裁判年月日 昭和51年3月17日
事件番号 昭和44年(ワ)第6127号
事件名 特許権侵害排除等請求事件 〔ボールベアリング自動選択、組立装置事件・第一審〕
一 原告が、昭和四二年一〇月一八日から昭和四八年八月二九日までの間、本件特許権についての専用実施権者であつたこと、本件特許発明の特許請求の範囲の項の記載が請求原因二の項のとおりであること及び被告が右期間内に被告装置を使用してボールベアリングを製造したことは当事者間に争いがない。
二(一)右争いがない本件特許発明の特許請求の範囲の項の記載によれば、本件特許発明は、構成要件的に一応次のように区分説明され得る。
(1)(イ)内外部品の外方に面する協力面の臨界寸法を外側部品の内方に面する協力面の対応する寸法と自動的に比較するため、
及び
(ロ)それぞれ異なる寸法範囲の中間部品を含む複数の供給手段のうちの選んだ一つから寸法を比較して予定数の中間部品を選出する計測手段を制御するための検査手段を備え
(2)選出した中間部品は計測手段と協力する組立手段により、検査された内外両部品と組立てられること、
(3)右(1)、(2)を特徴とする内外の軸受環及び軸受のような協力する内外及び中間の部品を自動的に選択して組立てる装置。
(二)つまり、本件特許装置は、内外及び中間の部品を自動的に選択して組立てる装置であつて、
(1)(イ)内外部品の寸法を自動的に比較するため、及び
(ロ)それぞれ異なる寸法範囲の中間部品を含む複数の供給手段のうちの選んだ一つから寸法を比較して予定数の中間部品を選出する計測手段を制御するための、検査手段と、
(2)選出された中間部品と検査された内外両部品とを組立てるために計測手段と協力する組立手段
とを有するものであるということができる。
三 しかしながら、右に述べたような装置であればすべて本件特許発明の技術的範囲内にあるということは到底できない。何故ならば、本件特許発明の特許請求の範囲に記載されているところは内外及び中間の部品を自動的に選択して組立てるという課題の提示であつて、一見その課題の解決のために具体的に前記のような供給手段、検査手段、計測手段及び組立手段の名を挙げ、なおそれらの間の「制御」関係、「協力」関係を挙げて課題の解決を示したかのごとく見えるが、右の供給手段、検査手段、計測手段、組立手段等の語は極めて抽象的な表現であり、具体的にいかなる装置部分を有すればそのような手段たり得るかについては、特許請求の範囲の記載のみによつては知ることができないし、また検査手段がいかなる態様で計測手段を制御し、計測手段と組立手段とがいかなる態様で協力すれば本件特許発明でいう「制御」、「協力」たり得るかを知ることができないから、右のような抽象的な記載はなんら課題の解決を示したものということはできない。特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法第七〇条)が、本件特許発明の明細書の右のような抽象的な特許請求の範囲の記載のみからは到底その技術的範囲を定めることはできないものといわなければならない。本件特許権は、その存続期間の満了によって消滅するまでは権利として存続していたのであるから(成立について争いのない甲第一号証)、これを有効なものとしてその技術的範囲を定めなければならないところ、本件特許発明の特許請求の範囲自体からはこれを定めることができないことは、前説明のとおりであるから、これを定めるためには、いきおい願書に添付された明細書の発明の詳細な説明の項及び図面の記載に依らざるを得ないことになる。
原告は、本件特許発明について、四つの機構を有することを構造上の要件とし、二つを作動上の要件とするとし、右四つの機構をばらばらにしてみた場合は、それらは新規な特徴を有するものではないが、本件特許発明の要件としての観点からは、検査手段は単なる検査手段ではなく、計測手段を制御するための検査手段であり、そのような検査手段は未だかつて存在しなかつた新規なものであるというが(第四の二及び三)、本件特許発明の特許請求の範囲だけからは、前記のように、どのような方法、態様で計測手段を制御するのかが明らかでないから、特許請求の範囲自体をとつてみた場合、それは単に計測手段を制御するための検査手段を備えれば、部品の選択及び組立が自動的に行いうるという、アイデアないし希望の表明たるに止まり、従って計測手段を制御するための検査手段を有するものは、いかなる態様によって制御するものであつても全部本件特許発明の技術的範囲に入り得るとすることができないことは明らかである。
四 右のとおりであるから、次に本件特許発明の明細書の詳細な説明の項及び図面を参酌して本件特許発明の技術的範囲を探求することとするが、先ず前記本件特許発明の構成要件としたところと被告装置とを比較するために、本件特許発明において計測手段と組立手段とが「協力する」というのは、いかなる態様において協力することをいうのかについて考えてみる。
成立に争いがない甲第二号証(本件公報)によれば、計測手段と協力する組立手段の構成について、「内外両部品を中間部品に対する共通受器の出口の下方の位置に動かすために移送機構が設けられる。」(本件公報一頁右欄八行目ないし一〇行目)、「内側及び外側の軸受環はその協力する受溝の寸法を比較する検査所11に供給され、この比較により、球の違つた寸法範囲によって分けられた複数の球供給器の一つがその場所における組立のために選ばれる。検査又は、比較作業に続いて、内環は外環と重ねられ、この組立物は機械を通つて延びている移送機構の案内14間の位置に重力で動く。移送機構15はそれから内外の環を球組立所20の皿形の受器17の下方に位置させる。受器17の周りに間隔を於て設けられた多くの供給単位21の一つから選ばれた球はそれから自動的に内外の両環の間に充填される。」(同一頁右欄一九行目ないし二九行目)と記載され、次いで、「本発明は特に上に広く記述した構造に関する。」(同一頁右欄二九行目、三〇行目)と前掲本件公報一頁右欄二九行目までの記載が、本件特許発明の構成を広く記述したものであることが示されている。そして、更に計測手段と組立手段との関係について、より詳細に、「選ばれた一つの供給単位21から釈放された球は受器17の面を転下し、受器と関連している充填機構の垂直溝202に入る。」(本件公報三頁右欄二五行目ないし、二七行目)「第14図で見られる杆206の位置では、球は受皿17を去ることを阻止される。外環が卵形に締付けられ且内環が栓155で偏心的に動かされた後、杆206は後退させられ、球は溝202から套管204の下端に在る路210を通り、栓155の下に自由に流下して内外両環間の空隙に入る。」(同三頁右欄三一行目ないし三六行目)、「環はそれからほぼ皿状の受器17の下方の位置に移送機構15で移される。希望の大きさ範囲内に在る軸受球の予定の数を受器17に釈放するため、計測単位131の一つがその関連している筒線輪132により、検査に応じて動かされる。」(同四頁左欄二八行目ないし三二行と記載されており、右記載中の移送機構については、本件公報三頁左欄三行ないし一一行目、筒線輪132の電気的制御装置については、同四頁左欄四八行目ないし右欄九行目に記載されている。
右記載を参酌すれば、本件特許発明の構成要件(2)の『計測手段と「協力する」組立手段』という構成は、次の(a)ないし(c)のとおりの技術内容を意味するものと解される。
(a)組立てられた内外両部品(内外環)は、移送機構で共通の受器の下方に位置せしめられること。
(b)違った寸法範囲によって分けられた複数の中間部品(球)供給器の中から計測手段(計測単位)で計測された中間部品(球)が共通の受器に降下せしめられること。
(c)そして、中間部品(球)は、この共通の受器の単一の出口の下方に位置せしめられた内外両部品(内外環)の間に充填されること。
すなわち、本件特許発明における計測手段と組立手段とが「協力する」関係は、計測手段が中間部品(球)と内外両部品(内外環)との組立において作動上組立手段と直接関連し合って、組立手段に中間部品(球)を充填する働らきをしている、この両者の関係を指しているものと解される。
なお、右「協力」の意味について、詳細なる説明の項には、右説明と別異に解すべきことを示唆するような記載は全くないし、実施の態様を示すものと解される附記の項にも、「各供給手段に対する計測出口が共通受器内に重力的に放出するように配置され、該共通受器はその内容物を釈放するために杆が後退し得る出口を有する」(本件公報五頁左欄三〇行目ないし三二行目)構成及び「受器出口における後退した杆は変形した外側部品及び偏心した内側部品間の空隙に受器から中間部品を釈放する」(同五頁右欄二九行目ないし三一行目)、構成、すなわち前説明に添う計測手段と「協力する」組立手段を有する構成が記載されているに止まり、「協力」の意味を別異に解すべきことをうかがわしめるような構成は記載されていない(本件公報一頁右欄一五行目ないし一七行目には、「本発明は特に前述の作業に応用したものとして図示し且記述されるが、実質的に違う構造の装置にも実施でき、且他の部品にも適用できることは了解される。」との記載があるが、右記載があるからといつて「協力」の意味を前説明のところと別異に解し得るものとすることはできない。けだし、特許付与による発明の保護は開示に対する代償として与えられるものであり、開示されない発明に対しては保護は与えられるべきものではないからである。)。
五 被告装置を表示するものであることについて当事者間に争いのない別紙目録の記載、その成立について争いのない乙第二六、第二七号証に弁論の全趣旨を総合すると、被告装置の構造及び作用は、前記本件特許装置の構造及び作用に対比させて、次のように認定説明することができる。
すなわち、ボール計数装置(301)は、ボール供給装置(300)から計数体(311)にボールの供給を受け、所定数のボールが計測され、演算信号発信装置(5)からのボール選択指示信号がシリンダー(316)に送られて計数体(311)が駆動され、ボールはボール分配板(319)を通つてボール記憶貯蔵搬出装置(302)に送られる。ボール記憶貯蔵搬出装置(302)は、1異る寸法のボールを排出する共通の排出口(312)と、2所定数のボールを収容する孔(325)を穿設した貯蔵筒(326)を周面等配位置に複数個それぞれ独立させて配設した円板(324)と、3排出孔(320)を有するボール分配板(319)とからなり、共通の排出口(312)の下部に右ボール分配板(319)の排出孔(320)上端を回転自在に嵌合連結すると共に、ボール分配板(319)の排出口(320)の下部を円板(324)に設けた貯蔵筒(326)のピッチ円上に位置させており、右円板(324)とボール分配板(319)の駆動機構とを、ラツクピニオン並びにラチエツトよりなるそれぞれ別個の第一ラチエツト部(第七図-(3)の(イ)、(ロ)、(ハ))並びに第二ラチエツト部(第七図-(4)の(イ)、(ロ)、(ハ))で構成しており、右構成により、(イ)ボール分配板(319)のみを円板(324)に対して貯蔵筒(326)と同一ピツチ間隔回転させ各貯蔵筒(326)内に一組のボールを順次供給分配することにより、ボールを貯蔵筒に貯蔵する、(ロ)内外輪とボールの組立完了信号でボール分配板(319)と円板(324)とを共に右ボール分配板(319)の前記回転とは逆方向に貯蔵筒(326)と同一ピツチ間隔回転させることにより組立装置(11)に到る固定排出板(410)(第七図-(1))にボールを排出する(ハ)ボール分配板(319)の駆動単位時間と円板(324)の組立装置(11)にボールを供給する駆動単位時間とは別個独立となつている構造である。
そして、被告装置は、ボール計数装置のシリンダー(316)の駆動が、ボール記憶貯蔵拙装置(302)の存在によつて、内外輪とボールとの組立作業と切り離されて、内外輪溝径の測定値が演算信号発信装置(5)に送られ、同装置(5)で内外輪の寸法差を出し、これと適合するボール径を選択し、ボール選択指示信号とし、この信号がボール計数装置(301)のシリンダー(316)に送られ、これと対応する計数体(311)を駆動させ、ボールをボール記憶貯蔵排出装置(302)に送る構造であつて,このボール選択指示信号は、内外輪溝径測定装置(3)、(4)によつて得られるのであり、同装置は、内外輪計測、ボール選択、記憶貯蔵装置制御回路(第八図)の重ね合せ品満配確認信号用回路(451)及び重ね合せ品中間確認信号用回路(452)により、内外輪記憶貯蔵排出装置(9)内の重ね合せ品の貯蔵量いかんによつて運転の停止、再開が行われるのであるが、これに対し、内外輪ボール組立装置(11)は、内外輪計測、ボール選択、記憶貯蔵制御回路(第八図)とは別個の組立装置制御回路(第九図)で制御されているのであつて、同回路の重ね合せ品無し確認信号用回路(453)の重ね合せ品ありの確認信号が出ると運転を開始し、重ね合せ品満配確認信号用回路(451)の重ね合せ品ありの信号の時も運転を持続する(この時、内外輪溝径測定装置(3)、(4)の方は、運転を停止し、従つてボール計数装置(301)も運転を停止している。)が、重ね合せ品なし確認信号用回路(453)の重ね合せ品なしの確認信号が出ると運転を停止する(この時、内外輪溝径測定装置(3)、(4)は運転を停止しない。)のである。
六 そうすると、被告装置では、組立装置と計測装置とが、前認定の本件特許発明の計測手段と組立手段の関係のように、作動上直接関連し合つている構造でないことが明らかである。被告装置には、本件特許発明にいう計測手段と組立手段との協力の関係は存しないというべきである。
なお、被告装置における組立装置と計測装置との関係が本件特許装置における組立手段と計測手段との関係と異なることによる両装置の作用効果上の差異についての被告の主張(第三の九)は、これをそのまま肯認することができるものと考えられ、この効果上の差異は特段のものといい得るから、この点からするも被告装置は本件特許発明の技術的範囲に属しないものということができる。
右のとおりであるから、被告装置は、本件特許発明の一応の構成要件であるとした前記(2)の「計測手段と協力する組立手段」という要件を充足せず、従つて、他の点についての判断をするまでもなく、その点で本件特許発明の技術的範囲に属しないものといわなければならない。
七 よつて、原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却する。