるシール体は,高圧の作用のもとでその周囲の面全体で,一部がステータ体xに当接するとともに一部がステータを取り囲むハウジング3及び4に当接して,シール体に負荷をかける内圧全体をこれらの部分に伝達し,その際に,シール体はこれらの部分に密着して自動式の高圧シール体となる。定置の部品により及ぼされる反圧の結果,シール体は圧縮の応力だけを受けることになり,したがって,非常に小さい壁厚を有するように製作することができる。それにより,ステータとロータの間の間隙幅も同じく小さく保つことが可能であり,このことは,駆動装置の電気的な効率を考えたときに大きな意義がある。さらに,高圧下にある媒体が,弁の操作中に動く駆動装置の全ての部品を取り囲むので,当該部分がいかなる一面的な過圧を受けることもなく,たとえば閉止プロセス中には完全に負荷を解除される。

 (カ) 特許請求の範囲

 電動モータがスピンドルとナットとを介して遮断弁を操作する,高圧遮断弁のための電動モータ式の駆動装置において,相互に可動の部品でのシールを回避した上で,モータのロータ(y)は貫流室に対して密閉されていない空間(17)の中にあり,該空間は弾力性あるシール体(z)によってモータのステータ(x)から分離されており,該シール体はこれに負荷をかける高い内圧の作用のもとでモータの定置の部品すなわちハウジングに,密閉式に密着することを特徴とする電動モータ式の駆動装置。

   イ 前記アの記載によれば,引用例には,引用発明に関し,以下の点が開示されていることが認められる。

 高圧蒸気の還流を遮断する装置に利用されるモータが遮断機構を駆動する高圧遮断弁において,相互に可動の部品でのシールを回避した上で,モータのロータyは貫流室に対して密閉されていない空間17の中にあり,該空間は弾力性あるシール体zによってモータのステータxから分離されており,該シール体zはこれに負荷をかける高い内圧の作用のもとでモータの定置の部品であるハウジング3,4に,密閉式に密着するようにしたものである。

 すなわち,高圧蒸気が遮断機構a側からモータ側を経て外部へ漏れないように,モータのロータyとステータxの間に,弾力性あるシール体zを設けて,高圧蒸気の内圧の作用のもとでモータの定置の部品(ハウジング3,4)に,密閉式に密着するようにしたものであり,本件発明と同様に,静止部分(ステータ,ハウジング)に対してシールを行うことにより,静止部分でのシール構造を得るものである。

 さらに,シール体zとステータxとの間に電気及び場合により熱に対して絶縁性の層8が設けられており,これは,ロータyとステータxとの間で磁力の伝達を来さないように電気的絶縁を図るとともに,場合によりロータのある空間17内の高圧蒸気の熱の絶縁を図るものであると認められる。

 したがって,引用発明は,シール体zにより,高圧蒸気の空間17内への隔離及びシールを行うとともに,絶縁性の層8により,ロータyとステータx間の電気的絶縁を行っているものと認められる。

   ウ そして,引用例には,前記第2の3(2)のとおりの引用発明が記載されていると認められることは,当事者間に争いがない。

  (2) 取消事由3-1(相違点1の認定の誤り)について

   ア 前記1(2)及び2(1)によれば,本件発明と引用発明とは,「静止部分でのシ-ル構造を得る」という技術思想を有する点では共通するものの,具体的なシール構造については,本件発明が,薄板パイプ及びOリング等のシール材で形成しているのに対して,引用発明はシール材zのみで形成している点で相違すると認められる。

 したがって,本件審決が,前記第2の3(3)イのとおり,相違点1を認定した点に誤りはない。

   イ 原告の主張について

 原告は,本件発明の技術的特徴点は,たかだか,「リードスクリュー部でシールするのでなく,薄板パイプを静止部分としてシールする構造」にしか認められず,「薄板パイプ」と「シール材」とが別個の部材から成るか一部材から成るかは,本件発明と引用発明との実質的な相違点ではないこと,本件発明は,シール構造を何一つ特定しないまま,単に抽象的に,「リードスクリュー部でシールするのでなく,薄板パイプを静止部分としてシール材と共にシールする構造」を発明特定事項として定めたものでしかないから,本件発明と引用発明との対比においても,具体的なシール構造を捨象した対比をすべきであって,引用発明の具体的なシール構造に着目した対比をすることは不相当である旨主張する。

 しかし,本件発明は,請求項1の記載によれば,モータのロータとステータヨークの間に薄板パイプを設けることにより,ロータとステータヨークとの間を仕切るとともに,Oリング等のシール材とともに,ロータ内部の気密を確保するシール構造を形成していることが把握できるのであって,シール構造については,発明特定事項として,薄板パイプとOリング等のシール材から成ることが具体的に特定されている。

 これに対して,引用発明は,モータのロータyとステータxの間に,弾力性あるシール体zを設けて,高圧蒸気の内圧の作用の下でモータの定置の部品(ハウジング3,4)に,密閉式に密着するようにして,ロータyとステータxとの間の仕切りとシール構造を兼ねたものである。

 本件発明と引用発明とを対比すると,モータとロータの仕切り及びシール構造における具体的な構成が相違していることは明らかである。

 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

   ウ 小括

 よって,取消事由3-1は理由がない。

  (3) 取消事由3-2(相違点1の容易想到性の判断の誤り)について

   ア 本件発明と引用発明は,シール構造に関して,本件審決が認定した相違点1において相違している。すなわち,前記(2)アのとおり,本件発明と引用発明は,「静止部分でのシ-ル構造を得る」という技術思想を有する点では共通するものの,具体的なシール構造については,本件発明が,薄板パイプ及びOリング等のシール材で形成しているのに対して,引用発明はシール材zのみで形成している点で相違している。

 そして,本件発明における薄板パイプ38は,ロータとステータヨークの間を隔ててロータ内のガスを隔離するとともに,薄板パイプ38を非磁性材としてステータヨークからロータへの磁力の伝達に支障を来さないようにして,シール材(Oリング39)とともに静止部分のシール構造を形成するものではあるが,ロータ側とステータヨーク側の間の気密の確保は,主として,シール材(Oリング39)により行っているものと認められる。

 これに対して,引用発明は,弾力性あるシール体zのみで,シール体z全体にかかる内圧を受けてステータx,ハウジング3,4に密着させて,ロータyとステータx間を仕切り,ロータyのある空間17内の高圧蒸気を隔離するとともに,内部の気密の確保を行いつつ,別途,絶縁性の層8を設けて,ステータxからロータyへの磁力の伝達に支障を来さないようにしているものと認められる。

 したがって,本件発明における薄板パイプ38及びシール材(Oリング39)と引用発明のシール体zとでは,ガス(高圧蒸気)の隔離,シール作用(気密の確保),電気絶縁に係る作用効果が各々相違しているというべきであり,相違点1に係る本件発明の構成が,設計事項であるということもできない。

 また,引用発明におけるシール体zは,弾力性ある部材であり,それ自体でシール構造を成すとともに,ステータxとロータyとを隔てる役割をも果たしていることから,さらにOリング等のシール材を用いる必然性は全くなく,さらに薄板パイプを設ける必然性も認められないから,引用発明において,薄板パイプ及びOリング等のシール材を採用する動機付けがない。また,引用例には,これらを採用する記載も示唆もない。

 仮にシール体zをロータyとステータxとの間を隔離する部材であるとみなしたとしても,シール体zにOリング等のシール材を嵌装すれば,Oリング等のシール材を介してシール体zに外力が加わることとなり,この外力により弾力性あるシール体zが変形してロータと接触したり,あるいは気密性が失われたりするおそれがあるため,そのような構成を採用することには阻害要因があるというべきである。

 以上によれば,引用発明におけるシール体に代えて,本件発明の薄板パイプ及びOリング等のシール材を採用することは,当業者が容易に想到することができたものということはできず,相違点1に係る本件発明の構成が容易に想到できるものとは認められない。

   イ 原告の主張について

 (ア) 原告は,本件審決が,引用発明において,Oリングを嵌装することにより弾力性あるシール体自体も変形するおそれがあり,モータのエアギャップを成す狭い空間でロータとの干渉を避けるために相応の対処が必要となる旨判断したことについて,本件発明は「Oリング等のシール材」としか特定しておらず,Oリングを嵌装するという具体的構成に限定していないから,議論の前提を誤っている旨主張する。

 しかし,本件発明の特許請求の範囲には,「Oリング等のシール材…が嵌装される静止部分となる非磁性材の薄板パイプ」と記載され,Oリングが嵌装されることは発明特定事項とされている。

 (イ) 原告は,本件審決が,引用発明において,弾力性あるシール体は弾力性であることが必須であるから,Oリング等のシール材を嵌装してそのシール性能が充分に発揮できるような所期の圧縮をもたらせるように所定の硬度を備えるようにすることは,その厚さを薄くする必要性からしても技術的に相反することであって,阻害される旨判断したことについて,上記の程度のことは,当業者が適宜に硬度や厚さを選択すれば足りることであって,阻害要因となるものではなく,また,本件発明は,抽象的に,「リードスクリュー部でシールするのでなく,薄板パイプを静止部分としてシール材と共にシールする構造」を定めたものでしかなく,パイプの硬度やシール材の弾力性等を何ら限定するものではないから,当業者が適宜に硬度や厚さを選択し得るのであって,具体的な硬度や厚さ等を勘案して阻害要因を論ずるのは不相当である旨主張する。

 しかし,前記アのとおり,そもそも,引用発明におけるシール体zは,弾力性ある部材であり,それ自体でシール構造を成すとともに,ステータxとロータyとを隔てる役割をも果たしていることから,さらにOリング等のシール材を用いる必然性は全くない上,シール体zにOリング等のシール材を嵌装すれば,Oリング等のシール材を介してシール体zに外力が加わることとなり,この外力により弾力性あるシール体zが変形してロータと接触したり,あるいは気密性が失われたりするおそれがあるため,そのような構成をとることには阻害要因があるというべきであって,あえて当業者が引用発明のシール材zの硬度や厚さを適宜選択することによって,Oリングを嵌装できる構成を採用するものとは認められない。

 (ウ) したがって,原告の上記主張は,いずれも採用することができない。

   ウ 小括

 以上によれば,本件発明は,引用発明に基づいて容易に発明することができたものということはできず,相違点1の容易想到性についての本件審決の判断に誤りはなく,取消事由3-2は理由がない。

  (4) よって,取消事由3は理由がない。

 4 結論

 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 髙部眞規子 裁判官 田中芳樹 裁判官 柵木澄子)

bottom of page