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裁判年月日 平成13年 4月25日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決

事件番号 平成10年(行ケ)第401号

事件名 審決取消請求事件 〔即席冷凍麺類用穀紛事件〕

 

 

主  文

 

 特許庁が平成10年審判第4292号事件について平成10年11月17日にした審決を取り消す。

 訴訟費用は被告の負担とする。

 

   事実及び理由

 

第1 当事者の求めた裁判

 1 原告

 主文と同旨

 2 被告

 原告の請求を棄却する。

 訴訟費用は原告の負担とする。

第2 当事者間に争いのない事実

 1 特許庁における手続の経緯

 原告は、昭和58年5月17日に出願した特願昭58-85072号出願の一部を新たな特許出願として、平成3年7月25日、名称を「即席冷凍麺類用穀粉」とする発明につき特許出願をし(特願平3-185094号)、平成6年12月2日付け手続補正書により明細書の特許請求の範囲の記載を補正した(以下、補正後の特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「本願発明」という。)が、平成10年2月9日に拒絶査定を受けたので、同年3月26日、これに対する不服の審判の請求をした。

 特許庁は、同請求を平成10年審判第4292号事件として審理した上、同年11月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月30日、原告に送達された。

 2 本願発明の要旨

 タピオカ澱粉(注、上記手続補正書に「殿粉」とあるのは誤記と認める。)12~50重量%と穀粉類88~50重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉。

 3 審決の理由

 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、本件特許出願の日前の出願であって本件特許出願後に出願公開された特願昭58-32268号出願(以下「先願」という。)の願書に最初に添付した明細書(以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であると認められ、本願発明の発明者が先願明細書に記載された発明者と同一であるとも、本件特許出願時にその出願人が先願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法29条の2第1項の規定(注、「平成5年法律第26号による改正前の特許法29条の2第1項の規定」の趣旨と解される。以下、「特許法29条の2第1項」というときは、同改正前の同法29条の2第1項を指す。)により特許を受けることができないとした。

第3 原告主張の審決取消事由

 審決の理由中、本願発明の要旨の認定及び先願明細書の記載をそのまま摘記した部分(審決書2頁19行目~6頁9行目)の認定は認める。

 審決は、先願発明が用途発明として未完成であって、本願発明に対する後願排除効を有していないことを看過した(取消事由1)ことにより、また、先願発明を誤認し本願発明との一致点の認定を誤って(取消事由2)、本願発明が先願発明と同一である旨誤って判断した結果、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

 1 取消事由1(先願発明の未完成)

  (1) 先願は、昭和58年2月28日の出願に係り、昭和59年9月5日に出願公開され、平成3年10月9日に特許第1620460号として設定登録されたものである。

 ところで、本願発明が、先願発明と同一であるとして特許法29条の2第1項によって特許を受けることができないとされるため、すなわち、先願発明が本願発明に対するいわゆる後願排除効を有するためには、後記のとおり、先願発明が用途発明として完成していることが必要であると解すべきである。そして、発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作であり、一定の技術的課題の設定、その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものであるが、発明が完成したというためには、その技術手段が当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、またこれをもって足りるものと解されている(最高裁昭和61年10月3日判決・民集40巻6号1068頁)。

  (2) しかしながら、以下のとおり、先願発明は用途発明として完成していない。

   ア 本願発明の要旨が規定するとおり、本願発明は、穀粉(小麦粉又は小麦粉と異種穀粉との混合物)にタピオカ澱粉を特定割合で配合した即席冷凍麺類用穀粉であることを構成要件とするものであり、タピオカ澱粉と穀粉との組成物を即席冷凍麺類用穀粉に用いると食味、食感の点で優れていること、すなわち、タピオカ澱粉という既知の物質を特定割合で他の穀粉類と配合して即席冷凍麺類用穀粉という用途に使用することにより優れた効果が得られることを見いだして特許出願されたものであり、いわゆる用途発明である。

 用途発明は、特定の用途を見いだしたとされる物質が公知であったというだけで新規性が失われるものではなく、出願前、その物質に当該用途が見いだされていた場合に初めて新規性が否定されるというべきである。したがって、用途発明の新規性を判断する上で、対比の対象となる発明は、用途発明でなければならない。

   イ 先願明細書には「タピオカ澱粉5~30重量%と穀粉95~70重量%とを配合した製麺原料粉を真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、常法どおり製麺することにより生うどんを製造し、次いで生うどんを沸とう水中で茹でてゆでうどんを製造し、得られたゆでうどんを急速冷凍することにより冷凍うどんを製造すること」(審決書6頁11行目~17行目)が記載されている。

 この記載を前提とする限り、先願明細書には「タピオカ澱粉5~30重量%と穀粉95~70重量%とからなる冷凍麺類用穀粉」の発明(先願発明)が記載されており、先願発明は、「タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる」(同7頁末行~8頁1行目)冷凍麺類用穀粉の点で本願発明と一致することになる。

 しかしながら、先願明細書(甲第2号証)に、唯一冷凍麺の製造方法が記載されている実施例1の記載(3頁右下欄1行目~4頁左上欄5行目)に従って、原告が、タピオカ澱粉11重量部と中力小麦粉89重量部を配合した穀粉により実際に製造した冷凍うどんにつき実施した、官能評価試験、冷凍うどんの解凍前後の水分測定及び水分勾配試験の結果は、実験成績証明書(甲第5号証)に記載されているとおりであり、当該官能評価試験(以下「原告官能評価試験」という。)において、先願明細書の実施例1に従って製造された冷凍うどんは、小麦粉100%使用の麺を基準としその評価点を「3」として対比した場合に、「滑らかさ1.1」、「粘性1.7」、「弾力性1.0」及び「煮崩れ状態1.0」とされ、各項目につき、小麦粉100%使用の麺よりも劣悪な評価しか得られていない。そうすると、先願明細書の実施例1ではタピオカ澱粉を特定割合で配合した穀粉が冷凍麺を製造することに適しているという用途は見いだされているということができない。すなわち、先願明細書の実施例1の記載に関し、実験成績証明書(甲第5号証)記載の結果を踏まえて当業者がこれを理解すれば、同実施例の記載には、タピオカ澱粉を配合することにより、小麦粉100%使用の麺よりも、冷凍うどんを製造した場合に劣悪な効果しか得られないということが開示されていると理解されるのであり、穀粉にタピオカ澱粉を配合することにより、冷凍麺類用穀粉として効果があることは何ら開示されていないのである。

 したがって、先願明細書の実施例1の記載では、タピオカ澱粉入りの冷凍麺類用穀粉という用途発明は、当業者が反復継続して所定の効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されているとはいえず、発明として未完成であるといわざるを得ない。

 しかも、先願明細書において、冷凍麺の製造方法が記載されている実施例は実施例1だけであり、それ以外の実施例を含めた先願明細書の記載において、先願明細書が開示しているタピオカ澱粉を5~30重量%混合した冷凍麺類用穀粉という用途発明を支持する記載けないから、その実施例1に開示された内容が不十分であり、発明未完成の瑕疵を帯びる以上、先願明細書が開示する穀粉にタピオカ澱粉5~30重量%を混合した冷凍麺類用穀粉という先願発明全体が発明未完成の瑕疵を帯びることになる。

 そうすると、先願発明と本願発明の一致点である「タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる冷凍麺類用穀粉」という発明は、先願に関しては、このような未完成発明の一部である以上、発明未完成の瑕疵を同じく帯びることになることは明らかである。

  (3) したがって、先願発明が用途発明として完成しているということはできないから、先願発明に本願発明に対する後願排除効は生じない。すなわち、本願発明が、先願発明と同一であるとして特許法29条の2第1項によって特許を受けることができないとした審決の判断は誤りである。

  (4)ア 被告は、用途発明の完成を従来技術より優れた効果を奏する点に求めることは誤りであって、先願明細書記載の穀粉によって喫食可能な即席冷凍麺類が製造できれば、即席冷凍麺類用としての用途があることが確認でき、先願明細書において、即席冷凍麺類用穀粉という用途発明が完成していると主張する。

 しかしながら、被告も引用する工業所有権用語辞典編集委員会編「工業所有権用語辞典<新版>」(乙第31号証)に記載されているように、用途発明を特許法の対象とされる発明と認める根拠は、用途発明が属性の単なる発見ではなく、属性の発見に基づき、その物を一定の目的に利用するという創作的要素が加えられたものであるという考え方にある(441頁右欄29行目~33行目)。

 そして、タピオカ澱粉が喫食可能であることは古くから誰でもが知っている事柄であり、これを小麦粉等の即席冷凍麺類に使用できる穀粉に混ぜても喫食可能であることも、誰でもが認識できることである。そうすると、被告主張のように喫食可能な即席冷凍麺類が製造できればよいとするのであれば、創作的要素などあり得ず、用途発明と呼べるようなものではなくなってしまう。また、それで即席冷凍麺類用穀粉という用途発明が完成しているとすれば、先願の出願前から、既にタピオカを添加した穀粉により喫食可能な即席冷凍麺類が製造できるという用途発明は完成していたことになってしまい、先願発明は新規性が失われることになって、先願が特許として成立していることと相容れない。

 したがって、被告の主張が不合理なことは明らかである。

   イ 被告は、シマダヤ株式会社が実施した官能評価試験(以下「シマダヤ官能評価試験」という。)の結果(乙第22号証)において、先願明細書(甲第2号証)の実施例1の記載に従って実際に製造した冷凍うどんが、小麦粉100%使用の麺に比較して、「粘性」及び「煮崩れ状態」については差は認められないものの、「滑らかさ」及び「弾力性」において良好な評価が得られていると主張し、さらに、原告官能評価試験(甲第5号証)が、その評価手法を誤ったものであり、その結果を信用することはできないと主張するが、以下のとおり、理由がない。

 a 被告は、原告官能評価試験における沸騰水中で3分間かけて解凍、調理する方法では、解凍後の水分含量(77.91%(歩留まり385%))が高過ぎ、ゆで過ぎの状態にあるから、このような試験は、先願明細書の実施例1を正しく追試したものということはできないと主張する。そして、シマダヤ官能評価試験においては、約1リットルの沸騰水中で1分間解凍後、冷しうどんを得るという解凍方法が採用されている。

 しかしながら、先願明細書(甲第2号証)の実施例1には、単に「解凍・調理」としか記載されていないので、原告官能評価試験においては、一般的に使用されている解凍方法を用いて試験したものである。

 そして、原告が、改めて先願明細書の実施例1の記載に従って実際に製造した冷凍うどん(ただし、被告の上記主張を受けて、解凍方法は、約1リットルの沸騰水中で1分間解凍後、冷しうどんを得るという方法によった。)につき実施した官能評価試験(以下「原告追加官能評価試験」という。)の結果は実験成績証明書(甲第16号証)記載のとおりであり、上記先願明細書の実施例1に従って製造された冷凍うどんは、小麦粉100%使用の麺を基準としその評価点を「3」として対比した場合に、「滑らかさ1.8」、「粘性1.9」、「弾力性1.3」及び「煮崩れ状態1.7」とされ、各項目につき、小麦粉100%使用の麺よりも劣悪な評価しか得られていない。

 したがって、上記約1リットルの沸騰水中で1分間解凍後、冷しうどんを得るという解凍、調理方法が先願発明において最適の解凍、調理法であると仮定しても、小麦粉100%使用の冷凍うどんよりも、品質的に劣っており、先願発明が発明未完成の暇疵を帯びることに相違はない。

 b 被告は、先願明細書の実施例1記載の製法に従って製造した麺と、比較の基準とした小麦粉100%使用の麺とでは、原料以外のすべての製造条件や調理の条件をそろえて比較を行うべきであるのに、原告官能評価試験では、「参考品」(小麦粉100%使用の麺)の製麺方法、麺帯最終厚、ゆで条件及び解凍方法が先願明細書の実施例1に記載されたものとは異なっているから、そのような比較評価の結果から、直ちに先願発明が未完成であるとの結論を導くことはできないのに対し、シマダヤ官能評価試験においては、比較の基準とした小麦粉100%使用の麺は、先願明細書の実施例1記載の配合である「タピオカ澱粉11重量部と中力小麦粉89重量部」に代えて、中力小麦粉100重量部とした以外は先願明細書の実施例1の記載と同一条件で調製したものを使用しているとも主張する。

 しかしながら、シマダヤ官能評価試験における、上記のような小麦粉100%使用の麺の製造方法は不適切であり、このような小麦粉100%使用の冷凍うどんよりも、先願明細書の実施例1記載の製法に従って製造した冷凍うどんが優れていると主張しても意味はなく、被告の主張は失当である。

 すなわち、冷凍うどんにおいて、解凍前の水分量に比べ解凍後の水分量が増加することは、当業者の技術常識であり、原告官能評価試験(甲第5号証)及びシマダヤ官能評価試験(乙第22号証)の双方にも示されている。そのため、冷凍うどんを製造する場合には、「月刊麺業界」昭和58年4月号(甲第17号証)に、「ゆであげ」につき「固めにゆでるのがポイント」と記載されているように、解凍後の水分量の増加を見越して、ゆであげ時には低めの水分量とすることが常法とされており、しかも、被告の主張するとおり、通常のゆで麺の製品水分は70%前後であるから、冷凍前のゆであげ時にはこれよりもやや低くし、解凍により水分量が70%程度にするのが一般的な冷凍うどんの製造方法である。

 そうした場合、先願明細書(甲第2号証)の実施例1の「生うどんを沸とう水中で18分間ゆでて本発明に係るゆでうどんを得た」(3頁右下欄13行目~14行目)との記載に係るゆであげ方法は、先願発明の発明者が、特にタピオカ澱粉を添加することにより最適であると信じている方法であるとしても、小麦粉100%使用のうどんにそのまま適用すれば、一般的に適切とされるよりもはるかに多い水分量となってしまい、品質劣悪な冷凍うどんができ上がってしまうことは、当業者において容易に理解できることである。

 これに対し、原告官能評価試験(甲第5号証)及び原告追加官能評価試験(甲第16号証)における小麦粉100%使用の冷凍うどんは、被告主張のとおり、冷凍状態での水分含量69.79%前後、解凍後は70.40%前後と考えられるのであり、小麦粉100%使用の冷凍うどんとして、常法に従って製造されているものである。

 この点につき、被告は、農林水産省食品総合研究所発行の「小麦の品質評価法 -官能検査によるめん適性-」(乙第23号証添付資料1)及び「食品と科学」28巻3号(乙第23号証添付資料2)の「試料のゆで時間は、生めん投入後20分間から24分間の範囲とする」(乙第23号証添付資料1の4頁2行目、同添付資料2の128頁3段目9行目~11行目)との記載を引用して、先願明細書に記載の「18分」がゆで時間として不適切であるとはいえないと主張する。

 しかしながら、この品質評価法は、あくまでうどんの原料である小麦粉の品質評価のための方法であって、食味、食感の優れたうどんとするための方法とは直接の関係がない。

 2 取消事由2(一致点の認定の誤り)

 審決は、「先願明細書に記載の『冷凍うどん』は、解凍、味付けしてそのまま食されるものであるから、本願発明の『即席冷凍麺』に相当するものである。」(審決書7頁1行目~4行目)と認定した上、本願発明と先願発明とが「即席冷凍麺類用穀粉」(同8頁1行目~2行目)の点で一致すると認定した。

 しかしながら、本願発明における即席冷凍麺類とは、解凍しただけで麺自体としておいしく食べられる状態となる麺類であり、喫食に際して麺自体への調理が必須の工程とならないものである。また、本願発明は、お湯を用いないで水で解凍することによってもおいしく食べられる冷凍麺類であり、即席性が極めて高い。これに対し、先願明細書(甲第2号証)の実施例1に「解凍・調理して試食した」(4頁左上欄4行目)と記載されているように、先願明細書記載の冷凍うどんは、「解凍」したのみではまだ材料にすぎず、これを可食状態にするには「調理」工程が必要である。したがって、審決の上記「解凍、味付けしてそのまま食される」との認定は誤りであり、この認定に基づいて、本願発明と先願発明とが「即席冷凍麺類用穀粉」の点で一致するとした認定も誤りである。

第4 被告の反論

 審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

 1 取消事由1(先願発明の未完成)について

  (1) 原告の主張のうち、先願の出願日、出願公開の日並びに登録の日及び登録番号は認める。また、発明の完成の意義に関する主張(最高裁昭和61年10月3日判決の判旨に基づく主張)、本願発明が用途発明であること、用途発明の新規性を判断する上で対比の対象となる発明が用途発明でなければならないことも認める(ただし、用途発明の意義についての原告の主張を認めるものではない。)。

 先願発明が本願発明に対する後願排除効を有するためには、先願発明が完成した用途発明であることが必要であるということは、後願の発明(本願発明)が完成した発明であるということを前提とした上で認める。すなわち、本願発明と先願明細書に記載された先願発明とが「タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる」(審決書7頁末行~8頁1行目)冷凍麺類用穀粉の点で本願発明と一致することは、原告の認めるところである(なお、原告は、本願発明と先願発明とが「即席冷凍麺類用穀粉」の点で一致するとした審決の認定が誤りであると主張するが、後記のとおり、審決のこの点の認定にも誤りはなく、以下の主張では、本願発明と先願発明とが「即席冷凍麺類用穀粉」の点で一致することを前提とする。)。そして、通常の技術では、後願の発明と先願の明細書に記載された発明とが同一の構成であれば、同じ程度に完成しており、同じ効果を奏すると判断するのが当然であるから、本願発明が完成した発明であるとすれば、とりもなおさず、先願発明も完成した発明であることになる。先願発明が未完成であるということは、タピオカ澱粉5~30重量%と穀粉類95~70重量%とから成る穀粉を原料としたのでは、当業者が反復実施して即席冷凍うどんを製造することができないということを意味するものであるから、原告が、先願発明が完成した発明でないと主張しながら、同じ原料組成の本願発明が完成している旨、すなわち、タピオカ澱粉12~50重量%と穀粉類88~50重量%とから成る穀粉を用いて即席冷凍麺類を製造できると主張するのは矛盾するものである。

  (2) 原告は、先願発明が用途発明として完成していないと主張するが、次のとおり、誤りである。

   ア 本願発明の要旨は、「タピオカ澱粉12~50重量%と穀粉類88~50重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」であるところ、その「即席冷凍麺類」の用語には、その麺の食味、食感や冷凍、解凍方法等を限定する意味はなく、単に解凍してそのまま食することができるという程度の意味しか有していない。したがって、本願発明と対比されるべき先願明細書記載の「即席冷凍麺類用穀粉」は、あくまで解凍してそのまま食することができる麺類が製造できるという限度で完成した技術であれば足りるものである。

 そこで、審決は、本願発明と対比するのに必要な事項として、「先願明細書には、タピオカ澱粉5~30重量%と穀粉95~70重量%とを配合した製麺原料粉を真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、常法どおり製麺することにより生うどんを製造し、次いで生うどんを沸とう水中で苑でてゆでうどんを製造し、得られたゆでうどんを急速冷凍することにより冷凍うどんを製造することが記載されている」(審決書6頁10行目~18行目)ことを認定し、「先願明細書に記載の『冷凍うどん』は解凍、味付けしてそのまま食されるものであるから、本願発明の『即席冷凍麺』に相当する」(同7頁1行目~3行目)と判断し、さらに、「両者(注、本願発明及び先願発明)は、タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉の点で一致」(同7頁末行~8頁2行目)すると判断したものである。

 すなわち、先願明細書(甲第2号証)には、「手延べ風麺類の製造法」(特許請求の範囲)の発明が記載されているが、審決としては、本願発明の「即席冷凍麺類」に当たるかどうかの対比が可能な範囲で、先願明細書に記載の技術からそこに記載された冷凍麺を把握すれば足りるものであるから、先願明細書の開示に従って得られる冷凍うどんとして、厳密に「手延べ風」であるうどんのみを認定する必要はなく、「手延べ風」の域に達しないものや、手延べ風とは異なった特性を有する麺をも含め、喫食可能な麺という広い意味で「即席冷凍麺」をとらえたものであり、それで足りるものである。

   イ 小麦粉を使用して機械的な手段で製麺を行うことは、先願の出願時において十分に確立された周知の技術であり、また、その時点で麺の冷凍技術も周知であった。そして、先願明細書には、機械製麺による麺の製造に当たり、従来の小麦粉100%使用の麺より品質の良いものを得るために、「原料にタピオカ澱粉を略5重量%以上配合する点」及び「減圧環境下で原料を混練する点」を改良して製麺することが記載されている。そうすると、先願発明は、「タピオカ澱粉配合割合が略5重量%以上である製麺原料」を使用し、特定の混練条件を採用することにより、従来の原料で機械製麺した場合に比べて所望の麺類が得られることを主たる技術的特徴としており、いったん麺としたものを冷凍して製品化する点に関しては、通常の冷凍ないし解凍手段の適用を意図したものであると解されるものである。

 すなわち、先願明細書に記載された「タピオカ澱粉配合割合が略5重量%以上である製麺原料」は、上記のような意味での冷凍麺用の原料として把握されるのであって、冷凍技術そのものや冷凍麺としての利用性が、先願明細書によって初めて開示されたというものではない。先願明細書に、当該技術分野における通常の知識を有する者が上記穀粉を使用し、反復実施して目的とする麺類の製造ができる程度の記載がされていれば、冷凍麺用穀粉の発明として未完成であるということはできない。そして、先願明細書に具体的に記載されている穀粉の原料組成、混練方法、製麺、ゆで処理、冷凍処理に関し、当業者が通常の技術常識に基づいて、即席冷凍うどんを反復して製造することを妨げる事由は見当たらない。

 したがって、製麺分野において通常の知識を有するものが先願明細書の記載に接したとき、そこに記載されている原料から製造される麺は喫食可能なものであると十分に理解するのであり、そうであれば、麺としたものの品質を維持する冷凍技術も周知である以上、先願明細書には、そこに記載された穀粉によって喫食可能な即席冷凍麺を製造する完成した技術が記載されており、即席冷凍麺用穀粉の完成した発明が存在するということができる。

   ウ 原告は、先願明細書に記載された先願発明が「タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる冷凍麺類用穀粉」の点で本願発明と一致することを認めながら、先願明細書の実施例1に従って製造された冷凍うどんは、タピオカ澱粉を加えることにより、小麦粉100%使用の麺よりも劣悪な効果しか得られていないから、同実施例では、タピオカ澱粉を特定割合で配合した穀粉が冷凍麺を製造することに適しているという用途が見いだされているということはできないとして、先願発明が用途発明として完成していないと主張する。しかしながら、用途発明の完成の要件として、従来技術より効果が優れていることを必要とするとの考え方は独自の見解にすぎないものであり、採用されるべきではない。

 すなわち、用途発明とは、昭和50年12月10日初版発行の工業所有権用語辞典編集委員会編「工業所有権用語辞典<新版>」(乙第31号証)に記載されているように、物の一属性に基づきそのものをある特定の用途に用いることについての発明をいう(441頁右欄5行目~7行目)ものであるが、その用途(使い道)が単なる着想や願望の段階にとどまらず、その用途に使用可能であることが実質的に示されていれば、完成しているということができる。

 原告は、用途発明を特許法の対象とされる発明と認める根拠は、物の属性の発見に基づき、その物を一定の目的に利用するという創作的要素が加えられたものであるという考え方にあるところ、タピオカ澱粉を小麦粉等の即席冷凍麺類に使用できる穀粉に混ぜても喫食可能であることも、誰でもが認識できることであるから、喫食可能な即席冷凍麺類が製造できれば足りるとするのであれば、創作的要素などあり得ず、用途発明と呼べるものではないと主張する。しかし、上記主張は一般的な用途発明と特許性を備えた用途発明とを混同したものである。すなわち、一般的用途発明においては、発見であると判断し、その物を一定の目的に利用することに創作性があるとの評価をするのは発明者であって、特許出願の対象が用途発明の形式で記載されているということは、出願人自身がその発明が用途発明として特許性を備えているとの一応の判断をしているからであるが、現実に特許性を備えているかどうかは審査を経なければ評価することはできないのである。

 本願発明は、「タピオカ澱粉3~50重量%と穀粉類97~50重量%とからなる穀粉」が即席冷凍麺類の原料となり得るという性質の発見に基づき、これを「即席冷凍麺類」用として使用することについての発明であるから用途発明である。しかしながら、「即席冷凍麺類」の概念自体には、うどんの場合、小麦粉100%使用の麺に比べて、滑らかさ、粘性、弾力性、煮くずれ状態の程度が優れているかどうかなどの要素は全く含まれていない。そして、本願発明の要旨において、本願発明は「即席冷凍麺類用」と特定されているのであって、これを格別「小麦粉100%使用の麺に比べて味がよい即席冷凍麺類用」と限定して解釈しなければならないとする理由も見当たらない。「即席冷凍麺類」用という用途について完成しているかどうかは、当該穀粉を原料として所定の製造方法に従って製造した場合、即席冷凍麺類と認識できる食品が得られ、実際に食することができることが確認できれば、そのような用途について十分開示されているというべきである。

 そうすると、用途発明の完成を従来技術より優れた効果を奏する点に求める原告主張は誤りであって、先願明細書記載の穀粉によって喫食可能な即席冷凍麺類が製造できれば、即席冷凍麺類用としての用途があることを確認することができ、したがって、先願明細書において、即席冷凍麺類用穀粉という用途発明自体は完成しているということができる。

 そして、先願明細書の実施例1に従って製造された冷凍うどんが喫食可能であることは、後記のとおり適切であるとはいえない原告官能評価試験においてもさえも否定されていないから、先願発明の即席冷凍麺類用穀粉が完成した発明であることは明らかである。

  (3) 用途発明の完成に関する原告の主張を採用することができず、原告官能評価試験の結果によっても、先願明細書に記載された先願発明が用途発明として完成していることは上記のとおりであるが、仮に、用途発明の完成に関する原告の主張を前提にしたとしても、以下のとおり、先願発明は完成した発明ということができる。

   ア 先願の出願人であるシマダヤ株式会社(旧商号・株式会社島田屋本店)が、先願明細書(甲第2号証)の実施例1の記載(3頁右下欄1行目~4頁左上欄5行目)に従って、タピオカ澱粉11重量部と中力小麦粉89重量部を配合した穀粉により実際に製造した冷凍うどんにつき実施した官能評価試験(シマダヤ官能評価試験)の結果は、実験報告書(乙第22号証)に記載されているとおりであり、シマダヤ官能評価試験において、先願明細書の実施例1に従い、かつ、「約600ccの沸騰水中で3分間かけて解凍、調理し、そこにスープを加えた」という条件(以下「A条件」という。)又は「約1Lの沸騰水中で1分間解凍後、冷しうどんとした」という条件(以下「B条件」という。)の下で製造された冷凍うどんは、小麦粉100%使用の麺を基準としその評価点を「3」として対比した場合に、A条件では「滑らかさ4.3」、「粘性3.1」、「弾力性4.2」及び「煮崩れ状態3.0」との、B条件では「滑らかさ4.6」、「粘性3.3」、「弾力性4.7」及び「煮崩れ状態3.0」との評価が得られており、小麦粉100%使用の麺に比較して、「粘性」及び「煮崩れ状態」については差は認められないものの、「滑らかさ」及び「弾力性」において良好な評価が得られている。

 すなわち、タピオカ澱粉を特定割合で配合した穀粉を冷凍麺の製造に使用するという用途が先願明細書の実施例1に開示されているということは、仮に、用途発明の完成に関する原告の主張を前提にしたとしても、シマダヤ官能評価試験によって裏付けられるものである。

   イ 原告官能評価試験(甲第5号証)は、以下のとおり、その評価手法を誤ったものであり、その結果は信用することができない。

 a 先願明細書の実施例1記載の製法に従って、小麦粉にタピオカ澱粉を配合した穀粉により製造した冷凍うどんの品質につき、タピオカ澱粉を特定割合で配合したことが冷凍うどんの品質にどのように影響するかを評価するのであれば、先願明細書の実施例1記載の製法に従って製造した麺と、比較の基準とした小麦粉100%使用の麺とで、その原料以外のすべての製造条件や調理の条件をそろえて比較を行うべきことは当然である。

 しかるに、原告従業員の陳述書(甲第14号証)には、原告官能評価試験における「参考品」(小麦粉100%使用の麺)の製造方法が、本件明細書に記載された本願発明の製造方法に従ったものであることが記載されており、その製麺方法、麺帯最終厚、ゆで条件及び解凍方法は、先願明細書の実施例1に記載されたものとは異なっている。

 したがって、その比較の結果、小麦粉100%使用の麺よりも先願明細書の実施例1記載の製法に従って製造した麺の方が劣悪であると評価されたとしても、それがタピオカ澱粉の添加によってもたらされたのか、その製麺方法、麺帯最終厚、ゆで条件及び解凍方法の差に由来するのかが判然とせず、そのような比較評価の結果から、直ちに先願発明が未完成であるとの結論を導くことはできないというべきである。

 シマダヤ官能評価試験においては、比較の基準とした小麦粉100%使用の麺は、先願明細書の実施例1記載の配合である「タピオカ澱粉11重量部と中力小麦粉89重量部」に代えて、中力小麦粉100重量部とした以外は先願明細書の実施例1の記載と同一条件で調製したものを使用している。

 なお、この点につき、原告は、先願明細書(甲第2号証)の実施例1の「生うどんを沸とう水中で18分間ゆでて本発明に係るゆでうどんを得た」との記載に係るゆであげ方法が、小麦粉100%使用のうどんに適用すると、一般的に適切とされるよりもはるかに多い水分量となってしまうと主張する。

 しかしながら、昭和60年11月農林水産省食品総合研究所発行の「小麦の品質評価法 -官能検査によるめん適性-」(乙第23号証添付資料1)及び昭和61年3月株式会社食品と科学社発行の「食品と科学」28巻3号(乙第23号証添付資料2)に「試料のゆで時間は、生めん投入後20分間から24分間の範囲とする」(乙第23号証添付資料1の4頁2行目、同添付資料2の128頁3段目9行目~11行目)と記載されており、そうすると、たとい、冷凍麺の製造において通常の麺のゆであげに比べ固めにゆでるとしても、先願明細書に記載の「18分」がゆで時間として不適切であるとはいえない。

 また、シマダヤ官能評価試験(乙第22号証)においては、小麦粉100%使用のうどんに関し、18分間ゆでて歩留まり309%のゆでうどんを得ているところ、本件明細書(甲第3号証)の実施例2(6欄【0025】項)が、歩留まり330%になるまでゆでることを当業者が採用する通常の方法であるとしていることからみても、小麦粉100%使用のうどんを18分間ゆでることは冷凍麺を製造する際のごく普通のゆで方法ということができる。

 したがって、原告の上記主張は失当である。

 b ゆで調理時間が違えば麺のコシや煮崩れの状態が異なることは極めて常識的なことである。このため、上記「小麦の品質評価法 -官能検査によるめん適性-」(乙第23号証添付資料1)には、官能検査(官能評価試験)につき、「ゆで時間を調節してゆでめん水分を同一とし、水分含量の違いからくるかたさの差を無くして評価した方がよい」と記載されている。

 ところが、原告官能評価試験においては、先願明細書の実施例1記載の製法に従って製造した冷凍うどんの水分含量は75.42%、解凍後は77.91%であるのに対し、「参考品」(小麦粉100%使用の麺)は、上記のとおり、本願発明の製造方法に従ったとされているから、冷凍状態での水分含量69.79%前後、解凍後は70.40%前後と考えられ、この点をとっても原告官能評価試験では正しい品質評価が得られていないといえる。

 c 先願明細書(甲第2号証)の実施例1には、冷凍うどんの解凍、調理に関して具体的な記載はないから、それを追試する場合には、当業者に普通に知られている解凍、調理方法の中から、冷凍うどんをおいしく食べる上で最適の方法を採用する必要がある。そして、上記のように、冷凍うどんが既に75.42%(歩留まり344%)という高い水分含量を有する場合には、解凍、調理時にうどんに吸収される水分量ができる限り少なくなるような手段を選択すべきであり、そのような手段として、例えば、昭和57年7月株式会社食品と科学社発行の「食品と科学」24巻7号(乙第25号証)に記載されているような、冷凍うどんを熱湯で1分程度の短時間で解凍する方法も広く知られている。

 それにもかかわらず、原告官能評価試験においては、沸騰水中で3分間かけて解凍、調理し、水分含量77.91%(歩留まり385%)のうどんを得ている。しかし、昭和55年12月25日株式会社食品出版社第3刷発行の月刊食品にっぽん臨時増刊「80年代のめん類」(乙第26号証)に記載されているように、通常のゆで麺の含水分は70%程度であること、特開平3-210163号公報(乙第27号証)に記載されているように、市販のゆでうどんは通常約300~350%の歩留りに調整されていること(2頁左下欄12行目~13行目)、特開昭58-51859号公報(乙第28号証)及び特開昭60-176554号公報(乙第29号証)に、含水率約72%のゆで麺を用いて官能試験を行った旨が記載され(乙第28号証3頁左上欄16行目~20行目、乙第29号証3頁右上欄~左下欄の注記1、3)、特開昭60-244269号公報(乙第30号証)には、製品水分75%のゆでうどんを用いて官能試験を行った旨が記載されていること(4頁右上欄下から12行目~10行目)に照らせば、原告官能評価試験における冷凍うどんの解凍後の水分含量が高過ぎること、すなわち、ゆで過ぎの状態にあることは明らかであって、このような試験は、先願明細書の実施例1を正しく追試したものということはできない。

 2 取消事由2(一致点の認定の誤り)について

 本願発明の要旨の「即席冷凍麺」の語が、お湯だけでなく、水を用いて解凍することによってもおいしく食べられる冷凍麺類という意味を有する技術用語として使用されているという事実はないから、「即席冷凍麺」をそのような解凍法のものに限定する理由はなく、原告の取消事由2に係る主張は失当である。

第5 当裁判所の判断

 1 取消事由1(先願発明の未完成)について

  (1) 昭和59年2月1日株式会社学習研究社改訂新版第2刷発行の「グランド現代百科事典」(甲第18号証の1)、昭和57年3月15日株式会社平凡社増補改訂版第1刷発行の「小百科事典 増補改訂版」(甲第18号証の2)及び昭和57年5月1日同文書院第四版第3刷発行の「総合食品事典(第四版)」(乙第16号証)には、それぞれ「タピオカ」につき、キャッサバの塊根からとった澱粉であって食用に供されること等の解説が掲載されており、これらが事典類であることにかんがみれば、先願の出願(昭和58年2月28日)及び本件出願(同年5月17日)の相当程度以前から、タピオカないしタピオカ澱粉及びそれが食用に供されることが一般に知られていたものと認められる。

 ところで、本願発明の要旨は「タピオカ澱粉12~50重量%と穀粉類88~50重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」というものであるから、本願発明は、タピオカ澱粉という既知の物質の特定の属性により、これを特定割合で他の穀粉類と配合して即席冷凍麺類用穀粉という用途に使用することについての発明であるということができ、講学上用途発明と称されるものということができる。

 用途発明は、既知の物質のある未知の属性を発見し、この属性により、当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明であると解すべきである。なぜなら、既知の物質につき未知の属性を発見したとしても、それによって当該物質の適用範囲が従来の用途を超えなければ、技術的思想の創作であるということはできず、また、新たな用途への使用に適するといえるものでなければ、適用範囲が従来の用途を超えたとはいい難いからである。

 用途発明に係る特許出願については、出願前に、その物質自体は公知であっても、当該新たな用途への使用に適することが見いだされていなければ、発明の新規性は否定されないというべきである。したがって、用途発明の新規性を判断する上で、これと対比して同一であるかどうかを判断する対象となる発明も用途発明でなければならない。同様に、用途発明に係る特許出願につき、当該特許出願の日前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開等がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとして、特許法29条の2第1項により、特許を受けることができないとされるためには、上記「当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発明」も用途発明でなければならない。

 また、用途発明に係る特許出願に限らず、一般に、特許出願に係る発明が特許法29条の2第1項により、特許を受けることができないとされるためには、上記「当該特許出願の日前の他の特許出願に係る発明」は、発明として完成していることを必要とするものというべきである。そして、発明が完成したというためには、その技術手段が当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要し、かつ、これをもって足りるものと解すべきである(最高裁昭和61年10月3日判決・民集40巻6号1068頁)。

 そうすると、本件において、本願発明が、先願明細書に記載された先願発明と同一であるとして特許法29条の2第1項によって特許を受けることができないとされるためには、すなわち、先願発明が本願発明に対するいわゆる後願排除効を有するためには、先願明細書に先願発明が完成した用途発明として開示されていること、いい換えれば、先願明細書の記載において、用途発明である先願発明が、当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを必要とすることになる。

 なお、本願発明が用途発明であること、用途発明の新規性を判断する上で、対比して同一であるかどうかを判断する対象となる発明が用途発明でなければならないことは、当事者間に争いがない。

 また、被告は、先願発明が本願発明に対する後願排除効を有するためには、先願発明が完成した発明であることが必要であるという点について、後願の発明(本願発明)が完成した発明であるということを前提とした上で認めるとするが、審決は、本願発明が完成していないことを本願発明の拒絶の理由としたものではないから、本件において、被告が本願発明の未完成を主張することはできず、したがって、先願発明が完成した発明であることを要するとの点についても、実質上、当事者間に争いがないことになる。被告は、この点に関連して、先願発明が完成した発明でないとしながら、同じ原料組成の本願発明が完成しているとする原告の主張は矛盾すると主張するところ、この主張については、後に検討する。

  (2) 先願明細書に「タピオカ澱粉5~30重量%と穀粉95~70重量%とを配合した製麺原料粉を真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、常法どおり製麺することにより生うどんを製造し、次いで生うどんを沸とう水中で茹でてゆでうどんを製造し、得られたゆでうどんを急速冷凍することにより冷凍うどんを製造すること」(審決書6頁11行目~17行目)が記載されていること、この記載を前提とすれば、先願明細書には「タピオカ澱粉5~30重量%と穀粉95~70重量%とからなる冷凍麺類用穀粉」の発明(先願発明)が記載されており、先願発明は、「タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる」(同7頁末行~8頁1行目)冷凍麺類用穀粉の点で本願発明と一致することは当事者間に争いがない。なお、原告は、本願発明と先願発明とが「即席冷凍麺類用穀粉」の点で一致するとした審決の認定が誤りであると主張する(取消事由2)が、その主張の当否についての判断はしばらくおき、以下、取消事由1についての判断においては、仮に、先願発明が「即席冷凍麺類用穀粉」である点で本願発明と一致するものとする。

 被告は、本願発明の「即席冷凍麺類」の語には、麺の食味、食感や冷凍、解凍方法等を限定する意味はなく、単に解凍してそのまま食することができるという程度の意味しか有していないから、本願発明と対比されるべき先願明細書記載の「即席冷凍麺類用穀粉」は、解凍してそのまま食することができる麺類が製造できるという限度で完成した技術であれば足りるものであるとか、用途発明は、その用途(使い道)が単なる着想や願望の段階にとどまらず、その用途に使用可能であることが実質的に示されていれば、完成しているということができる等の理由を挙げ、先願明細書記載の穀粉によって喫食可能な即席冷凍麺類が製造できれば、即席冷凍麺類用としての用途があることを確認することができ、したがって、先願明細書において、即席冷凍麺類用穀粉という用途発明自体は完成しているということができるとし、用途発明の完成を従来技術より優れた効果を奏する点に求めることは誤りであると主張する。

 しかしながら、小麦粉等の穀粉類のみから成る即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)が存在すること、そのような穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉によっても十分に喫食可能で、それなりの食味、食感を有する即席冷凍麺類が製造できることはいずれも周知の事柄であって、先願明細書(甲第2号証)もそのことを当然の前提とするものと認められる。そうすると、仮に、先願明細書に、上記「タピオカ澱粉5~30重量%と穀粉95~70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」(先願発明)につき、その効果として開示されている事項が、単に喫食が可能である即席冷凍麺類が製造できるということにとどまるものとすれば、先願明細書には、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉類と配合して即席冷凍麺類用穀粉として使用した場合に、従来技術以下の効果を奏することしか開示されていないことになる。そして、その効果が従来技術以下であるにすぎないものとすれば、先願明細書の記載において、タピオカ澱粉が、その特定の属性により即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することは未だ見いだされていないといわざるを得ず、先願発明が、用途発明として完成しているということはできない。

 すなわち、前示のとおり、用途発明は、既知の物質のある未知の属性を発見し、この属性により、当該物質が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明をいうものと解すべきであるから、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉類と配合した先願発明が用途発明として完成しているというためには、タピオカ澱粉の特定の属性により、これを特定割合で他の穀粉類と配合した穀粉が、即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することが見いだされたといい得ることが必要である。しかしながら、当該タピオカ澱粉配合の穀粉を即席冷凍麺類用穀粉として使用した場合に奏する効果が、タピオカ澱粉を含まず穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)が奏する効果以下のものとすれば、当該タピオカ澱粉配合の穀粉が、即席冷凍麺類の製造に適しているということができず、したがって、タピオカ澱粉がその特定の属性により即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することを見いだしたということ自体がいえないことになるから、用途発明である先願発明が完成したといい得るためには、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合した先願発明が、穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも、即席冷凍麺類用穀粉として優れた効果を奏することが必要であるというべきである。

 そうとすれば、先願明細書の記載において、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合した先願発明につき、その効果として、単に喫食可能な即席冷凍麺類が製造できるということ、すなわち、穀粉類のみから成る即席冷凍麺類用穀粉という従来技術以下の効果を奏することしか開示されていないとすれば、先願明細書上、用途発明である先願発明が、当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されているとは到底いうことができず、したがって、先願発明が完成した用途発明として開示されているということはできない。

 なお、先願明細書に記載された先願発明が「タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」(審決書7頁末行~8頁2行目)の構成において本願発明と一致することは上記のとおりであるところ、被告は、通常の技術では、後願の発明と先願の明細書に記載された発明とが同一の構成であれば、同じ程度に完成しており、同じ効果を奏すると判断するのが当然であるから、本願発明が完成した発明であるとすれば、とりもなおさず、先願発明も完成した発明であることになるとし、先願発明が完成していないとの原告の主張は矛盾すると主張する。しかしながら、先願発明の上記構成は、タピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合することと、これを即席冷凍麺類用穀粉という用途に使用することとから成るものであり、かつ、それが用途発明である以上、当該即席冷凍麺類用穀粉という用途は、タピオカ澱粉の新たな用途であって、当該用途への使用に適することが前提とされるものである。そして、当該タピオカ澱粉配合の穀粉が、穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも即席冷凍麺類用穀粉として優れた効果を奏するものでなければ、即席冷凍麺類用穀粉という新たな用途への使用に適することが見いだされたといえないことは上記のとおりであるところ、先願明細書に、先願発明の効果として開示されている事項が、単に喫食が可能である即席冷凍麺類が製造できるということにとどまるとの被告主張の前提の下においては、結局のところ、先願明細書において、上記構成の用途発明である先願発明を具体的に支持する記載がなく、先願明細書上、用途発明である先願発明が、当業者が反復実施して所定の効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていないということに帰着するから、たとい、先願発明がタピオカ澱粉を特定割合で他の穀粉と配合する構成において本願発明と一致するとしても、先願発明が完成していないとの原告主張が誤りであったり、矛盾したりするものではない。

 また、先願発明が本願発明に対するいわゆる後願排除効を有するためには、必ずしも先願発明が客観的に特許性を備えた発明であることを要するものではないが、特許性の具備以前の問題として、先願発明が完成した用途発明として先願明細書に開示されていることを要することは前示のとおりであり、かつ、上記のとおり、喫食が可能である即席冷凍麺類が製造できるというだけでは、先願発明が完成した用途発明として先願明細書に開示されているということはできない。

 したがって、先願明細書記載の穀粉によって喫食可能な即席冷凍麺類が製造できれば、先願明細書において、即席冷凍麺類用穀粉という用途発明自体は完成している旨の被告の主張は採用することができない。

  (3) そこで、先願明細書の記載において、先願発明が小麦粉等の穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも優れた効果を奏することが開示されているかどうかについて検討する。

   ア 先願明細書(甲第2号証)には、実施例1に、タピオカ澱粉と穀粉とを一定割合で配合した製麺用穀粉を用いた製造方法を含め、冷凍うどんに関する記載(3頁右下欄1行目~4頁左上欄5行目)があるが、他に上記製麺用穀粉を用いて製造した冷凍麺についての記載はない。そして、上記実施例1には、当該冷凍うどんにつき「前記実施例とほぼ同様の評価を得た」(4頁左上欄4行目~5行目)、すなわち、「のどごしの良い滑らかさ、歯応え、歯切れのいずれも良好で、従来の手延べうどんと比べ優劣つけがたいものであった」(3頁右下欄18行目~末行)との評価の記載があるが、先願明細書上、この評価を裏付ける具体的な試験についての記載や、試験データ等の開示はない。

   イ 実験成績証明書(甲第5号証)には、先願明細書の実施例1の記載に従って製造した冷凍うどんについての官能評価試験(原告官能評価試験)、冷凍うどんの解凍前後の水分測定及び水分勾配試験の各結果が、本件明細書の実施例1の記載に従って製造した冷凍うどんについての同様の試験の結果とともに掲記されており、また、各試験に供した先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法につき、「タピオカ澱粉(松谷化学工業(株)製『MKK100』)11重量部と中力小麦粉(日清製粉(株)製『金すずらん』)89重量部をバキュームミキサーに入れて予備混合後、約-300mmHgの減圧状態として、Be'の基準とした小麦粉100%使用の麺の製造方法について記載はないが、原告従業員作成の陳述書(甲第14号証)には、それが「甲第5号証の本発明法に記載された方法に従い製麺したもの」(2枚目1行目~2行目)であることが記載されており、他方、実験成績証明書(甲第5号証)には、「本発明法」として、本件明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製法につき、「タピオカ澱粉(松谷化学工業(株)製『MKK100』)20重量部と中力小麦粉(日清製粉(株)製『金すずらん』)80重量部をミキサーに入れて予備混合後、2重量部の食塩を予め溶解した食塩水37重量部を注加しながら混練を開始した。15分間混練を行った後、混練生地を製麺ロールにより複合及び圧延し、麺帯最終厚2.7mmとして、角カッターNo. 8を用いて切断し、生うどんを得た。次に、この生うどんを茹で上げ歩留まりが280%になるように、沸騰水中で茹で上げ、直ちに水洗冷却をした後、130gずつ計量して型容器に入れ、麺層の厚さが30mmになるようにした。これを茹で上げ後から10分以内に、-50℃の急速凍結庫にて約30分間で急速凍結して、冷凍うどんを得た。ここで得られた冷凍うどんを、約80℃の湯200ccに注ぎ込み、2分経過後この湯を捨て、スープと再び湯250cc入れ試食に供した」(1枚目19行目~28行目)と記載されているから、小麦粉100%使用の麺の製造方法は、上記記載における「タピオカ澱粉・・・20重量部と中力小麦粉・・・80重量部」の部分が、「中力小麦粉100重量部」と変わったものであると認められる。

 そして、実験成績証明書(甲第5号証)に掲記された原告官能評価試験は、10人の熟練したパネラーの五段階評価による評点の平均点を官能評価とするものであり(1枚目31行目~33行目)、いずれの項目も「3」が基準である小麦粉100%使用時の評点で、「5」が最高点、「1」が最低点である(2枚目1行目~24行目)ところ、その結果は、「滑らかさ1.1」、「粘性1.7」、「弾力性1.0」及び「煮崩れ状態1.0」であり、この結果に従えば、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんは、各項目につき、基準である小麦粉100%使用の麺よりも劣悪な評価しか得られていない。なお、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの解凍前の製品水分は75.42%(歩留まり344%)、水分勾配は9.46%であり、解凍後の製品水分は77.91%(歩留まり385%)、水分勾配は7.60%であり、本件明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの解凍前の製品水分は69.79%(歩留まり280%)、水分勾配は11.87%であり、解凍後の製品水分は70.40%(歩留まり289%)、水分勾配は11.80%である。

   ウ 実験成績証明書(甲第16号証)には、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんについての官能評価試験(原告追加官能評価試験)の結果が掲記されており、また、試験に供した先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法につき、「タピオカ澱粉(松谷化学工業(株)製『MKK100』)11重量部と中力小麦粉(日清製粉(株)製『金すずらん』)89重量部をバキュームミキサーに入れて予備混合後、約-300mmHgの減圧状態として、Be'凍後、冷やしうどんとし、試食に供した」(1枚目7行目~16行目)と記載され、さらに、比較の基準とした小麦粉100%使用の麺の製造方法につき「中力小麦粉(日清製粉(株)製『金すずらん』)100重量部をミキサーに入れて予備混合後、2重量部の食塩を予め溶解した食塩水37重量部を注加しながら混練を開始した。15分間混練を行った後、混練生地を製麺ロールにより複合及び圧延し、麺帯最終厚2.7mmとして、角カッターNo. 8を用いて切断し、生うどんを得た。次に、この生うどんを茹で上げ歩留まりが280%になるように、沸騰水中で茹で上げ、直ちに水洗冷却をした後、130gずつ計量して型容器に入れ、麺層の厚さが30mmになるようにした。これを茹で上げ後から10分以内に、-50℃の急速凍結庫にて約30分間で急速凍結して、冷凍うどんを得た。ここで得られた冷凍うどんを、約1Lの沸騰水中で1分間解凍後、冷やしうどんとし、試食に供した」(1枚目18行目~27行目)と記載されている。官能評価試験は、10人の熟練したパネラーの五段階評価による評点の平均点を官能評価とするものであり、いずれの項目も「3」が基準である小麦粉100%使用時の評点で、「5」が最高点、「1」が最低点である(2枚目3行目~31行目)。

 すなわち、原告追加官能評価試験は原告官能評価試験と、試験の条件のうち、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどん及び小麦粉100%使用の麺の各製造方法における解凍方法が異なるものであり、冷凍までの工程には変わりはない。試験の結果は、「滑らかさ1.8」、「粘性1.9」、「弾力性1.3」及び「煮崩れ状態1.7」である。

   エ 実験報告書(乙第22号証)には、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんについての官能評価試験(シマダヤ官能評価試験)、解凍前後の製品水分の測定等の結果が掲記されており、また、試験に供した先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法につき、「タピオカ澱粉(松谷化学工業(株)製『MKK100』)11重量部と中力小麦粉(日清製粉(株)製『金すずらん』)89重量部をバキュームミキサーに入れて予備混合後、約-300mmHgの減圧状態として、Be'を加えた」(2頁4行目~5行目、A条件)方法と、「約1Lの沸騰水中で1分間解凍後、冷しうどんとした」(2頁6行目、B条件)方法とが記載され。比較の基準とした小麦粉100%使用の麺(参考品)の製造方法については、「タピオカ澱粉(松谷化学工業(株)製『MKK100』)11重量部と中力小麦粉(日清製粉(株)製『金すずらん』)89重量部に替えて上記中力小麦粉100重量部とした以外は同一条件で調整した」(1頁28行目~30行目)上、上記A条件による方法とB条件による方法とが記載されている。官能評価試験は、10名の熟練した専門パネラーの五段階評価による評点の平均点を官能評価とするものであり、いずれの項目も「3」が基準である小麦粉100%使用時(参考品)の評点で、「5」が最高点、「1」が最低点である(2頁9行目~末行)。

 すなわち、シマダヤ官能評価試験は、試験の条件のうち、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法については、冷凍の温度と時間が先願明細書(甲第2号証)の記載(4頁2行目)のとおりであるほかは、原告官能評価試験又は原告追加官能評価試験と同様であり、A条件による方法が原告官能評価試験に、B条件による方法が原告追加官能評価試験にそれぞれ相当する。なお、シマダヤ官能評価試験と原告官能評価試験又は原告追加官能評価試験との間の冷凍の温度と時間の差はきん少であって、そのことによって試験結果に大きな影響が及ぶものとは認められない。比較の基準とした小麦粉100%使用の麺(参考品)の製造方法については、シマダヤ官能評価試験と原告官能評価試験又は原告追加官能評価試験との間に相当の差異が認められる。

 官能評価試験の結果は、A条件による方法では「滑らかさ4.3」、「粘性3.1」、「弾力性4.2」及び「煮崩れ状態3.0」であり、B条件による方法では「滑らかさ4.6」、「粘性3.3」、「弾力性4.7」及び「煮崩れ状態3.0」であって、これによれば、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんは、小麦粉100%使用の麺に比較して、「粘性」及び「煮崩れ状態」については差は認められないものの、「滑らかさ」及び「弾力性」において良好な結果となっている。なお、製品水分は、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんが、解凍前72.7%、解凍後はA条件による方法の場合が74.9%、B条件による方法の場合が74.1%であり、小麦粉100%使用の麺(参考品)が、解凍前72.2%、解凍後はA条件による方法の場合が74.5%、B条件による方法の場合が73.8%である。

   オ 昭和50年2月10日株式会社日科技連出版社第2刷発行の日科技連官能検査委員会編「新版 官能検査ハンドブック」(甲第10号証)によれば、官能評価試験(官能検査)は、パネラーによる評価を内容とするものであるとはいえ、一定の合理性と信頼性を有するものであることが認められ、また、当事者双方ともその点を特に争うものではない。

 原告官能評価試験又は原告追加官能評価試験とシマダヤ官能評価試験とにおいて、試験の条件のうち、先願明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法はほぼ同一であるのに、小麦粉100%使用の麺の製造方法に相当の差異が認められることは上記のとおりであり、各官能評価試験が小麦粉100%使用の麺を基準とした比較試験であることを併せ考えると、原告官能評価試験又は原告追加官能評価試験とシマダヤ官能評価試験との間の結果の著しい差異は、小麦粉100%使用の麺の製造方法の差異に由来するものと推認するのが合理的である。

 そして、シマダヤ官能評価試験においては、小麦粉100%使用の麺の製造においても、先願明細書の実施例1記載の製法に従い、生うどんを沸騰水中で18分間ゆで上げるのに対し、原告従業員作成の報告書(甲第19号証)に、原告追加官能評価試験(甲第16号証)における小麦粉100%使用の麺の製造工程中、「生うどんを茹で上げ歩留まりが280%になるように、沸騰水中で茹で上げ」る時間が15分30秒であることが記載されているとおり(なお、上記のとおり、原告官能評価試験と原告追加官能評価試験とにおける小麦粉100%使用の麺の製造方法は、解凍の方法が相違するだけであるから、生うどんを茹で上げ歩留まりが280%になるように沸騰水中でゆで上げる時間が15分30秒である点は、原告官能評価試験においても変わらないはずである。)、原告官能評価試験又は原告追加官能評価試験とシマダヤ官能評価試験との間の小麦粉100%使用の麺の製造方法の相違は、生うどんを沸騰水中でゆで上げる時間において顕著であり、この相違がゆで上げ後の製品水分(含水分)の量に直接影響することは技術常識である。

 そこで、小麦粉100%使用の麺の製品水分(含水分)をみるに、まず、原告官能評価試験及び原告追加官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分は明らかにされていないが、上記のとおり、原告官能評価試験における本件明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの解凍前の製品水分が69.79%、解凍後の製品水分が70.40%であり、小麦粉100%使用の麺の製造は本件明細書の実施例1の記載による冷凍うどんの製造方法に従ったとされているから、その製品水分も解凍前が69.79%前後、解凍後が70.40%前後であると推認される(このように推認されることは当事者間に争いがない。)。そうすると、原告追加官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分も、少なくとも、製造方法が原告官能評価試験の場合と変わらない解凍前の段階では、同様に69.79%前後であると推認される。

 他方、上記のとおり、シマダヤ官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分は、解凍前72.2%、解凍後はA条件による方法の場合が74.5%、B条件による方法の場合が73.8%とされている。

 ところで、昭和55年12月25日株式会社食品出版社第3刷発行の月刊食品にっぽん臨時増刊「80年代のめん類」(乙第26号証)には、通常のゆで麺の含水分は70%程度であることが記載されている。また、シマダヤ株式会社従業員作成の意見書(乙第23号証)には「どんな麺も、水分が高くなるとコシが弱くなり、煮崩れがおきてきます。・・・水分値75.42%のゆで麺とは、ゆで過ぎによってコシがなく、かなり煮崩れも起しているような品質のものであり、水分値69.79%前後というのは、かなりコシがあり煮崩れも起していないものになります。・・・コシがなくかなり煮崩れを起しているような品質のものは商品となりませんので、当然ながら75%以上のような高水分の商品はありません。」(1頁17行目~25行目)との記載があり、これを要約すると、麺においては、水分量がコシ、煮崩れに影響し、70%前後の水分量であると問題は生じないが、75%以上になると商品とはならないというものであり、70%前後の水分量が適切であることが示唆されている。そして、前示各官能評価試験の結果から、一般に冷凍麺を解凍した後の製品水分が解凍前より高くなることが推認できるから、通常のゆで麺の含水分は70%程度であることが適切であるとすれば、解凍前の段階ではさらに低い値であること、すなわち、通常よりも固めにゆでる必要があることは明らかであり、株式会社食品産業新聞社大阪支局発行の「月刊麺業界」昭和58年4月号(甲第17号証)にその旨記載されているところである。

 これに対し、被告は、昭和60年11月農林水産省食品総合研究所発行の「小麦の品質評価法 -官能検査によるめん適性-」(乙第23号証添付資料1)及び昭和61年3月株式会社食品と科学社発行の「食品と科学」28巻3号(乙第23号証添付資料2)に「試料のゆで時間は、生めん投入後20分間から24分間の範囲とする」(乙第23号証添付資料1の4頁2行目、同添付資料2の128頁3段目9行目~11行目)と記載されていることを引用し、冷凍麺の製造において通常の麺のゆであげに比べ固めにゆでるとしても、先願明細書に記載の「18分」がゆで時間として不適切であるとはいえないと主張する。

 しかしながら、上記文献のうち「小麦の品質評価法 -官能検査によるめん適性-」(乙第23号証添付資料1)には、「同一ゆで時間で行う試験は、ある一定の製めん条件に合う小麦粉の品質を早くチェックするためには有効である。しかし原料小麦、市販小麦粉などの品質特性を比較検討するため、あるいは試料間の品質(蛋白質含量等)の差が大きい場合には、ゆで時間を調節してゆでめん水分を同一とし、水分含量の違いからくるかたさの差を無くして評価した方がよい」(4頁注5)とも記載されていることにかんがみると、同文献に記載されているのは、うどんの原料である小麦粉の一般的な品質評価の方法であって、必ずしも食味、食感の優れたうどんとすることを目的とした製法ではないことがうかがわれるから、その記載を引用した被告の上記主張は採用することができない。

 また、弁論の全趣旨によると、シマダヤ官能評価試験(乙第22号証)において、小麦粉100%使用のうどんを18分間ゆでた後の上記解凍前製品水分72.2%は、歩留まりに換算すると309%となるものと認められるところ、被告は、本件明細書(甲第3号証)の実施例2(6欄【0025】項)が、歩留まり330%になるまでゆでることを当業者が採用する通常の方法であるとしていることからみても、小麦粉100%使用のうどんを18分間ゆでることは冷凍麺を製造する際のごく普通のゆで方法であると主張する。

 しかしながら、本件明細書(甲第3号証)の実施例2(6欄【0025】項)に記載されているのは、小麦粉(注、本件明細書6欄【0025】項に「小麦」とあるのは誤記と認める。)50部、タピオカ澱粉50部の配合割合とした場合、すなわち、タピオカ澱粉を50重量%としたときのゆで上げ歩留まりを330%とすることであって、その記載から、一般のうどんにつき歩留まり330%になるまでゆでることが通常の方法であるとの趣旨まで読み取ることは困難である。そして、当該実施例2の外、本件明細書(甲第3号証)の実施例1(4欄~5欄【0020】項~【0024】項)、実施例3(6欄~7欄【0026】項)、実施例4(7欄【0027】項~【0028】項)及び実施例7(8欄【0032】項)の記載によれば、本願発明においてはタピオカ澱粉の重量%が増えるに従って、ゆで上げ歩留まりを高くしていることがうかがわれ、また、本願発明の要旨及び本件明細書の「タピオカ殿粉を添加した小麦粉等の穀粉類を常法に従って製麺し茹で上げる。この時の茹で上げ歩留りは・・・例えばうどん等のような太物は260~330%好ましくは270~300%」(3欄【0010】項)との記載を併せ考えると、本件明細書の実施例2の記載において、ゆで上げ歩留まりを330%とするのは、タピオカ澱粉の重量%を最大値とする同実施例に限ったことであって、この記載から、被告の上記主張のように小麦粉100%使用のうどんを18分間ゆでた後の歩留まりを309%とすることがごく通常の方法であるということはできない。

   カ 以上の認定説示を総合すると、原告官能評価試験及び原告追加官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分が適切であることが認められ、したがって、その製造方法もごく通常の方法に従ったものであることが推認されるのに対し、シマダヤ官能評価試験における小麦粉100%使用の麺の製品水分、特に解凍後の製品水分が多すぎるものと認められ、したがって、その製造方法においてゆで上げ時間が不適切であり、製品が通常程度の品質を有していないことが推認される。

 そして、官能評価試験が小麦粉100%使用の麺を基準とした比較試験であることを併せ考えると、原告官能評価試験及び原告追加官能評価試験の結果は採用するに足りるのに対し、シマダヤ官能評価試験の結果は採用し難いものといわざるを得ない。

 そうすると、原告官能評価試験及び原告追加官能評価試験の上記結果にかんがみ、その各試験結果を踏まえて当業者が先願明細書の記載事項を見れば、先願明細書には、タピオカ澱粉を特定割合で配合した穀粉である先願発明が、即席冷凍麺類用穀粉として使用した場合に、穀粉類のみから成る従来の即席冷凍麺類用穀粉(従来技術)よりも優れた効果を奏することは何ら開示されておらず、かえって、これよりも劣悪な効果しか得られないことが開示されていると理解することは明らかである。

  (4) したがって、先願明細書の記載によっては、用途発明である先願発明は、構成上本願発明と一致する「タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉」という部分を含め、当業者が反復継続して所定の効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されているとはいえず、発明として未完成であるというべきである。そうすると、先願発明は本願発明に対するいわゆる後願排除効を有しているとはいえず、本願発明が先願発明と同一であるとして特許法29条の2第1項により特許を受けることができないとした審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。

 2 以上によれば、原告主張のその余の取消事由について判断するまでもなく、審決にはその結論に影響を及ぼすべき瑕疵があるというべきであり、違法として取消しを免れない。

 よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

 (裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)

 

 

 

 

 

 平成10年審判第4292号

   審決

 請求人 日清製粉株式会社

 代理人弁理士 高木千嘉

 代理人弁理士 西村公佑

 平成3年特許願第185094号「即席冷凍麺類用穀粉」拒絶査定に対する審判事件(平成5年12月6日出願公告、特公平5-85145)について、次のとおり審決する。

   結論

 本件審判の請求は、成り立たない。

   理由

 I.手続の経緯・本願発明

 本願は、昭和58年5月17日に出願した特願昭58-85072号の出願を特許法第44条第1項の規定により分割して新たな特許出願としたものであって、その発明の要旨は、出願公告後の平成6年12月2日付け手続補正書により補正された明細書の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

 「タピオカ澱粉12~50重量%と穀粉類88~50重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉。」

 II.引用例

 これに対して、原査定の拒絶の理由である特許異議の決定の理由で引用された、本願の出願の日前の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭58-32268号の願書に最初に添付した明細書(以下、先願明細書という。)には、以下〈1〉~〈8〉に示す事項が記載されている。

  〈1〉「1.タピオカ澱粉を配合した製麺原料粉を、真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、以下常法通り製麺することを特徴とする手延べ風麺類の製造法。

   2.前記製麺原料粉中のタピオカ澱粉の配合割合が、略5重量%以上である特許請求の範囲第1項に記載の手延べ風麺類の製造法。」(特許請求の範囲第1項、第2項)

  〈2〉「本発明では、タピオカ澱粉を副原料として使用すること及び製麺原料を混練する際、減圧環境下で行なうことの二つが必須不可分の要件であって、その他の組合わせでは本発明の目的が達成されない。………〔中略〕………以上のような特性はタピオカ澱粉固有のものであるため、他の澱粉類では本発明の目的が達成できない。」(1頁右下欄下から2行~2頁左上欄15行)

  〈3〉「従って本発明で、タピオカ澱粉とは、実質的に、軽度の酸又は酸化処理等の化工処理を施したものを云うが、加工処理が施されていないタピオカ澱粉あるいはキャッサバ粉であっても、本発明の目的が達成できることは云うまでもない。」(2頁右上欄4行~9行)

  〈4〉「タピオカ澱粉の原料粉中の配合割合は、麺製品の種類……………〔中略〕……………に対応して実験的に決定することができるが、いずれの種類の麺の場合でも、製麺原料粉中に略5重量%以上が望ましく、この割合より少なくなるに従って、本発明の目的が達成しがたくなる。この配合割合の上限は、麺の種類により異なり一律には規定できないが、略30重量%が目安で、この割合より多くなるに従って滑らかさ及び弾力が粘りに比べ強くなりすぎ、本発明の目的である手延べ風の特性とはやや異なったものになる傾向が認められる。」(2頁右上欄10行~同左下欄3行)

  〈5〉「混練時の真空度は約600mmHg以下が有功であり、真空度約300~100mmHgで、本発明の目的が充分に達成できる。」(3頁左上欄17行~19行)

  〈6〉「………本発明に係る生麺を得る。この生麺を乾燥すれば乾麺、………生麺やゆで、蒸し麺を冷凍すれば冷凍麺となる如く、本発明は広範囲の麺類に適用できる。」(3頁右上欄11行~15行)

  〈7〉「冷凍麺や乾麺は、本発明の効果を長時間安定保持できるので、本発明法に最も適合する。」(3頁左下欄5行~6行)

  〈8〉「実施例1

 タピオカ澱粉(本発明では、タピオカ澱粉を次亜塩素酸ナトリウムで軽度に酸化処理したものを用いた。特性は未処理のものと大差ない。)11重量部と中力小麦粉89重量部をバキュームミキサーに入れて予備混合後、約300mmHgの減圧状態として、Be8の食塩水34重量部を注加しながら混練を開始した。約15分間混練を行った後、常圧に復元し、混練生地を製麺ロールにより複合及び圧延し、麺帯最終厚2.0mmとして、丸カッターNo. 10を用いて切断して、本発明に係る生うどんを得た。この生うどんを沸とう水中で18分間ゆでて本発明に係るゆでうどんを得た。このゆでうどんを製造直後、及び製造後包装して約10℃で3日間放置後3分間ゆで直してかけうどんあるいは冷やしうどんとしてそれぞれ試食したところ、のどごしの良い滑らかさ、歯応え、歯切れのいずれも良好で、従来の手延べうどんと比べ優劣つけがたいものであった。

 前記実施例で得た生うどん及びゆでうどんを急速冷凍(-40℃のエアーブラストで35分間で冷凍)後、包装して-20℃の冷凍室で約1ケ月間放置後、解凍、調理して試食したところ、前記実施例とほぼ同様の評価を得た。」(3頁右下欄1行~4頁左上欄5行)

 上記〈1〉~〈8〉の記載事項からみて、先願明細書には、タピオカ澱粉5~30重量%と穀粉95~70重量%とを配合した製麺原料粉を真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、常法どおり製麺することにより生うどんを製造し、次いで生うどんを沸とう水中で茹でてゆでうどんを製造し、得られたゆでうどんを急速冷凍することにより冷凍うどんを製造することが記載されているものと認める。

 III .対比・判断

 本願発明と先願明細書に記載された発明を対比すると、先願明細書に記載の「冷凍うどん」は、解凍、味付けしてそのまま食されるものであるから、本願発明の「即席冷凍麺」に相当するものである。

 一方、本願明細書の発明の詳細な説明には、「タピオカ澱粉12~50重量%と穀粉88~50重量%」からなる原料粉を常法により製麺し、茹で上げ処理によってα化後、冷凍して即席冷凍麺とする旨記載されているが、本願の特許請求の範囲には前記「製麺工程」を含めて即席冷凍麺の製法については何らの記載もない。

 また、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても、本願発明における「即席冷凍麺類」を常法の製麺工程を採用して製造されたものに限定して解釈する根拠は何も見出せない。

 してみると、先願明細書に記載の発明が、上記のとおり「製麺原料粉を真空度約600mmHg以下の減圧環境下で加水混練し、以下常法通り製麺する」ことを必須の要件とするものであることを考慮するも、両者は、タピオカ澱粉12~30重量%と穀粉類88~70重量%とからなる即席冷凍麺類用穀粉の点で一致し、両者に実質的な構成の差異はない。

 IV.むすび

 したがって、本願発明は、先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願である先願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法第29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

 よって、結論のとおり審決する。

 平成10年11月17日

 審判長 特許庁審判官 (略)

     特許庁審判官 (略)

     特許庁審判官 (略)

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