裁判年月日 昭和61年 3月24日 裁判所名 名古屋地裁
事件番号 昭58(ワ)2341号
「解凍・洗浄槽」事件
一 請求原因1は当事者間に争いがない。
二 右争いのない実用新案登録請求の範囲に、成立に争いのない甲第一号証の記載を参酌すると、本件考案は次の構成要件に分説するのが相当である。
(一) 槽体を有すること。
(二) 槽体内部下方に設けた曝気管を有すること。
(三) 曝気管の上方に直接に懸架した多孔槽を有すること
(四) 解凍・洗浄槽であること
三 次に、本件考案の作用効果をみるに、前掲甲第一号証によれば、本件考案は、槽体内部に洗浄水を保持し、曝気管から右槽体内部の洗浄水に空気を噴出させることにより多孔槽内に保持された被処理物を解凍・洗浄することを目的とする解凍・洗浄槽に関するものであるところ、前記各構成要件からして、
(一) 被処理物に接触するのが洗浄水と気泡のみであるから被処理物に損傷が生じない。
(二) 気泡による洗浄水の騒乱は無方向性のものであり被処理物のすべての面に振動・衝撃が及ぼされ、解凍時間が短縮され、また短時間に完全に洗浄が可能になる。
との各作用効果を有するものと認められる。
四 被告が遅くとも昭和五六年頃からイ号物件(但し、同物件が別紙目録一枚目第一、二行目に記載の構成を有するか否かの点は争いがあるところ、同目録一枚目第一、二行目に記載の部分を除く部分によつてイ号物件の特定としては十分であるから、以下、右記載部分を除いた部分により特定される物件を「イ号物件」という。)を業として製作・販売していることは当事者間に争いがない。
五 そこで、イ号物件が本件考案の技術的範囲に含まれるかについて検討するに、イ号物件は、その作動状態においては、多孔槽1内の水に投入口2から排出口3に向う流れが生じるものであり、この状態で投入口2から被洗滌物W(葉菜)をその茎部が先端となる状態で投入すると、この被洗滌物W(葉菜)は多孔槽1内の水の流動によつて促がされながら排出口3に向けて移行し、その移動時においてノズル管12の噴気口13から噴出される空気によつて発生する気泡を下方から浴びながら洗滌されるものである(別紙目録参照)ところ、検証の結果によれば、作動状態のイ号物件の投入口2に半解凍(シヤーベツト状)の野沢菜一茎を投入した場合、該野沢菜は約一〇秒ないし一五秒で解凍不十分な状態のまま排出口3に到達することが認められ、また、原告本人尋問の結果により成立を認め得る甲第五号証によれば、通常の操業状態においてイ号物件の投入口2に野沢菜を連続的に投入した場合、野沢菜が投入口2から排出口3に至るまでの到達時間は約五〇秒であることが認められ、右各認定に反する証拠はない。そして、投入する野沢菜の状態(冷凍か半解凍か、或いは生か)によつて投入口2から排出口3に至る時間が大幅に変化することを認めるに足りる証拠はなく、またそのように考えるべき合理的な理由も窺うことができないから、右各事実からすれば、野沢菜の場合、その投入量、投入間隔によりその投入口2から排出口3に至る到達時間に長短の生じることは否定できないにしろ、これを連続的に投入した場合にあつても、その到達時間は一分間を大きく上廻ることはないものと考えられる。
原告はこの点について、被処理物の多孔槽1内の通過時間は被処理物の取り上げ速度に律せられる旨主張する。
なるほど、被処理物の投入口2における投入速度に対して、その排出口3における取り上げ速度が遅ければ、多孔槽1内において被処理物が渋滞することとなることは自明の理であり、その意味で被処理物の取り上げ速度がその多孔槽1内における通過時間に影響することは原告主張のとおりである。
しかしながら、右の如き被処理物の投入速度と、その取り上げ速度との差をもつて被処理物を多孔槽1内に渋滞せしめる態様にてイ号物件を作動せしめることがイ号物件の通常の使用方法であると解することは困難であり(殊に受網22がコンベア式となつていることに鑑みると、右原告主張の状態を現出させるには受網22の移動速度を極めて遅くしなければならないが、イ号物件において右状態を現出するため受網22の移動速度を遅く設定していることを認めるに足りる証拠はない。)、またそのように認むべき証拠もないのであるから、右の如き使用方法を前提としてイ号物件と本件考案の対比を行うべきではない。従つて、右原告の右主張は失当である。
そこで、前記説示の野沢菜の場合における投入口2から排出口3に至る到達時間を前提として考えるのに、冷凍状態にある野沢菜等の葉菜類が一分間程度水中で気泡を浴びたからといつてただちに解凍されるものでないことは経験則上明らかであるから、イ号物件は、少なくとも被洗滌物Wが野沢菜等の葉菜類である場合については、冷凍食品の解凍槽としての実用的な機能を有するものではないといわざるを得ない。また、イ号物件につき、野沢菜等の葉菜類以外の冷凍食品について、解凍槽としての機能を有するものと認めるべき証拠は本件においては一切存しないのみならず、かえつて、葉菜類以外の冷凍食品は葉菜類に比して大むね解凍に長時間を要すると考えられること(ちなみに、前掲甲第一号証によれば、本件実用新案権の願書に添付された明細書の考案の詳細な説明中においては、二キログラムのムキエビの冷凍塊が解凍する時間は、自然放置によれば八時間、流動する水中では三時間を要するものが、本件考案の実施例により解凍する場合は六〇分にて解凍される旨の記載がされている。)からしてイ号物件は冷凍食品の解凍槽としての機能を有するものではないということができる。
してみると、イ号物件は解凍機能を有しない単なる洗浄槽であるというべきところ、本件考案の構成要件(四)は前記のとおり洗浄・解凍槽であるから単なる洗浄槽にすぎないイ号物件は本件考案の構成要件(四)を充足せず、従つてその余の点を判断するまでもなく本件考案の技術的範囲に含まれないこととなる。
原告は、本件考案の構成要件(四)は食品の洗浄にのみ用いられる洗浄槽も含まれるものである旨主張するが、右の主張は次のとおり失当である。
すなわち、
(一) 前掲甲第一号証によれば、本件実用新案権の願書に添付された明細書の考案の詳細な説明中には、本考案は「冷凍食品の解凍・洗浄に用いられる解凍・洗浄槽に関するものである」(別添公報1欄20、21行目)と明確に記載されており、その克服すべき従来技術を、エビ、魚のスリミ、畜肉等の冷凍食品の解凍技術に設定し、右従来技術の解凍速度が遅い点を右従来技術の問題点とし、「本考案は上記従来の問題点を解消して冷凍食品を極めて速やかに解凍することを主目的とし、同時に食品を極めて有効に洗浄することを目的とするものである。」(別添公報1欄29ないし32行目)と、その技術的課題を設定しているのである。そして、実施例においては、冷凍食品を解凍した後、その解凍した冷凍品を洗浄する操作及びその効果についてのみ記載されている(別添公報2欄6ないし29行目)のであつて、単に洗浄槽としてのみ使用する場合については、僅かに「なお、本考案の解凍洗浄槽は冷凍物以外、例えば野菜等の洗浄にも用いられるものである。」(別添公報3欄6、7行目)との付加的な記載が存するにすぎない。以上の甲第一号証の記載からすれば、前記構成要件(四)の「解凍・洗浄槽」とは、解凍機能及び洗浄機能の双方を有するものを意味するものと解するほかはない。
(二) また、成立に争いのない乙第一四号証の一ないし一一、第一五号証によれば、本件考案は、出願から登録になるまでに、出願前に公知である実開昭五二―一四五五七一号公報(考案の名称―冷凍物解凍装置)に記載されたものから当業者がきわめて容易に考案することができたものであるということを理由として二度にわたり拒絶理由通知を受けており、出願人である原告は意見書を提出し、右拒絶理由通知における引用例に比して本件考案は三倍の解凍効果がある旨主張すると共にその旨明細書の補正をした後、登録されるに至つたものであり、その際に、原告は、本件考案が冷凍食品の解凍目的のみでなく、食品の洗浄目的にも特段の作用効果を有する旨の主張を何らしていないことが認められるところ、右出願経過を参酌しても、出願人(原告)において、本件実用新案権の実用新案登録請求の範囲に記載の「解凍・洗浄槽」を、解凍機能は有せず、洗浄機能のみを有する槽をも含む趣旨で本件実用新案権を出願したものとは到底考えることができない。
(三) 更に、公知技術との関係からしても、成立について争いのない乙第一六号証によれば、本件実用新案権の出願前において既に、「柑橘類の自動洗浄装置」として、洗浄槽及び洗浄槽内部下方に設けた曝気管を有する槽の構成は公知であつたことが明らかであり、本件考案との構成上の相違は本件考案が曝気管の上方に直接に懸架した多孔槽を有するのに対し、右公知技術が柑橘類を回収する目的の水車を有する点において異なるにすぎず、本件考案の前記「解凍・洗浄槽」を洗浄機能のみを有する槽をも含む趣旨とみると、本件考案は、当業者にとつては、右公知技術から容易に推考し得るものであると考えられる。
原告はこの点について右公知技術と本件考案を比較すると、その被洗浄物の回収手段が大きく異なるから、本件考案は右公知技術と比しても新規性を有するものである旨主張する。
しかしながら、前掲甲第一号証によれば、本件考案の多孔槽が回収手段として格段に優れたものである旨の記載は本件実用新案権の願書に添付された明細書の考案の詳細な説明中には全く存しないことが明らかであつて、右原告の主張はにわかに首肯し難い。
(四) 以上を要するに、前記「解凍・洗浄槽」を、その字義に反し、解凍機能及び洗浄機能の双方を有する槽のみならず、単に洗浄機能を有するにすぎない槽をも含む趣旨であると解すべき根拠は何ら存しないのである。
六 以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなくイ号物件は本件考案の技術的範囲に属しないものであり、イ号物件が本件考案の技術的範囲に含まれることを前提とする原告の本訴請求は失当たるを免れない。
七 よつて、原告の本訴請求を棄却することとする。
〔編註〕本件における実用新案権および構成要件は左のとおりである。
1 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という)の権利者である。
(一) 登録出願日 昭和五二年一二月二二日
(二) 出願公告日(公告番号) 昭和五六年一一月一八日
(昭和五六―四九四三八号)
(三) 考案の名称 解凍・洗浄槽
(四) 登録日 昭和五七年八月一三日
(五) 登録番号 第一四四六七七〇号
(六) 実用新案登録請求の範囲 槽体と、槽体内部下方に設けた曝気管と曝気管の上方に直接に懸架した多孔槽とからなる解凍・洗浄槽。
2 本件考案は次の各要素からなるものである。
(1) 槽体
(2) 槽体内部下方に設けた曝気管
(3) 曝気管の上方に直接に懸架した多孔槽
(4) 以上からなる解凍・洗浄槽