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裁判年月日 昭和39年 9月29日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決

事件番号 昭37(行ナ)201号

事件名 商標登録出願拒絶査定不服抗告審判審決取消請求事件

 

 

主   文

   特許庁が昭和三五年抗告審判第三〇六八号事件について昭和三七年九月二七日にした審決を取り決す。

   訴訟費用は、被告の負担とする。 

 

 

    事   実

第一 請求の趣旨

 主文同旨の判決を求める。

第二 請求の原因

 一 原告は、昭和三四年九月二三日特許庁に対し、別紙(一)記載のとおり、黒色の円形輪廓内を上下に二分して、上半部は淡青色の空を、下半部は濃青色の海をあらわし、その中央部には海面に浮き出た氷山の図形を白色と淡青色とをもつて明瞭に描いた図形において、上部周縁に沿つて黒く縁取りした白抜きの「硝子繊維」の文字と、氷山図形の下に黒く縁取りした白抜きの「氷山印」の文字と、さらに、下部周縁部に沿つて「日東紡績」の白抜きの文字とを記して成る文字と図形と色彩との結合にかかる標章(以下本願商標という。)について、指定商品を旧第二六類(大正一〇年農商務省令第三六号第一五条)「硝子繊維糸」として、商標の登録出願(昭和三四年商標登録願第二八六四一号)をしたところ、昭和三五年一〇月五日、これより先昭和三四年三月一二日商標登録出願、昭和三五年七月二六日登録の別紙(二)記載のとおり「しようざん」の文字を、そのうち「し」と「ん」の文字だけやや大きくあらわし、左横書きにして成り、指定商品を旧第二六類「糸」とする登録第五五三四八二号(以下引用登録という。)を引用して、拒絶査定がされた。そこで、原告は、この拒絶査定を不服として、同年一一月一四日抗告審判の請求(昭和三五年抗告審判第三〇六八号)をしたが、特許庁は、昭和三七年九月二七日右請求は成り立たない旨の審決をし、同審決の謄本は同年一〇月一五日原告に送達された。

 二 本件審決の理由の要旨は、「本願商標からは『ひようざん』、引用登録商標からは『しようざん』なる称呼を生ずることはそれぞれ上記の構成に徴し明らかなところ…………この両者の称呼を比較するに前者の『ひようざん』と後者の『しようざん』とは語頭において『ひ』と『し』の相異があるが、これとて僅かに舌音の間に存する微差に過ぎないばかりでなく、その接続母音を共通にするから他の四音を共通にする両者はこれを一連に称呼すると音調相近似し全体としての称呼において彼此相紛れるおそれある類似の商標と認めるのが取引の実験則に照して相当である。しかも両者は指定商品においても相抵触するものであるから、本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号に該当し、これを登録することができない。」というのである。

 三 けれども、本件審決は、つぎの点において違法であり取り消されるべきものである。

  (一) 本願商標および引用登録商標の各構成が上述のとおりのものである以上、両者がその外観において全く異なるものであることは明らかである。また、その観念について対比してみても、本願商標が「日東紡績」、「氷山」あるいは「日東紡績の氷山印」の観念を有するのに対し、引用登録商標についてはその商標権者の商号「株式会社しようざん」または代表者松山政雄の「松山」から「松山」(しようざん)の観念を生ずるだけであり、両者は、観念上も全く異なる商標である。

 ところで、本件審決は、両者は称呼において類似であるとする。けれども、本願商標の構成中「氷山印」の文字だけを採り上げたとしても、これから「ひようざんじるし」の称呼が生ずる本願商標と引用登録商標とが上述のとおり外観および観念において全く異なる以上、称呼について対比するに当り前者における「印」の文字の有無を度外視することは不当であるのに対し、引用登録商標から生ずべき称呼は「しようざん」であるから、両者は、明らかに異なる。たとい、両者を「氷山」と「しようざん」として比較しても、両者は、別異の商標である。「氷山」がひようざんの称呼を生ずるとともに、この称呼がただちに「氷の山」の観念を生起するであろうことは経験上明らかであるところ、本願商標のように称呼と観念が不離に結合した商標については、これから称呼だけを切り離して考察することは誤りであり、称呼上の相違は当然これを厳格に解すべく、ことに、その離隔的観察において単に称呼だけの異同をもつて商標の類否を考えてはならず、要は、取引者需要者が彼此誤認混同を生ずるか否かにもとづいて判断すべきである。時と処とを異にするとき観者の記憶が大きく作用することは当然であり、そして、記憶に観念あるいは意味が重大な影響を及ぼすことはいうまでもなく、離隔的観察において観念の相違は大きく影響を及ぼすものであるから、本願商標と引用登録商標とは、対比的観察においてはもちろん、離隔的観察においても彼此相紛れるおそれは少しもなく、全く別異の商標といわざるをえない(甲第九号証の一ないし三を対比すれば、同一または類似の商品について、「しようざん」の文字から成る登録商標があるのに、「氷山」の文字から成る商標が類似でないとして登録されており、右の見解が是認される。なお、同号証の四、五参照)。引用登録商標の指定商品「糸」が本願商標の指定商品「硝子繊維糸」を含むことは、原告もこれを争わないが、両商標が外観、観念、称呼において類似でないことは上述のとおりであるから、両者を類似であるとした本件審決は、その類否の判断を誤つたものである。

  (二) 硝子繊維の製造が工業として確立されたのは、一九三八年(昭和一三年)米国においてオーエン・スコーニング社が、わが国において原告会社が、それぞれ時を同じくして市販品を出したに始まる。日本では、当時は艦船の保温用硝子繊維が主に生産され、戦後は、珪素樹脂との組合せにより耐熱性の高い高級電気絶縁材料として認識されたに始まり、その他のプラスチツクとの併用による積層品として、また、化学、防蝕用の工業用材料としてその方面に活用されており、さらに、近年強化プラスチツクとして、建築、機械、航空機、船舶、車輛、自動車などあらゆる工業界に優れた特性を発揮しつつある。そして、原告が昭和一六年頃から引績き用いて来た本願商標の指定商品硝子繊維糸は、電気絶縁体に使用されるもので、その購入者は一般市民ではなく、電気機具製造者、電気工事請負者であつて、硝子繊維について特別の知識を持つものである。以上のような取引の実情と背景によれば、本願商標は、引用登録商標とは相紛れるおそれがなく、十分その出所を表示しうるものである。

 よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三 被告の答弁

 一 「原告の請求を棄却する。」との判決を求める。

 二 請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項の点は争う。

  (一) 硝子繊維の取引について、特定範囲のもののの間だけでの現物取引に準ずる取引形態と商品取引ないし選択における極度の慎重さとを余儀なくされたのは、新製品開拓当時のごく一時的現象であつて、それは遠く過去のことである。硝子繊維は、今や製造工業としても、また商品としても、確固たる自信と信用を得、それ自体独自の地位と用途を開拓すると同時に、他繊維の分野へも奥深く侵入し、これと競合して同一の販売ルートにおいてそれぞれの用途に応じ堂々と優劣を競うことができるまでに成長発展するにいたつており、、取引事情において他繊維品のそれと何ら異なるところはない。こうした段階に達した以上、硝子繊維の取引は、もつぱらそれに附せられた商標によつて行われ、近代的商標に化体された信用にもとづき行われていることは明らかな事実である。これが取引の実情である。

  (二) 本願商標の要部と認められる「氷山」の文字図形から生ずる「ひようざん」の称呼と引用登録商標の「しようざん」の称呼とが、時と処とを異にして、また、大量集団的な取引において、商品の出所を識別する具に供せられることは明らかであるが、簡易迅速をとうとぶ取引の実際においては、前者の「ひよう」における「ひ」と「よ」とは合体して「ひよ」と一音に発音され、その結果「ひ」の音は半音となり、「よ」は接続する「う」と結合して顕著な長音となる同様に、後者の「しよう」における「し」と「よ」とは合体して「しよ」と一音に発音され、その結果「し」の音は半音となり、「よ」は接続する「う」と結合して顕著な長音となる。両者の唯一の差異である前者の「ひ」と後者の「し」とが、もともと舌音として相紛らわしいばかりでなく、上述のようにこれがいずれも半音となるから、これを一連に称呼すると、このような僅か半音の微差だけでは、他の大部分の「ようざん」なる顕著な音を共通にする結果、両者は、全体として音調において近似し、そのうえ、呼び習わされた称呼も一般に親しまれた観念もない造語と認められる引用登録商標の「しようざん」と本願商標の「ひようざん」(氷山)とを、称呼において、識別することは上述の取引の実情のもとにおいて困難であるから、両者は、称呼上相紛れるおそれのある類似の商標といわなければならない。

いうまでもなく、ここでの商標類似の問題は、比較されるべき本願商標と引用登録商標との間において商品の出所について誤認混同を生ずるおそれがあるかどうかの問題であるから、それは、本願商標についてばかりでなく、引用登録商標における取引事情をも一様に考慮して決定しなければならない。ところが、原告が、称呼と観念とが不離に結合した商標においては単なる称呼の異同のみをもつて商標の類否を考察すべきではないとして主張するところは、本願商標をみるだけで、引用商標をかえりみない一方的な見方であり。取引の実験則を無視し、ひいて商標類否の判定を誤るものである。

 なおまた、引用登録商標は観念をもたない造語であるが、そのことは、引用登録商標と本願商標との称呼の類否を決するうえに、大きな影響を及ぼし、一般に観念のある商標相互の間のそれに比し、一層すなわち称呼それ自体上述のとおりすでに相紛らわしいうえに附加的に作用し、誤認混同の度を増大し、ますます相紛れ易いものとなるという取引の事情を見過ごすことは許されない(なお、原告指摘の甲第九号証の一ないし三の事実は誤つた登録例であり、本件における判断の基準とすることはできない。)。

 本願商標は、結局、引用登録商標と称呼において類似し、指定商品においても抵触することが明らかであるから、これを本件に適用のある旧商標法第二条第一項第九号に該当し登録すべきものでないとした本件審決には違法の点はなく、その取消を求める原告の本訴請求は、失当として棄却されるべきものである。

第四 証拠≪省略≫ 

 

    理   由

 一 特許庁における審査および審判手続の経緯、本願商標および引用登録商標の各構成(別紙(一)および(二))と指定商品、本件審決の理由の要旨についての請求原因第一、二項の事実については、当事者間に争がない。

 二 右争のない事実とその成立に争いのない甲第一号証(本件商標登録願)とによれば、本願商標は、別紙(一)記載のとおり、黒色の円形輪廓内を上下にほぼ二分して、そのやや大きい上半部は淡青色の空とし、下半部は濃青色の海をあらわし、円形の中央部には海面に浮いた氷山の図形を白色と淡青色をもつて大きく明瞭に描いた図形において、上部周縁に沿つて黒く縁取りした白抜きの「硝子繊維」の文字と、氷山の図形の下に黒く白抜きの「氷山印」の文字と、さらに下部周縁に沿つて「日東紡績」の白抜の文字とをそれぞれ左横書きにして成り(ただし着色は限定されていない。)、一方、引用登録商標は、別紙(二)記載のとおり、「しようざん」の文字を、そのうち「し」と「ん」の二字だけやや大きくあらわし、左横書きにして成るものであることが明らかである。

 三 本願商標と引用登録商標との類否について判断する。まず、両者がその外観および観念において異なり類似でないことについては、疑がなく、被告もまた争わないところである。

 そこで、称呼についてみるのに、両商標の前示構成に徴し、本願商標からは少なくとも「ひようざんじるし」ないし「ひようざん」の、また、引用登録商標からは「しようざん」ないし「しようざんじるし」のそれぞれ称呼が生ずべきことは、ほとんど多言を要しない。そして、本願商標の指定商品旧第二六類「硝子繊維糸」が引用登録商標の指商品旧第二六類「糸」に含まれることについては、当事者間に争がない。ところで、商標の類否、ここでは、右称呼が類似するかどうかは、右指定商品ことに硝子繊維糸についての取引の実情ないし経験則に照して、これが商品の誤認混同を生ずるおそれがあるかどうかによつて定められるべきものである。

 まず、硝子繊維についての取引の実情をみると、(証拠―省略)ならびに弁論の全趣旨によれば、硝子繊維糸は細糸と束状のものとに大別され、前者は電線の被覆等電気絶縁関係の用途に、後者は主として強化プラスチツク関係の用途に使われるが、そのうち束状のものには、そのまま使われるものとカツトしてマツト状のものを作るのに使われるものとがあり、現在実用されているのはレジヤーボートの船体やふろおけなどであること、ところで、製品としての硝子繊維糸等はいわば注文生産的にきまつた取引系列のもとの特定の取引者によつて取引され、店頭販売ないし小売販売されることはほとんどなく、一般市民に直接販売されることは全くないといつてまずさしつかえがないこと。硝子繊維メーカーの大手会社は、原告会社を含め五社であり、そのほか小さいメーカーの指摘しうべきものもまずなく、これは、硝子繊維の用途が特殊で他の対応品ナイロン、人絹などに比し単価が高く、生産設備にも過分の経費を要し、さらに生産技術面の困難、ことに、にわかに自社技術の確立をして営業することのむずかしさをともなつていること等に多分に縁由するものと認められ、なお、右メーカーの製品についても、多く品番、数量、単位等とともに、その社名にかかる製品ということで右取引者間に明確に認識され取引されていることが認められる。

 そして、右のとおりの取引の実情ないし動向のもとにあるということ、ことに、比較的高価な当該指定商品が一般市民を直接の取引の相手方とせず、特定範囲の取引者によつて取引されるということは、取引者が商品を商標の称呼だけによつて、すなわち、音声ないし音調を介し聴覚に訴える効果だけによつて、その商標を識別し、ひいて、商品の出所を知り品質を認識するということがほとんどなくなり、多種多様な取引者を介する場合に生じうる発音の不明確、これに由来する商品の誤認混同をなくするであろうことは明らかである。したがつて、このような指定商品にかかる商標の類否を考えるにあたつては、音響的な現象を中心としてみる称呼の対比考察は比較的緩やかに解しても、商品の出所の誤認混同を生ずるおそれがないので、さしつかえがないといえる。しかも、称呼は、もともと、商標を構成する文字、図形もしくはこれらの結合またはこれらと色彩との結合したものから生ずべきものであるから、いきおい、その称呼類否の判断をするにあたつても、その商標を構成する文字、図形もしくは記号もしくはこれらの結合またはこれらと色彩との結合から生ずる称呼にもとづいて判断すべく、単に対比しようとする両者の語音を抽出して類否を対比決定するだけで十分とすることができないのは、むしろ当然である。そして、本願商標において、「氷山」の文字と図形とは、一体の圧倒的要部を成していると認められ、一方引用商標は、前示認定のとおり単に「しようざん」の文字から成る文字商標であるところ、両者が外観および観念において全く異なることはさらに明瞭であるから、両者の称呼がよし比較的近似であるとしても、この外観および観念の差異を考慮すべく、単に両者の抽出された語音を対比して称呼の類否を決定し足れりとすべきでないことは明らかである。しかも、本件において両者には、すでに称呼上「ひようざん」と「しようざん」との差異があり、それも、支配的な語頭音が「ひよう」または「しよう」とそれぞれ一音に連続し長く明確にたがいに区別して発音され、つぎの「ざん」の音に接続しており、両者における称呼上の差異は容易に認識しえられることが明らかである以上、「ひ」と「し」の発音が明確に区別されにくい傾向のある一部分地域があることその他諸般の事情を考慮しても、結局、取引の実情その他これまでに示した判断に徴し、両商標は、指定商品の出所について誤認混同を生ずるおそれはなく、称呼においても類似するものではないと認めるのが相当である。

 四 右のとおり、本願商標は引用登録商標と外観、観念および称呼のいずれにおいても類似しない以上、その余の点について判断するまでもなく、これをもつて引用登録商標に類似し旧商標法第二条第一項第九号に該当し登録すべきものでないとした本件審決は、判断を誤つた違法のものであるとのそしりを免れず、したがつて、その取消を求める原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容し、なお、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。(裁判長判事原増司 判事福島逸雄 荒木秀一) 

 

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