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「意匠」

 

(著者) 高田忠

(出版社)有斐閣

 

(内容)

①意匠法の全体系を網羅的に説明した教科書的テキストである。

②意匠法では、「意匠の類似」の概念に関して、伝統的な混同説と、比較的新しい創作説とがあるが、前者の立場に立つ基本書が本書「意匠」である。

③意匠法の学習では、意匠の具体例が重要であると言われるが、豊富な具体例を掲載していることが特徴である。

④「意匠」は昭和44年に発行された本であり、「類似意匠」などの現在廃止された制度に関して解説されている反面、関連意匠制度などについては記載されていない。これから意匠法を学ぼうとする人がテキストにするときには、「工業所有権逐条解説」などを参照しながら、法律が変わっていない箇所を拾い出して読む必要がある。

 

(所見)

 「意匠」は、分かり易い文体で書かれており、豊富な具体例とともに絵や写真が掲載されているので、読みやすい本です。

 意匠法の立法趣旨や制度の原理についてもきちんと書いてあります。

 現在特許庁の実務は、創作説に基づくと言われ、混同説をとる本よりも創作説をとる本を教科書として選択した方が有利と言われることもあります。

 しかしながら、法律の基本的な考え方として、対照的な2つの考え方を比較することで理解を深めることが重要であろうと思います。そういうことからすると、どちらか一方を選んで学ぶという方法は、あまりにも効率重視で感心しません。

 “混同説”にしろ“創作説”にしろ、もともとの原理的な考え方があって、それではバランスが悪いので、それぞれ修正が施されて現在に至っています。

 例えば「高田」は、意匠の類否の判断基準を解説しており、その基準は需要者が対比する意匠を混同するかどうか(混同説)を基本としています。しかしながら、よくみると、その意匠を創作することが困難か否か(創作説)で書かれている部分もあります。

 混同説と創作説とは、対照的な考え方でありますが、論理的に両立し得ない、相容れない説(例えばかつての類似意匠の効力を巡る「拡張説」と「確認説」など)ではありません。

 特許庁が混同説で審査をしようとすると、大変なことです。意匠出願の審査の度に多数の需要者を集めて意見を聴く訳にもいきませんので、一般的な需要者ならこのように感じるであろうという経験則を作って判断するのですが、この方法で多数の意匠出願を公平に審査するのは容易ではありません。判断に個人差が生じてしまうからです。

必然的に特許庁の審査部は、創作説を重視する立場になります。しかしながら裁判所は、特許庁のこの傾向にブレーキをかけようとします(例えば最高裁昭45(行ツ)45号「可撓伸縮ホース」事件)。

そもそも需要者の美観に訴えて物品が購入されてこそ産業の発達に寄与するのですから、需要者の認識と全く無関係に意匠の類否を審査することはありえないことです。木を見て森を見ずというべきです。

仮に当業者が“ううむ、この製品のここのところのカーブの具合が素晴らしい。従来品では見たことがない。この違いは素人(需要者)には判るまい”と言ったとしても、法律的にはそうした需要者が認識しない形態の創作を保護して何の意味があるの? ということになります。

だから混同説を採用したという最高裁判所の判決の中にも、創作説と混同説とを対比して前者は不可が後者がよい、というような件(くだり)はないのです。

そうしたことは、最初から効率を重視し、創作説をとる本だけを学習するのではなかなか分からないのです。

「高田」は、比較して考えるという法律の勉強の仕方を教えてくれた、私にとって貴重な一冊です。

 

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