top of page

 

裁判年月日 平成16年11月29日

事件番号 平成16年(行ケ)第53号

事件名 審決取消請求事件 〔密封包装物の検査方法事件〕

 

主  文

 特許庁が不服2001-6315号事件について、平成15年12月19日にした審決を取り消す。

 訴訟費用は被告の負担とする。

 

  事実及び理由

 以下において、明細書などを引用する際においても公用文の表記に従った箇所がある。

第1 原告の求めた裁判

 主文第1項同旨の判決。

第2 事案の概要

 1 特許庁における手続の経緯

 原告は、平成11年特許願第162937号「密封包装物の検査方法」の出願人である。

 本願は、特許法41条に基づく優先権主張を伴う平成11年6月9日(優先日:平成10年7月10日、特願10-211868号)の出願であって、平成13年3月16日に拒絶査定があり、原告は、これに対する審判を請求し(不服2001-6315号)、その手続において平成13年4月20日付けで手続補正をしたが(本件補正)、平成15年12月19日、審判請求不成立の審決があり、その謄本は平成16年1月13日原告に送達された。

 2 本願発明の要旨

  (1) (本件補正前の請求項1に係る特許請求の範囲の記載。その余の請求項の記載は省略)

 導電性を有する流動物ないし粉体又は食品等の内容物1を電気絶縁性被膜2で被包した密封包装物3のピンホールを検査するための方法であって、該密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの電極4を接触ないし近接せしめて該密封包装物3内の内容物1に帯電せしめ、次いで、該密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ、被検部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出することを特徴とする密封包装物の検査方法。

  (2) (本件補正後の請求項1に係る特許請求の範囲の記載。その余の請求項の記載は省略。下線部分が補正箇所)

 導電性を有する流動物ないし粉体又は食品等の内容物1を電気絶縁性被膜2で被包した密封包装物3のピンホールを検査するための方法であって、該密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの単一の電極4を接触ないし近接せしめて該密封包装物3内の内容物1に帯電せしめ、次いで、該密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ、被検部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出することを特徴とする密封包装物の検査方法。

 3 審決の理由の要点

  (1) 本件補正の独立特許要件の有無

 本件補正は、補正前の請求項1~3における「高圧電源6の電圧出力端子からの電極4」を、「高圧電源6の電圧出力端子からの単一の電極4」と限定するものであって、特許法17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして、この補正は、出願当初明細書の【0034】及び図に記載されていたことであるから、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でなされたものである。

 そこで、補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法17条の2第5項において準用する同法126条4項の規定に適合するか)について以下に検討する。

  (2) 本願明細書の記載

 内容物1の帯電と放電について本願明細書には次のように記載されている。

 「【0008】これにより、密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの電極4を接触ないし近接せしめるとき該密封包装物3内の導電性を有する内容物1は、電極4にかかる高電圧(0.6kV~30kV)のマイナス又はプラスの電位により帯電してマイナス(-)イオン又はプラス(+)イオンが発生する。

  【0009】次に、該密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめると、被検部3aにピンホールがあるとき、・・・マイナス(-)電子は集中してピンホールを通して接地(アース)側に流れマイナスの電荷が失われて放電する。・・・ピンホールがないとマイナス(-)イオン内マイナス(-)電子は接地側に流れず、また、プラス(+)イオンに対し、接地側からマイナス(-)電子は流れず内容物の電荷は放電しない。したがって、この放電電流を検知することにより被検部におけるピンホールが検知され、被検部3aにピンホールがないと放電電流を検知できない。また、ピンホールがない場合は、内容物1は帯電するが、静電気と同じく少しずつ放電して帯電はなくなる。

  【0010】この場合、充電電流の変化(大小)によって判別するのではなく、被検部3a(最もピンホールの発生する箇所)のピンホールの有無による放電電流の有無により検査時の雰囲気に関係なくピンホールを誤差なく検出することができる。また、内容物の帯電のため使用する電極も従来のごとく一対の電極を必要とせず、高圧電源の高電圧出力側からの単一の電極を使用することができる。」

  (3) 刊行物1の記載

 原査定の拒絶の理由に引用された特開平9-222420号(刊行物1。本訴甲1)には次の記載がある。

  【a】「導電性を有する流動物ないし粉体又は食品等の内容物1を電気絶縁性皮膜2で被包した密封包装物3を、接地した電極板等の所定形状の支持電極4上に該密封包装物3の側面部31を接触させて載置する一方、該密封包装物3の被検端部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5と前記支持電極4との間に直流高電圧を印加し、被検端部にピンホールがあるとき該ピンホールを介して内容物1に充電せしめ、次いで前記支持電極4の接地を解除するとともに前記被検端部3aに接触せしめた前記電極5を接地せしめ、被検端部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出することを特徴とする密封包装物の検査方法。」(特許請求の範囲)

  【b】「【0006】

 【課題を解決するための手段】 前記目的を達成するために、本発明の密封包装物の検査方法においては・・・電極5と前記支持電極4との間に直流高電圧を印加し、被検端部にピンホールがあるとき該ピンホールを介して内容物1に充電せしめ、次いで前記支持電極4の接地を解除するとともに前記被検端部3aに接触せしめた前記電極5を接地せしめ、被検端部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出するという方法をとっている。

  【0007】 これにより、密封包装物3の被検端部3aにピンホールがある場合、密封包装物3の被検端部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5と密封包装物3の側面部31に接触した支持電極4との間に印加された直流高電圧により、該ピンホールを通して密封包装物の内容物1に、支持電極4と接触した電気絶縁性皮膜2を介して、接地された支持電極のマイナス(-)電荷に対してプラス(+)イオンが発生して充電される。なお、被検端部3aと電極5とが近接対面している場合は、電極5と被検端部のピンホールとの間に、直流高電圧による閃落が発生し、密封包装物の内容物1に充電される。ピンホールがないと湿度など雰囲気のいかんにかかわらず全く充電されない。

  【0008】 次いで、前記支持電極4の接地を解除するとともに、前記被検端部3aに接触せしめた前記電極5(被検端部3aと電極5とが近接対面している場合は接触せしめる)を接地せしめて前記内容物1に充電された電荷を放電させ、この放電電流を検知することにより被検端部3aにおけるピンホールが検知される。

  【0009】 このとき、検査時の雰囲気に関係なく、被検部にピンホールがないと内容物1に全く充電されず、ピンホールがあると充電されることから、確実に被検端部3a(最もピンホールの発生する箇所)のピンホールの有無を誤差なく検出することができる。」(2頁2欄21行~3頁3欄15行)

  (4) 特開昭59-125035号公報の記載

 原査定の拒絶の理由で引用された特開昭59-125035号公報(5頁右上欄6行~同頁左下欄4頁)には、ピンホール等の欠陥があるとインピーダンスが激減することが記載されている。

  (5) 刊行物2の記載

   ア 原査定の備考で周知技術の例として引用された、池本義夫編「三訂増補 物理実験事典」昭和48年12月10日、株式会社講談社発行、384~385頁(刊行物2。本訴甲2)には次の記載がある。

  【c】「〈2〉 人体コンデンサー

 〔目的〕絶縁された人体に電気が蓄わえられることを示す。

 〔準備〕絶縁台、ウイムズハースト起電機又はバンドグラーフ起電機、はく検電器

 〔方法〕1.絶縁台の上に生徒Aを立たせる。

 2.生徒がアースしていないのを確かめたのち、その手を起電機の極に触れさせ、起電機を働かせる。(アースしていなければ危険ではない。)

 3.チャージが終わったら(チャージは数分以内で終わる)、生徒の手を自分で極から離させる。

 4.もう一人の生徒BをAに近づけさせる。Bは(Aとは逆に)よくアースさせておく。・・・

 5.生徒Aは手を伸ばし、人さし指の先端をアースしている生徒の鼻先に少しずつ近づけていく。すると小さい音を立てて指先と鼻先に火花が飛び、Aに電気が蓄わえられていたことを示す。

 6.1.~3.と同じように操作し、Aの手をはく検電器の金属円板に触れさせ、はくが大きく開くのを見せる。」(384頁左欄~右欄)

  【d】「〔方法〕1.ライデンびんの一極(外側のすずはく)をアースし、他極(内側のすずはく=金属円頭部)を起電機の-極につないで、起電機を働かせて、ライデンびんの充電を行う。充電は数分で終わる。

 この場合、机の上にライデンびんを置けば、その外はくは自然にアースされていることになる。・・・

 2.ライデンびんの外側を手でもって(・・・)、これを別の机の上に置き、図2のように放電さを用いてライデンびんの両極を近づけると、充電が十分のときは5~6mmほどの火花が飛んで中和する。これで大部分の電気は失なわれるが、間もなく誘電余効によってびんに少量の電気が蓄えられる。これを用いて実験する。

 3.25人ぐらいの生徒を輪形に並べ、順に手をつながせ、1個所だけ開いておく。・・・すると、ふつう2mmの間隔で放電が行われ、小さい音を出して火花が飛ぶ。このとき、生徒は軽い電気ショックを受ける。

 〔要点〕1.途中、よくアースしている生徒がいると電気ショックを感じた生徒とそうでない生徒が出てくる。・・・」(385頁左欄~右欄)

   イ 刊行物2の【c】、【d】の記載は、「ウイムズハースト起電機又はバンドグラーフ起電機という高圧電源の極、すなわち単一の電極、を絶縁台に乗った人体に接触させることにより人体に電気を蓄わえることができること」、及び、「そのような高圧電源の単一の電極を外側の一つの極が自然アースされたライデンびんの他の極につないで、ライデンびんの充電を行えること」が周知事項であることを示している。

 また、充電が終了した対象物(人体やライデンびん)から高圧電源の単一の電極を離し、次いで、対象物をアースやアースした生徒Bに近づければ放電電流が流れること、この場合、放電路となる生徒Bのアースがよいと放電がうまくゆくが、アースが悪いと放電がうまくゆかない(すなわち、放電路の導電性が良いと放電電流が流れるが、導電性が悪いと放電電流が流れない)ことが周知事項であることも示している。

  (6) 対比

 補正発明と刊行物1に記載された発明(引用発明)とを対比すると、補正発明には「帯電」なる用語が使用されているが、放電電流を提供できるためには内容物が電気的に充電されていなければならない限度において引用発明における「充電」と相違はない。(このことは上記刊行物2の記載からも支持される。)

 したがって、両者は、

 「導電性を有する流動物ないし粉体又は食品等の内容物1を電気絶縁性被膜2で被包した密封包装物3のピンホールを検査するための方法であって、該密封包装物3内の内容物1に充電せしめ、次いで、該密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ、被検部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出することを特徴とする密封包装物の検査方法。」として一致し、次の点で相違すると認められる。

 【相違点1】

 補正発明は、「該密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの単一の電極4を接触ないし近接せしめて該密封包装物3内の内容物1に帯電せしめ、次いで、該密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ」であるのに対し、引用発明では、「密封包装物3を、接地した電極板等の所定形状の支持電極4上に該密封包装物3の側面部31を接触させて載置する一方、該密封包装物3の被検端部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5と前記支持電極4との間に直流高電圧を印加し、次いで前記支持電極4の接地を解除するとともに前記被検端部3aに接触せしめた前記電極5を接地せしめ」である点。

 【相違点2】

 引用発明は、密封包装物の被検端部にピンホールがある場合は、そのピンホールを通じて密封包装物の内容物1に充電され、ピンホールがないと充電されず、したがって、被検端部にピンホールがないと電極5を接地しても放電電流は検知されず、ピンホールがあると電極5を接地したとき放電電流が検知できる作用となるのに対し、補正発明ではピンホールがあっても、なくても内容物は帯電(充電)されるが、被検部にピンホールがないと電極5を接地しても放電電流が流れないので検知できず、ピンホールがあると電極5を接地したとき放電電流が流れて検知できる作用となる点。

  (7) 相違点についての判断

 相違点1、2について検討するに、

 刊行物2の【c】、【d】の記載は、高圧電源の単一の電極を対象物(絶縁台に乗った人体やライデンびん)に接触させるだけで対象物に電気を蓄わえることができること、また、充電が終了した対象物から高圧電源の単一の電極を離し、次いで、対象物をアースやアースした生徒(放電路)に近づければ放電電流が流れること、その放電路の導電性の良否で放電電流が流れるか否かが左右されること、が当業者にとって周知事項であることを示している。

 これらの周知事項は高圧電源による対象物の充電や放電という物理現象において引用発明と共通するもので引用発明に適用して相違点1に係る補正発明の構成を得ることに困難はなく、その結果、検査手順が簡易になることは自ずと得られる作用効果である。

 そして、刊行物1の【0007】に記載された、被検部を充電路としたときにピンホールが存在しないと導電性が悪く、存在すると導電性が良くなる現象は、被検部を放電路としたときにも当然起こる現象(ピンホール等の欠陥があるとインピーダンスが激減することは上記特開昭59-125035号公報(5頁右上欄6行~同頁左下欄4行)に記載されている。)であるから、周知事項を引用発明に適用することに伴い、ピンホールがあっても、なくても内容物が帯電(充電)され、次いで、接地したときに放電電流が流れるか否かでピンホールの有無を検査できるという相違点2に係る補正発明の作用となることは当業者にとって明らかなことである。

  (8) 独立特許要件判断のまとめ

 以上のとおりであるから、補正発明は、本件出願前に国内で頒布された刊行物1に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

 したがって、本件補正は、特許法17条の2第5項の規定により準用する同法126条4項の規定に違反するので、同法159条1項の規定により読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。

  (9) 補正前発明の特許要件の有無

 平成13年4月20日の手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願発明は請求項1~4に係るものであるところ、請求項1に係る発明は、前記2の(1)のとおりである。

 本願発明は、補正発明から電極4が「単一」である限定を省いたものであるところ、補正発明についての理由は、本願発明にもあてはまるから、本願発明も刊行物1に記載された発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。

  (10) 審決の結論

 以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができず、他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。

第3 原告主張の審決取消事由(補正却下の判断の誤り)

 1 審決は、補正発明と引用発明との相違点の判断において、密封包装物3の内容物1など対象物への単一の電極による充電の例として、刊行物2に記載された人体に対する充電の例、及び、ライデンびんに対する充電の例を周知例として挙げている。しかし、いずれも、起電機の-極から人体又はライデンびんに直接充電しており、補正発明のように、導電性を有する物体に電気絶縁性被膜を介して充電する(帯電させる)ものではない。

 刊行物2の「人体コンデンサー」にチャージ(充電)させる方法では、絶縁された人体に電気が蓄えられることを目的に、絶縁台の上に生徒Aを立たせ、生徒がアースしていないのを確かめた後、その手を起電機の極に触れ、起電機を働かせて生徒Aにチャージさせ、チャージが終わったら、生徒の手を自分で極から離させる。すなわち、生徒Aがその手を起電機の極に触れることにより(生徒Aは導電性を有する物体で皮膚も導電性を有する)、起電機の-極から直接充電するのである。また、「ライデンびん」においても同じく起電機の-極から直接充電しており、補正発明のように、導電性を有する内容物に電気絶縁性被膜を介して充電する(帯電させる)のではない。

 2 補正発明における密封包装物の内容物の帯電は、本願明細書の【0008】にあるように、「電極4にかかる高電圧(0.6kV~30kV)のマイナス、又はプラスの電位により帯電してマイナス(-)イオン又はプラス(+)イオンが発生する。」ものである。

 これは、高電圧のかかった電極により発生する強電界による物質の原子のイオン化(強電界の領域での原子のイオン化は「電界イオン化」と呼ばれる。)による帯電であって、刊行物2の記載におけるように、高電圧のかかった電極の充電対象物(人体又はライデンびん)の導電体(手又は金属円頭部)への直接接触により、対象物に充電電流を流して充電する周知の充電方法とは原理が異なっている。

 被告は、補正発明について、「電気絶縁性皮膜を微少の電流が流れる」ことにより内容物が充電されるから、刊行物2に記載された充電方法との差異はないと主張するが、誤りである。「電気絶縁性皮膜を微少電流が流れる」ためには、単一の電極の極性と反対の極性の電圧が内容物にかかる必要があるが、補正発明では密封包装物(したがって内容物)は接地(アース)から浮いている。被告の主張は誤りである。

 3 以上のように、本願発明における「密封包装物に単一電極により帯電する方法」と、周知事項である「被充電物に単一電極により充電する方法」とが異なることは明らかであり、周知の技術思想を補正発明に転用できないにもかかわらず、これが転用できるとして誤った結論を導いたものである。

第4 審決取消事由に対する被告の反論

 1 本願発明の充電方法においては、電気絶縁性被膜を通して単一電極から内容物に充電させているから、電気絶縁性皮膜を微少の電流が流れなければ内容物に充電されるはずがない。充電時には電気絶縁性被膜としての意味はなく、単一電極と内容物との間にこのような電気絶縁性皮膜があるか否かにより刊行物2に記載された充電方法との差異は生じない。

 2 原告は、刊行物2の「人体コンデンサー」にチャージさせる方法において、皮膚が導電性を有する旨主張しているが、皮膚は金属や水溶液よりも絶縁性が高いことは常識であって、高電圧の単一電極に接近や接触した場合には微少の電流が流れる意味において、本願発明における電気絶縁性被膜と同様の振る舞いをするものといえる。

第5 当裁判所の判断

 1 補正発明の「単一の電極4による帯電」、引用発明における「電極5と支持電極4を用いた充電」、及び、刊行物2に記載された、起電機を用いた「人体コンデンサー」や「ライデンびん」への充電について、その差異を検討する。

 2 審決が認定した引用発明は、「導電性を有する流動物ないし粉体又は食品等の内容物1を電気絶縁性皮膜2で被包した密封包装物3を、接地した電極板等の所定形状の支持電極4上に該密封包装物3の側面部31を接触させて載置する一方、該密封包装物3の被検端部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5と前記支持電極4との間に直流高電圧を印加し、被検端部にピンホールがあるとき該ピンホールを介して内容物1に充電せしめ」(刊行物1(甲1)【特許請求の範囲】)るものであり、その「充電」は、「密封包装物3の被検端部3aにピンホールがある場合、密封包装物3の被検端部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5と密封包装物3の側面部31に接触した支持電極4との間に印加された直流高電圧により、該ピンホールを通して密封包装物の内容物1に、支持電極4と接触した電気絶縁性皮膜2を介して、接地された支持電極のマイナス(-)電荷に対してプラス(+)イオンが発生して充電される。・・・ピンホールがないと湿度など雰囲気のいかんにかかわらず全く充電されない。」(【0007】)というものである。

 この場合、直流高電圧の一方の電極から支持電極4、内容物1、ピンホール、電極5を通して他方の電極に戻る回路が形成され、該回路に電流が流れて内容物1に充電されると解される。このことは、ピンホールがない場合に充電されないことからも明らかである。電気絶縁性被膜2には伝導電流は流れないが、電気絶縁性被膜2を挟んで内容物1と支持電極4とがコンデンサを形成し、電気絶縁性被膜2には変移電流(空間のある点における電流密度ベクトルの時間に対する変化率として与えられる(仮想的な)電流。「電気電子用語大事典」オーム社、平成4年)が流れて、該コンデンサに充電がなされる。

 一方、補正発明においては、「密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの単一の電極4を接触ないし近接せしめて該密封包装物3内の内容物1に帯電せしめ」(補正請求項1)るのであって、「密封包装物3の側面部31に高圧電源6の電圧出力端子からの電極4を接触ないし近接せしめるとき該密封包装物3内の導電性を有する内容物1は、電極4にかかる高電圧(0.6kV~30kV)のマイナス又はプラスの電位により帯電してマイナス(-)イオン又はプラス(+)イオンが発生する」(本願明細書(甲4)【0008】)。内容物1は高圧電源の他方の電極に接続されておらず、高圧電源の一方の電極から他方の電極に戻る回路は形成されていないから、充電電流は流れず、単に、絶縁性被膜2を介して電極4に接触ないし近接した内容物2が帯電するにすぎない。

 引用発明の「充電」と補正発明「帯電」とは上記のように相違するところ、審決は、「補正発明には「帯電」なる用語が使用されているが、放電電流を提供できるためには内容物が電気的に充電されていなければならない限度において、引用発明における「充電」と相違はない」として、「密封包装物3内の内容物1に充電せしめ」る点を一致点として認定した。しかし、審決は、補正発明の「単一電極4による帯電」と、引用発明における「電極5と支持電極4を用いた充電」を相違点1として認定しているので、相違点の看過はないというべきである。

 3 そこで、相違点に関する判断についてみるに、相違点1の判断において、審決が周知技術を認定するために引用した刊行物2(甲2)には、「人体コンデンサー」に関して以下の事項が記載されている。

 「〔目的〕絶縁された人体に電気が蓄わえられることを示す。

 〔準備〕絶縁台、ウイムズハースト起電機又はバンドグラーフ起電機、はく検電器

 〔方法〕1.絶縁台の上に生徒Aを立たせる。

 2.生徒がアースしていないのを確かめたのち、その手を起電機の極に触れさせ、起電機を働かせる。・・・

 3.チャージが終わったら(・・・)、生徒の手を自分で極から離させる。

 4.もう一人の生徒BをAに近づけさせる。Bは(Aとは逆に)よくアースさせておく。例えば、ゴム底の靴又はナイロンの靴下をはいているときは裸足にするか、あるいは靴はぬがせないで、手を水道せんなどに触れさせておく。

 5.生徒Aは手を伸ばし、人さし指の先端をアースしている生徒の鼻先に少しずつ近づけていく。すると小さい音を立てて指先と鼻先に火花が飛び、Aに電気が蓄わえられていたことを示す。

 6.1.~3.と同じように操作し、Aの手をはく検電器の金属円板に触れさせ、はくが大きく開くのを見せる。」(384頁左欄~右欄)

 また、「電気ショック」に関して、以下のことが記載されている。

 「〔方法〕1.ライデンびんの一極(外側のすずはく)をアースし、他極(内側のすずはく=金属円頭部)を起電機の-極につないで、起電機を働かせて、ライデンびんの充電を行う。充電は数分で終わる。

 この場合、机の上にライデンびんを置けば、その外はくは自然にアースされていることになる。・・・

 2.ライデンびんの外側を手でもって(・・・)、これを別の机の上に置き、図2のように放電さを用いてライデンびんの両極を近づけると、充電が十分のときは5~6mmほどの火花が飛んで中和する。これで大部分の電気は失なわれるが、間もなく誘電余効によってびんに少量の電気が蓄えられる。これを用いて実験する。

 3.25人ぐらいの生徒を輪形に並べ、順に手をつながせ、1個所だけ開いておく。・・・すると、ふつう2mmの間隔で放電が行われ、小さい音を出して火花が飛ぶ。このとき、生徒は軽い電気ショックを受ける。

 〔要点〕1.途中、よくアースしている生徒がいると電気ショックを感じた生徒とそうでない生徒が出てくる。・・・」(385頁左欄~右欄)

 上記「人体コンデンサー」の例では、絶縁台に乗った生徒Aとアースとの間にコンデンサが形成されると解される。起電機の他方の極についての記載はないが、上記〔方法〕の2.に、「アースしていなければ危険でない」と記載されているから、生徒Aがアースされていれば感電する恐れがあり、技術常識に基づけば、このことから起電機の他方の極はアースされていると解される。そうすると、生徒Aの手が起電機の極に触れることにより、起電機の一方の極から、生徒Aの手、体、及び、アースを通して起電機の他方の極に戻る回路が形成され、該回路に電流が流れて「人体コンデンサー」が充電される。生徒の体とアースとの間は接続されていないが、上記のようにコンデンサが形成されるため、生徒の体とアースとの間に変移電流が流れると解される。

 同様に、「電気ショック(ライデンびん)」では、ライデンびんの内側のすず箔と外側のすず箔との間にコンデンサが形成される。ライデンびんの外側のすず箔(-)をアースすることが条件となっているから、技術常識に基づけば、起電機の+極はアースされていると解される。ライデンびんの内側のすず箔(金属円筒部)を起電機の-極に接続することにより、起電機の-極から、ライデンびんの金属円筒部、内側のすず箔、外側のすず箔、アースを通して起電機の+極に戻る回路が形成され、該回路に充電電流が流れて、ライデンびんのコンデンサが充電される。ライデンびんの内側のすず箔と外側のすず箔との間に変移電流が流れるのは、上記「人体コンデンサー」と同様である。

 4 そうすると、刊行物2に記載された「人体コンデンサー」や「ライデンびん」への充電は、引用発明の内容物1(正確には、「支持電極4と内容物1とで形成されるコンデンサ」)への充電と原理を同じにするものであり、補正発明の「単一電極による帯電」とは異なるものである。審決は、刊行物2の記載から、「高圧電源の単一の電極を対象物(絶縁台に乗った人体やライデンびん)に接触させるだけで対象物に電気を蓄えることができること」を周知事項として認定し、この周知事項を引用発明に適用して相違点1に係る補正発明の構成を得ることに困難はなく、その結果、検査手順が簡易になることは自ずと得られる作用効果であると判断した。

 しかし、まず、「単一の電極を対象物に接触させるだけで対象物に電気を蓄えること」が、補正発明の「単一の電極による帯電」を意味するのであれば、この「単一の電極による帯電」は刊行物2には記載されていないから、上記周知事項の認定は誤りである。一方、「単一の電極を対象物に接触させるだけで対象物に電気を蓄えること」が、刊行物2に記載された「人体コンデンサー」や「ライデンびん」への充電を意味するのであれば、該充電は補正発明の「単一の電極による帯電」とは異なり、引用発明の「充電」と原理を同じにするものであるから、周知事項を適用しても、補正発明の構成は得られない。いずれにしても、審決の上記判断には誤りがある。

 5 なお、補正発明の構成にあるように、「密封包装物3の被検部3aに密接ないし近接対面せしめた電極5を接地せしめ、被検部3aからの放電電流を検知して密封包装物3のピンホールを検出する」際に、密封包装物3の側面部31に接触ないし近接せしめた単一の電極4を側面部31から離すことは、特許請求の範囲にも発明の詳細な説明にも記載がない。

 審決は、刊行物2の記載から、周知事項として「充電が終了した対象物から高圧電源の単一の電極を離し、次いで、対象物をアースやアースした生徒(放電路)に近づければ放電電流が流れること」を認定し、これを引用発明に適用したものであるが、補正発明は、内容物に帯電させた後に単一の電極を密封包装物の側面部から離すことを特定事項とするものではないから、この周知事項を適用しても、補正発明の構成を得ることができないものというべきである。

 6 被告は、補正発明の充電方法では、電気絶縁性被膜2を微少の電流が流れなければ内容物1に充電されるはずがないと主張するが、内容物1は電気絶縁性被膜2を介して電極4に接触ないし近接配置され、帯電されるにすぎない。電気絶縁性被膜2を介して電流が流れることは通常考えられないし、内容物1に充電するためには、高圧電源の一方の極から内容物を通って他方の極に戻る回路が形成される必要があるが、そのような構成は、請求項にも発明の詳細な説明にも記載されていない。また、電極4を密封包装物の側面部に近接させるだけでも帯電させることができるのであるから、被告の主張は理由がない。

 もっとも、内容物1がアースに対してわずかな静電容量を有し、内容物1とアースとの間に、「人体コンデンサー」と同様なコンデンサが形成されることも考えられる。しかし、内容物1とアースとの間の静電容量は、内容物1と電極4との間に形成される静電容量と比べるとはるかに小さいものと考えられ、このコンデンサによる影響は考慮する必要がないものと解される。

 7 被告は、刊行物2の「人体コンデンサー」にチャージする方法において、人体の皮膚は補正発明における電気絶縁性被膜と同様の振る舞いをするものであると主張する。しかし、刊行物2の「人体コンデンサー」において、絶縁された人体の皮膚は「人体コンデンサー」の一方の電極を構成するものと考えられるし、人体の皮膚が絶縁物として作用していないことは刊行物2全体の記載からも明らかであるから、補正発明における電気絶縁性被膜と同様の振る舞いをするとは認められない。

 8 以上のとおりであり、審決は、周知事項の認定を誤るか、その適用を誤ったものであり、本訴における主張立証をもってしては、前記2で認定した相違点に係る補正発明の構成が、引用発明に周知事項を適用しただけで容易に想到し得たものということはできない。これに反して、補正発明が引用発明に周知事項を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものであるとし、特許出願の際に独立して特許を受けることができないものであるとして、補正を却下すべきものとした審決の判断は誤りである。

 よって、審決は取消しを免れない。

第6 結論

 以上のとおりであり、原告の請求は認容されるべきである。

 (裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 塩月秀平 裁判官 高野輝久)

bottom of page