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平成13年(行ヒ)第154号/特許取消決定請求事件・控訴/類似必要的共同訴訟

 

裁判年月日 平成14年 3月25日 

事件番号 平13(行ヒ)154号(最高裁)

事件名 特許取消決定取消請求事件 

 

主文

 原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。 

 

理由

 上告代理人小坂志磨夫、同小池豊、同永井義久の上告受理申立て理由について

 1 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

 上告人及び池上通信機株式会社(以下「訴外会社」という。)は、名称を「パチンコ装置」とする発明(平成一一年二月一九日設定登録、特許第二八八八五二八号。以下、同発明に係る特許を「本件特許」という。)に係る特許権の共有者である。

 菊池一夫は平成一一年一一月五日、中村弘美は同月一〇日、それぞれ本件特許につき特許異議の申立てをした。

 特許庁は、平成一二年一〇月二五日、上記異議申立てにつき、本件特許の請求項一に係る特許を取り消す旨の決定をした。

 2 本件訴えは、上告人が単独で上記決定の取消しを請求するものであるところ、原審は、次のとおり判断して、本件訴えを却下した。

 共有に係る特許権につき、特許異議の申立てに基づいてされた特許を取り消すべき旨の決定(以下「取消決定」という。)の取消しを求める訴えは、共有者全員の有する一個の権利の存否を決めるものとして、合一に確定する必要があり、共有者それぞれについて異なった内容で確定され得ると解する余地はないから、固有必要的共同訴訟である。特許法は、特許を受ける権利又は特許権の共有者中に権利の取得又は存続の意欲を失った者がいる場合には、一個の特許権全体について、その取得又は存続ができなくともやむを得ないとしているから(特許法一三二条三項)、取消決定に対する取消訴訟の場合に同様の扱いをすることが不合理とはいえない。

 訴外会社に対しても、上告人に対するのと同時期に決定の謄本が送達されたところ、訴外会社が訴えを提起しておらず、出訴期間を経過したから、上告人のみの提起に係る本件訴えは、不適法である。

 3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ特許出願をすることができず(特許法三八条)、共有に係る特許を受ける権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同してしなければならないとされているが(同法一三二条三項)、これは、共有者の有する一個の権利について特許を受けようとするには共有者全員の意思の合致を要求したものにほかならない。これに対し、いったん特許権の設定登録がされた後は、特許権の共有者は、持分の譲渡や専用実施権の設定等の処分については他の共有者の同意を必要とするものの、他の共有者の同意を得ないで特許発明の実施をすることができる(同法七三条)。

 ところで、いったん登録された特許権について特許の取消決定がされた場合に、これに対する取消訴訟を提起することなく出訴期間を経過したときは、特許権が初めから存在しなかったこととなり、特許発明の実施をする権利が遡及的に消滅するものとされている(同法一一四条三項)。したがって、特許権の共有者の一人は、共有に係る特許の取消決定がされたときは、特許権の消滅を防ぐ保存行為として、単独で取消決定の取消訴訟を提起することができると解するのが相当である(最高裁平成一三年(行ヒ)第一四二号同一四年二月二二日第二小法廷判決・裁判所時報一三一〇号五頁参照。)なお、特許法一三二条三項の「特許権の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するとき」とは、特許権の存続期間の延長登録の拒絶査定に対する不服の審判(同法六七条の三第一項、一二一条)や訂正の審判(同法一二六条)等の場合を想定しているのであって、一般的に、特許権の共有の場合に常に共有者の全員が共同して行動しなければならないことまで予定しているものとは解されない。

 特許権の共有者の一人が単独で取消決定の取消訴訟を提起することができると解しても、合一確定の要請に反するものとはいえない。また、各共有者が共同して又は各別に取消訴訟を提起した場合には、これらの訴訟は類似必要的共同訴訟に当たるから、併合して審理判断されることになり、合一確定の要請は充たされる。

 4 そうすると、本件訴えを不適法とした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。なお、最高裁昭和三五年(オ)第六八四号同三六年八月三一日第一小法廷判決・民集一五巻七号二〇四〇頁、最高裁昭和五二年(行ツ)第二八号同五五年一月一八日第二小法廷判決・裁判集民事一二九号四三頁及び最高裁平成六年(行ツ)第八三号同七年三月七日第三小法廷判決・民集四九巻三号九四四頁は、本件と事案を異にし適切でない。したがって、原判決を破棄し、本案について審理させるため、本件を原審に差し戻すこととする。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官・梶谷玄、裁判官・河合伸一、裁判官・福田博、裁判官・北川弘治、裁判官・亀山継夫) 

 

 

 

上告受理申立理由書

 1 特許庁ならびに原審における手続の経過

 昭和六三年八月九日

 特許出願昭六三―三一二七二四号(特許出願昭六三―一九八七四四号の分割)出願

 (共同出願人 株式会社日商・池上通信機株式会社)

 平成七年八月九日 審査請求

 同一一年二月一九日

 特許登録(登録番号、特許第二八八八五二八号)

 同一二年一〇月二五日

 異議決定(特許を取り消す)

 同年一一月一三日

 同決定謄本受送達(特許権者両名)

 同年一二月一一日

 株式会社日商から、特許取消決定取消請求の訴え提起〔平成一二年(行ケ)第四七〇号〕

 同一三年三月一二日

 同上事件判決(訴え却下)

 同年三月二三日

 本上告受理の申立て

 2 本上告受理の申立てと民事訴訟法第三一八条第一項

  (1) 原判決の説示と共有者の一人からする訴えに関する最高裁判所判例

 原審裁判所に対する申立人の「特許取消決定取消請求の訴え」は、特許権の共有者の一人からなされたものであり、他の共有者である池上通信機株式会社は、上記決定の取消請求の訴えを提起しなかった。

 これに対して原判決は、

 “共有に係る特許権につき特許異議の申立てに基づいてされた特許取消決定の取消しを求める訴えにおいて、その取消決定を取り消すか否かは間接的にではあれ、共有者全員の有する一個の権利の存否を決めるものとして、共有者全員につき合一に確定する必要があり、共有者それぞれについて異なった内容で確定され得ると解する余地はないから、上記訴えは、共有者が全員で提起することを要する固有必要的共同訴訟と解すべきである。”(原判決書五頁一〇〜一五行)

 したがって、本件決定取消の訴えは、本件特許権の共有者である原告及び池上通信機の両名で提起すべきものであって、原告のみの提起に係る本件訴えは、不適法であるといわなければならない。そして、池上通信機につき本件決定の取消の訴えの出訴期間が経過したことは原告の自認するところであるから、不適法である本件訴えは、その不備を補正する余地はない。(同、八頁一〜五行)

と判示して訴えを却下した(下線は申立人による、以下同じ)。

 上記判示は、平成七年三月七日最高裁判所第三小法廷判例(判例時報一五二七号一四五頁)の説示とほぼ同文である。(以下単に最高裁判所の判例と云うときは、この判例をいう)なお、昭和五五年一月一八日最高裁判所第二小法廷判例(判例時報九五六号五〇頁)は、

 “……審決の取消を求めることは、右共有に係る権利についての民法二五二条但書にいう保存行為にあたるものであると解することができないところ……審決を取り消すか否かは右権利を共有する者全員につき合一にのみ確定すべきものであって、その訴は、共有者が全員で提起することを要する必要的共同訴訟である……”

というに止まる。

 追て共有をめぐる法律関係とりわけ、第三者に対し訴訟を提起する場合につき、判例の示すところは多様化していると云われており、共有関係の存在自体を第三者に主張する行為(訴訟)のみを固有必要的共同訴訟とし、共有物の妨害排除、引渡し、抹消登記などのように、他の共有者に還元可能な主張(行為)についてはこれを類似必要的共同行為(訴訟)とすること、換言するならば、判例上も固有必要的共同行為(訴訟)の弾力化が見られることは改めていうをまたない。(条解民事訴訟法一六六頁(ハ)「共同所有者を原告として第三者に対し訴を提起する場合」参照)

 なお共有者の行為につき判例学説が実体法的な観点と、手続法的な観点とを彼此衡量して柔軟に対応することにより、妥当な紛争解決をはかろうとしていることは、共同提訴を拒む共有者を訴訟に引き入れる手段を有しないわが法制に重要な原因が求められるということができる。

 審決取消訴訟ではないが、共有者の一人から第三者に対する登記請求訴訟につき、それが、他の共有者に還元可能なものについては、共有物(又は権利)の保存行為としてこれを認めた一例として、平成七年七月一八日最高裁判所第三小法廷判決(判例時報一五四四号五六頁)を挙げることができる。この件において最高裁判所は

 “要役地が数人の共有に属する場合、各共有者は、単独で共有者全員のため共有物の保存行為として、要役地のために地役権設定登記手続を求める訴えを提起することができるというべきであって、右訴えは固有必要的共同訴訟には当らない。”(上記五九頁最上段一二〜一七行)

と判示している。

  (2) 共有特許権者の一人からする審決取消の訴えに関する大審院判例

 本件と同様の審決取消の事案すなわち、共有特許権に関する無効又は取消の審決に対する不服申立てを、他の共有者の協力が得られず、共有者の一人から申立てなければならない事態は、大正一〇年特許法(昭和二三年改正)時代から存在したことは勿論であった。大正一〇年法には、共同審判に関する現行法一三二条の如き規定はなく、ただ施行規則五二条に

 “共有ニ係ル特許権ニ付特許権者ニ対シ審判又ハ抗告審判ヲ請求スル場合ニ於テハ其ノ共有者ノ全員ヲ以テ被請求人ト為スベシ”

との規定があるのみであり、共有特許権の無効審決に対する不服の申立てに関しては、専ら大審院判例によるの外なく、大審院は、かかる場合は、共有者全員が一方当事者たることが必要としていた。

 昭和八年七月七日大審院民事五部判決(民集一二・一八の一八四九頁)は、共有実用新案権の登録無効の審決に対する抗告審判請求を共有者の一人のみがなした案件に対して、当該抗告審判請求は、判例上共同して請求すべきことを判示したうえで、次の如き説示を加えている。

 “而シテコレガ為ニハ共同当事者ノ一人ノ訴訟行為トイエドモ其ノ全員ニ利益ナルモノハ其ノ全員ノ為メ効力ヲ生ズルモノト為サザルベカラズ。ケダシ、モシ然ラズシテ共同当事者ノ全員ニ利益ナル行為モ其ノ全員之ヲ為スニ非レバ効ナキモノトセバ其ノ中ノ一人之ヲ為サザル限リ他ノ者ハ審判手続ニ於テ自己ノ権利ノ伸張防禦ヲ為ス能ハザルガ如キ不当ノ結果ヲ生ズベケレバナリ。”

 この判例に関する評釈として、判例民事法昭和八年第一二八号事件(四八七〜四八八頁)において兼子一教授は、かかる場合民事訴訟法六二条を類推したのは正当であるとされて判旨に賛成しておられる。

 大正一〇年法の下でも、現行法におけると全く同様に、共有者の協力、協同を得られないために共有特許権に対する無効取消の審判に対する不服の申立てにおいては、共同提訴を拒む者の引き入れ手段がないことの不合理はこの様に顕著であり、判例は、制度・立法の不備を補うため上記の如き民事訴訟法の類推を以てこれに充てたことが分るのである。

  (3) まとめ

 以上の如くであるから、原判決に、最高裁判所の判例と直接相反する判断はみられないが、上記判例のほか以下に述べる学説等を考慮するならば、原判決が確定した場合、制度ないし立法の不備にもとづく上記不合理性と不当な結果が招来されることは明らかであって、そこには、準共有に関する民法第二五一、二五二条、二六四条、特許法一七八条の解釈適用上極めて重要な事項が内包されているのである。

 依て、民事訴訟法第三一八条第一項に該当するものとして、上告審として本件を受理されんことを申立てる次第である。

 なお上記民事訴訟法六二条(現行民事訴訟法四〇条一〜三項)の類推による不合理の解釈が、大正一〇年法と制度の本質を異にする昭和二三年の改正法の下では到底許されないこと、現行法の下において、学説の主流が、上記不合理性の排除のため判例をあらためることを強く求めていることなどについては、「共有者の一人からなされた特許取消決定取消請求の訴え」(単に「本件訴え」ということがある)に即して、以下申立人の主張を述べる。

 3 「本件訴え」に関する諸説ならびに判決例

  (1) 大正一〇年特許法時代

 昭和二三年改正前の大正一〇年特許法が共同審判に関し、共有者の全員を以て被請求人となすべき旨を施行規則五二条で定めたのみで、審決等に対する訴については何ら規定しなかったことは、前項で述べた。これに対して現行法(本件出願時法)一三二条は、共同審判について規定すると共に同条二、三項において共有特許権等に関する審判請求は、共有者の全員が共同しまたは全員に対してなすべきものとしたが、審決等に対する訴については、一七八条二項に、

 “前項の訴えは、当事者、参加人又は当該特許異議の申立てについての審理、審判若しくは再審に参加を申請してその申請を拒否された者に限り、提起することができる”

と規定するのみで、共同訴訟とりわけ共有特許権等に対する東京高等裁判所に対する取消の訴(「本件訴え」を含む)については何らの規定も定めなかった。

 したがって、現行法の下における「本件訴え」の行政事件訴訟法ならびに民事訴訟法上の性格、効力等については、専ら判例法に委ねる外なく、この点は、大正一〇年法時代といささかも異るところがない。そして「本件訴え」の場合、わが国の法制上共同提訴を拒む者の引き入れ手段がないことを併せるならば、依然として前記昭和八年七月七日の大審院判例の説示した。

 “一人之ヲ為サザル限リ他ノ者ハ審判手続(旧制度の抗告審判を指す)ニ於テ自己ノ権利ノ伸張防禦ヲ為ス能ハザル如キ不当ノ結果”

を生ぜざるをえないことは明らかである。

 大正一〇年法の下で、上記大審院の判例(昭和八年七月七日)が法の不備を補うものとして妥当性を認められたのには十分な理由があった。兼子一教授は、前掲判例民事法の評釈中において、

 “特許権……が数人の共有に属する場合に之に関する審判は其の数人が共同して請求すべく、又第三者が之に関し審判を請求するには数人を共同の被請求人と為すのが当然であるが、一旦共同の請求人又は被請求人となった以上は必ずしも数人共同してのみ審判手続に関与せねばならぬ必要はなく、唯審判の一様なるが為に其一人の審判に関する行為は他の者の利益の為に効力を生ずるものと取扱うべき点で此の点で判旨が必要的共同訴訟に関する民事訴訟法六二条一項を類推したのは正当である。隨って民事訴訟法上の上訴に該当する抗告審判請求も其一人が為せば他の者も亦当然に請求人たる地位を取得し、之に対しても抗告審判を為すべきである。”

と述べておられる。

  (2) 昭和二三年改正による制度の変革

 昭和二三年の特許法改正後における審判等に対する訴えは、大正一〇年法における審判―抗告審判―大審院への上告がいわゆる続審とされていた制度を廃し、特許庁の審決等を行政処分と位置付け、当該審決等の取消しを東京高等裁判所に求める訴を、行政事件訴訟法第三条三項にいう抗告訴訟の一種とした。

 したがって、「本件訴え」は、特許庁における共同審判(特許法一三二条)とは全く独立の行政事件訴訟(抗告訴訟)とされたのであり、前者が必要的共同審判とされたことから、後者もこれにならう必然性が認められないことは勿論であると共に、大正一〇年法の下で判例法上異論を聞かなかった上記判例(昭和八年七月七日)による民事訴訟法六二条(現行法四〇条一〜三項)を類推適用することもまた根拠を失ったものと云うべきである。

 改正後の特許法の下で、「本件訴え」を大正一〇年法におけると同様に固有必要的共同訴訟であると即断することは、到底できず、また、依て生ずることが不可避である不当の結果ないし不合理性を、民事訴訟法六二条(現行法四〇条)の類推によって調整することは、法制上不可能と云うべきである。

  (3) 東京高等裁判所判決ならびに諸学説

 「本件訴え」を固有必要的共同訴訟であると断定する原判決とそれが依って立つ最高裁判所の判例(平成七年三月七日)に対する申立人の主張については、後に譲り、ここでは、縷述した上記断定のもたらす不当な結果ないしは不合理性を排除するための理論構成を示す東京高等裁判所判決ならびに学説について述べる。

 東京高等裁判所判決の多くは、現行法における「本件訴え」について旧制度での判例の説示中、その手続法上の評価を必要的共同訴訟とした点のみを踏襲して、不可避とされる不合理性への対応に思いを致すことなく、共有権者の一人の審決に対する不服の訴は、原告適格を欠くものとして訴を却下してきた。

 これに対して少数の東京高等裁判所判決は共有権者の一人の訴え提起を適法としており、今や学者の主流もこれを支持するに至ったが、その端緒とされるのが特許判例百選(一九六六年)における村松俊夫東京高等裁判所判事の所説である。同判事は、共有意匠権につき登録を無効とした審決の取消請求の訴が共有者の一人のみから提起したことになった事案について、

 “登録意匠の無効審判の取消を求める訴を共有権の保存行為(民法二五二条但書)と解する余地がないかどうかが問題になるのではないかと思う。”

とされ、その理由として

 (ア) この訴は、審決の謄本の送達があった日から三〇日を経過した後には提起できないから、他の共有者はこの訴を提起できない。

 (イ) 無効審判が本訴によって取消されて登録が有効になれば、他の共有者も利益を受けることになる。

 (ウ) 本訴で敗訴したとしても無効審判が確定するだけであるから特に他の共有者に不利益を与えることにはならない。

とし、大正一〇年法の下における昭和八年七月七日付大審院判決(前掲判例)の考え方は、現行法の下では準用の余地がないことに触れたうえで、

 “本件訴を保存行為と解さない場合には、本訴の判断(共有者の一人のした無効審決の取消の訴に原告適格なしとした)は正しい”

と結論しておられる。

 同判事が控え目乍ら説かれるところは、正に「本訴訴え」の適法性を確言されているのであり、換言すれば、「本件訴え」が準共有の対象たる特許権の保存行為と見るべきであることから、共有者の一人のみに原告適格ありと解すべきというにある。

 念のため、その後における同旨の東京高等裁判所判決ならびに学説の幾つかを下記に挙げておく。

 ① 昭和五〇年四月二四日東京高等裁判所判決(無体集七―一号、九七頁〜確定)

 ② 平成六年一月二七日 同判決(判例時報一五〇二号、一三七頁〜上告)

 (上告審判決、平成七年三月七日、破棄自判〜本理由書に引用ずみ)

 ③ 滝川叡一氏 論説(②の判決の評論、知財管理Vol.四六―五―八一一)

 ④ 同氏 特許訴訟手続論考 二七〜三五頁(共有者の原告適格)

 ⑤ 吉井参也氏 共同出願人の一人の提起した訴の適法性(特許判例百選第二版五九頁〜②の判決解説)

 ⑥ 中山信弘教授 特許を受ける権利の共有者の一人による審決取消訴訟の適格性―知的財産をめぐる諸問題、五四九〜五五九頁

 ⑦ 牧野利秋氏 特許法第一七八条注釈(紋谷暢男編「注釈特許法一七八頁(3)共有者の項)

 4 申立人の主張とこれに対する原審判決の説示

 「本件訴え」に関する申立人の主張については、原審原告の第一準備書面において述べたところであり、本理由書二、三項において更に説明を加えた。本項においてはその要旨を摘記したうえで、これに対する原判決の判断に触れ、原判決が依って立った最高裁判所の判例があらためられるべきと思われる法令の解釈適用に関する重要な事項が含まれていることを重ねて申立てるものである。

  (1) 不当な結果の招来が不可避である

 「本件訴え」において、原告(申立人)に当事者適格が認められない場合には、単なる不合理性を越えて権利の行使が妨げられるという不当な結果を招来する。

 (ア) まず、昭和八年七月七日の大審院判例の説示〔本申立書3の(一)項に引用〕を、現行制度に則して述べれば、次のとおりとなる。

 “共有特許権者の一人が、特許庁の決定に対する取消しの訴えをなさない限り、他の共有者は、東京高等裁判所に対する特許取消決定の取消を求める訴訟に於て、自己の権利の伸張防禦を為す能わざる如き不当の結果を生ぜざるを得ないことは明らかである。”

 (イ) ところが原判決は、特許法一二一条、一三二条三項を引用して、共有に係る権利につき、拒絶査定不服の審判や、存続期間延長登録の出願を拒絶した査定不服の審判を請求する場合に共有者の全員が共同して請求しなければならないことを挙げたうえで、

 “特許法は、……特許権の共有者中に権利の取得又は存続の意欲を失った者がいる場合には、一個の特許権全体について、その取得又は存続ができなくともやむを得ないとしていることがうかがえるのであるから、特許異議の申立てに基づく特許取消決定に対する取消しの訴えの提起の場合に同様の取扱いをすることが、格別不合理であるとすることはできない。”

と判示している(原判決書六頁一〇〜一九行)が、審判と行政訴訟の区別ならびに、立法の有無を考慮しないことから、法の解釈を誤ったものである。

 しかも原判決が、共有者中に意欲を失った者がいる場合には、一個の権利全体の取得・存続ができなくともやむを得ないと断定するのは、前掲大審院判例の判断と相反することは明らかであり、そもそも原判決には、「本件訴え」において、原告(本件申立人)に当事者適格を認めない場合の不当な結果(単なる合理性の問題ではなく、自己の権利の伸張防禦をなし得ない不当性の問題である)に対する一片の配慮すら認められない点でも承服しえない。

 なお、原判決の説示する理由が、手続法的観点、実体法的観点の何れからも到底首肯しえないことについては、以下に述べる。

  (2) 「本件訴え」は類似必要的共同訴訟である。

 権利の共有者の訴えの提起と共有者全員につき合一に確定する必要について「本件訴え」は、手続法上類似必要的共同訴訟として取り扱うべきである。

 (ア) 本申立書2の(1)項末尾に最高裁判所平成七年七月一八日付判例(地役権の要役地が数人の共有に属する場合における設定登記手続を求める訴えの原告適格について判示している)の結論を掲げた。

 以下、当該判決の他の説示にも触れて、まず、手続法的観点から申立人の主張を補足する。

 当該判例は、共有関係と必要的共同訴訟とについて、新たな判断を加えた点に意義ありとされるものであって、最高裁判所は、引用判例の原判決が、

 “要役地が数人の共有に属する場合においては、地役権設定登記手続を求める訴えは固有必要的共同訴訟”

であると判断した点を採り上げてこれを否定し、その理由を

 “各共有者は、単独で共有者全員のため共有物の保存行為として、要役地のために地役権設定登記手続を求める訴えを提起することができるというべきであって、右訴えは固有必要的共同訴訟には当たらない。”

と判示したのである(判例時報一五四四号五九頁最上段参照)。

 上記説示に対する評釈においては、この判例の実質的根拠は、

 ① 設定登記が地役権に対抗要件を付して権利の存続を確実にする行為であること。

 ② 地役権の登記は、両土地の乙区に記載するだけで権利者、義務者は、甲区の表示で公示されるため、共有者の一人による訴えの提起を認めても、その一人が単独で地役権を有するという公示の外観を示す余地がないこと。にあると解説している(同判例時報五七頁最下段参照)。

 (イ) 本件の原審判決は、「本件訴え」の訴訟法的性格を固有必要的共同訴訟であるとし、

 “「本件訴え」は、間接的ではあれ、共有者全員の有する一個の権利の存否を決めるものとして、共有者全員につき合一に確定する必要があり、共有者それぞれについて異なった内容で確定され得ると解する余地はない”

ことを、その理由としている。〔判決書四頁一七〜二二行、説示の全文は本書2の(1)の冒頭に引用ずみ。〕

 ① しかしながら上記説示から、「本件訴え」を固有必要的共同訴訟であるとの結論を導き出すことはできない。

 まず、「本件訴え」が、共有者全員の有する一個の権利に関する訴えであると云うことは、共有特許権であることを指称する以外に特段の意味はない。次に、間接的ではあれ共有特許権の存否を決めるものであるとの指摘は、特許訴訟のすべてが何らかの意味で特許権の存否を決めることに関連するというこれまた当然のことであって、「本件訴え」の手続法的性格の評定に当り特段の基準とはならず、むしろ、「本件訴え」が共有特許権の存否を決定するための間接的なはたらきをするに過ぎないことこそが、重要であると云わなければならない。そして、これらのことは、現行特許制度における特許庁と裁判所の権限分掌〔特許権の付与・取消(無効)・期間の延長等その存否消長を決する権限は専ら特許庁のつかさどるところであり、裁判所は、特許庁の行政処分の違法性についてのみ審理判断を行ない、権利そのものの存否消長自体が、訴訟物となることはありえない〕を考慮すれば、たちどころに明らかであるというべきである。

 そうであるならば、原判決の上記引用の説示中、「本件訴え」を固有必要的共同訴訟と断定することの理由付けは、専ら、

 “共有者全員につき合一に確定する必要があり、共有者それぞれについて異った内容で確定されうると解する余地はない。”

との点に尽きる。

 なるほど、共有特許権は、一個の創作された技術思想に係る権利であり、その存否消長も共有者全員について合一確定の必要があって、共有者それぞれにつき異った内容で確定されうる余地がないことに異論はない。そして訴訟の目的が共同訴訟人の全員につき合一にのみ確定すべき場合につき、民事訴訟法は、これを必要的共同訴訟として特則(現行法四〇条の一〜3項、本件出願時法六二条)を設けている。本件訴えが民事訴訟法上の必要的共同訴訟に該ることは明らかであろう。

 もっとも、上記必要的共同訴訟には、いわゆる固有必要的共同訴訟すなわち、手続的にも共同訴訟人(本件訴えでは全共有者)が共同してのみ訴え又は訴えられねばならないものと、類似必要的共同訴訟すなわち合一確定を要する者のそれぞれが別個に訴えを提起することはできるが、共同訴訟手続で審理される場合には上記特則(現行法四〇条一〜三項)の適用を受けるものとに分けられることは、判例学説の一致して認めるところである。

 以上の如くであり、「本件訴え」が合一にのみ確定する必要があるからといって、原判決説示の如く、その訴訟形態を固有必要的共同訴訟であると結論することは当を得ないものという外ない。

 ② 上記(ア)の項で引用した判例(地役権に関する)は、要役地の共有者の一人の求めた登記請求訴訟につき、訴訟の結果が他の共有者全員に合一にのみ確定すべきことを当然のこととしながら固有必要的共同訴訟であることを否定しているが、かかる認定のためには、前述のとおり、当該訴訟の目的と判決の執行による他の共有者に及ぼす影響などへの配慮がなされていたとの評釈が存した。

 そこで「本件の訴え」の場合、これを類似必要的共同訴訟とした結果の他の共有者と及ぼす影響について一言しておく。

 まず「本件訴え」が認容されたときその形成的効力は、他の共有者にも及ぶ(行政事件訴訟法三二条一項)こととなり、他の共有者は、特許庁における再審理を受ける地位を回復するという利益を受け、また棄却された場合には、特許庁の取消決定が確定する丈けであるから、他の共有者には、棄却判決に基づく不利益は何ら生じない。「本件訴え」につき、申立人一人の原告適格を認めたからといって、共有者間の利害の調整上不都合が生ずる理由はなく、もし、他の共有者が同一訴訟を提起した場合には、民事訴訟法六二条(現行四〇条)の特則によって、合一確定の要請が生ずることとなる。

 ③ ところが原判決は「本件訴え」の他の共有者に及ぼす影響などにつき上記②で述べた点を批判するので、その当らないことをつぎに述べておく。

 (ア) 「本件訴え」が認められ、審決を取消す旨の確定判決の効力が、行政事件訴訟法三二条一項により……他の共有者にも及ぶと解することは、同一特許権の共有者のように利害関係を共通する者が同項にいう「第三者」に当たるとする点で必ずしも正当とは解されない(原判決書四頁末行〜五頁三行)。

 しかしながら同法にいう「第三者」とは、抗告訴訟における当事者以外の第三者を指称するのであって、本件における池上通信機は当該第三者である。

 (イ) 「請求棄却の判決が確定したときには、それだけでは、他の共有者が改めて提起する取消の訴えにおいて異った内容の判決がされることはあり得ないとする論拠が明らかではない。この場合に請求棄却の判決確定の時点で他の共有者は、取消の訴えを提起することができないのが通常であるが、そのこと自体は、当該判決の効力の及ぶゆえの効果であるということはできず、また、共有者の一部の者の訴えの提起により他の共有者との関係でも審決の確定が遮断されると解するのであればこの点も明確であるとはいえない。」(原判決書五頁三〜一七行から略記した。)

 この説示は極めて難解というの外ないが、申立人の主張は、「本件訴え」が類似必要的共同訴訟である以上、出訴期間が明確であり、かつ行政事件訴訟法一三条の関連事件に係る訴訟の移送の趣旨が活用されるべきであるから、他の共有者からの有効な別訴に対し、適正な処理がなされることが明らかであること、ならびに、特許庁の取消決定の確定が共有者の一人による取消訴訟の提起によって遮断されることにも争いの余地がないと云うにあるのである。

  (3) 「本件訴え」は共有特許権の保存行為として固有必要的共同訴訟に親しまない

 「本件訴え」は共有権利(特許権)の保存行為として、各共有者が独自になしうるものであり、実体法的観点からも、固有必要的共同訴訟には親しまない。

 (ア) 共有特許権の本質がいわゆる合有ないし合有的なものではなく、民法上の共有であることについては、原審の原告第一準備書面の2項ならびに3項の①(三頁〜七頁九行)において詳細に述べ

 “このように共有特許権が、合有ないし合有的であるということはできず民法二五一、二五二条が特許権の共有の基本規定として厳存することは明らかというべきである。”

と結論した(同七頁三〜五行)とおりである。

 また、同準備書面においては、特許法第一七八条(審決等に対する訴え)に基づく「本件訴え」について

 “(それは)確立した特許権の存立を妨害する申立(請求が正しい)を認容した決定等の排除を求める点で特許権(厳格はその客体たる特許発明)を変更するものでも処分するものでもなく、維持保存を目的とする行為である。

 特許法一三二条三項(共有特許権者が請求する共同審判)は処分行為とみられる審判請求に関する規定であるのに対し、同法一七八条の訴えは、前者と異質な管理すなわち保存行為に属するものに外ならない。”(同八頁六〜一一行)

と明確に主張している。

 「本件訴え」における原告(本申立人)の立場は正に共有特許権者の一人として、民法二五二条但書にいう保存行為としてのものであることは、このように原審原告の明確に主張したところである。さればこそ「本件訴え」は、その実体法的観点から見た場合、共有者の一人からなすことが、他の共有者に何らの影響も与える余地がないことは、この一事からも裏付けられるのである。

 (イ) ところが原判決は、第3項の原告の主張において、民法二五二条ただし書きの主張を明記(判決書三頁末行〜四頁五行)しながら、第4項の裁判所の判断の項では

 “仮に特許権の共有の法的性質が、民法上の通常の共有と解されるとしても、そのことから共有者の一部の者のみが保存行為として上記取消決定の取消しの訴えを適法に提起できるものと解することはできない。”(同六頁一四〜一七行)

と説示するのみである。

 原判決のこの説示は、さきに明らかにした原告の重要な主張、すなわち、

 ① 共有特許権の共有は民法上の共有そのものであること

 ② 「本件訴え」は、共有の対象たる特許権の保存行為であること

の二点につき、①については仮定的に認め、②については理由を付することなく否定の結論のみを述べたに止まるものということができる。

 (ウ) 「本件訴え」を実体法的に検討した場合、原告(申立人)は、共有の目的物たる特許権の民法上の共有権者の一人であること、ならびに本件訴えの提起は、上記特許権を変更処分する行為でなく文字どおり、民法二五二条但し書きにいう保存行為とみるべきであることに、特段の反論の余地はないと思われ、このことは地役権に関する前掲判例によっても十分に裏付けられている。

 果してそうであるならば、原判決が、特許権の無効、取消審決に対する「本件訴え」と、特許庁における審査中の拒絶査定や存続期間延長登録出願に対する拒絶査定などに対する不服の審判請求とを同視することが当を得ないことは云うまでもない。しかも原判決が、本項の申立人主張につき、ただ否定するのみで、否定の理由を明らかにしえなかったことは、さきに述べた通りである。

 5 結語

 「本件の訴え」は、制度ならびに法の不備に基づいて、共有権者がその権利の行使伸張ならびに保全防禦をなし得なくなる不当な結果を招来するおそれが不可避な事案である。

 そしてこのことは、既に、大正一〇年特許法の下でも顕著であり、現行特許法下でも同様である。したがって、大正一〇年法とは制度の基礎を異にする現行特許法の下において、旧法下とは別個の法の解釈と適用により上記の不合理性と不当な結果を招来しない判例法の確立が求められて久しいということができる。

 これを具体的に述べるならば、「本件の訴え」は、固有必要的共同訴訟に親しまず、類似必要的共同訴訟と解すべきであるというに帰する。そしてこのことは、共有権と必要的共同訴訟との関係という手続法的関係から結論づけられるべきところ、共有権に基づく第三者に対する訴えにつき、判例学説は、それが合一に確定すべきことを大前提としつつも、訴訟の目的と結果が共有関係そのものを第三者に主張する場合、例えば共有物自体の譲渡契約の存否が争われる場合などと、共有物の妨害行為を排除する場合すなわち、その結果が他の共有者にも還元可能な場合に分けて、前者はこれを固有必要的共同訴訟とし、後者は、類似必要的共同訴訟とすることとされるなど、多様化ないし弾力化されていることは、本書2の(1)において触れたところである(その例として地役権の共有者の一人が求めた登記請求の訴えを、類似必要的共同訴訟であると認定した最高裁判所判例を掲げた。)

 そして上記分類に当っては、事案が共有物(又は権利)の保存行為に当るか否かは決定的な基準とされ、更にその前提としては、当該共有権が、合有ないし合有的権利でないことが求められているところ、本件訴えの場合その何れをも満足していることは縷述のとおりである。

 「本件訴え」については、前項(4項)において、手続的観点と実体的観点から検討を加え、2項、3項においては、大審院の判例及び最高裁判所の判例(本件と同一事案に関するものと、上記地役権についてのもの)ならびに諸学説を検討した。これらの結果によるならば、「本件訴え」を以て、固有必要的共同訴訟となすことは、到底できず、従前の最高裁判所判例はあらためられるべきものと結論せざるを得ない。

 本件事案は、共有をめぐる訴えのうち、共有特許権等に対する特許庁における無効・取消などの審決に対する取消の訴えという、極めて特殊なものである。しかしながら、そこには、

 (ア) 共有権に基づく訴えと共有者全員に合一にのみ確定すべき場合における共同訴訟形態〔現行民事訴訟法四〇条(旧六二条)〕をめぐる法の解釈適用、

 (イ) 準共有たる共有特許権等の本質を合有ないし合有的とみるべきか、また、単なる共有とみる場合における「本件訴え」を特許権等の保存行為とみるべきか、すなわち民法二六四、二五一、二五二条の解釈、

 (ウ) 審決等に対する訴えに対する特許法一七八条二項が、共有特許権等について何らの規定をも設けなかったことに伴って生ずる「共有者全員に利益な行為(訴えの提起を含む)も全員がこれをなさなければ効力を生じない」というような不当な結果を招来せしめないための法の解釈適用、

などに関し重要な事項が含まれていることは明らかと考える。

 重ねて上告審としての事件の受理と、原判決の破棄ならびに相当な判決とを申立てる次第である。 

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