裁判年月日 平成23年 3月23日 裁判所名 知財高裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(行ケ)10256号
事件名 審決取消請求事件
主文
1 特許庁が無効2009-800033号事件について平成22年6月30日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,特許第4058072号(発明の名称「スーパーオキサイドアニオン分解剤」。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成15年2月20日の優先権(日本,特願2003-42452号)を主張し,特許庁に対し,平成16年2月18日,国際特許出願(PCT/JP2004/001817号,日本における出願番号・特願2005-502741号。請求項の数3)をし,平成19年1月16日付け手続補正書(甲23)によって,特許請求の範囲及び明細書の補正をし(以下,補正後の明細書を図面とともに「本件補正明細書」という。),同年12月21日に本件特許の設定登録がされた(請求項の数1)。
原告は,平成21年2月18日付けで,特許庁に対し,本件特許を無効とすることを求めて審判を請求した(無効2009-800033号)。特許庁は,平成22年6月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同年7月8日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである(以下,請求項1に記載された発明を「本件特許発明」という。なお,構成の各分説及びその符号は,審判におけるものである。)。
【請求項1】
A ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ポリアクリル酸,シクロデキストリン,アミノペクチン,又はメチルセルロースの存在下で
B 金属塩還元反応法により調整され,
C 顕微鏡下で観察した場合に粒径が6nm以下の白金の微粉末からなる
D スーパーオキサイドアニオン分解剤。
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,本件特許発明は,甲1(特開2002-212102号公報)及び甲2(特開2001-122723号公報)記載の発明と同一ではなく,また,甲1,2及び甲3(高分子論文集 Vol.57,No.6,pp346-355(2000)「高分子保護貨幣金属ナノクラスターの調製と機能」)の記載及び本件優先日当時の当業者の技術常識を考慮しても,当業者が容易に想到できたものとは認められないから,本件特許を無効とすることはできないとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,甲1,2の記載を次のとおり認定し,本件特許発明と甲1との相違点を構成Dとし,本件特許発明と甲2との相違点を構成AないしDとした。
(1) 甲1の記載
白金微粉末に関するもの(構成A~Cに関するもの)として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子で10nm以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nmオーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの,及び,(b)具体例として,『しんくろ』と名づけられた白金コロイド溶液であり,金属塩還元法によって製造され,凝集粒子径(鎖状)が4~8nmの白金凝集粒子を含むものが記載されており,また,白金微粉末の性質ないし用途に関するもの(構成Dに関するもの)としては,金属塩還元法,とりわけ,特願平11-259356号に記載の方法によって得られた金属微粒子(コロイド)(Pt・Pdコロイド)の性質として,(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること,及び,上記(b)の白金微粉末の性質として,(d)上記(1―5)に記載されるような各種病気(判決注・リュウマチ,胆嚢・ポリープ,低血圧,腎臓病,肝臓病,アトピー,生理不順,肥満,糖尿病,食欲不振,高血圧,リンパ球ガン,子宮ガン,肝臓ガン,C肝炎,膠原病,神経痛,腸閉塞,腎盂炎,腎不全,肺気腫,胃酸過多,腕のしびれ,慢性鼻炎,口内炎,脳梗塞,血栓症,自律神経失調症,生理痛,直腸ガン,胃潰瘍等)の症状改善に効果がある。
(2) 甲2の記載
還元処理と,ろ過処理とを順に行なうことによって製造されたナノサイズの白金コロイドを分散させた化粧品が記載され,該白金コロイドが,過酸化水素分解作用を有すること,及び,上記化粧品が,各種症状を改善した。
第3 取消事由に関する原告の主張
1 取消事由1(甲1と対比して構成Dにおいて相違するとした認定判断の誤り)
(1) 審決は,甲1に記載されている白金粉末を飲料水として使用した場合の効果と,本件特許発明に記載されている白金粉末を飲料水として使用した場合の効果とは,一部共通するが,本件特許発明の白金粉末は「スーパーオキサイドアニオン分解剤」として規定されているところ,スーパーオキサイドアニオン分解剤としては甲1記載以外の効果も奏するものであり,また,本件優先日当時,甲1記載の飲料水として使用した場合の効果がスーパーオキサイドアニオン分解剤としての効果であるとの知見はなかったから,構成D(スーパーオキサイドアニオン分解剤)の点は相違点であるとする。
しかし,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」とは「スーパーオキサイドアニオンを分解する物」という程度の意味であって,これは構成AないしCが規定する白金微粉末の属性を規定したものにすぎず,特定の(具体的な)医薬,食品,化粧料などといった「用途」を規定したのではない。
したがって,甲1も構成AないしCを充足する以上,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての属性を有するから,審決が甲1について,構成Dを相違点とした判断は誤りである。
(2) 仮に,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」を用途として捉え,「スーパーオキサイドアニオンを分解する用途に使用される物」という意味に解したとしても,本件特許発明と甲1とは,「用途」において相違するとした審決の認定には誤りがある。すなわち,本件補正明細書には,段落【0001】,【0006】,【0009】,【0010】,【0012】,【0015】,【0020】,【0021】の記載及び段落【0023】以下の実施例記載のとおり,白金微粉末を飲料水などとして体内に投与することで,体内のスーパーオキサイドアニオンが分解し,もって,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症,とりわけ,筋萎縮性側索硬化症(FALS)などの予防又は治療に有効であると期待されることが記載されている。これに対し,甲1には,その作用機序がスーパーオキサイドアニオン分解作用という白金微粉末に備わった属性に基づくものであることは明記されていないものの,本件特許発明と同様に白金微粉末を飲料水などとして体内に投与することで,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されることが記載されている。そうすると,甲1記載の飲料水も,構成AないしCにおいて本件特許発明と一致している以上,これを飲料すれば,当然スーパーオキサイドアニオンを分解するのであるから,スーパーオキサイドアニオン分解という属性を利用しているといえ,審決が甲1について,構成Dを相違点とした判断は誤りである。
なお,審決は,甲1には上記各症状の改善とスーパーオキサイドアニオンの分解作用とを関連づける記載がなく,これらの症状が改善したことから直ちに,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオン分解作用を有するといえるとの技術常識が存在したものとは認められないと判断する。しかし,本件特許発明の白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する属性を備えているのであれば,同じ構成である甲1の白金微粉末も同じ属性を備えているのであって,実際,甲1は,スーパーオキサイドアニオンを分解する(甲24)から,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」である。
また,審決は,本件特許発明に係る「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は,特許請求の範囲に使用態様や具体的な用途について特段の限定がないので,特許明細書に記載された用途のみならず,本件優先日当時における当業者に自明な用途も包含すると判断している。しかし,本件特許発明に係る「スーパーオキサイドアニオン分解剤」は,特許請求の範囲に使用態様や具体的な用途について特段の限定がないのであるから,スーパーオキサイドアニオンを分解するという属性を備えた物であればよいか,少なくとも,そのような属性を利用した用途に使用されている限り,すべての用途が含まれる。また,審決は,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」であることが新たな用途に該当するか否かを問題とすることなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」から派生する用途,しかも派生することが期待される用途や使用可能性のある用途,スーパーオキサイドアニオン分解作用と関連づけることが可能な用途などをもって,新たな用途であるとしている点において誤りがある。新たな用途であるためには,例えば,スーパーオキサイドアニオンを分解するとの属性に基づく作用機序から導かれる「筋萎縮性側索硬化症(FALS)治療薬」といった特定の,具体的な用途であることが必要である。
2 取消事由2(構成Dは,甲1,2から認識できる範囲内の効果である点を看過した誤り)
本件特許発明の構成Dは,甲1,2から読み取れる範囲内の効果であるから,構成Dを相違点とした審決の認定は誤りである。
当業者であれば,本件優先日当時の技術常識を参酌することで,甲1,2記載の過酸化水素の分解に関する記載から,スーパーオキサイドアニオンについても分解されていることを自明のこととして認識できた。すなわち,甲1には,白金コロイドが電子を供与する電子供与体であること(段落【0016】),過酸化水素分解活性を示すこと(段落【0027】)が開示されている。また,甲2には,白金コロイドが絶対値の大きなマイナスの酸化還元電位を示すこと(段落【0069】),過酸化水素分解活性が非常に高いこと(段落【0072】)が開示されている。そして,スーパーオキサイドアニオンや過酸化水素の分解が,いずれも水素イオンの存在下,電子供与を受けて進行する一連の不均化反応であることは周知の技術常識である。すなわち,スーパーオキサイドアニオン(O2-)は,水素イオンの存在下,電子(e-)供与を受けて,過酸化水素(H2O2)に分解され,過酸化水素もまた電子(e-)供与を受けてヒドロキシルラジカル(HO・)に分解され,さらにヒドロキシルラジカルもまた電子(e-)供与を受けて水(H2O)に分解される。このように,スーパーオキサイドアニオンは,水素イオン及び電子供与体が存在すれば,原則として過酸化水素及びヒドロキシルラジカルを経て水まで分解されることが,当業者の技術常識である。上記によれば,甲1,2記載の白金コロイドが示した過酸化水素分解活性は,その強い電子供与性に起因するものであり,その前段階であるスーパーオキサイドアニオンに対しても分解活性を示すことは当業者にとって自明のことである。
なお,人の体内において,プロトン(H+)が存在することは自明であり,スーパーオキサイドアニオンの分解にプロトン(H+)が必要であることは,当業者が甲1の記載に接した際にスーパーオキサイドアニオンの分解を理解することに対する妨げにはならない。甲7には,「第2の,そしてより可能性のある機構は,プロトンによる均一系触媒反応に類似した機構である。プロトンH+は,その他の部分よりも高い局所濃度で白金上に吸着することにより,金属表面上でO2-からHO2へのプロトン化に寄与し,従って,均一条件下でのように,O2-との反応を促進すると考えられる。」(90頁右欄)と記載されており,白金コロイド(Pt)がスーパーオキサイドアニオンの分解における触媒作用として機能していることを示している。
したがって,当業者が,甲1,2の記載から,白金コロイドがスーパーオキサイドアニオンも分解すると認識することは自明のことである。
これに対し,審決は,①スーパーオキサイドアニオンと過酸化水素が異なる反応性を有する化学物質であると認識されていたこと,②SOD(判決注・酵素の一種であるスーパーオキシドジムスターゼのこと。)の基質であるスーパーオキサイドアニオンについての生物学的な意義が認識されていたこと,③スーパーオキサイドアニオンのみを分解したり,過酸化水素のみを分解する物質も存在することを理由に,スーパーオキサイドアニオンの分解と,過酸化水素の分解とは,実質的に同一のものということはできないとしている。しかし,過酸化水素とスーパーオキサイドアニオンは,上記のとおり,共に体内で電子供与されて分解される一連の分解工程に関与する物質であることが技術常識である以上,両者が異なる反応性を有する化学物質であると認識されていたとしても,甲1,2に接した当業者が,白金コロイドがスーパーオキサイドアニオンを分解すると認識することの妨げとはならない。また,スーパーオキサイドアニオンが重要な物質として当業者に注目されていたのであれば,なおさら,甲1,2に接した当業者であれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されていることを自明のこととして認識する。さらに,上記のとおり,スーパーオキサイドアニオンの分解は,過酸化水素の分解と同様に電子供与を受けて進行するものであり,両者はO2から水(H2O)に至る一連の分解工程に関与する物質であるという技術常識を知っている当業者からすれば,強い電子供与性を示す甲1,2記載の白金コロイドがスーパーオキサイドアニオンに対しても分解活性を示すと認識することは当然であって,どちらか一方の分解にしか関与しない物質があるとしても,これは上記認識を妨げるものではない。そもそも,スーパーオキサイドアニオンは,それ以外の成分を含む系の中でのみ存在し,その系においてのみ何らかの存在意義を持ちうる物質であるから,いかなる系に存在するスーパーオキサイドアニオンを分解するのかが特定されていなければ,具体的な用途の開示としての意味がない。
3 取消事由3(甲2と対比して構成Dにおいて相違するとした認定判断の誤り)
前記取消事由1,2と同様,審決が甲2について,構成Dを相違点とした判断には誤りがあり,本件特許発明と甲2とはすべての構成において一致する。すなわち,構成Dは単なる属性と考えられる。仮にこれが用途であるとしても,甲2には,白金微粉末を化粧品として使用することで,虫刺され,いぼ,肌荒れ,かぶれ,肺がん,火傷,水虫,皮膚病,アトピー等の症状を改善したことが記載されており,その作用機序がスーパーオキサイドアニオン分解剤としては明記されていないとしても,甲2記載の白金微粉末と本件特許発明の白金微粉末は,物として同一のものであり,いずれも化粧品(化粧料)として使用することで上記効果を奏するのであるから,両者は構成Dにおいて一致する。
なお,甲2には,白金イオンを還元して白金コロイドを生成させる「金属塩還元反応法」が開示されており(請求項2,段落【0012】,【0036】ないし【0051】),甲2記載の白金コロイドは,本件特許発明の構成Bを満たしている。また,甲2には,上記方法により得られた白金コロイドがナノサイズの粒子であって安定していること(請求項5)が開示されており,甲2に開示される白金コロイドは,構成Cを満たしている。さらに,甲2には本件特許発明の構成Aについて開示がないが,製造条件に係る構成Aの相違は,生成される白金微粒子の同一性に影響を及ぼすことはない。
4 取消事由4(甲1ないし3に基づく進歩性欠如を認めなかった点についての誤り)
仮に,構成Aが本件特許発明と甲1,2記載の発明との相違点であるとしても,本件特許発明は,甲1又は甲2に甲3を組み合わせる,又は,甲1ないし3を組み合わせることにより,容易に着想することができたものであるから,審決の判断は誤りである。
第4 被告の反論
1 取消事由1(甲1と対比して構成Dにおいて相違するとした認定判断の誤り)に対し
(1) 原告は,本件特許発明の構成Dにつき,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」とはスーパーオキサイドアニオンを分解する物という程度の意味であり,これは構成AないしCが規定する白金微粉末の属性を規定するものにすぎない,構成Dは用途を限定する構成ではなく,単に有用性を示したものにすぎず,本件特許発明は,構成AないしCで規定される白金微粉末そのものであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件特許発明の構成Dは,技術的効果を「剤」形式で記載することにより,新たに見出された属性に基づいて白金微粉末を「剤」として用いるべく,その用途をスーパーオキサイドアニオンを分解する「剤」として使用するものと明確に限定しており,単に有用性を記載したものではない。
(2) 原告は,本件特許発明と甲1は,用途において共通するので,構成Dを相違点とするのは誤りであると主張する。
しかし,原告のこの点の主張も,以下のとおり失当である。
すなわち,甲1には,スーパーオキサイドアニオンの分解に関する記載はなく,かかる属性に基づく用途(スーパーオキサイドアニオン分解剤)についての開示もなく,また,本件優先日当時,白金微粉末がスーパーオキサイドオニオン分解作用を有するとの技術常識も存在しなかった。
これに対し,本件特許発明は,従来の用途とは異なる新たな用途(「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途)を見いだした発明であり,構成Dは「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途を規定するものであり,飲料水や化粧品としての使用態様に限定されるものではない。また,スーパーオキサイドアニオン分解剤としての用途は,新たに発見された技術(スーパーオキサイドアニオンの分解)に基づく技術的特徴を有するところ,かかる効果は,甲1に記載も示唆もされていない。
また,原告は,審決が,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」であることが新たな用途に該当するか否かを問題とせずに,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」から派生する用途,派生することが期待される用途,使用可能性のある用途,スーパーオキサイドアニオン分解作用と関連づけることが可能な用途などをもって新たな用途の有無を検討しており,誤りがあると主張する。
しかし,原告のこの点の主張も,以下のとおり失当である。審決は,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途が甲1に記載された用途との対比において新たな用途であるかを検討し,特許請求の範囲には使用態様や具体的な用途について特段の限定がないことから,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途は,本件特許明細書に記載されたもののみならず,本件優先日当時における当業者に自明な用途も包含すると認定したのであり,そのような認定手法に誤りはない。
本件特許発明におけるスーパーオキサイドアニオン分解剤は,スーパーオキサイドアニオンが特定の系の中でのみ効果が生じることを内容とするものではない。また,甲1には,「(例:過酸化水素の分解)」との記載(段落【0027】)があるのみで,白金微粉末によるスーパーオキサイドアニオンの分解作用については何ら記載がなく,各症状改善の体験談から白金微粉末によるスーパーオキサイドアニオン分解作用があると当業者が認識することはできない。そもそもアトピーの原因は単一ではなく,スーパーオキサイドアニオンもアトピーの原因の1つであると考えられているにすぎない。甲1のアトピーの症状改善の単なる体験談の記載をもってスーパーオキサイドアニオン分解剤の具体的な用途が開示されているということはできない。
2 取消事由2((構成Dは,甲1,2から認識できる範囲内の効果である点を看過した誤り)に対し
(1) 原告は,当業者であれば,甲1,2記載の過酸化水素の分解に関する記載から,本件優先日当時の技術常識を参酌することで,スーパーオキサイドアニオンについても分解されていることを自明のこととして認識できるから,構成Dを相違点と認定することは誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,スーパーオキサイドアニオンは反応性を高める余分な電子(不対電子)がついた状態の分子(ラジカル)であり極めて高い化学反応性を有している。不対電子を持たない(ラジカルではない)過酸化水素とは,その点で異なる。スーパーオキサイドアニオンと過酸化水素は,異なる反応性を有する化学物質であると認識されていたのであるから,甲1,2記載の過酸化水素の分解に関する記載から,スーパーオキサイドアニオンについても分解されていることを自明のこととして,当業者が認識することはない。
(2) 原告は,甲1,2記載の白金コロイドが示した過酸化水素分解活性は,その強い電子供与性に起因するものと考えるのが当然であり,スーパーオキサイドアニオンの分解は,過酸化水素の分解と同様に電子供与を受けて進行するものであるから,強い電子供与性を示す甲1,2記載の白金コロイドが過酸化水素に対して分解活性を示すとの知見があれば,その前段階であるスーパーオキサイドアニオンに対しても分解活性を示すことは当業者にとって自明であると主張する。
しかし,原告の上記主張も,以下のとおり失当である。すなわち,スーパーオキサイドアニオンを分解するためには,過酸化水素の分解では必要とされない不均化反応(同一種類の化学種が2個以上互いに反応して2種類以上の異なる生成物を与える化学反応のこと。)が必要であり,かかる不均化反応においては,過酸化水素の分解には不要なプロトン(H+)が必要となり,電子供与のみにより不均化反応が起きるわけではない。過酸化水素を分解できる物質であっても,上記不均化反応を起こすことができなければスーパーオキサイドアニオンを分解することはできないから,過酸化水素分解能を有する物質が,すべてスーパーオキサイドアニオン分解能を有するとはいえない。また,白金微粉末によるスーパーオキサイドアニオンの分解は,触媒反応であり,電子供与さえすれば生じるというものではない(甲1にも,過酸化水素分解能が白金微粒子からの電子供与によるものであることは開示されておらず,むしろ過酸化水素の分解が触媒反応によることが記載されている。)。さらに,ある物質が過酸化水素に対し触媒的な分解作用を発揮するからといって,スーパーオキサイドアニオンに対しても触媒的な分解作用を発揮するとは限らない。二酸化マンガンのように,過酸化水素の分解を触媒するが,スーパーオキサイドアニオンに触媒的な分解作用を発揮しないものがある一方,カテキンのように,スーパーオキサイドアニオンに対して分解活性を示すが,過酸化水素には分解活性を示さないものが存在する。
したがって,甲1,2に記載された白金微粒子が過酸化水素に対し触媒的な分解作用を発揮することをもって,当該白金微粒子がスーパーオキサイドアニオンの分解も促進するであろうことを当業者が当然に予測できるものではない。
(3) なお,原告は,甲7には,白金コロイドが系内のスーパーオキサイドアニオンの減衰(分解)を促進する(89頁右欄~90頁右欄,Fig2)との記載があり,白金コロイドが過酸化水素に対して分解活性を示すとの知見があれば,その前段階であるスーパーオキサイドアニオンに対しても分解活性を示すことは当業者にとって自明のことであると主張する。しかし,甲7は,パルス放射線の照射によるスーパーオキサイドアニオンの分解反応に関する文献であり,白金微粉末固有の性質としてスーパーオキサイドアニオンの分解における触媒作用があることは,記載されていない。
3 取消事由3(甲2と対比して構成Dにおいて相違するとした認定判断の誤り)に対し
甲2には,構成Dについての開示はなく,本件特許発明と甲2とは,構成Dにおいて相違する。
4 取消事由4(甲1ないし3に基づく進歩性欠如を認めなかった点についての誤り)に対し
前記1ないし3のとおり,甲1,2いずれについても構成Dの開示なく,甲3には白金微粉末の作用に関しては記載も示唆もないので,進歩性の欠如を認めなかった審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,下記の事実関係を総合すれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえず,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎず,本件特許発明は,甲1の記載と実質的には同一のものであって,新規性を欠くことになるから,これと異なる審決の認定,判断には誤りがあると解する。その理由は,以下のとおりである。
1 争いない事実及び認定事実
(1) 本件特許発明の記載
ア 本件特許発明の特許請求の範囲(請求項1)
第2の2記載のとおりである。すなわち,本件特許発明の特許請求の範囲(請求項1)構成AないしC所定の「白金の微粉末」からなる構成D所定の「スーパーオキサイドアニオン分解剤」である。
イ 本件補正明細書の記載
特許請求の範囲の構成Dの意義・趣旨は必ずしも一義的に明白でないため,本件補正明細書の記載をみることとする。
本件補正明細書には,以下の記載がある(甲22)。
【技術分野】
「【0001】 本発明は,活性酸素の一種であるスーパーオキサイドアニオンの分解剤に関するものである。本発明のスーパーオキサイドアニオンの分解剤は,還元水や医薬品として用いることができる。また,本発明は一酸化窒素の分解剤に関する。」
【背景技術】
「【0002】 生体内,特にミトコンドリア,ミクロソーム,白血球などにおいて,O2-(スーパーオキサイドアニオン),H2O2(過酸化水素),HO・( ヒドロキシラジカル),および励起分子種であるO2(一重項酸素)などの高い反応性を示す活性酸素種(ラジカル)が多く発生しており,生態防御,生化学反応などを含めた生体制御に関与していると言われている。また,一酸化窒素(NO)は短寿命の不安定ラジカル種であり,この物質も活性酸素の一種として生体内で重要な機能を有していることが明らかにされている(現代化学,1994年 4月号特集)。」
「【0006】 活性酸素が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が挙げられるが,ヒトの病気の90%には何らかのかたちで過剰状態の活性酸素が関与していると言われている。特に,生体内のミトコンドリアでは,酸素の90%以上が代謝され,細胞内で最も多く活性酸素が生成される。ミトコンドリア内で生成される活性酸素と抗酸化系とのバランスが遺伝病や加齢によって保てなくなると,ミトコンドリアから処理しきれなかった活性酸素が漏れ出して細胞に損傷を与え,老化やアポトーシスによる細胞死が引き起こされる。」
【発明が解決しようとする課題】
「【0009】 本発明者らは,生体内で生成する活性酸素のうちO2-(スーパーオキサイドアニオン)及び一酸化窒素を効率よく消失させ,生体内におけるこれらの活性酸素の過剰状態を解消するための手段を提供すべく鋭意研究を行った。本発明者らは,遷移金属微粉末,特に貴金属である白金微粉末に着目し,これらの微粉末が細胞内に侵入可能であり,ミトコンドリアの内部にも侵入できること,及びこれらの微粉末がミトコンドリアの内部でスーパーオキサイドアニオン及び一酸化窒素を消失する能力を有することを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成された。」
【課題を解決するための手段】
「【0010】 すなわち,本発明により,を含むスーパーオキサイドアニオン分解剤が提供される。この発明の好ましい態様によれば,ヒトの病気の90%には何らかのかたちで過剰状態の活性酸素が関与していると言われているである上記のスーパーオキサイド分解剤が提供される。この分解剤は,生体内においてスーパーオキサイドアニオンを分解できる。」
「【0012】 これらの発明の好ましい態様によれば,上記微粉末が白金微粉末又は白金合金の微粉末である上記分解剤;遷移金属コロイドを含む水性の上記分解剤;1000ml中に1mM以下の割合で遷移金属コロイドを含む水性の上記分解剤が提供される。
【0013】 さらに別の観点からは,ヒトを含む哺乳類動物の生体内でスーパーオキサイド又は一酸化窒素を消去する方法であって,遷移金属の微粉末を生体に投与する工程を含む方法が提供される。この発明の好ましい態様によれば,遷移金属コロイドを含む水を投与することができる。」
【発明を実施するための最良の形態】
「【0014】 本発明の分解剤における遷移金属の種類は特に限定されず,具体的な金属としては,金,ニッケル,白金,ロジウム,パラジム(判決注 パラジウムの誤記と認める。),イリジウム,ルテニウム,オスミウムなどの金属又はそれらの合金が上げられる。遷移金属としては貴金属であることが好ましい。貴金属の種類は特に限定されず,金,ルテニウム,ロジウム,パラジウム,オスミウム,イリジム,又は白金のいずれを用いてもよいが,好ましい貴金属はルテニウム,ロジウム,パラジウム,又は白金である。特に好ましい貴金属は白金である。貴金属の微粒子は2種以上の貴金属を含んでいてもよい。また,少なくとも1種の貴金属を含む合金の微粒子,あるいは1種又は2種以上の貴金属の微粒子と貴金属以外の1種又は2種以上の金属の微粒子を含む混合物を用いることもできる。例えば,金及び白金からなる合金などを用いてもよい。これらのうち好ましいのは白金又は白金を含む合金であり,特に好ましいのは白金である。」
「【0019】 以上の方法で調製された金属微粉末は,通常,使用した溶媒を媒体とするコロイド状態で得られるので,それをそのまま本発明のスーパーオキサイドアニオン分解剤又は一酸化窒素分解剤として用いることができる。使用した有機溶媒を除く場合には,加熱により有機溶剤を除去し,本発明の分解剤を金属微粉末として調製することもできる。加熱乾燥により得られた金属微粉末が,スーパーオキサイドアニオン分解剤又は一酸化窒素分解剤としての特性を消失することはない。
【0020】 本発明の分解剤は還元水の形態として調製することができる。還元水とは,生体内で酸化物質を還元する作用を有する水のことである。本発明に従って,添加した分解剤の量に応じてスーパーオキサイドアニオン及び/又は一酸化窒素を分解する還元水を調製することができるが,例えば,水1000ml当たり0.033mM程度の分解剤を添加した還元水でも十分な還元効果,すなわちスーパーオキサイドアニオン及び/又は一酸化窒素の分解効果が得られる。例えば,本発明の還元水は,上記の分解剤を1mM以下の割合で含むことが好ましい。上記の割合で含む還元水をヒトを含む哺乳類動物に投与することにより,生体内における過剰なスーパーオキサイドアニオン及び/又は一酸化窒素の大部分は消失する。
【0021】 本発明の分解剤の好ましい態様では,ナノメーター(nm)オーダーの粒径の金属微粉末を含んでおり,該金属微粉末は生体内に投与された後に細胞内に取り込まれ,さらにミトコンドリア内に侵入してミトコンドリア内で生成されるスーパーオキサイドアニオン又は一酸化窒素を消失させる。従って,本発明の分解剤は,活性酸素に起因するとされる前記の疾病,特に筋萎縮性側索硬化症(FALS)などの予防又は治療に有効であると期待される。また,還元水の形態として提供される本発明の分解剤は,健康食品としての飲料水又はスポーツドリンクとして用いることができ,それ自体を医薬又は化粧料として使用できるほか,健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に用いることもできる。」
【実施例】
「【0023】 以下,実施例により本発明をさらに具体的に説明するが,本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
アリール冷却管と三方コックを接続した,100ml二口ナス底フラスコに,和光純薬株式会社製の試薬である,ポリ(1-ビニル-2-ピロリドン)を0.1467g入れ,蒸留水23mlで溶解させ,10分間スターラーチップで撹拌した後,塩化白金酸結晶(H2PtCl6・6H2O:和光純薬株式会社製試薬)を蒸留水に溶解し,濃度を1.66×10-2Mに調整した塩化白金酸水溶液を2ml加え,さらに30分間撹拌した。反応系内を窒素置換し,特級エタノール25ml加え,窒素雰囲気下を保ちながら温度100℃で2時間還流した。反応液のUVを測定して,白金イオンピークが消失し,金属固体特有の散乱によるピークの飽和を確認し,還元反応が完了したことを確認した。溶媒をエバポレーターで除いた後,さらに12時間かけて凍結乾燥して白金微粉末(本発明の分解剤)を得た。」
「【0024】 得られた分解剤を,予めpHを7.8に調整した濃度0.1Mのリン酸ナトリウム緩衝液に溶解し,0.66mM,0.495mM,0.330mM,0.165mM,0.083mM,0.033mMの濃度でコロイド状態の分解剤を含む分散液を得た。顕微鏡下で観察したところ,この白金微粒子の粒径は6ナノメーター以下であった。」
「【0025】 例2
ヒポキサンチン/キサンチンオキシダーゼの組合せ及びフェナジエンメトサルフェイト/NADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)の組合せでそれぞれ発生するO2-(スーパーオキサイドアニオン)を用いて,得られた分解剤のスーパーオキサイドアニオン分解能を以下のようにして測定した。
【0026】 (A)ヒポキサンチン/キサンチンオキシダーゼ系
試料容器に,濃度8.8MのDMPO(5,5-ジメチル-1-ピロリン-N-オキサイド:ラボテック社製スピントラップ剤)20μl,濃度1mMのヒポキサンチン(シグマ社製)50μl,MilliQ(精製水:ミリポア社製)50μl,濃度の異なる上記の各サンプル5種の50μlを,それぞれ順次加えて混合した後,濃度0.04U/mlのキサンチンオキシダーゼ(ロッシュ社製)50μlを加え,45秒後にESR測定装置(日本電子株式会社製JES-FA200)を用いて,ESRスペクトルを測定した。標準物質(マンガン)との対比でO2-(スーパーオキサイドアニオン)量を測定した。得られた結果を表1に示す。括弧内の数値は,濃度0のときの値を100としたときの相対値である。
【0027】 【表1】
【0028】 (B)フェナジエンメトサルフェイト/NADH系
上記サンプルの内4種(濃度0.033mM,0.083mM,0.165mM及び0.330mM)について,試料容器に濃度8.8MのDMPO20μl,NADH(フナコシ株式会社製),フェナジンメトサルフェイト(和光純薬株式会社製),上記サンプル50μlを順次加えて混合した後,1分後に上記と同様にして,ESRスペクトルを測定した結果を表2に示す。括弧内の数値は濃度0のときの値を100としたときの相対値である。
【0029】 【表2】
【0030】 比較例1
ポリ(1-ビニル-2-ピロリドン)そのもの,又は白金錯体であるシスプラチン(PtCl2(NH3)2)を用いて,ポリ(1-ビニル-2-ピロリドン)又は白金濃度を実施例と同一にして,O2-(スーパーオキサイドアニオン)量を測定したが,ブランク(白金濃度=0)との間に差異は認められなかった。」
【産業上の利用可能性】
「【0032】 本発明のスーパーオキサイドアニオン分解剤及び一酸化窒素分解剤は,生体に投与することにより,生体内の過剰なスーパーオキサイドアニオン及び/又は一酸化窒素を分解することができる。」
(2) 甲1の記載
これに対して,甲1の記載内容は,第2の3の(1)のとおりである。
すなわち,白金微粉末に関するもの(構成A~Cに関するもの)として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子で10nm以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nmオーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの,及び,(b)具体例として,『しんくろ』と名づけられた白金コロイド溶液であり,金属塩還元法によって製造され,凝集粒子径(鎖状)が4~8nmの白金凝集粒子を含むものが記載されており,また,白金微粉末の性質ないし用途に関するもの(構成Dに関するもの)としては,金属塩還元法,とりわけ,特願平11-259356号に記載の方法によって得られた金属微粒子(コロイド)(Pt・Pdコロイド)の性質として,(c)過酸化水素水の分解反応を触媒すること,及び,上記(b)の白金微粉末の性質として,(d)上記(1―5)に記載されるような各種病気(判決注・リュウマチ,胆嚢・ポリープ,低血圧,腎臓病,肝臓病,アトピー,生理不順,肥満,糖尿病,食欲不振,高血圧,リンパ球ガン,子宮ガン,肝臓ガン,C肝炎,膠原病,神経痛,腸閉塞,腎盂炎,腎不全,肺気腫,胃酸過多,腕のしびれ,慢性鼻炎,口内炎,脳梗塞,血栓症,自律神経失調症,生理痛,直腸ガン,胃潰瘍等)の症状改善に効果がある。
2 判断
前記事実を前提として,本件特許発明の新規性の有無について検討する。
(1) 一般に,公知の物は,特許法29条1項各号に該当するから,特許の要件を欠くことになる。しかし,その例外として,①その物についての非公知の性質(属性)が発見,実証又は機序の解明等がされるなどし,②その性質(属性)を利用する方法(用途)が非公知又は非公然実施であり,③その性質(属性)を利用する方法(用途)が,産業上利用することができ,技術思想の創作としての高度なものと評価されるような場合には,単に同法2条3項2号の「方法の発明」として特許が成立し得るのみならず,同項1号の「物の発明」としても,特許が成立する余地がある点において,異論はない(特許法29条1項,2項,2条1項)。もっとも,物に関する「方法の発明」の実施は,当該方法の使用にのみ限られるのに対して,「物の発明」の実施は,その物の生産,使用,譲渡等,輸出若しくは輸入,譲渡の申出行為に及ぶ点において,広範かつ強力といえる点で相違する。このような点にかんがみるならば,物の性質の発見,実証,機序の解明等に基づく新たな利用方法に基づいて,「物の発明」としての用途発明を肯定すべきか否かを判断するに当たっては,個々の発明ごとに,発明者が公開した方法(用途)の新規とされる内容,意義及び有用性,発明として保護した場合の第三者に与える影響,公益との調和等を個々的具体的に検討して,物に係る方法(用途)の発見等が,技術思想の創作として高度のものと評価されるか否かの観点から判断することが不可欠となる。
以上に照らして,本件特許発明の新規性の有無について検討する。
(2) 前記1のとおり,本件補正明細書には,以下の記載がある。すなわち,①「背景技術」として,スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種(ラジカル)が生体内で生体制御に関与していると言われていること,活性酸素が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が挙げられ,ヒトの病気の90%には何らかのかたちで過剰状態の活性酸素が関与していると言われていること,②本件特許発明の「解決課題」として,生体内で生成する活性酸素のうちO2-(スーパーオキサイドアニオン)等を効率よく消失させ,生体内におけるこれらの活性酸素の過剰状態を解消するための手段を提供することを目的としていること,③本件特許発明の「課題解決手段」として,白金微粉末等の微粉末は,生体内においてスーパーオキサイドアニオンを分解できること,④実施例及び実験結果を示した上,白金微粉末等の微粉末それ自体を,医薬又は化粧料として使用できるほか,健康食品の製造や医薬又は化粧料などの製造に使用することもできるとしていること,⑤本件特許発明の「産業上の利用可能性」として,本件発明のスーパーオキサイドアニオン分解剤を,生体に投与することにより,生体内の過剰なスーパーオキサイドアニオンを分解することができること等が記載されている。
他方,甲1には,前記のとおり,構成AないしCを充足する白金微粉末として,(a)コロイド中の白金粒子が,単一粒子かつ10nm以下で,その単一粒子が鎖状になった凝集粒子が150nmオーダー以下で分散している白金コロイド溶液であって,たとえば,金属塩還元法(特に,特願平11-259356号に記載の方法)により製造されるもの等があること,白金微粉末を体内に取りいれる方法が示されていること,白金微粉末の上記方法は,各種病気の症状改善に効果があること等が記載,開示されている。
(3) 本件特許発明の構成AないしC記載の白金の微粉末は,甲1の白金微粉末を含んでいるから,公知の物質であるといえる(この点,当事者間に争いはない。なお,本件特許発明記載の白金の微粉末は,甲1を示すまでもなく,物質として公知である。)。
そして,本件補正明細書の記載によれば,①スーパーオキサイドアニオン等の活性酸素種が関与する疾病として,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎,アルツハイマー,網膜色素変性症等が存在すること,②構成AないしCに該当する白金微粉末には,スーパーオキサイドアニオンを分解できる属性を有することが確認されたことが記載されている。また,特許請求の範囲の記載によれば,本件特許発明は,構成AないしCに該当する白金微粉末を,「医薬品」「健康食品」又は「化粧品」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されたのではなく,「スーパーオキサイドアニオン分解剤」の用途に使用するための「物の発明」として特許請求されている。
他方,甲1には,構成AないしCに該当する白金微粉末は,ガン,糖尿病,アトピー性皮膚炎などの予防又は治療に有効であると期待されていること,そのような効果を期待して,水溶液として,体内に投与する方法が示されていることが記載され,同記載によれば,そのような使用方法は,公知であることが認められる。そうすると,甲1には,白金微粉末がスーパーオキサイドアニオンを分解する作用が明示的形式的に記載されていないものの,従来技術(甲1)の下においても,白金微粉末を上記のような方法で用いれば,スーパーオキサイドアニオンが分解されることは明らかであり,白金微粉末によりスーパーオキサイドアニオンが分解されるという属性に基づく方法が利用されたものと合理的に理解される(甲24参照)。
以上によれば,本件特許発明における白金微粉末を「スーパーオキサイドアニオン分解剤」としての用途に用いるという技術は,甲1において記載,開示されていた,白金微粉末を用いた方法(用途)と実質的に何ら相違はなく,新規な方法(用途)とはいえないのであって,せいぜい,白金微粉末に備わった上記の性質を,構成Dとして付加したにすぎないといえる。すなわち,構成Dは,白金微粉末の使用方法として,従来技術において行われていた方法(用途)とは相違する新規の高度な創作的な方法(用途)の提示とはいえない。
これに対し,被告は,本件発明は,白金微粉末における,新たに発見した属性に基づいて,同微粉末を「剤」として用いるものである以上,新規性を有すると主張する。しかし,確かに,一般論としては,既知の物質であったとしても,その属性を発見し,新たな方法(用途)を示すことにより物の発明が成立する余地がある点は否定されないが,本件においては,新規の方法(用途)として主張する技術構成は,従来技術と同一又は重複する方法(用途)にすぎないから,被告の上記主張は,採用の限りでない。本願審査の段階において,還元水としての用途については,削除されたものと認められる(甲21参照)が,そのような限定が付加されたとしても,従来技術を含む以上,本件特許発明の新規性が肯定されるものとはいえない。
3 結論
以上のとおりであり,本件特許発明は,甲1の記載と実質的には同一のものであり,新規性を欠くことになるから,これと異なる認定,判断をした審決には誤りがある。原告の取消事由に係る主張には理由がある。その他,被告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 知野明)