裁判年月日 平成14年 2月22日
事件番号 平13(行ヒ)142号(最高裁)
事件名 審決取消請求事件
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
上記当事者間の東京高等裁判所平成12年(行ケ)第476号審決取消請求事件について、同裁判所が平成13年2月26日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は、次のとおり判決する。
主 文
原判決を破棄し,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人松村信夫、同和田宏徳、同塩田千恵子、同岩井泉、同清末康子の上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
株式会社レバンテ(以下「訴外会社」という。)は、平成4年12月17日、「ETNIES」の欧文字を横書きした商標につき、指定商品を商標法施行令別表第25類洋服等として商標登録出願をし、同商標は、平成8年1月31日、設定登録された(登録第3116038号。以下「本件登録商標」という。)。本件登録商標に係る商標権は、訴外会社から上告人に対し一部移転され、平成11年1月21日、その旨の登録がされ、以後、上告人と訴外会社は、上記商標権を共有している。
被上告人は、平成11年8月20日、上告人及び訴外会社を被請求人として、本件登録商標に係る商標登録を無効にすることについて、審判請求をした。
特許庁は、平成12年10月26日、上記審判事件につき、商標法4条1項19号該当を理由として、本件登録商標に係る商標登録を無効にすべき旨の審決をした。
2 本件訴えは、上告人が単独で上記審決の取消しを請求するものであるところ、原審は、次のとおり判断して、本件訴えを却下した。
共有に係る商標権につき、商標登録を無効にすべき旨の審決(以下「無効審決」という。)の取消しを求める訴えは、共有者の有する1個の権利の存否を決めるものとして、合一に確定する必要があり、固有必要的共同訴訟である。商標法は、商標登録を受ける権利又は商標権の共有者中に権利の取得又は存続の意欲を失った者がいる場合には、1個の商標権全体について、その取得又は存続ができなくともやむを得ないとしているから(商標法56条1項の準用する特許法132条3項等)、無効審決に対する取消訴訟の場合に同様の扱いをすることが不合理とはいえない。
訴外会社に対しても、上告人に対するのと同時期に審決の謄本の送達がされたものと推認されるところ、訴外会社が訴えを提起しておらず、出訴期間を経過したから、上告人のみの提起に係る本件訴えは、不適法である。
3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 商標登録出願により生じた権利が共有に係る場合において、同権利について審判を請求するときは、共有者の全員が共同してしなければならないとされているが(商標法56条1項の準用する特許法132条3項)、これは、共有者が有することとなる1個の商標権を取得するについては共有者全員の意思の合致を要求したものである。これに対し、いったん商標権の設定登録がされた後は、商標権の共有者は、持分の譲渡や専用使用権の設定等の処分については他の共有者の同意を必要とするものの、他の共有者の同意を得ないで登録商標を使用することができる(商標法35条の準用する特許法73条)。
ところで、いったん登録された商標権について商標登録の無効審決がされた場合に、これに対する取消訴訟を提起することなく出訴期間を経過したときは、商標権が初めから存在しなかったこととなり、登録商標を排他的に使用する権利が遡及的に消滅するものとされている(商標法46条の2)。したがって、上記取消訴訟の提起は、商標権の消滅を防ぐ保存行為に当たるから、商標権の共有者の1人が単独でもすることができるものと解される。そして、商標権の共有者の1人が単独で上記取消訴訟を提起することができるとしても、訴え提起をしなかった共有者の権利を害することはない。
(2) 無効審判は、商標権の消滅後においても請求することができるとされており(商標法46条2項)、商標権の設定登録から長期間経過した後に他の共有者が所在不明等の事態に陥る場合や、また、共有に係る商標権に対する共有者それぞれの利益や関心の状況が異なることからすれば、訴訟提起について他の共有者の協力が得られない場合なども考えられるところ、このような場合に、共有に係る商標登録の無効審決に対する取消訴訟が固有必要的共同訴訟であると解して、共有者の1人が単独で提起した訴えは不適法であるとすると、出訴期間の満了と同時に無効審決が確定し、商標権が初めから存在しなかったこととなり、不当な結果となり兼ねない。
(3) 商標権の共有者の1人が単独で無効審決の取消訴訟を提起することができると解しても、その訴訟で請求認容の判決が確定した場合には、その取消しの効力は他の共有者にも及び(行政事件訴訟法32条1項)、再度、特許庁で共有者全員との関係で審判手続が行われることになる(商標法63条2項の準用する特許法181条2項)。他方、その訴訟で請求棄却の判決が確定した場合には、他の共有者の出訴期間の満了により、無効審決が確定し、権利は初めから存在しなかったものとみなされることになる(商標法46条の2)。いずれの場合にも、合一確定の要請に反する事態は生じない。さらに、各共有者が共同して又は各別に取消訴訟を提起した場合には、これらの訴訟は、類似必要的共同訴訟に当たると解すべきであるから、併合の上審理判断されることになり、合一確定の要請は充たされる。
(4) 以上説示したところによれば、商標権の共有者の1人は、共有に係る商標登録の無効審決がされたときは、単独で無効審決の取消訴訟を提起することができると解するのが相当である。
4 そうすると、本件訴えを不適法とした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。なお、最高裁昭和35年(オ)第684号同36年8月31日第一小法廷判決・民集15巻7号2040頁、最高裁昭和52年(行ツ)第28号同55年1月18日第二小法廷判決・裁判集民事129号43頁及び最高裁平成6年(行ツ)第83号同7年3月7日第三小法廷判決・民集49巻3号944頁は、本件と事案を異にし適切でない。したがって、原判決を破棄し、本案について審理させるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 亀山継夫 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷玄)
当事者目録
上告人 株式会社コマリョー
同代表者代表取締役 河瀬徹
同訴訟代理人弁護士 松村信夫
和田宏徳
塩田千恵子
岩井泉
同弁理士 清末康子
被上告人 ピエール・アンドレ セニゼルゲ
同訴訟代理人弁護士 勝田裕子
同弁理士 鈴江武彦
小出俊實
平成13年(行ヒ)第142号
御庁平成13年(行ノ)第40号商標権無効審決取消請求上告事件
上告受理申立理由書
上告受理申立人 株式会社コマリョー
相手方 ピエール・アンドレ・セニゼルゲ
上記当事者間の頭書事件につき、上告受理申立の理由は以下のとおりである。
平成13年5月1日
上告受理申立人代理人
弁護士 松村信夫
同 和田宏徳
同 塩田千恵子
同 岩井泉
弁理士 清末康子
最高裁判所御中
第1.原判決の要旨
原判決は「共有に係る商標権について商標権者に対し商標登録の無効の審判を請求するときには、共有者全員を被請求人として請求しなければならない。(商標法56号1項において準用する特許法132条2項)が、そのような審決請求に対し、当該商標の登録を無効とする審決がされた場合に、その審決の取消しを求める訴えは、共有者が全員で提起することを要する固有必要的共同訴訟と解すべきである。」との理由で原告の本件訴えを却下した。
第2.上告受理申立理由
原判決は、法令の解釈に関する重要な事項に関して誤った判断を行っている。
1.法令の解釈に関する重要な事項であること
原判決は、商標登録を無効とする審決に対する審決取消訴訟に関して、これを必要的共同訴訟であるとする判断を示している。
従来、特許権及び実用新案権に関する拒絶査定不服審判の審決に対する審決取消訴訟については、必要的共同訴訟である旨を判示した最高裁判決(最判昭和55年1月18日 判時956号50頁及び最判平成1年3月7日判時1527号145頁)が存在した。
しかし、上記は拒絶査定不服審判に関する判断であって、無効審判の審決に対するものではない。したがって、拒絶査定不服審判で示された上記最高裁判決の判断が無効審決に対する審決取消訴訟にも妥当するか否かについては、最高裁判所の判断が示されてはいないのであり、この点に関する上記原判決は「法令の解釈に関する重要事項」を含んでいるといえる。
2.原判決の法令解釈の誤り
(1)特許法132条2項は、特許権者が共有にかかる特許権について審判を請求するときは共有者全員を被請求人としなければならず、特許権又は特許を受ける権利の共有者がその共有に係る権利について審判を請求するときは、共有者全員が共同していなければならないと定めており、(特許132号2項、3項)この規定は商標権の無効審判にも準用されている。(商標法56条)
しかし、上記規定はいずれも審判に関する規定であって、審決取消訴訟に関して、法は明確な定めを置いていない以上、審決取消訴訟についてこれを固有必要的共同訴訟とすべきか否かは、特許権(商標権)共有の趣旨や、共同訴訟によって一回的解決を行う必要性、原告たる特許権(商標権)の共有者及び被告たる審判請求人間の利害の調節などの諸事情を考慮して決する必要性がある(新堂幸司「新民事訴訟法」662頁)
(2) 特許権(あるいは商標権)の共有にあっては、共有者相互間において、組合に類似するような強い人間関係は存在せず、各共有者は他の共有者の制約を受けることなく特許発明を実施することができるなど、その関係は民法の共有関係と異ならない。(東京高判平成6年1月27日 判時1502号137頁)
もっとも、特許権(商標権)の共有者は他の共有者の同意を得なければその持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定できないと定めている。(特許法73条1項 商標法35条)
しかし、この規定は他方で、特許権の共有者は、当該発明の全体にわたり他の共有者の制約を受けることなく単独で実施することができるため(特許法73条2項)、他の共有者の予期しないような第三者が共有関係に入ると、他の共有者に経済的な影響を及ぼすおそれがあるため、政策的に持分権の自由な譲渡や担保権の設定を禁止したものであり、その関係は持分権禁止特約のある共有と類似している。(中山信弘「注解特許法」(第3版)(上)802頁)
すなわち、特許法73条1項の存在は、特許権の共有を民法上の共有と解することの妨げにならない。
したがって、特許権等の共有関係についてはその性格に反しない限り、共有の規定が適用されるべきである。
ところで民法上、共有者は単独でその共有物に対する妨害の排除を請求することができ、共有者の一部の者が第三者に対して共有物の全部の引渡し、又は明渡しを求め(最判昭和42年8月25日 民集21巻7号1740頁)所有権移転登記の全部の抹消請求をなしうると解している。(最判昭和33年7月22日)
商標登録無効審決は、共有に係る商標権の効力を失わしめる効果を生じるという意味において、共有財産たる商標権の効力を害する妨害行為に該当するのであるから、共有者の1人は民法252条の共有財産の保存行為として単独で審決取消訴訟を提起することができると解するのが相当である。
(3) 原判決は「共有に係る商標権につき商標登録を無効とした審決の取消を求める訴訟において、その審決を取消すか否かは、間接的にではあれ、共有者全員の有する一個の権利の存否を決めるものとして、共有者全員につき合一的に確定する必要性があるものというべきである。この点は仮に商標権の共有の法的性質が民法上の通常の共有と解されるものではなく、したがって、共有者のうちの一部の者のみが保存行為として上記審決の取り消しの訴えを適法に提起できるものではない。」と判示している。
しかし、審決取消訴訟は商標権の付与の可否を直接的に決する手続ではなく、審決の適否の判断を通して権利付与の可否の判断の適否を間接的に統制する制度であることからすると、その結果が当事者間で合一的に確定しなければならない必要性は審決ほど高くなく、これを固有必要的共同訴訟であると解されなければならない必然性はない。(東京審判平成6年1月27日 判時1502号137頁)
けだし仮に、無効審決取消訴訟において請求が棄却され、これが確定した場合には、特許の無効とする審決が確定し、反対に請求が認容された場合には審決が確定しないため、特許権の効力が維持される結果となるのであり、当事者間における商標権の存否に関する法律関係の合一的確定の利益が害されることはない。また、審決取消訴訟の結果によって原告とならなかった他の共有者が格別不利益を受けることもない。
これに比して、すでに登録された商標の商標権に対する無効審決に関しては、登録後、登録商標を使用して業務を行ってきた者に対しても、登録商標の専用権及び禁止権を遡及的に失わしめる効果を生ずるのであり、商標を専用してきた共有者の利害に重大な影響を及ぼすだけでなく、右登録商標の出所表示機能・品質保障機能を信頼して取引を行った需要者等に対しても影響を及ぼすことになる。
しかし、商標権の共有者間においても、現にこれを自己の商品又は役務に業として使用する者と、そうでない者とでは、上記のような自己及び取引相手たる需要者に対する影響の有無に大きな相違があることは明らかであり、現に商標を使用していない共有者に対してもこれを使用している共有者とともに審決取消訴訟の当事者として提訴を期待することは困難であるといわなければならない。
すなわち、商標の無効審決に対する審決取消訴訟につき、これを固有必要的共同訴訟とすると、自ら当該商標を使用しており、右審決の結果により重大な不利益を受ける共有者も、当該商標を使用しておらず審決の結果について利害関係を有しない他の共有者と共同でなければ審決取消訴訟を提訴することができないという不都合を生じることになる。
(4) なお原判決は、商標登録を受ける権利の共有者が、その共有に係る権利について審判を請求する場合には共有者全員が共同して請求しなければならないこと(商標法56条1項において準用する特許法132条3項)共有に係る商標権の登録後においても、重複商標登録にかかわる存続期間の更新登録に対してされた拒絶査定に対する不服審判の請求についても共有者全員が共同して請求しなければならないこと、そして平成8年改正(平成8年法第68号)以前は登録商標一般(存続期間の更新登録等)について同一の取扱であったことから、「商標法は商標登録を受ける権利又は商標権の共有者中に権利の取得又は存続の意欲を失った者がいる場合には、一個の商標権全体について、その取得又は存続ができなくともやむを得ないとしていることがうかがえるものであるから、商標登録を無効とした審決の取り消しの訴えの提起の場合に同様の扱いをすることが格別不合理であるとすることはできない」と判示している。
しかし、拒絶査定に対する不服審判については前述したように権利の取得に関する処分に対する不服申立であり、しかも不服審判は権利付与の可否を直接的に決する手続であるから合一的確定の必要性が高いのに対して、無効とする審決の取消し訴訟は審決の適否の判断を通して権利付与の可否の判断を間接的に統制する制度であるから、これを同列に比較することは妥当でない。
また、重複登録の更新登録拒絶査定に対する不服審判については、平成3年の役務商標の一方につき更新を認めるか否かを決するものであり、無効審決が確定した場合には登録商標の専用権及び禁止権を遡及的に失わしめる効果が生ずるのに対して、更新登録拒絶査定に対する不服審判の審決は仮に請求人の請求が認められなくとも更新登録拒絶査定が確定するだけで更新登録拒絶査定前の登録商標の商標権の効力を遡及的に失わしめるものではないから、商標権の共有者の利害に重大な影響を与えるものではない。
よって、重複登録された共有に係る商標権の更新登録の拒絶査定についての不服審判申立について共有者全員の請求が必要であるとしても無効審決に対する審決取消訴訟も同様に解すべき理由ではない。
してみると「商標法は、商標登録を受ける権利又は商標権の共有者中に権利の取得又は存続の意欲を失った者がいる場合には、一個の商標権全体についてその取得又は存続ができなくともやむを得ないとしていることがうかがえる。」との原判決の判示そのものが根拠のない推論であることは明らかである。
以上