裁判年月日 平成 2年 4月24日 裁判所名 東京高裁
事件番号 平元(行ケ)42号
事件名 審決取消請求事件
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証ないし第四号証によれば、本願明細書には、本願考案は、転写マークラベル等として用いる自動貼付等を容易にした転写シートに関するものであつて(昭和五九年六月二一日付け手続補正書第一頁第一八行、第一九行)、容易に保護膜上に各種の印刷方式で印刷模様を形成でき、箔押することもでき、かつ、転写マーク等の生産性を向上し製造機械の簡易化を図り、また転写後画線構成層を保護し、変色を防止し、機械の自動化が容易となる転写シートを提供すること(同第二頁第一三行ないし第二〇行)を技術的課題(目的)とし、実用新案登録請求の範囲第一項記載の構成を採用し(昭和六〇年一〇月一二日付け手続補正書第四枚目第二行ないし第一七行)、この構成により、(a) 保護膜上に各種の印刷方式で模様、文字等の画線構成層を印刷することができ、(b) 印刷機械の簡易化を図り、生産性を向上させることができ、(c) 転写膜に印字を施したり、被転写材に転写することを連続的に極めて容易にでき、自動化することもでき、(d) 保護膜の材料を適宜選択することにより、転写後画線構成層を被覆保護させることができ、褪色の防止にも役立つ、(e) 生産効率を上げることができる(昭和五九年六月二一日付け手続補正書第九頁第四行ないし第一〇頁第三行)という作用効果を奏するものである、と記載されていることが認められる。
原告は、審決が本願考案の要旨を実用新案登録請求の範囲第一項記載のとおり認定したのは誤りである旨主張する。
考案の要旨の認定は、出願に係る考案が設定登録を受ける要件を具備するか否かを判断する手法として、当該考案の登録請求の範囲に記載された技術的事項を明確にするために行われるものであつて、当該考案の登録請求の範囲の記載からその技術的事項が明確である限りその記載に従って考案の要旨を認定すべきであり、明細書の考案の詳細な説明に記載された事項や願書添付図面の記載からその要旨を限定的に解釈することはできないというべきである。
本願考案の実用新案登録請求の範囲第一項に記載された事項が請求の原因2記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、右記載事項によれば、本願考案の技術的事項は明確であって、これをさらに本願明細書の考案の詳細な説明に記載された事項や願書添付図面の記載から限定的に解すべき理由はない。
原告は、本願考案は、ロール状転写シートに関するものであつて、その名称は、「ロール状転写シート」であるから、その実用新案登録請求の範囲第一項中の「転写シート」を「ロール状転写シート」として本願考案の要旨を認定すべきであると主張するが、明細書に記載される考案の名称は、当該考案の内容を簡明に表示するため記載されるものであるが、その記載から考案の要旨を実用新案登録請求の範囲の記載事項より限定的に解釈すべき何らの理由も存しないから、原告の右主張は理由がない。
したがつて、本願考案の要旨は実用新案登録請求の範囲第一項記載のとおりであるとした審決の認定に誤りはない。
2 第一引用例及び第三引用例に審決認定の技術内容が記載されていることは、当事者間に争いがない。
原告は、本願考案の箔押層と第一引用例記載のもののアルミ膜、本願考案のシートフイルム層と第一引用例記載のものの透明膜との技術内容が相違することを理由に審決の一致点の認定は誤りである旨主張する。
そこで、本願考案の要旨とする箔押層及びシートフイルム層について検討すると、前掲甲第二号証ないし第四号証によれば、本願考案の実用新案登録請求の範囲第一項には、「箔押層」、「シートフイルム層」とのみ規定され、その性状等については、これを限定する何らの記載も存しないこと、また、考案の詳細な説明には、「箔押層(4)は、例えばポリエステルフイルムをベースとし、これにアルミ蒸着を行い、接着層を設けたものを箔として用い」(昭和五九年六月二一日付け手続補正書第五頁第一六行ないし第一八行)と記載されているにとどまり、ほかにその性状等についての説明は存しないことが認められる。
したがつて、本願考案の要旨とする箔押層及びシートフイルム層はその性状等を特定のものに限定されないというべきである。
一方、成立に争いのない甲第五号証によれば、第一引用例記載のものの透明膜は、薄基盤、剥離膜の上面に色彩印刷された文字、図形、模様の上面に無色又は黄色の透明インキにて形成されたものであり、アルミ膜は、その全面上に一様にアルミ被膜を真空蒸着したものであることが認められ、この透明膜が本願考案のシートフイルム層に、アルミ膜が本願考案の箔押層に含まれることは明らかである。
原告は、本願考案の箔押層は、箔を保護膜上に重合させて加熱された版を押し当てることにより形成された層であり、「箔押」とは、金や銀の箔を器物その他のものの表面に貼りつけることを意味し、したがつて、本願考案の箔押層は第一引用例記載のもののアルミ膜とはその構成を全く異にし、かつ、作用効果も異なる旨主張する。
しかしながら、本願考案の箔押層の構成が原告主張のものに限定されないこと前述のとおりであり、しかも、本願明細書の考案の詳細な説明に記載された箔押層の例は、第一引用例記載のもののアルミ膜と同一であるから、両者間に構成及び作用効果上の差異がないことは明らかであつて、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、本願考案のシートフイルム層は、シートフイルムを他の層と重合させることによって形成したものであり、右にいう「シート」とは、長さ及び幅に比較して厚さの極めて小さい形状のプラスチツクを、「フイルム」とは、一般にシートの薄いものをいい、本願考案のシートフイルムとは、このように層形成前にシートフイルムを形成したものを層形成材料として用いることを意味するから、第一引用例記載のものとはその技術内容を異にする旨主張する。
しかしながら、本願考案のシートフイルムの性状等に限定のないことは前述のとおりであり、前掲甲第五号証によれば、第一引用例記載のものの透明膜は、合成樹脂等をベースに用いた印刷インキにより形成された薄い層であることが認められるから、シートフイルムの定義が原告主張のとおりであるとしても右透明膜が本願考案のシートフイルム層に含まれることは明らかであり、原告の右主張は理由がない。
したがつて、第一引用例記載のもののアルミ膜が本願考案の箔押層に、第一引用例記載のものの透明膜が本願考案のシートフイルム層にそれぞれ対応し、この点において両者の構成は一致するとした審決の一致点の認定には誤りはない。
3 次に、原告は、本願考案と第二引用例記載のもの及び第三引用例記載のものとの技術内容の差異を理由に審決の相違点の判断は誤りである旨主張する。
成立に争いのない甲第六号証によれば、第二引用例には、「蒸着箔の製法」の項に、「ポリエステルフイルム、ナイロンフイルム等に剥離性のあるアルミ蒸着層を保護する保護被膜層として(中略)熱硬化性樹脂をコーテイングし、つぎにアルミ金属を真空蒸着し最後に熱接着性樹脂をコーテイングして積層一体となして構成する。」(第一二六頁第八行ないし第一二行)、「転写法」の項に、「熱盤の上下運動によつて、所定の温度に加熱され、圧熱盤に取付けられた平板のシリコーンラバーを用いて、転写シートに印刷された花柄等の絵柄を、(中略)プラスチツクに転写する。(中略)アツプダウン方式では熱盤にシリコーンを取付ける代りに、亜鉛とか真鍮に文字とか図案が刻印されたものを取付け、単色箔又は蒸着箔をこの刻印とプラスチツク等の転写基材の間に置いて、熱盤を下す事によつて刻印を転写基材に圧着して、刻印の文字または図案を転写基材に転写する。この場合インキ層または蒸着層はこの刻印の部分のみが転写され、他は転写箔に完全に残つていなければならない。」(第一二七頁第五行ないし第一四行)と記載され、さらにその具体的方式が記載されていることが認められる。
右認定事実によれば、第二引用例には、その画線構成層を転写すべき模様、文字等を形成するためのアルミ蒸着層で構成したものが記載されており、このアルミ蒸着層が本願考案の箔押層に相当することは、前記2認定事実から明らかである。
したがつて、転写シートにおいて、その画線構成層を箔押層から成る、転写すべき模様、文字等を形成するために形成されたものが第二引用例に記載されていると認定した点において、審決の認定に誤りはない。
また、第三引用例には、転写シートにおいて、その転写用接着剤層側から剥離層にわたつて、前記剥離層の表面に達するがそれを傷つけない程度に形成されて、転写部分とその他の部分に区画する切り抜き溝を有するものが記載されていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第七号証によれば、第三引用例には、「この構成のものを作製するには、第2図に示すように、まずベースシート1の片面に、絵柄用紙6にわずかに接着性があり、しかも剥離性があるワツクス等の剥離層2を設ける。次に予め用意された色紙または所定の印刷絵柄を施した絵柄用紙6の裏面に感圧性接着層4を全面に施し、後にベースシート1の剥離層2と前記用紙6の表面とを貼合せる。次に所定の転写用絵柄を打抜型7にて絵柄用紙6の部分だけ打抜き」(第二欄第一〇行ないし第一八行)と記載され、その第2図(別紙図面(四)参照)に絵柄用紙6の部分が打ち抜かれた状態が示されていることが認められる。
右認定事実によれば、第三引用例記載のものにおいて、形成された切り抜き溝は、転写すべき部分と転写しない部分とを区画するものであり、その構成は、本願考案の切り抜き溝と異ならないというべきである。
原告は、第三引用例記載のものにおいては、切り抜き溝の不必要部分をすべて除去するように構成されているのに対して、本願考案においては、転写しない部分も一体として残存させ、転写する直前に転写しない部分を剥離するように構成されているから、両者は技術内容を異にする旨主張するが、原告主張の点は本願考案の要旨に関係のない事項であつて、採用できない。
したがつて、第一引用例記載のものにおいて、第三引用例記載の、ものの切り抜き溝を有する構成を付加することは、当業者が必要に応じてきわめて容易に推考し得る程度のものとした審決の判断に誤りはない。
4 本願考案の奏する作用効果は前記1認定のとおりである。
原告は、審決は本願考案の奏する顕著な作用効果を看過した旨主張する。
しかしながら、本願考案の(a) 保護膜上に各種の印刷方式で模様、文字等の画線構成部を印刷することができ、(b) 印刷機械の簡易化を図り、生産性を向上させることができ、(c) 転写膜に印字を施したり、被転写材に転写することを連続的に極めて容易にでき、自動化することもでき、(d) 保護膜の材料を適宜選択することにより、転写後画線構成層を被覆保護させることができ、褪色の防止にも役立つ、(e) 生産効率を上げることができるという作用効果のうち、転写膜に印字を施したり、被転写材に転写することを連続的に極めて容易にでき、自動化することができるとの点は、前掲甲第三号証によれば、転写膜を剥離シート上に所定間隔連続的に配列し、かつ、ロール状に形成した実施例によつてのみ奏されるものであることが認められ、本願考案の要旨とする構成によつて奏することができるものといえず、その余の作用効果も第一引用例記載のものに第二引用例記載のものの前記構成を適用することにより当業者が容易に予測できる程度のものにすぎない。
原告は、右のほか、本願考案は、(イ) 金属プレートを貼り付けたのと同様な外観を呈する、(ロ) 複雑で多量の情報を盛り込むことができる、(ハ) 転写シートを伸縮性を有するものとすることができる、(ニ) 転写シートを転写した部分の密封性を増すことができる、(ホ) 表面に形成された印刷層により多量の情報を盛り込むことができるなどの作用効果を奏する旨主張する。しかしながら、前掲甲第二号証ないし第四号証によれば、右(ロ)、(ハ)の点は本願明細書には記載がないことが認められ、本願考案の要旨とする構成から当然に奏するものともいえないから、これをもつて本願考案の奏する作用効果ということはできない。また、(イ)、(ニ)の点は、第一引用例記載のものの透明膜の構成により、(ホ)の点は、その画線構成層の構成により奏することができる作用効果であるから、これをもつて格別のものということはできない。
したがつて、審決に本願考案の顕著な作用効果を看過した誤りは存しない。
5 以上のとおりであつて、本願考案の要旨及び一致点についての審決の認定、相違点についての審決の判断、及び作用効果についての審決の認定に誤りはないから、審決に原告主張の違法は存しない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編注1〕本願考案の実用新案登録請求の範囲第一項は左のとおりである。
剥離シートと、
前記剥離シートの一表面に形成された保護膜と、
前記保護膜の上に形成された、箔押層、箔押層と印刷層、シートフイルム層、シートフイルム層と印刷層、箔押層と印刷層とシートフイルム層のいずれか一つからなる、転写すべき模様、文字等を形成するために形成された画線構成層と、
前記画線構成層の上に形成された転写用接着剤層と、
前記転写用接着剤層側から剥離シートに向けて、前記剥離シートの表面に達するそれを傷つけない程度に切欠形成されて、転写部分とその他の部分に区画する切り抜き溝とを含み、
より下層の画線構成層が保護膜を通して透視し得るように構成されたことを特徴とする、転写シート(別紙図面(一)参照)