裁判年月日 昭和52年7月22日
事件番号 昭和50年(ワ)第2564号
事件名 実用新案権侵害禁止等請求事件 〔貸ロッカー事件〕
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判〈略〉
第二 原告の請求原因
一 原告の実用新案権
原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有する。
考案の名称 貸ロツカーの硬貨投入口開閉装置
出願日 昭和四三年六月七日
公告日 昭和四八年五月一七日
登録日 昭和四九年二月七日
登録番号 第一〇二九〇三八号
そして、本件考案の願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の項の記載は、次のとおりである。
「鍵2の挿入または抜取りにより硬貨投入口8を開閉する遮蔽板9を設けたことを特徴とする貸ロツカーの硬貨投入口開閉装置。」(以下、本件考案についての番号は、別添本件考案の実用新案公報記載のものを指す。)
二、三、四〈省略〉
五 本件物件の構造
本件物件の構造を区分説明すると、次のとおりである。
1 キー8の挿入により、進退杆9をコイルバネ13に抗して押して係止動作解除上下動板15のカム14による係合を解除して降下させることにより、遮蔽板21を反時計方向に回動させて硬貨投入口4を開き(本件物件についての番号は、別紙目録記載のものを指す。)、
2 キー8の抜取りにより、進退杆9がコイルバネ13の押圧力により押し戻され、カム14によつて係止動作解除上下動板15がピン22を押して、遮蔽板21を時計方向に回動して、硬貨投入口4を閉じる、
3 遮蔽板21を設けた、
4 硬貨投入口開閉装置。
六 〈以下、事実略〉
理由
一 原告の実用新案権
原告が本件実用新案権を有することは、当事者間に争いがない。
二 本件考案の構成要件
本件実用新案公報によれば、本件考案の構成要件は、次のとおりであることが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
1 鍵2の挿入により硬貨投入口8を開き、
2 鍵2の抜取りにより硬貸投入口8を閉じる、
3 遮蔽板9を設けた、
4 貸ロツカーの硬貨投入口開閉装置。
右認定の事実によれば、本件考案にかかる右装置は、(イ)鍵の挿入又は抜取りという手段と(ロ)これにより作動する遮蔽板という手段とを有するものということができる。
三 本件考案の権利範囲
1 しかしながら、すでに判示したところからすれば、本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載されているところは、鍵の挿入又は抜取りにより、貸ロツカーの硬貨投入口を開閉する装置を構成する課題の提示のみであるというべきである。すなわち、すでに判示したとおり、本件考案においては、右課題の解決のために鍵の挿入又は抜取りという手段及び遮蔽板という手段を具体的に挙げているので、右課題の解決を示しているかのように見られるが、右各手段についての表現は、抽象的であり、右各手段が具体的にいかなる中間的機構を有すれば、鍵の挿入又は抜取りという動作と遮蔽板の作動という動作とを連動させることができるかについては、実用新案登録請求の範囲の記載のみによつては知ることができないから、右のような抽象的な記載をもつて、何ら右課題の解決を示したものということはできない。
しかして、実用新案権の技術的範囲は、願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないところ、本件考案は、その明細書の右のような抽象的な実用新案登録請求の範囲の記載のみによつては、とうてい、その技術的範囲を定めることはできないものというべきである。そこで、本件考案の技術的範囲を定めるためには、右明細書の考案の詳細な説明の項及び図面の記載に従い、その記載のとおりの内容のものとして、限定して解されなければならない。したがつて、本件考案の構成要件を具備した装置がすべて本件考案の技術的範囲内にあるものということはできない。
2 ところで、被告は、本件考案はその実用新案登録請求の範囲の記載が右のように抽象的であるので、権利として不成立であり、そうでないとしても、その権利範囲が特定されず、さらに、その構成要件のすべてが公知であつて、新規性を欠くから、原告の本件実用新案権に基づく権利の行使が許されない旨主張する。しかしながら、本件実用新案権が権利として成立している以上、被告主張のような事実があるとしても、この権利が無内容のものであり、したがつて、実質的にその登録が無効のものとして、取り扱うことはできないから、本件考案の技術的範囲は、右1のとおり限定して解されるべきであり、この範囲における権利の行使が許されないものとはいえない。したがつて、被告の右主張は、理由がない。
3 しかして、本件実用新案公報によつて、本件考案の明細書の考案の詳細な説明の項及び図面の記載を参酌して、本件考案の技術内容を区分説明すれば、次のとおりであることが認められる。
(1) 鍵2の挿入又は抜取りによつて進退する作動棒6を設け、
(2) 作動棒6の一端が操作軸7の下方のクランクアーム部7aに当接し、
(3) 操作軸7の上部は直角に折曲され、その先端はピン13により軸着された遮蔽板9の突片10に当接し、
(4) 遮蔽板9の下端部は、ピン13により軸着され、その中間部においてコイル状発条14の一端を係止している。
(5) 硬貨投入口開閉装置。
四 本件物件の構造
請求原因五の事実は当事者間に争いがなく、右事実と本件物件を表示するものであることについて当事者間に争いのない別紙目録の記載によつて、本件物件の構造を区分説明すれば、次のとおりであることが認められる。
(1) 鍵8の挿入によつて突出し、鍵8の抜取りによつて、コイルバネ13の押圧力により表側に押し出される進退杆9を設け、
(2) 進退杆9には、その上部が斜状に形成された突片14が取り付けられ、この突片14の上部は上下動板15の下端に設けられたローラ16と当接し、
(3) 上下動板15の上部は、ピン23により回転自在枢着された遮蔽板21の下端に設けられた突出棒22に当接している、
(4) 硬貨投入口開閉装置。
五 本件考案と本件物件との対比
そこで、本件物件と本件考案とを対比すると、本件物件においては、本件考案における操作軸7を欠くから、この点において、本件考案の右三の3、(3)の要件を備えていないものである。したがつて、本件物件は、その余の点について判断するまでもなく、本件考案の技術的範囲に属しないものである。
六 原告の均等の主張
原告は、本件物件について、鍵の抜挿という直線運動を遮蔽板を回動させる運動に変える構造について、クランク機構を利用するかカム機構を利用するかは設計上の問題にすぎず、カム機構を利用する本件物件はクランク機構を利用する本件考案の均等物である旨主張する。しかし、すでに判示したとおり、本件考案の技術的範囲は、明細書の考案の詳細な説明の項及び図面の記載のとおりの内容のものとして、限定して解さなければならない。ところで、〈証拠〉によれば、本件考案については、その詳細な説明の項及び図面の記載には原告主張のようなカム機構を利用することに関する記載はないから、カム機構を利用することは、その技術的範囲に属しないものといわなければならない。したがつて、原告の右主張は、理由がない。
七 してみれば、本件物件が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について、判断するまでもなく、失当として、棄却されるべきであるから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり、判決する。
(佐藤栄一 伊藤博 塚田渥)