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裁判年月日 平成25年6月6日 

事件番号 平成24(ネ)第10094号

事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件

 

主   文

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 

 

    事実及び理由

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人は,原判決別紙製品目録1ないし3記載の各製品を販売し,輸入し又は販売の申出をしてはならない。

 3 被控訴人は,前項の各製品を廃棄せよ。

 4 被控訴人は,控訴人に対し,2278万円及びこれに対する平成23年8月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 5 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

 6 仮執行宣言

第2 事案の概要

 本判決の略称は,以下において特に断らない限り,原判決に従う。

 1 本件は,「パソコン等の器具の盗難防止用連結具」という名称の発明について本件特許権(特許第3559501号)を有する控訴人が,原判決別紙製品目録1ないし3記載の製品(被告各製品)を業として輸入し,販売している被控訴人に対し,被控訴人による当該販売等が本件特許権を侵害するものであると主張して,被告各製品の販売等の差止め及び廃棄並びに損害賠償として2278万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年8月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 原判決は,被告各製品が本件特許権に係る発明の技術的範囲に属するものとはいえないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人は,原判決を不服として控訴し,控訴の趣旨記載の判決を求めた。

 2 前提事実は,原判決6頁9行目から12行目までを次のとおり改めるほか,原判決の「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。

 「被控訴人は,平成23年12月8日,特許庁に対し,本件特許を無効にすることを求めて審判の請求をし,特許庁は,上記請求を無効2011-800253号事件として審理した。

 控訴人は,平成24年3月8日,次のアないしエの内容で本件特許に係る訂正請求(以下,「本件訂正」といい,訂正後の発明を請求項の番号に応じて「本件訂正発明1」,「本件訂正発明2」及び「本件訂正発明5」というほか,これらを併せて「本件各訂正発明」という。)をした(甲13の1・2,甲21)。

 特許庁は,同年12月17日,「訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」との審決をしたことから,被控訴人は,これを不服として,平成25年2月5日,当庁に審決取消訴訟を提起し,当庁平成25年(行ケ)第10033号審決取消請求事件として係属している(当裁判所に顕著な事実である。)。」

第3 争点に関する当事者の主張

 争点に関する当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから,これを引用する。

 1 当審における控訴人の主張

  (1) 争点1-1(構成要件Bの充足性)について

   ア 原判決の「スリットへの挿入方向に沿って」の文言解釈の誤り

 (ア) 原判決は,移動(スライド)の態様は,パソコン等の本体ケーシングに開設されたスリットに挿入される差込片の形状に沿った方向(差込片の形状が直線であれば,その直線に沿った方向となり,差込片の形状が曲線であれば,その曲線に沿った方向となる。)を指すと判断した。

 しかし,「挿入方向」,すなわち「さし入れる方向」ないし「方向」をどのように読み込んでみたところで,「差込片の形状」との概念を読み取ることは不可能であり,仮に「形状」を問題にするにしても,問題にすべきは「回止め片の形状」であって,この点でも原判決の判断は誤りである。

 (イ) 本件明細書等の記載からすれば,従来の技術では,盗難防止器具は別個独立した複数の部材から構成されており,スライド可能に係合し,かつ分離不能に保持されたものはなく,パソコンのスリットへの取付け困難という課題があった。そこで,本件各特許発明は,少なくとも,回止め片が,差込片と重なっている範囲でスライドできるように,主プレートと補助プレートとを常時係合させ,分離不能に保持することで,上記課題解決を実現するものであり,この点に技術思想の中核があり,このことは本件明細書に触れた当業者が容易に理解し得る。

 したがって,主プレートと補助プレートとが「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」か否かは,「差込片と回止め片の重なりが生じている間」だけを問題にすれば足りるのであって,それ以外の場面においても「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」な構成である必要は全くなく,これと相反する原判決は誤りである。

 (ウ) 以上によれば,「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合」とは,「差込片と回止め片の重なりが生じている間,スリットへの挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向に,ずらすことができるように係合」と解釈すべきであるから,被告各製品の構成bは,本件特許発明1の構成要件Bを充足する。

   イ 原判決の機能的クレームの解釈の誤り

 (ア) 本件各特許発明の構成要件には,あえて機能的クレームとして解釈する必要があるほど機能的,抽象的な記載はない。「スライド可能に係合」とは,ずらすことができるように係りを持つことであり,また,「分離不能に保持」とは,分離できないように保つことであるが,ずらすことができるように係りを持たせるために,または,分離できないように保つために,被告各製品のように,二つの部材を一つのピンで枢結することは,技術分野を問わない汎用的な慣用技術であり,当業者に止まらず,広く一般に知れ渡っている。したがって,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」との請求項の記載から,当業者は,被告各製品の具体的構成を容易に理解することができるため,実施例として逐一具体的な実施態様を記載していないからといって、あえて原判決のような機能的クレームとしての限定的解釈をする必要はない。

 仮に「スライド可能に係合」ないし「分離不能に保持」の文言が機能的クレームに当たるとしても,原判決には以下のとおりの誤りがある。

 (イ) 複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」する構成を実現し,かつ,当該枢結点を中心に回転させた場合に,枢結点から離れた点においては,回転角度が小さい範囲では略直線の軌道を描くことを利用した構成は,技術分野を問わず汎用される慣用技術であって,控訴人は,その立証として甲22ないし30を提出しているのであるから,原判決が,単に本件各特許発明と技術分野が異なることを理由として上記各書証を排斥することは誤りである上,原判決は甲14及び15の検討も欠落している。

 機能的クレームの解釈においても,明細書に開示された内容から,当業者が容易に実施し得る構成であるか否かが問題になるが,技術分野を問わず汎用される慣用技術は当業者が容易に実施し得る構成に含まれる。被告各製品の構成は、慣用技術を踏まえれば、本件明細書に当業者が容易に実施できる程度に開示されている。

 (ウ) 原判決は,主プレートと補助部材とを,ピンによって一端を枢結し,回動自在に結合する構成では,突起部の形状を工夫する必要が生じる点を指摘して,実施の容易性を否定した。

 しかしながら,一般的に,孔に対して回転方向から突起を侵入させる場合,突起の内外回転半径の差があることを考慮して,突起の外周形状を平面状の直方体等ではなく,外周を円弧状に面取りして突起外周の回転半径を小さくすることは,技術分野を問わない慣用技術である。したがって,原判決が指摘した上記事項は,主プレートと補助部材とをピンによって一端を枢結したことにより生じる周知の課題を解決するため,技術分野を問わない慣用技術を用いたものにほかならない。

 (エ) 原判決は,「本件各特許発明が開示する技術思想(課題解決原理)は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められることにより「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」するものである。」とした上で,被告各製品の構成とは原理的に異なる旨指摘した。

 しかし,原判決が指摘する本件各特許発明の技術思想は,単に本件明細書に記載された実施例そのものの構成に限ったものを指摘したにすぎない。本件各特許発明は,主プレートと補助プレートをスライドさせて,主プレートの差込片と,補助プレートの回止め片を重ねて,これによりスリット内における連結具の回転を阻止して取り付けることができるよう,各プレートを常時係合させ,分離不能に保持することで,取付け困難という課題の解決を実現するものであり,この点に技術思想の中核があるのであって,原判決の上記指摘は誤りである。

 (オ) 「スライド可能に係合」とは,ずらすことができるように係りを持つことであり,また,「分離不能に保持」とは,分離できないように保つことであるが,これらのために,被告各製品のように,二つの部材を一つのピンでスライド可能に枢結することは,技術分野を問わない汎用的な慣用技術である。また,技術分野を問わず,部品数を減らすことは自明の課題である。

 したがって,本件明細書に触れた当業者は,少なくとも,被告各製品のように,二つの部材を一つのピンでスライド可能に枢結する構成を検討する。そして,当該構成を採用すれば,枢結点から離れた部分では,回転角度がそれほど大きくない範囲では,ほぼ直線運動をすることは自明であるから,枢結点から離れた部分に,回止め片を設け,さらに突起部の形状を工夫することは容易に理解し得る。そのため,本件明細書の記載から,被告各製品の構成を実施することは容易である。

 (カ) 以上のとおり,「相対的にスライド可能」,「分離不能に保持」の具体的構成として,本件明細書の記載から被告各製品の構成を実施することが容易に理解でき,又は開示されているから,被告各製品の構成bは,本件特許発明1の構成要件Bを充足する。

  (2) 争点1-4(構成要件Eの充足性)について

 原判決は,「前進」とは,一般に「前に進むこと」をいい,その対義語は「後退」であるから,「主プレートと補助プレート」は,差込片をスリットへさし入れる方向ないし差込片の突出方向に向かって,前後に移動するものであり,直線的な移動を前提としたものであると解されるとした。

 確かに,前進は,前に進むことを意味するが,だからといって,これが直線的であるとは限らず,曲線的であっても前進,後退するのであって,前進・後退と直線的であるか否かは全く関係ない。そして,「補助プレートを前進スライドさせ」とは,「差込片と回止め片の重なりが生じている間,補助プレートを,スリットへの挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向に,ずらす」と解釈すれば足りる。これを前提とすれば,被告各製品の構成eは,本件特許発明1の構成要件Eを充足する。

  (3) 当審における控訴人の新たな主張(均等侵害)について

 以下のとおり,被告各製品は,本件各特許発明と均等である。

   ア 機能的クレームにおいても均等論が適用されること

 被控訴人は,機能的クレームについて文言侵害が否定された以上,均等論は適用されない旨主張するけれども,均等論は機能的クレームの解釈とは異なる観点から要件が定められ,これに基づいて文言解釈を超えて属否が検討されるべきであり,特許請求の範囲に機能的な記載があるからというだけで均等論が否定されることはない。

   イ 第1要件(非本質的部分性)

 本件各特許発明は,主プレートと補助プレートをスライドさせて,主プレートの差込片と,補助プレートの回止め片を重ねて,これによりスリット内における連結具の回転を阻止して取り付けることができるよう各プレートを常時係合させ,分離不能に保持することで,取付け困難という課題の解決を実現するものであり,この点に技術思想の中核がある。

 そして,本件各特許発明における主プレートと補助プレートのスライドの態様は,構成要件B「スリットの挿入方向に沿って」,構成要件D「差込片の突出方向に沿って」,「差込片の突出方向に」,「逆向きに」,及び構成要件E「前進スライド」させるものであるのに対し,被告各製品においては,主プレートと補助プレートは,ピンを中心とした円の円弧方向に回転スライドさせて,主プレートの差込片と補助プレートの突起部を重ねるものであって,それぞれスライドの態様が異なるが,かかる相違点は,本件各特許発明の本質的部分ではない。

   ウ 第2要件(置換可能性)

 本件各特許発明における構成要件B「スリットの挿入方向に沿って」,構成要件D「差込片の突出方向に沿って」,「差込片の突出方向に」,「逆向きに」,及び構成要件E「前進スライド」の各構成を,被告各製品の「ピンを中心に回動する方向で」スライドする構成に置き換えても,主プレートの差込片と,補助プレートの回止め片を重ねることにより,スリット内の連結具の回転を阻止して取り付けることができるから,従来からの取付け困難という課題が解決され,本件各特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものである。

   エ 第3要件(置換容易性)

 二つの部材をピンによって枢結し回動させる構成や,あらかじめ大きさが規定された孔に対して回転方向から突起を挿入する場合には侵入する突起の外周形状を円弧状にせざるを得ないこと等は,いずれも技術分野を問わず汎用される慣用技術であること,技術分野を問わず部品点数を減らすことは自明の課題であり,当業者が部品点数を減らす観点から二つのスプリングピンを一つにすることは当然に検討されるべきことからすれば,本件各特許権の請求項又は本件明細書の記載から,主プレートと補助プレートとを一つのピンによって枢結し回動する方向でスライドする被告各製品の構成とすることは,被告各製品の輸入販売時はもとより,本件出願時においても容易に想到することができたものである。

   オ 第4要件(被告各製品の容易推考性)

 本件特許出願当時,被告各製品は,公知技術と同一又は公知技術から容易に推考できたものではない。

   カ 第5要件(意識的な除外)

 控訴人が,「(二つのプレートが)ピンを中心に回動する方向でスライドする」と の構成を,本件特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外したという ような特段の事情はない。 

 2 当審における被控訴人の主張

  (1) 争点1-1(構成要件Bの充足性)について

   ア 原判決の「スリットへの挿入方向に沿って」の文言解釈

 (ア) 本件各特許発明の特許請求の範囲には,「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合」との記載のほか,「差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合」(請求項1)又は「差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合」(請求項2)との記載があり,これらの記載からすれば,「スリットへの挿入方向」と「差込片の突出設方向」又は「差込片の突出方向」とは,同一の方向であることが認められる。そして,差込片は,その「突出設方向」又は「突出方向」に向けスリットへ挿入されるのであるから,その挿入方向は,差込片の形状によって規制されること,すなわち,原判決の判示する「差込片の形状が直線であれば,その直線に沿った方向となり,差込片の形状が曲線であれば,その曲線に沿った方向となる」ことは,本件明細書の記載から認められるものである。

 (イ) 本件明細書の実施例におけるスライドの範囲は,「回止め片と差込片の重なりが生じている場面」しかなく,「回止め片と差込片の重なりが生じている場面」以外でもスライドする構成との比較がなければ,「スライド可能に係合」なる構成が「回止め片と差込片の重なりが生じている場面に限って問題とされる事項」ということはできない。しかも,本件明細書には,「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」との構成が「差込片の重なりが生じている場面に限って問題とされるべき事項である」ことについては何ら記載されていないのであるから,控訴人の主張は本件明細書の記載に基づかないものであり,本件明細書に開示されていない技術思想(課題解決原理)に属する構成までも,本件各特許発明の技術的範囲に含まれるとするものであって,到底許されるものではない。

   イ 原判決の機能的クレームの解釈

 (ア) 「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」との構成は,部材の物理的な関係が具体的態様をもって特定されておらず,機能的表現をもって特定されているにすぎないものであり,「スライド可能に係合」,「分離不能に保持」との表現から部材の物理的な関係や物理的な構造が具体的に特定され明らかになるものではないから,本件明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが,本件各特許発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。したがって,本件明細書に開示されていない技術までその技術的範囲に含むことのないよう,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をも参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて本件各特許発明の技術的範囲を確定しなければならず,機能的クレームの解釈について判断不要とする控訴人の主張は理由がない。また,仮に控訴人の主張するように,「二つの部材を一つのピンで枢結」した構成が技術分野を問わない汎用的な慣用技術であるとしても,そのことのみでは,被告各製品の具体的構成を容易に理解することはできない。

 (イ) 機能的クレームの技術的範囲の解釈が問題となる本件においては,仮に何らかの周知技術があったとしても,本件各特許発明と技術分野を異にするものであり,本件明細書に開示された技術思想(課題解決原理)が実施例しかない上,本件明細書に当該周知技術を採用する動機付けが開示されていないばかりか,本件各特許発明の構成にそのまま当該周知技術の構成を採用できないものを根拠に,当業者が本件明細書の記載から被告各製品を容易に実施できると解することは許されない。

 (ウ) 本件明細書からは,主プレートと補助プレートとが終始直線的なスライドをすることが重要であることが導き出され,さらに,被告各製品の構成を導き出すには,ピンによって一端を枢結することのみでは足らず,ピンと回止め片との位置関係の工夫も必要となるのであるから,「ピンによって一端を枢結し,回動自在に構成」することは容易に導き出せない。また,控訴人が突起の外周形状を平面状の直方体等ではなく,外周を円弧状に面取りして突起外周の回転半径を小さくすることが技術分野を問わない慣用技術であることの証拠として提出する甲36ないし39記載の技術は,基本構成も使用態様も,本件各特許発明とは全く異なり,本件各特許発明に採用可能な慣用技術ということはできない。

 (エ) 原判決は,本件各特許発明の技術的範囲を実施例に限定されると解しているものではなく,いわゆる機能的クレームとして,本件明細書の記載等を検討した結果,被告各製品の構成は,当業者が技術常識ないし公知技術等を参酌することにより本件明細書に基づいて容易に実施することができるものとは認められないと判示したものである。そして,本件明細書によれば,本件各特許発明においては,主プレートと補助プレートとが終始直線的なスライドをすることが重要であって,このことは,控訴人の主張する本件各特許発明の技術思想(課題解決原理)において必須の構成である。

 (オ) 本件明細書の実施例において,単に二つの部材を一つのピンでスライド可能に枢結することだけでは,当該実施例と同様のロック機能は実現されない。当該実施例と被告各製品との比較から明らかなように,両者は補助プレートと回止め片の位置関係及び主プレートと差込片の位置関係が全く異なっている。したがって,主プレートと補助プレートとの係合手段として,補助プレートが主プレートに対してピンを中心とした円の円弧方向に移動する構成を採用するためには,両プレートの係合構造を,本件明細書等に記載されている補助プレートが主プレートに対し直線方向にスライドする構造の連結具に関する本件各特許発明の実施例とは異なる全く別の構造にしなければならず,当業者が容易に実施することはできない。

  (2) 争点1-4(構成要件Eの充足性)について

 争点1-1(構成要件Bの充足性)について述べたのと同様に,被告各製品の主プレートと補助部材のスライド方向は,直線的な前後への移動を予定したものではなく,被告各製品は,構成要件Eを充足するとは認められない。

  (3) 当審における控訴人の新たな主張(均等侵害)について

   ア 機能的クレームにおける均等論の不適用

 被告各製品は,本件各特許発明とは,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」という構成の点において,異なる技術思想(課題解決原理)によるものであって,文言侵害が否定される以上,さらに均等論を適用することは,結果的に,異なる技術思想(課題解決原理)による発明についてまで本件各特許発明の技術的範囲に含むことを認めるおそれがあり,相当でない。

 したがって,機能的クレームである本件各特許発明の技術的範囲に被告各製品が文言上属さないとされた以上,均等論を適用する余地はない。

 仮に機能的クレームについて均等論が適用される場合があるとしても,以下のとおり,本件においては均等論が適用される要件を欠く。

   イ 第1要件(非本質的部分性)

 本件各特許発明の技術思想(課題解決原理)の中核は,「一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる」構成を採用することにより,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」するところにあるから,上記構成は,本件各特許発明の本質的部分である。

 したがって,本件各特許発明と被告各製品の各スライドの態様の相違点は,本件各特許発明の本質的部分そのものであり,非本質的部分の相違ではない。

   ウ 第2要件(置換可能性)

 被告各製品は,スリットが横向きの場合は,補助部材が重力で降下して主プレートと重なるので,作業がし易くなるという本件各特許発明にはない新たな効果を発揮する。また,被告各製品では,主プレートの挿入方向と補助部材の移動方向が同一でない上,補助部材を大きく後退させることができるため,スリットが横向きの場合はもちろん,スリットがディスプレイ等の上面に施されている場合であっても,連結具を90度捻った後に,補助部材を垂直に起こし,その後は盗難防止用連結具が重力で落下するようにできる。

 このように,被告各製品は,重力落下の効果を得る際に連結具の取り付けが容易であり,本件各特許発明のスライドの態様を被告各製品のスライドの態様に置き換えた構成は,本件各特許発明と同一の作用効果を奏するものではない。

   エ 第3要件(置換容易性)

 本件明細書に記載された実施例は,主プレートと補助プレートとのスライド方向が直線方向のみであり,また,抜止め片及び差込片からなる連結具を片手で掴んでスリットに取り付ける技術思想は開示されているが,重力を利用して抜止め片及び差込片をスリットに挿入する技術思想は開示されていない。本件明細書記載の実施例が長孔とスプリングピンの組合せを2組としているのは,直線方向のスライドを確実にして,動作を安定させるためである。ところが,長孔とスプリングピンの組合せを2組から1組にすれば,補助プレートが直線方向以外の方向にも動き,動作が極めて不安定になる。そのため,実施例の長孔を1組にする動機付けがない上,長孔を1組にするだけでは,補助プレートが円滑に回動することはなく,また,補助プレートと一体に回止め片が回転するが,回止め片の先端が本体ケーシング又はスリットと干渉し,回止め片をスリットへ挿入できないこととなるから,実施例の長孔を1組にすることには,阻害要因がある。そして,当業者が長孔とスプリングピンの組合せを1組に変更することに着眼したならば,併せて,直線方向のスライドが確実になる構成,直線方向以外の方向に移動させない構成(例えば,一つの長孔に二つのスプリングピンを嵌める構成,主プレートの両端部に補助プレートを案内する壁面を立ち上げる構成)を採用することが合理的かつ自然である。そうすると,当業者が長孔とスプリングピンの組合せを1組に変更することに着眼して新たな構成を導き出したとしても,それは直線方向のスライドを確実にする構成であることには変わりがない。

 したがって,本件各特許発明の構成(一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められることにより「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」する構成)と,被告各製品の構成(主プレートと補助部材とを,ピンによって一端を枢結し,回動自在に結合する構成)との間に,置換容易性はない。

   オ 第5要件(意識的な除外)

 「分離不能に保持」なる構成は,平成16年3月15日付け手続補正により追加されたものであり,控訴人は,補正の根拠について,当該補正が新規事項の追加に該当しない理由として,「主プレート(20)と補助プレート(400)との係合関係をより明確化するために,「相対的にスライド可能に係合し且つ両プレート(20)(40)は分離不能に保持される」旨規定しました。この補正は,本件当初明細書等の【0021】や図2等に基づくものであり,新規事項の追加ではありません。」と主張していた。上記補正によって追加された,本件各特許発明における「分離不能に保持」なる構成は,本件公報の段落【0021】や図2等に開示された実施例及び本件当初明細書の記載から自明な事項に限定されるものであり,それ以外の構成については,特許請求の範囲から意識的又は少なくとも外形的に除外したものと解され,控訴人が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されない。

 したがって,被告各製品については,本件各特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある。

第4 当裁判所の判断

 当裁判所も,控訴人の本訴請求は,いずれも理由がなく,これを棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり付加,訂正等するほかは,原判決の「事実及び理由」の第4の1以下に記載のとおりであるから,これを引用する。

 1 原判決38頁7行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。

 「さらに,本件特許発明1の構成要件Dには,「補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片(判決注:主プレートを構成するベース板の先端に突設されたもの:構成要件C)の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに」と記載され,本件特許発明2の構成要件Jにも「補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに」と記載されていることから,「スリットへの挿入方向」と「差込片の突出方向」とは同一の方向であることが認められる。また,差込片はその「突出方向」に沿ってスリットへ挿入されるから,スリットへの挿入方向は差込片の形状によって規制されることとなる。」

 2 原判決38頁8行目の「また,」を「そして,」に改め,同10行目から11行目にかけての「(主プレートを構成するベース板の先端に突設されたもの:構成要件C)」を削除する。

 3 原判決38頁13行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。

 「この点,控訴人は,挿入される部材の形状を問題にするにしても,問題にすべきは「回止め片の形状」であって,差込片の形状ではない旨主張する。

 しかしながら,本件特許発明1の構成要件Dによれば,回止め片は,補助プレートに突設され,スライド板とともに差込片の突出方向に沿ってスライドすることとされているから,スライドの態様は,スリットに挿入される差込片の形状に沿った方向を指すと解され,回止め片の形状に沿った方向を指すと解することはできない。したがって,控訴人の上記主張は,理由がない。」

 4 原判決39頁5行目から6行目にかけての「形状」の後に,「(長方形。プレートの幅を考慮すると直方体。)」を挿入する。

 5 原判決44頁本文6行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。

 「この点,控訴人は,本件各特許発明は,少なくとも,回止め片が,差込片と重なっている範囲でスライドできるように,主プレートと補助プレートとを常時係合させ,分離不能に保持することで,上記課題解決を実現するものであり,この点に技術思想の中核があるから,主プレートと補助プレートとが「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」か否かは,「差込片と回止め片の重なりが生じている間」だけを問題にすれば足りるのであって,それ以外の場面においても「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」な構成である必要は全くなく,これと相反する原判決は誤りである旨主張する。

 よって検討するに,主プレートに補助プレートを前後移動(スライド)させ,主プレートの差込片と,補助プレートの回止め片を重ねて,これによりスリット内における連結具の回転を阻止して取り付けるとの技術事項は,前記1(3)アのとおり,本件明細書【0002】【従来の技術】にも記載され,また,乙15(米国特許第6038891号。特許発行日2000(平成12)年3月21 日)によっても技術事項として開示されていることが認められるから,本件各特許発明の出願時点において公知の技術であったものである。そして,本件各特許発明は,前記1(3)アのとおり,主プレートと補助プレートをスライドさせて,主プレートの差込片と,補助プレートの回止め片を重ねて,これによりスリット内における連結具の回転を阻止して取り付けることを,片手で簡単にできるよう,各プレートを常時係合させ,分離不能に保持することで,取付け困難という課題の解決を実現するものである。しかして,本件各特許発明においては,特許請求の範囲の請求項中,主プレートと補助プレートがスライド可能な範囲を,主プレートと補助プレートとが「差込片と回止め片の重なりが生じている間」に限定する旨の記載もこれを示唆する記載もない。また,本件明細書中,実施例の図4においては,補助プレートを主プレートの差込片の形状に沿って最大限後退させたもの(図4(a))と最大限前進させたもの(図4(b))が記載され,同図面上は差込片と回止め片の重なりが失われていないものの,発明の詳細な説明の中に,差込片と回止め片の重なりが失われない範囲内でのみ主プレートと補助プレートがスライド可能とする旨の記載もこれを示唆する技術的説明も一切されていない。そうすると,「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能」との構成は「差込片と回止め片の重なりが生じている間」だけを問題にすれば足りるとの控訴人の上記主張は,本件明細書に開示されておらず,その意味で本件明細書に基づかない技術構成を主張するものであって理由がない。」

 6 原判決44頁本文8行目から45頁19行目の「しかしながら,」までを次のとおり改める。

 「仮に前記(2)の原告の主張を前提としても,本件各特許発明の「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」とのクレームのうち,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」との機能的・抽象的な記載では,係合手段及び保持手段について,本件各特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものということはできない。このように,特許請求の範囲に記載された構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。しかし,それでは当業者が特許請求の範囲及び明細書の記載から理解できる範囲を超えて,特許の技術的範囲を拡張することとなり,発明の公開の代償として特許権を付与するという特許制度の目的にも反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべきである。

 これを本件についてみると,「スライド可能に係合」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構成のみであり,また,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる構成しかなく,それ以外の構成について具体的な開示はないし,これを具体的に示唆する表現もない。したがって,本件各特許発明の「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」とのクレームについては,上記のとおり,本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。

 これに対し,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームに対応する被告各製品の構成は,前記(1)ウのとおり,主プレートと補助部材とを一つのピンによって一端を枢結し,上記ピンを中心に,円を描くように回動する方向でスライド可能とする構成であって,これが本件明細書に開示された構成と異なることは明らかであって,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された主プレートと補助プレートの「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」を実現する構成とは,その構造が全く異なるものであって,当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に実施し得る構成であるということはできない。

 この点,控訴人は,複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」する構成を実現し,かつ,当該枢結点を中心に回転させた場合に,枢結点から離れた点においては,回転角度が小さい範囲では略直線の軌道を描くことを利用した構成は,技術分野を問わず汎用される慣用技術であり,かかる慣用技術を踏まえれば,被告各製品の構成は,本件明細書に当業者が容易に実施し得る程度に開示されている旨主張し,同主張に沿う書証として,甲14ないし18,20,22ないし29,30の1及び2,甲34ないし39,43及び44を引用する。

 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」するとの技術が技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがないというべきである。

 加えて,」

 7 原判決47頁1行目から14行目までを次のとおり改める。

 「この点,控訴人は,一般的に,孔に対して回転方向から突起を侵入させる場合,突起の内外回転半径の差があることを考慮して,突起の外周形状を平面状の直方体等ではなく,外周を円弧状に面取りして突起外周の回転半径を小さくすることは,技術分野を問わない慣用技術であって,被告各製品の構成では突起部とピンとの距離を離したり,突起部の形状を工夫することは,主プレートと補助部材とをピンによって一端を枢結したことにより生じる周知の課題を解決するため,技術分野を問わない慣用技術を用いたものにほかならないから,本件各特許発明の明細書の記載から,被告各製品を実施し得る旨主張し,同主張に沿う書証として甲36ないし39を引用する。

 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に孔に対して回転方向から突起を侵入させる場合,突起の内外回転半径の差があることを考慮して,突起の外周形状を平面状の直方体等ではなく,外周を円弧状に面取りして突起外周の回転半径を小さくすることが,技術分野を問わない慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがないというべきである。したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。

 以上によれば,被告各製品は,当業者が本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて実施し得る構成であるということはできない。」

 8 原判決48頁18行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。

 「控訴人は,「補助プレートを前進スライドさせ」とは,「差込片と回止め片の重なりが生じている間,補助プレートを,スリットへの挿入方向と近い距離を保って離れずにいる方向に,ずらす」と解釈すれば足りるのであり,これを前提とすれば,被告各製品の構成eは,本件特許発明1の構成要件Eを充足する旨主張するが,同主張に理由がないことは,前記1(3)イで述べたとおりである。」

 9 原判決48頁20行目から49頁17行目までを次のとおり改める。

  「4 争点1(被告各製品が本件特許発明1の技術的範囲に属するか)に関する

 まとめ

 以上によれば,被告各製品は,少なくとも,本件特許発明1の構成要件B,D及びEを文言上充足せず,文言侵害は成立しない。

  5 争点2(被告各製品が本件特許発明2の技術的範囲に属するか)について

 前記1ないし4と同様の理由により,被告各製品は,少なくとも,本件特許発明2の構成要件H,J及びKを文言上充足せず,文言侵害は成立しない。

  6 争点3(被告各製品が本件特許発明5の技術的範囲に属するか)について前記4及び5のとおり,被告各製品は,本件特許発明1及び2を文言上侵害するものではない。そして,本件特許発明5は,本件特許発明1及び2の従属項であるから,これについても,文言侵害は成立しない。

  7 均等侵害について

   (1) 被控訴人は,機能的クレームである本件各特許発明の技術的範囲に被告各製品が文言上属さないとされた以上,均等論を適用する余地はない旨主張する。

 しかしながら,文言上,特許請求の範囲に記載された発明と異なる構成を被告各製品が有しているとしても,一定の要件を充たす場合には例外的にこれと均等と評価されるものとして侵害を認める考え方が均等論であり,この理は,クレームが機能的に記載された構成であるか否かによって変わるものではないから,機能的クレームについてのみ,文言侵害が否定されたからといって,均等論の適用が当然に否定されるべき理由はない。したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。

   (2) 第1要件(非本質的部分性)について

 均等の第1要件における特許発明の本質的部分とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち,当該特許発明特有の課題解決手段を基礎づける技術的思想の特徴的な部分,すなわち,上記部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものである。

 本件各特許発明の特許請求の範囲の記載(請求項1,2及び5)と本件明細書によれば,従来,ノート型パソコンの本体ケーシングに開設されたスリットに連結する連結具として,先端に掛止部が形成された掛金具と,該掛金具に着脱可能に嵌合する卵形のカバーから成る連結具があったが,従来の技術では,「掛金具の掛止部をスリットに挿入した後,掛金具から手を離すと,掛金具がスリットに吊り下がったり,スリットから脱落することがあり,カバーを装着できない。このため,掛金具を片手で押さえたままで,他方の手でカバーを挿入する必要があった。しかしながら,掛金具,カバーは共に小型であり,また,スリットは,ノート型パソコンの下面に近い側部に形成されているから,両手で連結具を取り付ける操作は困難であり,作業性が悪い問題があった。」(本件明細書の段落【0003】)ことから,本件各特許発明は,「片手で簡単に取付けできるノート型パソコン等の器具の盗難防止用のケーブル連結具を提供すること」(本件明細書の段落【0005】)を目的とし,上記課題を解決するための手段として,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って補助プレートを前進スライドさせることにより,主プレートと補助プレートとを相対的にスライド可能に係合し,かつ両プレートを分離不能に保持する構成(構成要件B,D,Eに係る構成)を採用することで,「片手で連結具を掴んで,主プレートの抜止め片をスリットに挿入して90度回転させ,そのまま,補助プレートの回止め片を差込片と重なるようにスリットに押し込むだけで,連結具をスリットに取付けできる」(本件明細書の段落【0007】)という作用効果を奏するようにしたものであると認められる。

 本件各特許発明の上記の課題,目的,構成,作用効果等に照らすと,本件各特許発明は,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って補助プレートを前進スライドさせることにより,主プレートと補助プレートとを相対的にスライド可能に係合し,かつ両プレートを分離不能に保持するものとして構成することで,盗難防止用連結具を片手で簡単に取付け可能にした点に,本件各特許発明特有の課題解決手段を基礎づける技術的思想の特徴的な部分,すなわち本質的部分があるというべきである。

 しかるに,被告各製品は,補助部材が,主プレートに対して,スリットへの挿入方向,すなわち差込片の突出方向ないし形状に沿って前進スライドすることによりスライド可能に係合するものではなく,一つの枢結点を中心として回転方向にスライド可能に係合する構成を採るものであって,上記相違点は,本件各特許発明の本質的部分に係るものというべきである。

 したがって,第1要件である非本質的部分性については,これを認めることができない。

   (3) 第3要件(置換容易性)について

 控訴人は,二つの部材をピンによって枢結し回動させる構成や,あらかじめ大きさが規定された孔に対して回転方向から突起を挿入する場合には侵入する突起の外周形状を円弧状にせざるを得ないこと等は,いずれも技術分野を問わず汎用される慣用技術であること,技術分野を問わず部品点数を減らすことは自明の課題であり,当業者が部品点数を減らす観点から二つのスプリングピンを一つにすることは当然に検討されるべきことからすれば,本件各特許権の請求項又は本件明細書の記載から,主プレートと補助プレートとを一つのピンによって枢結し回動する方向でスライドする被告各製品の構成とすることは,被告各製品の輸入販売時はもとより,本件出願時においても容易に想到することができたものである旨主張し,同主張に沿う証拠として,甲14ないし18,20,22ないし29,甲30の1及び2,甲34ないし39,43及び44を引用する。

 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に二つの部材をピンによって枢結し回動させる構成や,あらかじめ大きさが規定された孔に対して回転方向から突起を挿入する場合には侵入する突起の外周形状を円弧状にせざるを得ないこと等が,いずれも技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術等を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがなく,結局,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,当業者が被告各製品を実施し得るものとは認められないことは前記のとおりであり,被告各製品の販売等の時点において,これが容易想到であったことを認めるに足りる証拠はない。

 また,技術分野を問わず部品点数を減らすことが自明の課題であったとしても,それだけでは,当業者が本件各特許発明から被告各製品の構成を容易に想到することができることにつながるものではない。

 したがって,第3要件である置換容易性については,これを認めることができない。

   (4) 小括

 以上によれば,被告各製品は,少なくとも,均等の第1及び第3要件を具備しないから,本件各特許発明と均等なものとして,その技術的範囲に属するものと認めることはできない。

  8 結論

 よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。」

 (裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 田中芳樹 裁判官 荒井章光)

 

 

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