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裁判年月日 昭和44年 3月25日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決

事件番号 昭40(行ケ)24号

事件名 特許無効審判の審決取消請求事件

 

原告 株式会社写真植字機研究所

 被告 株式会社モリサワ写真植字機製作所

 

 

 

 

   主  文

 

 原告の請求は、棄却する。

 訴訟費用は、原告の負担とする。

 

 

 

 

   事  実

 

第一 当事者の求めた裁判

 原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四十年二月二十二日、同庁昭和三六年審判第三四九号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二 請求の原因

 原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

 一 特許庁における手続の経緯

 原告は、昭和三十六年六月二十八日、被告を被請求人として、その権利に属する特許第二三六、五六二号「写真植字機における表示装置」につき特許無効の審判を請求したが(昭和三六年審判第三四九号事件)、昭和四十年二月二十二日、「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年三月十七日原告に送達された。

 二 本件特許発明の要旨

 感光材料捲着胴を収容せる暗匣体上に表示胴を回転可能に架設し、これを捲着胴の回転に関連して回転させるとともに、表示胴に表示するところの表示子を固定させる表示胴を回転させると同時に横方向に移動させるか、あるいは、表示胴は回転のみで固定させ表示子を横方向に移動させ、文字の縦送り及び横送りを表示胴に表示するようにした写真植字機における表示装置。

 三 本件審決理由の要点

 本件審決は、本件特許発明の要旨を前項掲記のとおり認定したうえ、請求人(原告)が提出した本件特許出願前国内に頒布された特許第七二、二八六号明細書(以下「第一引用例」という)及び大正十四年十一月五日発行の雑誌「発明」第十八頁(以下第二引用例」という)には「レンズ面の後方に表示胴を回転可能に架設し、これを感光材料捲着胴の回転と同様に回転させるとともに、シヤツター把手に連動して字送りを表示胴に表示する表示子を有する写真植字機」が記載されているが、これら引用例記載の写真植字機においては、本件特許発明の構成上の重要部分である「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設した」構造を欠き、しかも、本件特許発明はこの構造により始めて「暗匣体の正面には支障物がないので暗匣体内の捲着胴の装脱に至極便利である」という効果を奏するものであるから、本件特許発明が前記引用例記載のものから容易に着想実施しうるものと認めることはできない、と説示している。

 四 本件審決を取り消すべき事由

 本件特許発明の要旨及び各引用例の記載内容、したがつて、各引用例記載の写真植字機には、本件特許発明の要旨である「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設した構造」を欠くことは、いずれも審決認定のとおりであるが、本件特許発明は第一引用例の記載から当業者の容易になしうべき設計変更にすぎないのであるから、本件特許発明をもつて各引用例記載のものから当業者の容易に着想実施しうるものとはいえないとした本件審決の認定は誤りであり、その点において違法として取り消されるべきものである。すなわち、もともと必要がある場合に暗匣体正面に支障物のないようにすることは単純な設計上の問題であるばかりでなく、第一引用例に示された写真植字機における表示装置は、表示胴を暗匣体の下方、かつ、やや後方に回転可能に架設したものであり、暗匣体の正面に支障物がないことは、本件特許発明と同様である。本件特許発明の典型的な実施例においては、表示子を設けた縦杆が暗匣体の正面に存在し、暗匣体の正面に支障物がないとはいえないのであるが、第一引用例記載のものには、このような支障物も存在しない。したがつて、本件特許発明は、「暗匣体の正面には支障物がないので暗匣体内の捲着胴の装脱に至極便利である」点においても第一引用例記載のものと何の相違もなく、「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設した」構造は、右第一引用例から容易になしうる設計変更にすぎない。なお、被告は、第一引用例記載の表示装置が縦打ち専用機に設けられたものであることを奇貨とし、本件特許発明の表示装置は、縦打ち、横打ち兼用機に関するものであり、両者は全く相違すると主張するが、表示装置は、文字の横送り及び縦送りをシヤツターの開閉に連動して行う機構を具備しておれば十分であり、縦送りないし横送りがシヤツター開閉と連動する機構の有無によつて、何ら特別の機構上の差を設ける必要はなく、縦打ち機に用いうる表示装置は、同時に横打ち、縦打ち兼用機に用いうるものである。

第三 被告の答弁

 被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

 原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨、及び各引用例の記載内容がいずれも原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。本件審決は正当であり、原告主張のような違法の点はない。原告の引用する第一引用例の植字機は、いわゆる縦打ち専用機で、本件特許発明のもののような縦横兼用機ではない。縦打ち専用機の場合は、表示子は、単に文字の上下間の間隔を視認、調整する役割を果せば足るから、第一引用例のように、それがレンズ筒の背後にあつても、機能上さしたる障害は生じないが、文字の横打ちの場合には、横送りの間隔の表示が、表示子の最も重要な役割となるので、表示胴をレンズ筒の背後に設けることは、その目的に反する。したがつて、表示胴及び表示子はレンズ筒の前面に設けることが必要であるが、その場合、レンズ筒の移動調整、文字の選定、シヤツター把手の操作等に全く障害のない箇所に設けられなければならない。本件特許発明において、「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設する」構造をとつたのは、そのためであり、これにより、「暗匣体の正面に支障物がない」という効果を挙げることができたのである。それは、決して、原告のいうような単純な設計上の問題ではない。写真植字機において、表示子を固定して暗匣体を横方向に移動させるためには、必然的に、表示胴も横方向に移動せねばならず、かつ、それは常にフイルム捲着胴と同一回転を保たなければならないし、また、暗匣体及び表示胴を固定して表示子を横方向に移動させようとすれば、多数のレンズ群、シヤツター機構及び光源装置機構をすべて移動させねばならず、しかも、そのいずれの場合にも、作業者の文字盤及びレンズの選択その他の作業の障害となつてはならないのである。このように、暗匣体と同一の回転をさせながら、かつ、横送り位置を完全に表示するように表示胴の位置を選択決定するは、写真植字機の製作技術において、決して簡単、容易なことではなく、他の光学的、機械的諸機構との関連において多くの技術的困難を解決しなければならない問題であり、これを単なる設計上の問題として片づけるわけにはいかないのである。

第四 証拠関係〈省略〉

 

 

 

 

   理  由

 

 (争いのない事実)

 一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨、各引用例の記載内容及び本件審決の理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

 (審決を取り消すべき事由の有無について)

 二 原告は、本件審決を取り消すべき事由として、本件特許発明は第一引用例の記載から当業者の容易になしうる設計変更にすぎないにかかわらず、本件審決はこれを誤認した違法がある旨主張するが、本件審決に原告主張のような取消事由のあることは、これを肯認しがたい。すなわち、

 前掲当事者間に争いのない本件特許発明の要旨と各引用例の記載内容とを、成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)、同第三号証(第一引用例の特許明細書)及び同第四号証の一、二(第二引用例である雑誌「発明」)を参酌して、比較すると、各引用例記載の写真植字機の表示装置においては、本件審決の認定するように、本件特許発明の要旨の一である「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設」する構造を欠くこと(この構造が本件特許発明の構成部分を成すことは、それが審決がいうように「重要な部分」であるかどうかを別とすれば、原告も明らかに争わないところである。もつとも、この構造が本件特許発明の要旨構成上の部分、すなわち、本件特許発明の構成に欠くことのできない部分である以上、それが重要なものであるかどうかということは、発明の内容の比較において、ほとんど意味のないことである。けだし、それが重要でないとしても、それを欠けば発明を構成しえないからである。)、換言すれば、本件特許発明は、その構成要件において、少くとも、「暗匣体上に表示胴を回転可能に架設した」点において引用例記載のものと相違し、かつ、この構造に伴い「暗匣体の正面に支障物がないので、暗匣体内の捲着胴の装脱に至極便利である」という効果を挙げうるものであることを認めうべく、これを左右するに足る証拠はない。しかして、本件特許発明において、前記のような引用例記載のものにない構造をとることにより前記のようなある特定の効果が期待される以上(何らの効果がないというのなら別であるが)、前記の構造上の差異を有する本件特許発明をもつて、第一引用例のものの単なる設計変更ないしは当業者の容易に着想実施しうるものとすることは妥当ではない。もち論、原告の主張するように、必要がある場合に暗匣体の正面に支障物がないようにすることは、写真植字機の製作においては単純な設計上の問題であるといえるかもしれないが、問題は、その目的のために具体的に如何なる構造を採用したか、そして、それが、具体的にフイルム捲着胴の装脱に至便であるという効果をもたらしえたかであり、この構造と効果とが機能的に結合された以上、これをもつて単純な設計上の問題とみることは妥当ではない。あるいは、写真植字機における前記のような構造は、今日の写真植字機の製作技術においては、さまで高い技術的意味を有しないとしても、本件特許発明が横打ちをも可能にする兼用機であり、この種写真植字機において前記のような構造を採用するためには他の光学的あるいは機械的な諸機構との調整結合の点において解決しなければならない種々の要素の存在することは前掲甲第二号証により認めうべきその全体の構造から容易に窺いうるところであるから(このことは、被告代表者森沢信夫の尋問の結果に徴しても明白である)、少くとも本件特許出願の当時において、前記のような構造を採用したことの技術的意義を否定し去ることは当を得たものということはできない。

 (むすび)

 三 以上詳説したとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

 (裁判官 三宅正雄 影山勇 石澤健)

 

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