研修報告(2015年4月8日開催)
無名会判例研修会 (平成27年4月8日実施)
角度調整金具事件
【1】本件事件
平成 25年 (ネ) 10098号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 向陽技研株式会社 (本件特許専用実施権者、鉄工業等の会社)
被控訴人 株式会社ヒカリ (イ号製品製造販売、金属プレス加工・販売等の会社)
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/01/29
主文 1 本件控訴を棄却する。
【2】本日の資料
●本件特許公報(分割出願、本件特許):特許第4895236号
●本件特許の原出願の公開公報:特開2006-230720
●本件高裁判決:平成25年(ネ)第10098号
●本件地裁判決文に添付されたイ号物件目録
●本件特許出願から変更された意匠出願(以下、本件意匠)高裁判決 :平成24年(ネ)第1872号、同年(ネ)第2253号 意匠権侵害差止請求控訴事件
●本件意匠登録公報1(本件意匠1):意匠登録第1379531号
●本件意匠登録公報2(本件意匠2):意匠登録第1399739号
●レジュメ(当日配布)
【3】本件特許および本件意匠の出願経過について
【3-1】本件特許に係る出願の経過
原特許出願 特願2005-50055(H17 02 25) 特許4418382 (平21.12.4)
↓ 分割
分割出願1 特願2009-182400(H21 08 05) 特許4895236(H24 01 06)(本件特許)
【3-2】本件意匠1に係る出願の経過
原特許出願 特願2005-50055(H17 02 25) 特許4418382 (平21.12.4)
↓ 分割
分割出願2 特願2009-182565(H21 08 05) 見なし取下げ
↓ 変更
意匠出願1 意願2009-17992(H21 08 06) 登録1379531(H22 01 08)(本件意匠1)
【3-3】本件意匠2に係る出願の経過
原特許出願 特願2005-50055(H17 02 25) 特許4418382 (平21.12.4)
↓ 分割
分割出願3 特願2009-182399(H21 08 05) 特許4551478(平22.7.16)
↓
分割出願4 特願2010-17810(H22 01 29) みなし取下げ
↓ 変更
意匠出願2 意願2010-2751(H22 02 05) 登録1399739(H22 09 24)(本件意匠2)
★控訴人 平成17年9月頃より特許製品販売
★被控訴人 平成20年10月頃よりイ号製品販売
【4】本件事件の経過
【4-1】事件の概要
本件は,本件特許(特許4895236号)の専用実施権を有する控訴人(向陽技研㈱)が,原判決別紙1のイ-1号物件目録,イ-2号物件目録,イ-3号物件目録及びイ-4号物件目録記載の製品(被告製品)は,本件特許請求項1に記載された本件特許発明の技術的範囲に属し,被控訴人(㈱ヒカリ)による被告製品の製造,販売等は本件特許権を侵害する行為であると主張し,被告製品の製造及び販売等の差止め、部品等の廃棄、損害賠償の支払を求めた事案である。
原判決および高裁判決において、構成要件Cは分割要件違反であるとされた。高裁判決では、構成要件Cについて原出願において記載される「くさび形窓部」を控訴人が主張するところの「くさび形の空間部」まで上位概念化された技術的事項が原出願明細書に実質的にも記載されていたとはいえず、分割要件違反であると判事された。
【5】本件発明について
【5-1】本件発明の構成要件
A 第1軸心(C1)を中心として相互揺動可能に枢結された第1アーム(1)と第2アーム(2)とを備えた角度調整金具に於て,
B 上記第2アーム(2)は,上記第1軸心(C1)を中心とした円弧線に沿って形成されたギア部(4)を備え,かつ,該ギア部(4)は一枚の板体(40)を所定間隔をもって平行となるように折曲加工して成る2枚のギア板部(45)(45)をもって構成され,
C さらに,上記第1軸心(C1)を中心側とした場合に上記ギア部(4)の外周歯面より外方側位置に,上記外周歯面との間にくさび形の空間部を形成するくさび面(8)を,上記第1アーム(1)側に於て形成し,
D しかも,該くさび形の空間部内に移動可能であって,かつ,一面側が上記ギア部(4)の外周歯面に噛合可能な歯面(7)とされ,他面側が上記くさび面(8)に当接する当接面(9)とされた浮動くさび部材(6)を,備え,
E 上記浮動くさび部材(6)の上記当接面(9)が上記くさび面(8)に当接し,かつ,上記歯面(7)が上記ギア部(4)に噛合し,上記ギア部(4)とくさび面(8)との間に挟まれた浮動くさび部材(6)のくさび作用により,上記第2アーム(2)が上記第1アーム(1)に対して展開方向へ揺動するのを抑制するように構成し,
F さらに,上記浮動くさび部材(6)の左右端面が対応して該浮動くさび部材(6)の左右方向への脱落を防止するための左右側壁(34)(34)を,上記第1アーム(1)側に備え,かつ,
G 上記左右側壁 (34)(34) が橋絡壁をもって橋絡されて横倒略コの字状として,上記左右側壁 (34)(34) と橋絡壁は薄板体から一体ものに形成され,
H 上記2枚のギア板部 (45)(45) を有する上記ギア部(4)に上記浮動くさび部材(6)は,左右幅方向の2箇所で,噛合し,かつ,
I 上記浮動くさび部材(6)の左右方向への移動による脱落を,上記左右側壁 (34)(34) を上記浮動くさび部材(6)の左右端面に対応させて防止するように構成した
J ことを特徴とする角度調整金具。
★本件特許発明の課題:本件特許明細書段落0003~0006参照
★本件特許発明の効果:本件特許明細書段落0007参照
【5-2】本件特許の出願経過における分割要件違反について
1回目の拒絶理由通知において構成要件Cに対し「上記第1アーム(1)側に、上記第1軸心(C1)方向から見て、上記ギア部(4)の外周歯面との間にくさび形の空間部を形成するくさび面(8)を設け」るとの構成は、原出願に記載も示唆もないとして、本出願の分割要件違反を指摘された。
↓
1回目の手続補正において構成要件Cが「上記第1軸心(C1)を中心側とした場合に上記ギア部(4)の外周歯面より外方側位置に,上記外周歯面との間にくさび形の空間部を形成するくさび面(8)を,上記第1アーム(1)側に於て形成し,」と補正された。
↓
2回目の拒絶理由において、1回目の手続補正における上記構成要件Cに関し分割要件違反を指摘された。
↓
2回目の手続補正では構成要件Cについて実質的に補正はされなかった。
↓
拒絶査定
↓
拒絶査定不服審判(審判請求時における補正なし)において原査定が取り消され、登録された。
【6】イ号製品について(地裁の判断で示された被告製品の構成)
ア 被告製品の構成
a 回転軸心C1 を中心として相互揺動可能に枢結された第1(箱型)アーム1と第2(揺動)アーム2 とを備え,
b 上記第2アーム2 は,上記回転軸心C1 を中心として円弧線に沿って形成されたギア部4 を備え,かつ,該ギア部4 は一枚の板体を所定間隔で平行となるように折り曲げ加工してなる2枚のギア板部45,45 をもって構成され,
c 上記第1アーム1 は,平行に配置された2枚の外壁部17,17 を有し,上記第1アーム1 の2枚の外壁部17,17 の内側に上記第2アーム2 の2枚のギア板部45,45 が配設され,両ギア板上方に中本体A(受け部材1b)及び第1アーム1 の2枚の外壁部17,17 の内側でかつギア板部45,45 の中間に中板B(保持板1c)が配置され,上記中本体A の左右方向中央部をなす受圧部A1(受け板部1b)の内側面は,回転軸心C1 を中心側とした場合に上記ギア部4 の外周歯面より外方側位置に,上記ギア部4 の外周歯面との間にくさび形の空間部S を形成し,
d 該くさび形の空間部S 内において周方向に移動可能であって,一面側に上記ギア部4 の外周歯面に噛合可能な歯面7 が形成され,他面側の高さ方向中央部が上記中本体A の受圧部A1の内側面に当接する当接面9 とされた浮動くさび部材6 を備え,
e 上記浮動くさび部材6 の上記当接面9 が中本体A の受圧部A1の内面側に当接し,かつ,上記浮動くさび部材6 の上記歯面7 が上記第2アーム1 の上記ギア部4 に噛合し,上記ギア部4 と受圧部A1との間に挟まれた浮動くさび部材6 のくさび作用により,上記第2アーム2 が上記第1アーム2 に対して展開方向へ揺動するのを抑制するように構成し,
f 上記中本体A の上記受圧部A1の左右両側は,回転軸心側に折り曲げられて連結壁A2,A2 が構成され,この左右の連結壁A2,A2 が上記回転軸心C1に軸支されることによって,上記中本体A が,上記浮動くさび部材6 との当接圧力に対抗しうるように構成され,
g 上記中本体A は,上記第1アーム1 及び第2アーム2 を形成する板材より厚い板材を圧縮成形加工し,焼入れ処理を施して横倒略コの字状に形成されてなり,
h 上記2枚のギア板部45,45 を有する上記ギア部4 に上記浮動くさび部材6
は,左右幅方向の2箇所で,嚙合し
i 上記浮動くさび部材6 は,上記中本体Aの受圧部A1及び連結壁A2,A2 によって,上記ギア部4 のギア歯が並ぶ周方向への移動動作が案内されるように構成されている
j 角度調整金具
【7】検討事項
■本件特許が分割要件違反であると判断されたことの妥当性
■本件特許が分割要件違反であるとした場合、原出願に関わった弁理士としてなすべきだった事項は何か
■本件特許は、イ号製品を考慮して、原出願の記載のぎりぎりの範囲から、分割出願をしたものと想像されるが、侵害事件として弁理士がリードすべきだった態様の妥当性について
【8】参加者コメント
■本件特許の基礎出願時の請求項1は、図示される角度調製金具を具体的に表現するクレームとなっている。しかし、本件作用効果を発揮するための構成(態様)は、図に示される構成に限定されず、他の態様に拡張することが可能であったように思われる。出願時の発明の把握の重要性を痛感する事件であると感じた。
■特許出願において示される図面が充実している(具体的には斜視図と側面図の組み合わせなど)ことにより、意匠出願に変更可能であり、また、これによって有効な権利行使を可能とするという良い事例である。
以上

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