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裁判年月日 平成 5年12月21日 

事件番号 平成4年(行ケ)第116号

 

主文

原告の請求を棄却する。

  訴訟費用は原告の負担とする。

  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実及び理由

第一 原告の請求

 一 特許庁が昭和62年審判第16893号事件について平成3年12月26日にした審決を取り消す。

 二 訴訟費用は被告の負担とする。

第二 事案の概要

  本件は、拒絶査定を受け、不服審判請求をして審判請求が成り立たないとの審決を受けた原告が、審決は、引用例記載の発明及び本願発明の技術内容を誤認した結果一致点の認定を誤り、また、本願発明の顕著な作用効果を看過した結果相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきであるとして、審決の取消を請求した事件である。

 一 判決の基礎となる事実

  (特に証拠(本判決中に引用する書証の成立は当事者間に争いがない。)を掲げない事実は当事者間に争いがない。)

  1 特許庁における手続の経緯

  原告は、昭和59年12月15日、名称を「銅合金の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1984年6月22日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和59年特許願第263793号)したところ、昭和62年5月1日拒絶査定を受けたので、同年9月22日査定不服の審判を請求し、昭和62年審判第16893号事件として審理された結果、平成3年12月26日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成4年2月17日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。

  2 本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項)

  加工された中間体で0.05%から0.5%のベリリウム及び0.05%から0.5%のコバルトを含有し、残部実質的に銅からなる合金を準備し、析出硬化に寄与する合金成分の再結晶化及び固溶体化を生じさせるために十分な時間前記合金を1450°F(790℃)ないし1850°F(1000℃)で溶体化処理して、該溶体化処理された合金を室温まで急速に急冷し、面積において少なくとも70%の縮減に前記溶体化処理された合金を最終冷間加工し、析出を生じさせるため1時間から8時間以下の時間温度600°F(315℃)ないし1000°F(540℃)の範囲で前記冷間加工された合金を時効して銅ベリリウム合金を製造するようにしたことを特徴とする銅合金の製造方法

  3 審決の理由の要点

  (1) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

  (2) 当審において、平成3年7月12日付で通知した拒絶の理由の概要は、次のとおりである。

  すなわち、本願発明は、その出願前日本国内に頒布されたことが明らかな「伸銅技術研究会誌」8巻1号(第8回講演集)(1969年発行)124頁ないし131頁「低ベリリウム銅合金のばね特性」の項(以下「引用例」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

  (3) そして、引用例には、「Be;0.135%、Co;0.45%及びCu;残部、Be;0.187%、Co;0.78%及びCu;残部からなるCu-BeCo合金の組成」(125頁第1表参照。)、「同合金を900℃から焼入れた後80%までの冷間圧延をほどこし330~600℃の温度で2時間時効処理すること」(128頁右欄「(2)加工材の引張特性」及びFig.9の説明文参照)及び「導電性ばねとしての良好な特性の一例は、Table.3に示すように、Cu-BeCo系では、ばね限界値80~90kg/mm2、導電率42~48%IACS(中略)の値をしめす。」(131頁左欄6行ないし10行参照。)旨記載されている。

  (4) そこで、本願発明(前者)と引用例記載の発明(後者)とを対比すると、両者は、加工された中間体で0.05%から0.5%(後者の「0.135%」がこれに相当。)のベリリウム及び0.05から0.5%(後者の「0.45%」がこれに相当。)のコバルトを含有し、残部実質的に銅からなる合金を準備し、析出硬化に寄与する合金成分の再結晶化及び固溶体化を生じさせるために十分な時間前記合金を1450°F(790℃)ないし1850°F(1000℃)(後者の「900℃」がこれに相当。)で溶体化処理して、該溶体化処理された合金を室温まで急速に急冷(後者の「900℃からの焼入れ」がこれに相当。)し、面積において少なくとも70%の縮減に前記溶体化処理された合金を最終冷間加工(後者の「80%までの冷間圧延」がこれに相当。)し、析出を生じさせるため1時間から8時間以下の時間(後者の「2時間」がこれに相当。)温度600°F(315℃)ないし1000°F(540℃)の範囲(後者の「330~600℃」がこれに相当。)で前記冷間加工された合金を時効して銅ベリリウム合金を製造するようにしたことを特徴とする銅合金の製造方法である点で一致しており、前者が、合金組成及び熱処理条件を範囲限定している点でのみ相違している。

  なお、この種銅合金においては、「焼入れ」は溶体化処理した合金を室温まで急速に冷却することを意味するものであるので、上述のように対比を行なった。

  (5) そこで、上記相違点について検討すると、本願発明と引用例記載の発明とは、合金組成及び熱処理条件でも重複している以上、それらの合金組成及び熱処理条件の許容範囲を見出すことは当業者であれば、特段の創意を要することなく、容易に想到することができたものといえる。

  しかも、応力緩和抵抗、成形性、展性、伝導率及び強度が極めて改善される、という本願発明の作用効果は、引用例記載の発明から当然予期されたものである。

  (6) 以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるので、本件出願は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

  4 本願明細書に記載された本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果

  (この項の認定は甲第2ないし第4号証による。)

  (1) 本願発明は、加工された銅合金の冶金製造方法、特に相互に関係した少量のベリリウム及びコバルトを含む銅合金の製造方法に関し、応力緩和抵抗、成形性、伝導率、及び強度が改良された有益な材料を製造するための製造方法に関する(昭和62年10月22日付手続補正書添附の明細書(以下「補正明細書」という。)3頁3行ないし7行)。

  銅・ベリリウム合金は高強度、成形性、応力緩和抵抗及び伝導率を要求する用途に約50年間工業的に利用されてきた。銅合金及び銅合金の製造方法の一般的な開発は析出硬化を利用することによって、これら合金に高い性能を提供する方向に進んでいる。合金生産者にとって全体の産業に新しい産業部門が出現し、新しい要求が課せられている。エレクトロニクスとコンピュータにおいて一様に小型化の傾向がほんの過去数年間に加速度的なペースで起こりかつまた進んでいる。スプリングタイプのコネクタ及び接点の供給において、必要とする装置の複雑さ及び熱浪費に対する要求は、応力緩和により減退することなく、温度の上昇において部品の生存と同様に急速に高まっている。加えて、購買者はますます価格を意識するようになっている(同4頁2行ないし5頁7行、平成3年11月5日付手続補正書2頁4行ないし5行)。先行技術における銅・ベリリウム合金の加工された形状を製造するためのプロセス(方法)では一般的に溶融した合金を用意し、インゴットを鋳造し、合金の加工可能性を維持するため、選択的な中間焼鈍を伴って熱あるいは冷間加工により加工された形状にインゴットを変換する段階、合金の再結晶及び銅マトリックス中のベリリウムの固溶体をもたらすために十分な温度に熱することによって加工された形状に溶体化処理する段階、そして、過飽和させられた固溶体中にベリリウムを保持するために合金を急冷する段階、次の時効硬化強度を高めるため予め定められた量溶体化処理された加工形状を選択的に冷間加工する段階、そして、強度及び展性の理想的な結合を達成するため溶体化処理温度未満の温度において、選択的に冷間加工させられた加工形状を時効硬化する段階を含む(補正明細書6頁2行ないし7頁3行)。先行技術の銅・ベリリウム合金の場合、種々の部品製造用金属の成形作用に伴う以外では、溶体化処理と時効硬化の間で適用される最終冷間加工は一般的に約50%の縮減未満のレベルに限定される(同7頁18行ないし8頁2行)。本願発明は、高い成形性と展性、高い伝導率と有効な強度を伴う工業的に最も強い銅・ベリリウム合金の応力緩和抵抗に限りなく近い応力緩和抵抗を有する時効硬化可能な銅・ベリリウム合金を生産する方法を提供すること(同12頁3行ないし7行)を技術的課題(目的)とするものである。

  (2) 本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項)記載の構成(平成3年11月5日付手続補正書4枚目3行ないし16行)を採用した。

  (3) 本願発明は、前記構成により、少量のベリリウム及びコバルトを含有する銅合金において、溶体化処理、少なくとも約50%、あるいは少なくとも約70%又は90%かそれ以上の冷間加工、及び時効硬化を行うことによって応力緩和抵抗、成形性、展性、伝導率、及び強度が極めて改善される(補正明細書26頁18行ないし27頁4行)という作用効果を奏するものである。

  5 引用例に記載された本件に関する事項の概要

  (この項の認定は争いがない事実と甲第5号証による。)

  (1) まえがき

  「最近、電機通信機器の高性能化、小型化、あるいは組立工程の合理化を押し進めるにあたり、これらの機器にもちいられるばね材料も個々の特性を十分利用して使用される傾向にあり、既成の材料についても再検討が行われている。(中略)低ベリリウム銅合金が高い導電率と耐力をあわせもつことに注目して、Cu-BeCoおよびCu-BeNiの二つの低ベリリウム銅をとりあげ、組成、熱処理、加工率などの処理条件が時効後の特性におよぼす影響をしらべ、この二つの低ベリリウム銅の高伝導ばね材料としてのそれぞれの特長をあきらかにし比較検討した。」(124頁左下欄2行ないし125頁左欄7行)

  (2) 実験試料及び方法

  「実験試料としては、BeCoあるいはBeNiとして0.5~5%の組成を大気中にて溶製し、加工、熱処理をして0.5mm厚さの板の試料を作成した。この試料の化学分析の結果を〔別紙〕Table1および〔別紙〕Table2にしめし、表の右には化合物としての組成比と対比した。なお比較試料として擬二元系よりBeにとんだBeCu10合金の標準組成のものについてもしらべた。」(125頁左欄8行ないし右欄1行)

  そして、別紙Table1及びTable2が掲げられているが、別紙Table1の第1欄には、Be;0.135%、Co;0.45%及びCu;残部からなる合金が「BC0.5」と表記され、第2欄には、Be;0.187%、Co;0.78%及びCu;残部からなる合金が「BC1」と表記されている。(以下、両合金をそれぞれ「BC0.5」、「BC1」と呼ぶ。同表記載の他のものについても同様の呼び方をする。)

  (3) 実験結果及び考察

  (その記載が直接争点に関係するので、争点に対する判断の項において認定する。)

  なお、別紙のFig.2(a)、Fig.2(b)、Fig.3(a)、Fig.3(b)、Fig.4(a)、Fig.4(b)、Fig.5ないしFig.16が掲記されている。

  (4) まとめの事項

  「二つの低ベリリウム合金について、組成、加工、熱処理などの諸条件がこの合金系の機械強度、導電率などにおよぼす影響を検討した結果、(中略)(2)この合金系の導電性ばねとしての良好な特性の一例は、(中略)Cu-BeCo系では、ばね限界値80~90kg/mm2、導電率42~48%IACS(中略)の値をしめす。」(130頁右欄図16下2行ないし131頁左欄10行)

  6 その他の争いがない事実

  引用例には審決認定の技術内容が記載されている(ただし、Be;0.135%、Co;0.45%及びCu;残部からなる合金、Be;0.187%、Co;0.78%及びCu;残部からなるCu-BeCo合金を900℃から焼入れた後80%までの冷間圧延をほどこし330℃ないし600℃の温度で2時間時効処理することが記載されているとの部分については争いがある。)。

  また、本願発明と引用例記載の発明との一致点(ただし、両者が加工された中間体で0.05%から0.5%のベリリウム及び0.05から0.5%のコバルトを含有し、残部実質的に銅からなる合金を準備し、析出硬化に寄与する合金成分の再結晶化及び固溶体化を生じさせるために十分な時間当該合金を溶体化処理する点で一致するとした点は、争いがある。)及び相違点は、審決認定のとおりである。

 二 争点

  原告は、審決は、引用例記載の発明及び本願発明の技術内容を誤認した結果一致点の認定を誤り、また、本願発明の顕著な作用効果を看過した結果相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである(取消事由1ないし3)と主張し、被告は審決の認定判断は正当であって、審決に原告主張の違法はないと主張している。

  本件における争点は上記の原告の主張の当否である。

  1 取消事由1(一致点の誤認1)

  審決は、引用例に、「Be;0.135%、Co;0.45%及びCu;残部、Be;0.187%、Co;0.78%及びCu;残部からなるCu-BeCo合金(中略)を900℃から焼入れた後80%までの冷間圧延をほどこし330℃ないし600℃の温度で2時間時効処理すること」が記載されているとの認定を前提として、本願発明と引用例記載の発明とは、「加工された中間体で0.05%から0.5%「後者の『0.135%』がこれに相当。)のベリリウム及び0.05%から0.5%(後者の『0.45%』がこれに相当。)のコバルトを含有し、残部実質的に銅からなる合金を準備」したうえでその後の処理をして銅ベリリウム合金を製造する方法である点で一致する、と判断している。

  しかしながら、まず、引用例の審決引用箇所にはCu-BeCo合金を80%まで冷間圧延した後、時効処理したとの記載はあるものの、引用例記載の時効処理はすべて2時間と固定されており、時効処理とBC0.5及びBC1の特性との関係は全く示されていないから、上記の前提事実の認定は誤りである。

  そして、引用例のFig.3(a)、Fig.4(a)、Fig.6、Fig.9、Fig.10及びFig.12にはCu-BeCo合金の各工程における各種の特性が図示されているが、BC0.5及びBC1については、Fig.2(a)で焼入れ後の導電率が示され、Fig.7、Fig.8で焼入れ後に時効硬化させた場合のビッカース硬度と加工硬化させた場合のビッカース硬度が示されているのみで、これら列挙された図にはBC0.5及びBC1の特性は示されていない。また、引用例128頁右欄の加工材の引張特性の欄には、冷間圧延の後、330ないし600℃の温度で時効処理したBeCo量0.5ないし5%の引張特性がFig.9に示されているとの記載があるが、実際には、同図はBC1.5ないしBeCu10の5種類の合金についてしか引張特性を示しておらず、BC0.5及びBC1についての特性は描かれていない。このことは、引用例がBC0.5及びBC1の特性がBC1.5等のようにBe及びCuを多量に含む合金に比べて特性が劣ると認識していることを示す。

  したがって、引用例は、小量のBeを含む合金の特性を改善することを記載、示唆していないから、引用例記載の発明は、上記の審決のいう「加工された中間体で0.05%から0.5%(後者の『0.135%』がこれに相当。)のベリリウム及び0.05から0.5%(後者の『0.45%』がこれに相当。)のコバルトを含有し、残部実質的に銅からなる合金を準備」して銅合金を製造する方法ではなく、この点を本願発明との一致点とした審決の認定判断は誤りである。

  2 取消事由2(一致点の誤認2)

  審決は、本願発明と引用例記載の発明とは、「析出硬化に寄与する合金成分の再結晶化及び固溶体化を生じさせるために十分な時間前記合金を1450°F(1000℃)(後者の『900℃』がこれに相当。)で溶体化処理」する点で一致する、と判断している。

  しかしながら、審決が上記でいう「合金成分」とは、本願発明では、明細書の実施例の説明の「溶体化処理は(中略)完全な再結晶をもたらさない。」(15頁9行ないし14行)との記載に照らして、合金成分の一部であると解するのが相当であるのに対し、引用例記載の発明では、審決引用の全体に照らして特に断り書がないため合金成分の全部であると解するのが相当である。

  また、ここでいう「十分な時間」とは本願発明ではどの程度の時間であるのか特許請求の範囲に数値が明記されていないが、析出硬化に寄与できる合金成分の一部の再結晶化及び固溶体化を生じさせるための時間であり、具体的には明細書の実施例の説明の「この圧延されたストリップは(中略)急冷される。」(17頁5行ないし8行)との記載及び甲第6号証表1に照らして、約15分間と解されるのに対して、引用例記載の発明では引用例125頁右欄9行ないし11行に記載されているとおり1時間である。

  したがって、本願発明と引用例記載の発明とは、合金成分の一部か全部かという点及び十分な時間とはどの程度かという点とで、相違するにもかかわらず、審決がこれらの点でも一致すると認定したことは、誤りである。

  3 取消事由3(本願発明の奏する作用効果の看過)

  審決は、応力緩和抵抗、成形性、展性、伝導率及び強度が極めて改善される、という本願発明の作用効果は、引用例記載の発明から当然予期されたものである、と認定判断している。

  しかしながら、本願発明は、Cu-BeCo合金中のベリリウムの量を0.05%から0.5%、コバルトの量を0.05%から0.5%の範囲に限るとともに、この合金に所定温度で所定時間溶体化処理を施し、圧延した後、析出硬化が生じるような温度と時間、時効処理を行うことによって「応力緩和抵抗、成形性、展性、伝導率及び強度が極めて改善されるという利点がある。」(明細書27頁2行ないし4行)という顕著に卓越した作用効果を奏するが、引用例記載の発明は、このような本願発明の作用効果を奏することができないから、審決の上記認定判断は誤りである。

第三 争点に対する判断

 一 取消事由1について

  甲第5号証によれば、引用例の取消事由1に係る審決の引用箇所である128頁右欄の「(2)加工材の引張特性」の欄(128頁Fig.9下1行ないし6行)には、「Fig.9にはCu-BeCo系の加工材について良好な機械的特性を得る時効処理条件を検討するために、900℃から焼入れたこの系の合金に80%までの冷間圧延をほどこしたのち330~600℃の温度で時効処理したBeCo量0.5~5%の引張特性をしめした。」との記載があることが認められ、引用例の当該箇所にはBeCo量0.5ないし5%の組成の合金について熱処理と加工処理とを行うことが明記され、BC0.5及びBC1もこの組成範囲に含まれるのであるから、引用例の当該箇所にはBC0.5及びBC1に溶体化処理後の冷間圧延、引き続いての時効処理という一連の処理を行うことが明確に記載されていることが明らかである。

  もっとも、原告は、この点に関して、実際には、別紙Fig.9はBC1.5ないしBeCu10の5種類の合金についてしか引張特性を示しておらず、BC0.5及びBC1についての特性は描かれていないから、引用例がBC0.5及びBC1の特性がBC1.5等のようにBe及びCuを多量に含む合金に比べて特性が劣ると認識していることを示す、と主張する。

  そこで、検討してみると、前記第二の一5の(1)及び(2)の認定のとおり、引用例には、Cu-BeCo及びCu-BeNiの二つの低ベリリウム銅を取り上げ、組成、熱処理、加工率などの処理条件が時効後の特性に及ぼす影響を調査し、この二つの低ベリリウム銅の高伝導ばね材料としてのそれぞれの特長を明らかにし比較検討したこと、実験試料として、BeCoとしては0.5ないし5%の組成のものである別紙Table1のBC0.5、BC1、BC1.5、BC2.2、BC3、BC5の六種類を用意し、比較試料としてBeに富んだBeCu10も調べたことが記載されており、引用例がBC1.5等だけでなく、BC0.5及びBC1のような少量のベリリウムを含む合金をも試験の対象として、熱処理、加工率(なお、甲第5号証からこの加工率が冷間圧延の縮減率を意味することが明らかである。)の特性に与える影響を評価したものであることは、明らかである。

  そして、甲第5号証の別紙Fig.9には確かにBC0.5及びBC1の特性曲線は図示されていない。しかし、甲第5号証を精査すると、引用例には最初にBC0.5及びBC1をも含む上記各試料について固溶限度を調べ(別紙Fig.2(a))、時効処理後の強度、硬さ等の機械的特性に及す溶体化温度の影響を調べるため、溶体化温度を700℃から1000℃まで変化させ、900℃から950℃までは温度が高いほど強度が増加する傾向(別紙Fig.4(a)、Fig.4(b))、ばね特性、硬さも温度とともに概ね増加する傾向(別紙Fig.6、Fig.7)が示されており、その結果に基づいて、溶体化温度は900℃に固定し、冷間加工の縮減率と時効処理温度とを変化させて、硬さ、引張強度と伸び率、ばね特性、導電率にどのように影響するかを調べ(別紙Fig.8ないし10、Fig.12)、時効処理条件を検討したことが記載されていることが認められる。

  以上の実験の進め方及び結果の開示をみると、実験試料としてBC0.5及びBC1がBC1.5等よりベリリウム含量の高い合金と区別されて実験されているとは判断されず、引用例記載の図の中には別紙Fig.4(a)、Fig.4(b)、Fig.6、Fig.9、Fig.10、Fig.12のようにBC0.5及びBC1を明示した特性曲線が欠けているものがあるが、原告が指摘する別紙Fig.9の直前の図である別紙Fig.8においてもBC0.5及びBC1の特性が示され、その結果として冷間加工率のビッカース硬度に対する影響はBC0.5及びBC1でもBC1.5等と格別変らない傾向を示すことが確認されている。

  これらの記載から考えると、引用例記載の実験において、別紙Table1で示されるすべての銅合金の溶体化処理条件、冷間加工条件、時効処理条件とそれらの機械的特性との関係が調べられており、引用例の執筆者は特にBC0.5及びBC1を他のものと区別してはいないと認定することができ、とうてい原告主張のようにBC0.5及びBC1の特性が劣っていると認識されているとは認められず、当業者であれば引用例記載の図及び説明の中にBC0.5及びBC1が明記されていないものは、単に記載が省略されたにすぎない旨理解すると認められる。

  したがって、確かに、別紙Fig.9においてBC0.5及びBC1についての曲線が記入されてはいないけれども、その項の説明に含まれた前記「900℃から焼入れたこの系の合金に80%までの冷間圧延をほどこしたのち330~600℃の温度で時効処理したBeCo量0.5~5%の引張特性をしめした。」の部分中、「BeCo量0.5~5%」との記載が誤記であると認めることはできず、この記載どおり、BC0.5及びBC1を含むBeCo量0.5ないし5%の合金を900℃で溶体化処理し、80%までの冷間圧延を施し、330℃ないし600℃で時効処理することが引用例の当該箇所に示されていると認められる。

  ところで、原告は、引用例記載の時効処理はすべて2時間と固定されており、時効処理とBC0.5及びBC1の特性との関係は示されていないから、審決の一致点認定には誤りがある、と主張する。

  しかしながら、前述のとおり、引用例記載の実験においてBC0.5及びBC1を含む各種合金組成と時効処理条件との関連も調べられていることが明らかである。そして、本願発明は、その特許請求の範囲に記載されたとおり、1時間から8時間以下の時間温度600°Fないし1000°Fの範囲で時効することを構成要件とするものであるにすぎず、ベリリウム量と時効時間との相関関係を構成要件とはしておらず、他方、引用例記載の時効処理時間である2時間が本願発明の構成要件である1時間から8時間の間に入っている以上、取消事由1の主張は理由がなく、この主張に係る審決の認定判断に誤りはない。

 二 取消事由2について

  原告は、本願発明の要旨中「析出硬化に寄与する合金成分の再結晶化及び固溶体化を生じさせるために十分な時間前記合金を1450°F(790℃)ないし1850°F(1000℃)で溶体化処理し」のうち、「合金成分」及び「十分な時間」は、本願明細書中の実施例の説明の記載等に照らして、それぞれ、合金成分の一部及び約15分間と限定解釈すべきである、と主張する。

  ところで、発明の要旨の認定、すなわち特許請求の範囲に記載された技術的事項の確定は、まず、特許請求の範囲の記載に基づくべきであり、その記載が一義的に明確であり、その記載により発明の内容を的確に理解できる場合には、発明の詳細な説明に記載された事項を加えて発明の要旨を認定することは許されず、特許請求の範囲の記載文言自体から直ちにその技術的意味を確定するのに十分といえないときにはじめて発明の詳細な説明中の発明の技術的課題(目的)、実施例等に関する記載を参酌することができるにすぎないと解される。

  そこで、この観点から、本願発明の特許請求の範囲に記載された文言を検討すると、まず、上記の「合金成分」は「析出硬化に寄与する合金成分」でありさえすればよいことは文理上明白であり、その量がいかほどであるべきかを限定する文言はないから、これを「合金成分の一部」と解すべき理由はない。そのうえ、本願明細書の発明の詳細な説明中「合金成分」に関するものとして原告が摘示する部分には、「溶体化処理は約1450°F(790℃)あるいは1500°F(815℃)から約1700°F(930℃)あるいは1850°F(1000℃)の温度で達成される。その最も低い温度では、ある合金においては完全な再結晶をもたらさない。」(補正明細書15頁9行ないし14行)との記載がある(甲第4号証により認める。)が、この記載の趣旨は、文脈から判断して、ここで示される溶体化温度であっても、その下限、すなわち約1450°Fあるいは1500°F程度のときは、ある合金では十分な再結晶をもたらさないことに留意すべきであるということであって、その記載を素直に反対解釈すれば、最も低い温度以外では普通は完全な再結晶をもたらすとの趣旨を読み取ることができる。

  したがって、上記「合金成分」に関する原告の主張は失当というほかはない。

  次いで、上記の「十分な時間」についてみると、本願発明の特許請求の範囲の文言上「析出硬化に寄与する合金成分の再結晶化及び固溶体化を生じさせるために十分な時間」として明確に理解できるから、これを「約15分間」と限定する理由もない。しかも、原告の主張の根拠とされる甲第6号証を精査しても、溶体化処理時間(15ないし180秒)及び溶体化処理温度(1600°Fないし1750°F)と結晶粒の粒子サイズ及び硬度(ロックウェル硬度)との関係からは溶体化処理時間について15秒でも結晶粒の析出があるということ、15秒から180秒までの間では溶体化処理時間が長くなると粒子サイズが大きくなることが示されているだけで、15分以下であること又は15分を超えると不都合が生じることは何ら裏付けられていない。

  したがって、上記「十分な時間」についての原告の主張も理由がない。

 三 取消事由3について

  前記一及び二において検討したとおり、引用例には本願発明と合金の組成範囲で重複し、熱処理及び冷間加工、時効処理という一連の方法により合金を製造する方法が記載されているのであるから、その製造された合金は、当然特性においても重複するはずである。したがって、第二の一4(3)記載の、応力緩和抵抗、成形性、展性、伝導率及び強度が極めて改善されるという本願発明の作用効果は、引用例記載のものから当然予期されるとした、審決の認定判断には誤りはないというべきである。

 四 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

 (裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

 

 

 

 

別紙

Table 1 chemical composition of Cu-BeCo alloys

composition chemical analysis of specimens composition of BeCo compounds

marks Be Co Cu Be Co

BC 0.5 0.135 0.45 bal 0.055 0.43

BC 1 0.187 0.78 bal 0.133 0.83

BC 1.5 0.273 1.22 bal 0.200 1.30

BC 2.2 0.400 1.78 bal 0.292 1.91

BC 3 0.446 2.44 bal 0.399 2.60

BC 5 0.807 4.00 bal 0.555 4.34

BeCu 10 0.58 2.49 bal 0.399 2.60

Table 2 Chemical composition of Cu-BeNi alloys

composition chemical analysis of specimens composition of BeNi compounds

marks Be Ni Cu Be Ni

BN 0.5 0.139 0.44 bal 0.066 0.43

BN 1 0.186 1.13 bal 0.133 0.87

BN 1.5 0.270 1.14 bal 0.199 1.30

BN 2.2 0.400 2.15 bal 0.293 1.90

BN 3 0.512 2.51 bal 0.399 2.50

BN 5 0.863 4.18 bal 0.655 4.34

〈省略〉

Fig. 2(a)

Electrical conductivities of quenched Cu-BeCo alloys.

〈省略〉

Fig. 2(b)

Electrical conductivities of quenched Cu-BeNi alloys.

〈省略〉

Fig. 3(a)

Effects of solution treating temperature on the grain size of Cu-BeCo alloys. (annealing time 1hr. )

〈省略〉

Fig. 3(b)

Effects of solution treating temperature on the grain size of Cu-BeNi alloys. (annealing time 1hr. )

〈省略〉

(a) affer age hardening treatment.

〈省略〉

(b) before age hardening treatment.

Fig. 4

Effects of solution treating temperature on tensile properties of Cu-BeCo alloys. (annealing time 1hr. aging time 2hrs at 450℃.).

〈省略〉

Fig. 5

Effects of solution treating temperature on tensile preperties of Cu-BeNi alloys. (annealing time Ihr. aging time 2hrs at 450℃).

〈省略〉

Fig. 6

Effects of solution treating temperature on Kb value of Cu-BeCo alloys. (annealing time 1hr, aging time 2hrs)

〈省略〉

Fig.7

Effects solution treating temperature on hardness of Cu-BeCo alloys. (annealing time 1hr. aging time 2hrs at 450℃)

〈省略〉

Fig. 8

Work hardening characteristies of Cu-BeCo alloys. (solution annealed at 900℃)

〈省略〉

Fig. 14

Fatigue characteristies of Cu-2% BeCo alloys. (annealed at 900℃ for 1hr. aged at 475℃ for 3hrs).

〈省略〉

Fig. 15

Fatigue characteristies of Cu-3% BeCo alloys. (annealed at 900℃ for 1hr. age at 475℃ for 3hrs).

〈省略〉

Fig. 16

Comparison of the mean fatigue strength of Cu-3% BeCo alloys and some Cu-base spring materials.

〈省略〉

Fig. 9

Effects of reduction rate by cold rolling on tensile properties of aged Cu-BeCo alloys. (annealed at 900℃, aged for 2hrs)

〈省略〉

Fig. 10

Effects of reduction rate by cold rolling on Kb value of aged Cu-BeCo alloys. (annneald at 900℃ for 1hr. aged for 2hrs)

〈省略〉

Fig. 11

Effects of reduction rate by cold rolling on Kb value of aged Cu-BeNi alloys. (annealed at 900℃ for 1hr. aged (or 2hrs)

〈省略〉

Fig. 12

Effects of reduction rate by cold rolling on electrical conductivities of Cu-BeCo alloys. (annealed at 900℃ for 1hr. aged for 2hrs)

〈省略〉

Fig. 13

Effects of reduction rate by cold rolling on electrical conductivities of Cu-BeNi alloys (annealed at 900℃ for 1hr. aged for 2hrs).

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