裁判年月日 昭和60年 5月16日 裁判所名 東京高裁
事件番号 昭56(行ケ)25号
事件名 生化学的酸化廃水処理方法事件
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が同庁昭和51年審判第5579号事件について昭和55年12月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。
第2 原告の請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
訴外ユニオンカーバイド・コーポレーシヨンは、昭和45年7月1日、名称を「低汚泥再循環率による生化学的酸化廃水処理方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1969年(昭和44年)7月2日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和45年特許願第56953号をもつて特許出願をしたところ、原告は、右訴外会社から本願発明について特許を受ける権利を譲り受け、昭和48年8月9日、その旨特許庁長官に届け出たものである。
本出願については、昭和49年5月18日、特公昭49―19582号公報をもつて特許出願公告がなされたが、昭和51年1月31日拒絶査定があつたので、原告は、同年6月4日、これに対して審判を請求したところ、昭和51年審判第5579号事件として審理された結果、昭和55年12月10日、右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は、同月20日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
1 気曝帯域からの固形分を濃縮しそして汚泥として該気曝帯域に濃縮固形分を再循環することを含む、少なくとも0.55の全懸濁固形分に対する揮発性懸濁固形分比を有する細菌を含む活性汚泥との接触状態での気曝により生化学的に酸化し得る物質(BOD)を含む廃水を処理する方法にして、BOD含有廃水、12000~50000ppmの全懸濁固形分含量を有する汚泥、及び、少なくとも50容量%の酸素を含む供給ガスを、酸素化帯域内で4000~12000ppmの全懸濁固形分含量を有する混合液体とその上方で該酸素化帯域中少なくとも300mmHgの酸素分圧を有するガスとを提供するに十分な相対量において混合し、そして右混合を20~180分継続して少なくとも3ppmの溶解酸素含量(DO)を有する酸素化液体を形成し、その際該混合中平均フード/ビオマス比が少なくとも0.15(kg BOD5)/(日×kg揮発性懸濁固形分)に維持されるようにすること、前記酸素化液体を前記汚泥及び清澄な流出液に分離すること、及び、前記汚泥の少なくとも一部を再循環汚泥/BOD含有廃水容量比が0.1~0.5となる流量において前記酸素化帯域に再循環することにより特徴づけられるBOD含有廃水処理方法。
2 複数の気曝帯域からの濃縮された固形分を汚泥として該気曝帯域の最初の帯域に再循環することを含む、少なくとも0.55の全懸濁固形分に対する揮発性懸濁固形分比を有する細菌を含む活性汚泥との接触状態での気曝により生化学的に酸化し得る物質(BOD)を含む廃水を処理する方法にして、BOD含有廃水、12000~50000ppmの全懸濁固形分含量を有する汚泥、及び、少なくとも50容量%の酸素を含む供給ガスを、前記気曝帯域の各帯域において4000~12000ppmの全懸濁固形分含量を有する混合液体とその上方で且つ該帯域中少なくとも300mmHgの酸素分圧を有するガスとを提供するに十分な相対量において混合し、且つ、右混合を全帯域の総計混合時間が20~180分となるよう、そして特定の帯域における液体のフード含量(BOD)がそれが移行される次の帯域における液体のそれよりも高くなるような態様で液体を複数の帯域を通して順次移行せしめて、最終帯域において少なくとも3ppmの溶解酸素含量(DO)を有する酸素化液体を形成し、その際複数の帯域を通しての混合中平均フード/ビオマス比が少なくとも0.15(kg BOD5)/(日×kg揮発性懸濁固形分)に維持されるようにすること、気曝帯域のいずれかの帯域からの酸素化液体を前記汚泥及び清澄な流出液に分離すること、及び、前記汚泥の少なくとも一部を再循環汚泥/BOD含有廃水溶量比が0.1~0.5となるような流量において前記酸素化帯域の最初の帯域に再循環することにより特徴づけられるBOD含有廃水処理方法。
3 審決理由の要旨
本願発明の要旨は、前項記載のとおりである(以下、前項1記載の発明を「本願第1発明」、同2記載の発明を「本願第2発明」という。)。
これに対し、本願出願前米国において頒布された刊行物である「WASTES ENGINEERING Vol.23(May, 1952)」258~259頁(以下「引用例」という。)には、空気曝気式活性汚泥法を前提技術として高濃度酸素含有ガスを曝気ガスに用いた活性汚泥法の発明が記載されており、そしてその説明として、被処理汚水単位量当たりの曝気量が多いほど排液及び生成汚泥の特性が良いことが従来の操業で明らかにされていること(258頁左欄下から1行目~中欄7行目)、上部が密閉された曝気槽に汚水と沈降槽から返送される汚泥とを導入して雰囲気ガスで曝気し、更に曝気後の該ガスをコンプレツサーで曝気槽に再循環すること(258頁第1図)、雰囲気ガスは完全閉鎖系内で循環され、雰囲気ガスの試料が各操業の間、頻繁に採取され、雰囲気ガス中の所望の酸素量を維持するために必要な酸素が雰囲気ガス中に添加されたこと(258頁右欄38~51行目)、実験は通常3時間の曝気時間、混合液体中の返送汚泥約30容量%、調整雰囲気中の酸素95容量%で行われ、返送汚泥は1~1.5%の固体を含んでいたこと(259頁左欄23~30行目)、全般的に満足すべき排液が高濃度溶解酸素により得られたこと(259頁左欄37~40行目)、経路からの蓄積ガスの頻繁な洗い流しを行わずしてはいかなる形態でも雰囲気中の酸素割合を維持できなかつたこと(259頁左欄56~60行目)
が記載されている。
本願第1発明と引用例記載の発明を対比すると、両者はともに曝気式活性汚泥法であり、引用例記載の発明の再循環汚泥/BOD含有廃水溶量の比(以下「R/F比」という。)は約0.3、供給ガスの酸素含有量は95容量%、混合継続時間は3時間であるから、両者のR/F比、供給ガスの酸素含有量及び混合継続時間は一致しており、更に、引用例記載の発明においては返送汚泥の全懸濁固形分(以下「MLSS」という。)含量は10000~15000ppmであつて、そのうち約13334~15000ppmの場合は、R/F比が0.3であることからみて、酸素化帯域内の混合液体のMLSS含量は約4000~4500ppmであると解されるから、両者の返送汚泥のMLSS含量及び酸素化帯域内の混合液体のMLSS含量は一致している。
また、引用例には酸素化帯域中の混合液体上方のガスの酸素分圧及び酸素化液体の溶解酸素含量について明記されていないが、引用例記載の発明は曝気槽の上部が密閉されており、閉鎖系内を循環する雰囲気ガス中の酸素濃度を95容量%に維持するために、雰囲気ガス中の酸素濃度を頻繁に測定して酸素を補充し、また蓄積ガスの洗い流しを行つているから、引用例記載の発明においても、本願第1発明と同じく、酸素化帯域における混合液体の上方ガスの酸素分圧は300mmHg以上で、酸素化液体の溶解酸素含量は3ppm以上であるものと解される。
そうすると、本願第1発明と引用例記載の発明との相違点は、本願第1発明が活性汚泥の揮発性懸濁固形分/全懸濁固形分の比(以下「MLVSS/MLSS比」といい、揮発性懸濁固形分を「MLVSS」という。)を0.55以上に、また、混合中の平均フード/ビオマスの比(以下「F/M比」といい、その単位の表示――(kg BOD5)/(日×kg MLVSS)――を省略する。)を0.15以上に限定しているのに対し、引用例記載の発明においてはこれらの比が不明である点に帰着する。
そこで、右相違点について検討する。
本願第1発明において活性汚泥のMLVSS/MLSS比を0.55以上に限定した理由は、装置に過剰の負担を与えずに曝気域における高い生化学的活性固形レベルを得るためであり、また、混合中の平均F/M比を0.15以上に限定した理由は、汚泥の生物的活性及び沈降速度が制限される水準にまで減少するのを回避するためである。
ところで、MLSS含量とMLVSS含量はともに微生物の量を示す指標として用いられるものであつて、MLVSS含量はMLSS含量中の強熱減量分を表し、MLSS含量よりもより生物量に近い数値を示す指標として取り扱われるものであるから、活性汚泥のMLVSS/MLSS比が返送汚泥量と相関関係にあつて、この比の低下に伴つて装置に対する負荷が増大することは当然のことである。そして、活性汚泥のMLVSS/MLSS比は汚水の種類によつて相違し、家庭下水の場合は0.75~0.9であることはよく知られているところである。
また、混合中のF/M比は、与えられる基質とそれに働きかける生物量との量的バランスを示すものであるから、この比が低下すると基質が不十分となつて汚泥の生物学的活性が減少することは当然であり、しかも、混合中のF/M比が汚泥の沈降速度と相関関係にあること及び従来の空気曝気式活性汚泥法においてこの比の下限値を約0.1(kg BOD5)/(日×kg MLSS)――なお、これを(kg BOD5)/(日×kg MLVSS)で表現すると、家庭下水の場合は前記のようにMLVSS/MLSS比が0.75~0.9であるから、0.11~0.13となる――に限定していることはよく知られているところである。
そうすると、引用例記載の発明において、装置に対する過剰負荷の点から活性汚泥のMLVSS/MLSS比の下限値を、また、汚泥の生物学的活性及び沈降速度の点からF/M比の下限値をそれぞれ限定することは、当業者が当然考えることである。
そして、本願第1発明のMLVSS/MLSS比及びF/M比は従来の空気曝気式のものと比較して格別相違するものでもなく、しかも、引用例記載の発明が、汚水量に対する曝気量の増大に伴う排水及び生成される汚泥特性の向上という事実を前提とした、従来の空気に代えて95容量%の酸素含有ガスを用いたことにより、満足すべき排水を得ていること及び返送汚泥中のMLSS含量が従来の空気曝気式のものより非常に高いことからみて、引用例記載の発明においても、本願第1発明と同じく、従来の空気曝気式のものより特性の優れた活性汚泥が得られているものと解されるから、引用例記載の発明において活性汚泥のMLVSS/MLSS比を0.55以上に、また、混合中の平均F/M比を0.15以上に限定することは、当業者が容易になし得るものと認められる。
したがつて、本願第1発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
次に、本願第2発明について検討すると、この発明は、気曝帯域を複数個に分割し、その中を液体のフード含量が気曝帯域ごとに順次低下するように液体を移行せしめ、それに伴つて、汚泥と清澄な流出液に分離するための酸素化液体の取り出し位置を複数の気曝帯域のうちいずれかとし、分離された汚泥の再循環位置を最初の気曝帯域とした点で、本願第1発明と相違している。
ところで、空気曝気式活性汚泥法の一処理形式として、気曝帯域を複数個に分割し、その中を汚水を順次移行せしめ、最終気曝帯域の流出液から分離した汚泥を最初の気曝帯域に返送するものはよく知られている。また、かかる複数気曝帯域形式のものにおいて、液の流れを円滑にして、フード含量が上流域から下流域へと順次低下するように操作することが効率上好ましいことは当然のことである。
そうすると、引用例記載の発明の処理形式を複数気曝帯域形式のものに変更すること、及び、それに伴つてフード含量が各気曝帯域ごとに順次低下するように液体を移行せしめることは、当業者が容易になし得るものと認められる。
したがつて、本願第2発明も引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
1 本願発明について
本願第1発明は前記21記載のとおりのBOD含有廃水処理方法であり、その必要な要件として次の9項目、すなわち、
① 供給ガスの酸素濃度
② 混合継続時間(曝気時間)
③ 酸素化帯域内のMLSS含量
④ 返送汚泥のMLSS含量
⑤ R/F比
(以上①ないし⑤をまとめて「第1項目」ともいう。)
⑥ 酸素化帯域中の酸素分圧
⑦ 溶解酸素含量
(以上⑥及び⑦をまとめて「第2項目」ともいう。)
⑧ 活性汚泥のMLVSS/MLSS比
⑨ F/M比
(以上⑧及び⑨をまとめて「第3項目」ともいう。)がそれぞれ一定の範囲に維持されることを規定しており、これを満たすことによつて、従来公知の廃水処理方法と比較して、高い固型分含量、高い沈降速度、低い汚泥再循環率が達成され、装置のコンパクト化も可能となり、高い経済性をもつた廃水処理システムが完成され、実用化に至つたのである。また本願第2発明は、右本願第1発明の要件に加えて、特定の帯域におけるBODが、それが移行される次の帯域における液体のそれよりも高くなるような態様で液体を複数の帯域を通して順次移行させることを要件とするものである。
2 引用例について
引用例には、高濃度酸素含有ガスを曝気ガスに用いた活性汚泥法の発明が記載されており、その中に
(1) 上部が密閉された曝気槽に汚水と沈降槽から返送される汚泥とを導入して合成雰囲気ガスで曝気し、更に曝気後の該ガスをコンプレツサーで曝気槽に再循環すること
(2) 曝気時間が3時間であること
(3) 混合液体中の返送汚泥が約30容量%であること
(4) 合成雰囲気中の酸素濃度が95容量%であること
(5) 経路からの蓄積ガスの頻繁な洗い流しを行なわずしてはいかなる形態でも雰囲気中の酸素割合を維持できなかつたことに伴う酸素の不可避的なロスのために、このプロセスが生物学的に又は経済的に如何に有望であろうとも、実施不可能にしてしまつたこと
(6) 返送汚泥は1~1.5%の固形分を含んでいたこと
などが記載されており、研究の結論として
(7) 活性汚泥法において高濃度酸素雰囲気を使用する試みは経済的に不適当である
と述べられている。
3 審決は、本願第1発明と引用例記載発明とを対比して、本願発明の前記要件第1項目では両者は一致し、第2項目では一致と推定でき、第3項目では容易に推考できるものとして、本願第1発明は引用例から容易に推考できるものと判断したが、その判断は次にみるとおり誤つており、審決は違法として取り消されるべきである。
(1) 第1項目について
引用例のものにおいては、返送汚泥には1~1.5%までの固型分が含まれていて、R/F比が0.3であるから、酸素化帯域内のMLSS含量は2300~3460ppmとなるものであり、本願第1発明のものと一致しないのに、これを一致するとした審決は誤りである。
(2) 第2項目について
審決は、酸素化帯域中(「槽上部」ともいう。)の酸素分圧300mmHg以上、及び溶解酸素濃度(DO)3ppm以上の濃度が、引用例発明において達成されたものと推定し、その根拠として、(イ)「高濃度酸素の雰囲気は、曝気槽内の混合液体内を通過後、補促され、コンプレツサーへ送られ、そこで曝気槽で消費された酸素が補充され、…ようになろう。」、(ロ)「曝気雰囲気のサンプルを各実験中にしばしばサンプリングし雰囲気内に望ましい割合の酸素が含まれるように必要に応じ酸素を加えた。」、(ハ)「合成雰囲気内に含まれる酸素が約95容量%の条件で行われた。」の記載を引用している。しかしながら、引用例をみれば明らかなように、(イ)は酸素を使用した場合の現象ないし操作を想定記述したものであり、(ロ)は実験操作の手順を説明したものであり、(ハ)は実験の条件を記述したものである。即ちいずれも実験結果を記したものではない。
実験結果としては、(A)「曝気雰囲気内における酸素分圧を引上げる効果は決定的でなく、何らの信頼し得る定量的結果も得られなかつた。」のであり、(B)「この率は酸素の濃度が95%以下になると若干増加したが、必要とされるガスの量と雰囲気内における酸素の割合との間に何らの相関関係も定め得なかつた。…遂にこの研究を中止するに至つた。」、さらに、(C)「ラインから蓄積されたガスを再三フラツシングすることなしでは雰囲気内の酸素含量を保持することが不可能になつた。」と記述されているものの、フラツシングの方法及びその結果についての記述は何らなく、槽上部の酸素分圧が、前述の実験条件の95%に保持された何らの根拠はなく、また、300mmHg以上に定常的に保持された何らの根拠もない。もし、酸素分圧が300mmHg以上及びDO濃度3ppm以上が維持できていれば、返送汚泥の全懸濁固形分含量が最大でも15000ppmである筈がなく、20000~40000ppmにはなる筈であり、従つて酸素化帯域内の全懸濁固形分が最大でも3460ppmである筈はなく、本願発明の如く同一汚泥返送比において4500~9000ppmは容易に達成される筈である。また、前記酸素分圧及びDO濃度が維持できれば安定した操業ができる筈であり、「このプロセスが生物学的に又は経済的に如何に有望であろうとも、実施不能にしてしまつた」というような結論にはならない筈である。(D)「このプロセスが生物学的に又は経済的に如何に有望であろうとも、実施不能にしてしまつた。」と記載されているところからも明らかなように、前記(イ)、(ロ)及び(ハ)のような操作手順を想定し実験を行なつたのであるが、結果としては(A)、(B)、(C)及び(D)のような悲観的な結論に至つているのである。このように、特定の条件の設定により高濃度酸素含有ガスを使用した廃水処理方法を確立した本願発明と全く異なつた結論が導き出された原因は、本願発明の構成要件に一致しない条件を用いたためと考えるべきであり、それがいかなる条件であつたかは不明であるが、本願発明の各構成要件の全てを満足していなかつたことは上述の結論よりみて明らかである。引用例においては、槽上部の酸素分圧のみならず、その他の構成要件についても、当業者が容易にその実施が出来る程度に開示されておらず、当業者といえども、これらの記載から本願発明の目的、構成、効果を予想又は想到出来ないものである。逆に、引用例の実験条件の如く、合成雰囲気内の酸素濃度を95%程度に保持するように外部よりの供給酸素を使用した場合、例え排ガスを連続的に系外に抜き出したとしても、酸素利用効率は0.4%程度にすぎず、如何に安価な酸素コストであろうとも本システムが事実上実施可能な発明ということはできない。ところで本願発明は、公報第9欄21~25行に明記されているように、酸素濃度が約40容量%(300mmHg)以上で効果が明確化され約33容量%(250mmHg)以下であれば酸素分圧の効果が消滅するという発見に基づくものであり、酸素濃度(酸素分圧)の上限は、供給ガスの酸素濃度、価格、装置の規模等の他の条件に大きく左右され明確化しにくいため、明細書の特許請求の範囲において限定されていない。しかしながら、本願発明の要旨とするところは、明細書の実施例(表Ⅱ)にも示されているように、酸素濃度40乃至80容量%(300~600mmHg)において実施されるべきものであり、その際の酸素利用効率は95%程度にまで達する高い水準が維持されるのであつて、生物学的にも経済的にも実施不可能であると自ら判断された引用例の発明とは本質的に異なるものである。
(3) 第3項目について
審決は、本願発明で規定したF/M比は、従来の空気を使用した活性汚泥法においても普通に実施されている範囲のものであり引用例においても同様であろうから意義を認めないとしている。
しかしながら、本願発明における右F/M比のF、すなわち供給されるフードは、同一規模の従来の空気曝気活性汚泥法におけるより大きく、また、M、すなわちMLVSSは、MLSSが4000~12000ppmであつて、MLVSS/MLSSが0.55以上と、通常の空気曝気活性汚泥法に比して、高い値であるため本願発明におけるF/M比は通常の数値になつているのであつて、フードが従来法に比して極めて高濃度であることを審決は見過している。
そしてこの様に高フード供給量において、従来法と殆んど変らぬF/M比を維持しながら効率的な処理を行なうことは、空気曝気では不可能であり、かゝる前提を無視し空気曝気で行なわれていたものが酸素曝気において可能であるとの証拠も示さず意義がないものと断定することは許されない。F/M比が従来法におけると同一であつても、F及びMのそれぞれの絶対値は大きくなつているのであり、また、F及びMのそれぞれの濃度の増加は酸素の消費速度の増加を招くため本願発明のように積極的に酸素分圧の維持、酸素溶解速度の増加の手段をとらぬ限り、供給ガスが高濃度酸素含有ガスであるからといつても本願発明で定めた条件を維持出来るものでない。
(4) 容易推考の判断について
本願第1発明と引用例の発明を比較すれば、本願発明の構成要件の中、一部は同一、一部は一致せず、その他の条件は引用例ではいかなる条件を用いたのか明らかでないので不明である。そして得られた結論は全く逆であり、本願発明では十分な経済性をもち、気曝帯域における高固形分濃度、高いDO、および高沈降速度および低い汚泥再循環率が達成でき、その結果経済的に高濃度酸素含有ガスを使用したが廃水処理の曝気ガスとして使用できることを明確にしているのに対し、引用例の記載においては経済的に高濃度酸素含有ガスの使用は好ましくないとされている。このように異なつた結論が導き出された原因は、本願発明の構成要件に一致しない条件を用いたためと考えるべきであり、それがいかなる条件であつたかは不明であるが、本願発明の各構成要件の全てを満足していなかつたことはその結論よりみて明らかである。
引用例が開示した発明、或いはその技術水準からは、少くとも本願発明の効果は予期されるべくもなかつたことは、引用例の記載全体を見れば明らかであり、この引用例を当業者がみた場合、審決の述べる如く、容易に本願発明をすることができたとは到底考えられない。何故なら、引用例の開示した技術は、当業者の常識で読む限り、経済的にも技術的にも実施できないと読まれるべきであり、それが本願出願時の技術常識と考えられるからである。それを本願発明においては、当時の技術水準における技術常識をくつがえし、高濃度酸素含有ガスによる廃水処理が、技術的にも、経済的にも成立することをその詳細な条件と共に明らかにしたのである。技術常識をくつがえし、当業者の技術水準によつては予期できない高度の効果を奏した発明は、当然いわゆる進歩性を有する発明である。
以上のとおり本願第1発明が容易に推考できるものでないから、本願第2発明を容易に推考できるものでないことも当然である。
(5) 引用例の引用適格について
引用例には、そこに開示された技術は生物学的に又は経済的にいかに有望であろうとも実施不可能である旨記載されているのであつて、産業上利用できないことを明らかにした失敗例の開示というべきものである。失敗した技術の開示はそれなりに技術の進歩に貢献することがあるにしても、その失敗した技術を特許出願の拒絶査定の唯一直接の理由とすることは許されない。
第3 被告の認否及び反論
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の主張は争う。審決に原告主張のような違法の点はない。
1 第1項目について
引用例のものにおいては、返送汚泥には1~1.5%の固型分が含まれていて、混合液中の返送汚泥が30容量%であるから、この混合液のMLSS含量は3000~4500ppm、R/F比は0.43(審決にこれを0.3としてあるのは誤りである。)となるものであり、第1項目について本願発明と引用例のものとが一致するとした審決に誤りはない。
2 第2項目について
引用例には、審決も指摘したとおり、(イ)「高濃度酸素の雰囲気は、曝気槽内の混合液体内を通過後、捕捉され、コンプレツサーへ送られ、そこで曝気槽で消費された酸素が補充され、…ようになろう。」(第258頁右欄第13―19行)、(ロ)「曝気雰囲気のサンプルを各実験中にしばしばサンプリングし雰囲気内に望ましい割合の酸素が含まれるように必要に応じ酸素を加えた。」(第258頁右欄第46―51行)、(ハ)「合成雰囲気内に含まれる酸素が約95容量%の条件で行われた。」(第259頁左欄第26―27行)と記載されているのであつて、引用例では酸素濃度が約95容量%の酸素ガスが使用されていることは明らかである。原告は、引用例で合成雰囲気内に含まれる酸素が約95容量%の条件で行なわれたというのは結果でないと主張しているが、引用例にはその条件が保持されたことが事実として記載されており、また、そのための手段として、ラインから蓄積されたガスを再三フラツシングして除き、酸素を補給しているのであるから、実際に行なわれえたのである。フラツシングを十分行なえば気相の酸素濃度を95容量%程度に保持することは技術的に可能であり、それが経済的に成立つか否かは経済上の問題に過ぎない。
右のとおり、引用例の発明では酸素濃度が95容量%の酸素含有ガスが使用され、その使用量は処理される下水1ガロン当たり約0.3~2.0ft3(下水1l当たり約1.87~12.4l)である。その際、下水のBODの減少を引用例の「100ppm以上減少できる」との記載から仮に100ppmとすると、溶解分などを考えても酸素消費量は下水1l当たり約0.11lにすぎないから、曝気槽上部に液から放出される酸素含有ガスの酸素濃度は約89~94容量%(酸素分圧に換算すれば約680~714mmHg)となる。BODの減少値を200ppm、300ppmとしても右結果と大差ない。してみれば、引用例の曝気槽上部においてガス中の酸素分圧が300mmHg以上であることは明らかである。
更に、右にみたとおり、引用例では高濃度の酸素含有ガスが多量に供給されているのに対し、酸素の消費条件からみるとその消費量は僅かで消費速度も小さいから、酸素含有ガスが通された混合液体には十分な酸素が溶解している筈であつて、少くとも3ppmの溶解酸素含量を有するといえる。まして、本願発明が、BODが引用例と同じか或いは高い100―300ppmの下水に対し、引用例と同じか或いは高いMLSSを保持していながら、引用例よりも低いか或いは同じ少くとも50容量%の酸素を含むガスを供給することによつて、少くとも3ppmの溶解酸素含量がえられるというのであるから、より高いか或いは同じ濃度の酸素含有ガスを用いる引用例においては当然その程度の溶解酸素含量がえられる筈である。
以上のとおりであつて、第2項目の要件について本願発明と引用例のものとが一致すると認められるとした審決に誤りはない。
3 第3項目について
本願発明はMLVSS/MLSS比を0.55以上に限定しているが、この条件は活性汚泥法において通常採用されているものであつて、特別なものではない。本願明細書にも記載されているように「MLVSS/MLSSの比の値は必ずしも制御自在ではなく水質の種類によつてほぼ決定される。」(公報8欄第15―16行)のであり、また通常「都市下水における生化学的に酸化しうる有機物質の濃度は充分に高いので、0.55以上の全懸濁固形分に対する揮発性物質の比は汚泥及び混合液体中において容易に保持される。」(公報8欄第28―31行)のである。そして、それ故に本願発明は特許請求の範囲に特徴の要件としてではなく前提条件として記載しているのである。
さらに、本願発明が平均フード対ビオマス比(F/M比)について特定している範囲は、活性汚泥法において通常採用されている条件である。この点について、原告は、本願発明はF及びMが従来の空気曝気活性汚泥法より高いと主張しているが、引用例の酸素曝気活性汚泥法と比較すべきである。そうすると、両者の間に差はないものである。
したがつて、第3項目の要件について引用例から容易に推考できるものとした審決の判断に誤りはない。
4 容易推考の判断について
右1ないし3に詳細に論じたとおり、本願第1発明と引用例記載の発明とは構成要件が相当部分同一であり、同一でないものについても当業者が適宜なし得るものである。そして、引用例記載の発明は、MLSS含量の大きさ、汚泥再循環率の大きさ、装置が小型化する点において本願発明と差がなく、さらに汚泥の沈降速度の大きさもF/M比などの条件に著しい差がないから、全体の効果において格別の差異がないものとみられる。
なお、引用例には経済的に正当視され得ないとの結論が示されているが、その原因は年間の酸素コストが2万3000ドルで、総コスト約2万6000ドルの大半を占めるためである。ところで、近年酸素を低コストで収得供給することができるようになつたため、高濃度酸素を曝気に経済的に利用することができるようになつたのである。本願発明でいう効果はプロセスそのものによる効果でなく酸素のコストをいつているに過ぎない。
したがつて、本願の第1発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
次に、本願第2発明と第1発明の相違点は審決で述べたとおりであるが、そのうち曝気処理帯域を複数個設け、最初の帯域に汚水と循環汚泥とを導入し、それを次の帯域へ移行せしめ、最終の帯域から流出させ、その流出液から汚泥を分離してその一部を循環することは、この分野における常套手段である。また、このような複数の気曝処理帯域からなる形式においては、汚水が導入する最初の帯域から最終の帯域に向つてその処理に伴つてBODが順次低下することは操作上むしろ当然のことである。
したがつて、本願第2発明も引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
5 引用例の引用適格について
引用例には酸素の利用率が67%であつても、酸素に基づくコストが高いため、その方法が経済的に成り立たないこと、またフラツシングによつて酸素の損失が多いと、その方法は実用的でないと述べられているが、それは要するに経済的でないということで、講学上の「産業上利用できないもの」であることを意味するものではない。
引用例は原告の主張するような失敗例を開示したものということはできず、これを引用することになんら違法とすべき点はない。
第4 証拠関係
証拠の関係は、本件記録中の該当箇所記載のとおりであるので、これを引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
2 そこで審決にこれを取り消すべき違法の点が存するかどうかについて検討する。
1 成立について争いのない甲第2号証(本願発明の特許出願公告公報)によれば、本願明細書の特許請求の範囲には、前示当事者間に争いのない本願発明の要旨のとおりのこと(事実摘示第2の2参照)が記載されており、本願発明は右のとおりのことを要旨とするものと認められる。これに対し、成立について争いのない甲第3号証(引用例)によれば、引用例には、活性汚泥プロセスに濃厚酸素雰囲気を使用することが研究され、高い割合の酸素を含む合成雰囲気を用いて、密閉した曝気槽内で混合液を曝気することとして、高濃度酸素の雰囲気は曝気槽内の混合液体内を通過後捕捉されてコンプレツサーへ送られ、そこで曝気槽で消費された酸素が補充され、曝気に再使用されることとなるよう、別紙図面(2)に示すとおりの装置をもつてテストが行われたことが記載されている。
2 原告は、先ず、引用例のものにあつては酸素化帯域内のMLSS含量が2300~3460ppmであつて、本願発明のものと一致しないのに、これを一致するとした審決は誤つている旨主張する。
しかしながら、引用例には、「テストでは、合成雰囲気内における酸素を除いては、望ましい条件についてのコントロールで何らの重大な困難も生じなかつた。」として、「テストは…混合液内の返送汚泥が約30容量%…で行われた。返送汚泥には1%から1.5%までの固型分が含まれていた。」と行われたテストについての結果が記載されているところであつて、これによれば、引用例のものにあつては、酸素化帯域内でのMLSS含量は3000~4500ppmになる(ちなみに、R/F比は0.43となる。)ものであり、これが本願発明における規定された範囲内に入ることは明らかである。原告の主張は、引用例中のコストを試算する部分に記載された下水100万ガロンを処理するに要する返送汚泥量を30万ガロンとしている点に立脚するものであるが、右部分は現実のテストの結果を記載したものとは認められず、現実のテストの結果は前記のとおりと認められるから、原告の主張を採用することはできない。
3 原告は、次に、本願発明と引用例のものでは、酸素化帯域中での酸素分圧及び溶解酸素含量が異なるのに、これを一致するとした審決は誤つている旨主張する。
引用例は、前記のとおり、高濃度酸素雰囲気をもつて曝気することを主眼とするものであり、そのため、「曝気槽の頂部が気密に閉鎖され、合成雰囲気を囲うようにされ」た引用例の装置では、生下水と返送汚泥とはA点で混合され混合液となつてB点の曝気槽の底部に入り、上昇する気泡とともに上昇して、頂部のC点で曝気槽から出ていくのであるところ、合成雰囲気又は曝気ガスはD点のガスホルダ内に貯えられ、必要とされる酸素はO2と記した酸素ボンベから補充され、コンプレツサーによつて、完全に密閉されたシステム内を循環させられるようになつている。しかして、引用例の記載によれば、右装置を用いてのテストに際しては、重大な困難が生じたけれども、「合成雰囲気に含まれる酸素が約95容量%の条件で行われた」、すなわち、該テストに際しては、「曝気雰囲気内のサンプルを各実験中にしばしばサンプリングし、雰囲気内に望ましい割合の酸素が含まれるように必要に応じ酸素を加えた」ものであり、「ラインから蓄積されたガスを再三フラツシングすることなしでは雰囲気内の酸素含量を保持することが不可能になつた」ので、「ラインのフラツシングを行つた」が、その「フラツシングの量とこれによる酸素のロスとは、テスト装置を設計し、テストを計画した時には予見していなかつた」ほどのものであつたことが明らかである。
ところで、前掲甲第2号証によれば、本願明細書において本願発明の実施例として説明されているものの中には、次のようなものが含まれている。すなわち、別紙図面(1)のように図示された装置において、「BOD含有水が導管11を通して室10に入る。少くとも50%の酸素を含む酸素源が設けられ、そして酸素ガスはそこから制御弁13を内蔵する導管12を通して室10に流れる。室10には液体上方に酸素富化雰囲気を維持するため気密蓋14が設置される。…再循環汚泥がまた導管15を通して室10に導入される。しかしBOD含有供給水及び汚泥は、所望なら、室内に導入前に混合してもよい。」(甲第2号証第17欄29~38行)、「上記各流れは、蓋14におけるシール18を通して伸びるシヤフトを有するモータ17により駆動される機械的撹拌手段16によつて混合体域としての室10内で緊密に混合される。…液体から液上方ガス室間内に解放される酸素化ガスは圧縮用送風機20により導管19を通して回収されそして導管21を通して好ましくは撹拌器16の下側に配置される潜水散布器ないし放散器22に返送される。…酸素―消費酸素化ガスはやはり、流量制御弁24を備える制限流水導管23を通して室10から放出される。」(前同第17欄39行~第18欄10行)、「酸素富化ガスは混合段階中導管12を通して室10に連続的に導入してもよいしまた混合が開始される時停止してもよい。同じく、酸素―消費ガスは導管23を通して液上方空間から連続的に放出されてもよいし、また混合段階の完了に際してのみ放出されてもよい。」(前同第18欄22行~28行)、「別の方法として、混合段階を周期的に達成することもでき、その場合先ず第1次サイクルでBOD―含有液、再循環汚泥及び第1次量の酸素富化供給ガスが混合されて部分的に酸素化した液体及び供給ガスより低純度の未消費酸素含有ガスが生成される。このガスは導管23を通して放出されそして第2次サイクルにおいて、第1次サイクルからの部分的に酸素化した液体から部分的に構成される液体と混合するために第2次量の酸素富化供給ガスが導管12を通して導入される。」(前同第18欄28~38行)という態様のものである。
本願発明の酸素富化ガスの混合態様として説明された右のもの、とりわけ、混合段階の完了に際してのみ排ガスを放出するものや混合段階を周期的に達成するものは、混合液体から発生する窒素その他の不純ガスをも供給ガスとともに混合液体中に循環され、あるいは、該不純ガスを含んで酸素含有度が低下した時点で放出されて新たな酸素富化ガスが供給されるものであるから、前認定の引用例記載のテストにおいて行われたものと実質的に異なるところを見出し難く、右のような態様で酸素富化ガスを混合する本願発明において酸素化帯域中での酸素分圧が300mmHg以上、溶解酸素含量が3ppm以上の水準を達するというのなら、本願発明と同じく高濃度酸素雰囲気をもつて曝気することを意図して、雰囲気内に望ましい割合の酸素が含まれるよう再三フラツシングしつつ必要に応じ酸素を追加供給して行われたものである引用例記載のものにあつても、そこでの返送汚泥及び混合液体中のMLSS含量は前認定のとおり本願発明におけると一致することと併せ考慮すれば、本願発明におけると同じ水準の酸素化帯域中での酸素分圧及び溶解酸素含量を達しているものと認めるのが相当であつて、右の点において本願発明と引用例のものとが一致するとした審決の判断に誤りはない。
4 原告は、本願発明の規定したF/M比が通常の空気曝気活性汚泥法における数値と異ならないからといつて、F及びMの絶対値が全く異なるのであるから、これをもつて本願発明のように規定することが容易であるとはいえない旨主張する。
本願発明においてF/M比を0.15以上と規定しているのは、本願明細書の記載によれば、比較的高い沈降速度と密な活性ビオマスを得るために右の範囲に限定する必要があるというのであつて、本願発明において規定されたMLVSS/MLSS比の値は本願明細書にも記載されているとおり極く普通のものであるから、F/M比を、本願発明において規定するように(kg BOD5)/(日×kg MLSS)の単位で表示しようと、他の単位を用いて((kg BOD5)/(日×kg MLSS)で表示しようと、そこに格別の意味はないものである。しかして、成立について争いのない乙第1号証の1ないし3によつて、活性汚泥法においてはF/M比が操作上重要なフアクターとして注目され、スラツジの沈降に関連するものとして当業者に知られていたことが認められるのであるから、本願発明と同じくF/M比におけるフード(F)及びビオマス(M)の絶対値がそれぞれ大となる引用例のものにおいて、比較的高い沈降速度等の好ましい結果を得られるよう、F/M比に注目してその測定を行い、これに基づいてその下限を0.15(kg BOD5)/(日×kg MLVSS)程度に画すということに格別の困難はないものと認められる。したがつて、原告の主張は理由がない。
5 原告は、引用例は失敗例を開示したものにすぎず、これを引用して本願を拒絶することは許されない旨主張する。
確かに、引用例には原告の指摘するとおり「このプロセスが生物学的に又は経済的にいかに有望であろうとも、実施不可能にしてしまつた。」と記載されてはいるけれど、引用例全体の記載に照らせば、右によつて意味されていることは、引用例において開示された高濃度酸素雰囲気を使用しての活性汚泥プロセスは、酸素のコストが高いため在来の活性汚泥プロセスに代わるべきものとしては到底採算がとれず、その実施は経済的には正当視されないというにとどまり、引用例に自然法則を利用した技術的思想の創作が開示されていることをなんら否定するものではない。原告の主張は理由がない。
6 以上のとおりであつて、本願第1発明は引用例の記載に基づいて容易に推考できるとした審決の判断は正当であり、審決に違法の点を認めることはできない。
3 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。
(杉山伸顕 裁判長裁判官高林克巳は退官のため、裁判官八田秀夫は転補のため、いずれも署名押印できない。杉山伸顕)
〈以下省略〉