裁判年月日 平成16年11月 1日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平成15年(行ケ)第353号
事件名 審決取消請求事件
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
以下において,「および」は「及び」と統一して表記した。その他,引用箇所においても公用文の表記に従った箇所がある。
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2002-35069号事件について平成15年3月31日にした審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は,本件特許第1777824号「ヒンジ蓋付きパック」(昭和61年4月18日出願(パリ条約による優先権主張:1985年5月2日,西ドイツ国),平成4年10月8日に出願公告,平成5年7月28日設定登録)の特許権者である。
被告は,平成14年2月27日,本件特許についての無効審判を請求し(無効2002-35069),審理の結果,平成15年3月31日,「特許第1777824号の特許請求の範囲第1~11項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決があり,その謄本は同年4月10日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
パック本体とヒンジ蓋とを備え,このヒンジ蓋が後壁で結合されかつ閉位置でパック本体に結合されたカラーを囲み,特に内側包装紙に包まれた一群のシガレット(スズ箔ブロック)を収容するカードボード等の折畳み可能材から直方体状に形成されるヒンジ蓋付きパックであって,パック本体10とヒンジ蓋11とカラー22との(垂直方向)長手方向縁部26,27,28,29,30を湾曲させ,この湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させたことを特徴とするヒンジ蓋付きパック。
(特許請求の範囲第1項の記載。審決は,本件特許の特許請求の範囲第1~11項に記載された発明(本件発明)の要旨が特許請求の範囲第1項に記載されたものであると認定しており,この点について,原告は争っていない。)
3 請求人(被告)の主張
【主位的主張】 本件の優先権主張は認められない。優先権主張が認められない場合,本件発明は,審判甲第1号証ないし審判甲第4号証に記載された発明より,当業者が容易に発明をすることができたものであるので,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,本件発明の特許は無効である。
【予備的主張】 優先権主張が認められる場合にあっても,本件発明は,審判甲第1号証,審判甲第3号証及び審判甲第5号証に記載された発明より,当業者が容易に発明をすることができたものであるので,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,本件発明の特許は無効である。
【請求人の提出した証拠】
審判甲第1号証 特開昭55-116519号公報(本訴甲2)
審判甲第2号証 米国意匠第279507号公報(1985年7月2日発行)
審判甲第3号証 スイス国意匠第114028号公報(1984年発行)
審判甲第4号証 TOBACCO JOURNAL INTERNATIONAL誌(隔月刊),第245頁,1985年第3号(6月号),Mainzer Verlagsanstalt und Druckerei Will undRothe社発行,の写し
審判甲第5号証 ドイツ国実用新案出願第7120716号明細書,並びにその特許(実用新案登録)公告及び登録カードの写し(本訴甲3)
審判甲第6号証 特開昭51-79800号公報
審判甲第7号証 実願昭53-171449号(実開昭55-88922号)のマイクロフイルム
審判甲第8号証 八角形状パックのサンプル
審判甲第9号証 ドイツ国特許出願第P3515775.5号明細書(本件優先権基礎出願)
4 審決の理由の要点
本件優先権主張の認否の判断の前に,まず,本件無効審判請求人のした予備的主張から検討する。
(1) 審判甲第1号証及び審判甲第5号証,並びにそこに記載された事項
a. 審判甲第1号証には,包装箱本体と丁番蓋21とを備え,この丁番蓋21が後壁で結合されかつ閉位置でカラー33を囲み,錫はく素材32に包まれた一群の巻タバコ31を収容する折畳み可能材から直方体状に形成される(第1,2図参照)巻タバコ用丁番蓋付き包装箱が記載されている。
b. 審判甲第5号証には,折畳み可能な硬質カードボードから直方体状に形成されるシガレット用パックであって,パック本体の垂直方向及び長手方向縁部を湾曲させたパックが記載されている。
(2) 対比・判断
審判甲第1号証記載のものと,本件発明を対比すると,審判甲第1号証の包装箱は,巻タバコを収容するものであって,丁番蓋付きであり,拡げた素材10を折曲げて直方体状に形成されるものであるので,本件発明の,「パック本体とヒンジ蓋とを備え,一群のシガレットを収容する,折畳み可能材から直方体状に形成されるヒンジ蓋付きパック」に相当する。
また,審判甲第1号証の丁番蓋21は,包装箱本体の後壁16に結合されているので,この構成は,本件発明の,「このヒンジ蓋が後壁で結合され」との構成に相当する。
また,審判甲第1号証の包装箱は,錫はく素材32に包まれた一群の巻タバコ31を収容しているので,この構成は,本件発明の「特に内側包装紙に包まれた一群のシガレット(スズ箔ブロック)を収容する」との構成に相当する。
さらに,審判甲第1号証のカラーは,丁番蓋の組立の過程で,「カラー33が端位置へ即ち折曲げられた(丁番蓋の一部を構成する)かど片29,30と接触するように動かされる」ので,この構成は,本件発明の「ヒンジ蓋が・・・閉位置でパック本体に結合されたカラーを囲み」との構成に相当する。
したがって両者は次の一致点で一致し,相違点1~3で相違する。
【一致点】
「パック本体とヒンジ蓋とを備え,このヒンジ蓋が後壁で結合されかつ閉位置でカラーを囲み,特に内側包装紙に包まれた一群のシガレット(スズ箔ブロック)を収容する折畳み可能材から直方体状に形成されるヒンジ蓋付きパック。」
【相違点1】
本件発明のヒンジ蓋付きパックは,カードボード等の折畳み可能材から形成されるものであるのに対し,審判甲第1号証のヒンジ蓋付きパック(丁番蓋付き包装箱)は,折畳み可能な素材を折曲げて形成されるものではあるが,素材について具体的に限定されていない点。
【相違点2】
本件発明のカラーは,パック本体に結合されているが,審判甲第1号証のカラーは,パック本体(包装箱本体)に結合されているか否か不明な点。
【相違点3】
本件発明のヒンジ蓋付きパックは,「パック本体10とヒンジ蓋11とカラー22との(垂直方向)長手方向縁部26,27,28,29,30を湾曲させ,この湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させ」ているのに対し,審判甲第1号証のヒンジ蓋付きパック(丁番蓋付き包装箱)は,このような構成を備えていない点。
【相違点1について】
審判甲第1号証には,2頁左下欄に「丁番付き箱又は硬い箱」と記載されているが,折畳み可能材から形成される,シガレット等のための硬い包装箱に用いる素材として,カードボード等を採用することは,例えば,審判甲第5号証の1頁1行~2頁3行(訳文1頁)にも,「カードボード製の又はいわゆる硬質のシガレット用パックは通常,硬質カードボード製ブランク・・・折り曲げることにより」とあるように,当該技術分野で従来より慣用されてきた事項であるので,当業者が必要に応じ選択し得た程度の事項である。
【相違点2について】
パック本体に沿って設けられるカラーを,パック本体に結合したものは,例えば,審判甲第7号証である実願昭53-171449号(実開昭55-88922号)のマイクロフィルムに示すように,ヒンジ蓋付きパックにおいて周知であるので,このようにすることは,当業者が必要に応じ適宜なし得た程度の事項にすぎない。
【相違点3について】
審判甲第5号証には,折畳み可能な硬質カードボードから直方体状に形成されるシガレット用パックであって,パック本体の垂直方向及び長手方向縁部を湾曲させたパックが記載されている。
そして,パック本体の縁部を湾曲させることについて,審判甲第5号証には,ユーザのポケットを破損させない硬質カードボード製シガレット用パックを提供することを目的とする旨記載されている(1頁1行~2頁3行(訳文1頁))。
一方,審判甲第1号証記載の丁番蓋付き包装箱は,「硬い箱とも称せられるもの」(2頁左下欄)であって硬質であり,直方体形状をしているので,審判甲第5号証で前提としている硬質のシガレット用パック同様,ユーザのポケットを破損させるおそれがあるものである。
そこで,ユーザのポケットの破損を防止する目的で,審判甲第5号証に記載された発明を,審判甲第1号証記載の丁番蓋付き包装箱に適用し,丁番蓋付き包装箱の長手方向側縁部を湾曲するように構成することは,当業者が容易に想到し得たことである。
そして,丁番蓋付き包装箱の長手方向側縁部を湾曲させるに当たって,丁番蓋とカラーとは,包装箱本体に沿って設けられているのであるから,丁番蓋とカラーの長手方向縁部を,包装箱本体の長手方向縁部とともに湾曲させることは,当業者が当然考慮し得た事項にすぎない。
また,一般に,シガレット用パックの寸法は,収容されるシガレットの寸法を考慮して,シガレットの収容に過不足のない大きさに,その高さや幅が設計されるものであるから,パックの長手方向縁部を湾曲させる場合も,シガレットの径を考慮して湾曲の度合いを決定することは,当業者が設計に当たり,当然考慮し得た事項であるので,湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させることは,設計的事項にすぎない。
被請求人(原告)は,審判甲第5号証記載のシガレット用パックについて,縁部を湾曲させることの課題が本件発明と異なる旨主張するが,審判甲第1号証の丁番蓋付き包装箱に,審判甲第5号証の発明を適用することの容易性の判断に当たっては,適用のための動機付けの有無が問題とされるのであって,動機付けとなる課題が本件発明の課題と同一であることを要さないものである。
また,本件発明の効果として,被請求人が主張する,材料の節約は,湾曲した縁部の採用により,当然期待し得た程度のものにすぎず,また,握りやすい点も,審判甲第5号証にも,「取り扱い易く」(3頁1~7行)とあるように,当業者が当然期待し得た程度のものであるから,格別なものではない。
(3) 審決のむすび
したがって,本件発明は,本件出願の優先権主張日前に頒布された刊行物である審判甲第1号証並びに審判甲第5号証に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるので,優先権主張の適否について判断するまでもなく,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。
第3 原告主張の審決取消事由
審決は,相違点3についての判断を誤ったものである。
1 課題の誤認,看過による判断の誤り
(1) 課題の誤認,看過
審決は,本件発明と審判甲第1号証記載の発明との間の相違点3について,「ユーザのポケットの破損を防止する目的で,審判甲第5号証に記載された発明を,審判甲第1号証記載の丁番蓋付き包装箱に適用し,丁番蓋付き包装箱の長手方向側縁部を湾曲するように構成することは,当業者が容易に相当し得たことである。」と判断している。
しかし,この判断は,本件発明や,審判甲第1号証及び審判甲第5号証にそれぞれ記載された発明における課題を誤認,看過したものである。
本件発明の課題は,「本発明の目的は,従来のヒンジ蓋パックに対して材料による費用を減じ,構造及び機能的に勝れた上記形式のヒンジ蓋付きのパックを形成することにある。」(本件出願公告公報第4欄3~6行)とあるように,その明細書に明確に記載されている。審判甲第1号証には,本件発明のこの課題についての記載はなく,審判甲第5号証にも,「ユーザのポケットの破損を防止する」との課題についての記載はあるものの,本件発明のような上記課題についての記載はなく,その示唆すらない。
本件発明の課題が「ユーザのポケットの破損を防止する」と仮定するならば,審決の判断のような論理付けが可能かもしれないが,審決で言及している「ユーザのポケットの破損を防止する目的」は,本件発明の課題とは関係ない事項である。
審決は,本件発明とは関係のない技術課題を根拠として,審判甲第1号証に記載の発明に審判甲第5号証に記載の発明を適用するに当たっての動機付けの判断を行っており,この判断は適切でない。
(2) 課題の同一性について
審決は,被請求人(原告)の主張に対して,「審判甲第1号証の丁番蓋付き包装箱に,審判甲第5号証の発明を適用することの容易性の判断に当たっては,適用のための動機付けの有無が問題とされるのであって,動機付けとなる課題が本件発明の課題と同一であることを要さないものである。」と説示している。
しかし,この説示は,進歩性の判断に際しての課題についての認識を取り違えている。審判甲第1号証に記載の発明に審判甲第5号証に記載の発明を適用するに当たっての進歩性の判断においては,課題の共通性,作用,機能等について,動機付けとなり得るものがあるかどうかの論理付けを行うことが必要であるが,その際,特に,課題等の共通性は重要視されるものである。そして,当然に本件発明の課題についても考慮する必要がある。
2 周知技術,慣用技術,あるいは技術レベルの誤認,看過による判断の誤り
(1) 周知技術等の誤認等による,「当業者が当然に考慮し得た事項」の判断の誤り
審決は,相違点3について,「丁番蓋付き包装箱の長手方向側縁部を湾曲させるに当たって,丁番蓋とカラーとは,包装箱本体に沿って設けられているのであるから,丁番蓋とカラーの長手方向縁を,包装箱本体の長手方向側縁部とともに湾曲させることは,当業者が当然考慮し得た事項にすぎない。」と説示する。
しかし,「当業者が当然考慮し得た事項」と判断するに際しては,その裏付けとしての,周知技術なり慣用技術,あるいは技術レベルについての言及のもとになされるべきである。審決においては,そのような根拠が示されることなく,ただ「当業者が当然考慮し得た事項」としているだけである。
その判断に関しても,審判甲第1号証に記載の発明に審判甲第5号証に記載の発明を適用し,さらにその際,カラーの長手方向縁部を湾曲させるとの,いわゆる「容易の容易」の判断を行っている。この判断についてもその裏付けが示されてなく,このように,根拠を示すことなく,容易のさらに容易の判断を行うようなことは適切でなく,誤りである。
(2) 周知技術等の誤認等による,「設計的事項にすぎない」との判断の誤り
審決は,「一般に,シガレット用パックの寸法は,収容されるシガレットの寸法を考慮して,シガレットの収容に過不足のない大きさに,その高さや幅が設計されるものであるから,パックの長手方向縁部を湾曲させる場合も,シガレットの径を考慮して湾曲の度合いを決定することは,当業者が設計に当たり,当然考慮し得た事項であるので,湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させることは,設計的事項にすぎない。」と説示している。
しかし,「湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させること」が,正に本件発明の本質的な部分に係る技術事項であるにもかかわらず,この点についての判断に根拠が示されてなく,「設計的事項にすぎない」とのみすることは適切でない。「設計的事項にすぎない」と判断するに際しては,その根拠として,何らかの周知技術なり慣用技術,あるいは技術レベルについての言及のもとになされるべきである。
第2の引用例としての審判甲第5号証には,「新規なシガレットパックは,少なくとも側部において丸くなった縁部を有し,少なくとも底部に丸くなった角部を有する。このことによって,ポケット等の損傷は実際に排除される。更に,新規なパックは,公知のハードパックと比べて非常に扱い易く,好ましい外観を示している。その上,本考案に係わるシガレット用パックは,特にプラスチックからなる剛性の容器に非常に容易に入れられる。というのは,一般的には,特に,このタイプの容器が,射出成形法,鋳造成形法又は深絞り法で製造された時に,容器の内部が,同様に丸くなった縁部を有するからである。」(3頁1~13行)との記載がある。これからすると,審判甲第5号証においては,シガレットケースの側部や底部に,丸くなった縁部,いわゆる面取りを施すことについての開示がされているにすぎない。審判甲第5号証には,「湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させ」ることにより,「ヒンジ蓋付きパックをこのパック内容物特に一群のシガレットの外形に密にかつ正確に適合させることができ,材料を確実に節約することができる。」(本件出願公告公報第4欄12~15行)との本件発明の課題,効果についての開示はされていない。
また,「一般に,シガレット用パックの寸法は,収容されるシガレットの寸法を考慮して,シガレットの収容に過不足のない大きさに,その高さや幅が設計されるものである」とか,「パックの長手方向縁部を湾曲させる場合も,シガレットの径を考慮して湾曲の度合いを決定することは,当業者が設計に当たり,当然考慮し得た事項」としているが,同様に,このような言及をするための裏付けとしての,周知技術なり慣用技術,あるいは技術レベルについての検討が必要であるにもかかわらず,審決においては,そのような根拠が示されていない。
さらに,「パックの長手方向縁部を湾曲させる場合も,シガレットの径を考慮して湾曲の度合いを決定することは,当業者が設計に当たり,当然考慮し得た事項である」との判断について,審判甲第1号証に記載の発明に審判甲第5号証に記載の発明を適用し,その際,カラーの長手方向縁部を湾曲させるとともに,さらにその場合,シガレットの径を考慮して湾曲の度合いを決定することは容易と判断しているのであり,いわば「容易の容易のさらなる容易」の判断を行っていることとなる。根拠を示すことなく,このような判断をするのは適切でない。
3 作用効果の誤認,看過による判断の誤り
本件発明は,「本発明の目的は,従来のヒンジ蓋パックに対して材料による費用を減じ,構造及び機能的に勝れた上記形式のヒンジ蓋付きのパックを形成することにある。」(本件出願公告公報2頁第4欄3~6行)との認識のもとになされたものである。
そして,本件発明は,「この目的を達成するため,本発明によるヒンジ蓋付きパックはパック本体とヒンジ蓋とカラーとの(垂直方向)長手方向縁部が湾曲され,この湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応して形成される。」(同公報2頁第4欄7~11行)との構成を有することにより,明細書に記載された,「長手方向縁部を湾曲させたことにより,ヒンジ蓋付きパックをこのパック内容物特に一群のシガレットの外形に密にかつ正確に適合させることができ,材料を確実に節約することができる。従来の角形のヒンジ蓋付きパックは,隅部に配置されたシガレットに対してこの部分に空間部が残るため,長手方向縁部の領域では可能なかぎりの有効利用は図られていなかった。本発明では実際にスズ箔のブロックが正確かつ確実に取り巻かれ,したがって材料が確実に節約される。・‥更に,本発明によるヒンジ蓋付きパックの利点は,長手方向縁部が湾曲しているために握り易いという取扱い上の利点を有する。」(同公報2頁第4欄12~32行)との格別顕著な作用効果を奏するものである。
審決は,「本件発明の効果として,被請求人が主張する,材料の節約は,湾曲した縁部の採用により,当然期待し得た程度のものにすぎず,また,握りやすい点も,審判甲第5号証にも「取り扱い易く」とあるように,当業者が当然期待し得た程度のものであるから,格別なものではない。」と判断しているが,湾曲した縁部の採用による材料の節約との作用効果は,審判甲第1号証及び審判甲第5号証に記載がなく,示唆すらもない。さらに審判甲第1号証及び審判甲第5号証に記載のものから自明な事項でもなく,予測できることではない。
審決はこのような作用効果について看過誤認をしたものである。
第4 当裁判所の判断
本件発明は,ヒンジ蓋付きパックに関するが(本件出願公告公報(甲4)第3欄発明の詳細な説明の冒頭の記載),同公報第4欄の第2段落及び第3段落における本件発明の目的(技術的課題)等の記載からみて,本件発明の中心的な特徴と認められる相違点3に係る構成,すなわち「パック本体10とヒンジ蓋11とカラー22との(垂直方向)長手方向縁部26,27,28,29,30を湾曲させ,この湾曲部の半径をシガレットの半径に(ほぼ)対応させ」ているとの点は,シガレット用パックの考案に関する審判甲第5号証に記載されているような,「少なくとも側部において,丸くなった縁部を有し,少なくとも底部に,丸くなった角部を有する。」(訳文2頁3~4行)との構成に相当し,相違点3に係るような形状を与えることは,既に「ヒンジ蓋付きパック」の技術分野において知られているものと認めることができる。
そして,上記公報第4欄にあるような本件発明の目的,すなわち,「本発明の目的は,従来のヒンジ蓋パックに対して材料による費用を減じ,構造及び機能的に勝れた上記形式のヒンジ蓋付きのパックを形成することにある。」との点は,材料費節減,構造機能の向上を図るという,当業者であれば通常認識していることであり,あまりにも自明のことである。そうすると,前記相違点3に係る構成を採用することは,包装材の消費を最小限にとどめるための設計思考過程において,収納物であるシガレットの形状に対応した形状を採用するものとして,当業者にとって容易に想到し得ることというべきである。
この相違点3に係る構成に基づく作用効果も,上記目的からして,当業者であれば容易に想到可能なものであって,格別なものとはいうことはできない。
したがって,審判甲第1号証記載の発明との間の相違点3に係る本件発明の構成は,当業者にしてみれば容易に想到し得たものにとどまり,これと同旨の審決の判断に誤りはない。原告は審決の判断についてるる主張するが,採用することができず,原告主張の審決取消事由は理由がない。
第5 結論
よって,原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 塩月秀平 裁判官 高野輝久)