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裁判年月日 昭和59年 7月31日 裁判所名 東京高裁 

事件番号 昭57(行ケ)79号

 

一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

 

二 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。

1 取消事由1の主張について

 成立に争いのない甲第三号証によれば、先願の願書に最初に添付された明細書(以下「先願明細書」という。)の特許請求の範囲第一項には「Co五~三五原子%、Cr三~四〇原子%、残部Feを主成分とする合金に、電子個数差がマイナス〇・五~二になるようにTi、V、Zr、Nb、Ta、Mo、W、Mn、Ni、Cu、Zn、Geの一種または二種以上(ただし、Mo単体は除く。)を含有させて特性を改良した(BH)maxが八、〇〇〇TA/m以上の磁石合金。」との記載がある。

 右記載によれば、先願明細書の特許請求の範囲第一項の発明(以下「先願発明」という。)においては、Ti、V、Zr、Nb、Ta、Mo、W、Mn、Ni、Cu、Geの一種または二種以上(ただし、Mo単体は除く。)が、Fe―Cr―Co系合金にその電子個数差がマイナス〇・五~二になるように配合されるものであることが認められるから、電子個数差は磁石合金の組成全体に関係を持つものであり、そして電子個数差を特定の範囲に限定することは、磁石合金の組成にある範囲の限定を加えることになることが明らかである。

 しかも先願の願書に最初に添付され図面(以下「図面」ともいう。)の第一図及び第三図によれば、電子個数差は磁気特性とも関係を有していることが一応認められるから、電子個数差は、所定の磁気特性を有するFe―Cr―Co系磁性合金を得る際における添加量の指標ともなっているものといわなければならない。

 したがつて、先願発明において原子個数差を「マイナス〇・五~二になるように」限定することは、少なくとも右の観点からしても、それなりに技術的意義を有しているということができる。

 そして前掲甲第三号証によれば、先願明細書には、先願発明に対応して、発明の詳細な説明に、特許請求の範囲内の記載に含まれる合金について、その製造方法及び磁気特性の測定法が記載され、その図面第一図には、先願発明の記載の範囲に含まれる合金と、その範囲外にある合金について具体的な組成例及びその磁気特性が記載され、また第二図には、電子個数差と磁気エネルギー積との関係が図示されている。

 しかも、先願明細書の特許請求の範囲第一項の記載は、それ自体意味するところが明確であり、また、これに対応するべき、発明の詳細な説明及び図面の右各記載との間に技術的に矛盾するところは認められないし、そしてまた、特許請求の範囲第一項に記載の磁性合金を製造することが技術的に不可能であるとする特段の事情も認められない。

 したがつて、先願発明は、先願明細書に完成された発明として記載されているといわなければならない。

 

 なお原告は、先願明細書に開示されている実施例の数が少なすぎること、しかもその磁気特性も低レベルのものであるとして先願発明の未完成を主張する。

 前掲甲第三号証によれば、先願明細書及び図面には、なるほど、先願発明の実施例としては、第一図C、D、E、F、H及びIの六例が記載されているに過ぎず、必ずしも充分なものとはいえないけれども、Ta以外の添加元素についてはそれらを含んだ磁性合金が実施例として示され、かつその磁気性も記載されており、そして先願発明の出願時にその発明が完成されていなかつたことを証する根拠もないので、先願明細書及び図面に開示されている実施例の数が少ないからといつて、直ちに先願発明が完成されたものでないと断定することはできない。そしてまた、磁気特性についても、先願発明における(BH)maxすなわち最大エネルギー積八、〇〇〇TA/mという値が公知の磁性合金のそれに比して高いか低いかは別としても、先願発明は最大エネルギー積八、〇〇〇TA/m以上の磁性合金が対象となつているのであるから、その限りにおいて発明は完成しているといわなければならない。

 なおまた原告は、先願発明の磁性合金の組成範囲内には、公知の磁性合金のほか、全く磁性を示さないものや、最大エネルギー積八、〇〇〇TA/m以下のものが多数含まれると主張するが、当事者間に争いのない前掲審決の理由によれば、審決が本件発明と対比している先願の発明は、前記のとおり先願明細書の特許請求の範囲第一項に記載された合金、すなわち最大エネルギー積八、〇〇〇TA/m以上のものであることが明らかであるから、その主張自体失当である。

 いずれにしても、先願発明を未完成とする原告の主張は採用することができない。

2 取消事由2の主張について

(一) 原告は本件発明は添加元素の具体的特定において先願発明と技術的思想を異にすると主張する。

 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件第一及び第二発明は、スピノーダル分解型のFe―Co―Cr系磁石合金の磁気特性及び機械加工性の改善を目的とするものであり、その目的達成のために、第一発明においては、Fe―CoーCr系合金にWを、また第二発明においてはWとMoとを、それぞれ添加して所定の合金組成とするものであることが認められる。

 他方、前掲甲第三号証によれば、先願発明もスピノーダル分解型のFe―Co―Cr系磁性合金の磁気特性及び機械加工性の改善を目的とするものであり、そして、その目的達成のためにFeーCo―Cr系合金にTi、V、Zr、Nb、Ta、Mo、W、Mn、Ni、Cu、Zn、Geの一種または二種以上(但しMo単体は除く。)を添加して所定の合金組成とするものであることが認められる。

 ところで前掲甲第二号証及び第三号証並びに弁論の全趣旨によれば、本件第一及び第二発明と先願発明とにおける合金組成においては、前者が重量比で規定されているのに対し、後者は、Co、Crについては原子%で、また他の添加元素については電子個数差によつて規定されていることの違いはあるが、その両者において互いに重複する場合があることが認められる。したがつて、本件第一及び第二発明と先願発明とは、発明の目する技術的課題において変わるところはなく、またその技術的課題を解決するための手段においても一致する場合が存在するのであるから、両者が技術的思想を異にするということはできず、この点の原告の主張は採用することができない。

(二) 原告は、本件発明は、磁気特性の点で、先願発明に比し飛躍的な作用効果を奏すると主張する。

 前掲甲第二号証及び第三号証によつて検討すると、本件第一発明においては、最大エネルギー積(BH)max≒5.0×106GOe(すなわち約三九、八〇〇TA/m)の磁石合金を得られる場合(甲第二号証第五欄一行ないし七行)があり、また本件第二発明においては、最大エネルギー積(BH)max≒5.6×106GOe。(すなわち約四四、六〇〇TA/m)の磁石合金を得られる場合(同号証第六欄二六行ないし三二行)があることが認められる。しかしながら、本件第一発明の磁石合金について最大エネルギー積2.5×106GOe(すなわち約二〇、〇〇〇TA/m)以上のものから1.0×106GOe(すなわち約八、〇〇〇TA/m)以下のものまでの広範囲のものが示されており(同号証第三図)、また本件第二発明の磁石合金について、最大エネルギー積2.8×106GOe(すなわち約二二、三〇〇TA/m)以上のものから、1.5×106GOe(すなわち約一一、九〇〇TA/m)以下のものまでの広範囲のものが示されており(同号証第六図)、先願発明におけるのと同等またはそれよりも劣つた最大エネルギー積を示すものをも包含することが認められる。したがつて、本件第一及び第二発明の磁石合金が先願発明のものに比して磁気特性の点で格別優れているということはできない。

 なお、右の磁気特性に関し、原告は、先願発明の磁性合金は工業的に利用できない強磁場中での処理を伴うものであるのに対し、本件第一及び第二発明の磁石合金は公知の通常の磁場処理で足りると主張するが、前述のように本件第一発明の磁石合金については、最大エネルギー積が先願発明のものにおけるよりも劣る場合も存在するのであるから、原告の右主張は意味がないものといわねばならない。結局作用効果に関する原告の主張も採用することはできない。

三 そうすると、原告の主張はいずれも理由がなく、本件発明が先願の発明と同一であるとした審決の判断に誤りはないから、審決を違法なものとしてその取消を求める原告の請求は失当として棄却する。

〔編註〕 本件発明の要旨は左のとおりである。

1 重量比で一五~三五%Co、二五~四〇%Cr、一~二〇%W、及び残部Feからなるスピノーダル分解型磁石合金。

2 重量比で一五~三五%Co、二五~四〇%Cr、一~一〇%W、〇・五~五%Mo、及び残部Feからなるスピノーダル分解型磁石合金。

 

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