top of page

 

裁判年月日 平成15年 9月 9日

事件番号 平成14年(ネ)第3714号

事件名 特許権侵害差止請求控訴事件 〔ガス圧力式玩具銃事件・控訴審〕

 

   主  文

 1 本件控訴を棄却する。

 2 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

   事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

 1 控訴人

  (1) 原判決を取り消す。

  (2) 被控訴人は、別紙物件目録記製品を製造し、販売してはならない。

  (3) 被控訴人は、その占有する前項記載の製品及びその製造用金型を廃棄せよ。

  (4) 被控訴人は、控訴人に対し、6億5433万2600円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

  (5) 被控訴人は、控訴人に対し、別紙謝罪広告目録記載の内容の広告を同目録記載の要領で同目録記載の各新聞に各1回ずつ掲載せよ。

  (6) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

 2 被控訴人

 主文と同旨

第2 事案の概要

 控訴人は、発明の名称を「ガス圧力式玩具銃」とする特許第2871583号の特許(平成5年5月17日にした出願(以下「原出願」という。)の分割出願として平成8年に出願。平成11年1月8日設定登録。請求項の数は2である。以下「本件特許」という。その請求項1記載の発明を「本件発明」といい、本件発明に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である。

 本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである(以下に分説する各構成要件を、頭書の記号番号を用いて、「構成要件A〈1〉」というように表示する。)。

 A〈1〉 本体に、

   〈2〉 弾倉部と、

   〈3〉 弾丸が供給される装弾室と、

 B 内部に摺動部材が配され、上記本体に対して移動可能とされた空間部形成部材と、

 C 上記本体に対して移動可能とされ、上記空間部形成部材を移動させる状態をとるスライダ部とが設けられ、

 D〈1〉 上記摺動部材が、

   〈2〉 上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態をとった後、

   〈3〉 該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ、

   〈4〉 上記スライダ部の後退及びその後の前進、及び、それに伴う上記空間部形成部材の移動が生じて、上記弾倉部からの弾丸が上記装弾室に送り込まれることになる状態をとる

 ことを特徴とするガス圧力式玩具銃

 控訴人は、被控訴人が製造、販売する別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」という。)が本件特許権を侵害しているとして、被控訴人に対し、被告製品の製造、販売の中止及び損害賠償等を求めた。

 原判決は、(ア)被告製品の構成は、本件発明の構成要件D〈3〉を充足しない、(イ)被告製品の皿形弁は、本件発明の構成要件B及びD〈1〉の「摺動部材」に該当しない、として、控訴人の請求をいずれも棄却した。

第3 事実

 当事者間に争いのない事実等並びに争点及び当事者の主張は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決の事実及び理由「第2 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。なお、本判決も「本件共同実験」、「実験〈1〉」ないし「実験〈10〉」の語を原判決の用法に従って用いる。

 1 原判決の訂正

  (1) 原判決9頁末行~10頁1行を削除する。

  (2) 原判決10頁2行~12行を、原判決9頁7行と8行の間に移動し、挿入する。

  (3) 原判決14頁10行~11行の「摺動部材が後方から前方へ移動することを指す」とあるのを「摺動部材が後方位置から前方位置に移動し、前方への通路を安定した状態において閉じた時点を指すと解釈すべきである。」と改める。

  (4) 原判決15頁5行~6行の「被告製品においては、皿形弁は後方から前方へ移動しているから、「位置が切り換えられ」たといえる。」とあるのを「被告製品においては、皿形弁は後方位置から前方位置に移動し、前方への通路を安定した状態において閉じているから「位置が切り換えられ」たといえる。」と改める。

  (5) 原判決15頁8行の「被告」(2か所)を、いずれも「原告」と改める。

 2 当審における控訴人の主張の要点

 原判決には次のとおりの誤りがある。

  (1) 本件発明の構成要件D〈3〉の解釈の誤り

 原判決は、本件発明の構成要件D〈3〉の、「空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ(る)」とは、「コイルスプリングの付勢力の存在下において、空間部形成部材内におけるガス圧の低下を原因として、摺動部材の位置が切り換えられる」との意味に限定して解釈するのが相当である、と判断した。

 しかし、原判決の解釈は、正当な理由がないのに、本件発明の技術的範囲を、特許請求の範囲の記載によることなく、本件特許に係る出願の願書に添付された明細書(以下、同願書に添付された図面と併せて「本件明細書」という。)に記載された実施例のみに限定するものであって、誤りである。

   ア 本件発明の特許請求の範囲に記載のない「コイルスプリングによる付勢力」を要件に加えた誤り

 原判決は、本件発明の解決すべき課題が、「スライダの移動を弾丸の発射後に行わせることにより、弾丸の発射時にスライダの移動の影響により銃が振動し、弾丸の弾道に狂いが生じるのを回避すること」であることを指摘した上で、本件明細書の実施例についての説明を引用し、「コイルスプリング28による付勢力の存在下において、中央空間部20内におけるガス圧の低下を原因として、摺動部材の位置の切り換えが達成されるという解決手段が開示されていると理解するのが相当である。」と述べている。

 しかしながら、原判決の上記解釈は、本件発明の特許請求の範囲の文言をいかに解釈しても導き出すことのできない「コイルスプリングによる付勢力」を要件に加えるものであり、特許請求の範囲の解釈として許される範囲を明らかに逸脱している。

 本件発明のガス圧力式玩具銃の構成要素である「摺動部材」につき、特許請求の範囲が定めているのは、それが、〈1〉弾丸を装弾室から銃身内に移動させ発射させる状態と、〈2〉スライダ部の前進・後退と空間部形成部材の移動が生じて弾丸が給弾されることとなる状態の、二つの状態をとること、〈1〉の状態にあった摺動部材の位置が切り換えられることで〈2〉の状態をとるに至ること、その位置の切換えが、「弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内における圧力低下に伴って」行われること、の三つのみである。「摺動部材」に関する本件発明の内容は、これに尽きる。

 本件発明は、摺動部材の移動のための技術的手段を提案するものではない。本件発明は、その方法を限定しておらず、その必要性もない。摺動部材が位置を切り換えるためのメカニズムは多様である。本件明細書中の実施例では、摺動部材の位置の切換えにコイルスプリングによる付勢を利用している。しかし、本件発明において、摺動部材の位置の切換えの方法は、実施例の上記方法に限られず、いずれの付勢力によるものであれ、摺動部材の位置を切り換える方法として妥当なものであれば足りる。ガス圧、ガスの流れ、吸引力、マグネット、板バネ、弾性ゴム材による方法など、一定の重量や形状のものを停止した位置から移動させようとする位置まで移動させることができる物理的な力によるものであれば、どのような手段であっても構わない。当業者にとって、これらの各手段を採用することは、容易なことである。

   イ 「ガス圧の低下に伴って」の解釈の誤り

 原判決は、本件発明の構成要件D〈3〉の「ガス圧の低下に伴って」とは、「ガス圧の低下を原因として」という意味であると解釈した。

 しかし、本件発明の構成要件D〈3〉の摺動部材の位置が切り換えられる際の「ガス圧の低下に伴って」とは、「ガス圧の低下と時をほぼ同じくして」という意味であって、「ガス圧の低下」と「摺動部材の位置の切換え」との間に因果関係があることを要するものではない。

 本件明細書の記載を参酌すれば、本件発明における摺動部材は、前進して位置の切換えを行うことによって、それまで弾丸発射のために用いられていたガス圧のエネルギーをスライダ部の後退のために有効に利用するための部材であることを、容易に理解することができる。本件発明の技術思想は、位置の切換えという動作を行う部材(摺動部材)を用いて、ガス圧のエネルギーを制御して有効に利用することにある。本件発明は、この技術思想を表現する発明の構成として、ガス圧が得られる空間部形成部材内に摺動部材を配置し、玩具銃の動作中に生じる空間部形成部材内のガス圧の低下のタイミングと摺動部材の動作(切換え)との時間的関係を、「伴って」と特定したものである。

 原判決は、上記解釈の理由として、「特許請求の範囲の記載のみでは、摺動部材の位置の切換えがどのような原理又は機序で実現されているのかが不明であり、結局、本件発明の「特許請求の範囲」の記載から、「ガス圧の低下に伴って」の意義を明確にすることができない」と述べる。

 しかし、本件発明の「ガス圧の低下に伴って」の要件は、上記のとおり、「ガス圧の低下」と「摺動部材の切換え」という二つの現象が、時間的に、ほぼ同時に生ずる状態を意味するものであり、その意義は、明確である。この関係は、摺動部材の位置の切換えを実現させる原理又は機序のいかんによって左右されるものではない。発明のある構成要素の作動が特許請求の範囲に記載されている場合に、実施品においてその作動を現実にもたらすための様々な力学的要因や部材のすべてを請求の範囲の記載に盛り込むべきであるということはできない。その作動は、多数の部材と力学的要因の複雑な組合せによって実現されるものであり、そのすべてを明示して特許請求の範囲に記載することを求め、あるいは、記載がないからといって実施例の記載に限定して解釈することは、許されないというべきである。

   ウ 被控訴人が自明である、と述べている内容は、いずれも、自明のこととはいえない。弾丸を発射した後にスライダ部を後退させることは、弾道に狂いが生じることを回避するための一つの選択肢にすぎない。弾丸の発射の後にスライダ部の後退を行わせることをガスの制御により実現することも、さらに、このガスの制御を一つの弁で行うことも、この弁を摺動部材とすることも、種々あり得る方策のうちの一つの選択肢であり、かつ、本件特許の原出願以前には、これらのアイディアを組み合わせた技術を用いたガス式玩具銃は存在しなかった。

 本件発明の意義を明らかにするには、従前技術との対比が必要である。ガスを利用した自動給弾機構付玩具銃の分野においては、機構の単純性・ガス消費量の低減のため、蓄圧室からのガス供給ルートが単一であるものが有利とされる。このような技術を用いたものとしては、従来、ガスを最初に給弾動作のためのスライダ部の後退に用い、その後にガスが前方に噴射されて弾丸を発射するものしか存在しなかった(甲第30、第31号証参照。)。給弾動作時に生じるスライダ部の後退による集弾性能の著しい低下は、玩具銃の性能としては極めて重大な問題であり、ユーザーからの改善の要望も強く、当然ながら各メーカー共通の課題であった。

 蓄圧室から弾丸発射用、弾丸供給用の二系統の独立したガス通路・ガス放出バルブを設けた製品においては、まず弾丸を発射し、次いでスライダを後退させることが可能であったが、ガス供給機構を二系統有することにより、機構的に複雑でガス消費量も多いという欠陥があった(甲第9号証参照)。

 このように、ガス供給ルートを単一のものとしながら、発射動作の後に給弾動作を行う技術は、本件特許の原出願の出願前には存在しなかった。被控訴人が自明であるという内容は、本件発明の出願前にはだれも実現した者がなかったのである。

 本件発明は、ガス供給ルートが単一となり、かつ、給弾動作の際にスライダ部の前進後退に伴って移動する空間部形成部材と、その内部に配されて位置が切り換えられる摺動部材を組み合わせたことにより、自動給弾式玩具銃において、ガスの供給ルートを単一のものとすることで構成を簡単なものとしながら、弾丸の発射後に給弾動作が開始されることを可能としたところにその創造的価値があるのである。弁の移動の方法を提供するところに本発明の価値があるものではない。そうであるからこそ、摺動部材が位置を切り換える具体的な原理ないし機序を構成要件としない特許発明となっているのである。本件発明は、摺動部材が位置を切り換えるための具体的方法を提供するものではなく、またそのような具体的な方法が明示されることが特許として成立するために必要なものでもない。

   エ まとめ

 本件発明の構成要件D〈3〉の摺動部材の位置が切り換えられる際の「ガス圧の低下に伴って」の文言を、「ガス圧の低下と時をほぼ同じくして」と解釈するならば、被告製品の皿形弁は、本件発明の構成要件D〈3〉を充足することが明らかである。

  (2) 被告製品の構成要件D〈3〉該当性の判断の誤り

 本件発明の「ガス圧の低下に伴って」の「伴って」の意義を、原判決のいうように「ガス圧の低下」と「摺動部材の位置の切換え」とが因果関係を有することである、と解釈したとしても、被告製品の皿形弁は、ガス圧の低下を原因としてその位置の切換えがなされている、ということができるから、本件発明の構成要件D〈3〉を充足するというべきである。

   ア 構成要件D〈3〉の「摺動部材の位置の切換え」の解釈の誤り

 原判決は、被告製品の皿形弁の移動が、前方中央空間部におけるガス圧の低下を原因とするものであるか否かの検討において、発射ガス通路圧力センサーにおける「ガス圧が低下し始めた時期」と皿形弁の「移動開始時期」とを対比することにより、上記因果関係の有無を判断することができる、として、専ら皿形弁の「移動開始時期」と「ガス圧低下時期」との関係について検討し、その結果、被告製品においては、皿形弁は前方中央空間部のガス圧の低下と無関係の原因及び機序によって移動していると解するのが合理的である、と判断した。

 しかし、本件発明の特許請求の範囲にいう「位置の切換え」は、その前後の記載からみて、「弾丸を銃身部内に移動させる状態」をとる位置にあった摺動部材が「給弾動作を生じさせる状態」をとる位置に至る、ということを意味することが明らかである(本件明細書段落【0006】、【0007】、【0030】、【0035】、【0041】参照。)。すなわち、本件発明は、摺動部材が、弾丸の銃身部内への移動により生じる空間形成部材内における圧力低下に伴って、給弾動作を生じさせる状態に置かれる位置に至るものとし、これにより、弾丸の銃身部内への移動の後に給弾動作が行われるようにして、本件発明の課題を解決したものである。摺動部材が、その移動の結果として「給弾動作を生じさせる状態」に置かれる位置に至ることが「位置を切り換える」ことである。原判決は、「位置の切換え」を単なる「位置の移動開始」とする誤りを犯している。

 被告製品に即していえば、皿形弁が「位置を切り換え」るとは、弾丸発射用ガス通路を開状態にする位置にあった皿形弁が前方に移動した結果、弾丸発射用ガス通路を閉状態にする位置に到達することである。ここで問題とされるべきは、皿形弁の単なる「位置の移動」の開始ではなく、空間形成部材内におけるガス圧の低下と、皿形弁が弾丸発射用ガス通路を閉状態にする位置に到達することとの因果関係の有無である。被告製品において、別紙動作状況図3(以下「図3」という。)の位置に置かれていた皿型弁が移動して別紙動作状況図4(以下「図4」という。)の位置に到達するのは、装弾室からインナーバレル内への弾丸の移動により空間形成部材内におけるガス圧の低下が生じるためである。このようなガス圧の低下が生じなければ、被告製品の皿形弁は、その当初位置を離れることはあっても、図4の位置には到達しない。このことは、本件共同実験中の共同実験〈4〉の結果から明らかである(甲第27号証58頁参照)。

 「皿形弁の移動開始」と「皿形弁の位置の切換え」とを同一視するのは明らかな誤りである。「皿形弁の移動開始」の時点で空間部形成部材内におけるガス圧低下が認められないことのみから、「皿形弁の位置の切換え」は空間部形成部材内のガス圧低下と無関係である、と即断することも誤りである。皿形弁がその後方位置から離れたというだけでは、直ちに、それが本件発明における「摺動部材の位置の切換え(前方通路の閉鎖のための移動)」に当たるということはできない。

 本件発明の構成要件である「空間部形成部材のガス圧の低下に伴う摺動部材の位置の切換え」とは、「摺動部材が、空間部形成部材内に得られるガス圧により装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられる状態をとった後」、「上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下」が「該弾丸の銃身部内への移動により生じる」以降の事象をとらえたものであって、それ以前に生じる事象は、何ら本件発明の構成要件該当性の判断に影響を及ぼすものではない。本件発明の構成要件該当性として議論すべきなのは、弾丸がインナーバレル内に移動した後における空間部形成部材内の圧力低下であり、摺動部材の位置の切換えなのである。被告製品において、摺動部材は、弾丸がインナーバレル内に移動することによる空間部形成部材内のガス圧低下が生じる状況の下で、前方通路を閉鎖して位置を切り換えるに至ることが、本件共同実験の結果からも明らかである。弾丸がインナーバレル内に移動する前における摺動部材の動きは、その性質上、本件発明の構成要件該当性とは無関係な動きである。この動きは、原理上前方通路を閉鎖するには至らない動きであって、技術的に意味のない微動あるいはわずかな動きと評すべきものである。

 本件共同実験によれば、弾丸がインナーバレル内に移動する前に皿形弁が当初位置を離れる場合がある。しかし、これは皿形弁の前後空間の圧力差に起因するものではなく、空間部形成部材内に急激にガスが流入して圧力状態が不安定となることにより、皿形弁がいわば中空に浮いた状態になることによるか、皿形弁と接点との間にガスの隙間ができるかすることによるものであると理解することができるものであって、弾丸の装弾室からインナーバレル内への移動により皿形弁前面空間内に生じるガス圧の低下とは無関係のものである。このような状況における皿形弁の動きは、被告製品の作動について何らの機能も果たしていない。このような皿型弁の動きをもって、本件発明の構成要件該当性を論じることは正しくない。

 被告製品の皿形弁の移動を論ずるについては、図3に記載された位置からの移動の開始をすることはするものの図4の位置には到達しない場合の移動と、図3に記載された位置からの移動を開始するだけでなく図4に記載された位置に到達して構成要件D〈4〉の状態に置かれる場合の移動とを、区別して把握すべきである。後者の場合には、弾丸発射用ガス通路を開状態にする位置に置かれていた皿形弁が、弾丸発射用ガス通路を閉状態にする位置へ到達するのであって、これが「位置の切換え」に当たる。この場合には、皿形弁の図4に記載された位置への到達は、装弾室からインナーバレル内への弾丸の移動により皿形弁前方空間内に生じるガス圧の低下が原因となって行われる。

 被告製品の構成は、構成要件D〈3〉を充足するものというべきである。

   イ 本件共同実験の結果についての評価の誤り

   (ア) 原判決は、被告製品における皿形弁の位置の移動と前方空間部のガス圧低下との因果関係を、同皿形弁の「位置の切換え時期」ではなく、その「移動開始時期」との関係で検討した上で、本件共同実験中に、皿形弁の移動開始時点においてまだガス圧の低下が存在しないものが存在することを理由に、被告製品においては、すべての場合に、皿形弁は前方中央空間部のガス圧の低下と無関係の原因及び機序によって移動していると解するのが合理的であると判断した。しかし、この判断は、誤りである。

 本件共同実験の結果によれば、センサーAを設けて弾丸を通常発射し計測した実験〈1〉、〈3〉、〈6〉ないし〈10〉のいずれにおいても、皿形弁がその移動を完了する際には、皿形弁前面空間のガス圧は低下局面にある。本件共同実験のうち、センサーA及びセンサーBの双方を設けて計測した実験〈3〉、〈6〉ないし〈10〉によれば、この時点において皿形弁後方空間部の圧力は、低下局面にある皿形弁前方空間部の圧力と比べて高い。これらの実験結果によれば、少なくとも、皿形弁の移動の最終段階において、皿形弁の前方空間部の圧力が低下しており、これと皿形弁の後方空間部の圧力との間に圧力差が生じて、この圧力差によって皿形弁が前方に付勢され移動していることは、明らかである。原判決は、この実験結果を何ら、考慮していない。

 原判決は、被告製品において皿形弁が後方から前方に移動するのは、蓄圧室からの高圧ガスによって、全中央空間部内にガスの流れが生じること、全中央空間部のうちの、皿形弁より後方の部分のガス圧が、皿形弁より前方の部分のガス圧よりも高くなることの双方又は一方を原因としているものと推測される、この場合、皿形弁前方空間部におけるガス圧が低下することは必ずしも必要ではない、と述べ、被告製品においては、すべての場合に、皿形弁は前方空間部のガス圧の低下と無関係の原因及び機序によって移動していると解するのが合理的である、と判断した。原判決は、皿形弁前方空間部のガス圧低下が生じていても、これと同時に皿形弁の前後の圧力差が生じているときには、皿形弁の前進は圧力差によるものでありガス圧低下によるものでない、とするものである。しかし、被告製品において、皿形弁前方空間部の圧力の低下は、これによる皿形弁後方空間部との圧力差を生じさせることにより、皿形弁をスプリングの付勢力に抗して前方に移動させる原因となっているものである。圧力の低下と圧力差とは矛盾するものではなく、二者択一のものでもない。原判決の論理は誤りである。

   (イ) 原判決が、被告製品において皿形弁が後方から前方に移動する原因として挙げるものは、結局、皿形弁の前後空間の圧力差に集約されると理解することができる。しかし、実験〈4〉では、弾丸を装弾室に固定した場合においては、皿形弁の前後の圧力差が全く生じない(弁前方空間と弁後方空間の圧力が同じである)にもかかわらず、皿形弁が初期位置を離れる(前方通路の閉鎖には至らない)現象が確認されている。同実験の結果によれば、被告製品において、弾丸がインナーバレル内に移動する前に皿形弁が当初位置を離れる場合、それは、皿形弁の前後空間の圧力差を原因とするものではなく、空間部形成部材内に急激にガスが流入して圧力状態が不安定となり、皿形弁がいわば中空に浮いた状態になるか、皿形弁と接点との間にガスの隙間ができるかすることを原因とするものであると理解することができ、実験〈4〉以外の場合においても同様の現象が生じていると推測することができる。このような状況における皿形弁の動きは、被告製品の作動について何らの機能も果たしていない。このような動きをもって、本件特許の構成要件該当性を論じることは正しくない。このことは、専ら皿形弁の動き出しの原因を問題とする原判決の解釈が不合理なものであることをも示すものである。

   (ウ) 皿形弁前方空間の圧力変化・BB弾の装弾室からインナーバレル内への移動時期・皿形弁の移動時期を同時計測した実験〈1〉、〈3〉、〈6〉、〈7〉のすべてにおいて、皿形弁は、BB弾がインナーバレル内に移動した後に、初期位置を終局的に離れている(皿形弁の移動開始は、BB弾がインナーバレル内に移動した後である。)。実験〈8〉ないし〈10〉においても、BB弾の移動が計測されていないものの、実験〈3〉、〈6〉、〈7〉におけるグラフとの対比から、ほぼグラフ上の同じ時期(皿形弁前方空間の圧力が上昇をやめる時期の直前)にBB弾がインナーバレル内に移動していると推認することができる。

 本件発明の構成要件D〈3〉にいう「ガス圧の低下」とは、「(装弾室に供給された)弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内のガス圧の低下」のことである。実験〈1〉、〈3〉、〈6〉、〈7〉のグラフにおいては、すべての場合において、BB弾が装弾室から空間部形成部材内に移動した後に、皿形弁前方空間のガス圧が上昇から下降に転じており、これが「弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内のガス圧の低下」に当たることは明らかである。

 この圧力低下は、弾丸がインナーバレル内に移動し、インナーバレル内壁と弾丸との隙間からの漏出しや弾丸後方空間の拡大等のガス圧の低下要因が生じることによって生じる。空間部形成部材内は蓄圧室からのガス圧の加給をも受けているので、上記ガス圧の低下要因が、蓄圧室からのガスの加給による圧力上昇要因を上回るときに、ガス圧は下降に転じることになる。仮に、被告製品において、皿形弁の移動開始時点においては、いまだ皿形弁前方空間の圧力が低下するには至っておらず、皿形弁の前後空間の圧力差のみが生じている状況にあったとしても、それは弾丸の銃身部内への移動により生じた圧力差にほかならず、やがて圧力低下に転じるに至る過程の状況であると理解することができる。その後に、皿形弁前方空間の圧力は下降に転じ、皿形弁は、この圧力の下降による皿形弁前後の圧力差によって前進させられ、これにより位置が切り換えられて、発射ガス通路を閉鎖するに至るのである。このように皿形弁の移動状況を全体的に観察するならば、被告製品の皿形弁の位置の切換えは、弾丸のインナーバレル内への移動により生じるガス圧の低下に伴って行われている、と評価すべきである。

   (エ) 原判決は、被告製品において、皿形弁前方空間部の圧力低下が、皿形弁の移動開始と同時又は移動開始前に始まっているか否かを、本件共同実験の結果に基づいて検討している(原判決40頁10行~41頁15行)。しかし、その検討結果は、誤っている。

 原判決は、皿形弁の移動と前方空間部におけるガス圧低下との間に因果関係がないことが明らかな実験結果として、温度25°Cにおける実験〈1〉、〈3〉、〈6〉、〈7〉を指摘する。しかし、これらの実験結果は、ガス圧の上昇が止まりガス圧の低下に転じようとする際のガス圧の細かな変動が認められるときに皿形弁の動き出しが見られるものであるから、これをもって直ちに、上記因果関係がない、とすることはできない。

 実験〈1〉、〈3〉、〈6〉、〈7〉は、いずれも、実験に用いたバレルアッセンブリーにおいてガス漏れが発見されたものであり、被告製品の本来のガス圧変化を検証することができない状態におけるものである。実験〈8〉ないし〈10〉はガス漏れがない状況での実験であり、その結果は、実験〈1〉、〈3〉、〈6〉、〈7〉の結果とは相違している。

 原判決は、温度25℃における実験〈8〉及び〈10〉のうちには皿形弁の移動開始と同時にも又は移動開始前にもガス圧低下が生じていないものがある、とする。しかし、原判決が指摘するものは、温度25℃における実験のうちでも皿形弁の移動開始と同時にガス圧の低下が認められる実験として評価すべきものである。実験〈8〉ないし〈10〉及び温度15℃におけるすべての実験結果は、ガス圧低下と同時又はその後に皿形弁の移動開始が認められるものである。

   (3) 被告製品に「摺動部材」が存在しない、とした判断の誤り

 原判決は、本件発明における「摺動部材」とは、他の部材と接触してこすれながら移動する部材を指すと解するのが相当であり、被告製品の皿形弁は、弾丸発射用ガス通路を開状態から閉状態にする方向に、又はその逆方向に移動するものの、同移動の際に他の部材と接触しこすれることはないので、摺動部材に該当しない、と判断した(原判決44頁11行~21行)。

 しかし、被告製品の皿形弁は、周辺部材である止め輪、シリンダー(空間部形成部材)内壁、コイルスプリング及びバルブベースに触れ合いながら位置の切換えを行っているものであるから(甲第33号証、検甲第1ないし第3号証参照)、これが、他の部材と接触しこすれることはない、とする上記認定は誤りである。

 3 当審における被控訴人の主張の要点

  (1) 本件発明の構成要件D〈3〉の解釈の誤り、の主張について

 控訴人は、構成要件D〈3〉についての原判決の解釈につき、正当な理由なく明細書に記載された実施例のみに本件発明の技術的範囲を狭めるもので許されない、と主張する。しかし、本件発明の特許請求の範囲の記載のみでは、摺動部材の位置の切換えが、どのような原理若しくは機序により実現されるのか不明である。摺動部材の位置の切換えについては、本件明細書の発明の詳細な説明欄【0029】に明らかにされた方法以外に、どのような方法も開示されていないのである。本件発明においては、摺動部材の移動が、どのように行われるかがその核心部分であるというべきであるから、これを明らかにしないままでは、本件発明を理解することも実施することもできない。控訴人の主張は失当であり、原判決の判断は正当である。

   ア 本件発明の特許請求の範囲に記載のない「コイルスプリングによる付勢力」を要件に加えた誤り、の主張について

 控訴人の主張は、文理解釈のみを拠り所として、原判決を非難するもので、理由がない。原判決が実施例にある「コイルスプリングの付勢力」を構成要件の解釈に際して考慮したことは、正当である。

 控訴人は、本件発明の課題を解決する上で、摺動部材の位置を切り換えるための具体的方法いかんは問題ではない、と主張する。

 しかし、本件発明の課題は、いかにタイミング良く摺動部材の位置を切り換えるかにある。本件発明は、発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまうことを回避するために、「弾丸発射の後」に弾丸供給動作を行うことを課題とし、この課題を解決するために、ガスを、弾丸発射のために使用し、その後、弾丸供給動作のために使用することにしたものである。ガスの制御に弁を使用することは、従来から一般に行われていることであるから、結局、本件発明の課題を解決するための手段は、この弁(摺動部材)によってガスの流れを制御する方法いかんということに集約される。仮に、控訴人が主張するように、摺動部材(弁)の位置を切り換えるための手段いかんは問題ではない、とするならば、そもそも本件特許は課題を示しただけで何ら解決手段を示していないことになり、産業上利用することができる発明とはいえず、完成していないことになる。原判決が、いかなる機序で摺動部材の位置の切換えが行われるかを問題としたのは、当然のことである。

 控訴人が主張するように本件発明が摺動部材の移動のための技術的手段を提案するものではないとするならば、本件発明は、発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまうことを回避するため弾丸の発射より前にスライダの後退移動を行うという課題を完全には解決していないといわなければならない。弾道の狂いをなくすための方法として、弾道に大きな影響を与えると考えられるスライダの後退移動の開始を弾丸発射の後にすればよいこと、その方法として、まず最初に弾丸発射のためにガスを供給し、その後にスライダ後退のためにガスを供給すればよいことは、当業者にとって自明だからである。本件発明の意義は、ガス・ブローバック玩具銃の技術史の中で、ワンウェイ方式(弾丸発射とブローバックを一つのガス供給系統で行う方式)のプレシュート(弾丸が発射された後にスライダーの後退動作を行うこと)を実現する一つの方法を提示したことにあるのであって、ワンウェイ方式のプレシュートという考え方自体は何ら目新しいことではない(そもそも、ワンウェイ、プレシュートが最も実銃に近いものであるから、この点からも、これが斬新なアイデアであるということはできない。)。問題は、いかにして最初の弾丸発射のためにガスを供給し、その後にスライダ後退のためにガスを供給するかということである。本件発明の最も重要な部分は、どのようにして弾丸発射後にスライダの後退が生じるようにガスの流れを制御するかという点にあるから、その方法こそが克明に開示されるべきものである。

 控訴人は、本件発明は、実施例においては摺動部材の位置の切換えに、スプリングによる付勢力を利用しているけれども、どのような付勢力によるものであれ、摺動部材の位置の切換えの方法として妥当なものであれば足りる、と主張する。この主張は、本件発明の実施には、どのような付勢力によるものであれ、付勢力の存在を要することを認めるものである。

 本件発明の実施例によれば、ロッド(=摺動部材)は、コイルスプリングにより前方に付勢されている。しかし、そこでは、装弾室に弾丸が装填されることにより、弾丸がロッドの先端部に当接し、ロッドをコイルスプリングの付勢力に抗する方向に押圧する(本件明細書【0023】)。弾丸がガス圧により銃身部への移動を開始すると、付勢力に抗する方向へ押圧していた存在がなくなり、コイルスプリングの付勢力により、摺動部材は前進を開始する、とされているのである。

 本件発明においては、弾丸を装弾室から銃身内に移動させ、発射させる状態にあるとき、ガスは、摺動部材の前方(弾丸発射ガス通路)に供給されており、後方(弾丸供給用ガス)には供給されていないから、ガス圧は、摺動部材を後方に押圧するだけで、前進方向に押圧することはない。この状態で停止している摺動部材を前方に移動させるためには何らかの力が摺動部材に加わらなければならないため、スプリングにより、後方へのガス圧より強い力で、前方に付勢する必要がある。本件発明において、この摺動部材を銃口方向に前進させる手段は、必ずしもコイルスプリングに限定されず、これと均等な範囲に属する他の手段も含まれるであろう。しかし、何らかの物理力によって摺動部材の位置が切り換えられる必要はあるというべきである。

 これに対し、被告製品は、当初から弁の後方(弾丸供給用ガス通路)にガスが供給されている。このため、弁の前方のガス圧より後方のガス圧が高いことによるガス圧の差により、あるいは、高圧ガスの流れによって、弁が移動するのである。

 このように、本件発明と被告製品とは、技術思想を全く異にする。

   イ 「ガス圧の低下に伴って」の解釈の誤り、の主張について

 控訴人は、「ガス圧の低下に伴って」とは、ガス圧の低下と同時に摺動部材の位置の切換えが生じるとの意味である、と主張する。しかし、どのようにして摺動部材の位置の切換えが生じるのかが明らかとならなければ、ガス圧の低下との関係を論じることができないことは、明らかである。

 本件発明の構成要件D〈3〉は、本件発明の核心部分であり、これが当業者に自明であるはずはないから、当業者が実施可能な程度に開示されている必要がある。特許請求の範囲に記載された構成要件の意義が明確でない場合は、実施例を含めて発明の詳細な説明を参酌して解釈する以外にないのである。

  (2) 被告製品の構成要件D〈3〉該当性の判断の誤り、の主張について

   ア 構成要件D〈3〉の「摺動部材の位置の切換え」の解釈の誤り、の主張について

 控訴人は、被告製品につき、皿形弁が完全に発射用ガス通路を閉状態にする位置に達することを「位置の切換え」と定義した上、この位置の切換えと圧力低下との因果関係を論ずるべきであるとして、実験〈4〉によれば、圧力の低下が生じていないときは皿形弁は控訴人の定義する位置の切換えを行っていない、と主張する。

 しかし、被告製品においては、最初からガスは発射用ガス通路と供給用ガス通路の双方に同時に供給され、後に発射用ガス通路を皿形弁が閉じるのであるから、そもそも本件発明における「発射用ガス通路と供給用ガス通路とのガス供給の切換え」という概念を持ち込む余地はない。

 本件発明においては、「位置の切換え」の結果として、スライダの後退等の動作が行われるはずなのに、被告製品においては、控訴人の主張する皿形弁の「切換え」が行われていないのに、スライダの後退動作が行われていることが認められる(検乙第2号証)。これは、被告製品が本件発明において想定しているメカニズムとは異なるメカニズムによって作動していることを示すものである。

 控訴人は、被告製品においては、少なくとも皿形弁の移動の最終段階では皿形弁の前方空間の圧力が低下して皿形弁の後方空間の圧力との間に圧力差が生じ、この圧力差により皿形弁が前方に付勢されることは実験結果から明らかであるとして、これを皿形弁の移動と無関係と断じた原判決の認定は許されない、と主張する。しかし、問題とされるべきなのは、皿形弁がどのような原理で移動を開始するかであって、すでに移動を始めた皿形弁の最終局面においてどのような力が働いているのかは関係がない。

 控訴人は、圧力の低下と圧力差とは矛盾するものでも二者択一のものでもない、と主張する。しかし、本件発明において、弾丸を装弾室から銃身内に移動させ、発射させる状態においては、ガスは、弾丸発射ガス通路のみに供給されていて、摺動部材の背後にある弾丸供給ガス通路には全く供給されていないから、摺動部材の移動の開始時点において、摺動部材の後方部分と前方部分との間のガス圧の差は、そもそも観念する余地がないのである。控訴人が、被告製品の皿形弁の移動開始の機序について、ガス圧の圧力差であることを認めることは、被告製品の皿形弁が本件特許を侵害しないことを認めるに等しい。

 控訴人は、「ガスの流れ」は、ガス圧の差により生じるものなのであるから、被告製品における皿形弁の移動の原因は、結局、被告製品の皿形弁の前後空間の圧力差に帰する、と述べるとともに、圧力差が認められないのに皿形弁が初期位置を離れる現象が生じる実験結果について、急激にガスが流入して圧力状態が不安定になるからである、と述べる、しかし、控訴人の主張からは、「急激にガスが流入して圧力状態が不安定になる」ことと、「ガスの流れ」とがどう異なるのかは不明である。被告製品の皿形弁は、コイルスプリングにより後方に付勢されており、「初期位置を離れる」とは、この後方への付勢に抗して前進することである。控訴人の主張は、被告製品における皿形弁の移動開始の機序は不明であると述べているに等しい。

   イ 本件共同実験の結果についての評価の誤り、の主張について

 控訴人は、本件共同実験の結果によれば、被告製品の皿形弁はBB弾がインナーバレル内に移動した後に初期位置を終局的に離れているとし、これは構成要件中の「弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内のガス圧の低下」に当たり、その「ガス圧の低下」に「伴って」皿形弁が移動する、と主張する。

 しかし、本件発明の上記構成要件によれば、本件発明においては、弾丸の銃身部内への移動を原因としてガス圧の低下が生じるのである。控訴人が担当して行った実験(乙第45号証)中の「原告常温実験データ」の1ないし9のいずれのグラフを見ても、弾丸の動き出しと弁の動き出しとは、ほぼ時間的に一致しているのであって、到底、「弾丸の銃身部内への移動により」(ガス圧の低下)を伴って、皿形弁の移動が開始したと評価することはできない。

 控訴人は、本件共同実験の結果、ガス圧の上昇が止まり、ガス圧が低下に転じようとする際のガス圧の細かな変動が見られるときに皿形弁の動き出しが見られるので、この間に因果関係がないとはいえない、と主張する。

 しかし、ガス圧の上昇が止まることはガス圧の低下ではない。低下とは、ピークを過ぎ下降局面に入ることである。因果関係があるというためには、ガス圧の低下の「後」に皿形弁の移動が認められる必要があるというべきである。本件共同実験の結果からこれを認めることはできない。

  (3) 被告製品に「摺動部材」が存在しない、とした判断の誤り、の主張について

 控訴人は、被告製品の皿形弁がシリンダー内壁、コイルスプリング及びバルブベースに触れ合いながら位置の切換えを行っているから、被告製品の皿形弁は、摺動部材である、と主張する。

 しかし、構成要件中に、単なる「部材」でも「弁」でもなく、「摺動部材」という特殊な用語を使用したのは、控訴人である。殊更、特殊な用語を使用した以上、その言葉の意味に忠実でなければならない。

 摺動部材とは、「他の部材と接触してこすれながら動くことを意図された部材」のことであり、たまたま偶然に接触しあるいは擦れ合うにすぎない部材を含まないというべきである。被告製品における皿形弁は、この意味において、「摺動部材」には当たらない。

第4 当裁判所の判断

 当裁判所も、原判決の結論と同じく、控訴人の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおりである。

 1 本件発明の特許請求の範囲は、次のとおりである。

 「本体に弾倉部と、弾丸が供給される装弾室と、内部に摺動部材が配され、上記本体に対して移動可能とされた空間部形成部材と、上記本体に対して移動可能とされ、上記空間部形成部材を移動させる状態をとるスライダ部とが設けられ、

 上記摺動部材が、上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態をとった後、該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ、上記スライダ部の後退及びその後の前進、及び、それに伴う上記空間部形成部材の移動が生じて、上記弾倉部からの弾丸が上記装弾室に送り込まれることになる状態をとることを特徴とするガス圧力式玩具銃。」

 原判決は、本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載中の本件発明の解決課題、解決手段、実施例等を参酌すると、上記特許請求の範囲の「上記摺動部材が、上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態をとった後、該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ、上記スライダ部の後退及びその後の前進、及び、それに伴う上記空間部形成部材の移動が生じて、上記弾倉部からの弾丸が上記装弾室に送り込まれることになる状態をとる」(構成要件D)のうち、「空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ(る)」(構成要件D〈3〉)とは、「コイルスプリングの付勢力の存在下において、空間部形成部材内のガス圧の低下を原因として摺動部材の位置が切り換えられる」のことであると理解すべきである、とした上で、被告製品の皿形弁の位置が切り換えられるのはコイルスプリングの付勢力に基づくものではないこと(このこと自体は、当事者間に争いがない。)を理由の一つとして、被告製品は、構成要件D〈3〉を充足しない、と判断した。

 当裁判所は、構成要件D〈3〉につき、原判決のいうように本件明細書の発明の詳細な説明中の実施例に記載された「コイルスプリングによる付勢」に限られるわけではないものの、「コイルスプリングと均等(等価)な、摺動部材を前方に付勢する部材による付勢力の存在下において、空間部形成部材内のガス圧の低下を原因として摺動部材の位置が切り換えられる」と理解すべきであり、被告製品は、このような摺動部材を付勢する部材を有しないから、構成要件D〈3〉を充足しない、と判断する。

 その理由は、次のとおりである。

  (1) 本件明細書(甲第2号証参照)には、次の記載がある。

   ア 「【発明の属する技術分野】本発明は、銃身部に設けられた装弾室に装填された弾丸の発射と装弾室に対する弾丸の供給とを、ガス圧を利用して行うガス圧力式玩具銃に関する。」(段落【0001】)

   イ 「【従来の技術】遊戯銃(エアソフトガン)と称される玩具銃にあっては、通常、色、形状に加えて、見かけ上の動作も実物と同様なものとなるように作成される。斯かる玩具銃のうち、トリガの操作に応じて銃身に取り付けられたスライダが移動するようになされた銃を模したものにおいて、銃身の後端部に設けられた装弾室に装填された弾丸の発射をガス圧により行うことに加えて、装弾室に対する弾丸の供給もガス圧を利用して行うようにされたものが知られている。・・・しかしながら、従来提案されている、上述の如くに蓄圧ボンベからのエアが利用されて移動するスライダが備えられた玩具銃にあっては、トリガが引かれると、先ずスライダの後退移動が行われ、それに続いて弾丸の発射が行われるようにされており、このようにスライダの移動が弾丸の発射前に行われると、弾丸の発射時に銃身部がスライダの移動による影響を受けることになって、銃身部から発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまう虞れがある。

 斯かる点に鑑み、本発明は、蓄圧室が備えられ、その蓄圧室に充填されたガスが利用されて、装弾室に装填された弾丸の発射及び装弾室に弾丸を供給するための動作が行われるにあたり、装弾室に装填された弾丸の発射が行われた後に、装弾室に弾丸を供給するための動作が開始されることになるガス圧力式玩具銃を提供する。」(段落【0002】~【0005】)

   ウ 上記課題を解決するため、本件発明は、特許請求の範囲に記載された構成を採用した(段落【0006】参照)。

   エ 「それにより、装弾室に装填された弾丸の発射が行われた後に、装禅室に弾丸を供給するための動作が開始されることになり、その結果、弾丸の発射が装弾室に弾丸を供給するための動作の影響を受けて、発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまう事態の発生が回避される。」(段落【0007】、【0041】)

   オ 「このように銃身2から弾丸BBが発射された後に、弾丸供給用ガス通路22を通じて固定部材51内に供給される蓄圧室33からのガス圧によるスライダ部50の後退が開始されるので、弾丸BBの発射に際し、スライダ部50がその移動による影響を銃身2に及ぼすものとなることが回避され、銃身2から発射される弾丸BBの弾道に狂いが生じることが防止される。」(段落【0032】)

 上に認定した本件明細書の記載によれば、本件発明は、銃身部に設けられた装弾室に装填された弾丸の発射と装弾室に対する弾丸の供給とを、ガス圧を利用して行うガス圧力式玩具銃(これ自体は既存の技術である。)において、従来の技術では、スライダの移動が弾丸の発射前に行われるため、弾丸の発射時に銃身部がスライダの移動による影響を受けて、銃身部から発射された弾丸の弾道に狂いが生じてしまうおそれがある、という問題点があったことから、この問題点を解決するため、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が開始されるようにすることによって、発射された弾丸の弾道に狂いが生じることを防止しようとするものである、ということができる。

  (2) 本件発明が、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が開始されるようにするためにどのような構成を採用しているか、についてみる。

 本件発明の特許請求の範囲は前記のとおりであり、そこには、(ア)ガス圧力式玩具銃の本体に、「弾倉部」、「弾丸が供給される装弾室」、「内部に摺動部材が配され、上記本体に対して移動可能とされた空間部形成部材」及び「上記本体に対して移動可能とされ、上記空間部形成部材を移動させる状態をとるスライダ部」が設けられていること(構成要件AないしC)、(イ)上記摺動部材が、まず、「上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態」(以下「第1の状態」という。)をとること(構成要件D〈1〉、〈2〉)、(ウ)摺動部材の位置が、「弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられること(構成要件D〈1〉、〈3〉)、

   (エ) その結果、摺動部材は、「上記スライダ部の後退及びその後の前進、及び、それに伴う上記空間部形成部材の移動が生じて、上記弾倉部からの弾丸が上記装弾室に送り込まれることになる状態」(以下「第2の状態」という。)をとること(構成要件D〈1〉、〈4〉)、が記載されている。

 上記の摺動部材の位置に関する第1の状態及び第2の状態の記載は、いずれも機能的、抽象的であるため、この記載のみでは、摺動部材の状態(位置)を直ちに明確に理解することはできない。加えて、摺動部材の位置の切換えに関する記載としては、「ガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ」との記載があるだけであり、この記載のみでは、摺動部材の位置の切換えがどのような仕組みや原理によって実現されるのかを明確に理解することができない。

 結局のところ、せいぜい、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が行われること、弾丸の発射及びスライダ部の後退がガス圧によって行われること、及び、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が行われることに「摺動部材」の位置の切換えが関与していること、が理解できるだけで、本件発明の特許請求の範囲の記載を見ただけでは、本件発明が、どのような構成によって、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が開始されるようにしているのかを明確に理解することはできないというべきである。

  (3) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載が上記のとおりのものである以上、内容を明確に理解するためには、本件明細書中の発明の詳細な説明及び図面を参酌する必要がある。

 本件明細書(甲第2号証参照)には、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が開始されるようにするための構成に関するものとして、本件発明の実施例について、次の記載及びこれに対応する図面がある。そして、本件明細書には、実施例についてのこれらの記載及び図面以外には、上記構成に関する記載も図面も一切存在しない。

   ア 「可動部材54は、その内部に、中央空間部20、中央空間部20から可動部材54の前端部に向かって伸びる弾丸発射用ガス通路21、中央空間部20から可動部材54の後端部に向かって伸びる弾丸供給用ガス通路22、及び、中央空間部20からグリップ6に向かって伸びる共通ガス通路23が設けられるとともに、ガス通路制御部25が設けられたものとされており、弾丸供給用ガス通路22における後端部には、比較的小なる径とされた連通路が設けられている。従って、可動部材54は、空間部が内部に形成された空間部形成部材を形成していることになる。

 ガス通路制御部25は、弾丸供給用ガス通路22から中央空間部20を貫通して弾丸発射用ガス通路21内に伸びるロッド26と、ロッド26に嵌合せしめられて中央空間部20内に位置する弁部材27とを含んで構成されている。そして、ガス通路制御部25におけるロッド26は、ガス通路制御部25の前端部を含んでおり、弾丸供給用ガス通路22内に収容されたコイルスプリング28によって装弾室4a側に向けて付勢されている。ガス通路制御部25における弁部材27は、環状弾性シール部材を形成しており、ロッド26の移動に応じて弾丸発射用ガス通路21と弾丸供給用ガス通路22との間を移動せしめられて、それら弾丸発射用ガス通路21及び弾丸供給用ガス通路22を開閉制御するものとされている。

 さらに、可動部材54における弾丸発射用ガス通路21を形成する前方側部分は、弾丸発射用ガス通路21とされる貫通孔を有して可動部材54における中央空間部20を形成する部分の前部に設けられ、その部分から前方外方に突出して可動部材54と共に移動する突出部を形成している。また、ガス通路制御部25の後部を形成するロッド26の後端部分は、可動部材54における中央空間部20を形成する部分の後端外方に突出せしめられている。」(段落【0013】ないし【0015】、別紙特許公報中の図1、2参照)

   イ 「装弾室4a内に装填された弾丸BBは、可動部材54内に設けられたガス通路制御部25におけるロッド26の先端部に当接して、ロッド26をコイルスプリング28の付勢力に抗する方向に押圧する。それにより弁部材27が弾丸供給用ガス通路22を閉状態として、弾丸発射用ガス通路21を、中央空間部20及び共通ガス通路23を介して、ケース30内に設けられた上方ガス通路38に連通させる位置におかれる。斯かるコイルスプリング28の付勢力に抗する方向に押圧されるロッド26を有したガス通路制御部25は、可動部材54内に摺動自在に配された摺動部材を形成している。」(段落【0023】、別紙特許公報中の図4参照)

   ウ 「トリガ1が引かれ、図4において実線及び二点鎖線により示される如くに、実線により示される発射準備位置から、二点鎖線により示される発射完了位置に向けて回動せしめられると、それに伴って可動バー8が前進する。その結果、図5に示される如く、可動バー8は、その後方側部分に設けられた係止部8aが回動レバー15をトグルスプリング16の付勢力に抗する方向に回動させるとともに、その後方側部分に設けられた突出部8bが可動レバー45の先端部分に係合するものとなる。

 斯かる可動バー8の前進により回動レバー15との相互係合状態から解放されたハンマ5は、コイルスプリング41の付勢力により、図5において一点鎖線により示される如くの発射用可動ピン40から離隔した位置からa方向に回動し、トリガ1が発射完了位置におかれる時期と略同時期において、発射用可動ピン40を殴打する状態をもって、図5において実線により示される如くの固定部材51の後端部に当接する位置におかれる。ハンマ5により殴打された発射用可動ピン40は、コイルスプリング46の付勢力に抗する方向に押圧される。それにより、ピストン部材35が、発射用可動ピン40に取り付けられたロッド43によって、コイルスプリング39の付勢力に抗する方向に押圧される。このようにピストン部材35が押圧されることにより、可動レバー45がコイルスプリング44の付勢力により上方側に向けて移動せしめられて、ピストン部材35をコイルスプリング39の付勢力に抗する方向に押圧固定するものとなり、ピストン部材35に設けられた弁部35aが、連結ガス通路36の他端部を開状態となす位置に維持される。

 それにより、ガス通路制御部25の弁部材27によって開状態とされた弾丸発射用ガス通路21とケース30内に設けられた蓄圧室33とが連通状態におかれ、グリップ6内における上方ガス通路38を通じて可動部材54内における中央空間部20に供給される蓄圧室33からのガスが、弾丸発射用ガス通路21内に配されたガス通路制御部25を形成するロッド26の周囲に形成される外周溝を通じて、装弾室4a内に供給される状態が得られる。その結果、図5において実線により示される如くに装弾室4aに装填された弾丸BBが、蓄圧室33からのガス圧によって、図5において一点鎖線により示される如く、環状突出部4bを越えて、銃身2と弾丸発射用ガス通路21とを遮断する状態をもって環状部材4の前方側部分に移動せしめられる。

 斯かる際、弾丸供給用ガス通路22を閉状態となす弁部材27に作用する蓄圧室33からのガス圧により、ロッド26のコイルスプリング28の付勢力に従う移動が阻止されるので、弁部材27の弾丸供給用ガス通路22を閉状態となす位置が維持される。そして、環状部材4における前方側部分に移動した弾丸BBが、蓄圧室33からのガス圧により銃身2内に移動せしめられるものとなると、銃身2と弾丸BBとの間に生じる比較的小なる隙間を通じて銃身2内にガスが漏れ出し、弾丸BBの銃身2における前端部側に向かう移動が加速されるとともに、中央空間部20内におけるガス圧が低下する。

 このような中央空間部20内におけるガス圧の低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進するものとなり、それに伴って弁部材27が、図6に示される如くに、弾丸供給用ガス通路22から弾丸発射用ガス通路21に向けて移動せしめられる。そして、このように中央空間部20内におけるガス圧の低下によるロッド26の前進により弁部材27が、図7に示される如くの弾丸発射用ガス通路21を閉状態となす位置におかれるまでの間において、銃身2内に移動せしめられた弾丸BBが銃身2から発射される。」(段落【0025】~【0029】)

   エ 「弁部材27が、弾丸発射用ガス通路21を閉状態として、弾丸供給用ガス通路22を、中央空間部20及び共通ガス通路23を介して、ケース30内に設けられた上方ガス通路38に連通させる位置におかれると、弾丸供給用ガス通路22に充填される蓄圧室33からのガス圧が、弾丸供給用ガス通路22の後端部に設けられた連通路を通じて、固定部材51を可動部材54から離隔させる方向に押圧しつつ、固定部材51内に流入するものとなる。このように固定部材51内に流入する蓄圧室33からのガス圧により、スライダ部50が後方に向けて押し出される状態が得られる。それにより、スライダ部50がコイルスプリング18の付勢力に抗して後退せしめられ、また、固定部材51内から第1の可動円筒部52Aが環状部材4側に向けて突出せしめられるとともに、第2の可動円筒部材52Bが第1の可動円筒部材52Aから環状部材4側に向けて突出せしめられる。従って、装弾室4aに装填された弾丸BBが発射された後に、スライダ部50の後退が開始されることになる。」(段落【0030】、別紙特許公報中の図7、8参照)

 上に認定した本件明細書の記載及びこれに対応する図面によれば、本件発明の実施例においては、(ア)中央空間部20、弾丸発射用ガス通路21、弾丸供給用ガス通路22、及び共通ガス通路23が設けられた「可動部材54」が、特許請求の範囲にいう「空間部形成部材」に該当すること、(イ)弾丸供給用ガス通路22から中央空間部20を貫通して弾丸発射用ガス通路内に伸びるロッド26と、これに嵌合せしめられて中央空間部20内に位置する弁部材27とから成る「ガス通路制御部25」が、特許請求の範囲にいう「摺動部材」に該当すること、(ウ)ロッド26は、弾丸供給用ガス通路22内に収容されたコイルスプリング28によって、装弾室4a側に向けて付勢されていること、(エ)弁部材27は、ロッド26の移動に応じて弾丸発射用通路21と弾丸供給用ガス通路22との間を移動し、これらの各通路を開閉制御すること、(オ)装弾室内に装填された弾丸は、ロッド26の先端部に当接して、ロッド26をコイルスプリング28の付勢力に抗する方向に押圧し、これにより、弁部材27は、弾丸供給用ガス通路22を閉の状態に、弾丸発射用ガス通路21を開の状態にすること、この状態が特許請求の範囲にいう「上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることとなった状態」に該当すること、(カ)トリガ1が引かれると、弾丸発射用ガス通路21と蓄圧室33とが連通状態となり、蓄圧室33からのガス圧により弾丸22が銃身2内に移動することによって、銃身2内にガスが漏れ出し、中央空間部20内におけるガス圧が低下すること、ガス圧の低下に伴って、ロッド26がコイルスプリング28の付勢力により前進し、これに伴い、弁部材27は、弾丸供給用ガス通路22を閉とする位置から弾丸発射用ガス通路21を閉とする位置まで移動すること、弾丸は、弁部材が弾丸発射用ガス通路を閉とする位置に置かれるまでの間に銃身から発射されること、(キ)弁部材27が、弾丸発射用ガス通路21を閉の状態とすると、蓄圧室33から弾丸供給用ガス通路に流入するガスの圧力により、スライダ部が後退する状態となること、この状態が特許請求の範囲にいう「弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ、上記スライダ部の後退」が生じる状態、に該当すること、(ク)このように銃身2から弾丸が発射された後に、スライダ部の後退が開始されるので、弾丸の発射に際し、銃身がスライダ部の後退による影響を受けて弾道に狂いを生ずることが防止されること、が認められる。

 上記認定の本件明細書の発明の詳細の説明の記載及び図面の記載状況(実施例に記載された以外には、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が開始されるようにするための構成についての記載は一切ない、ということを含む。)に照らすならば、本件発明における特許請求の範囲中の、「上記摺動部材が、上記空間部形成部材内に得られるガス圧により上記装弾室に供給された弾丸が銃身部内に移動せしめられることになる状態をとった後、該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ、上記スライダ部の後退及びその後の前進、及び、それに伴う上記空間部形成部材の移動が生じて、上記弾倉部からの弾丸が上記装弾室に送り込まれることになる状態をとる」(構成要件D)のうち、「上記摺動部材が、・・・該弾丸の銃身部内への移動により生じる上記空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って位置が切り換えられ(る)」(構成要件D〈3〉)とは、「上記実施例に記載されたコイルスプリング」又はこれと均等(等価)な、摺動部材を前方に付勢する部材による付勢力の存在下において、弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内のガス圧の低下を原因として摺動部材の位置が切り換えられる」ということであると解すべきである。

 被告製品は、このような摺動部材に相当するものに必須の皿形弁を付勢する部材を有しないことが弁論の全趣旨により明らかであるから、構成要件D〈3〉を充足しない。

  (4) 控訴人は、本件発明は、自動給弾式玩具銃において、ガスの供給ルートを単一のものとすることで構成を簡単なものとしながら、弾丸の発射後に給弾動作が開始されることを可能としたところにその創造的価値があるのであって、摺動部材の切換えのための技術的手段を提供するものではない、と主張する。本件発明は、弾丸の発射が行われた後にスライダ部の後退が開始するようにすることによって、発射された弾丸の弾道に狂いが生じることを防止しようとすることを技術的課題とすることは前記のとおりである。甲第3号証、乙第24、第31号証によれば、本件特許出願当時(原出願当時)、ガス圧力式玩具銃の技術分野において、このような技術的課題は自明の課題であったことが認められるから、本件発明が、この課題を解決するための技術的手段を提供するものであることは、明らかである。

 甲第9、第30、第31号証及び弁論の全趣旨によれば、原出願当時、ガスを利用した自動給弾機構付玩具統の分野において、蓄圧室からのガス供給ルートを単一とし、ガスを最初に給弾動作のためのスライダ部の後退に用い、その後にガスを前方に噴射して弾丸を発射するものが存在したものの、給弾動作時に生じるスライダ部の後退によって弾丸の弾道に狂いが生じるという問題点があり、この改善が各メーカー共通の課題であったこと、この課題の解決手段として、まず弾丸を発射し、次いでスライダ部を後退させることを可能とする機構として、蓄圧室から弾丸発射用、弾丸供給用の2系統の独立したガス通路・ガス放出バルブを設けるものが存在したものの、ガス供給機構が2系統であることにより、機構的に複雑でガス消費量も多い、という問題点があったこと、が認められる。

 上に認定した事実によれば、上記問題点を解決するためガスの供給ルートを単一のものとすることで構成を簡単なものとしながら、弾丸の発射後にスライダの後退を開始するようにすればよいという抽象的な技術思想そのものは、原出願当時、当業者において自明のことであったというべきである。

 控訴人は、本件発明は、その特許請求の範囲に記載されているとおり、その構成要素である「摺動部材」が、〈1〉弾丸を装弾室から銃身内に移動させ発射させる第1の状態と、〈2〉スライダ部の後退・前進と空間部形成部材の移動が生じて弾丸が給弾されることとなる第2の状態の、二つの状態をとることとし、第1の状態にあった摺動部材の位置が切り換えられることで第2の状態をとること、その位置の切換えが、「弾丸の銃身部内への移動により生じる空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴って」行われる、というものであり、「摺動部材」に関する本件発明の内容は、これに尽きる、と主張する。確かに、本件発明の特許請求の範囲の文言のみに従って理解すれば、控訴人主張のとおりということになろう。しかしながら、「ガス圧の低下」が、弾丸の銃身部内への移動によって生じることは自明のことであるから、「ガス圧の低下に伴って」とは、弾丸の銃身部内への移動の後に、と述べているのと同じである。単一のルートから供給されるガスを弾丸発射のために用い、その後にスライダ部を後退させるために用いるためには、何らかの部材を用い、これを動かさなければならないことも自明である。本件発明の技術的意義は、上記自明の抽象的な技術思想を実現するために摺動部材の位置を切り換える具体的な方法を提示した点にあるというべきである。上記特許請求の範囲の文言には、摺動部材の位置の切換えによって、まず弾丸発射のためにガスを供給し、その後にスライダ部を後退させるためにガスを使用するということが記載されているにすぎず、この文言からだけでは、どのように摺動部材の位置を切り換えることによって、上記自明の抽象的な技術思想を具体化して、弾丸の発生が行われた後にスライダ部の後退が開始するようにしているのかを明確に理解することができないというべきである。摺動部材の位置の切換えのための具体的な技術的手段が明らかにならなければ、本件発明の上記課題を解決したことにならない。

 控訴人の主張は、本件発明は、上記自明の抽象的な技術思想そのものを構成要件としたにすぎないものである、というに等しいものであり、採用することができない。

 控訴人は、本件発明は、特許請求の範囲において、摺動部材の位置の切換えのための方法を限定していないから、実施例におけるコイルスプリングによる付勢を利用する方法に限られず、ガス圧、ガスの流れ、吸引力、マグネット、板バネ、弾性ゴム材による方法など、摺動部材の位置を切り換える方法として妥当なものであれば足りるから、摺動部材の位置の切換えのための方法を限定するのは誤りである、と主張する。

 控訴人の主張する方法のうち、板バネ、弾性ゴム材の付勢力を利用する方法は、実施例におけるコイルスプリングと均等(等価)な方法であると認められるから、本件発明の技術的範囲に含まれるというべきである。しかしながら、そのことから、控訴人が主張するその余のガス圧、ガスの流れ、吸引力などによって摺動部材の位置を切り換える方法までが、当然に、本件発明の技術的範囲に含まれることになるわけのものではない。これら本件明細書に明示されていない方法が本件発明の技術的範囲に含まれているというためには、本件明細書に接した当業者において、これらガス圧などにより摺動部材の位置を切換える方法が、明示の記載がなくともが記載されていると同じであると理解するようなものであることが必要であるというべきである。本件においては、これらの方法がそのようなものであることを認めるに足りる主張、立証はない。

 控訴人の上記主張は、いずれも採用することができず、他に前記判断を覆すに足りる主張、立証はない。

 2 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求は理由がないことが明らかである。

第5 結論

 よって、控訴人の請求を棄却した原判決の結論は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 山下和明 裁判官 阿部正幸 裁判官 高瀬順久)

 

 別紙 物件目録

 別紙図に示され、以下の構成を有する自動弾丸供給機構付玩具銃(商品名「ラザートイーグル」。但し、〈1〉デザートイーグル50AE、〈2〉デザートイーグル50AEロングバレル10インチ、〈3〉デザートイーグル50AEバイオハザード2モデル、〈4〉デザートイーグル50AEバイオハザード10インチカスタムの4モデルがあり、〈1〉及び〈3〉は銃全長約25センチメートル、〈2〉及び〈4〉は銃全長が約35センチメートルである。)

 a グリップ部29内に配される弾倉部36、

 b 蓄圧室37と、蓄圧室37から連結されたガス通路38、

 c 銃身部12の後端に設けられ、弾倉部36における一端の近傍に配置される装弾室39、

 d トリガー16の操作に連動してガス通路38を開閉するバルブ32、

 e 銃身部12に沿って移動可能なスライダ1、

 f スライダ1と一体的に移動する受圧部41、

 g 装弾室39と受圧部41との間に配された可動部材3、

 h 可動部材3内に移動可能に設けられた皿形弁6、

 (図面の説明)

 図は、グリップ部29に、弾倉部36と蓄圧室37を有するマガジンケース34を装着した状態の縦断面図である。

 (符号の説明)

 1=スライダ、3=可動部材、5=コイルスプリング、6=皿形弁、7=止め輪、8=ピストンカップ、10=銃身、12=銃身部、16=トリガー、21=シアー、26=ハンマー、29=グリップ部、32=バルブ、34=マガジンケース、35=弾丸、36=弾倉部、37=蓄圧室、38=本件共同実験〈4〉(弾丸BBの移動を抑止したもの)及び〈5〉(皿形弁を固定したもの)の結果から明らかなように、弾丸BBの移動が阻止されると空間部形成部材内のガス圧の低下は生じず、また、同ガス圧の低下は、摺動部材の動作とは関連しない弾丸BBのインナーバレル内への移動があって認められるものであり、被告製品の皿形弁は弾丸BBのインナーバレル内への移動により生じる空間部形成部材内におけるガス圧の低下に伴ってその位置が切り換えられていることは明らかである。

 ガス通路、39=装弾室、

 41=受圧部、43=銃口

 図〈省略〉

 

 別紙 謝罪広告目録

 1 広告の内容

 「デザートイーグル」の特許権侵害についてのお詫び

 当社の「デザートイーグル」について、先般当社は、特許権者であるウエスタン・アームス社からの特許権侵害の警告は健全な商取引に対する故無き圧力・中傷であって、取引秩序を破壊するものである旨を当社の取引各社に通知しました。

 しかし、当社の「デザートイーグル」はウエスタン・アームス社の特許権を侵害する商品であって、同社が特許権侵害を警告することは正当な行為であり、当社の取引先に対する上記の通知によって同社の営業上の信用を害し、多大な御迷惑をおかけしましたので、ここに深く陳謝致します。

 平成 年 月 日

 東京都足立区綾瀬5丁目17番1号

 株式会社東京マルイ

 代表取締役 岩沢巌

 2 掲載の要領

  (1) 使用活字の大きさ

 課題、会社名、代表取締役の指名 2倍活字

 その他(本文、年月日、住所、代表取締役の文字)1.5倍活字

  (2) 掲載の新聞

 朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞、日本経済新聞の各全図版

  (3) 掲載箇所

 5cm×2段

 被告製品動作状況図1〈省略〉

 被告製品動作状況図2〈省略〉

 被告製品動作状況図3〈省略〉

 被告製品動作状況図4〈省略〉

 被告製品動作状況図5〈省略〉

 被告製品動作状況図6〈省略〉

 

 特許公報(B2) 第2871583号〈省略〉

bottom of page